3 アヴァンツァーレ家
俺達の乗った馬車が家に近づくと、家の前に黒い人影が飛び出し、綺麗に揃った動作で一列になって頭を下げた。
「お帰りなさいませ! レディオン様!!」
まさに異口同音。素晴らしく揃った声である。
並んでいるのは、揃いの黒服を着た男五名だった。どの服も全て燕尾服だが、僅かずつ仕立てが違う。一番上等な燕尾服が執事で、他四名は従僕だ。年齢は二十代から五十代まで様々だが、それぞれに特徴ある整った顔立ちをしている。特徴の無いポムが可哀そうになるが、この中で一番強くて役立つのはポムである。なにしろ、現魔王もその万能ぶりに驚いていたからな。
「ご苦労」
俺は居並ぶ一同に声をかける。
彼等はグランシャリオ家の配下だ。一際立派な燕尾服を着ている男は、ポムの同僚であり、執事の中でも内務系特化のノア・アルコルだ。大人しい寡黙な男で、家令であるノーランを手伝っている姿はたまに見かけるものの、これまでは面と向かって話をしたことがほとんど無い。こうして礼儀正しく接してはくれるものの、必要以上に俺に近寄ろうとしない男でもあった。……ちょっと寂しいものである。
その他の四名は、ポムが貿易拠点構築時に父様に言われて引き連れていたメンバーだ。元々この地で動いていた出稼ぎ部隊であり、今はノアの部下になっている。
「留守中、異変はあったか?」
「いえ、ございません。ただ、レディオン様にお客様がおいでになっています」
「……そのようだな」
頭を下げたままのノアに楽にするよう命じながら、俺は家の方へと視線を向けた。家の中でドタバタと音がするのだ。アヴァンツァーレ家の者だろうが、どうも慌ただしい輩のようだ。
「それで、どのような客――」
「うわぁ!?」
視線をノアに向けて声をかけかけた時、家の戸口で悲鳴があがった。見ると、ちょうど足をもつれさせたらしい少年が吹っ飛ぶようにして倒れかかったところだった。
――俺の方に。
「!」
一瞬、執事達が動いた。俺に向かう者を排除しようとしたのだ。だがそれを俺の手が制する。最も素早かったノアは、俺の意図を察したポムがあっさり押しとどめていた。
「ポム!」
「駄目ですよ、ノア。危険の無い事に関しましては、坊ちゃんの意向が優先されます」
ポムの速度が尋常では無いが、いつも通りなので気にしない。それよりも問題なのは、吹っ飛んできた少年の方だ。
おそらく、十五・六ぐらいだろう。古いが仕立ての良い服を着ている。動作を見ていたから分かったが、別にわざとぶつかりに来たわけではなさそうだった。足に力が入っていない為、自分の足に躓いた挙句、もんどりうつようにして倒れ込んできたのだ。俺がいたから倒れずにすんだが、かわりに俺に抱きついているような恰好である。
……男に抱きつかれても嬉しくないんだがな。
「――で、こちらが、件の客か?」
「はっ。アヴァンツァーレ家当主、ジルベルト様と伺っております」
礼儀正しく俺に報告しながら、ノアはいつ排除しようかとジルベルトとやらを睨んでいる。
それにしても、当主――どう見ても子供なのだが、アヴァンツァーレ家は子供に当主をさせているのだろうか?
――む。ポムよ。何故そこでわざわざ俺に意味深な眼差しを向けてくるのだ。何が言いたいのか知らないが、俺は何も問うたりしないぞ。
俺とノアの会話に、倒れかけたジルベルトも混乱からの回復と、自身の状況に気付いたのだろう、物凄い勢いで俺から身を離して背筋を伸ばした。
「し、失礼をいたしました!!」
そして俺を見て、ポカンと棒立ちになった。――と思ったら、その場にへたりこんだ。
「……おい」
声をかけるが、返事は無い。ただただ座り込んだままぽけっと俺を見上げている。目はあっているから気絶したわけでは無さそうだが、人の顔を見るなり腰を抜かすとか、地味に俺の心を抉ってくれる奴である。
「何事だ」
俺は事情を説明してくれそうな相手を探して目線をあげた。
家の戸口で見知らぬ初老の男が、ジルベルトと同じように腰を抜かして俺を眺めている。最初に街を訪れた時といい、どうも人族にとって俺の人相は非常に恐ろしいもののようだ。わりと切ないものがあるが、友好な関係を築くためには顔を隠して生きないといけないか……あ、涙が。
「はいはい、フード被し直しますよ。そちらのアヴァンツァーレ家の方々も、正気に戻っていただけますかね?」
抱きつかれた時に外れていたフードを被せ直し、ポムがパンパンと両手を叩いて二人の意識を自分に向けさせる。我に返った二人が見る頃には、もちろん俺はしっかりとフードで顔を隠しているとも。……泣いてなんか、いないとも。
「し、し、ひ、ひつれぃ、いたしまして!」
色々間違ってそうな台詞を言いつつ、真っ赤になったジルベルトが声を張り上げる。ひっくりかえった声音からも、失態を恥じている気持ちが伝わってきた。そのまま地面に頭を叩きつける勢いで頭を下げたのを見て、俺は嘆息をついた。
――赦すとも。赦さずをえないとも。
俺の視線は、ジルベルトの後頭部にくぎ付けだ。
「詫びる必要は無い。怪我が無いようなら、なによりだ」
そうして、直立の状態で俺の指示を待っているノアに向かって言う。
「客人をおもてなししろ。ずいぶんと疲れている様子だ。まず、湯殿に案内してやるといい。着替えはこちらで用意しよう。入浴中に食事の用意を整えろ」
「は――、はいっ」
一瞬、何を言われたのか分からなかったらしいが、ノアはすぐに返事をして動作に移る。個人的な疑問よりも命令を重視する、いい部下だ。
「テール達はどうする?」
「私達もご一緒してよろしいのでしたら、是非に」
俺の態度に興味を示したらしく、テール達が同席を申し込んできた。人族に関わらない方針はどうしたのだろうか。フラムが物凄まじく嫌そうな顔をしているが、もう諦めるしかないだろう。すまんな、フラム。
「では、アヴァンツァーレの方々はこちらへ。湯殿に案内いたしましょう」
「は? へ?」
ポムの声に、頭を下げた時の姿勢のまま、ジルベルトは狼狽える。おどおどと俺を見て来たので、俺は淡々と告げてやった。
「急ぎの用事なら、今聞こう。そうでないのなら、寛いでいかれるといい。しばらくまともな休息をとっていないと見受けられる。風呂にも入っていない様子だが、俺は不衛生な者は嫌いでな。込み入った話があるのなら、我が歓待を受けるがいい。それで、時間はあるのか、無いのか、どちらだ?」
「あ、あります」
「よし」
一つ頷き、俺は目線でポムに合図をする。心得たポムがさっさとジルベルトとお付の者らしい初老の男を抱えて行くのを、俺はとても優しい眼差しで見送ってやった。
ラ・メールがこそこそ俺の隣に来て声をひそめる。
「どういうこと?」
「別に。俺はああいう連中には寛大な質でな」
「?」
ラ・メール達は首を傾げているが、説明はするまい。
そう、俺は寛大なのだ。なにしろ、見てしまったのだから。――ジルベルトの後頭部に存在する、悲しい円形状の空白地帯を。
「滋養のある最上級の料理を用意してやるがいい。土産には新作のポーションをもたせるよう、取り計らえ。よいな」
「ははッ!」
俺の声に部下一同は深く頭を下げ、アヴァンツァーレ一行は支所最上級のもてなしを受ける事になったのだった。
●
ジルベルト達が我が支部自慢の湯殿に行っている間に、俺達はポムからこの近辺の状況について説明を受けた。
港街ロルカンを含むこの付近一帯は、タッデオ地方という。ラザネイト大陸の北西に位置し、土地だけは広いが、荒野の多い不毛地帯だ。
領地をもつ貴族は三家存在し、一つがこの付近を治めるアヴァンツァーレ。
もう二つは北に位置するコンスタンティナ家とパトリツィア家だ。
アヴァンツァーレ家は国の西の端であると同時、南の端にある領地でもある。そのため、アヴァンツァーレの南と東には、隣国と接する国境街がそれぞれあった。
この付近が所属する国の名前は、カルロッタ。
国境街で隔てている隣国の名前はアルナルド。
二国は百数十年前に戦争をやめて以降、互いに不干渉を貫いている。理由は、魔物の活発化だ。
戦争をしている途中から目に見えて魔物の数が増え始め、とてもではないが人同士で争っている場合では無くなったらしい。戦争をやめたことで爆発的な増加はやんだが、一度増えた魔物の数を減らすことは出来なかった。過去何度も討伐隊が結成され、幾多の戦果をあげてきたが、激減させることも、恒久的な平和を得る事も出来なかった。
しかも、また近年魔物の数は増加し初め、それは大地の精霊王であるテールが危惧する程の数になってきたという。
「魔物の増加は、正直今に始まったことでは無いのですが……確かに隣国に比べて、この国――というより、アヴァンツァーレ近辺におけるここ数年の魔物増加数はちょっと異常なんですよね。今日の討伐でも、ワラワラ出てきたでしょう? 森の奥深くや山奥まで遠征したからこそでもありますが、これが隣国なら出現数は半分ぐらいです」
「……半分?」
「はい。異常でしょう?」
「……確かにな」
ポムの説明に、俺は眉を顰めつつ頷いた。
やたらと多いとは思っていたが、異常事態だったのか。誰も何も言わないから、人族の大陸はこれほどに出現率がアップしていたのか、と認識してしまっていたぞ。ポムも、こういうことはもっと早く説明して欲しいものだ。あと、テールも。
「説明に戻ります。まず、港街ロルカン、そして南部と東部にある国境の街は、隣国との戦闘が活発だった頃に造られた街で、外壁が立派だったりするのはそのあたりに由来します。アヴァンツァーレ家は、当時、英雄的活躍をした騎士を排出した家で、そのことを喜ばれた王家から様々な恩恵を受けた名家でもありました。ここ数年、ちょっとどころでなく落ち度なのですが、きな臭い不幸続きなのが原因です」
「お家騒動か」
「まぁ、そうですね。貴族にはよくある話です」
鼻を鳴らしたフラムに、ポムが神妙な顔をつくって頷いてみせる。
ポムの説明によると、こうだ。
アヴァンツァーレ家は、国境街二つと港街からあがってくる税収で、領土がほとんど荒地でありながらも地方貴族としては裕福な家だった。
戦争がなくなったことで国からの援助は年々細まったものの、財政を逼迫するほとでは無い。だが、増加したままの魔物を討伐する為に奔走することになっていたのが、真綿で首を絞めるようにアヴァンツァーレ家の力を奪って行った。
戦いをする為には、兵士がいる。兵士がいるということは、それを雇うための賃金がいる。
だが、魔物を倒したところで、それに見合うだけの報酬は誰からも与えられない。
冒険者組合が『金銭を払う』魔物は、その種類が決められている。せめて代々の領主が魔物の死骸を素材として有効利用することを思いついていたり、組合と共闘して活路を見出そうとしていれば話が違っていたのだろうが、彼等は『貴族の務め』として討伐を行い、魔物を屠り、兵士を養い――そうして、財産を減らしていった。
だが、それでもアヴァンツァーレ家はまだ裕福な方だった。なにしろ、港街も国境街も人の出入りがある。街に入る者達から税が入るのだから、この流れが途切れない限りは餓える事が無かったのだ。
それが覆ったのが、三代前の領主の時代。およそ五十年ほど前のことだという。
当時の領主は商才こそ無かったが、かわりに商人が行き来しやすいように道路を整えたりと、常に心を砕いていた。
北の方への道は整備が出来ていないが、二つの国境へ続く道は石畳舗装をされている。人族にとってはなかなかの大事業で、投資金は相当な額に登ったが、国境からの行き来が活発になれば充分取り返せる額でもあった。
だが、そうはならなかった。
南の国境街で、伝染病が発生したのである。
「その伝染病で、街の半数が死に絶えました。無論、隣国から街を行き来する者も激減しました。それどころか、伝染病が発生した当時、緊急事態だと領主が自ら視察に赴き、感染して帰らぬ人になったのです」
「……は? 待て。領主が自ら、見に行った、と?」
「はい」
俺は呆気にとられてポムの顔を見つめてしまった。
伝染病が発生する。これは理解できる。なにしろ、「まだ衛生的な方」と言われるこの港街ですらひどい有様だ。むしろ、人族の街で伝染病が発生してなかったら俺は「神々の贔屓か!」と思ったほどだろう。伝染病は当然の結果であり、防ぐ手立てをしてなかった人族が悪いのだ。
だが、領主がわざわざ伝染病の蔓延する街に出向いた――これが、分からない。
近づいてはいけないのだ。自衛手段をもたない者は。正しい知識をもつ者が行くのはわかる。だが――
「一つ聞くが、領主は医術を修めていたとか、病魔を克服する術をもっていた神官だったとかか?」
「いえ。普通の人間だったそうです。魔法の才能も、普通ぐらいですね。特別な訓練もしてなかったようですし、初歩の魔法が唱えられれば御の字ぐらいじゃないですかね」
俺は頭を抱えた。そんな状態で行けば、それは感染して死ぬだろう。望んで自殺しに行ったとしか思えない。
「まだ調べている途中ですが、どうも内部の人間が領主を動かしたらしい痕跡がありました。もう少し血筋を辿って記憶を読み取れば黒幕もハッキリするでしょう。現在、引き続き捜索をさせていますので、続報をお待ちください」
お、おぅ。これもお家騒動の一部だったのか。伝染病を利用するとか、人族はエグイな……
「さて、アヴァンツァーレの不幸はまだ続きます。領主が病死。有効打を打てる者がいなくなりまして、伝染病の拡散が始まりました。南の国境の街から発生し、北上、東にも広がり、東の国境街もこれまた大感染。先に逃げていた者はかろうじて助かりましたが、残っていた者はほぼ全員死亡したそうです。これで、アヴァンツァーレは二つの国境街を失ったに等しい状態になります。港街にも伝染病がひろまりかけましたが、事態を重く見た国王の措置で医療団と魔法部隊が派遣され、収束。死の領地と化すことは免れました」
だが、それですべてが終わったわけではない。むしろ、受難は始まったばかりだ。
まず死の街と化した国境街二つは、かつての賑わいを取り戻すのに二十年近くかかった。伝染病の流行った街など、誰もが忌避したいところだ。国境を越えなくてはならない者が嫌々門をくぐる程度で、街に滞在する者はおろか、よほどのことがない限りよりつこうとする者がいなくなった。
税収は減り、それどころか、生活がなりたたなくなった民への救済に財産を使うことになる。そんな状況が続けば、財政などすぐさま破綻する。港街が無かったら、アヴァンツァーレはその時点で潰えていただろう。
だが、ギリギリ持った。そうしてじわじわと街を復興させ、現在の形にまでこぎつけたのだ。勿論、余分な場所にお金を回す余裕などないから、ロルカンの壁や道路はおろか、自分の家屋敷の補修も後回しになっている。
「で、これだけでも相当なんですが、ようやく持ち直し始めたとたん、また受難が発生しました」
「またか」
「はい。それが先代領主の時代で、先程会ったジルベルトさんのお父さんですね。事故で死にました。ジルベルトさんは当時十一才。人族の成人は十四歳ですので、すぐに領主を引き継ぐということが出来ませんでした。三年間、後見人という名目で親族がやってきてやりたい放題。家財持ち出し放題。二年前、十四歳を迎えてジルベルトさんが領主の座を継いだときには、財産らしいものは残っておらず、国境街の権利も奪われ、借金だけは押しつけられて現在に至ります」
「……うわぁ」
思わず声が出た。テール達が一斉に俺を見たが、俺はそれどころじゃない。
というか、ジルベルトが予想以上に不憫すぎて、無反応とかとてもじゃないが無理だった。しかも、十一歳で父親を失って家督を継ぐとか、どこか身に覚えのある状況だ。
「それでもまぁ、どうにか二年、領主を続けているのが、あのジルベルトさんというわけです」
ポムがそう締めくくる声を、どこか遠く感じた。
――『俺』は、十歳になる前だった。
借金があったり、財産が持ち出されて消えていたりということは無かった。だが、有能な部下をかなり喪っていた。
同じでは無い。
――だが、共感を覚えてしまうのは、どうしようもない。
本当ならまだ庇護を受けるはずの年齢で、頼るべき者を喪い、重荷を背負い、それを他に見せずに立つ辛さを俺はまだ覚えている。その経験をもって、魔王の座にも就いた。より多くの者を導くために。
「頑張った子供は報われるべきだわね」
ラ・メールが鼻息荒い。子供好きな彼女からすれば当然だろう。ジルベルトはもう成人しているが、まだ十六だ。それに、彼女からすれば子供時代に苦労したのだから、今報われてしかるべきだという思いだろう。やたらと熱い眼差しを俺に向けてくる。
「どうもこの付近にやたらと変異種――おっと、魔物でしたな。魔物が多いと思っていましたが……諸説あるうちの一つ、不幸な出来事があった場所に高濃度魔素が沸きやすいというのが、少しばかり真実味を帯びてまいりましたな。大地の守護者としては、これを見過ごすのは悪手というもの。いやはや、困ったものだのぅ」
テールがチラッチラッとこちらを見ながら言う。
わざとらしい。ものすごくわざとらしいぞ。そしてさっきから、フラムが物凄まじい目でお前達を見ているぞ。
「ジルベルトさんの手腕は、まぁあまり芳しくはありませんね。ぶっちゃけ、下手です。気力や体力ももう尽きかけといったところですね。そろそろ体を壊して寿命も大幅に縮まる頃でしょう。もって五年。その死と同時に、主家も消滅。あとは親族同士で骨肉の争いが始まる形で領そのものも終焉を迎えるでしょう」
ポムが淡々と酷い未来を予測する。
ともあれ、その予測は正しいだろう。なにしろ、俺の前世に『アヴァンツァーレ』なんて家は存在しなかったのだから。
「消滅間近か」
「ええ。あのままでは遠からず。とはいえ、あの年であの状況、相当頑張っているのは確かです。自分の家の遺された家財を売り払いながらギリギリの数の家臣で動かし、賃金を払い続け、寝食を惜しんで働いて――結果、フラフラになった挙句、大事な場面でも躓いて坊ちゃんに激突するような状況に陥った、と。不憫ですねぇ」
ポムは俺をじっと見つめたままで言う。怖い。そして珍しい。こいつがこんな風にわざとらしさを前面に出してまで俺を炊きつけようとするなんて。
「ポム」
「はい」
「気に入ったのか、あいつのこと」
「ええ、まぁ」
素直だ。
「それに、丁度いいんですよね。まさに運命。渡りに船。組合でちょっかいかけてきたのって、件の親戚かもしれませんし、こちらもどうせなら家名を頼りにするようなオッサンより、がんばってる美少年を応援したいというものでしょう。ね? 麗しく聡明で慈悲深い水の精霊女王様」
「ええ、そうね! ついでにあの男を懲らしめてやれたら気分いいわね!」
うわ。こいつ、あからさまにラ・メールを引き込みやがった。そして、ラ・メール。すこぶるチョロい。
しかし、ここでそんな風にあからさまに誘うのは悪手だ。なぜなら――
「貴様等……精霊王として、安易な選択をするのはやめるがいい」
規則の番人。もとい、番犬。巨大な炎の狼になる厳格なマッスルボンバーが、文字通り目を赤々と光らせているのだから。
「人族同士の争いに、我ら精霊が手を貸すことはまかりならん。貴様も精霊王の讃名を冠するものであるなら、自らの行いに対する種族への責任を忘れたわけではあるまい! まして、ことは人族の国の存亡にも関わるのだぞ!?」
フラムの正論に、テールとラ・メールが居心地悪そうな目配せをしあう。
だが、精霊として正しいだろうフラムに声をかけたのは、二人では無かった。
「フラム。強く言わずとも、二人とて分かっているはずだ。人族の争いに、精霊王達が関わるのは確かに薦められない。相手が勇者であるならともかく、唯人に対してアストラル・サイドの者が力を貸すのは、後の世界に歪みを与える可能性がある」
俺の言葉にフラムは大きく頷いた。
―伝説に曰く―
精霊の加護をうけし者は、滅亡をも覆し、強国を築き上げる。
ただし、興りし国は次代へ引き継がれず、ただ一代をもって滅び去る。
後には言い伝えのみが残り、栄えし文明の全ては塵と消え去る。
かつてとある英雄が興した国と、それに纏わる幾多の伝承により判明した現象だ。
一度であれば、そのような事例もあったと忌避する程度だろう。
だが、この事例は、三つの国で発生した。つまり、三度、起こったのだ。
こうなると、最早それは『禁忌』だ。
例えどれほどの精霊が手を貸そうと、一度滅びの定めを負った国を救うことは出来ない。出来るのは、滅びの時期を後ろにズラすだけ。――そしてその結果、滅びの運命は当初のそれよりも遥かに上回る範囲に拡大され、国は跡形もなく消滅する。最初の状況で滅んでいれば、せめて何かしら後世に残るものがあったというのに、だ。
唯一の例外は、手を携える対象が特殊な存在である時だ。
人族にあっては、勇者。
魔族にあっては、魔王。
ある一定以上の力を持ち、運命を変える力を自らの裡に持つ者だけは、精霊の力を借りることで十全たる能力を発揮し、周囲の救済が可能となる。東の果てに千年王国を築き上げた勇者や、地底に幻獣帝国を築き上げた魔王など、これの事例は過去においても枚挙に暇がない。
精霊魔法などが例外視されるのは、効果も効果範囲も限られているからだろう。もっとも、その精霊魔法ですら、御しきれない力を使おうとすれば自滅するのだから、過ぎた力を与えられた末路は滅亡以外には無いということなのかもしれない。
「じゃあ、レディオンは放っておくの?」
「いや、利用させてもらう。俺のやり方でな」
どこか不貞腐れたように言うラ・メールに、俺は薄く笑った。
「俺であれば、問題はあるまい。魔族が人族の営みに関与したとしても、禁忌にはあたらない。せいぜい、その結果が後の世にどうこうと取りざたされる程度だ」
テールが頷き、ラ・メールが目を輝かせた。フラムは呆れたようなため息をついている。
「どのみちこの地で動く以上、アヴァンツァーレとはつきあっていくことになる。誰と組み、誰と対立するか。それは全て、相手次第だ。……出方を見ようではないか。まだ俺達は、直接会話すらしていない。そして、あの者が信頼に値する者であったなら――」
俺はジルベルトの姿を思い出す。
ボロボロになりつつも、懸命に己の職務を果たそうとしていた者を。
その、辛い日々の為に負ってしまった円形の不毛地帯を。
「貸そうでは無いか。いずれ百九代目を継ぐことになる、魔王の力を」




