21 狙われた者と狙った者
ロルカン、領主邸、とある一室。
他から見つからない覗き穴的な小窓に陣取り、俺は出入りする人々を適当に『視て』いた。
『カルノ・リーデンベルク LV47 種族:人間
性別:男 職業:ナイトウォーカー
HP 567/567
MP 321/389
STR 297
DEX 328
CRI 316
VIT 201
DEF 242
AGI 357
INT 134
MND 67
CHR 115
LUK 4
固有才能:―――
固有能力:【隠密】【気配遮断】【伝心(近)】【変化】』
よん……?
いやいや、見間違えかもしれない。
それにしても、いきなり人にしては凄いの見た。経験を積んだ者がいるのは、やっぱり騒動の後だからだろうか。それとも領主邸近辺だからか? 一般ではあまり見ることが無さそうな連中がいるな。……まぁ、実家の近辺に比べたら可愛いもんだが。
おっと。あっちに恰幅のいい集団がいるな。服からして商人だろうか。
『ディーター・ヴォストマン LV4 種族:人間
性別:男 職業:商人
HP 27/27
MP 0/ 0
STR 7
DEX 12
CRI 1
VIT 10
DEF 13
AGI 7
INT 26
MND 5
CHR 15
LUK 31
固有才能:【早熟】
固有能力:【暗算】【四則演算】【ハッタリ】【話術】』
『カスパル・パッシェン(ツェーザル・ベルント・パラディース) LV1(39) 種族:人間(妖魔)
性別:男(無性) 職業:商人 (ロードナイト)
≪擬態中≫
HP 1372/1372
MP 2314/2587
STR 707
DEX 1201
CRI 801
VIT 1510
DEF 1303
AGI 547
INT 1Ⅰ26
MND 765
CHR 315
LUK 99
固有才能:【擬態】【捕食】
固有能力:【暗算】【四則演算】【高等話術】【身代わり】【剛腕】【忍耐】【怨敵懲罰】』
『ユルゲン・クレメンス・ポーツァル LV21 種族:人間
性別:男 職業:領主
HP 27/27
MP 0/ 0
STR 9
DEX 17
CRI 3
VIT 11
DEF 15
AGI 8
INT 39
MND 6
CHR 57
LUK 43
固有才能:【人心掌握】
固有能力:【暗算】【四則演算】【ハッタリ】【話術】【演説】』
なんか混じってた……!!
え。しかも領主もいたぞ。ポーツァル家ってどこの領主だ。というか、大丈夫かあのメンバー。捕食されるの? 妖魔族なにやってるの? ついでにうちのジルベルトの所になにしに来てるの?
ヤバイなこの能力……どんだけ擬態しててもバレバレじゃないか……
げっそりした俺が居るのは、ジルベルトの部屋の真上にある隠し部屋だ。かつてはただの屋根裏だったのを、いざという時に護衛が詰める場所に改造したのである――俺が。
さて、そんな部屋で俺が何をしているかというと、この度ポムの悪戯、もとい企み――サプライズ?――で手に入れてしまった【全眼】の能力チェックである。
というか、ポムは何をしてくれやがるの!?
【全眼】って固有才能だよ!
歴代魔王ですら所持者いなかった超弩級の稀有モノだよ!
誰か持ってたらいいな、とは思ったけど、自分で手に入れようとかは思わなかったよ!!
今も確認がてら実践していたので把握済みだが、【全眼】は『読み取ろう』と思って何かを視ると、目についたものの情報を頭の中に直接書き込むようにして読み取ってしまう能力だ。
これのオンオフは自分の意思で行えるのでまだなんとかなっているが、やり方に慣れるまでは情報過多で目眩を起こしたり気持ち悪くなったりと散々だった。
……あいつは本当にろくなことをしないな……
ちなみに『視る』ことが出来ない相手もいる。
オズワルドがそうだし、サリやポムもそうだ。ちなみに俺自身も『視え』ない。
何故、俺の能力は、俺自身に対しても不具合を発生させるのだろうか……
この『視えない』のにはいくつか理由があるらしい。
主な理由は三つ。
一つは『相手が自分よりも遙かに格上』の場合。
これは何も読み取れないらしいし、魔法の発動とかと似た感じで「あ、失敗した」と分かるらしい。
もう一つは『相手が調査系能力に対する阻害能力を有している』場合。
ぼんやりとしか見えなかったり虫食いみたいな情報しか手に入らない。文字が変質して『何か読み取れてるのだが何なのか分からない』ということもあるらしい。
オズワルドとポムがコレだった。ちなみにポムは全部文字が変質した挙句動き回っていて気持ち悪かった。なんで文字がソシアルダンスを踊り狂ってるんだろうか……あいつの存在は謎ばかりだな。
最後に『相手が自分と同等かそれ以上の能力を有している』場合。
格上すぎない分、読み取れたり読み取れなかったりするらしい。情報は穴だらけで、大部分を予測しないといけないという有様だ。実際に試してみて把握したが、能力差が縮まるごとに読み取れるようになる。
サリの能力を読み取れないのはコレで、赤ん坊の状態だとほとんど読み取れず、十歳版だとほぼ読み取れた。オズワルドが異様に怖い気配漂わせてたが、読み取った情報を教えたら一転してゴキゲンになったので良しとしよう。……あとでサリにこっぴどく怒られたが。
ただ、俺自身を『視』れない理由は分からない。
自分の能力を自分で阻害するわけも無いだろうし、能力差とやらが発生するはずもない。俺が俺を視るのに、いったい何の不都合があるのかサッパリだ。
これにはサリ達も首を傾げていたし、テール達も不思議がっていた。事情を話して能力解析に協力してもらっていたのだが、昔の伝承やら何やらを話し合っていたが「これに違いない!」という結論は出なかったようだ。
まぁ、別に自分自身のことなので、使える魔法や技術さえ把握出来てれば構わないだろう。
そうそう、俺は一歳になった。
それはそれは盛大に儀式を執り行ってくれたが、当事者からすれば途中で白目剥きそうになるほどめんどくさくてつまらない行事だった。
お披露目も兼ねているせいで、えんえんと訪れる各人の目にさらされまくった俺の黒歴史感を少しは考えてほしい。あと、赤ん坊に長時間ストレスを与えるのはどうかと思う。俺がグレたらどうするつもりなのだ。ご褒美のチーズタルトがあったから我慢したけどな!
そんな苦行を経て、俺はようやく生後一年という荒波を乗り切った。
……あれ。なんだろう……本気でしみじみ荒波だった気がしてならない……
前世の俺の生後一年がどんな感じだったのか知らないが、絶対に今みたいな状況で無いのは確かだ。自分で望んでやったとはいえ、よく志半ばで死ななかったなと思わざるを得ない。
……一応、赤ん坊の体なんだよな、今の俺は。魔法でズルをしているが、ずっとというわけでもないので、無防備に近い時は度々ある。おそらく、ポムがやたら俺の周りに出没するのは、そういった無防備な時の俺を守る為なのだろう。
これでもうちょっと安心できるような性格をしていれば、俺としては嬉しかったのだが。高望みが過ぎるのだろうかな……
一歳になって変わった事はいくつかある。
魔族としては、一歳になって初めて正式に存在が一族全体に認知される。それと同時に与えられるのが、通称『国民カード』と呼ばれるカードだ。冒険者組合の組合カードみたいな感じだが、書かれている情報とそれに対する機密性は冒険者カードの比では無い。
希少金属であるヒヒイロカネがふんだんに使われているうえ、上位権限者の所持する情報統括管理魔珠『魔歴宝珠』に情報が自動的に書き込まれるという優れものだった。
ちなみに『魔歴宝珠』を所持している上位権限者とは、一定以上の家人を持つ組織や集団の長や領主、魔王を指す。
魔王は最高管理者であり、彼の持っている『魔歴宝珠』には全ての魔族の情報が書かれている。とはいえ、カードを持っていない一歳未満の赤ん坊の情報は無いんだがな。
このカードはとても大事な為、俺の亜空間収納の中に入れてある。
コレは時空魔法の一種だが、あの『大蟻の女支配者』戦の後に使えるようになった。今まで『無限袋』を使用していたが、容量が凄まじく大きいのでこれからは亜空間収納も併用していこう。
……それにしても、前世ではこんな能力は使えなかったのだが、今生で使えるようになった理由は何だろうか?
これも俺の“神喰らい”とやらで手に入れた『大蟻の女支配者』の能力なのかと思ったが、ポムは俺の亜空間収納の発動にビックリしていたから違うのだろう。
……本気でどこから来たんだろうか、この能力……?
ま、まぁ、分からないことは置いておこう。便利なことはいいことだ。うん。
それよりも、問題なのはこの街のこと――いや、もっとハッキリ言うなら、あの『恨執蟻』掃討戦で発生した諸々のことだ。
あの戦いの後、しばらく俺は街から離れていた。出来れば居残りたかったが、一歳の儀式の為なので仕方がない。その間のことを任せていた家人達は実に優秀だった。
俺達が――否――この街が何に巻き込まれたのか、この国に関しての情報を洗い出してくれたのだ。
無論、それにはこちらで『保護』した竜車の少年達の証言もかなり役立っていたのだが。
「しかし、面倒な事になったな」
「……その面倒事にわざわざ関わりに行くのも、どうかと思うんだがよ?」
俺がこっちに戻って来て以降、ポムと共に俺の護衛を引き受けているロベルトが呆れ声で言う。ロベルトは護衛としてなかなかに優秀だ。能力調査の為と言えば覗き見にだって協力してくれるし、小腹が空いた時用にオヤツも用意してくれるのだ。完璧だ! この面倒事が終わったら一緒にうちに来てくれと誘おう。そうしよう。
「……なんか今、すげぇヤなフラグ立てられた気配がした……」
「おまえは時々奇妙なことを言うな……? おまえの固有才能にある【異界知識】の情報か?」
「しれっと俺を『視』るなよ! 穴喰いだらけで見てもつまんねェんじゃなかったのか!?」
「つまらないが、何回か見てると『読み取れない』位置が変るのでな。徐々に解読できるのが面白いのだよ」
「ヤメロ!」
【全眼】を発動させる俺に、ロベルトが本気で目くじらを立てはじめる。ロベルトの情報は穴あきに加えて文字化けしてるので、ポムほどでは無いが見てると気持ち悪いのが難点だった。
この遣り取りで察してもらえるように、俺があの戦いの直後に倒れた理由をロベルトには言ってある。思い切り心配されていたようだし、ポムの許可もあったからだ。
ついでに言うと、俺の赤ん坊姿についてはバレていない。これは、これだけは! バラしてはならんのだ!!
「話を戻すが、俺が関わらなければより面倒な事になるんだろう? ――ん? 【化学】と【民間療養】って何だ?」
「くそ……お前のその能力、絶対チートだぞ。――まぁ、より面倒と言うか……胸糞悪いことにはなるだろうな」
「なら、仕方があるまい。これもジルベルトの友としての務めだ。それに、今回のことに関しては、俺にも欲しい物があるからな」
俺の返答にロベルトが盛大にため息をついた。
ロベルトが関わりを忌避し、俺が『面倒』と言いきる今回の騒動の裏側――
それは、ロルカンのあるこの国のお家騒動、つまり、王位継承権争いだった。
●
ジルベルト達が住むこの国の名は『カルロッタ』。
これといった特色は無いが、そこそこの鉱山と炭鉱があり、それで外貨を稼いでいるという、この近辺ではごくありきたりな小国だ。
そんな国には、現在『王族』と認められている人間が十三名いる。
国王。正妃である第一妃。側室である第二妃と第三妃。
その子供達が八人。国王の弟が一人。
王位継承権があるのは、まず八人の子供。その後が国王の弟となっているという。
ちなみに妃の位は『正妃』『第二妃』『第三妃』の順となっているが、妃の実家はその順とは違う。
正妃は伯爵家の出。第二妃は公爵家の出。第三妃は男爵家の出。
この国では一度『王妃』となって王族になると、元の家の位は関係なくなるという。
だが実際のところ、影響力を考えればそんなのは口だけだと分かるだろう。そのおかげで、色々とややこしいことになっているのだ。
子供達は全員三人の妃の子供で、産みの親を基準にして分けると以下のようになる。
一番実家の位が高い妃……第二妃(側室)。第三王子。第四王子。第二王女。
二番目に実家の位が高い妃…正妃。第二王子。第三王女。
三番目の実家の位が高い妃…第三妃(側室)。第一王子。第六王子。第一王女。
基本は先に生まれた者が高い王位継承権を得る。王妃の実家の権威を無視するなら、これが覆ることは無い。もっとも、そんな風にスムーズに王位継承がされる王家なんてほとんど無いのが常なのだが。
しかも、王の子供達には明確な『実力差』というものが発生しているらしい。
何の実力差なのかと言えば、武力、及び魔力である。
武力は正妃の子供が一番強く、第三妃の子は一番弱い。
魔力は第二妃の子供が一番強く、第三妃の子はここでも一番弱い。
生まれた順は一番早いが、第三妃の子供は物理面でも魔力面でも能力的に一番弱いのだ。もっとも、王族として父親の能力を継承しているからか一般人に比べればずっと強くはあるのだが。
今回、街に逃げ込んできたあの被害者の一団、その中の竜車に乗っていたのが、第一王子と第六王子だった。
彼等は毎年の行事である辺境視察の途中、アヴァンツァーレ家の身内であるとある家から招待を受け、行路を進んでいる最中にこの騒動の発端である『恨執蟻』の巣に落っこちたのだという。
「――と、言いますか、事実を正確につくならば『恨執蟻』の卵や幼虫が設置された空洞の上を馬車が通過し、重みで落ちた――という方がいいでしょうね」
小さな食堂の一つに集まった俺達の前で、壁にかけた地図の一点を示しながらポムが言葉を紡ぐ。
席についているのは二十三名。
俺。ポム。部下五名。ロベルト。ジルベルト、モナ、支部長。正体を知っている俺としては場違い感が半端無い精霊王三名。そして今回の被害者である面々、商人が六名、王子が二人、その従者が一人だ。
商人が六名なのは、半分砕けた荷馬車に二人乗っていたからである。
「現場検証の結果、皆様の言葉が正しい事は証明されました。ここに大きな穴が空いており、何かが落下したのだろう痕跡と、潰された魔物の卵や幼虫の死骸が発見されましたから。皆様が通るこの『指示されたルート』に、あえてこの罠が設置されていたようです。勿論、これは巣ではありません」
「わざわざ『恨執蟻』の巣から卵を盗んで、このような罠に使用するとはな……」
同席しているフラムが苦い顔で言う。
とある理由で来てもらっているのだが、それはもうものすごく渋られた。俺としても精霊王を巻き込むのは不本意なのだが、現場を確認したのが精霊王達なのだから仕方がない。何故精霊王達が現場確認に走り回っていたかというと、戦闘で手が貸せなかったからという理由でテールとラ・メールが張り切ったせいである。
……フラム。すまん。なんかもう、巻き込まれすぎてて可哀そうになってきた。俺のクイニーアマンを分けてあげるから、勘弁してね?
「では、アゴスティ殿が我々をあのような罠に嵌めたというのは、確かなのか……」
第一王子である少年が苦悶の表情で呟く。名前は……ぇーと……なんだっけ?
「そうに決まっていますよ! わざわざ別荘の方に招待して、その道の途中に罠だなんて、仕掛け人でなければ無理でしょう!!」
「だからといって、あのような災害級魔物を利用するとは……!」
「アゴスティは何を考えているんだ!」
商人AとBと共に、従者が憎々しげに吐き捨てる。名前は一度言われたが、とっくの昔に忘れたとも。俺のような次期魔王は、そんな格下の名前を覚えたりしないのだよ。当然だとも。脳味噌の容量の問題では無いとも。
……部下と支部長の名前はなんだったっけかな……
「まさか、アゴスティはアヴァンツァーレ領の滅亡を狙って……!?」
「自分が領主になれないなら滅ぼすつもりだったのでは!?」
「他領の領主に持ちかけられたのかもしれませんぞ! アヴァンツァーレに復讐蟻の巣が出来れば、隣国への牽制にはなりますしな!」
「そもそも、あのような男が今も野放しになっているなど、許し難い!」
駆け込み組が白熱してるな。
まぁ、言いたいこともよく分かるんだが、落ち着けよ? そんなこと言ってる前に、やるべきことがいっぱいあるだろ?
「アヴァンツァーレ殿! アゴスティは貴殿の家に連なる者でしたな!? この責任をどうつけるおつもりですか!?」
「ほぅ」
思わず声が出たよ。思ったより低い声が出たよ。
全員の視線がこっちに来たが、俺の視線は一点集中だ。
「何の責任をジルベルトにとらすつもりだ? そもそも、貴様らを助けたのが誰だったのか、忘れたわけではあるまいな?」
「坊ちゃん……落ち着きましょうね? そこで凄むよりやるべきことがいっぱいあるんですからね?」
ちょっとプチッときたら速攻でポムに窘められた。
俺は平静だとも。魔力なんて漏れてないとも。
だいたい、コレは最初から予定済みの行為だろ!?
「まぁ、街の住民として、また、代表の一人として呼ばれている私こと冒険者組合支部長の位に座す者から言わせていただければ、この街に危機を呼び込んだのはそちら様方であって、アヴァンツァーレ家当主殿ではありませんので、そこのところ、お間違いなきようお願い申し上げますよ。責任うんぬんを申されるのでありましたら、まずあなた方が矢面に立つべきでありましょうな」
「リンチにされかかったのを助けたのは、領主様だろうになァ」
支部長とロベルトが援護射撃に入る。
商人達が気まずそうに押し黙り、小さくジルベルトに謝罪した。従者の方は嫌そうな顔で押し黙ってしまったが。
ちなみに俺達が喧嘩腰なのには訳がある。
魔物に襲われていた彼等からの証言とポム達の検証で、騒動の『きっかけ』としてジルベルトの叔父が限りなくクロに近いグレーな存在であることが分かったのだ。
と、なると、その血族の長であるジルベルトの立場は非常に悪い。
今のように責任問題となったら、速攻でやり玉にあがるレベルで悪い。
そこで、俺達の出番となるのだ。少なくとも、この街を実際に救った俺達の発言は重い。彼等が持ち込んできた街の危機を救ったのだから当然だな。
「さて。話を戻しましょうか。――その前に、そっちの従者さんも、責任問題にすればいいってもんじゃないことぐらい、理解してくださいよ? そもそも、貴方がたはこの街に重大な危機を招いた人間でもあるんですから、そこはお忘れなく。本来、貴方がたに誰かを非難する権利は無いんです。自分がやった責任から逃れる為に領主さんを攻撃するなら、坊ちゃんも私達もキレますからね?」
「……やめてくれ。俺の胃が痛いから」
ロベルトが青い顔でなにか言っているが、グランシャリオ家の総意は一同に伝わっただろう。
従者が真っ青な顔で俯き、チラチラと王子に視線を送り始めた。王子の方はひたすら申し訳無さそうな顔だ。
……主の面目を潰す従者って、どうなんだろうな?
「申し訳ありません、ジルベルト殿。それに、グランシャリオ家の方々にも不愉快な思いをさせてしまい、お詫び申し上げます」
「いえ! リベリオ殿下……私の叔父が重大な罪を犯したのは、事実ですから……」
第一王子の名前はリベリオか。よし。覚える為にメモっておこう。
「ふむ。情報を纏めておこうかの。よろしいか? レディオン殿」
「構わん」
場を仕切り直す為に声をあげたのであろうテールに、俺は椅子に深く背を預けながら頷く。偉そうな態度だが、ここで俺が舐められるとジルベルトを助けれないので、せいぜい大物っぽく振る舞っておくのだ。ポムからも『盛大に偉そうで強そうなポーズをとっておいてください!』と言われているしな!
「まずは今回の『死の黒波』。これは人為的に引き起こされたもの。アゴスティ家当主の別荘に向かう途中の道に落とし穴があり、下にあったのは復讐蟻の卵や幼虫などだった。幼虫は卵から孵化したものと考えられる為、巣から卵を運びだして落とし穴に設置していた、と見るのが妥当。卵だけを運び出すのであれば、特定の技能を持った者や特殊な魔道具を使えば可能である為、魔物に詳しい冒険者が関わっている可能性が高い。『相手』の『目的』は不明ですが、少なくとも第一王子と第六王子の殺害は企んでいたことでしょうな」
壁にかけられている地図上に、二人の王子を意味する駒を刺す。
「この時、同じアゴスティ家の別荘に向かう商人の一団があった。これが、今ここにいる六人を含む商人の一団。アゴスティ家に借金の返済を求めに行ったのでしたな?」
「ええ。返済の目途がたったから、と。殿下達が辺境訪問で訪れたコンスタンティナ家のサロンで会いまして。殿下ともその時にお目通りを」
コンスタンティナ家はアヴァンツァーレの北に位置する家だ。タッデオ地方を治める領主のうちの一つだな。
商人達と従者がまた憤懣やるかたない表情で「我々も一緒に殺すつもりだったのだろう」と呟いているが、実はそうとも言えないのが現実だったりする。
それを知っているテールが、ひょいと片眉を上げて言う。
「……ふむ。さて、ここで一つ疑問なのですが、アゴスティ家は『犯人』ですかな?」
「犯人でしょう! 誰が一連の事情を聞いてもそう思いますよ!」
従者がカッとなって叫んだが、俺達の陣営は静かな眼差しを向けた。
「それがなぁ、従者さんよ。王子様や商人さん達を殺そうとする理由が、アゴスティ家に無いんだよ。『動機』も『証拠』も無い、っつって通じるかね?――借金返済のお金はちゃんと用意してたし、実際に別荘で待ってたんだから」
「は!?」
代表して言ったロベルトの声に、商人達が驚きの声をあげる。
そりゃあ、騙されて誘き寄せられて殺されかけた、と思っていたのに、相手がちゃんとお金用意して向こうで自分達を待っていたと聞けば、なぁ……
「おまけに、いくら待っても来ないからと従者を向かわせて、途中で『死の黒波』が発生してるのを知って慌てて逃げようとした結果、階段から落ちて足を折ったそうだ。別荘にいた連中全員の話を照らし合わせてみたが、齟齬は無かった」
「何人かで口裏を合わせれば――……」
「『別荘にいた全員』だっつーの。そこの――ぇー……フラム、さん、達がわざわざ全員から話聞きだして纏めてくれたんだ。間違いねーよ。ちなみに調書――じゃなくて、証言の束は公正をきして組合支部長であるヨーゼフさんに預かってもらってる」
支部長! やっと名前知れたよ!
「まぁ、そもそも、あの御仁はこんな大それた悪巧みは出来ないでしょうからなぁ……」
「支部長はよく知っている相手なのか?」
「レディオン様も会ってますよ。組合で私とお会いした時に一緒にいた男性が、アゴスティ家当主です」
「「ああ、あの」」
俺とラ・メールの声が重なった。
やけに納得してしまった俺達に、ジルベルトが遠い目になっている。すまんね。お前の身内なんだろうが、良い印象は無いのだよ。――いや、お前の身内だからこそ良い印象は無理か。お前も散々な目にあわされてるしな!
「と、なると、誰かに利用されただろう可能性が高い。さて、アゴスティ家は誰の陣営ですかな?」
テールの声に、第一王子は考える顔になった。
「……確か、第二妃の陣営だったと思う。常々、魔法の才が抜きんでているサリュースを支持していたから」
「あの方々は! ことあるごとに殿下に対して失礼を……!!」
「能力不足を指摘されるのは仕方のないことだ。私は彼等のような才能に恵まれなかったからな」
サリュースって誰、と思っていたら、ポムがこそっと「第三王子です」と教えてくれた。
そんな俺達の前では、悔しそうな従者にリベリオが苦笑しながら声をかけている。諦めているような表情だが、自己紹介の時に握ったリベリオの手が、才能の差を努力で補おうとした跡だらけなのを俺は知っている。
――まぁ、自分でそれをひけらかす気もなさそうなので、俺の口から指摘はしないがな。
「さてさて。ここで問題が浮き彫りになったかと思われますが、アゴスティ家の『誘い』が直接的なきっかけになったとはいえ、その後ろ側には別の誰かの思惑が見え隠れしています。では今回の『災厄』は、『誰が』『誰を』狙ったものであり、真実、罪を問わなくてはならないのは誰なのでしょうか」
ポムがテールの目配せを受けて言葉を紡いだ。
一同は黙りこくる。
本当に狙ったのは誰か。
本当に狙われたのは誰か。
うっすらとは見えているが、証拠は無い。そして、恐らくそこまで手を届けさせるのは不可能。
そんなことを考えているのだろう。
「街どころか、領、あるいはこの地方一つ潰すつもりで行われた事に対し、企てた本人を裁けずに終わるというのは、どうにも気分が悪いな」
つらりと周囲を見渡して、俺はそう言葉を放る。
視線はこちらに向かってきたが、やはり誰も言葉を発しない。
「一つ。確認がしたい。王族の命を奪おうとしたのであれば、それは例え企んだのが王族であろうとも、死罪か?」
ギョッとした目を向けられたが、気にしない。
ジルベルトとリベリオが頷くのを見て、俺は薄く冷笑った。
その答えが欲しかった。
「なら、一つ、提案がある。此度の一件、誰がどう動いて何が起きたのかに関して黙っていてもらいたい。アゴスティ家のことも、王子達がいたことも」
「それは……」
「俺はな、小虫に興味は無いのだ」
戸惑いや驚愕の気配を前に、俺は淡々と言葉を紡いだ。
「アゴスティの長を罰したところで意味は無い。何かあれば、いつでも潰せる者だ。このような大事で引き出さずとも、な。故に、奴を表に出して今回の責をとらせて終わる気は俺には無い。俺が欲しいのは、『大元』の首だ」
ロルカンは、俺が初めて足を踏み入れた人間の街だ。
支部長やロベルト、ジルベルトにモナ。部下達の下には人の子が下働きにやって来た。長く暮らしているわけではないが、すでに愛着はある。街も拡張した。ここは俺が大切にしようとしている場所だ。
それを滅ぼそうとした。
俺の大事な人間を殺そうとした。
ならば、俺は魔族の流儀をもって応えよう。
連中は、命の遣り取りをする盤上に既に上がっている。
「商人達よ。奪われかけた己の命、奪われた同士の命と積荷。その恨みと憎しみは俺が晴らそう。――王子よ。幼い弟もろとも殺そうと企む者の排除は、俺が行おう。かわりに、俺の望みだけは必ず通してもらう」
従者が身構えかけたのは、俺の物言いに腹が立ったのか、それとも王子を守る為だろうか。硬直している他の面々に比べれば、そこそこ肝が据わっているようだ。
その従者の背で、一度息を飲みこむようにして呼吸を整え、リベリオが口を開いた。
「……何の望みを、ですか?」
「知れたことを。先に行った通りだ。――それが例え王族であろうとも」
「この街に滅びを齎そうとした者の命。この俺が貰う」




