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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
――mission 4 王都進出
69/196

24 リベリオ・オーラフ・ジギスヴァルト・フォン・カルロス


◎第一王子の胸の裡




 運命は皮肉だ。

 望みや願いとかけ離れたところで、否応なく全てを決していく。

 願う者の下に訪れないという意味において――やはり、運命とは皮肉なもので出来ているのだろう。

 迫りくる死の黒波の脅威を他人事のように感じながら、王都の城壁ですら貧弱に見えてしまうほど巨大かつ堅固な長壁の上で、超然と立つ美しき人を見つめて少年はそう思った。







 物心つく頃から、死は間近にあった。

 それはすぐ下の弟が生まれた頃と時を同じくし、今まで優しかった人々の一部が突然掌を返したように冷たくなった頃でもあった。


 幼い身には、それが何故なのか分からなかった。

 ただ、冷たくされたことが哀しく、寂しく、彼等をそうさせた『悪いこと』を自分がしたのだと……そう思い続けていたのだ。

 リベリオ・オーラフ・ジギスヴァルト・フォン・カルロスにとって、死も悪意も突如として自分の与り知らぬところから生まれ、つきつけられたものだった。

 せめて自らの力で取り払えるものであったらよかったろう。

 だが、それらは彼自身ではどうしようもないものだった。


 命の危険を覚えたのは、何時の何が最初だったのか……実のところハッキリしない。


 二階から重い物が落ちて来た時か、

 バルコニーや階段から突き落とされた時か、

 食べ物に毒が仕込まれていた時か、

 それとも、馬の鞍に細工がされていた時か。


 幼かった当時のリベリオに、権力争いなど分かろうはずがない。

 生まれた弟と己、弟の母と自身の母の身分などに思い至れるはずもない。

 ただ、哀しい態度をとられるのは、自分のせいなのだと、幼い心でそう受けとって一人で傷ついていた。

 今思えば、愚かと笑われても仕方のない当時だったろう。


 身体能力が劣っていれば、ひたすら鍛錬にうちこんだ。

 魔法の技能が劣っていれば、貪るように魔法書を読み込んだ。


 けれど、知る。


 努力では才能を超えられないということを。

 積んだ研鑽だけでは壁を越えられないのだということを。

 そしてそれを超える力は、才能によって上限が定められているのだと。


 努力は無意味だと、嗤われた。

 亀が数歩走ったとして、兎の一歩にも及ばないのだと。

 悔しかった。

 同じぐらい、哀しかった。

 負けたことも、これから先も勝てないだろう未来も。

 そして何よりも、誰かの期待に応えられない『自分』の全てが。


 全てを捨てて、終われれば楽だったろう。

 自分だけの安寧なら、それで得られたかも知れない。それが死という終わりだとしても、疲弊し苦しめられるだけの生であるのなら、いっそ死は安らぎですらあったろう。

 けれど、自分から死ぬことは出来なかった。


 死ねば、それが誰かの罪になる。

 死んで逃げた自分のせいで、誰かが処刑されて命を落とす。

 生きたくもない。

 けれど、死んではならない。


 いつしか、早く弟が王位を継承することを願うようになっていた。

 どの弟でもいい。出来れば無用な争いが起きない者がいい。

 争いが激しいのは、次の王座を巡る戦いの中にあるからだ。

 誰かが王位を継げば、争いは止まる。少なくとも、今のようにギスギスとした状態からは脱せれるだろう。


 自分もまた、王位を継げなかった者として別の役割を割り振られるようになる。

 どこかの領地に封じられるか、外交に出るか、他家に入るか。

 それは、むしろ今よりも楽な生活に思えた。

 少なくとも、食事の九割に毒が入っているような毎日よりはきっとマシだろう。


 他家に入ると、領地問題でまたややこしくなる。

 出来れば『外』に行きたい。

 いっそ放り出されるのでもいい。

 何処かで野垂れ死ぬかもしれないが――いや、用意さえしていれば、対処は出来るだろう。

 そう……王族(いま)の間に、少しずつ準備さえしていれば。





 そんな風に考えてからは、日々の気を紛らわすようにこっそりと準備を始めた。

 六歳で商人達に商売を学べれたのは幸いだった。何処に行って生活するのであれ、商売について知っていた方が有利になる。

 また、それにあわせて僅かながらの金銭を得られるのも良かった。

 王族は金を持たないが、外周りの時などには何かあった時用にと金を渡される。城に戻っても回収されることのないそれらを少しずつ貯めていった。


 地方領主の元を巡回する時などは最高の機会だった。知識を得る意味でも、金銭を貯める意味でも。

 同行している者の会話や遣り取りから、現地の商いの様子まで。

 王宮にいては見ることのできない様々なものが観察できた。

 他の弟妹が地方への顔出しを嫌がっているせいか、意欲的な自分は変わった王子だと揶揄されたが、別に構わなかった。


 同腹の妹はそれを酷く嫌がったが、憂鬱な日々で見つけた唯一の楽しみだ。やめられようものではない。

 名を秘して登録できる冒険者組合に密かに入ったりした。

 華やかな王宮に未練は無い。

 折を見て父に王位継承の放棄を伝えてみようか。

 そんな風に思いながら、今年も地方への視察に出た。

 いつもとの違いは、懐いてくれている同腹の弟と一緒だったぐらいだろうか。前々から行きたいと申請していたタッデオ地方への視察だ。


 弟はようやく四歳。

 まだ幼い。流石に幼すぎる。

 そんな身で初めての遠出が西方視察というのはどうかと思ったが、日程は驚くほどゆったりしていたし、なによりも弟は身体能力が異常に高かった。武技などはそれほど才に恵まれていないらしいが、生まれつき普通の子供より頑丈なのだ。そのため、旅に耐えられると判断されたのだろう。


 ――考えれば、その時点でおかしかったのだ。

 だが、宰相の薦めともなればつっぱねることもできない。

 結局、良い機会だと思い直して準備を徹底することでフォローに回った。

 弟にも王宮という魔窟より、自由な地方へ出られるようにしてあげたい。そんなことを思いながらの旅だった。

 ――それがこんなことになるだなんて、誰が予測出来ただろうか。


 復讐蟻。


 おとぎ話で聞かされた、国一つ滅ぼした魔物の群れ(ハザード・モンスター)

 その『巣』に落ちたのだ。






 あまりにも突然のことで、最初、何が起きたのか誰にも分からなかった。

 突然、道の途中で地面が陥没し、下にあったらしい空洞に落ちた――そう理解したのは、竜車から這い出した時だ。

 この時、同じ場所へ向かう商隊が同行していた。馬車が五台、馬が七頭のそれなりに大きな商隊だった。


 落下したのはおよそ二メートル程。

 リベリオの乗っていた竜車を中心としていたのは、一番重量があるからだろう。だが、頑強な造りをしているため、落下の衝撃にも耐えることが出来た。駆竜もかすり傷程度だ。


 だが、一緒に落ちた三台の馬車はそうはいかない。馬は骨折し、馬車も幌が砕け、車輪が外れ、御者の一人は運悪く下敷きになって圧死した。

 だが、凶事はそれだけに留まらない。

 すぐさま残った二台から商人達が助けに降り立った時、落盤した地面の下から音をたてて魔物が現れたのだ。――巨大な蟻が。


 蟻にとっての、突如天井を突き破ってきた敵への襲撃。

 人間にとっての、突然地面から現れ襲いかかってきた敵への反撃。


 それらは、ほとんど条件反射のようなものだったと言っていいだろう。


 ――そして、命がけの逃避が始まった。



 リベリオと弟が助かったのは、乗っていたのが頑丈な竜車だったことが大きい。

 危険を察知した騎竜は御者が指示するより早く駆け出し、二人の王子は外に投げ出されるのではなく、傾いだ瞬間に馬車の『中に』落ちた。

 頑強な車は他の馬車と違って落下の衝撃でも壊れることが無かった。その重く頑丈な車を馬が引けれないからこその騎竜だったのだが、主にその三つの幸運が王子達を救ったのだ。

 蟻は一団の全てを敵と認識した。

 暴れるように逃走する竜車に揺られる間中、幼い弟を抱えて守っていたリベリオの意識が途切れ――気づいた時には、どこかの街の荒くれ者に竜車の外に引きずり出されていた。

 そこが何処なのか、

 何が起きてどうなったのか、

 すぐに理解できるはずもない。

 ただ、頭の中には幼い弟のことだけがあった。周囲から向けられる殺意と怒号の中で、せめてこの子だけは助けなくては、という思いが。



 運命は皮肉だと思う。

 半ば自分を諦めたその時に、普通に生きていれば会うことはなかっただろう相手と出会うことになるあたりが。

 王都にすら名が知れ渡りつつある商会の長。

 腹違いの弟妹達が、己の陣営に引き込むべく探っていた相手。

 何の因果か、最も縁遠く、最も意識していなかった自分達が、『彼』と出会った。


 『海向こうの貿易王』――レディオン・グランシャリオと。







 ちょっと待て。

 色々と待て。

 ポムの話聞いててなんだか変な汗出てきましたよ。


「おや、坊ちゃん。変な顔になってますよ」


 うるさいよ! 地顔だよ!!

 変な顔なのは身に染みているからいちいち俺の非モテ顔を指摘するんじゃないよ!


「どこから突っ込んでいいか分からないからとりあえず一つだけ尋ねていいか?――『貿易王』って、どっから出てきた言葉なの?」


 なんかポムにものすごく意味深にじろじろ見られた。


「私もどこから突っ込んでいいか分かりませんがとりあえず答えますね。通称というか、称号? みたいな感じっぽいです。王都の商人達の間では有名らしいですよ。『う・み・む・こ・う・の・ぼ・ぅ・え・き・おぅ』」


 ……なんかめっちゃ笑い含んで言われた……!!


「貿易初めて一年もたってないのに、なんでその称号なんだ……」

「人間はわりと大げさなネタを好みますからね~。まぁ、坊ちゃんがやってた貿易の利益の桁を考えたら、揶揄やら嫉妬やら含めて尾ひれも何もかもくっついてそんな名称プレゼントされても仕方ないですよ。……正直、ちょっとやりすぎた感がありますしね」

「お前ね……気付いてたなら止めような? 俺が人間社会の事情にまだ疎いの知ってるだろ!? ……勉強が追いつけてない俺の未熟さでもあるけど……」

「坊ちゃんのショボン顔はかわいいですねぇ。まぁ、私は単に別に面白いからいいかなぁで無視してただけですので、坊ちゃんが気にする必要は無いと思います」

「お前は色々と気にしような!?」


 どういうことなの!?

 俺にとっての貿易の右腕が色々とオカシイ件について、いったい誰に相談すればいいの!?

 父様か!?

 母様か!?

 ……あの二人、わりとポムと似てるから「まぁいいじゃないか」で終わられそうだがな……


「まぁ、いいじゃありませんか。どのみち品質と物量で経済を支配する予定なんですから。相手が身構えて情報集めてこちらの対応に乗り出す前にボコボコにして主導権握っておくのが肝心です。どのみち、買い手は膨大ですから、相手が飢えている間は供給し続けるべきですよ。競争相手にもちゃんと利益が回るよう手回しもしてます。『事業が立ちゆかなくなって』という相手にはそれ以前に手を差し伸べてますし、世話もしてます。他に気になるところはありますか?」


 ……こいつのこういう手回しの良さだけは本当に文句なく完璧なんだがな……


「商人にも商人の矜持や個人感情があるだろう……それらが絡むと面倒にならないか?」

「まぁ、面倒ですね。そこは実益と話術で回避中ですよ。対応する分野が広いわりに我々の人数が少ないので、現地で人を雇ったりと手も広げてますし、雇用対策も出来てます」

「……そうか」


 これ以上はつっつかなくてもいいかな。

 あとで報告書だけは持ってこさせよう。そうしよう。


「他に気になることはありますか?」

「あることはあるが……」


 俺はチラとポムを見上げた。


「お前、なんで過去の事情から相手の心情とかまで読み取ってるの?」

「それが私の能力ですので」

「そ、そうか」


 なんでそんな意味深な笑みで俺を見るのか不明だが、そういう能力なら納得するしかないな。

 ……こいつの前に立ってると過去の黒歴史とかも全部知られてしまうのか……すごい嫌な奴だな……


「暇つぶしの時やあえて調べようと思わない時は私からブロックしてますよ。面倒ですし」

「暇つぶしでやるのはやめような!?」

「今は暇じゃないのでしませんよ。旦那様に会ったあたりの時は何もすることがなくて暇だったんですよ。それで、つい」

「つい、じゃないだろうが、つい、じゃ」


 まぁ、いい。

 こいつにそのあたりのモラルを言っても仕方がない。


「あと不思議に思ったことといえば……第一王子のことだが、なぜ俺と会う確率が低いと思っていたのか、分かるか?」


 俺はこの国に拠点を置いた。

 領主であるジルベルトの許可をもらっているし、税も納めているのでそれ自体に問題は無い。

 第一王子はこの国の王族だ。立場は弱めのようだが、生まれた順が早いのは大きな武器でもある。商才もあり、商人達からも期待されているのなら、貿易王とまで影で言われはじめている俺と出会う確率は高いはずだ。

 それなのに、縁がないとか思っていた理由がよく分からない。


「第一王子さんの立場は、多分私達が思っている以上に危ういんだと思いますよ。そして、周囲の陣営は強い。坊ちゃんは金持ちで色々な人気商品を持っています。他の弟妹達が虎視眈々と接触を狙っているようですし、逆に言えば第一王子さんが接触するのは妨害されるだろうと予測してたみたいです。そんな周辺状況の中で坊ちゃんに近寄ろうとするのは、第一王子さん的には得策では無いと思っていたようですね。つまり、接触を自分から避ける予定だったみたいです」

「む? タッデオ地方には前から来たがっていたのだろう?」

「ええ。坊ちゃんが来る前からずっと行きたかった地域のようです。逆に坊ちゃんがいることに対しては忌避感を抱いていたみたいですね」


 ……会う前から忌避されてる俺って……


「言葉を交わした限りは、悪い反応じゃなかったと思うのだがな……」

「別に坊ちゃん個人を嫌ってるわけじゃないでしょう、第一王子さんは。ただ、立場が複雑で、危機管理能力が高いだけです。心配性でもありますが、あの立場の人達ならこれぐらいは普通でしょう。むしろ、坊ちゃんが剛胆すぎるんですよ。命狙われたり色々あるのに、赤ん坊の今ですら守りのかたい実家じゃなくて外に出歩いてるとか……」


 珍しく何か言いたげな顔をされた。


「仕方ないだろう。時間は有限なんだ」

「それは分かりますけどね……。まぁ、坊ちゃんの不健康な生活はこれから改善させていくとして、そんな事情とか理由とかで、坊ちゃんと会う確率は低いと思ってたみたいです。あえて会おうとしなければ、会わない確率の方が高いでしょ?」

「まぁ……そうだな」


 俺自身は別に王族とコネがなくても世界規模で事業を展開できる。

 王族とコネがあると色々楽だったり得だったりするというだけで、絶対に必要だというわけでは無い。

 内部に入り込めたなら内部から支配し、内部に入り込めてないのなら外部から支配すればいいだけなのだ。

 まぁ、完璧に敵認定されるとかで販売ルート潰されたら、その時はその時で対応を考えるしな。


「うーん。坊ちゃんは思考が基本、強者側なのでアレですけど、実際のところ王族とのコネはあったほうがいいんですよ」


 ……あれ?


「あったほうがいいの?」

「はい。あったほうがいいです」

「そうなの……? もうちょっと意欲的に貴族とか王族とかに接触したほうがいいの?」

「相手にもよりますが、そうですね。ただ、時機とか活動期間とか考えるに、むしろ坊ちゃん、今いい感じに進んでるんですよ。この地方の領主であるジルベルトさんとも初日に誼を結びましたし、そのうえ今度は第一王子でしょ? 坊ちゃんの意向関係なく、坊ちゃんにとっては都合のいい相手が向こうから来てます。運命の導きですかね」

「俺は運命という言葉は好きではないがな」

「知ってますよ。……ということで、坊ちゃん、第一王子さんの陣営に入ってください。商人達に支持されてる王子だなんて、美味しいですよ」

「……個人的には、他のどの王族よりも相手にしにくい相手なんだがな」


 俺の言葉に、ポムは本気で驚いたような顔をした。

 ……あれ……そんなにビックリされるようなこと、言ったか?


「え……だって、利益で話を通せるんですよ? 坊ちゃんのやりたいことや目指してることにだって把握早いでしょ?」

「逆にそれが困るんだ。力ばかりの脳筋や、魔法だけの頭でっかちならどうとでも転ばせる。だが、相手は『商人』だ。逆に油断が出来ない」

「……」


 ポムは俺をじっと見つめ、ややあって溜息をついた。

 そのまま俺の前で屈んで、ベッドに腰掛けたままの俺と目線をあわせて言う。

 俺がたじろぐほど、真剣な目で。



「……坊ちゃん。それでは、駄目ですよ。――上に立つ者として」






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