15 人間の想像する魔族像がおかしい件
新店舗一号店は、街門を入ってすぐ、新冒険者組合の真向かいに建てた大きな建物だ。
一階には三つの店が入り、一番新門側に近い部分は風呂屋。
一階中央と二階の半分は宿兼食事処。このうち一階の方は普通の酒場兼食事処になっているが、二階は一時間あたりに部屋料が加算される個室タイプになっていた。ちなみに三階部分は従業員の部屋である。
建物にとって一番門から離れている端っこが商品売買用の店。
一階は店頭ディスプレイとカウンターだけで、商品は地下一階にある。
地下といっても半地下状態で、面積の九割が店になっていた。ここの品揃えは主に冒険者用、それも上級者用かつ場所をとるものだ。一般客用のは二号店に集めてある。
ちなみに、残り一割にあたり、風呂屋の真下部分にあるのは公衆トイレだ。かけ流しタイプの風呂から出る排水を再利用しており、いつでも誰でも利用できる完全水洗を実現している。
俺達がいるのは、その建物の二階。個室タイプの食事処だ。
ちなみに入って即料理が運ばれてきた。店で出しているのと同じ、という話なので、処理場調理部署で作られている変異種料理の作り置きだろう。
俺の作った『無限袋』に入れておけば、時が止まっているのでいつでも出来立てホヤホヤだからな。
「まずは、建売り状態の新築およびアパート部屋の販売状況からご説明します」
心もちキリッとして見えるポムが、ちょっと引くぐらい分厚い羊皮紙の束を取り出しながら説明を始めた。
「街門入ってすぐのエリア、仮称『第一区』の新築は完売。アパート部屋も全て入居契約が結ばれています」
「早!」
ロベルトが驚いているが、別にこれは不思議でもなんでもない。
「気になるお値段は?」
「旧街の『広さが同等レベル』の建物およびアパートの部屋と同じ値段、ですね」
「その状態で新築かつ施設基準は人間基準ではなく魔族基準、ということかしら?」
「そうなります。といっても、風呂は流石につけませんでしたけどね」
「――成程。それでは、即時完売ですわね。風呂は商会の風呂屋があるから問題ありませんし」
人間社会にも詳しいシンクレアは納得したように頷く。
ロベルトはまだ信じられないといった顔をしていたので、苦笑しながら俺も説明した。
「ロベルト。ジルベルトの所で、俺が作ったトイレを見たよな?」
「あ……ああ、あのすごい画期的なやつだな?」
「おまえ達からすればそうなのだろうが、あれは魔族では常識でな。あのトイレが、全ての部屋についている」
「え」
愕然とした顔のロベルトに、ポムが微笑む。
「それに、うちの領で次々に誕生してる新職人達の作品を部屋に備え付けさせてもらっているんです。とりあえず、ベッドと箪笥、机と椅子はアパートを含む全ての家に標準装備させてます。ただし、それぞれ一個ずつですが」
「――と、いうと?」
「家族が二人いても備わっているのは一個。追加で欲しい場合は別途料金発生しますが、安くていいのが揃ってますよ、と」
この通り、とイラスト付きの冊子を取り出してみせるポムに、ロベルトは乾いた笑いを零しながら俺を見る。
「……あんたら、なんで商人より商魂たくましいんだよ?」
「まぁ、必要にかられて――な」
大量の素材を無駄なく領民のスキルアップに使った結果、だなんてとても言えないが。
余りものを売りさばき中、だなんて絶対に言えないが。
「なお、旧街でアパートを営んでいた人と交渉し、何人かをこちらで雇うことに成功しました」
旧街のアパートは、住民がこぞって我がアパートに引っ越してしまったので空。
このままでは生活できない彼等のアパートを我が商会が買い取り。
その際、よければと従業員契約でうちのアパートの管理人になってもらった。
なかにはアパート売却費で資金が出来たので、老後をのんびり暮らすと言うご隠居夫婦もいた。ちなみにうちの一戸建て住宅を格安で譲っておいたらしい。果実酒とビスケット作りが趣味な老夫妻というから、今度是非挨拶に行って来よう。別に他意は無いとも。ビスケット狙いでは無いとも。
「客を返せ、という人もいたのではないかしら?」
「あー。いましたねぇ。まぁ、アパートの売却費で懐が潤ったので、この街を出ていくとかなんとか言ってましたね。うちのアパートの管理人契約で雇われれば、もっと懐潤ったでしょうに……目の前の小銭だけ見る人も、欲深い人も、駄目ですね」
ちなみに、新街のアパートを売ってくれ、という人もいたらしい。
そういう場合は資産価値ガッツリ計算して正規価格で取引している。
まともに購入できたのは使用人の部屋にしたい大商会だけだったらしいが、家賃が安いからとたかをくくっていた連中は軒並みアウトだったらしい。まぁ、当然だろう。
うちの商会で運営する場合はアパート代お安くしてるが、建物の売却となれば手心加える必要など無いのだよ。
ちなみに購入していった大商会からは施設を絶賛されている。家具付きだったので身一つで暮らせるのがポイント高かったらしい。もっと褒めてくれていいのよ!
「あと、冒険者組合の方からも相談を持ちかけられましたが、購入費と維持費、提供するサービスを考えたらうちが経営してる方が冒険者の懐に優しいということで諦めたようです」
――まぁ、そうなるよな。
「次に大通りの商店に関しまして、店舗部分も完売しました。路地売りとかしてた人達が大喜びしてましたよ。大商会の店舗も集まってますし、集客効果は高いかと。あ、ちゃんと坊ちゃんの指示通り、うちの二号店も前門側に配置しましたよ。あと、宿屋は新正門側は不可として、前正門側に集中させてます」
ふむ。では、商店街計画は順調か。
「ちなみに、図で説明しますとこうなります」
ポムが机の上に地図を広げる。――待ってっ、ご飯まだお皿に乗ってるからっ。
せっせと撤去される皿から料理を口に運び、もぐもぐしながら説明を聞く。
新正門からすぐのエリアが、第一区。ここは第一商店街区だ。
第一区の後ろ、旧正門までのエリアが第二区。こちらは第一宿泊区になる。
なお、大通りに面する部分は全て商店で押さえ、大商会の店舗や、被服などの組合の店舗、個人の店舗兼住宅が主体となっている。
その裏側にくるのが、酒場兼宿屋やパン屋などだ。
大通りを買い物通りとし、大通りから中に入った場所に食事処を纏めたのである。宿屋も合わせてる建物がちらほら混じってしまっているが、まぁこれぐらいは仕方ないだろう。
普通の一般家庭が住むアパートは、大通りから少し離れた場所へ集中。これは、切り離しておかないと、酔っ払いに難儀する可能性があるからだ。
問題は、境目が分からず旅行者達が間違って入り込まないとも限らないというところだろうか。
「石畳の色を変えてラインをハッキリさせれないか?」
「そうですね。人の行き来が激しいのは大通り側ですから、商業区は全て耐火石焼煉瓦風の土魔法製強化煉瓦で、色は淡い赤茶色で統一。宿泊区は同じ素材で白鼠色と灰鼠色でモザイクに。街の人のいる住宅区はちょっと高級っぽく見えるように花崗岩風の色にしましょうか」
「そうだな。工業区は黒鼠色で統一し、汚れが目立たないようにしろ」
「畏まりました」
あえて工事途中で手をとめておいた家は、その工程を大工に見せながら施工完了。
店舗の上に立てる住居部分と、基礎だけ作っておいたエリアは、研修をかねた工事を行い中。
主に残っているのは、港方面を背にした時に第一区の右側エリアとなる第三区『一戸建て住宅地』と、第二区の右側にある第四区『高級住宅地』。
第一区の左側エリアとなる第五区『工業区』と、第二区の左側にある第六区『工夫・水夫専用住宅地』は、第五区と第六区の面積が八対二の割合になっている。これは工業区の割合を大きくとっているためでもあるが、第六区は全て宿になっているためだ。
個人宅を購入する者は第三区に行くだろうし、金の無い出稼ぎや見習い達は安宿のほうがお財布にいい。
トイレと風呂は共同だが無料で使える仕組みになっているし、望めば一階の酒場で料理も食べられる。
ちなみに全てグランシャリオ家が運営する予定だ。他の連中に任せても整備や値段調整で失敗するだろうしな。
「流石にうちの人員を回すわけにもいかないので、旧街で宿をやっていた人や、仕事の事情で四肢の一部が不自由だけど元気な人達を採用しています。ビシバシ鍛える予定ですが、客層も荒くれ者が予測されますので、多少の荒っぽさはご愛嬌ということでお願いします」
「値段設定は?」
「街の最低賃金が一日三十三銅貨ですので、一番最低な部屋、ベッドとチェストしかない小部屋で銅貨十五枚にしています。ちなみに入った時にパン一個がお部屋についてきます。酒場の食事は一番安いので銅貨三枚、パンとスープですね」
「一番高い部屋は?」
「五階の三部屋一室の部屋ですね。トイレ風呂付きで金貨十五枚。部屋前に精霊銀甲冑の護衛付き」
ロベルトが「宿屋の値段じゃねェ」とかぼやいているが、ポムが調べた人族の高級宿屋はもっと値段が高いみたいだし、こんなものだろう。
逆にシンクレアは「安いのではないかしら?」と首を傾げている。――ま、まぁ、そこも、こんなものということで。
「ああ、そうそう。昔船乗りしてた人達を沢山雇用しましたので、漁師組合から感謝状が届いてます。あと、坊ちゃんが全力で遊び――もとい、力を注いだ鍛冶と工場についての感謝状が鍛冶組合から。新型機織り機と糸紡ぎ機、および組合会館に関して裁縫組合から。素材を融通した木工組合と皮細工組合、骨細工組合からも届いてますね。それに、救貧院にスラムの人達を全員収容したのでジルベルトさんからも」
「……その『感謝状』とやらは……どう処理したらいいんだ?」
ロベルトが呆れたような目を向けて来てるが、しょうがないじゃないか!
前世では蛇蝎の如く嫌われてた俺だぞ!?
人間から感謝状なんてもらったことないよ!!
「うちの一号店の壁に飾っておきましょう。この商会はあちこちの組合と仲がいいぞ~、領主とも仲がいいぞ~、と誇示できます」
おお。流石ポム! 処理方法まですでに心得ている!
そして感謝状――そんな風にして使うものなのか!
「では、耐火耐水物理無効クリスタルに完全封印して飾っておくか」
「そうですね」
「いやいやいやいや」
なんだかロベルトが物凄い突っ込みたがってるけど、話が進まないからスルーだぞ!
「それぞれ直接お会いしたいと言ってましたから、こっそり会食とかしますか。うちの料理の宣伝にもなりますし」
「……そこも宣伝にするのかよ……」
「勿論! あらゆる機会は、商品の販売の為に!」
――ああ、ロベルトが顔を覆ってしまっている。
なにか思うことがあるのだろうが――いいのか? そんな風に隙を見せると……
「お疲れになったのでしたら、お休みされては?」
ほら! 肉食魔女に張り付かれた!!
「いや! 大丈夫ですし! というか、距離! 距離近い!!」
「まぁ、たかがゼロ距離ではありませんの。せめてマイナスにならないと近いとは申せませんわ?」
「マイナスってどんな位置!?」
それ突っ込んだらいかんポイントだ。
あと、一応、俺、赤ん坊だからな?
ロベルトはともかく、シンクレアは知ってるだろ? わきまえような?
別に見てて楽しいから俺個人はいいけど、ここにノーランとかノアとかがいたら、怖いぞぅ?
「坊ちゃん坊ちゃん。そういえば、竜魔女史がああやってるということは、ロベルトさんは『食って可』対象なんです?」
シンクレアにもっちりと張り付かれて真っ赤になっているロベルトを見つつ、こそこそポムが聞いてくる。楽しそうな目をしてるので、こいつも俺と一緒で気にしない派だな。――執事としてはどうかと思うが。
「クレアにとってはそうらしいな。流石は勇者、といったところか」
「ははぁ……というか、勇者の特性を考えたら最高の『可』ですよねぇ。本人は馬鹿強いけど、次の代には遺伝しないんですから」
あ。
改めて他から言われると、まったくだわ。
普通、両親が強ければ次の子はその資質を受け継いでさらに強い、とかよくある話だけど、勇者が片親だったらそうでもないわ。まぁ、それでもクレアの子だったら相当強いだろうけど。
「あとはロベルトが『是』と言ってくれればいいんだがな」
「まぁ、あれ、別に竜魔女史が嫌いで拒否してるんじゃなく、恥かしくて慌ててるだけみたいですから時間の問題では?」
「だよな」
「そこの二人!! 止めろよこの人を!!」
首筋に青いルージュべったりつけたロベルトが完熟トマトみたいな顔色で叫んでる。
反応に気を良くしているのだろう、シンクレアはむふーとご満悦だ。
「美女に好かれるのは慣れたものだろう? 勇者なんだから」
「どんな勇者像だよ!? そんな慣れはねェよ!!」
俺達魔族に伝わる話しでは、勇者とはすなわちハーレム王という噂だったのだが。現実は違うのか。
まぁ、ロベルト達が知ってる魔族も実像とかけ離れてたらしいから、そんなものなのだろう。
「そういえば、お前達が一般的に想像する『魔族』って、どんなものなんだ?」
「……唐突だな? あと、怒るなよ?」
……やだ。怒らなきゃいけないような想像図なの?
いきなりマッパになって踊ってるとかなの?
髪の毛の残量についてだったら――滅ぼすよ?
「曰く、破壊の象徴。欲望の権化。戦闘を好み、猜疑深く、他を支配することに心血を注ぎ、弱者を貶め、生命を脅かすこの世全ての悪」
なんとも言い難い顔でロベルトがそう告げた人族の、『人間が想像する魔族象』を聞き終えて、俺はすぅっと息を吸った。
怒るな、とは言われたけど、俺、うん、って答えてないよね。
だから言っていいよね?
流石に言っていいよね?
「全部『人間』のことじゃないかッ!!」




