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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
――mission 4 王都進出
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22 étape de la transition



 フランツ・アゴスティは人生初めての恐慌状態にあった。


(まずい。まずいまずいまずい! なんでこうなった!? 何故あのようなことが起きる!?)


 心臓は鳴りっぱなし、息は浅く早く、狭く感じる視界は奇妙に揺れて見える。暑くもないのに汗は流れ、コップを持つ手は震えっぱなしだったが、いくら水を飲んでも喉はカラカラに乾いていた。


(なんで道の途中に復讐蟻の巣が出来ている!?)


 これは正確には正しくない。だが、フランツが得た情報からはそうとしか見えなかったのである。

 事を知ったのは数日前。

 その日、フランツは自身が持つ――正確にはかつての兄の書類を改竄(かいざん)して無理やり相続した――別荘で、賓客を迎えるべく待っていた。

 だが、いくら待てども招待したはずの第一王子や商人達がやって来ない。

 おかしいと思い、家人を迎えに走らせた結果手に入れた情報が、『死の黒波』発生という未曾有の危機だった。


 死の黒波――かつて南にあった国を滅ぼし、周囲一帯を食い尽くしながら北上し、現在のコンスタンティナ領南西部の谷にて終息した大災害。

 それは、たった一匹でも群れの一員を殺めたが最後、その相手を『標的』として殺しきるまで群れ全体で追いかけるという、特異な性質を持つ蟻型魔物(アントモンスター)――『復讐蟻』の復讐行軍だった。


 巣の規模が小さくても万単位、規模が大きければ十万単位の群れをもつその魔物は、こちらからあえて攻撃しない限り人間を襲いに来たりはしない。ある意味『大人しい』魔物で、餌としては周辺にいる他の魔物を好み、人間には見向きもしないのが常だった。

 『無害』な『雑魚』。

 その認識を一変させた王国滅亡のきっかけは、一人の商人にある。

 蟻型魔物の素材に目をつけた商人が、冒険者を雇って狩りを行った結果、国一つ滅び周囲一帯が食い尽くされる事態となったのだ。


 即座に情報は冒険者組合によって各国に回され、黒い蟻型魔物は災害級魔物(ハザードモンスター)として討伐禁止にされた。赤い模様があることも組合内部の記録には記載されたが、噂や通達等口伝で情報を知る民草には、周囲一帯を食い尽くす蟻型魔物の脅威と、その様子を例えた『死の黒波』という言葉だけしか伝わらなかった。


 フランツが特徴を知っていたのは、遊び感覚ではあったが冒険者として活動していたからだ。

 子供の頃から血気盛んだったフランツは、ある一定まで剣を使えるようになると、腕試しと称して子分を連れて冒険者になり、暇を見つけては組合に入り浸っていた。

 道の途中に空いた大穴に群がる蟻型魔物の特徴を聞いた時、それが何であるかすぐにピンときたのはそのおかげでもある。


 蟻型魔物は、北から大穴へ、大穴から南へと帯の様な隊列を組んで移動していたという。

 まるで軍隊のような規律正しい動きで、それは『獲物』がある一か所へ向かっていることを意味していた。

 『獲物』が複数の方向へ散った場合、追いかける為に群れも拡散してすべての方向へと散る。広大だった南の国が滅んだのも、三々五々散った『獲物』を追いかけて復讐蟻が全方面へと溢れ出したせいだった。


 家人が見た蟻は、一方向へと進軍していた。

 その方向はロルカン。

 泳ぐことの出来ない蟻型魔物から逃れる為、海に出ようと思えば選択せざるを得ない近隣唯一の港街だ。

 ならば、ロルカンの命運は決まった。

 フランツは思う。


(穴の周りには蟻以外何も無かった――王子達が犠牲になったという確証は無い)


 だが、呼ばれて向かっていた一行以外の誰が、辺境の端にある別荘への道を通るというのだろうか。

 気に入りの別荘だとはいえ、フランツはそこに入り浸っているわけではない。ちゃんと本宅として別に家をもっており、ほとんどの日をそちらで過ごすのだ。商人達だって普通なら本宅の方を訪れる。

 だからこれは、必死に都合の悪いことから目を逸らそうとしているだけだ。フランツ自身自分でも分かっている。

 けれど、そうと認めることは出来ない。


 もし、あの大穴が、王子の乗った竜車が落ちた跡だったとしたら――

 あるいは、商人の馬車が落ちて、同じ時期にこちらに向かっていた王子達が巻き込まれたのだとしたら――


(私は終わりだ……!!)


 王子達に声をかけたのは、コンスタンティナ家の社交界(サロン)で会った時だ。

 当然、周囲には他にも招待客がいた。自分が王子達を別荘に誘ったことを知る者は多い。


 その道中で起きただろう今回の出来事。

 発生した『死の黒波』。

 そして、これから発生するだろうロルカンの壊滅と、その地に誕生するであろう復讐蟻の巣。


 フランツの首一つで贖える罪では無い。家族はおろか、親族に類が及ぶ可能性もある。アヴァンツァーレ領そのものの消滅もありえる。

 自分だってあんな所に復讐蟻がいるなんて知らなかった!

 穴が開いてしまうほど地表近くにあった、ということ以前に、復讐蟻の存在すら今まで知らなかったのだ。どうしてこの事態を予測できようか!


 だが、そんな事実は決して考慮されない。

 フランツが王子を誘い、その道中で王族が被害にあった。それが全てなのだ。

 同じく被害にあっただろう商人達は、フランツにとっていなくなってくれたほうが得な相手だ。おまけに、来る予定だった第一王子は自分が所属する派閥にとっては『政敵』の旗頭。当然、こちらもいなくなってくれた方がフランツにとっては都合がいい。

 ならば、そこに害意があったと周りは見なすだろう。


(……罠だ)


 フランツは青ざめた顔でそう結論を出す。

 これは罠に違いない。

 自分にとって不利な状況が揃いすぎている。

 邪魔な王子を片づけ、その罪を自分に着せる。そのためにお膳立てされたのだ。そうだ。コンスタンティナの仕業に違いない。今年の辺境視察で第一王子が訪れる事を知って、自分を嵌める為に企んだのだ!

 何故、自分を?

 ――アヴァンツァーレ領を手に入れる為だ。

 きっとそうだ。そうに違いない。


 考えれば考える程それが正しい事に思えた。だが悲しいかな、フランツにはそれをどう証明していいのか分からない。

 そもそも、これほどの大災害を引き起こした者として引き立てられた時、果たしてまともな裁判が行われるかどうかも怪しい。

 蟻が向かったことを思えば、主家であるアヴァンツァーレ家は滅んでしまっているだろう。自分の援護など出来るはずもない。

 ずっと欲しかった兄の領地も、今頃は蟻の棲家だ。


「終わりだ……私は終わりだ……ッ!!」


 コップを落とし、掻き毟る頭髪は白いものが増え、その量を一目でそれと分かる程減らしている。頬にも自分がつけてしまったひっかき傷があり、尊大で自信に溢れていたかつてとはまるで違う風貌になっていた。

 絶望に沈み、人払いさせた部屋で一人蹲るフランツは知らない。

 自分を見る目があることを。


(……)


 ふと、誰も居ないはずの空間に僅かな揺らぎが生まれた。小さな呼気一つ分の揺らぎ。それを生み出した者は、己の油断に内心で舌打ちをする。

 状況は悪くない。

 事態は主の予想に限りなく近い形になった。蟻達の向う先がどうなったのかは分からないが、余程の事が無い限り主の思うとおりに進むだろう。

 他の商人にまで声をかけていたのは計算外だったが、おおむね計画の通りだ。最早こちら側を監視する必要はなく、この情報を持って帰還するか、蟻の行く末を見守りに行くかするほうが良い。

 そう思ってその場を離れかけた時、総毛だつような悪寒を覚えた。


 ――くすくす


 ――クスクス


 二つ。

 笑い声。

 熱は感じない。

 気配も無い。

 けれど居る。

 ――見られている。


(……なんだ。コレは)


 潜んだ者は迷った。

 離れるべきか、残るべきか。

 これほどの異変を察知して、詳細を確かめずに離れれようか。

 ――いや、逆に速く知らせなくてはならないのでは?

 極度に狼狽えてながらも、自らの姿を晒すことなく、隠密し続けれたのは熟練であったからだろう。

 だがそんな自分からも見えない熟練度(レベル)で、相手はその存在を隠しきっていた。

 ――まるで別の世界に存在するかのように。


 ――くすくす


 ――クスクス


 姿なき悪意は笑う。

 思い通りの喜劇が見えたと。

 姿なき害意は嗤う。

 所詮は愚かな人間だと。


 だが、姿なき者も知らなかった。

 そんな自分達を見つめる、もうヒトリの目があることを。


 世界を形成する意思と謀は進む。

 けれどそれは複雑に絡み合い、互いに影響しあいながら姿を変えていく。

 生が死に転じ、

 死が生に転じるように、

 一秒先の未来は、今まさに目まぐるしく変化していた。

 けれど、それがどんな理由によるものなのか――




 彼等はまだ、知らなかった。








 さぁ、戦争だ!

 糧食の準備は万全だ! 何しろ丸二年戦っても余るだけの変異種(ヴァリアント)食材が溜まってる!!

 連絡網の構築も完璧だ! 母貝(コンタクトシェル)に頑張ってもらって連絡真珠(コンタクトパール)を大量に増産したからな!

 人員確保も問題ない。前回黙っていたこともあったので、今回は実家の力をめいっぱい利用させてもらうとも。上級魔族で構成された隠密部隊を百名だ。人族の隠し事など丸裸にしてやるとも!

 みてろよ人間! 今生では俺が断頭台に送ってやるからな! ひゃっはー!


「はい坊ちゃん。帰ってらっしゃい」

「んきゅ」


 目の色変えて物資を選り分けていた俺は、後ろからポムに首根っこ引っ張られてのけぞった。

 なんなの!? なんでいつも首引っ張るの!?

 どんだけ危険か説教されたいの!?


 即座にポム叩き専用クッションを取り出してボッフボフしてやったが、ポムは笑うばかりで全く堪えた様子が無かった。おのれ。

 俺とポムが居るのは、グランシャリオ港街(ロルカン)支部。転移装置を設置してあるかつての本拠地だ。

 新街の方に一号店と二号店をオープンさせたので、こっちは完全に客商売関係から切り離された。現在は一次倉庫兼拠点として『港街(ロルカン)第一拠点』と呼んでいる。


 色々リフォームしたのに勿体ない、と思わなくもないが、かわりに人間を出入り禁止に出来たので良しとしよう。なにせ周囲を気にすることなく、即座に本来の(赤ん坊の)姿に戻れるからな!

 無論、今も赤ん坊の姿である。

 いちいち魔力を消費しなくてすむから楽でいい。ちょっと――いや、だいぶ――手足が短くて物を動かすのが大変だが、魔力で操ればいいから問題ないのだ。

 ……ん? 今なにか微妙にひっかかったが、何だろう……。まぁ、些細な事だろう。気にすまい。


 生後わずかな時から鍛えていただけあって、俺の魔力操作は相当な熟練度に達している。これはアレだな。マスタークラスと呼ばれるやつだな。

 生後一歳でマスタークラスとか、今生の俺は相当優秀に違いない。これならば今生の魔族は安泰――いや、油断するのはやめよう。力だけあっても滅亡するのは前世で経験済みなのだ。油断大敵! 今生の俺は石橋を叩き割って一から頑強なアダマンタイト橋を造って渡るのだ!


「……なんか、坊ちゃんはちょっと目を離すと妙に奇行に走りますよね」


 鼻息荒く仕分けに戻った途端、ポムがしみじみ呟いた。

 失礼な! 俺がいつも奇行してるような言い回しはやめるんだ!


「今の俺のどこに奇行と呼べるものがあったんだ。必死に荷物を整えていただけじゃないか」

「あんなに目をギラギラさせた荷物整理、嫌ですよ。どうせ物騒なこと考えながらやってたんでしょ? ヤられたらヤり返すのが魔族の流儀ですもんね?」

「無論だ。己が起こさんとした災厄と同等の贖いはしてもらおう。でなければ、気がすまん」

「いやぁ、坊ちゃん、時々やたらと年季の(オッ)入った()魔王()臭しますよね」


 うっさいよ!!

 だいたい、年季の(オッ)入った()魔王()臭とは何事だ! 今の俺は生後一年のピチピチだぞ!? 乳臭いと言われるならまだしも、加齢臭みたく言われる筋合いは無いわ!!

 ――まぁ、いい。ポムのコレはいつものことだ。


 いつも通りにキツイのを一発叩き込んで、俺は改めて先程と同様に仕分けにはいった。

 俺が今やっているのは、王国に喧嘩を売る為の前準備である。

 ジルベルト達の前で盛大に格好つけて宣言したが、だからといっていきなり殴り込みに行けるわけもない。

 そもそも、魔族()イコール危険という方程式を無くす為に動いている俺が、馬鹿正直に真っ向から力技するわけにはいかないのだ。

 前世とは違うのだよ、前世とは!


 というわけで、準備に入ることにした。

 王族、ひいては国家を相手に戦う場合、必要なものがいくつかある。今回、俺が重視したのはそのうちの三つ。


 資金。

 力。

 そして、民意だ。


 民意を得るということはどういうことか。

 ものすごくぶっちゃけて言うと、『正義はあちらにあり!』と大多数の者が俺達を支持する下地を作り出すことである。

 王族というのは、本来は国の威信を背負う存在だ。

 それを害したなら、害された国は、国威をかけて戦わないといけなくなる。

 何故か。

 舐められたら終わりだからだ。


 魔族間でもそうなのだが、下手に舐められると『少ない犠牲で落とせる』と思われ、戦を仕掛けられることが多くなる。それを抑止する為にも国威は落とせない。故に傷つけた相手を倒す。

 わりと単純な構造だが、だからこそ根深いものがあるのだ。

 国民だって、自分達の国の王族が害されれば普通は怒る。

 だが、その王族そのものが大多数にとって『悪』であったなら、どうなるか。

 ――カルロッタの王族は、あまり評判が良く無いと聞く。

 元から評判が良く無い相手であるなら、俺達の勝機は十分にある。

 俺達が連中よりも支持されれば、俺達の勝ちだ。


「ノア達の準備はもう終わっているのか?」


 せっせと『連結無限袋』から別の『連結無限袋』へ荷物を移している俺の後ろで、同じく作業に入りながらポムが「ええ」と頷いた。


「あちらは人間の商人達がメインになりますからね。我々ほど遠距離を素早く動けるわけではありませんが、冒険者組合も協力してくれますから『噂』の浸透率としてはかなりのものになるでしょう。元々、坊ちゃんは街を救ったことで『英雄』呼ばわりされてますしね」

「……喜んでいいのか悪いのか、微妙な名称だな」

「滅亡する運命を変えたのですから、そう呼ばれるのも仕方ありません。人間は、特に英雄譚を好みますしね」


 ――怖い。

 なにが怖いって、このままなし崩しに俺まで『英雄』なんて称号を得てしまいそうで怖い。絶対むこう三年は笑われるネタじゃないですかやだー!!


「そこで頭抱えないでくださいよ。あれだけ豪快にやらかしてるから、坊ちゃんは英雄願望があるんだとばっかり思ってましたよ」


 無いよ!! これっぽっちも無いよ!!


「まぁ、おかげで聖人を自演せずともいいのは有難いですけどね」

「……まぁな」


 ほくほくしているポムに、俺は苦い思いで頷いた。

 街を救った俺の評判はとても良い。名声といってもいいだろう。

 この名声をバックに、この地での立場を強固なものにしていく予定だ。同時に、情報を集めつつ『敵』の勢力を削っていく。武力による戦いと違って一瞬で終らないのが難点だが、後々の事も考えると地味だがこの戦い方のほうが良い。力で叩き潰して終わるだけなら、前世でさんざんやったし、結果はうちの滅亡での終幕だったしな。


「しかし……儀式が終わったらしばらくゆっくりする予定だったから、母様の怒りが怖いな……」

「あ~……怒ってましたねぇ……」


 俺のぼやきにポムが遠い目になった。

 母様からすれば、生後間もない頃から大人顔負けの生活を送っている俺が心配でならないのだろう。俺に激甘な父様もそうだが、大人に任せて俺は赤ん坊らしくもっとのびのび生きろと言われてしまった。

 ……前世の記憶がある分、俺の中身は父様より年上なんだがな……


「坊ちゃんが働きすぎだというのは私達も同意見なんですよ。立場上言うに言えない人達が多いだけで、みんな心配してるんです。坊ちゃんは生き急ぎ過ぎなんですよ」

「仕方あるまい。時は待たないのだから」

「でも、赤ん坊なのにそうやって起きづめの働きづめだから、坊ちゃんの成長は他の子よりも遅いのではありませんか?」


 ……なん……だと……?


「赤ん坊の成長は個体差がありますが、私が知ってる赤ん坊達と比べても坊ちゃんは成長が遅い気がします。――まぁ、一部ではやたらと成長早かったみたいですけどね。歩くとか走るとか壁登るとか。でも、それ以降、身長も体重も増えていないでしょう? あれだけお菓子やらご飯やら食べてるのに、全部魔力に変換されてるっぽいですし。よくて肉体強化、あるいは維持。成長に振り分ける余裕が無いみたいなんですよね」


 言われて愕然とした。

 気にはなっていたのだ。ある時を境に身長が伸びないことが。あと歯がまだ生えそろってないこととか。髪の毛とか。髪の毛とか。髪の毛とか。


「――いえ、歯は三歳までにじわじわ生え揃うのが普通ですし、髪はそれこそ個人差がありますよ?」


 心読むなよ!!


「でも、身長がここまで伸び悩むのはちょっと気がかりです。真面目な話、御昼寝や夜の就寝はしっかり時間をとって欲しいですよ。最近、まともに寝ていないでしょう? 旦那様から人手も借りたんですから、坊ちゃんは赤ん坊らしく寝ててください」

「いや……しかし」

「坊ちゃんがずっと何を見張って(・・・・)いるのか、敢えて尋ねはしませんが、寝る事も大事な仕事ですよ。いい機会ですから、言わせていただきます。作戦はもう皆頭に入ってますから、仕分けや大まかな確認程度こちらで出来ます。なので坊ちゃんは総大将らしくどっしり構えて最終確認だけしてください」


 いつになく真顔なポムに、俺はあわあわと両腕を上げたり下げたりした。

 さっさと『連結無限袋』を取り上げられてしまったので、妙に身の置き所が無い。


「でもな、その、俺が居ない間に何かあったら、困るだろ? すぐに動けるようにしておかないと、何が起こるか分からないだろ?」

「生きていれば未来なんてそんなものです」


 スバっと言いきられて、俺は途方に暮れた。

 確かにそうだ。だが、俺には神族という敵がいるのだ。困ったことに、細かい個体名までは知らないが。そいつらが、レイノルドの時の様に暗躍していないとも限らない。いや、多分、しているだろう。ならば、いつどんな情報が飛び込んで来ても対応できるようにしておかないと――……


「坊ちゃん」


 ポムが俺の前に屈む。

 なんか怖い。

 身構えた俺に、ポムは物凄い真剣な顔でこう言った。


「――もし、この忠告に従ったのなら……」


 ……従ったのなら……?


「髪の毛――伸びるかもしれませんよ?」

「おやすみしてくる!!」

「はい。おやすみなさい」


 即座にマイ枕を取り出して休憩室に走る俺に、笑いながらポムが軽く手を振った。

 なんだか以前見た母様と同じぐらい「しめしめ」と言いたげな顔な気がするが、ポムはああみえて嘘をつかない男なのだ。つまり、寝たら俺の髪の毛もルカのようにFUSAFUSAになるに違いないのだ!


「ポム! 後は任せたぞ!」

「任されました。夢の住人さん達によろしくお伝えください」


 ポムはわりとメルヘンだった。






 声が聞こえた。

 一人は俺で、もう一人は『―――』だ。

 その名前を口にしようとして、出来ない事に愕然とする。

 選択は既に終わっていた。

 もはや、後戻りは出来ない。

 白い指が俺を指さす。


 ――権能は、此処にある


 声が紡ぐ。

 俺はただ泣いていた。



 ――-永遠に共に在る





 ――夢を見た。

 別にポムに言われたから見たわけでは無いと思う。

 考えたら、俺はよく夢を見る。主にせっせとご飯を作っている夢を見るのだが、今日見た夢は違っていた。

 目元や頬がちくちくするので触ってみると、触れた指が涙で濡れた。

 ――ヤだ。寝ながら泣いてたわ。どういうことなの。よだれじゃないだけ、まだマシだろうか。

 何の夢を見たのだったか、と思い出そうとして、そのほとんどがぼんやりしていることに気付いた。だが、最後のほうだけはかろうじて、夢の残滓が瞼の裏側に残っている。

 何故か、懐かしい。――前から見たことのあるような、そんな気がする夢だった。


 景色は思い出せない。――いや、元から無かったのかもしれない。

 霧ががかったように白くぼんやりしている。

 ひどく印象に残ったのは、三つの椅子。

 空白は一つ。

 残りは、俺ともう一人。

 やたらと焦燥感を覚える光景だった。泣き叫びたくなるような。

 椅子に座っているもう一人は、男だった。

 顔はよく見えない。ただ、知っている男だということだけは分かった。名前も思い出せない。違和感と焦燥がある。――よく知っていたはずなのに、と。

 沢山話していたはずなのに、もうほとんどの会話を忘れてしまった。夢なんて、所詮こんなものだ。


(そのくせ、やたらと忘れてはいけなかったような気分になるのがな……)


 思わずため息が零れた。

 大事なことだった気がするのに、目が覚めた瞬間から夢の残滓は淡く消えていく。ただ、最後の言葉だけは覚えていた。すぐに忘れてしまうだろうけれど。


 ――永遠に共に在る


 まるで、何かの告白のような言葉。

 どこかやるせない気分になるのは、何故だろうか。


「……俺の部下に、あんな魔族はいなかったと思うんだがな……」


 ぼんやりと夢の中の男を思い出しながら呟いて、俺は布団の中から這い出た。

 ポムに言われて仮眠をとったが、久しぶりの御昼寝はやたらと爽快だった。だいぶ疲れていたのだろう。母様達が心配するはずである。

 しかし、これで髪の毛がフサフサになるのなら良いのだが、触った感じ頭皮までの厚みは増えていなさそうだった。

 ……いや、諦めまい。まだ一回だ。たった一回で効果なぞ出るものか。これからなのだ!


 よし、と気合を入れ、俺はマイ枕を亜空間収納に仕舞う。

 その瞬間、妙に呆れ混じりの『声』が頭の中に響いた。


『……おまえ、後ろ見たほうがいいんじゃね?』


 ――ヤだ。幻聴が聞こえるわ。

 なんなの? ストレス溜まりすぎてついに第二の人格でも爆誕したの?

 遠い目になりつつ、何気なく後ろ――部屋の扉側を振り返ってみる。


 ポカンとした顔のロベルトがそこにいた。




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