2 冒険者生活 其の二
港街ロルカンは、古びた石の外壁をもつこぢんまりとした街だった。
西側に港を持つこの街は、西以外の全てを壁で囲われている。道も石畳で整備されている為、ぬかるみに足をとられることはない。割れや欠けが多いが、それは外壁も同じだ。作られてから数百年は経っているのだろうが、まともな補修が行われていないらしい。所々モルタルで固められているが、それすらもはがれかけていた。
かつて栄華を誇り、けれど時代と共に地力を失った街――それがロルカンだ。
辺境の港街でありながら外壁を持っているのは、この街が領主街でもあるためだろう。港から離れ、民家の立ち並ぶ場所からも離れた場所に、一際立派な屋敷が一つ、建っている。蔦の絡まった、これまた古びた館だ。あちらもずいぶんと補修が必要そうに見えるが、この近辺のどの家よりも頑丈そうだ。この街での仮拠点を購入しようと俺が言い出した時、ポムが「じゃあ領主の館でも奪いますか。あれぐらいしか坊ちゃんが住めそうな場所ありませんよ」とか言っていたのを思い出させる。……奴の声はマジだった。冗談ですよとか言っていたが、俺は信じない。奴はやらなくてもいいことは大真面目にヤる奴なのだ。
屋敷はともかく、壊れてはいるものの石畳の道は有難かった。
排水路としては微妙なラインだが、道の両脇には引き込まれた海水の流れる深めの側溝もある。汚れも何もかも、側溝を通して海に流してしまう構造だ。
もっとも、汚水処理に関しては魔族の街程整っていない。そのため、街に入ると途端に汚物の匂いを含む強い臭気が漂ってきた。海からの風のせいで多少は吹き飛ばされているが、風のない時に滞在するのは躊躇われるレベルだ。
……人間の街って、ここまで生活レベルが低かったのか……
耐え難い悪臭に難儀しながら、俺は馬車に乗ったまま門をくぐる。
街に入るための税は一人につき一銅貨。ポム曰く冒険者価格なのだそうだ。
商人は五銅貨から一銀貨らしい。魔族だと街に入る税とか設定しないから、人間の設定する税額がいまいちよく分からない。ここでお金とる意味ってなんだろう?
「領民以外に対する税ですね。行路整備や警備にあてられるのがほとんどです。ロルカンの金額設定はかなり安い部類ですよ。領民は、ほら、あの木札で証明して出入りしているんですよ」
ポムに言われて視線を向けると、確かに農夫らしい男が服の中から札を取り出して門兵に見せていた。あの木札が身分証明書なのだろう。
「どこの村の誰の子の誰それ、という文が書かれています。裏に村長の証明として焼き印。詰所で証明を確認して、確認がとれた者から許可が下りています」
「俺達の場合、冒険者組合のカードが証明書か」
「そうです。無いと『流民』とか、『旅人』として扱われますね。税額は高めに設定されていて、街に入るのを拒否されることもあります」
「……何故だ?」
「治安が悪化するからですよ。職があって人が足りない時ならともかく、働く場所も無いのにお金をもってない人をどんどん入れたら、浮浪者が増えるでしょう? 旅人なら通り過ぎるだけだからいいですけど、流民だとその街に留まったままになっちゃいますからね」
けろっとして言ったポムに、俺は眉をひそめる。
セラド大陸ほどではないとはいえ、この大陸も変異種がよくうろついているはずだ。街に入れないまま襲われたらどうするつもりなのだろうか?
「そのあたりは不幸な事故として処理されて終わりでしょうね」
「……そうか」
人族は、貧しい者や弱い者に厳しい。
それほど深く交わることのなかった前世でも、その程度のことはすぐに見て取れた。あれらの不幸も全て俺達魔族のせいにされたが、どう考えても人間社会の自業自得な気しかしない。
……とはいえ、街に入れない弱者がいるという現実は、あまり気分が良くないが。
「まぁ、このロルカンだと追い払ったり追い出したりというのは少ないんですけどね。指名手配犯とか、名が轟いている悪人以外は受け入れてますし」
「ほぅ」
「それが良いことかどうか。坊ちゃんもいずれ大家の主として立つ身ですから、いろいろ見て考えるといいでしょう」
宿題ですよ、と言いたげなポムに俺は苦笑した。
いろいろ見ろと言われたロルカンの街は、前世で大都市を見慣れた俺にはやはり小さく手狭なように感じられた。
ロルカンの街の道は狭く、三階建て以上の建物が多い。これは、街が外壁に覆われていることと関係があった。
外壁に囲まれているということは、その内側に建物が密集するということだ。弱めの魔物や野生動物の脅威から守ってくれる外壁は、人型種最弱である人族にとって非常に価値がある。安全を求め、壁の中に人口が密集するのは自然のことだ。
増える人口に対応する為、建物は上へ上へ積み上がり、地価は高騰し、人や者が溢れて道は狭くなり、道路は混む。
せっかく発展していこうとしているのだから、古い外壁の向こうに更なる頑丈な壁を築き上げ、より多くの民を取り込んで街を整備し、発展を促せばいいものを……何故かこの街はそれをしようとしなかったらしい。人足は募集をかければ集まるだろうから、資金が無かったかそのあたりが理由だろう。勿体ないことこのうえないな。
結果、下手をすると外壁の高さに迫る高層建築物が、互いを支え合うかのように密集する街が出来上がった。二階以下は店舗が多く、三階以上が民家だ。
そして――ここからが俺にとって非常に耐え難いのだが――人族の街にはトイレが無い。
そう、トイレが無いのだ!!
排泄物は汚物壺に入れて、外の側溝へポイである。
汚い! 人族の街、汚い!!
よく伝染病で全滅しなかったな!?
衛生管理の無さに俺は泣き叫びそうになったぞ!
まだ土に馴染む分、村とかのほうが衛生的な気がする。あちらは埋めたり畑に撒いたりするから、土中の微細な生物によって分解され、ここまでの悪臭は発生しないのだ。しかも人数が圧倒的に違う。数十人の排泄物だって処理しきれなければとんでもないことになるのに、それが百人以上の町、千人単位の街なのだ。
そうすると、どうなるか。
――この街の悪臭が全ての答えになるだろう。
……俺は今、今生で最大級の攻撃を受けている……
はっきり言おう。今生最大のピンチだと。正直、十万の軍隊を相手にするよりこの街の真ん中に一日立っているほうが辛い。
……俺はなんで、存在してるだけで苦痛を感じる街に出入りすることを決めてしまったのだろうか……
俺としては目を疑うレベルなのだが、人族にとってこれは普通のことらしい。
トイレという文化が存在しないのだ。毎日発生する排泄物の処理方法がきちんと伝わってないのだ。
下水道の整備が出来ていないのは仕方ないにしても、せめてトイレ程度の知識はあって欲しかった!
道の両端にある側溝には、絶えず風車で組み上げられた海水が流れており、それらは水車と反対側の港の端へ流れ出る形になっている。ある意味、街をまるごと使った水洗だ。せめて土中に隠すとかしてほしかったが、そんな知識も無いらしい。人族の羞恥心は何処へ!?
テールなどは「ここ数百年、このあたりの文明は全く発達しとりませんな」などとのんきに言っていたが、もともとが精神生命体である彼等には『排泄』という行為がそもそも無いから、これがどれほど汚いものなのか分からないのだろう。
聞いた話、ロルカンはまだこれでも衛生的な街であるらしい。テールが知る大都市の中には、窓の外から排泄物をポイするものもあるらしい。辛い。怖い。そんな国に行ったら、俺は死んでしまうかもしれない。
……人族の文明レベルの低さに愕然だ。
前世では、こうやって人族の街をのんびり移動することがほぼ無かった。そのため、彼らの生活をつぶさに眺めることが無かったのだが……知ってたら、その時点で破壊衝動にかられていたかもしれない。何が幸いするか分からないな……
ちなみに、我がグランシャリオ家が購入した倉庫と家屋は港の外れにある。やや高台になっている場所で、件の風車のすぐ横だ。
古く大型の風車はギィギィと騒音も凄まじく、港外れかつ町外れであることから、民家密集地からも離れている。
店としては凄まじく『ハズレ』の土地だろう。だが、うちの連中がその場所を購入したのも分かるというものだ。例え一等地であっても、あんな臭くて不衛生な場所に住むなど御免こうむる。
倉庫は頑丈さだけが取柄の一階建て。荷物を積み上げる為用に高さだけはかなりある。
家屋は三階建ての円筒型。どうやら、大風車のなれの果てらしい。現在使われている風車は二代目で、かつて使われていた初代の風車が朽ちてしまい、あまりの大きさから復旧も出来なかった為に放置されていたのを購入したのだそうだ。おかげでお値段控えめで大きくて丈夫。良い買い物をしたようだ。褒めてやらなくてはいけないな!
「どうせ改築するんですから、大きさと頑丈さ、あとはアメニティを追求できるものがいいと思いましたからね!」
というのが、実際に購入を決めた男の言葉だ。誰かと言うと、ポムである。グッジョブ!!
ちなみに、外装以外の改築はまだ行われていない。というのも、倉庫の方に手一杯だったからだ。
倉庫は高さだけはあったので、外を補強しつつ二階建てに変え、一階を倉庫兼簡易店舗。二階を住居部分にしたらしい。勿論、炊事場と風呂と完全水洗化されたトイレ付きである。嗚呼! これぞ、人並みの生活……!! 俺達魔族にとっての最低限の生活とは、風呂とトイレと台所とベッドが揃ってこそだ。
なお、冒険者組合は街に入って少し進んだ所にある。人口密集地からは遠いが、それでも悪臭は酷い。俺の顔から表情が完全に抜け落ちてしまっていたとしても、仕方なしとご理解いただけるだろう。臭い。辛い。臭い。辛い。俺はこんなところで忍耐力を鍛えられるとは思わなかったよ……
馬車を降り、遠巻きに俺達を見ている人間達にため息をつきながら、俺は本日二度目の訪問となる冒険者組合へと足を向けた。荷物は持たない。というか、持たせてくれない。俺はナイフとフォークと魔導書以上に重いものは持ってはいけないのだ。剣は何故かノーカウントだが。
俺の剣は、ナイフより軽いの……?
「坊ちゃん。足元に気を付けてくださいね」
大荷物を軽々と抱えたポムが俺に言う。
おうとも。糞尿を踏んではかなわんからな!
鷹揚に頷き、俺は颯爽と組合の中に入って行った。
●
冒険者組合、二階、応接室。
精一杯整えました、と言わんばかりのソファに座り、俺達は支部長という立場の男と向かい合う。
「流石は英雄テール様と、そのお仲間の方々。この短期間の間に周辺の魔物を一掃してしまうとは……我らロルカンの一同、心よりお礼申し上げます」
今にも揉み手しそうな支部長は、五十代の小太りの男だった。その視線が向かう先にはテールがいる。
実際のところ、うちのパーティは『次期魔王と愉快な仲間達』なのだが、何も知らない人族にとっては『英雄テールとその連れ』でしかない。
なにしろ、テールはSSSランクの冒険者で、俺を含むそれ以外は全員最低ランクのFだ。これだけで察しろというのは酷な話だろう。
――だからフラムよ、その不機嫌そうなオーラは引っ込めような? 俺が怖いから!
ちなみに、俺達のチームは現在十二名だ。そのうちの一名は未来予定だが、ちゃっかりと結成時から名前を入れてある。なにしろ俺の副官になる男だからな。ルカよ。しっかりと育つんだぞ! 今はまだ「れでぃお」ぐらいしか喋らないけど!
チーム名はアステリズム。名付け親は現魔王である。豪華な名付け親もいたものだ。
その『アステリズム』の主力メンバーを簡単に記すと、こんな感じだ。
俺…剣士。パーティーリーダー。正体:『次期魔王』。
テール…英雄。副リーダー。正体:『大地の精霊王』。
フラム…戦士。正体:『炎の精霊王』。
ラ・メール…神官。正体:『水の精霊王』
ポム…執事。正体:謎。
サリ・ユストゥス…剣士。正体:『当代魔王』。
オズワルド・バートン…執事。正体:『死神』。
アロガン・グランシャリオ…剣士。正体:『雷帝』。
アルモニー・グランシャリオ…神官。正体:『女帝』。
……あれ……なんだか、今すぐに神族に喧嘩売れそうなメンバーが揃ってる……
いやいや、すくなくとも精霊王は対神族戦争には加担しないだろう。一瞬、一狩り行こうぜ! とか言いそうになった。危ない危ない!
しれっと現魔王と死神が混じっているが、これは俺が二人に人族の大陸で冒険者をやってみるつもりだと言ったせいだった。何故か話に食いついて来たのだ。ものは試しと誘ったら速攻で仲間になった。結成当初から最強のメンバーが揃ってるとか、うちのパーティーはどうなっているのだろうか……
ちなみに父様の『雷帝』と母様の『女帝』は、あの決闘騒動以降に周りからつけられた呼び名だ。俺とサリは『王』なのに、何故うちの両親は『帝』なのだろう? 民間の名付けはよく分からないな。
そしてオズワルドよ……何故、ポムと同じレベルの自称職業なのだ……もしかすると彼等にとって、執事がブームなのだろうか。そして全員、魔法のエキスパートのくせに、魔法使いが一人もいない。別ジョブに憧れる的な反動なのか? 一人ぐらい魔法職になろうよ!? 自称神官のくせに偃月刀振り回してた奴もいるけど!!
ちなみに俺は魔法使いになる気はありません。妻ももらう予定だしな!
さて、それはともかく。とりあえず、今は組合との話し合いだ。とはいえ、テールの威光で俺達はただ座ってるだけなのだが。
それにしても、支部長の前置きが長い。俺としてはさっさと本拠地に引き返し、転移装置を使って実家に戻ってルカと遊びたいのだが、長い話のせいで退去できない。いっそ机を蹴倒して逃げてやろうかとも思ったが、支部長を見て考えを改めた。
仕方あるまい。我慢してやろうではないか。そう思えた。
そう、仕方ないのだ。やや資源が危機的状況になりつつある頭部に、そこはかとない仲間意識が芽生えてしまったのだから。どれだけ役に立つ男なのかは知らないが、最大限優しくしてやろうではないか。俺は頭部資源逼迫組には寛大な男なのだ。
部屋の中に居るのは七名。
俺側は、俺とテール、ラ・メールがソファに座り、ポムが俺の後ろに位置に立って、フラムが部屋の入口でこちらを眺めている。
支部長側は、支部長ともう一人、貴族と思しき仕立ての良い服を着た男が座っていた。先程からにこにこと笑顔を絶やさず、けれど油断の無い眼差しでテールを見ている男だ。そしてラ・メールや俺をチラチラ見ている男でもある。
ラ・メールがチラチラ見られるのは、その美貌のせいだろう。精霊女王であるラ・メールは絶世と言ってもいいほどの美女だ。俺は身内で慣れているが、人族にとっては平伏して拝みたいほどの美貌だろう。胸と尻がつつましい――もとい、気品ある大きさだから、肉欲よりは神秘的な芸術品を見る気分になること請け合いである。
――あ、ラ・メール。俺を睨むのはやめたまえ。俺は別にちちましい、もといつつましい胸に対して何か言いたいことがあるわけではない。女はハートだ。バストでは無いとも。無論だとも。
そして俺がチラチラと視線を向けられるのは、俺がソファのど真ん中に座っているからだろう。明らかに中心人物的位置だ。しかも、フードを深く被ったままの、両脇に美女と英雄を従えている十歳程度の子供。無視しろと言われても難しいだろう。
それでも支部長が俺でなくテールに話しかけているのは、テールが『英雄』であるからだろう。ついでに、俺の保護者的な位置にいると思っているのかもしれない。
組合における『レディオン・グランシャリオ』の認識は、英雄をひきつれた大富豪のボンボン、といったところだろうか。隠れ蓑としてはいいかもしれないな。追及されたら否定せずにいよう。そうしよう。
それにしても、支部長の隣にいる男は何者なのか。支部長の阿諛追従が留まる事を知らなすぎてなかなか説明が無い。自己紹介、してくれてもいいのよ?
――と、思っていたらテールが重々しい声で告げた。
「さて、我々は疲れている。換金が終わったのなら休みたいのだが?」
あれ? 男の存在まるっと無視したよ、大地の精霊王。むしろそこは「ところで、そちらの方はどなたですかな?」とか聞くところじゃないのだろうか。
とか思っていたら、件の男が声をあげた。
「おお! これは失礼いたしました。当館で歓迎の準備を整えております。よろしければそちらにおいでください。ああ、申し遅れました、私、この地方を治めるアヴァンツァーレ家に連なる者でございます」
……地方貴族か。とはいえ、領主本人じゃないんだな。
テールが俺を見た。体ごと俺の方を向くという、主導権譲渡の態勢で。
「レディオン殿。いかがなさいますか?」
「不要だ」
俺は一言で答えた。
歓迎の準備? 『おいでください』?
……悪い予感しかしないぞ、どうあがいても。というより、トイレの無い家屋に連れて行かれるのは断固拒否だ!
「では、我々はこれでお暇させていただきましょう。換金は、出来ておりますな?」
「お、お待ちください!」
俺がバッサリ切り捨てたことに愕然としていた男二人が、立ち上がったテールに大慌てで立った。支部長は困惑した目を俺に向け、もう一人の男は訝しさと苛立ちの籠った目で俺を見ている。
支部長はテールに必死な顔で言った。
「申し訳ありませんが、その、あれだけの討伐品数ですし、もう少し、そう、もう少しお時間をいただきたいのです」
「どれぐらいだ」
と、これは入口に立つフラムから。
威風堂々たる美丈夫の声に、組合長は戸惑いながら言葉を探す。
「そうですな、数十分……いや! 十分ほど!」
テールに視線を向けられ、慌てて言い直すあたりからして、嘘をつくのが下手だな支部長……
しかもフラムがこれみよがしに鼻を鳴らす。
「先程から、廊下で女が待っている。支払の準備は整っているようだが、おまえの指示が無ければ報告も出来ないらしいな。足止めのためなら、理由を言うがいい。だが、愚かな理由であれば、貴様らは我が敵として――」
ちょっと待てぇ――ッ!!
フラム!? なんでいきなり血気盛んなの!? 戦闘脳なの!? 脳味噌が筋肉に浸食されたの!?
「フラム。そこまでだ」
出来るだけ落ち着かせようと声を落とした俺に、フラムはジロリとした視線を向けてもう一度鼻を鳴らす。そうして、無言で扉を開けた。
「あ……! あ、あの……」
確かに一人の女がそこにいた。突然扉を開けられ、おろおろと部屋の一同を見ている。今にも逃げたそうなのは、フラムから不快そうな感情が発せられているからだろう。やめて。女の人を怯えさせるのはやめて。
「換金はこちらで受け取って参りましょう。坊ちゃん、ご帰還の指示をお待ちしております」
ポムが俺に丁寧に一礼して、青ざめた顔で立っている女性をひきつれて行った。いい奴だな、ポム。そして俺に丸投げしやがったな、ポム。俺もさっさと退出したかったよ。
とはいえ、ここはリーダーである俺の出番だろう。
さぁ、唸れ俺の脳みそよ! 前世を思い出しての敵対脳は強制冬眠だ! 穏便に! 穏便に退出するのだぞ!
「さて、支部長。そちらは組合を束ねる立場にある者。何かしらの理由はあろうが、これ以上は我々の機嫌を損ねるだけだと知るがいい。用があるのなら簡潔に、今すぐに。顔繋ぎが目的であるのなら、引き止める愚だけは犯すな。――理解したか?」
出来るだけ淡々と言った俺に、支部長は一瞬ポカンとした顔になったが、すぐに大きく頷き――
「は、はい。実は――」
「そもそも、貴殿は誰なのだ」
――口を開いた支部長の言葉を遮って、貴族の男が苛立たしげに言った。
待って!? 予定してない人から口を出されると、俺の戦闘脳がアップしちゃう!
「近頃市場を騒がせている家だろうが、グランシャリオなど聞いたことも無い名前だ! たかが成り上がり者の分際で、二百年の伝統をもつ我が家への誘いを断るだと!? 金にあかして英雄を侍らせているようだが、育ちが知れるというものだな!」
ラ・メールがポカンとした顔になっている。余程びっくりしたらしい。というか、口! 口閉じような!? せっかくの美女が台無しだぞ!?
男が自慢げに鼻から息を出したが、俺は胃が痛くなって視線を逸らしてしまった。辛い。居心地が悪い。
「たった二百年で……『伝統』?」
いやあああああ!! 言ってやるなよ頼むから……!
ものすごい気の毒そうな目で男と俺を見比べるのもやめるんだ! 俺がなんだか辛い気持ちになるからやめてやるんだ!!
人族は寿命が短いんだから、そこは目を瞑ってやるのがセオリーだろう!? 俺達みたいに千年単位が普通とかじゃないんだから!!
「レディオンのところって、確か……」
「それ以上は言うな」
「だって、二百年ぽっちって、新参どころか生まれたてもいいところじゃ……」
言うんじゃありません! 俺の居心地の悪さを解ってくれ!!
ポムめ、絶対こうなることが分かってて逃げたな!? 今頃、ニヤニヤ笑っているに違いない!
というか、ほぼ不死に近い精霊族や魔族の常識で人族を見るのってどうなの!?
「……愚かな」
テールがボソッと呟いた。貴族男は真っ赤だが、組合長は真っ青だ。
俺は無言で立ち上がった。正直に言おう。辛抱たまらんかった。出来れば今すぐ駆けだして逃げたい。なんでこんなところで俺は精神耐久値を鍛えているのだろうか。
「これ以上は時間の無駄だ。組合長よ、何かあるのならば後でうちの『支部』に来るがいい。貴様ならば(頭部資源仲間として)歓迎しよう」
「は――ははぁッ!」
感情を押し殺した俺の声に、支部長が平身低頭する。
外見十歳の子供に大げさだなと思ったが、『グランシャリオ家』を背負って立つ者として鷹揚に頷いて踵を返すことにした。貴族男が何かを言いかけたが、テールとフラムの一瞥をくらって声をつまらせる。肉の殻を被っているとはいえ、精霊王相手に奏上するにはちょっとどころか役者不足だろう。頭部の資源も豊富なようだし、俺が慈悲をかける理由はまるで無い。
人族の、しかもこの近辺の上層部と速攻で揉めるのも考えものだが――まぁ、いいだろう。別に取引相手は一つと決まっているわけではない。いざとなれば地方ではなく国と取引すればいいのだ。
とりあえず相手の顔だけは覚えておいて、俺はさっさとポムを回収すると組合を後にした。
「……よく怒りださなかったな」
フラムがそんな風に言い出したのは、俺達が組合から出てしばらくたった頃だった。
ちなみに、行きと同様に馬車である。街中を通るルートは馬車の乗り入れ禁止の為、壁に添うような形で街の外周をぐるっと回るルートになる。人混みからも遠く、悪臭からも遠い素敵なルートだ。
とはいえ、馬の排泄物はあちこちに落ちてるんだけどな……
俺はチラリとフラムを見て、口の端を笑みの形に引き上げた。
「あの程度の小物にか? 怒る価値もないだろう」
前世で言われまくった内容に比べれば、「うちの家は凄いんだぞ! ばーか!」と言われた程度のことである。……む。ちょっと言い返したほうが良かったか?
それよりも、フラムがやたらと怒りやすかったことのほうが問題だ。
「フラムこそ、ずいぶんと辛口だったようだが?」
「くだらん些事で時間をとらされたのだ。用件も言わずにダラダラと……テール、本来ならば貴様が遮るべきだったろう。人間なぞの無駄な喋りに我々までつき合わすな」
「ふむ。フラムの言ももっともだのぅ。すまんかった。久しぶり故、情報収集も兼ねて聞いておったのだが、たいした内容は無かったの」
テールが顎に手をあてて言う。俺は肩を竦めた。
「変異種――いや、魔物の話は少し聞けたんだ。全くの無駄というわけでもない。ずいぶんと旅人が脅かされていたようだな」
「あれだけ『数』がいたら、ねぇ……人間には辛いんじゃないかしら? ついつい遠出して大量に狩っちゃったけど、それでもしばらくすればまた沸いて出ちゃうんでしょうね」
ラ・メールが自分の指を太陽に翳して見ながら言う。と、その顔が不愉快そうに歪んだ。
「それにしても、あの男……ただの人間の分際で、この私を随分と不躾に見ていたわね」
「美人だからだろ」
「あら! ……そ、そうね、そうね、それなら、仕方ないわね。レディオンの顔をたてて、報復はやめておいてあげるわ」
おっそろしいな、ラ・メール……自分を見てたから報復するとか、どんだけだよ。
何気にゾッとしつつ、俺は遠い目になった。うちのパーティーメンバーが色々と沸点低すぎる。
「まぁまぁ、儲けたからいいじゃありませんか。討伐証明用に提出した部位は組合に持っていかれちゃいましたけど、他の素材は大量に手に入りましたし、組合からも感謝されて外貨も獲得。貨幣が足りなくて大部分が証文になっちゃいましたけど、組合との取引がこれからも続くことを考えると、初日としては大成功ですよ」
「変な貴族と衝突しかかったけどな」
「アレは根に持ちそうよね~」
ポムの声に俺とラ・メールが苦笑しながら言う。
御者台にいるポムが振り返ってにこやかに言った。
「どうせ、役に立たない小物でしょう? いざとなれば排除すればいいんですから、気楽に行きましょう」
……うわぁ……
うちの執事が一番ヤバいな。ラ・メールも「それもそうね」とか頷いてるし、こいつらの感覚はどうなっているんだ。間違ってないとは思うけど、穏便とは程遠い。
俺自身、障害は物理で取り除く質だからとやかく言い辛いが、少しは体裁を整えるというか、お上品に振る舞うことも考えなくてはならないだろう。なにしろ、ここは人族の大陸だ。ここで暴れれば、正体がバレた時に『魔族=危険』という印象を確定させる可能性がある。それは今後のことを考えると、出来るだけ避けたい。俺にとって明確な敵とは特定の神族であって、人族は別にどうでもいいのだから。
それにしても――
「アヴァンツァーレ家か……」
俺の呟きに、テール達が視線を向けてきた。
連なる者、ということは分家筋だ。
とはいえ、真っ先に接触してきたことを考えるのに、先程の男がこの地方の代表貴族であることは確かだろう。面倒になる気はする。グランシャリオ家は魔族の中では著名だが、人族の中ではそうもいかない。貿易のおかげで知名度はあがってきているだろうが、まだまだ駆け出しなのも本当のことだ。そう考えると、失敗したかなとも思うが――俺は過去を振り返りすぎない男だ。それでなくとも酷い前世を引き摺っているのだから。
「さっきの男への対策として、本家と接触してみるのもいいかもしれませんな」
テールがポツリと言った。
分家の暴走を抑えるのなら、確かに本家と繋がるのが早いだろう。問題はその本家が分家以上の馬鹿かもしれない可能性だが。
「情報が足りない現状では、それが一番簡単そうだな。ポム、一応、この近隣全ての貴族についての情報を纏めてくれ。問題点等があればそれもな」
「了解しました。後ほど報告に参ります」
「ああ」
頷き、俺は見え始めた拠点の姿にホッとした。朽ちた風車部分を取り外した塔のような外見は、遠目にもよく目立つ。これでようやく風呂に入れるなと気分が上向いたところで、俺の目に見慣れぬ馬車の姿が映った。俺の拠点の前に停まっている。
やや煤けて見えるその馬車に、ちんまりと施された家紋を見てポムがこう呟いた。
「アヴァンツァーレ家の家紋ですね」
どうやら、獲物は向こうから来たようだ。




