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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
――mission 2 港街再開発
51/196

幕間 出稼ぎ部隊と拡大雇用2

(「出稼ぎ部隊と拡大雇用1」は、時間軸の都合により、今作の前ではなく第一章の方に挿入しています)


●レイノルド・ベッカーと大規模掃討




「第一隊! 十七次侵攻完了! 第二隊と交代し補給部隊との連携に入ります」

「第三隊と第四隊が帰還いたしました!」

「東から侵攻中の第五隊、フィールドボスと遭遇! 第六から第七部隊までが増援。第八部隊から第十部隊は雑魚散らしに入りました!」

「第十一隊、魔素散らしに入ります。第十二隊、第十三隊は周辺警護に散開。第十四隊と第十五隊は第一隊への増援に向かいました」

「第九部隊より通信! フィールドボスはその形状からAMアノルマル・モンストル 『磁力蛇セルパン・ブッソール』とのことです。現在三割の体力を削り終えています。状態異常魔法付与により個体特有の技の封印完了。周囲の雑魚散らしに少し時間がかかっていますが、問題なく討伐可能とのことです」

「そうか」


 作戦室として張られた天幕の中、机に広げられた地図に駒を進めながらレイノルド・ベッカーは首肯する。


AMアノルマル・モンストル討伐後、森に異変が無いか警戒せよ。おそらく、討伐により高濃度魔素は一時的に下がるだろう。だが、例のAMのように異常個体が潜んでいる可能性もある。必ず三人一組で動き、いかなる異変も見過ごすな。――負傷状況はどうなっている」

「毒による負傷が数名。全て魔法により完治済みです。AM討伐部隊は革鎧と骨材武器を使用しておりましたので、『磁力蛇セルパン・ブッソール』の特殊攻撃は無効化されており、被害を軽減できています。……金属甲冑装備をやめておいて正解でしたね」

「レディオン様に指南書を頂いていたからな」


 レイノルドの傍らに置かれた本に、参謀として従っている青年が頷く。


「レディオン様のお作りになった変異種大全ですね。これだけの変異種を網羅している討伐指南書は今まで見たことがありません」

「魔王様も驚いておられたほどだ。グランシャリオ家の叡智と共に、レディオン様が数々の本から抜粋してきたものを纏めたのだと言う。なんでも、なんとかという魔女の本が参考になっているとか」

「魔女……真なる魔女でしょうか。グランシャリオ家にはそのような秘伝書まで伝わっていたのですね」


 嘆息をつく青年に苦笑し、レイノルドは本を一撫でして地図に視線を戻した。


「戻った第三隊と第四隊から荷を預かったら、第十六隊から第二十隊まで出発しろ。無限袋は持ったな?」

「はっ。第三隊と第四隊はいかがいたしましょう?」

「休憩をかねて本陣の野営準備に入れ。フィールドボス討伐が成れば、周辺の観察を終えたら全隊を本陣に帰還させる。西から敵をおびき寄せていた第一隊と第二隊は増援到着後帰還し、第三隊第四隊と同じく本陣設営を手伝え。第十六隊から第二十隊は離散するだろう敵を掃討。ただし、無理はするな。異常を発見すれば直ちに報告を。――それと、変異種の遺骸で満杯になった無限袋はいくつある?」

「現在、七つです。レディオン様から預かった連結済み無限袋に中身を移動させて引き取ってもらっています」

「連結済み無限袋に、満杯の無限袋そのものを入れられれば早いのだがな……」


 レイノルドの声に、青年は苦笑した。


「容量オーバーで取り出せなくなるらしいですからね……もっと容量の大きい新たな無限袋が出来れば、もしかすると無限袋を入れることも出来るかもしれないと……が、それが出来そうな素材が今はまだ手に入って無いそうですし」

「……しばらく、素材の移動で足止めをくらいそうだな」


 嘆息をついたレイノルドに、周囲がくすくす笑う。


「戦いづめでも疲弊しますから、休憩と思って我慢しましょう」

「そうですよ。無茶はするなとレディオン様にも言われていますし」

「そういえば、時間があるなら素材の解体も頼むと言われましたが、ついでに行いますか? 我々素人がやれる簡単な素材のリストもいただいてます」

「そうだな……生産系スキルなど今まで見向きもしなかったが、そろそろやってみるか」


 ちょっと肩を落として、レイノルドは「はい」と差し出されたリストを見た。ズラズラと載っているリストには、横に全部「生産系スキルLV0~10」と書かれている。残念なことに、今回討伐した変異種の素材は全部上級らしく使えなさそうだ。移動の手間を省きたかったが、そう上手くはいかないらしい。


「そういえば……我々やグランシャリオ軍が討伐した変異種の遺骸――その素材は、全部グランシャリオ家の倉庫に運ばれているんだよな?」

「はい。連結済みの無限袋を介して一か所に集め、そこから各処理場に送っているそうです」

「……膨大な量になってるんじゃないのか…?」


 レイノルドの声に、一瞬、シンと周囲が静まり返った。

 レイノルド達が行っているのは、変異種の『巣』に対する大規模侵攻だった。これまでは放置され気味だった変異種への、大規模な掃討戦と言ってもいい。


「『巣』は一定間隔で発生する。我が軍が相当し、一旦平均以下に魔素濃度を下げた箇所は七か所。グランシャリオ軍のほうでも同じような内容だと聞く」


 変異種の巣は、ある一定の条件が達成された時に発生する。

 まず、高濃度魔素の発生が起こる。

 次に、その高濃度魔素によって変異種になった個体のうち、一つの種類が一か所に集結し、大多数を占めるようになる。

 そして最後のピース――


 異常な化け物アノルマル・モンストルの誕生。


 生まれたAMアノルマル・モンストルを頂点とし、『巣』は形成されるのだ。

 放置すれば巣は拡大し、強大になっていく。出来るだけAMが発生する前に数を減らすか、AM発生後は群れが大きくなりすぎないように適宜数を減らし、魔素濃度を下げていくのが今までのやり方だった。

 どういうわけか、変異種を討伐するとその場に溜まり続けている魔素濃度が下がるのだ。

 グランシャリオ家がベッカー家にも協力要請をし、行っているのがこれである。


「兎型、猪型、蜥蜴型、鹿型、芋虫型、馬型、そして今度の蛇型、か」


 巣の規模にもよるが、巣を潰したことにより発生する変異種の遺骸は、最低でも数百から時に千の単位にのぼる。

 現在進行中の蛇の巣では、すでに二千の遺骸が集まっていた。蛇は弱い個体でも体長二メートルになる大蛇だ。AMアノルマル・モンストル周辺に展開している変異種の遺骸もこれから集まるだろうし、そうなると最終的には四千から五千の素材が発生することになる。


「……どうやって処理するつもりなのだろうか……」


 蛇肉は、毒素さえ上手く処理すれば美味な肉となる。

 毒袋はもとより、皮も牙も素材になる為、無駄にするところが無いといえる。

 他の巣も余程のことが無い限り余すところなく使用できるものが多い。だが、例え「使えるように処理」したところで、どこでそんな膨大な量を消費するのだろうか。


「レディオン様の作られた無限袋の場合、中に入れた素材は時が止まって腐敗しないのでしたよね?」

「ああ。だからまぁ、無限袋が大量にあるのなら、そこに仕舞っておきさえすれば保存は可能なんだろうが……」


 だが、今のペースでずっと討伐を続けていれば、それこそ百や二百といった数の無限袋が必要になってくる。まだ全ての蛇を集めたわけでもないのに、すでに預かっている無限袋だけでは全素材を収納しようにも数が足りない、という状態なのだ。


「軍で一番お金がかかるのは食糧なんですが……グランシャリオからは大量の食糧が届いてるんですよね……肉主体ですけど」

「……ああ、変異種食材な……」

「野菜もありますけど、微妙に変異野菜な気がするんですよね……」

「そういえば、大森林で誕生する植物型変異種がどうとか前に言っていたな……」


 沈黙が深まった。

 レイノルドはそっと視線を明後日の方向に向ける。


「まぁ、食べられるから、かまわないわけだが……」

「なにか、グランシャリオ家から食糧が届きだして以降、我々の基礎能力が妙に上昇してる気がします」


 レイノルドは頷いた。それはもう、領民を含めて皆が感じていることだった。

 そもそも、変異種食材は身体能力を向上させる効果をもっている。よほどのものでない限り微々たるものだし、永続効果のあるものは少ないが、それも毎日の食糧となれば変わってくる。

 早い話、日々ドーピングされている状態になっているのだ。その状態で戦闘に出掛けるものだから、より質の高い戦いを行え、鍛えられ、めぐりめぐって基礎能力が跳ね上がり、さらにそれを食事が跳ね上げてと永遠に螺旋階段を上るかのように向上し続けている。


「……強くなったなぁ……」

「何故か妙に魔力も増大してますしね」

「それな」


 天幕内の誰もが遠い目になる。なんとなく原因に心当たりがあるのだが、本人は気付いてなさそうだし根拠はないしで口には出来ない。


「配下ということで、我が領にもだいぶ変異種食材が届けられているが……これからも続く、ということなのだろうな」


 何が起きても食糧難になりそうにない自領の現在の状況を思い出し、レイノルドは苦笑した。

 大量の変異種食材で打撃を受けるはずの畜産業に対しては、グランシャリオ家から購入の話が来ている。至れり尽くせりだが、その点に関しては不安になる事が多い。


「……あれだけの肉を、どう処分するつもりなのだろうか……」

「変異種食材は他の地区でも屋台売りしていると聞きますな」

「ん? ああ、そういえば、王都の新名物になっていたな」

「救貧院にもだいぶ回っているという話です。それと、畜産業を営んでいる者達と物々交換の取り引きをしているとか、色々聞きますな」

「ふむ……いや、気になっているのは変異種食材だけでは無いが、な」


 グランシャリオ家の総力をあげれば、大陸全土で販売し、食糧関係は捌けてしまうのだろう。

 救貧院へ回す分を除けば、あの抜け目のないグランシャリオ家のことだ、利益もあげているに違いない。その分を討伐軍派遣の費用にあてたり、自分達から変異種の素材を買い上げる費用にしているのだろうが……


「武器や魔具の類は、我々や自軍の古いものと交換していっているようですし、販売もしておりましたな」

「いや、天魔羊などの肉や、武器の劣化品や中古、職人見習い達が練習で作った二流品の類は、国内で回っているのを見たことが無い気がしてな」

「……そういえば、そうですな」


 羊毛などは素材として大量に使っているというのを聞いたことがある。

 だが、問題は家畜を潰した後の肉類だ。

 変異種ほど高価なものでは無いので、変異種の素材と交換なら畜産業を営んでいる者は喜んで交換するだろう。契約による販売取引も増えたというし、売る側であるこちらの領民は喜んでいる。

 だが、その大量の肉は何処へ行ったのだろうか?

 グランシャリオの家では、変異種の肉を加工して売るだけで手一杯なように見えるのだが。


「……次に会う機会があれば、少し尋ねてみるか」


 レイノルドは呟く。

 その耳に、『磁力蛇セルパン・ブッソール』討伐の報告が入った。




●森林間伐と木工組合




 木々を切り倒すと、ぽっかりと空いた空間に光が射しこんだ。

 密集した木々が枝を伸ばし、光を奪い合っていたかつての人工林は、ひょろ長い木が多く周囲は暗かった。

 低木の育たない地表は土すら留まる事を忘れ、雨水に流されて木の根が剥きだしになっている。保管役の男が伐採された木を麻袋のようなものに――あきらかにサイズが違うにも関わらず――入れ、薪用にと枯れ木を集める子供達が周囲に散らばる破片や枝を撤去した後、老人がひょこひょこと歩み出て布のようなものを振るった。途端に凄まじい量の土が噴き出て、むき出しの木の根を覆ってしまった。


「おや。ちィと出過ぎたの」

「じーさん、加減してくれやー。その上を移動せにゃならんのやから」

「おう。悪いの」


 ひょこひょこ戻る老人と笑い合いながら、屈強な男達が土を均していく。移動している間に踏み固められ、以降は低木や草の苗床になることだろう。


「下の方はあらかた間伐したかいのぅ」

「だなぁ。後は上の方か。もうちっと作業してから、今日の分を終わらせようか。子供らぁ、どうしとる?」

「小枝やら何やら拾って纏めとるよ。あれも引き取ってくれる言うとるが、ええ掃除にもなるし、子供らにゃあええ稼ぎじゃわ」


 男達は木工組合に属するメンバーであり、老人はかつて組合長をしていた者だった。連れてきた子供達は彼等の子や孫で、友達と遊びがてらせっせと小遣い稼ぎに勤しんでいる。体の大きな兄達や親のようには働けないが、力をあまり必要としない作業であれば充分な戦力になった。


「しかし、グランシャリオ家もおかしなことをするの」

「まぁ、お偉いさんの考えることは分からんて」

「じゃが、エエ稼ぎじゃあ。森も綺麗になるし、木も立派になるしで、ええこと尽くめじゃのぅ」


 切った木に酒をかけ、礼拝して語り合う。

 森の本来の姿からかけ離れた形になる植林は、かつてこの地方にいた材木商がこっそり種を植えて行ったものであり、適当にやった為に年経て真っ黒な森になってしまったという負の遺産だった。

 どういうわけか、こういう場所は高濃度魔素が発生しやすい。自然に出来た森よりも唐突に変異種の大発生などを招く為、数代前の魔王から厳密に禁止されていたにも関わらず、大陸全土で度々行われる愚行だった。

 適切な処置をしての植林は逆に推奨されているため、日の光が入らない緑の砂漠が高濃度魔素を発生させる原因であり、そのために禁止されているのだろうというのが木工組合の見解だった。


 これを実際に作った者はとうに亡く、代替わりした次の木工商は存在を知らなかったが、高濃度魔素発生地を調査していたグランシャリオ家がこの場所を発見し、今回の伐採事業となった。何故遠方のグランシャリオ家が着手しているのかは分からないが、大量に伐採したところでたいして売れない木材を標準価格で買い取ってくれるうえ、駄賃までくれるとなれば木工組合も参加せずにはいられない。ふんだんに魔力を有し、薪などの燃料を必要としない魔族にとって、木材はそうそう大量消費しない素材なのだ。


「そういえば、救貧院にも相当力を入れとるいう噂じゃったな」

「あちこち手ぇ伸ばして、コケにゃええんやがなぁ……」

「なんやっけ? 木工やら鍛冶やら料理やら、いろんな技師育てはじめた言うやないか。誰ぞ技能伝授に招かれた言うとらんかったっけ?」

「うちの倅も行ったなぁ。新しい徒弟しごいてくるわ言うとった。そりゃ、これだけ大量の木材抱えたんなら、素材はたんまりあるで、いくらでも練習できるわな」


 老人の声に、一休みしていた木工技師達が顔を見合わせた。

 確かに、この人工林で間伐した木だけでも相当な数だ。何に必要としているのか見当もつかないが、他にも素材を集めているのなら、グランシャリオ家には技能習得のためのお宝が山と積まれている可能性が高い。


「そか……そか……そう思うたら、なんやな。儂等もちっと足伸ばしてみたいの?」

「まぁ、ダメ元で訪ねてみりゃあエエでな。うちで余っとる木材と、向こうがもっとる木材を交換してもらうんもええやろし」


 自身も休憩にはいり、煙管をとりだしながら老人は首を傾げた。


「しかしまぁ、この袋はええのぅ。仕事の間だけしか貸してもらえんのが残念じゃ」

「『無限袋』かぁ。一級品の魔道具じゃろ。遺跡で見つける以外にゃ、そうそう手に入らんのじゃなかったっけ」

「どうも製作にこぎつけたらしいの。でなけりゃ、土運ぶのやら木材運ぶのやらにこんなの渡したりせんやろ」

「そやな」


 錬金術を使える魔具職人の数が減ったせいか、それとも作成方法が秘匿されていたためか、現在では『無限袋』を作れる職人が激減している。そのせいで一般に普及されず、店に出ても高額になるこの袋は、ある意味富貴の象徴になりつつあった。


「まぁ、下手にワルゴトしてあの家に睨まれたらコトじゃ。爺さんも変な色気出すんやないで」

「せんわい。ちょっと欲しい言うてみただけじゃい」


 ぷかぁ、と煙で輪を作って、老人はふと空を見る。


(そういや、専属を探しとるいう噂も聞いたの。専属になりゃ、一個ぐらい融通してくれるかの?)


 見上げた木々の向こうには、ようやく闇を切り取られた青い空が広がっていた。




●とある木工見習いになった少年A




「素材にはそれぞれの特徴がある。その特徴を知らずにただ木材だからと使用すれば、あっという間に朽ちたり壊れたりするだろう。素材選びは慎重に行え」


「まずは一つずつ丁寧に作業を行え。釘がきちんと入っていないことで壊れることもあるんだぞ!」


「繰り返し同じものを作ることで磨かれる技術というのもある。早ければ良いというわけでは無いから、数だけこなそうと思うな。作った品は買った相手には一生ものの家具になることもあるんだぞ。しっかりやれ!」


「出た屑は別の用途で使える。何一つ無駄にすることなく使うのが、この世界へ感謝をささげるという事だ。自然の恩恵を大事にしろ」


 親方、と呼ばれる職人の元、集められた見習いたちがせっせと家具を作り続ける。

 最初は簡単な作業机や椅子から。

 休憩時間と定められた時間帯に、年端もいかない小さな子供達がやって来て、足元に落ちた切り屑などを掃除して持っていく。そのため、作業場はいつも綺麗に保たれていた。


「これは及第点だな。次のステップに進むといい」


 ようやく満足のいく出来に仕上がった作業机を見て、親方がスタンプカードに合格の印を押す。

 このスタンプカードは最初に配られたもので、合格印が押されて初めて新しい作品に取り掛かることができるようになっていた。


(やった!)


 机を作り始めて三日。ようやく合格をもらえた少年は拳を握りしめた。

 これが押されるまでは、ずっと同じ品を作り続けないといけない。それが嫌で別の作業場に行くものもいるが、作れば作る程自分の腕が確かなものになっていくのを楽しむ者達には好評だった。下手に中途半端な腕で先へ進み、周囲から低評価をくらって立ち行かなくなるよりはよほどマシというものだ。


「同じ系統で、引き取り額が大きいのは栃の木のテーブルだな。これであがる技能は少ないが、どうするね? 別のものにステップアップするかね?」

「んー。皮細工のほうもあるから、次はあっちに戻ろうかな」

「なんじゃ。掛け持ちかい」

「へへー」


 悪びれない笑顔の少年に、親方は笑う。

 これが組合なら破門されるだろうが、グランシャリオ家の事業で行われているこの集まりではそれが無い。それどころか、複数の技術を学ぶことを推奨されていた。

 また、異なるいくつもの組合が集まったようなこの作業所では、異なる職種が一堂に会したことによる思いもよらない効果が生まれている。

 互いに互いの動きが連動したり、支え合ったりするのだ。

 木工組合から出る屑の中には、食べ物や毛皮を燻すのに必要な材料がある。

 毛皮を剥いだあとの肉は調理組合が調理し、その料理は職人たちの胃袋に消える。

 食べ終わった後のものは一所に集められて肥料に変えられ、農地改革が進められている地区や植林地へと送られる。

 裁縫組合でつくられた作業服などは皆の着る服になり、職人が使う道具は鍛冶や彫金、骨細工組合から提供されたものだ。

 ここで作成された品は、この場所でだけでも無駄なく使われている。

 無論、使いきれる量ではなく、質の良い物は商会を通じて民間に販売され、質の落ちる二流品でも別の地区で売られているという。それらは買い取りの形で商会に渡す為、製作者のボーナスになっていた。

 稀に大失敗して使えないものも出来たりするが、それらはまた素材に戻す技師がいて、本当の意味で無駄なゴミは発生しないようになっている。

 そんな環境のせいか、組合間の反発は無く、垣根は低い。

 技術提供として雇われて集まった職人の中にも、新しい技術を身につけだす者が増えているほどだ。いずれ、この場所を出る者のほとんどは、どんな場所どんな職でも一定の成果を出せる者になるだろう。

 ――もっとも、どれもこれも中途半端に齧って投げ出してしまえば終りだが。


「生産好きにはたまらん環境だが、合わんヤツも中にはいるしなぁ」

「計算が出来ればそっちで身を立てるだろうし、商人のほうに向いてるヤツはそっち行ったけどな」

「坊主は生産系か」

「毎日ちまちま上達するのが面白いんだよ。俺が作ったやつを誰かが使ってるって思ったらそれも嬉しいし」

「ははぁ。そりゃ、生産系職人の醍醐味だ」


 わしわしと大きな手で頭を撫でられて、悲鳴をあげながら少年は笑った。


「今日はいいかげん稼いだから、遊びに行ってくるよ。しばらく根を詰めてたから、何も考えずに出来る単純作業とかしたいかも」

「皮剥ぐか、木を木材に変えるか。おまえさんの技量だとまだまだ高級素材は扱えんからなぁ……大量に剥いだり切ったりして素材を体に覚えさせる作業になるぞ」

「それでも体に技術が沁みこむから、馬鹿にできないんだよなぁ」

「それが分かるなら、まぁ見習いとしちゃ上等だ」


 わしわしとまた頭を撫でられて、少年が笑いながら逃げる。

 じゃあ、と外に出ようとした時、小走りに駆けこんできた仕事仲間が作業場全体に聞こえる声で叫んだ。


「大量発注が来たよ! 次に言うやつを建材用の板に変えてくれって! すごい大量に! 手が空いてる人手伝って!」


 作業場に残っていた面々は顔を見合わせる。親方と顔を見合わせた少年も慌てて腕まくりして作業場に戻った。


(それにしても、大量に建材って……どっかで街でも作るのか?)


 かつて新たな救貧院を建てた時以上の発注に、少年は首を傾げた。

 それが海を越えた別大陸で使われることになるなど、彼等に分かるはずも無い。


 グランシャリオ家の事業は、まだまだ始まったばかりだった。



●サリ・ユストゥスとオズワルド・バートン



 森というのは、数十年数百年の時と共に育つ。

 光と水、空気、大地の栄養。自然界の恵みをその身で体現する佇まいは、雄大さと相まってとても美しい。

 そんな森林を壊す行いは褒められたことでは無く、魔族の営みにおいて、余程の事が無い限り大規模伐採は行われなかった。

 理由は簡単だ。

 冬の燃料は木々に頼らずとも泥炭などでも賄えたし、大森林で枯れ枝を集めればそれなりの数になる。

 木工商の作業場には大鋸屑おがくず等が発生する為、それを固めて加工したものも燃料として売られている。

 それになにより――何かしらの道具を動かす燃料は、寝れば回復する個々の魔力を使う者がほとんどで、明かりなども魔法の『明灯ランプ』でとる者が多く、油や薪などの燃料はほぼ使わないのだ。

 木材を必要とする場面は限られ、その結果として、間伐した後の木材だけでほとんどのものが賄えてしまう。

 いや、むしろ、間伐材が余るケースの方が多い。

 なにしろ、燃料として多量に必要ではないということは、売れないということであり、消費されないということなのだから。


「まさか他大陸を消費先にとらえて活性化させようとはな……」


 既存の救貧院を巡り、木工商に声をかけ、余剰材木を適正価格で引き取っていくグランシャリオ家の報告書を手に、サリ・ユストゥスは苦笑した。


「人族にとっては、木材は貴重ですからな」

「……まぁ、そうだが」


 傍らに控えたオズワルド・バートンの声に、サリは自嘲めいた笑みを口元に浮かべる。

 魔王の座について後、まずは餓死者を減らすことを目標に農地改革を進めてきた。耕すべき平野は多く、肥料は溢れるほどの魔力で作れてしまうことから素材を利用した肥料の開発にはほとんど携わらなかった。

 既存魔法よりも簡単で行使しやすい魔法体系の構築。

 魔道具の作成。

 救貧院の充実や相互扶助の精神を根付かせる政策。

 人間の事はよく知っていたが、魔族のことばかりを考えて人間に関わる余裕は全く無かった。別大陸の事となった人間社会のことなど、切り捨てていたと言ってもいい。その結果狭まっていた視野については、今に至るまで気づかなかった。


「生まれたばかりの赤ん坊に示唆されるとはな」

「あの存在は、規格外ですので」


 自身の保持する木工についてもグランシャリオ家に譲渡するよう、管理者への命令書を作成するサリに、オズワルドは控えめにそう告げる。サリは片眉を軽く上げた。


「おまえの目から見ても、そうか」

「……正直に申し上げれば、私の手にも余るかと」


 その一言に、サリは思わず手を止めた。

 体ごと相手を振り返る。

 自分よりも頭一つ背の高い相手は、七百年の時を生きた自分よりも遥かに長命な存在だった。

 かつて神の名を冠され、絶大な力を有する死を司る者。

 第一級神族の一柱――『死神』。

 神族の軛を解き放ち、肉の殻を被って魔族となった今をもってなお、最強たる存在。


「それは、第一級神族すら凌ぐ、ということか」

「第一級神族とは、そもそも、同属の力を持つ者のなかで最も強い者、という意味でしかありません。魔族にとっての魔王、精霊族にとっての精霊王、人族にとっての人王のように。そして、神族の力には差がある」

「……」

「第一級神族であろうと、精霊王よりも弱い個体はいます。当代水神は当代の水の精霊女王より弱いでしょう。――それに今、神族の力は弱まっております」

「……どういうことだ?」

「この世界における本来の神族とは、自我を持つ事象のようなものです。けれど、今その本来の神族の数が減っております。今はもう数えるほどしかいない有様なのです。私然り、かつて居た運命の神然り、時空神然り……」

「……」

「……かつて信仰毎に同属の神族が発生し、淘汰することにより力を増し、第一級神族の座についた者が、ほとんどでしょう。ですが、それらの神族では、本来持ちうるべき権能は……広いかわりにあまりにも浅い」

「……」

「弱いのです。今の神族は。存在そのものが、かつてあったようには在れない」

「……端的に言えば、器用貧乏のようなものか」

「はい。故に同属内での淘汰も加速し、それは同じ力を持つ者にも向けられる」


 オズワルドの声に、サリはふと思い出した言葉に表情を険しくさせる。「では」と呟く声は、低い。


「神族が、レディオンを殺そうとしたのは、それに関わりがあるのか」

「……」


 オズワルドは答えない。

 ただ、逡巡するように僅かにその瞳が揺れた。

 その様子だけで、長年共にあったサリにはある一定の予測が成り立つ。


「レディオンの魔法は、異常だ」

「……はい」

「あの時手を伸ばしてきたのは時空の力を有する神族だったか。……確かに、レディオンには時空魔法の才がある。だが、時渡りの魔法には、本来、あるべき運命を(・・・・・・・)改変する力は無い(・・・・・・・・)


 サリは思い出す。レディオンと共に創りあげた魔法書・・・を。

 ――子供の姿のまま成長を止めてしまった魔族を成長させる為の魔法――

 だが、本来の時渡りの魔法では、永遠に時を止めてしまっている者を成長させることは出来ない。

 ――なのに。


「レディオンが構築し、魔法書にしたためた魔法では――僅かずつではあるが、成長が促された」

「……」

「魔法を介し、レディオンが運命を変えたのだと俺は見た。あの時、ベッカー家の運命を変えたように」

「……」

「オズワルド。一つだけ答えてくれ。――レディオンの中にあるあの力は、おまえ達の持つ力と同質か」


 オズワルドは数秒押し黙る。

 そうして、静かな声で「はい」と答えた。



「レディオン・グランシャリオは魔族でありながら、複数の権能を持つ者。第一級神族の位階に到達することの出来る神域領域を有する――“神喰らい”です」




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