25 “ ディン ”
「何故……?」
問いに、ポムは困ったように微笑んだ。
その表情は、なんとなくだが前世の母に似ている気がする。
「坊ちゃん。少しだけ、頭の中を真っ白にして、もう一度考えてください。力だけしかない相手や、魔法の才だけしかない相手を『易しい』と考え、智慧ある相手を『やりにくい』と考えた理由を」
ゆっくりと穏やかに言われて、俺はポムを見つめたまま呼吸を数えた。
一度。
二度。
三度目で目を瞑る。
考える。
何故、そう思ったのか。
……『何が』『やりやすい』と思ったのか。
「……」
分かった。
「……そうか」
指摘されるまで自覚することのなかったもの。
俺の根底にある『考え方』。
「……お前が問題視したのは、侵略する側の考え方、だからか」
俺の声に、ポムはちょっとだけ微笑んだ。
「はい。『屈服させて支配する者』の考え方です」
暖かい手が頭を撫でてくれる。
よく分かりましたね、と褒めるように。
けれどその内容をポムが悪い意味で気にしているのは、いつにない静かな表情で分かった。
俺は小さく俯く。
結局のところ、俺はそういう存在なのだ。
生まれもった強さで、何もかもを力尽くで征服してしまう――そういった側の。
力を振るうこと、
敵を叩きつぶすこと、
困難は力で排除し、出会う者を損得で考えること。
それらを疑問に思ったことは無い。それが自然で――だからこそ根が深いのだろう。ポムがこんな風に気にするほど。
「それは征服者の考え方であり、王者の考え方です。覇王として進むのであれば、むしろそのままでいていいのかもしれません」
優しく俺の頭を撫でながら、ポムは困ったように微笑む。
「ただ……坊ちゃんが本当に目指したいものは、その考え方だと取り零してしまうでしょう」
「……」
「商売であれば、戦争ですからね。ボコボコにして優位に立たないといけませんから、今のままで別に問題はありません。けれど、第一王子さんの関連は、様々なものを内包しますから」
相手は『王子』――大多数の人間を背に負う者。
その背景、周囲の状況、力量差――そういったものを加味しても尚、配慮しなくてはならない者。
なによりも、負うことに対し、努力しひたすら邁進してきた相手であるのならば、尚更に。
「例え支配を目指すのであっても、共存の意識をもって進むか、ただ上から押さえつける意識で進むか。大切なのは心です。目に見えない意識的なものであっても、他に与える影響は大きい。特に坊ちゃんはこれからの民を導く『王』になるのですから」
「……」
「思考や思想は、他者に伝わります。それは時と共に人々の心に根付くでしょう。……だからこそ、早めに自覚しておきましょう? 未来に至る自らの動きと、世界の動きを試算する為にも」
共に歩く意志をもって支配圏を広げるのか。
全てを自分の思い通りにする為に支配下におくのか。
「……それにね、坊ちゃん。先の考え方では、坊ちゃん一人の負担が増え続けるばっかりなんですよ。坊ちゃんは、やろうと思えば全部を支配できるでしょう。……けれどそれは、坊ちゃん自身の自滅を招きます」
分かりますよね? と微笑まれて、さらに俯くようにして頷いた。
ポムの指が俺の頬をくすぐって、そのまま丁寧に抱きかかえてくれる。
「全てを変える必要はありません。力による征服もまた、必要な時があるでしょう。ただ、少しだけ、屈服させて従わせるだけではなく、上手く利用して動かすだけでもなく――対等に取引をすることを学んでください。あなたにはきっと、必要なことです」
「……ん」
肩口に顔を埋める俺の背を叩く手は、いつもと同じぐらい優しかった。
●
色々と考えることが増えた。
俺は街壁の上に座って外の世界を眺める。
支配する者の思考。
それはつまり、前世のままの思考だ。
前と違って手回しの為の時間が膨大で、流血沙汰を極力排しているだけで――根本的な考え方は変わっていない。
思い返すと色々浮き彫りになるこの一年の赤ん坊生活。
……やだ。俺、一歳になる前からイケイケさんだったわ。
考え方って、死んでも直らないんだな。
ポムがわざわざ指摘してきたくらいなのだから、第一王子と接するにあたって大事なことなのだろう。
『気を付ける』とただ口で言うだけなら簡単だ。
だが実際、それだけで直るようなものでは無いと分かっている。
――本当に心から納得し、自戒しないかぎり根底にあるものは直らない。
俺の中には力がある。
慢心ともとれる考え方の大元は、つきつめれば俺のもつ強大な力にある。
強さだけでは滅亡を回避出来ないと痛感して尚、奥底にある『力』への過信は消えない。
それは、その『力』でどれだけのことが出来てしまうのかを俺が冷静に把握しているからだ。
出来ない事は、出来ない。
だが、出来る事はあまりにも多い。
過去の実例、現実の実例、集めた情報による試算の繰り返しで、ある程度まで『力』が『有効に作用する』範囲を絞り出してしまっている。力による解決が有効であることを理解してしまっているのだ。
その結果、意識の片隅に万能感のようなものが根付いているのだから、俺は生まれ直しても直らない馬鹿なのだろう。
……ポムが心配するはずだな……
「対等……か」
ポム曰く、学ぶべきことは『対等に取引をすること』。
――だが、対等とは、何だろうか。
前世ではそんなものは無かった。良い意味でも悪い意味でも、だ。
今生の場合、商売にあたって『互いに利益を得る』ことは念頭においていた。だがそれは、ポムの言う『対等』とは別のものだろう。
正直に言おう。
俺には『対等』という言葉の意味が上手く理解できない。
ただの言い回しや相手を懐柔する為の台詞として使うだけなら、口にしよう。だが、俺の言う『対等』は、きっと、本当の意味の『対等』では無いのだ。
実例があれば、それをもとに把握できる。
けれど、そもそも、俺にとって対等な相手とは――誰だろうか……?
現魔王や死神は、俺の父母と同じように俺を庇護の対象として見ている。
精霊王達もそうだ。協力者ではあるが、今の俺が幼いこともあって保護者的な意識でいるようだ。
ベッカー家のレイノルドはどうだろうか。
奴は俺の言うことを真剣に聞いてくれる男だ。一族全体で付き従ってくれてるから一大勢力でもある。
おかげで俺の管理する無限袋に変異種素材が山盛りで、俺の笑いが止まらんほどだ。
――……どう見ても部下だろう。
人間社会の支部長とジルベルト。
大量の練習品、もとい製品を売りさばいてくれる俺の商売の友だ。そして人間社会の中での俺の後ろ盾という立ち位置な友でもある。
おかげで俺の商売もスムーズに驀進している。俺の笑いが止まらんとも。
……これってひょっとして……い、いや、部下じゃないとも。保護者でもないとも。
ジルベルト、俺、友達だよね……?
そうだ。人間側にはロベルトもいる。
なにせ、勇者だ。字面からしても対等そうな気配が満載だ。
俺の手伝いをして小遣いもらったり、俺の手伝いをして衣食住補助されたりしてるけど、勇者なんだから次期魔王と対等だとも。間違いないとも。
覚醒してないから俺より弱いけど。
――ロベルト!
お前もう早く覚醒して真なる勇者になろうよ!!
『……』
最終手段はポムだが、奴はああみえて心配性のオカンだ。始終そこかしらに小さな罠を仕掛けてくれるが、奴が傍にいると絶対防御が常時発動してるレベルの安心感がある。
俺が前に進むために、情報を集め俺が苦労しないように逐次動いてくれていることも知っている。移動方法は常に抱っこだしな。
い、いや、赤ん坊なんだから当然だとも。甘やかされ放題な自覚なんてしてないとも。
……いかん。本気で難題に思えてきた。
口先だけでなくきちんと対応する為にも、なにかしらの解決策は講じておかなくてはならない。
ポムだって、あまりにも俺が不甲斐なければひっそりとしたお仕置を始めることだろう。
奴は俺のクイニーアマンを一ミリずつ小さくしていくとか、蜂蜜を1グラムずつ少なくするとかそういうお仕置きを敢行するのだ。悪魔だ。
……それにしても、奴は何故いつもお仕置きを俺のおやつに限定するのだろうか。まるで俺がおやつのことしか堪えないようではないか。失礼な。
嫌がらせが始まらないよう、きっちり回避しよう。頑張ろう。
――とはいえ、
「無意識下のものの修正……何気に難題なのがな……」
『無自覚にやるからな』
「それな」
しみじみとした『声』に、俺は溜息をついて頷いた。
そう、無自覚だというのが問題なのだ。
ポムに指摘されて初めて気づいたほどだ。一度死んでも直らなかったのだから、これを自覚して修正しようと思ったらずっと気にし続けないといけない。
『それやると、逆に思考が制限される可能性もあるんだよな。奴もそれは拙いと思ってっから、必要な時もあるって言ってるんだが。なんせ、おまえは真面目すぎるからなぁ』
「うるさいよ」
『だいたい、普通に考えりゃあ敵が動く前にお前が力で世界征服するっていう手もあるじゃねーか。八割なら支配下におけるぜ?』
「それで残った二割が一致団結して全力出したあげく俺が死ぬんだろ。前世では世界を半分支配してから滅亡したんだ。二度もご免だ」
『……いや、あれだけ呪い受けたり一族減らされた後でそんだけ出来たんだから、今の状態で強攻支配作戦敢行すりゃ出来るんじゃね?』
「力は流血を生む。それをすればどうなるのかを学んだのだ。二度はせん。だいたい……――」
おう。ちょっと待て。
『おう』
てゆか、誰だ。
さぁ、じっくりと考えよう。
頭の中で『声』がする。
俺の頭の中に小人さんは住んでいないから、考えられるのは、三つか四つ。
1、空耳。
2、空想。
3、別人格。
4、何かに取り憑かれてるかどうか。
あるいは、なにかの呪い的な。……やだ、番外が一番可能性ありそう……
『おまえね……まぁいい。どうせいずれ分かる』
ああうん。精神関係の文献で読んだよ。頭の中の声って意味深な発言ばっかりするんだよね。俺知ってる。
『違ェよ。もういいよ。『オレ』は『おまえ』だよ』
早いよ。そして三番目だったよ。
俺の新人格、爆誕早すぎない? 生後一年だよ? 来年もう一つぐらい増えるの?
『すでにいるよ』
すでにいたよ。
……俺の精神は色々とストレスたまりすぎてるんだな……
『そんなんじゃねェよ。おまえが覚えてないだけで、生まれ直した時から一緒だったろ。……くそ、あいつの術の弊害じゃねェかコレ……』
何か頭の中でぶつぶつ言っている。
しゃべり方がちょっとロベルトに似てるな。まさか本人か!?
『違ェよ。当たらないからおまえはもう予想すんな』
何か酷い断定が来た。俺の別人格なのに俺に優しくない。
まぁ、分からないものに時間を割くのは無駄なことだ。なにしろ俺は切り替えの早い柔軟な思考の男だからな!
『課題は』
『オレ』のくせにいらんつっこみをする……
いや、こちらの心の中を読んで物事を混ぜっ返す愉快犯だろうが新人格だろうが、役に立ちそうなら何でもいいのだ。
ということで、ポムの課題、何かいいアイデアない?
『おまえが考えなきゃいけねェことだろ?』
役に立たなかった。
●
頭の中の声と会話するという、俺の黒歴史がさらなる一歩を踏み出した。
一歳の魔生が始まってすぐにこの有様だ。今年も先々で黒歴史が量産されそうな予感しかしない。
……もう一人いる別人格とやらも一緒に会話できたら、一人脳内会議が出来るのではとちょっと思ったのは秘密だ。妙に違和感なく馴染むのだが、俺はこれまでも無意識下で一人脳内会議をしていたのだろうか?
……俺の黒歴史が留まるところを知らないな……
多重人格についての伝承は知っていたが、どうも俺のは伝承にある内容と違っている気がする。
とはいえ、実際に自分がなったというのに切迫感がまるで無いのが我ながら不思議だ。むしろ『居る』ことが当然のような気がしているのは、俺が二回目の魔生を生きているからだろうか。
実は『オレ』達は本来生きるはずだったもう一人の俺的な……
……一人、数が合わないな……
一応、『話し合い』の結果、現実への影響はさほどないことも分かっている。
『オレ』曰く肉体の主導権は俺にあり、今のところ生命の危機等でない限り俺の許可なしには動かせないらしい。……今のところ、というのがちょっと気になるが。
ちなみに現在、名前は無いらしい。
好きに呼べと言われたので『ディン』と呼ぶことにした。
なにやら面白がる気配がしたが、そう名付けられると予測していたのだろうか……?
単に以前母が俺の名前を誤魔化す時に使った『レオン』の対になるようにしただけなのだが。
『レオン』はもう一人の方につけておいた。
……まだ会話したことは無いが、なんとなく一人称は俺達と違うだろうと勝手に予測している。
俺が死ぬとディンも死ぬ為、俺を生き延びさせることがディンの存在意義なのだそうだ。
あくまで自己申告だが、妙に納得している俺がいる。やっぱり俺自身であるせいなのだろうか。
ただし残虐行為などは気に食わないから協力しない、むしろ禁止事項だとか。俺も同意見だから気が合いそうだ。まぁ、どっちも俺なんだろうがな。
別人格って言っても、根っこの考え方は同じのようだ。
『てことで、面倒だから魔力全開放して世界統一しちまわね? 生命半分ぐらい死に絶えるだろうけど、生きてりゃ死ぬんだから予定調和だ』
残虐行為禁止どこいった。
今まで『声』をかけてこなかったことについてや、ポムがいる間だんまりだったことについては『いずれ分かる』としか答えてくれなかった。
あれだな。魔族的格言で言うところの『永遠の十四歳をこじらせてる』んだな。
……やだ、俺の別人格が黒歴史すぎる……
ポムあたりに知られたら全力で指差しプギャーされること請け合いだ。こいつのことは絶対に隠し通そう。
『……』
なんだかものすごいもの言いたげな気配がするな……
そのくせ、ディンはどういうわけかポムが関わる内容だけ口の滑りが非常に悪い。
やっぱりあの存在感皆無の男にはコメントのしようが無いのだろうか。
『……』
分かったよ。
もう言わないよ。
それよりも俺のクイニー・アマンの大きさを死守する為に、なんとかポムの難題をクリアしておかなければ。
『……』
なんでそこでもその反応なの……?




