11 港街再開発計画 其の伍 ~あなたの言葉~
お菓子を食べて英気を養った。
甘い物は正義だ。特にモナがくれたクッキーは美味かった。
この近隣のクッキーは、魔族の作るクッキーよりバター量が少なくてあっさりしている。俺は甘いバタークッキーも好きだが、たいした量は食べられない。最近になって知ったのだが、どうやら俺は味の濃すぎるものは苦手なようだ。
しかし、餡子とチョコは濃くても平気なのに、生クリームと濃いバターが苦手なのは何故なのだろうか。年をとった後と子供の頃は味覚が違うと言うが、魔法で大きくなれる俺だとどうなるのか。ちなみに十代と大人で試してみたが、同じ味わいだった。
……あれ、もしかして俺はずっと味覚がお子……いや、気のせいだ。俺は味が分かる男なのだ。永遠に変わらぬ黄金の舌なのだ。
モナがくれたクッキーは甘さはほどほどで、食べるとポクンと割れる軽やかな食感が素晴らしかった。そのままサクサクと噛めば口の中で溶けるように消えていくのもいい。おかげで何枚でも食べられる。
聞けば、ジルベルトの母親が得意だったクッキーなのだそうだ。母親を亡くして寂しがる当時のジルベルトをあやすため、必死にレシピからモナが再現して作ったのが、今俺が食べているクッキーの始まりだという。
……やだ……甘いクッキーがあまじょっぱい……
大丈夫だ。俺は泣いてない。そしてジルベルトよ、俺もお母さんのかわりを頑張るからな!
ジルベルトが二度と寂しくならないよう、材料のバター類を山とモナに贈ったら、おかえしに麻袋一抱え分ぐらいあるクッキーをもらった。むふー! これで今日の俺は元気百倍だ! ついでにレシピを教えてもらうことも忘れない。レシピはシンプルだが、だからこそ腕が問われる代物だった。小麦は余っていることだし、時間があればとりかかるとしよう。そうしたら俺もアヴァンツァーレ家特製クッキーマスターだ。ジルベルトのママになる日も近いな!
「……いや、もう何も言わねェけどな……」
おや。何故だかロベルトが途方もなく遠い眼差しをしている。
きっとジルベルトの悲しい過去に思いを馳せていたのだろう。お互い、可哀そうな子供の為に頑張ろうな、と共感を表したら、悟りを開いた聖人のような眼差しで微笑まれた。こういうところは、流石勇者だな! 俺も負けていられないというものだ。
ちなみにそのロベルトは、今はジルベルトの所で帳簿整理を手伝っている。商家の三男坊という身の上だったうえ、現在行商人をしているぐらいだから計算は得意のようだ。領主であるジルベルトも、食事の影響か以前と比べて書類仕事が格段に楽になったと言っていた。戦力も増強されたことだし、しばらくすれば山積みの仕事も捌ききれることだろう。
それにしても、もうロベルトはアヴァンツァーレ家に入ってしまえばいいと思う。行商人に拘りが無いのなら、是非そうして欲しいものである。
勇者の仕事? 人王にならないなら、どのみちただの野蛮人だから放り出してもいいんじゃないかな?
それともいっそ、うちに来る?
「それでは、明日の朝には警備人を回せるよう、段取りをつけてまいります!」
「私も今日中に捌ける仕事を全部やりに行ってきますね」
商談後、張りきって職場に帰る支部長を見送って、ポムも山のような注文書を手に我が支部へととって返した。
ポムの仕事は膨大だ。こちら側の商会メンバーや本国の処理場と連絡をつけ、とりつけた発注物の輸送や受注処理にとりかからなければならない。
とはいえ、ポムの能力なら二時間としないうちに全て終えるだろう。連絡の受け渡しが一番時間がかかるから、それで手間取ったところで夕方前には終わらせると豪語していた。遅れたら尻三百叩きにするという約束なので、きっちり仕上げてくるに違いない。
……家事生霊曰く、奴の尻は金剛石の如く硬かったらしいがな……
「さて。では、俺も始めるか」
全員が動いてから、一人残された俺も動きはじめる。
周囲を確認し、誰も見ていないのを繰り返し確かめてから【時渡】を使った。
●
夕刻。港街の街壁外。
雨量の少ない地方のせいか、草すらまばらな平野を見るともなく見ていた。
平野とはいえ、傾斜や凹凸はそこここにある。なだらかではあるが丘もあるし、所々にぽつんと置き去りにされたように小山も存在した。
地面は硬く、人の力で掘ったり整地したりしようと思えばかなり難儀するだろう。領主邸工事の時にロベルトとも少し話したが、ゴーレムや魔法で工事をするのならともかく、人間の肉体では土木作業はやや難だ。人の体のもつ優れた能力は『力』ではなく『技』で、単純な力作業には向かない。
土木作業しやすい魔道具が作られれば難度は大幅に変わるだろうが、今の段階では土魔法の使い手を増やす方が早いだろう。パッと見たところ、ジルベルトやモナには土魔法の才があった。今度、指南してみるのもいいかもしれない。
徒然を紛らわすように、そんなことを考えながら立っていた。
街門が閉じる時間がすぐそこまで迫っているが、すでに見える範囲には人の姿は無い。近くの者はとっくに街に入っているし、そうでない者は早々と立ち止まって野宿の準備をしているのだろう。十二月に入っているというのに、このあたりの日の入りはグランシャリオ家近隣より遅い。今のうちに準備をしておけば、日が暮れきるまでには完璧に整うだろう。逆に、街門が閉まるまでもう少しあるからと、駆け込みにはいっている旅人や商人がいるかもしれないが――俺が知覚できる範囲にいないということは、たぶん今日の出入りは終了と見ていいだろう。
地平線近くには、産みたて卵の黄身みたいな太陽が乗っかっていた。大地に投げかけられた光は赤く、妙に物寂しいような気配を漂わせている。
日が落ち、街門が閉められたら【人払い】【完全遮音結界】【完全空間遮断結界】【隠蔽結界】【幻惑結界】を使用して、範囲内で何が行われようと一切感知できないようにする予定だ。【幻惑結界】を張るならもうやってもいい気はするが、明るい場所の広範囲と、暗い場所の広範囲であれば、後者のほうが視覚を誤魔化しやすい。変に違和感を覚えられて確認にこられても面倒だから、はやまって動くのは厳禁なのだ。
今回はやることが多い為、子供を見守る部下以外の支部員全員で工事にかかる。精密な工事図面を渡しているので、魔法と魔導生物達を使ってテキパキ行ってくれることだろう。
無論、俺も壁作成後に合流する予定だ。一度、壁となる場所を自分の足で歩いて来た。その折、地面に俺の魔力を浸透させることも忘れてはいない。何もなくとも建ててしまえるが、準備をして建てればその分強度は増すし、消費魔力も抑えれる。今回のように開始までに時間がある時は、下準備をしておいたほうが色々お得なのだ。
刻一刻と地面に沈んでいく太陽を見てから、俺は自分の掌を見下ろした。指の長い大きな手は、うっすらと魔力の光を帯びている。意識して魔力を押しこめると光は消えた。高濃度の魔力を持つ者の特徴なのだが、うっかり夜になるまでに気づいて抑え込まないと、ぼんやり光る幽霊みたいな状態になってしまう。魔族の中でも光ってしまうほど高濃度な魔力を持つ者は稀で、人族だと加護もちの聖者か覚醒済みの勇者ぐらいしかこの状態にはならない。
ちなみに、現在の大人版のように容量が大きい者は全身が光を帯びるが、そうでない者だと一部が光ったりするから場所によっては黒歴史になる。もうすぐ一歳になる赤ん坊のルカのように目がうっすらと光るのは猫っぽくて可愛いが、生後十一ヶ月を越えた今の俺だと、涼しい後頭部――いや、なんでもない。気にするな。残酷な事実は決して口にしてはならんのだ。
「……俺の体は、何故、俺の精神にダメージを与える形をとるのだろうか……」
思わず口から心の声が零れてしまったが、誰も聞いていないから無問題だ。
赤ん坊の俺と大人の俺の光り方の違いは、魔力総量の増加にも影響しているのだろう。
予想していたことだが、魔力総量も魔力回復量も前回よりさらに上昇していた。時渡りの魔法直後は残量が空になりかかったが、一秒ごとにぐんぐん回復していき、今では総魔力量の半分以上が回復している。ただ、細かな数値が見れるわけでは無いので、あくまで感覚はふんわりとしたものだ。俺はスキルなしに五十単位ぐらいで把握できるが、逆に言えばそれ以下の細かな単位は分からない。ポムは会話から察するに十単位ずつぐらいで見れるようだが、一単位ごとまで把握できるかは不明である。
異能の一つでもある【全眼】があれば全て見えるのだろうが、さすがにそんな特殊な異能持ちは前世でも見かけなかった。今生でも見つけられるかどうか不明だが、あると便利な能力なので人捜し的な感じで探してみよう。
もっとも、人族とかが持っていても高位生命体を見るだけで発狂してしまうので、逆に封印してやらないと可哀想なことになるのだがな……
「坊ちゃん、まだ日は出てるんですから、せめてマント被るなりで顔を隠しておいてくださいな。暗くなってからならともかく、この明るさだと顔の形が見えてしまうんですから」
ぼんやりと夕日を眺めていたら、後ろから足音も気配も無くポムがやってきた。どうやら仕事は無事終わったようだ。その腕に持っていたらしい大きな白い布を俺に被せる。
「そこまで気に掛けるようなものか?」
「下手に見られたら大惨事になりかねないでしょう?」
……おまえは本当に歯に衣着せないな……
「見渡す限り人のいない平野で、隠す必要もなかろうに……」
ぶつぶつ言いながらも被ったままの俺に、ポムはにこにこしながら言う。
「人の姿が無いからといっても、こう身を隠すところのない平野ですから、望遠鏡があれば坊ちゃんの姿なんて見放題ですよ」
「視線なぞ感じないがな」
「……坊ちゃん、悪意のある視線以外は素で全無視じゃないですか……そんな鈍感な坊ちゃんの視線感知力は、あまりあてになりませんよ。むしろ不感症なんじゃと思うぐらい鈍感なのに」
「失礼な。俺ほど他者の視線を気にしている者も他におるまい」
なにしろ、いつ敵意を向けられるかとビクビクしているぐらいだからな!
「視線気にする人なら、天井まで壁登って降りられなくなってキャン泣きした挙句指滑らせて落っこちたりしませんよ」
いらんことを思い出すな!!
「最近はやってない」
「私が落ちた坊ちゃんをキャッチしてから一ヶ月も経ってないじゃないですか。おっきい姿に変ったからって生後十一ヶ月なのは変わりませんよ」
うるさいよ!
お前はもうちょっと俺に優しくなってもいいのよ!?
だいたい、お前は――
「まぁ、そんなところが可愛らしいんですけどね」
……く……
「ところで、魔力の回復はどうです?」
「……順調だ」
忌々しげに睨みつけてから、俺は不承不承答えた。
飴を与えても誤魔化されたりはしないんだからね!?
「予定を早めて今行うとしても、街壁を二重にしたところでおつりが来るだろう」
「そんなに張り切らなくても、普通に張るだけで相当だと思いますから、ここは作戦『からだだいじに!』でお願いします。ついでに頑張る坊ちゃんにシュトゥルーデルですよ」
ポムがフリフリポーチ型の無限袋から取り出したのは、薄くのばした生地に様々なフルーツを詰めて巻いたお菓子だ。
む。今回中に入っているのは林檎のようだ。俺の好物だな。素晴らしくいい匂いがする。
むむ。……おかわりもあるの?
沢山?
……仕方がないな。今回は誤魔化されてやろうではないか。
「そうそう。素材の引き渡しですが、組合の倉庫や職人の処理能力と照らし合わせつつ卸してきましたので、無限袋の中身はほぼ空になりましたよ」
「……そうか」
ひとしきりシュトゥルーデルで空いていた小腹を満たしてから、俺はポムを見た。
大人の俺とポムの目線はほぼ同じだ。
「どうかしましたか? ――あ、勿論、こちらで必要な素材は渡してませんよ」
「いや、そこは心配していない」
正直、俺よりポムのほうが商売の能力も高い。本当に大事なことは押さえてくれる相手なので、そういう意味では心配すらしていなかった。
「では、他のことで、気がかりでも?」
不思議そうに首を傾げる相手に、俺は数秒押し黙ってから口を開いた。
「こちらの大陸で得る素材のことだが……ポムはどう思う?」
「そうですねぇ……こちらの大陸で得た素材は、品質的にはセラド大陸の同種の下位にあたりますから、ちょっと背伸びしてスキル上げをしたいときの補助材料としていい感じだったんですよね。まぁ、旦那様の軍団やレイノルドさん達が変異種を狩りまくって、それだけでも素材が山となってますから……あの状態なら、多少の使い潰しに目を瞑ればいくらでもスキル上げできますし、あえてこちらの大陸の素材にこだわる必要はないかと」
……まぁ、そうだよな。
俺は思わずため息をついた。ポムがちょっと片眉を跳ね上げる。
「なにかまた、悩んでませんか?」
「……悩みというほどでもない。……ただ、なんだかんだと言いながら、俺は結局の所、魔族のことしか考えていないのだなと思っただけだ」
「別に、それでいいと思いますが。本来なら人間のことは人王が行うことであって、坊ちゃんが気にしてあげる必要なんて無いはずなんですし」
「それはそうかもしれないが――その考え方では、最終的には魔族も救われないからな」
ポムは何かを言いかけ、すぐに口を噤む。
どんな言葉を呑みこんだのか、俺には分からない。だが、困ったような微笑を浮かべられた。
「我々の大陸は、豊かだ。そうであるように整え、そうでない場所も整え、強靭な肉体と強大な魔力でもって生きる為の土壌を整えてきた。サリという存在もあって、今の我々は誰であれ望めば飢える事のない生活をおくれるようになっている。……けれど、人間はそうではない。そんなことは、この大陸に来る前から分かっていた」
分かっていたから、それを変える必要を感じていた。
――だが、結局のところ、感じていただけだ。
「素材をまわせば、その分彼等の生活を向上させることが出来る。分かっていたことだ。だが、俺はまず魔族を優先した。魔族の将来ばかり考えた。……支部長に言われなければ、どれだけ長い間気づかなかったか分からない。人族をどうにかしなければならないと考えていながら、出来る手段を手にしていたにもかかわらず実行しなかったのは、所詮、魔族のことばかり考えていたからだ」
「……」
「……こんな状態で、果たして俺は……」
その先の言葉は、かろうじて呑み込めた。
零してはならない言葉だった。むしろ、それまでの言葉ですらアウトだろう。
何故言ってしまったのかは分からない。
父様や母様には絶対に言えない。サリにだって言えやしない。
――けれど、ポムは、
ポムには、ギリギリのところまでなら、吐露してしまう。他には言えないことを。
理由は分からない。強いて言えば、彼に言われたからだろうか。
――他に言えないことがあったら愚痴りに来て頂いても大丈夫です。
お互い秘密事が多いという、種族すら不明の者。
俺と同じ、世界の異物。
――何かをするわけではありませんが、聞いていることぐらいなら出来ますから。
それが、たったそれだけが、どれほど救いになるのか――分かっていて、手を伸ばしてくれたであろう者。
「坊ちゃん。私は言いましたよね? 『焦らずに生きなさい』と」
ポムの手が伸びて、俺の頭を撫でる。
……大人の姿の時に、よしよしはしないで欲しいのだがな。
「坊ちゃんの立ち位置では、今までの動きだって間違いではありません。貴方は魔族を導く者であって、人間を導く者では無い。その役割を果たさない誰かの為に、貴方が犠牲になる必要は、本来無いんです。……それでも、負うと貴方が決めているのなら、それは私がとやかく言う事では無いでしょう。頑張ってください、と、無責任に応援するだけです」
……相変わらず色々身も蓋もないな……
「けどね、坊ちゃん。そのことで、思い詰める必要なんてありません。貴方は独りでは無いのです。貴方が気付けなかったことは、貴方以外の誰かが指摘するでしょう。気づいたなら、そして気づいたことを実行したいのなら、その時にしなさい。貴方は、万能では無い。全てを最初から完璧に出来る力を、今、有しているわけでは無い」
「……」
「間違っていいんです。足踏みしてもいいんです。迷っても、ミスをしても、それに気付いた時に挽回すればいいんです。誰かに責任を転嫁せず、自分で受け入れ、負って歩むのなら、他の誰が否を唱えても私がお手伝いしますよ。貴方が他の人に対して、ずっと貫いてきた姿勢と同じように」
「……」
ポムの手が俺の髪をぐしゃぐしゃにする。
大きくなろうが小さいままだろうが、変わりなく。
「私は、坊ちゃんが出来ないことは言いません。それにね、坊ちゃん。私は坊ちゃんにとって、鏡のようなものです。坊ちゃんが坊ちゃん自身に優しくしないなら、その分は私が言いましょう。貴方が他の人に言ってあげている言葉を、示してあげている道を、貴方の代わりに私が行いましょう。――私が優しいように見えることがあるのなら、それは、貴方が貴方以外の誰かに優しくした結果です」
「……」
「坊ちゃんは愛する人達の為に頑張っている。一番は魔族で、二番がそれ以外の種族。仕方ないじゃないですか。そういうものなんです。でも、お願いされて人間にも先に手を伸ばしてあげた。たったそれだけのことです」
「……そうか」
「そうです。……悲しむ必要なんてないんですよ」
大丈夫ですよ、と。
そう言われて不覚にも鼻がツンとしてしまった。やはり本体が赤ん坊なせいか、俺の涙腺はいつも決壊寸前だ。前世の俺は感情が壊れているのではないかと思うぐらい微動だにしなかったのに。
「さぁ、ちゃっちゃと壁を作ってしまいましょう。いい感じに日が暮れてきました。壁門は閉じ、人族の街はそのほとんどが眠りにつきます。これから先は、坊ちゃん達の時間ですよ」
見れば、いつの間にか太陽は地平線の向こう側に沈んでいた。残された僅かな光が、その名残を天の片隅に留めている。
これから先は、夜の時間。
俺達が支配する、闇の時間だ。




