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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
――mission 4 愛しき者と宵闇の魔女
38/189

幕間 出稼ぎ部隊と拡大雇用1

●とある浮浪児と拡大雇用



「『ケフェウス』から出来高払いのお仕事を頂きました」


 そう、シスターが告げたのは、朝のお祈りが済んでしばらくした後だった。

 魔族の祈りは、食卓に並ぶ実りに対してであり、自分達を産み育ててくれた両親に対してであり、共に生きる隣人に対してであり、特定の神に対してでは無い。

 逆に言えば森羅万象全てに祈りを捧げるのが魔族であり、人族のようにわざわざ神に名前をつけて祈るなんてことはなかった。

 朝のお祈りとは――恐ろしくぶっちゃければ――朝食前の「いただきます」だ。

 その「いただきます」が済んでひとしきり腹がくちくなったところで、世話役のシスターがおもむろにきりだしたのが、先の発言だった。


「初日は職業適性を兼ねた雑務であり、賃金としては程度高いものではありませんが、ここで教わるよりも数段進んだ最新の技術を提供していただけるうえに、お金も頂け、なおかつ実績を積めば昇給などもある良いお話でした。募集人員は多く、職種は多様。今お時間のある方は、出来る限りお請けになることをお奨めいたします」


 シスターの言葉が終わると、食堂にざわめきが満ちた。

 ここはアークトゥルス地方とアルデバラン地方の境目、北に大森林を臨むアルギエバの街にある救貧院だ。

 この街を境にして、北はアークトゥルス地方、南はアルデバラン地方となる。

 街は自由都市として認められている為、どちらかの領に属する、という話しは今のところ無い。街に君臨しているのは街で商売をしている大商会の重鎮達であり、その中には他の地方で領主をしている者もいるが、それを利用して領地に取り込もうとする者は皆無だった。

 そもそも、大森林にはやっかいな変異種ヴァリアントが発生する為、この街そのものを手中にしても旨味は無いのである。


 だが、アルギエバの街にはあちこちから魔族が集まってくる。

 一つは、魔族にとってもそれなりに危険な大森林を通過する護衛隊付の定期馬車を運行している為。

 もう一つは、大森林にある珍しい薬草や、森にいる変異種ヴァリアントの素材取り引きが活発な為だった。


 大森林の反対側の街でも同じような状況で、北にあるアトリアとこのアルギエバは、大森林の脅威に晒されつつ、その恩恵によって発展していった街でもあった。


 一攫千金を夢見る者や、商売をする者など、人が集まれば仕事は増え、その仕事を目当てにまた人は集まる。

 だが、集まった人すべてに仕事があるわけでもない。

 魔族はサリ・ユストゥスという名君が魔王として立って以来、餓死者がゼロになった程貧困層への対応がしっかりしている。ここと同じく『救貧院』と呼ばれる場所がいくつもあり、そこに何らかの事情で職や家を失った者が集まって暮らしているのだ。

 救貧院にいれば、凍えずに眠ることのできる寝場所と、清潔さを保つことのできる風呂、そして着るものが提供される。

 それらは救貧院に住む者が互いに支え合う為に作ったものであったり、富貴層から贈られるものであったりした。


 救貧院の中には各種作業場があり、そこでは街で必要になる雑多な日用品などの簡単な品を作っている。それらは毎日開催されるバザーを通じて売られ、彼等の稼ぎになるのだ。

 手に技術をもたない者にはある程度の技術も無償で教えられる為、家族を失うなどして路頭に迷った子供達は率先して救貧院にやって来る。その結果、よほどのことが無い限り街で浮浪児が飢えて死ぬということは無くなった。年老いて子や孫に家を空け渡して救貧院にやって来る老人も少なくない為、小さな子供達の世話も彼等彼女等が喜んで引き受けてくれていた。


 ――血のつながらない大家族。


 それが、救貧院の中で暮らす者達だ。


「シスター。その仕事は、どんなものがありますか?」


 つい先だってこの救貧院に来たばかりの少年が手を挙げた。

 慣れている者は、すでにおおよその当たりをつけて動き始めている。その流れを横目に、行動を決めかねての声だ。シスターは微笑んで答える。


「多種多様となっていますので、これから読み上げる項目で技術を身につけたい、または身につけている技術を振るいたい方は西玄関口の馬車乗り場まで来てください」


 馬車が待っている、と聞いてさらにざわめくのは新参者の証拠だ。この街の救貧院で長く暮らす者はすでにその西玄関口へと向かっている。

 困惑している彼等の耳にシスターの声が響いた。


 一つ。木工技術。

 原木から木材への加工。端材を含む木材を使った日用品や調度品の作成。削り滓等を使った再利用品の作成。


 一つ。革細工。

 提供される変異種ヴァリアントの皮剥ぎ。剥ぎ取った後の皮なめし。処理を施された皮を使った衣服の製作。


 一つ。調理。

 提供される変異種ヴァリアントを使った料理関係。大量の下拵えや、調理そのもの。調味料の作成等。


 一つ。錬金術。

 提供される変異種ヴァリアント素材、もしくは薬草等を使った薬品の作成。ポーション類がメインだが、毒薬や毒消し等も作成する。病魔への抵抗値を高める薬の開発も行う予定。農地改革用ゴーレムの作成も含む。


 一つ。骨細工。

 提供される変異種ヴァリアント素材や家畜の骨を使った細工類の作成。簡単なものとして骨粉等の肥料作成も含む。


 一つ。裁縫技術。

 提供される変異種ヴァリアント素材、または繊維系素材を使った服飾関係の作成。糸紡ぎや織物等簡単な作業もあり。


 一つ。鍛冶技術及び彫金技術。

 鉱山からの魔力を使った鉱石採取、またはインゴット作成。技術者の確保が成れば魔具や部防具の作成に、装飾品の作成。


 一つ。商業会計。

 販売や流通における基礎知識の伝授。実際の販売業務。簡単な仕事としては荷物の運びだし等の力仕事もあり。


 一つ。漁業スキル。

 釣りや網漁の技術伝授。水棲の変異種ヴァリアントへの対応も含む為、実戦経験のある者または戦闘出来る者のみ。最終的には漁協組合への就職も視野に入れておくこと。なお、簡単な仕事としては海水からの塩抽出として調理スキル上げも可能。こちらの場合は老若男女問わず非戦闘員歓迎。


「現在教えられているのは、以上です」


 尋ねた少年はおろか、さっさと向かっていた者の中にも唖然として振り返り立ち尽くした者がいた。が、シスターの「以上です」を耳にして慌てて馬車の方へと走る。

 少年も走った。凄まじい大口の雇い入れだと分かったのだ。

 正直、新たな街を一つ起こすのかと思うほどの仕事量であり、種類だった。大貴族からの募集だというが、もしかすると新天地開拓等の大きな事業の一環なのかもしれない。


 救貧院にいたほとんどの者が走った乗り場には、十台を超える馬車が並んでいた。

 乗合馬車である為、かなりの人数が乗れるようになっているが、すでに出発した馬車もあり、行動が遅れた少年が乗れるかどうかは不安なところだった。


「うわー……どうしよう。これ、乗れなかったら徒歩かな」


 同じく行動が遅れた同年代の少年が足踏みをしている。が、心配している彼等の前に新しい馬車がやって来た。すでに屈強な男達が乗っていたが、次々に降りてかわりに少年達を乗せていく。


「あの……いいんですか?」


 とっさに尋ねた少年に、下りた男は苦笑した。


「どのみち、人数が多いので馬車はそれほど速く動けんからな。我々は護衛なので、馬車の周囲に展開している。何かあったら、声をかけてくれ」

「護衛?」


 移動するのに護衛が? と首を傾げる少年に、男は苦笑を深めた。


「聞いていないのかね? 大森林を抜ける為、万が一の変異種ヴァリアント襲撃に対応できるよう、我々が護衛についている」

「え。え? あれ、じゃあ『ケフェウス』って……」

「大森林を越えた向こう側、アークトゥルス地方最大の街エラキスに本拠地を構える大商会だ。……ああ、領主様からの依頼で、この一行に先駆けて大規模な変異種ヴァリアント討伐隊も出ているから、襲撃はあまり心配しなくても大丈夫だ。我々は、網から零れたものが危害を与えないようにする部隊でね。民の身辺を直接守るということで、領主軍の中でも精鋭が揃えられている」


 領主軍、と鸚鵡返しに呟く少年達に、男は人好きのする笑みで言った。


「私はグランシャリオ家軍務担当、ネイサン・ナヴィガトリア。君達の身柄は、領主アロガン・グランシャリオの名において保護されている。数日間の旅になるが、よろしく頼む」




●マティス・ドゥーベの憂鬱



 グランシャリオ家の出稼ぎ部隊には二種類ある。


 一つは地元、セラド大陸にいる本国組。

 もう一つは遠方、海を越えたラザネイト大陸の貿易組。


 貿易組の人員は少なく、総括しているポム・ド・テールの他には五名しかいない。そのうちの一人がポムと同じ執事なのは、貿易に次期当主であるご子息様が関わっているからだろう。また、ポムがご子息様のお傍付になってしまった為に、直接的な現地総括者も件の執事――ノア・アルコルになっていた。


 本国組を率いるのは私――マティス・ドゥーベと、財務を担当するテオ・ミザールだ。

 私もテオも執事であり、その仕事は屋敷内のことに比重が置かれている。とはいえ、屋敷内のことしかしていないわけでは無い。グランシャリオ家は大家で、その仕事は多岐に渡るためだ。

 テオはグランシャリオ家の財務関係に携わっている。出稼ぎ部隊を私と一緒に率いているのは、それがグランシャリオ家の財務に大きく関わっているからだ。グランシャリオ家は元々武力財力ともに優れ、現当主も商才に長けた方だが、後継者であるご子息様はさらに飛びぬけている。生後一年未満で、すでに恐ろしい額の利益を生家にもたらしているのだ。


 生後一年未満で、である。


 何を言っているのか分からない者もいるだろうが、言っている私もよく分からない。

 生後一年未満ということは、赤ん坊だ。

 生後九か月をこえた後半になって、ようやくハイハイが出来たりつたい歩きが出来るようになるまでは、寝返りをうてるかどうかといった状態が普通だ。

 そんな赤ん坊が、商売に関われるはずがない。

 そんなことは断じてありえない。


 ありえないことが、起こっている。


 我々は魔族だ。

 魔族というのは強大な力を有し、その成長速度は人によってバラけている。

 赤ん坊というのは弱い。どれほど強い個体であろうとも、生まれたての状態は弱いのだ。それゆえに、強大かつ優秀な者は自らの成長を速めてこの無防備な時期を短縮させる。

 今の魔王も二歳の頃にはすでに物心ついており、生き延びる為に知恵を働かせていたと言われている。

 成長速度が速いということは、優秀な者の証だ。おそらく、ご子息様は次の魔王となられるだろう。その力の片鱗はすでに表れている。次期魔王の呼び声高き逸材は他家にもいるが、おそらくご子息様を上回る傑物はいないだろう。グランシャリオ家にいる者は全てその認識であり、それは間違いないと私自身が確信している。


 なにしろ、ご子息様が立って歩き始めたのは、生後一か月かそこらの頃だ。


 生後一か月。

 普通なら、目の前でゆっくり動く物を目で追いはじめる程度の頃。

 無論、立つどころか寝返りをうつことだって出来ない。何故動いているのか。正直、目で見ても信じられなかった。今でも信じられない。どういう足腰をしているのか……いや、たぶんそういう問題でも無いのだろうが。それにしても、非常識だ。


 その後もありえない事だらけだった為、もう私は気にしないことにした。旦那様は成長速度に喜んでいるし、誰も問題にしていない。それどころか、私以外の執事はご子息様に夢中だ。目が合った、姿を見かけた、それだけで一日中フワフワしている。頭大丈夫か。しかし仕事はキッチリ仕上げられている。職務的に問題は無いのだが、心情的には大問題だ。正直、最近のグランシャリオ家は薄気味悪い。

 このままでいけば、遠からずグランシャリオ家はご子息様を頂点とする狂信者集団になるのではないだろうか。そんな怖い想像すらしてしまう。それぐらい、家の連中はまだ一歳にもならない赤ん坊に魅了されている。


 ――いや、例外がいた。ポムだ。


 ポム・ド・テールという、冗談のようなおかしな名前をもつこの男は、旦那様が旅先で拾ってきた男だった。

 従僕やら何やらをすっ飛ばしていきなり執事になった変わり種だ。だが、その役職に相応しいほどの高い能力を有している。いや、むしろ能力が高すぎて執事の役職で収まりきれないほどだ。

 このポムだが、私と同じくご子息様に傾向していない。旦那様の命令で護衛としてご子息様の傍についているが、他の連中のように盲目的な言動をしていない。それどころか、たまにご子息様を叱ったりからかったりしている。甘やかすことの多い家の中では、奥方様とポムだけが例外だった。

 私? 私は関わりになる気がないので、管轄外とだけ答えておこう。


 私の担当は、外交だ。

 ポムが貿易で外国との外交を担当しているならば、私が担当しているのは国内、すなわち魔族社会での外交だ。ワインを担当しているジュール・アリオトともども、赤ん坊のご子息様には関わりの少ない分野と言えるだろう。外交は旦那様や奥様が担当している分野であって、社交界に出る年齢になるまでご子息様が関わることは無いのだ。


 ――と、そう思っていた時期があった。


 結論から言おう。

 巻き込まれた。

 冒頭で言った言葉を覚えているだろうか。

 グランシャリオ家出稼ぎ部隊。

 これを計画したのはご子息様だ。まだ一歳未満なのに。なんでだ。何故、そこまで金を求める。

 財政担当のテオが巻き込まれるのは当然だろうが、外交を担当している私も巻き込まれた。

 私のスキルが必要だと言うのだ。何のスキルかというと、そのまま外交のスキルである。


 私は人の中に入っていくのが得意だ。話術も得意だし、他者を魅了することに関しても秀でている。自惚れでは無い。そういう風に自らを鍛えてきた。

 流石に旦那様のような強烈な魅力カリスマは携えていないが、たいていの外交で成功を治めれる程度の実力は有してる。その手腕を買われたのだ。

 実力を認めてもらえるのは嬉しい。

 まだ一歳未満だが、後継者に認められたのも嬉しい。だが一歳未満の赤ん坊だ。何故だ。私の常識が理解不能を訴えて脳が破裂しそうだ。なぜ一歳未満で立って歩いている。会話をしている。走って階段を二段飛ばしして壁に登るのだ。意味が分からない。


 混乱している私に、ある意味唯一の理解者と言っていい相手が声をかけてきた。

 ポムだ。

 諸悪の元凶たるポムだ。

 こいつが俺を巻き込むようご子息様に示唆したのだ。いつか復讐してやる。とりあえず毎食納豆を食べさせることから始めてやる。


「流石はマティスさんですねぇ。もう街に店を根付かせましたか」


 褒められた。嬉しいが、喜べない。

 俺はこいつが悪魔だと知っている。種族が魔族なのかどうかも怪しい得体の知れないやつだが、本性が悪魔だと知っている。種族的な話では無い。中身ココロの問題だ。


「グランシャリオ家の力からすれば、当然のことだろう」


 私の手腕のように言われているが、グランシャリオ家の名前がもつ力は大きい。財力もある。店を設けるぐらい簡単なことなのだ。


「いえいえ。面倒な街内の利権に食い込み、軋轢を最大限無くして店を根付かせれたのはマティスさんだからこそでしょう。あちこちで屋台も展開していますが、そのあたりの手回しも流石です」


 こう褒められると悪い気はしない。私は褒められて育つ子だったのだ。素直に賞賛を受け取ろう。嬉しいことだ。


「坊ちゃんも喜んでましたよ」


 訂正。あまり喜べない。

 ご子息様のことは嫌いではないが、ものすごく苦手だ。どれぐらい苦手かというと、顔を見ないように目を伏せる程度には苦手だ。嫌いではないが。繰り返すが、嫌いではないが。


「……ポム。貴様は、ご子息様をどう見る」


 屋台部隊と街に作った店からあがってくる収支報告書を手渡しながら、私は誰よりもご子息様の近くにいる執事に問うた。

 ポムはいつもの仮面のような笑顔で言う。


「可愛らしいですよねぇ」

「……そんな当然のことを聞いているわけでは無い」

「あれ。マティスさんも『可愛い』とは思ってるんですか」


 失礼なことを言われた。

 当然、可愛らしいとは思っている。

 美貌で名高い奥様と、やはり美貌で有名な旦那様の血をひいた子供だ。ご子息様も皆が想像した通り――いや、想像以上に素晴らしい容貌の持ち主だった。正直、ちょっと美しすぎだろうと思うレベルで。


 今はまだ赤ん坊なので可愛らしさが目立つが、これが育てばどうなるのか。目が潰れるかもしれない。その前に心が潰れる可能性がある。

 美とは、力だ。

 その美しさは強烈な魅力を備え、弱い者の心を一瞬で奪い去ってしまうだろう。赤ん坊の今ですら、上級魔族である仲間達ですらあっという間に魅了された。本人の意思など無関係に、そこにいるだけでありとあらゆる者が平伏するだろう。そんなことは周知の事実であって、あえて口にするまでもないことだ。

 と、思っていたらポムに苦笑された。


「ちなみに、私が言っているのは外見のことではなくて、中身のことですよ?」


 ……なん……だと……?

 しかし、中身のことなど私は知らない。出来るだけ関わらないようにしているのだから当然だ。関わる機会は多いし、これからさらにそれは増えるだろうが、仕事の分の接点だけにしておけば気にする程でもないからだ。

 だが、そのかわりに相手の中身など知れない。


「なんというか、一生懸命すぎて可哀そうで可愛らしくて、どうにも放っておけないんですよねぇ。この私が」


 ポムがそんなことを言う。中身極悪な悪魔(ポム)がそういうのなら、確かにそれは相当なのだろう。

 そうか。中身も可愛いのか。

 そうか。可哀そうなぐらい一生懸命なのか。

 ……。

 …………。

 ……私も、もう少し親身に手伝おうとするべきだろうか。


「まぁ、距離感は人ぞれぞれですから、心のままに動かれるべきだとは思いますが。そうそう、今度貿易の方で天魔羊達の干し肉とかも売ろうと計画しているんですよ。かわりに、マティスさん達の所で大量の変異種ヴァリアント素材を消費して欲しいんですが、かまいませんか?」

「それはかまわないが……これ以上にまた大量の、なのか?」


 今でも相当な数の素材が流れてきている。というのも、武力系担当の執事達がご子息様の命令で変異種狩りを行っているからだ。周辺の治安維持と部下の鍛錬を兼ねた行いだが、そのせいで大量の素材が毎日積み上げられている。屋敷内で消費できる量をこえてしまっているので、街に卸したり店で加工して売ったりしているのだ。


「遠方にも出稼ぎが行けるよう、坊ちゃんが連結した無限袋を大量に作ってくれました。そこに素材を入れておきますから、大量に売りまくってください」

「……。そうか」


 無限袋。しかも連結済み。

 ……確か、錬金スキルをもつ魔道具技師でなければ作れない品のはずだ。

 そうか。作れるのか。

 ……どれだけ凄まじい赤ん坊なのだろうか……確かまだ、生まれて何か月かしか経ってないはずなのに……


「屋台も最新式のを皆で作ってる最中ですから、いい売上を期待してますよ~」


 どうやら、魅了されている仲間達か従僕達かがまた新たな生産系スキルを駆使しているらしい。

 ご子息様が動き出して以降、家人の生産系スキルが軒並み上昇しているのだが、ご子息様はグランシャリオ家をどこに導こうとしているのだろうか。

 考えるのが怖くて想像しないようにしているが、いずれにしろ関わりは増えるだろうし、これからも見守っていくしかないだろう。

 ――せめてもう少し、まともな視線でご子息様を見守れる者が増えて欲しいが。


「さて。私は集まってる素材を各部署に振り分けてきますか。坊ちゃん付きになってからこっち、休みが無いのが辛いですねぇ」


 まぁ、暇なのはもっと辛いんですが、と嘯きながら去っていく相手を見送って、私はため息をついた。

 あの男がもう少しまともなら、もっと安心できるのだが。

 そうは思うが、まともなポムというのも想像が出来ないので考えるのをやめた。

 ご子息様はまだ一歳の誕生日も迎えていない。

 あの赤ん坊が大人になった時、どんな風になるのか想像もつかないが、少なくともそれまでにはまだまだ年月が必要になる。

 なにか問題が発生すれば、身命を擲ってでも諌めよう。それが、この家で執事をやっている自分の役目だろう。


 ポムが向かう先の廊下で、ひょっこり顔を覗かせた小さな赤ん坊がこちらを見てくる。

 くりくりとした可愛らしい眼差しにお辞儀だけをして、私は背を向けた。

 口元が妙な形にふにゃけるのは、意識を総動員して抑え込んだ。



●とある出稼ぎ部隊の少年A



 『ケフェウス』は北方最大の大商会だった。

 広大な土地を有する上級魔族の大家グランシャリオ家が作った商会で、当代のアロガン・グランシャリオの元、先代以上の規模で躍進を続けているらしい。

 もともと幅広い分野で活動していた商会だったが、このたびさらに商いを広げることになったらしい。

 主に変異種ヴァリアント関係で。


「つーか、剥いでも剥いでも終わらねェッ!」


 積み上げられた泥棒兎ヴォルール・ラパンをせっせと解体しながら、少年は叫んだ。剥いだばかりの皮は籠に入れられ、肉は別の籠に入れられて、それぞれさらに別の者に渡される。少年を含む皮細工の技術をもたない者達で、まず一番最初の作業となる『変異種ヴァリアントの皮剥ぎ』を担当しているのだ。


「やべぇ……三桁超えたあたりから数、数えてねぇ……」

「あー……だいじょうぶ、累計数はそれぞれ籠に納品した時点でカウントされてるから、ちゃんと給金に反映されるよ……」

「そうじゃねェ……! それも大事だけど、そうじゃねェんだ……!」


 同じ馬車でこの初期解体場に到着したもう一人の少年に、先日家族を失って天涯孤独になった少年はげっそりした顔で叫んだ。


「なんで! こんなに! 変異種ヴァリアントが大漁に持ち込まれてくるんだよ!? いつまで経っても、仕事が終らねェじゃねーか!」


 少年達の前には、まだまだ竿につるされたままの泥棒兎ヴォルール・ラパンが並んでいる。恐ろしいのは、その向こうには別の毛皮を持つ変異種ヴァリアントが山となっていることだ。正直、この地方一帯の変異種ヴァリアントを集めたんじゃないかと思うような量だった。


「うーん。監督さんが『疲れた時点で休みをとりなさい。仕事の開始と終了は各自の判断で行って良し』って言ってたのは、このためだったんだねー……」


 やればやるほどお金が入り、技術もあがるが、自分で仕事を切り上げないといつまでたっても終わらず疲労が蓄積するだけ。

 大量にある仕事を前に、少年たちはうんざりしながらも今まで剥いできた数を思い出し、ついでに地味にあがってしまった『綺麗で手早く皮を剥ぐ技術』に遠い目になるのだった。



●とある出稼ぎ部隊の少女A



 糸紡ぎ機が物凄い勢いで回転していた。

 沢山ある部屋の一つ、いつのまにか利用者の間で『羊毛室』と呼ばれだした部屋の中で、少女は必死に糸を紡ぎ続ける。

 山のように積み上がっているのは、天魔羊から刈り取られた羊毛だ。領内の羊毛全てを集めたのかと思うような量だが、恐ろしい事に何人もが入れ替わり立ち替わり糸に紡いで減らしても、どこからともなく補充をもってこられて山が減らない。

 馬車で到着し、今までの裁縫技術からそれぞれ適切な素材のある部屋に割り振られて作業をし始めて四日目。それなのに、未だに山は健在だった。


「ふ……ふふふ……この羊毛の山、いったいどこから補充されてるのかしら……」


 羊の毛を刈るのは春頃だ。冬を越させるだけの飼料を蓄えれている場合は、羊達はもこもこした毛のまま冬を越す。飼料が少ない時は、餓死を防ぐために一定数を潰して毛皮と肉をとるのだが、それにしてもこの量は異常だった。春に刈った毛が糸に紡がれずに残っていたとしても、数人がかりで数日とりかかってまだ山のようにあるというのはおかしすぎる。

 かといって、天魔羊のような巨大な生き物を何頭も潰せば、肉も毛皮も余って市場がとんでもないことになるはずだ。しかし、そんな話は耳に入ってこない。

 この近辺では無い全く別の場所に輸出でもしない限り、在庫過多で暴落するはずなのだが……


「ふふ……この調子だと、調理の方も干し肉三昧で大変なことになってるんじゃないかなー……」

「ちなみに、綿花や亜麻の方も膨大な量らしいわよ」


 少女の隣で、同じく遠い目をしながら毛を毛糸にしていた女性が呟く。その隣にいた老女は二人の様子に微笑ましそうに目を細めた。


「別の場所で洗濯や解毛をしてる子等も、未だに全部終わってないみたいでねぇ。こりゃあ、相当な数の羊を潰してそうだねぇ」


 声を聞いた全員が呻いた。これは当分、終わりそうにない。


「単純作業だから気も滅入るんだ。技術が上がったなら、気分転換を兼ねて別の仕事に手を出してみるのもいいんじゃないかねぇ? 納品数は全部カウントされているようだし、まぁ、のんびりおやり」


 一気に終らせてパーッと遊びに行くことを考えていた少女は、達観した老女の声にがっくりと肩を落とした。



●とある出稼ぎ部隊の青年A



 凄まじい宝の山がそこにあった。

 骨。骨。骨。

 小さなものなら泥棒兎ヴォルール・ラパンの骨。

 大きなものならドラゴンの骨。

 様々な種類の骨が種類ごとに山となっている倉庫では、先程から悲鳴と歓声が上がっている。


「うおおおおお! 竜骨刃が作れたぁあああああ!」

「やべぇ! ボーンナイフやべぇ……!」

「おーい! そっちの余りでペーパーナイフも作っておけー!」

「細かい屑は骨粉にするから籠に入れておけよー!」


 一番簡単で単純な骨粉作業は、街に新たに作られた救貧院で待つ力の無い老人や小さな子供達が行っていた。

 気の滅入る単純作業だが、彼等には簡単で面白い作業であるらしい。製品作りと違って賃金は安いが、のんびりと余生をおくるお年寄り達はそれで充分と笑い、小さな子供達は自分達でも出来る作業に一生懸命没頭している。その材料となる骨の為、小さな屑一つ残さず、皆して最終作業籠に集めていた。


「自信作は銘入れしてもいいらしいぜ!」

「マジか!? 商会の店に並べてくれるのか!?」

「そうらしい! うほー! 俄然やる気出た!」

「失敗作はどうすりゃいいー?」

「ものによっては骨粉じゃね?」


 わずかなりとも技術力を持っていた者達はより高い技術を養う為に奮闘し、初めてのものは簡単な日曜道具から少しずつ技術を学んでいく。失敗しても骨粉になる為、失敗を恐れる必要は無く、ある程度不格好でも使えるものであれば日用品としてそこそこの値段で買い取ってくれるので、賃金はあがる。無論、材料費分を引いた差額を与えてくれるのではあるが、何もかもが用意された中で行えるのは、ある意味最高の贅沢だった。



●とある出稼ぎ部隊の女達



「ロック鳥の空揚げおまちどうさま!」

「手羽先あがったよー!」

「天魔牛バーガーのお客様ー?」


 とある広場で賑やかな声が客を呼ぶ。

 王都、大広場、バザー会場。

 出稼ぎに来た様々な人々が、それぞれ持ち寄った品を売る場所だ。

 場所代として最初にスペース分の代金を払いさえすれば、だれでも物を売ることが出来る。無論、バザーとして売っても良いと許可されているものに限るが、危険物でない限りはたいてい販売可能な為、今日も広場は沢山の人で賑わっていた。


「今日のオススメは泥棒兎ヴォルール・ラパンのお鍋でーす! 栄養たっぷりの食べ物をどうぞー!」


 そのバザーの一角で、屋台を営む女達が次々に料理を売っていく。

 面白いのはその内容で、どれだけ売れても料理が尽きないのだ。朝からずっと売り続けているが、未だに完売した品がない。売れていないのではなく、売れているのに売り切れていないのだ。

 かわりに、朝から売り続けて疲れた売り子が数名、屋台の後ろでぐったりとしている。


「おー。精が出るねェ。もう夕方近いけど、まだ在庫があるのかい?」

「あら、朝はありがとうございました! 補充されつづけてるから、売り切れは無さそうですよー」


 女の一人がポンッと叩くのは、やや小さめの保存ボックスだ。そこに刻まれた紋章を見て、声をかけた男は目を丸くする。


「こりゃあ、驚いた。グランシャリオ家の出店だったのかぁ。美味かったから、どこの新店の客寄せかと思ったら」

「ふふふ。王都出張屋台なんですよ! 店舗を購入して売るより、こっちのほうが沢山の人に食べてもらえるだろうから、ってことで!」

「へ~。あ、ロック鳥の空揚げ、土産に包んでもらえるかな。あと、ここで食べる用に泥棒兎ヴォルール・ラパンの鍋と、天魔牛バーガーを三つ。……メニューはいつも同じなのかい?」

「ありがとうございまーす! うーん、基本同じですが、時々限定品が入るっぽいです。今解体してる所だそうですけど、レッサードラゴンの串焼きが明日入荷する予定ですよ」

「へぇ! ドラゴン! ……というか、レッサー種なんだ?」

「よく分からないですけど、普通のドラゴンより弱い種類のが手に入ったらしいです」


 ふぅん、と包んでもらった肉を手に、男は面白そうに笑う。


「じゃあ、明日も来よう。ところで、君達はグランシャリオ家の人?」

「そうでーす! メイドより売り子の方が性にあうだろうってことで配属されちゃいました。美味しいものも食べれるし色々見れるしで最高ですよ!」

「あはは。仕事、がんばって!」


 在庫が尽きない屋台は、過密人口を抱える王都の胃袋をどんどん満たしていく。

 その圧倒的な許容量に、保存ボックスが容量拡張された空間袋であり、なおかつ特殊な技術により別の空間との共有が成されている希少な品であることを見抜く者も多かったが、王都にも名を轟かせるグランシャリオ家の紋章が入った品を盗もうと思う命知らずはいない。

 尽きない在庫により、いつ行っても美味しいものが食べられる屋台、という評判を勝ち取ったグランシャリオ家の屋台は、その後、バザー最大の食事処として王都の名物になり、いくつかの出会いと別れを見守ることになる。




 だがそれは、もう少し先の物語である。






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