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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
――mission 2 港街再開発
54/196

12 街再開発計画 其の陸 ~壁を建ててみよう!~




 夜が来た。


 急速に冷気が足元を這い、落ちていた影は夜の闇に溶けて混ざる。

 音をたてて閉まった街門の向こうは、高い壁に隠されている。壁向こうにある光はまばらで、壁の上を動く者の姿も今は無い。

 紺青の薄闇が支配する大地の上で、部下達が動く気配がする。


「配置完了。四半刻にかけて侵入しそうな動きの生命体無しです」

「そうか。――【完全空間遮断結界エスパス・ブロッカージ】」


 ポムの声と同時、俺は空間をきっちり指定して魔法を解き放った。

 【完全空間遮断結界エスパス・ブロッカージ】は指定した空間を完全に別世界として遮断してしまう魔法だ。時空魔法の一つであり、突き詰めれば世界から一部を切り離す分離系魔法なのだが、区別する境界があいまいで未だに魔法学会で協議されている面倒な魔法だ。――なにが面倒って、コレ使うと「あなたはどちらだと思いますか!?」と気にしすぎメンバーズが鼻息荒く尋ねに来たりするのである。あ、連中まだ生まれてないか。


「効果は夜明けまで。太陽が顔を覗かせたら消える。誰かが通ろうとした時に関しては、門から門までの間限定で通路を具現させる」

「畏まりました。では、補助魔法にかかります」


 ポムがパチンと指を鳴らすと、一瞬で俺の結界の内側に黒い膜のような新しい結界が張られた。ぎょっとする間もなく揺らめく虹色に変化したが、何故、こいつの魔法はいちいち黒くて禍々しいのだろうか。

 あと、指パッチンで発動ってカッコイイな? ポムのくせに! ポムのくせに!!


「なにか酷い誹謗中傷を受けている気がしますよ!?」


 気のせいだよ。そして俺の心を読むんじゃないよ。

 そんな長閑な俺達をよそに、部下達が次々に魔法を発動させていく。

 ポムが発動させたのは結界内の様子をごまかす為の【幻惑結界オウル・シャント】。

 次に発動した一瞬の耳鳴りに似た静けさは【完全遮音結界イゾレシュ・アクス】。これは部下二っぽいな。

 その次は【隠蔽結界ディシ・レイション】。これは部下四だろう。

 それぞれ独立した隠蔽系魔法だが、結界内に重ねるようにして別の結界を張り付けるため、先の魔法が上書きされて消えるということは無い。ついでにちょいちょいとアレンジすれば、全ての魔法を同時に操作することも可能だ。誰かが街門まで行こうと近づいた時、バラバラに結界を弄るのは面倒だからな。


「ミルフィーユみたいですよねぇ」


 俺同様に結界をチェックしながらポムがそんなことを言う。やめろ。腹が減るだろ。あと、おまえの魔法だと黒胡麻味になるだろ。


「あれは食べるのが面倒なのがな……」

「横に倒してから食べればいいのに、一口でいこうとするからですよ」


 うるさいよ!? 贅沢に味わいたい俺の密かな目標が一気喰いなんだよ!

 決して倒し損ねて上から押さえたせいでクリームまみれになったのが悔しかったからじゃない!

 ……あと、円形のやつだと倒せないんだけど、どうしたらいいの……?


「なんでそんなにまったりしてんだよ……?」


 ふと後ろから声が聞こえた。ロベルトだ。

 我が偉業の見学に来たロベルトだ。魔法目当てに拉致った生贄とも言うが。


「なに。これから修羅場なのでな。期待しているぞ! 土魔法装置ロベルト!」

「変な役職名つけるな! てゆか、明かに装置って言わなかったか今!?」

「駄目ですよ~坊ちゃん~。そこはちゃんと配下Rとか言わないと~」


 役割をダイレクトに伝えたネーミングだったというのに、不評だったようだ。じゃあ、魔法青年ロベルンな。


「端的に全てを表そうとしてはいかんのだな……あとポム、この姿の時に俺を『坊ちゃん』と呼ぶのはやめないか……?」

「いやですよ?」

「そうだ! その姿だよ!」


 二人が揃って声をあげた。同時に声を出されると、俺が反応に困るだろ。

 そしてポム、お前は「ちゃんと拒否しましたからね」的なドヤ顔をやめろ。拒否を拒否するぞ!? しかし俺が文句をつけるより早くロベルトが俺の腕を掴んで揺すった。


「なんで大きくなってる!? こっちが本体か!?」

「「……。」」


 俺とポムは顔を見合わせた。

 そういえば、大人の姿だった。

 問答無用で浚った時も、しっかり大人の姿だったな。

 ははぁ……それで突撃した時、半狂乱になってたのか。いきなりデカイ俺が現れたら、それは驚くよな。うん。すぐに頭抱えて大人しくなったから放っておいたのだが、別に全て割り切れたわけでは無かったのか。


「十歳ぐらいの子供がいきなり同年代になって現れてみろ。普通にビビるぞ」


 わりとすまん。


「で? どう見ても大魔王的な感じなんだけど、こっちが本性か……!?」

「何故、そうなる。たんに魔法で大きくなっただけだ。赤――いや、幼い姿では、出来ることにも限りがあるのでな」

「? ……てことは、中年版とか壮年版とか老人版とかにもなるのか?」


 ならんよ。ロベルトは想像力が豊かだな。


「魔族が成長するのは一定の年齢までだ。自身のもっとも強い状態にまで成長した後は、その姿を保持し続ける。おまえ達の言う『老化』は俺達にとってはただの状態異常だ」

「老化が状態異常って……!」


 あれ。ロベルトが地面に沈没した。勇者のくせにメンタル弱いな?

 その傍らでポムが首を傾げていた。


「でも、屋敷におじいちゃん魔族とかもいますよね?」


 これだから『自称』魔族はいかんな!


「自分で年齢を調整してる連中だろう。ちょっとしたファッションだな。あと、肥満になると地味に年をくうという噂だ」

「ああー……」


 納得したポムの向こうではロベルトが地面を叩いて均していた。わざわざ素手で整地しなくてもよいものを、ロベルトはせっかちだな。


「ロベルトよ、地面と仲良くするのはいいが、魔法で土掘りをするほうが早いぞ? さて、部下達はすでに作業に入っているな。――ゴーレム達よ、お前達も持ち場につけ。地図の通り、全区に上水道管と下水管と排水側溝を作れ!」

『ま゛っ!』


 何故か素晴らしいマッスルポーズをとって、数百からなる岩ゴーレムが動き出した。うむ。ここから離れた場所にいる部下に預けたゴーレムも、俺の『指示』で動き出しているようだ。途中で個体事に与えてある動力(魔力)が尽きないよう、核となる魔石に魔力を新たに込めておいたせいか、地味に動きが良くなっている。


「『案山子エプヴァンタイユ』、おまえ達は管の接続状況を確認しつつ位置や状態を正して埋める作業がメインだ。パッキンの付け忘れにも注意せよ。一定区域が終われば、建築作業に入る。必要な配管の手続きも忘れるな」

『も゛っ!』


 ……やだ……『案山子エプヴァンタイユ』までマッスルポーズするわ……

 なんなの? 流行ってるの? 俺のゴーレムなのに、なんでムキムキなの?


「流石、坊ちゃんのゴーレムですねぇ。見事です」

「……つーか魔王、あのポーズなんなん……?」

「流石、坊ちゃんのゴーレムですねぇ」


 俺と同じく呆然とゴーレムを見送っていたロベルトはともかく、ポムはいったいどういう意味なのか。いや、問うまい。俺は細かいことは気にしない男なのだ。


「さて。他の者が穴掘りしている間に、壁にかかるか」


 意識を研ぎ澄ませ、先に魔力を馴染ませておいたポイントに力を結合させた。広範囲だが、意識を集中するまでもなく自分の魔力が染み込んだ土地というのは即座に把握できる。

 ちなみに、ひっそりとテールが力を貸してくれていたりする。精霊王は物質界の営みに関わりすぎてはいけないのだが、契約者や盟約者の要望に応える形で力を貸すのは余程の事でない限りOKなのだ。わりと抜け穴多そうでワクワクするな。

 精霊王、うちの家人にならないか?


「壁作るといっても、あれだけの距離……」


 俺の魔力が増大していくのを感じてか、周囲を見渡していたロベルトの声が途切れた。俺はただ微笑む。


 範囲――この足で歩いた土地の一定範囲内。

 強度――あらゆる物理攻撃をはじき返す程度。

 魔法強度――上級魔法程度の魔法を受け止める程度。

 特殊効果――攻撃された魔法の魔力吸収素材強度変換。打撃反射。刺突反射。斬撃吸収素材強度変換。


 意識を世界に溶け込ませる。

 深く。深く。

 全ての力を十全に発揮する為に。


「【創造クレアシオン】」


 あらゆる創作系で使える便利な魔法を唱えると、一瞬だけ体が地面に押しつけられるような圧力が場に満ちた。魔法の発動と同時に世界に現れた魔力によるものだ。色々手を加えたせいでそこそこ持って行かれたな。


「強度マシマシにするのは予想内ですけど、反射系まで付与しましたか~」

術者おれの防御力を上回るものに対しては反射しないがな。やってやりたかったが、無上限にすると恐ろしく魔力をくわれるから仕方がない。かわりに吸収循環を施した。攻撃されれば攻撃されるほど硬くなるから、攻城機系はほぼ無効化したようなものだ。籠城戦で壁が壊れることはあるまい」

「まぁ、壁飛び越えて街を攻撃されたらアウトですけどね」

「ふむ……対上空の備えをつけておくべきだったか……。だが、普通、戦争ともなれば、魔法で結界を――いや、魔法使いの出生率が低下しているのだったな。だとすれば、失敗だったか」

「いやいやいや。おかしいから。攻城機で破壊できない壁な時点でおかしいから」


 そびえ立つ巨大な壁を眺めながら評しあう俺とポムの後ろで、ロベルトが疲れ切った声をあげる。いつのまに地面に座っていたのか、よろよろ立ち上がって土をはたき落としていた。


「どこぞの帝国の壁やら、聖王国の壁やらならともかく、地方領主がいる程度の街でこの防衛力は普通ありえねぇからな?」

「ふむ……」

「変に強くしすぎると、国のほうが脅威に思うだろ? 猜疑心の強い奴なら反逆を疑うところだぞ」

「そういえば、人間は猜疑心が強いのだったな」


 壁強くした程度で反逆の意志疑うとか、ありえないと思うが……人間だとそれも怪しいか。


「では、この程度でよしとしておくか」

「……もうすでに充分強くしすぎてる気もするけどな……」


 なに。何かあったら俺が出張るから無問題だ。まず最初に何も無いように経済的なアレソレで王国を牛耳っておくのだ。無駄に貯まっている金貨で土地を購入しまくるのもいいな。あとは王国に未婚のいいのがいたら、うちの連中に声かけてハニートラップするのもいいかもしれない。仲良しの国は欲しいし、優秀な人材は随時募集中なのだ。

 ――ん? そういえば。


「ロベルト」

「なんだ」

「おまえ結婚してるのか?」


 うぉ。ロベルトが変な顔になった。


「……この魔王様は何を聞いていたのかねぇ……根無し草の一人きままな行商人生活って言ったよな!?」


 お前も俺の話聞いてないよな? 俺はまだ魔王じゃないって何回言わせるんだ?


「現地妻がいる可能性があるではないか。まぁ、別に二人三人娶ったところでかまわんとは思うが」

「なんで現地妻だよ!? どっから出てきた言葉だよ!? そこまでの甲斐性ねぇよ! というか、どういう話題だよ!?」

「いや。たんにうちの一族で年頃の娘がいたら、妻にどうかと思ってな?」


 ……うわぁ……ロベルトがすごい顔になってる……


「あのな……あのな魔王様よ……なにをどう考えたらな? 俺にな? 嫁あてがおうっていう……さては俺を傀儡にする気か!?」

「傀儡なんぞいらんよ。どちらかと言うと可愛い子供が生まれてくれたら良いな、ぐらいだな。勇者の資質は遺伝しないが、人柄は遺伝する可能性があるだろう? お前ならいい父親になりそうだからな。うちの連中をあてがっても不幸せにはせんだろうし。本人同士が合意であればハーレムも可能だぞ。どうだ?」


 千人ぐらい、いっとく?


「やめろ! 変なところだけ悪の魔王みたいなことするな!」

「……なぁ、ポム。仲人とは悪の魔王になるのか……?」

「あー……一部の人間にとっては人生の墓場だそうですから、そうなのかもしれないですねぇ……」


 人間社会、物騒だな。

 個人的には、女性の方が大変そうなイメージあるんだがな。家事やら育児やらに縛られた挙げ句やって当然みたいな顔されるうえ、子供が巣立つまでほぼ自由の無いのがデフォルトらしいし。

 俺? 俺は子供を大事にするとも。おしめ換えに英才教育から一緒にお風呂までセットだとも。母乳だけは妻頼りだがな!


「まぁ、嫁問題は今後詰めるとして、土木作業に勤しむか」

「おい! 俺の嫁問題はもう考えるなよ!? 話聞けよ!」


 こっそり力を貸してくれているテールの土魔法を利用しつつ、さくさく土やら岩盤やら掘っていく。

 そういえば、ジルベルトもいいお年頃だ。うちの領民は女性の方が多いから、本格的に声をかけてみるのもいいかもしれない。本人同士で合意するなら、異種族結婚も推奨である。サリにも声をかけておこう。いや、サリは後ろ盾になってもらうだけで誘わないが。俺も死神と戦いたくは無いからな。


「下水管は角度に気を付けてください。途中で詰まったら大変ですからね。ポンプアップする場所まで自然流下で流れるよう計るんですよ。――ああ、埋めるのは砂でお願いします。砂利などだと後日破損させてる可能性がありますからね」


 ポムがゴーレム達に指示をとばしている。他の地区でも部下達が同じようにゴーレムを使っていることだろう。

 土魔法はこういう土木作業にうってつけだ。魔力さえあればいくらでも行えるし、硬い岩盤も手で掘るより早い。

 撤去した土をゴーレムに錬成すればさらに人員補充も出来る。砂などの素材を別地から持ち込んでいる分、掘った土が余るのだ。ついでにそれらを利用して建物の土台も作ってしまおう。


 ちなみに俺特製の巨大街壁は、壁の外側の土をごっそり使っている。その為、壁向こうは巨大なお堀になっていた。

 勿論、門から一直線の部分は道の形で残してある。出入り出来なくなるのは困るからな!

 このお堀には下水処理施設からの排水や、街に降る雨水の大部分を流し込む予定だ。それらはさらに今後作っていく予定の田畑に流れるよう整地する予定である。

 堀の中で養殖をするのもいいな。浅瀬の部分も作ってそこに葦や菖蒲を植えるのもいいかもしれない。葦は素材にもなるからな。


 ――ん? なんだかロベルトが黄昏れながら穴を掘っている。土木作業ばかりで気力が上がらないのだろうか?

 仕方がない。今度我が領の綺麗所を紹介してやろう。気を抜くと物理的に食べられる可能性があるが、まぁ未覚醒でも勇者だし、なんとかなるだろう。


「ふふふ。これが終わったら街の建設を本格的にやって、上手くいけばお祭りをするのもいいな。うちの新製品のお披露目もかねて大盤振る舞いしよう。ついでにこっそりお見合い大会させておくのも一興か」


 次々に建物の基礎を作り続ける俺の後ろの方で、ロベルトが胡乱な目をしている。逆にポムは楽しそうだ。いいですねぇ、とか言っているからこいつもお見合い大会につっこんでやろう。

 どんな反応をするのか、今から楽しみである。




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