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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
――mission 3 死の黒波
62/196

幕間 見守る者達



 森は静まり返っていた。

 本来なら小鳥が囀り、小動物や虫の気配がそこここに感じられるはずの空間は、まるで世界が死に絶えたかのように沈黙しきっている。

 木々ですらも葉擦れをたてぬよう縮こまっているようで、音もなく地を行くポムは軽く眉を顰めた。


「妖精も『帰還』していますか……これは厄介ですねぇ」

「あの子達は繊細だもの。嫌な気配がすれば、そりゃあ戻るわよ」


 ふと誰も居なかったはずの空間が割れ、一人の美女が姿を現した。アストラル・サイドを渡って来たラ・メールだ。


「やっぱり、魔素濃度は高く無いわよねぇ」


 アストラル・サイドの移動は現実世界での転移に近い。出現出来るポイントは様々な条件と選択を強いられるが、『界渡り』の条件さえ整っていれば余程のことが無い限りこうして現れる事が可能だった。


「それにしても、レディオンは分かるけど、貴方の近くもやたらと出現選択地点が発生するわね。よっぽど魔力が高くないとこうはならないんだけど……『視て』もよく分からないし、貴方、なんなの?」

「え。私、精霊女王様に見られてるんですか? ちょっと恥ずかしいんですけど」


 自分の身を庇うように抱きしめて尻込みするひょろ長い男に、ラ・メールはため息をついた。


「……まぁ、レディオンも規格外だから、従者も規格外なんでしょうね、きっと」

「いやぁ……従者では無いんですけどねぇ……まぁ、いいですけど」

「?」


 小さすぎて聞こえないポムの声に首を傾げつつ、ラ・メールは周辺を軽く探った。だが、感覚が伝えてくるのは『どこにでもあるごく普通の森』の気配だ。


「これは本気で、『別の場所から魔物が流れてきた』ってパターンかしら」

「現状を見るに、そのようだのぅ」


 何故かポムの足元近くから老執事がヌッと出現する。「あわぁ!?」と素っ頓狂な声をあげてポムが慌てて逃げた。


「なんで足元から出てくるんです!? うっかり踏んじゃったら、私、土の精霊さんに総無視されちゃうじゃないですか!」

「出現するまで儂が出てくるのが分からんかった、というわけでもなさそうじゃがのぅ?」

「……なんだか坊ちゃんがいない時に限って、私のこと試しまくってきますね、皆さん」

「あら、気のせいよ?」

「いやはや、そんなことあるわけあるまいて」


 にっこりと明らかに誤魔化し笑顔を浮かべる水の精霊女王と大地の精霊王に、「まぁ、いいですけど」とポムは肩を落とした。強大な力を持つ精霊王と対峙して、こういった態度をとれる者は稀である。


「それよりも、坊ちゃんの言っていたポイントは全て回りましたが、やっぱり『周辺異常事態』ですよねぇ、コレ」


 手にした地図に几帳面に書き込みつつ、ポムはぼやく。両側から地図を覗き込んで、精霊王達も難しそうな顔をした。


「天災とかの気配は無いんですよね?」

「無いわねぇ。少なくとも、水害の予兆は出てないわ。地下水激減による地盤沈下とかの気配も無いわね」

「大地も同じだのぅ。地震の気配も無い。異常に土が消えたり出現したりというのはむしろレディオン殿がやったが、他の場所ではそういった気配は無いのぅ」

「炎の精霊王さんの方はどうです? 噴火とか」


 ポムの声に、すぐ後ろの空間が割れて、いかにもしぶしぶといった風情で深紅の男が出てくる。ポムがまたしても「おわぁ!?」と叫んで前に逃げたが、誰も気にしなかった。


「地下のマグマ層にも異変は無い。この国で噴火等の予兆もまるで無いな」

「なんでわざわざ私と重なるようにして出現してくるんです!? 吹っ飛ばされるじゃないですか!」

「……出現するより早く逃げておったみたいだがのぅ?」

「普通、アストラル・サイドからの気配なんて察せれないはずなのにねぇ?」

「………」


 三精霊王の意味深な眼差しに、けれどポムは反応を返さずブツブツ文句らしきものを言いながら地図を広げ直した。


「まったくもう、坊ちゃんの周囲は過保護なんですから……それより、皆さんの権能が及ぶ範囲での『異変』は無いようですが、その近辺で他に探れるようなことってありません? 湖にとんでもないAMアノルマル・モンストルが出たとか、そういう類のは」

「ん~……変異種(ヴァリアント)関係は、私達の権能では探りにくいのよねぇ……世界の中で本来あるべき姿から逸脱した化け物だから」

「『災厄の種(カラミテ・グレーヌ)』のように、周辺を高濃度魔素で穢されるとかであれば分かりやすいんじゃがのぅ」


 ラ・メールとテールの声に、成程とポムは頷く。


「特にテールは分かり難いわよね。私だと『水の中で発生』ならまだ分かったりするし、フラムも炎の中とかなら分かるけど。――あ、マグマ溜りだとテールとフラム両方が察知しやすいわよね」

「そういうタイプの誕生であれば、余程強いものや穢れたものであれば分かるのぅ。じゃが、逆にどこかの大地で生まれた、とか、そういうのだと儂等では把握し辛いの」

「ははぁ……」

「……そういった分野で得意なのは『風』だろう。全てを把握することは不可能だが、異変察知は奴が一番早い」


 ぼそりと呟いたフラムの声に、ラ・メールとテールが沈黙する。

 その様子に、ポムは軽く首を傾げた。


「そういえば、前から不思議だったんですが、四大精霊王さんのうち、風の精霊王さんとは一度もお会いしてませんよね」

「……」

「何か事情でもあるんです? 不治の病で出て来れないとか、ゲリが酷くてトイレから出て来れないとか」

「ちょ!? 最後のは明らかにありえないでしょ!?」

「いくらなんでもそれは酷い発想じゃぞ!?」


 明かにありえない勘ぐりをするポムに、流石に二精霊王が叫んだ。風の精霊に聞かれて噂として持っていかれたら、どういう反応になるのかちょっと楽……いや、怖い。

 三者の様子を見ていたフラムが、ため息をつきながら言う。


「……そこまで明らかに挑発したところで、風の連中は出てこんぞ」

「あ~。沸点低い方だと出て来たりするんですけどねぇ……じゃあ、風の方はゲリで出て来れないということで私は確定しておきますね」

「……何故そこまで『風』を気にする?」

「気にしてるのは『私』ではありませんよね? 坊ちゃん達は尚更気にしてないと思いますし」


 ポムの声に、フラムだけでなくラ・メールとテールも表情を変えた。


「……どういう意味?」

「さて。私のは下種の勘繰りというものですよ。ちなみに、気づいておられましたか? 風の精霊王さん、今地味に魔族の一部で不審の対象になりかかってるんですよ」

「な……!?」

「坊ちゃんの異常性を察して、『力のある精霊』の筆頭であるお三方がやって来ただろうことは明白です。ですが、何故そこで最も情報収集に長けているだろう『風の精霊王』が出てこなかったのか。しかも一度として見にも来ていないのか。これらの疑問は、坊ちゃんとお三方の交友を見ていれば嫌でも浮かんでくるんです。あの決闘騒ぎの時に、お三方は坊ちゃんと仲がいいのが他の魔族の方々にも伝わっちゃいましたしね」

「……我々精霊は、現実世界の者と深くつきあうことを忌避しているが、それでも、か?」

「炎の精霊王さんはその立場を強調されてますよねぇ。けど、そんな炎の精霊王さんですら坊ちゃんと一緒にいるんですよ? お三方が坊ちゃんと一緒にいるからこそ、なおさら風の精霊王さんの不在が浮き彫りになってるんですよ」


 精霊王達は沈黙した。微妙に気まずそうなのはラ・メールとテールだ。渋るフラムを引っ張って現実世界に具現していたのだから、ポムが言わんとしていることの原因はこの二精霊王にある。


「これで風の精霊さん達が坊ちゃんと契約してなければ、風の精霊全体が坊ちゃんに対して何かしらの忌避を感じていると判断出来るんですが、そうでも無いですしね」

「そ、そうよね! 風の子達もあの子と契約してるものね!」

「と、いうことは、風の精霊王さんそのものが坊ちゃんに対して何かしら思うことがある、(ある)いは、坊ちゃんの前に現れれない何かがある、という憶測が出てしまうんですよ。憶測が邪推に発展しないうちに、なんとか出来ないかなぁと思ったりもしてるんですが、どうですかね?」


 首を傾げて言うポムに、三精霊王は顔を見合わせた。思いきり苦い表情をしているフラムの隣で、ラ・メールがポムと同じように首を傾げる。


「ねぇ、もしかして、風の精霊王とレディオンを会わせたい、とか思ってる?」

「ぶっちゃけてしまうと、そうですね。本来、精霊王さんが次期魔王と会わなくてはいけない理由なんて無いんですけど、他の精霊王さん達が入れ替わり立ち替わり会いに来てたとか、四大精霊王の中で風の精霊王だけが顔を見せたことが無いとか、そういう、やたらと風の方だけ目立つ状態にありますから、引っかかって仕方がないんですよね」

「あ~……」


 ラ・メールが顔を覆い、テールが明後日の方向に遠い目を向けた。正直これは、精霊王達全員の行動が招いた結果だ。なにしろ、普段は外に出る事の無い精霊王達まで好奇心に駆られてレディオンの所に行ったのだ。今やレディオンは、ほぼ全ての精霊王と誼を結んだ世界初の魔族である。

 フラムの苦りきった顔は、言葉以上に「だから精霊王が頻繁に奴の下に行くなと何度も何度も言っただろうが!」と告げていた。あえて口にしないのは、望むと望まざるとに関わらず、自分自身が否応なくレディオンに会うことが多いせいである。


「魔族側で噂されるような事態になると、魔族全体で風の精霊に対する不信が発生するかもしれません。今の坊ちゃんは『赤ん坊』ですから、魔族全体が坊ちゃんのことを知っているわけではありません。ですが、数日後には一歳の儀式があります。現魔王さんがわざわざ来訪しての儀式です。その時点で、誰もが坊ちゃんを『次の魔王』と見なすでしょう。縁を結びに来る者が後を絶たないと思います」

「……一歳の儀式以降は、噂が発生する可能性も高くなるのね」


 ポムは頷いた。


「年齢があがればあがるほど、坊ちゃんの存在は魔族の中で重要度を増すでしょう。その言動や、周囲にいる者にも注目が集まります。今のように少数精鋭で周囲を固めているのと違い、これから坊ちゃんに会いに来る魔族は玉石混淆(ぎょくせきこんごう)です。優れた資質をもち、配慮に長けた者がいる一方で、視野が狭く猜疑心に凝り固まった者もいることでしょう。中には力のみを崇拝する者や、魔族という一族だけを貴び、他の一族を見下す者もいるはずです」


 その言葉にテールが深く頷いた。

 レディオンも、その周辺にいる者も、精霊達に対して非常に好意的であり、それぞれの立場に応じて敬愛を示してくれる。無論、精霊達も彼等に同じようにして敬愛を示し、両者の関係は非常に良好だった。

 そこに、自分の一族だけを貴ぶ気配は無い。力を誇示し、自らの資質に増長する気配も無い。

 だがそれは、魔族全体に当てはまる事では無いのだ。


「坊ちゃんがそれに感化されることは無いと思いますが……ああいった連中も坊ちゃんの下につくだろうことが問題なんです。彼等は思いこんだら勝手に突っ走りますからねぇ。何か事を起こす前に、憂いを取っておきたいんですよ。……それでまぁ、風の精霊王さんが坊ちゃんを忌避してるっぽい理由を知りたかったんですよね」


 風の精霊王との会合を望む理由を告げ終えた男に、テール達は唸った。苦い顔をし続けていたフラムが口を開く。


「おまえ達魔族が下の者を御しきれん理由を、風のに押し付けているとも言えるぞ」

「否定はしませんよ。けれど、その原因を作っているのが精霊さん達であることは、把握しておいていただきたいんですよ。原因を作っておいて、あとは魔族の問題だ、と言うのでは道理が通りません」

「その部分は、精霊族のミスだな」


 ハッキリと頷いたフラムに、ラ・メール達も身を小さくしつつ頷く。彼女達の後先考えない行動が招いた結果だということは明らかだった。

 ラ・メールが肩を落としながら呟く。


「……私達がレディオンに会いに行くのをやめなきゃいけない……のよね?」

「いいえ? 確かにこれ以降会いに来られなければ、風の精霊王さんの不在だけが強調される事態は防げますけど、精霊王さん達が来なくなったら来なくなったで大変な事態になります」

「え。何で?」

「いきなり精霊王から手を引かれたと思われるから、ではないかのぅ?」

「その可能性はあるな。今までの考えなしのツケを全てレディオンに負わす形になりかねん」

「いえいえ。それ以前の問題で、坊ちゃんが寂しがります」


 ポムの今までにない神妙な声に、三精霊王は思わず押し黙った。

 次いで叫んだ。


「そっち!?」

「外聞とかではないのか!?」

「貴様はどういう思考回路をしている!?」

「いやですねぇ。想像してみてくださいよ。ちっこい背を丸めて一人寂しく座ってる坊ちゃんの姿を」

「赦されない事態だわ!!」

「ですよねぇ」


 このうえなく真剣な声で言った言葉に、即座にラ・メールが反応したのはある意味仕方がない。それどころかフラムまで身につまされる表情をするのを見て、随分と懐に入れられたものだとポムは苦笑した。


「だが、我々が居ずとも、他にも傍にいる者は多いだろう?」

「炎の精霊王さんの言葉ももっともなんですが、例えばグランシャリオ家の人達は、坊ちゃんを溺愛しすぎてるから逆に傍に寄れないんですよ。甘やかしすぎて仕事を放棄しそうだから、と自ら律してますから。……ちょっと律しすぎてて、坊ちゃんが真逆の誤解してるレベルで」

「ああ、アレね」

「他にも居ますけど、坊ちゃんが何をしても一撃で死ぬことが無くて言葉の応酬をしてくれそうなのって、精霊王さんぐらいしかいません。会えなくなったら、坊ちゃんかなり落ち込むと思いますよ」

「う゛っ」

「坊ちゃんは寂しがりですから」


 三精霊王が顔を見合わせる。それぞれの表情に神妙な色があるのは、精霊王から見ても常に人恋しくしている赤ん坊への危惧があるからだろう。

 両親から深く愛され、優しい環境を整えられて尚、あの赤ん坊の中にある飢餓は深い。


「……ねぇ、なんでレディオンは、あんなに『怖がって』いるのかしら?」


 ラ・メールが小さく呟いた。

 精霊は剥きだしの精神体ともいえる存在だった。縁を結んだ相手の感情は、他よりも強く察せれる。


「焦ってて、切羽詰ってて、急いでて……まるで時間に追われてるみたいだわ。時々、あなた達がそれを(ほぐ)してるけど、一人きりになるともう駄目……必死すぎてて見てて可哀そうよ」


 思い浮かぶのは、何かに追われるようにして必死に魔法や技術を取り込んでいた赤ん坊の姿だ。

 まだ母親の腕の中で微睡んでいるべき時期に、死にもの狂いで動きだし、血眼になって力を得ようとしている姿は、最初の衝撃が過ぎればその異様さに恐ろしいものを感じ――それが過ぎれば、次には、ただただ哀れに思う。


「どうして、レディオンはあんなに必死になってるの? この前、神族が攻撃してきたことと何か関係があるの? ――だとしても、会った時からずっと必死になっていたのは不自然よ。神族と事を構える前だったんだもの。もし先に知っていたとしたら……どうやってレディオンはそれを察してたの? まだ一歳にもならない赤ん坊なのに」

「それに答えれるのは、私ではありませんよ。魔族の中にも、坊ちゃんが生き急いでいることに疑問を抱いている者はいますけどね」


 ラ・メールは不審そうにポムを見る。

 例え他の魔族が理由を知らなくても、この男は知っているような気がするのだ。根拠はまるで無い。強いて言えば女の勘だ。


「貴方も知らないの?」

「……。坊ちゃんのこれまでの発言で、水の精霊女王さんの疑問に該当するのは、現魔王さんへ言った『神族が牙を剥いてくる』という言葉でしょう。坊ちゃんは、確かに神族の襲撃を予測していた、と言えます。理由も、どうやって把握したのかも、誰一人として聞いていませんけどね」


 その言葉に三精霊王が思案気な顔をした。


「何かしらの能力かしら……」

「【未来視(フュチュールィユ)】の可能性もあるのぅ……流石にレディオン殿が何の固有才能(タレント)固有能力(アビリティ)を有しているのかは、儂等でも読み取れん」

「それが出来るのは【全眼(アヴィ・ディクスペア)】ぐらいだ。第一、【未来視(フュチュールィユ)】も【全眼(アヴィ・ディクスペア)】も、神代の能力だ。真なる魔女ならいざ知らず、真なる神に最も近い位置にいる神族ですら持たない力を――」


 ピタリと音がしそうな唐突さでフラムが口を噤む。

 そのまま視線を向けられ、ポムは肩を竦めた。


「持ってませんよ、坊ちゃんは。持ってたらもっと楽に生きれてると思うんですけどね」

「まだ何も言ってないぞ。それ以前に、貴様がそれを断言できる理由が分からん!」

「経験則ですよ。【未来視(フュチュールィユ)】に近い恩恵は得てるみたいですけど……まぁ、あれを恩恵と言えるかどうかは疑問ですが」


 後半を誰にも聞こえない声でぼやいて、ポムは肩を落とした。


「とりあえず、坊ちゃんが『寂しがり』で『怖がり』で『可愛そうなぐらい一生懸命』で可愛いのは理解してもらえると思います。その原動力は、どうも、魔族を豊かにする――幸せにする、ですかね?――に、あるみたいですが」

「ああ、色々開発しまくってお金儲け的な?」

「田畑作って貿易してお金儲け、的な?」

変異種(ヴァリアント)を狩りまくって素材集めて金儲け、的な?」

「――なんでしょうね。坊ちゃん、大真面目に斜め上のことやるせいで、最終目標がものすごい見えにくい守銭奴みたいになってますね」


 本気でげんなりした声で言われて、三精霊王は苦笑した。


「経済の活性と資金集め、集めた資金による人材育成と社会福祉、外敵駆除と素材習得。やってることはだいたい理解しているわ」

「人間社会に本格的に進出したと思ったら、困窮してる貴族を助けたりと人助けに余念がないようじゃしのぅ……単なるお人よしのようで、何か目的があるようで、長生きはしたが、儂の目から見てもよう読み取れんおひとじゃ」

「……それ以前に、勇者と次期魔王が仲が良いとか、初めて見たぞ」

「「それね(な)」」


 精霊王達の声にポムは苦笑を返す。


「あちらはあちらでイレギュラーな存在のようですしね。ウマが合うんでしょう。まぁ、そのへんのことはともかく。お三方には坊ちゃんの資質はかなり見えていると信頼しています。坊ちゃん自身が自覚の無いことも含めて」


 頷きが三つあることを確認して、ポムは微笑った。


「だからこそ、手を貸していただきたいんですよ。坊ちゃんは今、赤ん坊です。一番他から警戒されにくい時期なんです。もし何かの理由が風の精霊王さんの側にあるとしても、一番保護欲をかきたてる弱い時期に会っておいていただきたいんですよね。多分、年齢があがるごとに他の人から見たら、おっかない存在になるでしょうから――うちの坊ちゃん」

「あ゛~」


 おそらく大人版(最強版)を思い浮かべたらしいラ・メールの声に、フラムが鼻で笑った。


「アレは、確かに面と向かって相手をするには恐ろしい」

「警戒するどころの話じゃなくなるのぅ……まぁ、風のが何を思ってあれほどの忌避を抱いているのか、儂等も気がかりであった故、そちらの話に乗るのはかまわん気がするの」

「――と、言うか、貴方、レディオンから離れて、なおかつ私達と動ける今のうちに色々確認したり画策しておこうと思ってたわね?」

「思ってましたよ。そちらが、私を試そうとしてたのと同じで」


 肩を竦めてみせる男に、ラ・メールは呆れたようなため息をついた。

 一魔族と精霊王では、通常、精霊王の方が強い。精霊と魔族では種族的に魔族の方が強いが、各精霊族最強である精霊王ともなれば、普通の魔族など歯牙にもかけないレベルになるのだ。

 その精霊王を相手にまわして、この余裕である。正直、得体の知れなさは相手を知れば知る程深まるばかりだ。


「じゃあ、風の精霊王とのセッティングは引き受けてあげるから、その後にでも貴方のことを話しなさい。レディオンの傍にいる目的とか」

「うわぁ……ぶっちゃけて聞いてきますねぇ。別にいいですけど」

「言質取ったからね!」

「はいはい。――さて、目的を達しましたので、坊ちゃんの依頼を完遂させますか。といっても、どこに行っても変異種(ヴァリアント)が居ない、あるいは息を潜めてる状態でちょっと手詰まりですが」

「大移動してきたらしい元々の場所に行っても、な~んにも無いものねぇ」


 やたらとアヴァンツァーレ家の領地に流れて来ていた変異種(ヴァリアント)達。その元々の生息地だろう場所を求めてそちらも探してみたが、似たような森や林があるだけで何の異常も感じられなかった。


「さらに足を進めてみましょ。平野に出ればまた何か違うかも」


 アストラル・サイドに戻らずそのまま歩き出すラ・メールに、男達もついていく。他人よりも遥かに速い足取りで森の外に出て――

 絶句した。


「うそ……」


 黒く平たい帯状の大蛇が、視線の端から端に体を横たわらせているような、そんな光景だった。

 風すらも帯を避けるかのように、この地方独特の強風すら止まっている。もし風が吹いていれば、ギチギチという独特の音と共に、行軍の足音も聞こえていたことだろう。

 距離は、遠い。

 それなのに、視界の端から端に続く黒い帯は、途切れることなくあり続ける。その、恐ろしい程の大群。


「『恨執蟻(ランキュヌ・フォルミ)』の『死の行軍(モール・マース)』!」

「これが原因か」


 帯は軍だ。横一列は二十体。体の大きさが中型犬程度しか無いため、それほど幅は無い。

 だが、長い。

 おそらく、視界にいる分だけでも千の単位だろう。それが、ずっと続いているのだ。恐ろしい程美しい列になって。


「これ……向かってる先って、あの港街?」

「――の、方角じゃのぅ」

「なんであの街に!?」

「連中の『仇』が街の方向目指して逃げたか何かじゃろうなぁ。海に出ればさしもの連中も溺れ死ぬしかない。だが、安全に海を渡ろうと思ったら大型船に乗るしかない。この近くでそれが可能なのはあの街ぐらいじゃて」

「なんでのんびりしてるのよ!? じゃあ、レディオンの支店も危ないってことじゃない!」

「あそこの結界は蟻共では突破できまいて。まぁ、街は壊滅するじゃろうが……どうかのぅ?」


 テールが意味深にポムを見る。

 精霊王の目から見ても、レディオンはお人よしだ。何故そこまでと思う程目をかけているこの地方の領主がいる街に、こんな脅威が迫っていると知って放置するとは思えない。

 では、あの次期魔王が街を助けるのか。

 そう思うと、少しばかりワクワクする。


「儂等が直接連中を攻撃することは出来んしのぅ」

「精霊全体が呪われちゃうものね。レディオンはどうするのかしら……ん?」

「まぁ、放置しそうに無い御仁よのぅ」

「あら、本当。あら、あら、もしかして、レディオン、人間救っちゃう?」

「可能性は高いのぅ」

「――貴様らはなんで楽しそうなのだ……?」


 嫌そうな顔をしたフラムは、黙ったまま行軍を見つめるポムに視線を向ける。


「レディオンに知らせるべきだろう。もっとも、すでに知っている可能性も、戦端が開かれている可能性もあるが」

「……ええ、そうですね」


 フラムの声に、ようやくそう呟いた男は、何故かうっすらと微笑んでいた。亀裂のようなその笑みに、精霊王であるフラムの背筋が一瞬で凍りつく。

 恐ろしいと思った。

 理由は無い。ただの勘だ。

 正直、レディオンが何故この男を重用しているのか、不思議で仕方が無い程にこの男は得体が知れない。


「……こういうのを天の采配と言うのでしょうね」


 その唇が声に出さずにそう言葉を紡ぎ――次の瞬間、笑みすらも幻のようにいつもの表情に溶けて消えた。


「さて! では帰りますか。あ、精霊王さん達はご自分の世界に戻っていてくださいね? 下手に呪われると大変ですから。いやぁ、しかし、この規模の群れは久しぶりに見ましたよ。数百年ぶりに地上に出たとかじゃないですかね。十万クラス(・・・・・)ですか」


 驚く言うよりはむしろ楽しげに。

 呑気な声で言って、ポムは群れの一点を見続けたままで微笑む。

 帯の中央、他の蟻達よりも大きな体を持つ、女王蟻だろう個体を見つめて。



「ぜひとも、『食べて』いただかなくては」



 彼だけにしか分からない言葉を、そっと優しく呟いた。






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