10 港街再開発計画 其の肆 ~うちの商品が膨大な件~
偉い人は言いました。ハッタリは大きい方がいい、と。
いや、無論、嘘はついていないとも。俺は有言実行の次期魔王だとも。
一晩で街壁を作ることは可能だ。――なにしろ、大型建造物生成は実家で何度もやっている。
伝染病対策も完璧だ。――むしろ俺の本命と言っていい。下水道施設も準備万端だ。
巨万の富だって生み出してみせる。――そうしないと、ジルベルトが過労で倒れてしまうからな!
というわけで、さくっと商談を進めた。
ちょっと強引な感じに迫りつつ纏めたとも。
支部長には、街壁作成後の新しい冒険者組合支部建設を約束した。正面の門に近い一等地に新しい支部を建ててやる、と言ったら二つ返事で了解してくれたのだ。
――というか、コレ、最初からやる予定だったので取引内容ですらなかったのだが……
「(そういう豪快なことをする人ってそうそういませんからね。建物の建設費用は莫大ですから、報酬としては大きな部類です)」
と、こそこそ俺だけに聞こえる声で言ってきたのはポムだ。
魔法で建物を建ててしまえる俺の価値観は、普通一般とだいぶ違うらしい。建物など、土地と魔力さえあれば作ってしまえるから、無料みたいなもんだと思うんだがな……
だが、建物でいい、というのならそうしよう。かわりに内装に凝れば良いのだ。折角だから、支部長が周囲に「こんな建物を貰える取引をしてくるなんて、凄い!」とそんけーされるような建物にしてやろう。とりあえず、正面カウンターの上に竜の頭蓋骨飾る感じで良いよね?
彼に頼むのは、壁が出来た後に発生する混乱や騒動への対応だ。主に壁から壁までの地区を我が物顔で使用しようとする者が現れないよう、監視し警護する役目である。
一応、現在の街壁から新しい街壁までの間に一本道を設け、そこ以外は通れないように柵を作る予定だ。だが、勝手に越えようとする者は必ず出てくるだろう。ジルベルトから土地を購入して「この土地はグランシャリオ家の私有地」という形にしておくつもりだが、勝手に居座った挙句にごねられても面倒なので、最初から冒険者を雇って誰も入らないようにしておくのである。
……まぁ魔法でも対応しておくが、目に見える形でストッパーをつけておかないと、こういうのは後々面倒なことになるからな。
次にジルベルトだ。
大量の金貨を渡した。
貯めるだけ貯めこんでしまったこの大陸での純利益だ。
とはいえ、利益全部というわけではない。街壁の近くとはいえ、ただの平野の値段ではうちの純利益分の価値は無かったのである。
……ちょっと儲けすぎたかもしれない。まぁ、これから使うから多い分には構わないのだが。
正直、投資を兼ねて全部ジルベルトに渡してしまってもいいのだが、ジルベルトは律儀な性格だから適正価格でないと取引してくれない。お友達価格で十倍の金貨を渡そうとしたのだが駄目だった。仕方がないので諦めよう。
「……坊ちゃん。ジルベルトさんの貯金箱にこっそり毎日一枚ずつ金貨放り込むとかしちゃいけませんからね」
……おのれ。ポム。俺の心を読むのはやめるんだ! ジルベルトが苦笑いしてるだろ!?
お小遣い提供は丁重に断られたが、商談は纏まった。あとは準備だ。
この時点で人間が出来ることは無い。未だに仕事の多いジルベルトは政務に戻り、手伝うために部下五も一緒に退出する。頑張るんだぞ、部下五! 未だに名前不明のままだけど、頑張るんだ!
俺の方の準備は一つだ。
街壁を作るのは魔法で行う。俺の得意な分野だ。かつて決闘騒ぎの時に屋敷やらお城やらを作ったように、デカくて黒くて頑丈な壁を聳え立たせるのである。
そのためには、魔力がいる。
俺の魔力は膨大だが、無限では無い。それでも普通なら苦も無く出来るが、今はちょっと問題がある。
【時渡】の魔法だ。
赤ん坊なのに諸事情で十歳の姿になっているため、姿を維持するのにじわじわ魔力が減り続けているのである。
無論、この状態で魔法を使ったところですぐ枯渇するわけでは無い、が、今日のように夜明けまで働けば魔力はすっからかんになるだろう。さすがに二度目は避けたい。先日はつい夢中になってやらかしてしまったが、俺はいつ何があっても――神族が牙を剥いて来ても――対処できるだけの魔力を最低限確保しておかなければならないのだ。
だが、今の状態ではそれが少し怪しい。
解決策は、赤ん坊に戻っておくか、逆に二段階目の【時渡】で大人になっておくか、である。
以前大人になった時、【時渡】の効果を維持し続ける消費魔力よりも、体が持っている魔力回復量のほうが遙かに大きかった。正確な理由はまだ判明していない。赤ん坊時代の俺の行動で、未来の俺の能力が変化した――そう考えるべきだろうと思うのだが、その赤ん坊時代にやったことと未来の姿が結びつかないのが微妙だ。まぁ、今までアレコレやっていて確かめていなかったので、今回ついでに検証しておくのもいいだろう。
ということで、大人になることにする。
が、今すぐにでは無い。
支部長がおりいって話があるということで、ジルベルトに部屋を借りて話をすることになったのだ。これから世話になるのだし、俺で出来ることなら引き受けたいが、はて、何だろうか?
そして支部長、名前なんていうの?
「お頼みしたいのは、魔物の素材についてなのです」
支部長の声に、俺はフードの中で眉を顰めた。
支部長には見えなかったはずだが、訝しげな気配を感じたのだろう、支部長は慌てたように言う。
「いえ、あの、無理にとは申しません。ただ、討伐された魔物の素材を、我々組合に売っていただければと思いまして」
ああ、成程。そういえば、討伐証明部位以外は全部俺の領地に送ってしまったものな。膨大な量あるはずなのに、どう処理したのだろうと思われたのだろうか?
「レディオン様は商いをされておりますから、独自に処理されているのだと思います。そうであれば、加工後の商品を卸していただければこれに勝る幸せはありません。勿論、素材を売っていただけるのであればそちらでも。……貴方様のパーティのように、凄まじい量の魔物を討伐してくる冒険者というのは、この近隣はおろか国中を探してもおりませんので」
ほむほむ。
我が家も商いをやってるから、支部長も素材の活用については予想がついている、と。
ただ、それでも量が量なので、ちょっとばかり融通してもらいたい、と。
ついでに、我が家の商品で素材が関係するような品が今も出て来ていないから、どこかで売り出す予定なら組合でも取り扱いしたい、と。
――あれ。これ、美味しいな?
実のところ俺の方でもこちらの大陸に卸そうとしてる武器防具がある。主に我が家で雇った新人職人の練習作品だ。無論、商品として売っても問題ない程度の品質のものを選んでいる。よっぽどな品は素材に戻してるしな。
魔物素材は貴重だ。
ただの鉄剣より、魔物素材を混ぜたもののほうが攻撃力が高く、劣化防止効果もある。革鎧でも、普通の羊や山羊などより、魔物の革の方が防御力が高い。種族的に弱い人間が魔物と戦うには、より強い武器防具が必要だろう。
だが、魔物の討伐数はそれほど多くない。
個人の力量にもよるが、魔物の討伐はただの野生動物を狩るようにはいかない。数人がかりで一日一頭倒す、ということも普通なのだ。
精霊王と次期魔王で結成されている俺達のような連中が、そうそういるはずもないのだ。
……そういえば、覚醒すれば俺と同レベルの能力を有せれるはずの行商人が、うっかり同席してしまってそこでポカンとしてるんだが……勇者よ、何故おまえは魔物を狩って儲けないのだ? 本当に商人なの?
「魔物の討伐証明部位は、その魔物の特徴的なものであり、かつ素材として活用できるものを指定しております。皆様がお持ちくださった物だけでも、相当な価値がありました。職人達が涙流して喜んでおります」
おっと。支部長の話がまだだったよ。
「討伐部位証明は、詐欺を防ぐ為と、年々減る素材を少しでも確保しようという苦肉の策でしたが……最近では素材の買い取り価格の方が大幅に値上がりしてしまい、討伐証明を提出するより金策に走った方が良いと、組合での引き取りも年々下がる一方で……それを頂けただけでも、優遇してくださったのだということは重々承知しております」
え。人間社会。そんなことになってるの?
冒険者組合のランク上げるより、金策に走ってるの?
――いや、まぁ、良い素材があれば確保に走ってる俺も人の事は言えないのだが。
そしてたんに上級の仕事を受けたいが為に証明部位大量投入した俺達が、全く予定してなかった高い評価を受けている……
「それでも、どうか――貴方様方を見込んで、是非にお願いしたいのです」
部位一つと、まるごと一頭では価値が違う。
皮、牙、爪、骨、肉。時には内臓や眼球等まで、全て素材として手に入ったなら、人間社会にもかなりの恩恵があるだろう。職人の雇用も増えるだろうし、金も動くし、なにより良い武器防具が出回れば彼等の装備も整い、より魔物を狩りやすくなる。
「……こちらの大陸に、か」
俺の呟きに、支部長が必死の面持ちで頷く。
考えれば、金を流通させ、経済を活性化させる為にも人族に素材を回してやったほうが良かったのだ。ついつい魔族優先で考えてしまったが、そもそも魔族側には我が家やベッカー家が討伐した変異種の素材が回る。多少人間社会に回したところで、どうということは無い。
むしろ――
「ポム」
俺の声に、ポムは全て分かっていますともと言いたげな顔で一礼した。
「リストをお持ちいたします」
「頼んだ。――支部長、今残っている素材でよければ、引き取れるものを選ぶといい。リストはポムから預かってくれ」
「おお!」
「物によってはすでに製品化してしまって残っていないかもしれないが、その時は諦めてくれ」
「いえ! 分不相応な願いを叶えていただき、ありがとうございます……!」
咄嗟に深々と頭を下げる支部長に、俺は自嘲混じりの苦笑をかみ殺した。
礼を言われるまでもないことなのだ。――本来なら、もっと早く気づいておくべきことだったのだから。
「ところで、支部長。我々のパーティはFランクだ。その為、受けられる依頼にも限りがあり、その受けられる依頼の範囲内で渡した討伐部位も限りがある」
ついでにとかけた俺の声に、意味を察した支部長の目が文字通り輝く。
「では、もしや……!」
「Fランクパーティで受けられる最大の魔物は、Eランク最強クラスの一角黒狼どまりだが、少し足を伸ばせば他にも多くの魔物が群れていた。巨大蛇、巨唇箆鹿、睡魔蛇、角鹿馬、小型毒蜥蜴、虎頭蛇は我々のランクでは討伐証明を提出できないので、そちらに出してはいない。……ランクに関しては、あまり急ぐ必要を感じなかったのでな」
支部長がポカンと口を半開きにする。
多いよな。うん。分かっているとも。
主にはしゃいだ脳筋神官女王と早く終わらせたい仕事人戦士と物欲に走ってしまった俺のせいだよ。自覚はしている! 反省はしない!
「支部長」
「はいっ」
「討伐部位は我々のランクがあがってから提出するが、それ以外の素材について、残っていればリストに加えておこう。かわりにといってはなんだが――」
「ランクの引き上げ……でしょうか?」
「いや、それは数で押し上げるから別にいい」
恐る恐る言われた言葉に、俺は苦笑する。
話しの流れからは少し外れるが、俺の目的はランク上げでは無いのだ。
「我が領で生産した武器や防具類を冒険者組合内に置いてもらいたいのだ。今、若い職人の育成をしていてな。出来上がりの質に関して、ずいぶんとまばらな品が出来ている。彼等の商品は全て魔物素材だ。我々の眼鏡に叶うもの以外は廉価にし、こちらの大陸の者達でも入手しやすい価格に設定する予定なのだが、俺の店に置くには量が多いうえ、他の街に進出するのにも時間がかかる。その点、冒険者組合ならば売り手にも売り場にも今の俺以上の市場を持っているだろう。どうだろうか?」
支部長は目を丸くしていたが、すぐに壊れた玩具のようにコクコクと頷いた。
「願っても無いお言葉ですよ……!」
「では、商談を詰めよう。ポム。市場にまわせる製品はどれぐらいある?」
俺の近くで準備万端待機していたポムは、恭しく一礼してからどこからともなく取り出した書類の束を支部長に提出する。
……え。なにあの分厚い束。嫌な予感……
「では、廉価品について申し上げます。まず商品ランクはD以下のものが廉価品となります。普通に使用できるが、製造過程で擦り傷等の小さな傷が出来たものや、デザインが微妙にやぼったいものなど、手本として施設内で掲げている『標準品』を僅かでも下回るものが対象です。また、手放された中古品なども物によってはこのランクとします」
そういえばリサイクルした中古品もあったな、と思いながら説明を聞く。
「まず、天魔羊の革鎧、Dランク三十八着、Fランク千七百十二着。天魔山羊の皮靴、Dランク四足、Fランク八十七足。木綿ローブ、Dランク百三十一着、Fランク五百四着。木綿チュニック、Dランク千八着。Fランク二千七十二着……」
俺は顔を覆った。
支部長は顎を落っことしている。
ロベルトの視線はやたらと俺に注がれているし、静まり返った部屋にポムの声だけが朗々と流れる。
在庫過多ってどころじゃないよ! なんでそんなに膨れ上がってるの!?
確かに大陸全土で募集かけたし、材料は山のようにあるし、いっぱい参加してくれてるって話は聞いてたけど、そんなに大量に出来てたの!?……もっと早く生産物リスト見ておくべきだった……
「このうち、チュニックなどの布製品の大部分は、救貧院の人々に支給する予定ですが、製品価値はありますので先に取引をという場合でしたらそちらに回させていただきます。尚、これらの製品は現在こそ在庫がありますが、職人のレベルがあがれば上位の製品作成に移ってしまいますので、同じ量がこれからも提供されるというわけではありません」
まぁ、生産スキルの無い領民が、まず最初に手をつけるのが最下級ランクの製品だからな。生産スキルがあがれば上のランクの品を作るから、最下級ランクを作る者は減るだろう。ある意味、今だからこその供給過多商品だ。
「そのため、一店舗につき一度に出せる数は制限させていただきます。最大納品数は街の規模と組合を訪れる冒険者の数で幅を持たせます。取引店舗が少なくても、一店舗あたりに一度に卸せる数は増えません。坊ちゃんにとって大切なのは、『必要としている所に必要なものが行き渡る』ことであり、それはめぐりめぐって冒険者の装備の質を底上げし、組合の利益にもなるでしょう。また、こちらの素材をそちらに卸すかわりに、組合で手に入れた素材のうち、いくつかを坊ちゃんに売っていただきたく存じます。坊ちゃんは新しい製品の開発にも意欲的ですので、皆さまが不要として処分している品でも様々な施設を通して実験を繰り返しているところです。製品化に成功すれば、いずれその恩恵は皆様にも返るかと」
ポムが取引を拡大させている。
こういうのを見ると、俺は商人としてまだまだ至らないと思い知らされるな……でも俺はもう疲れたよ……なんか今のでドッと疲れたよ……
「今あるからと大量に出しては値崩れするだけですものな。かしこまりました。こちらもそれで対応させていただきます。して、レディオン様のご要望の品というのは?」
「後ほどリストをお渡ししますが、出来ればこちらは見つけ次第押さえていただきたいのです。黒金猛禽の眼球と羽根。雷光鳥の羽根と尾羽根。獅子鬣犬の毛皮と顎骨。巨人の肝。そして巨大蛇の胃袋を」
おお、空間袋や無限袋の材料をこちらでも探しておくのか。グッジョブだぞ、ポム!
そしてこっそり戻ってきた爺執事が俺の前に置いてくれたクッキーも、グッジョブだぞ!
「上位互換が見込めますから、同系統の魔物の上位種であればそちらも押さえていただければ。買い取り価格につきましてはこちらでも上乗せで価格を設定させていただきます」
「? 『依頼』として出されれば、確実に手に入るかと思われますが?」
「グランシャリオ家が依頼を出すのは、あまり得策ではありませんので。何に使うのかわからずとも、うちが求めている品だから何かあるのだろう、と真似してただ集めるだけの者が出ないとも限りませんからね」
そう、そこなのだ。
王都にまでグランシャリオ家の名が広まったのは、良かったのか悪かったのか。
我が家が依頼をしてまでも素材を集めたなら、短期間で名を高めた我が家製品の秘密がその素材にあると勘ぐる者もいるだろう。――まったく関係無い素材なんだがな。
誤った情報が流れて無駄に買い漁られた挙句、時間停止保護されないまま肝や胃袋が腐って無駄になるとかになったら辛いからな……。そしてモナよ、これ美味しいね。
「……それは確かにありえますな。では、組合の方で通常依頼として出しておきましょう」
「お願いします。報酬額はこちらから出しますので。――坊ちゃん。これでよろしいでしょうか?」
「も!?」
言われて、クッキーを齧っていた俺は慌てて口の中に残りを押しこんだ。
待って! 今、味わい中!
「坊ちゃん……お腹すいたんですね……」
「そういえばもうこんな時間ですな」
ええ。おやつの時間ですよ。俺の体は甘味を求めているのですよ。
これは俺が食いしん坊だからじゃない。本来幼く未熟な体しかもってない俺が、無理に大きくなってアレコレやっている反動なのだ。自然の摂理なのだ。
「お菓子を売り出すのもいいですねぇ。ジルベルトさんの所で承諾を得ましたから、料理屋もする予定ではありますが」
「パンに関してだけは、パン組合があるので難しいでしょうな」
「あちらは利権が保護されてますからね。宿屋兼食事処として動く時に提供するぐらいの予定でいます。そうそう、支部長さん、商人組合の方でどなたか調味料を求めている方とかいませんか? 甘味料とか――」
一生懸命咀嚼していたら、二人がそっと俺から視線を外して商談を続けだした。
何故か微笑みをたたえたモナがクッキーのおかわりを持って来てくれる。
さらに取引を拡大させていく優秀な家人に続きを任せて、俺は心ゆくまで甘味を味わった。




