34 もう一度、この世界で
俺はじっとポムを見つめていた。
ポムは薄い笑みを浮かべたまま俺を見下ろす。
常に浮かべていた牧歌的な笑みとは違う、仮面に入った亀裂のような笑み。――初めて見る表情のはずなのに、奇妙なほど印象に残らない顔だった。そこにいるのに、そこにいないような。
“ポム・ド・テール”
グランシャリオ家に仕える十二名の執事のひとり。
俺が知っているのは、それに加えてせいぜい、父様がスカウトして来た男だとか、戦闘能力が高いとか、記憶力が良いとか、脇腹が弱点とか、気配が薄いとか、存在感が無いとか、鈴をつけているのに稀によく鈴の音すらも消えているとか、その程度だ。
いつの間にか傍にいて、何かと世話をやいてくれたり、色んなものを用意してくれたりと、部下として非常に有能な一面を見せる一方で、どうにも掴みどころが無く、いつまでたっても得体の知れない存在。
そして――今までどの場所であっても、俺達を害することのなかった男。
「一つだけ、先に問わせていただいてもかまいませんか?」
自分の口元を一度撫で、そこで笑みの形になっていることに気付いたのだろう、苦笑してポムはそう問いかけてきた。
「何故、今、私にそれを?」
不思議そうな声だった。楽しそうな声でもあった。
事実、ポムはこの状況を楽しんでいるのだろう。
俺はその様子をじっと見つめてから、首を傾げた。
「どうしてだろうな……?」
「……」
「俺自身も、その『何故』は上手く説明できない。ただ……そうだな、俺はおまえが嫌いじゃない。何度も助けてもらったし、俺のやりたいことに手を貸してくれている。そんな相手を、知らん顔したまま……見ていないふりをしたまま、っていうのは……もやもやするというか、ちょっと嫌だったんだ」
たいした意味はないかもしれないが、と呟くと、ポムは二度ほど瞬きをしてから苦笑を深める。
「……そうですか」
「神族の手先かなとも思ったけど、おまえはどうあがいてもそんな存在じゃないし」
「ははぁ」
「誰かの思惑で動くような手合いには見えないからな。……肉の殻を被りたての神族は、おまえと似たような感じになる。ただ、おまえは神族とも少し違う気がする。俺が知ってる存在で、一番『似ている』と思ったのはオズワルドだ」
同属の神族の中で、その属性のもっとも強い権能をもつ存在。
第一級神族――人族に『神』として崇拝される者。
「けどオズワルドはおまえを知らないみたいだ。正直、『おまえは誰だ?』って問いたいところなんだがな。それをすると、俺もおまえに自分語りしないといけない気がする」
「まぁ、そうなりますね」
「それがまだ難しいから、まぁ、当たってればいいかな、ぐらいで問いかけて答え合わせしてもらおうと思ったんだ」
「藪蛇になるとは思わないんですか?」
「その時はその時だろう。おまえが敵にまわるなら、俺はおまえをスカウトするだけだ」
「……スカウト?」
「そう」
椅子の背に体重をかけ、俺は力を抜いた姿でポムを見上げた。
構えていないとも。構えても仕方ないと分かっているとも。
「その時点で、スカウトですか?」
「敵にしたくないなら、こっちに来いと誘うしかない。嫌だって言ってもしつこく口説くからな!」
ギャン泣きする準備も出来ているとも。上目遣いは効果無いけどな!
ポムはそんな俺をしみじみ見てから、小さくため息をついた。次いでもう一度、今度は深いため息を。
手で隠した口元が、なんとも言えない笑みを刻んでいる。
「困りましたね」
その声と表情は、実際に困っているように見えた。ややも笑い含みではあったが。
「だが、楽しそうだ」
「そうですね。……やぁ、しかし、これは困りました。あまり深入りするつもりは無かったんですけど。……だいたい、一歳未満でこんな風に喋ったり出来るの、反則ですよ」
「予想外か」
「そりゃ……どうやって予想するって言うんです? 生まれるまでまだ時間があるからって他大陸に仕事に行って、一年ぐらいで戻ってきたら、四ヶ月前に生まれたという赤ん坊が廊下を走ってる状況なんて。正直、なんの冗談かと思って少し隠れて観察してたぐらいですよ」
「……すまない。確認させてくれ。おまえがうちの屋敷に帰ってきたの、いつだ?」
「坊ちゃんが炎の精霊王に『せいちょうがはやすぎると、きみわるいだろうからな』と言ってた日の前日です」
ああ、そこは本当のことだったのか。
……いやまて、何故、フラムとの会話を知っている?
「一日休暇をもらいましたので、一日中坊ちゃんの後ろについてまわって観察してました」
やだ! ストーカー!!
――そして、全く気付かなかったよ。
……こいつが敵に回ったら、本気で俺は即終了だな……
「それで、まぁ、どうも害は無さそうだと思いまして。旦那様も奥様も坊ちゃんにデレデレでしたし。さすがに旦那様に雇われている身ですので、雇い主に悪影響がある後継者というのは勘弁してほしかったですからね。これなら大丈夫かなー、と普通の業務に戻ったら、坊ちゃんと旦那様が外に出かけようとしてたのでついていきました」
そして、俺的には「はじめまして」になったわけだな。
「『初めて見る赤ん坊を発見』とか、しれっと嘘ついてたわけか」
「別段、嘘というわけでも無いつもり、なんですけどね。朝の遠乗りに出かけようとしてた時の坊ちゃんは、初めて赤ん坊らしく見えましたから。その前の日は、どこか疲れ果てたオッサンみたいに見えましたよ」
失礼だな!
心の底から失礼だな!!
俺が否定できないことを言ってくれるなよ!!
「まぁ、そうですね……私から、というのは事情あって無理ですが、答え合わせぐらいにはつきあいましょう。肉の殻を被っている、というのは正解です。オズワルドさんに似ているというのも、多少は正解です。ただ、おそらく一番気にされているのはコレだと思うんですが――私はあなたの言う神族ではありませんよ」
俺はポムの目をじっと見つめる。
嘘は無い。
そう分かった。
「予想は外れか」
「安心しましたか?」
「そうだな」
例え神族であっても、敵対者でなければそれでいい。
けれど、かつて裏切られた経験から、精霊族を今も信じきれないように――どうしても神族という種族に身構えてしまうのは直らない。だから、そういう意味では「安心できた」と言っていいだろう。
……あいかわらず、存在は謎のままなのだが。
「坊ちゃん」
笑い含みのポムが手を伸ばす。
ひょいと抱き上げられたので、抵抗なくその腕に収まった。すっぽりだ。ひょろ長いように見えて、ポムの肩幅はそこそこある。胸板は薄めだが、厚いと俺が嫉妬の炎を燃え盛らせるので丁度いいというものだ。
こてん、と体重を預けると、くすくす笑う声が聞こえた。
どこか優しい手が頭を撫でる。
「私もね、坊ちゃんのことは嫌いじゃありませんよ」
「そうか」
お互い、嫌いじゃないか。相思相愛には程遠いが、悪くないな!
「坊ちゃんは楽しいですしね」
「俺も、おまえと仕事するのが楽しいな」
「私もです。旦那様の依頼もありますしね。『生まれてくる子供に色々と教えてやって、見守ってほしい』。そう言われて、引き受けました。だから、坊ちゃんが子供であるうちは、あなたが世界の理を侵さない限り、私はあなたの敵にはなりません」
敵にはならない。
――その言葉が聞きたかった。
例え限定的なものであったとしても。
「……そうか」
「区切りとしては、坊ちゃんが魔王になるのなら、その時期を目処にするべきかなと思います。それよりも早く旦那様が亡くなったら、その時は依頼解消とします。私はグランシャリオ家に雇われているのではなく、あくまで旦那様と契約しているだけですから」
そうか、と。呟いた俺の背をポムの手が軽く叩く。
痛くは無かった。筋肉痛は、どこかに消えていた。
「私はね、坊ちゃん。一生懸命生きようとしているあなたが好きですよ。一生懸命だからこそ、苦しむこともあるでしょうし、悲しむこともあるでしょうし、投げ出したくなることもあるでしょう。お互い秘密事が多いみたいですし、他に言えないことがあったら愚痴りに来て頂いても大丈夫です。何かをするわけではありませんが、聞いていることぐらいなら出来ますから」
「……そうか」
「焦らずに生きなさい。思い詰めずに。あなたは独りでは無いのですから」
その言葉に、ふと、何かを忘れているような気がして胸騒ぎがした。
今ではない時、此処ではない場所で何かを言われたような――
(ああ)
ぼんやりとした光景が浮かぶ。相手の姿は思い出せないけれど。
――■■を■■て
「他者を頼って、って……ポム、おまえ、前に俺に言ったこと……あるか?」
「……。いいえ、私ではありませんね」
……そうか。ポムじゃないのか。
印象がぼんやりしてるから、ポムかなと思ったんだが。
首を傾げる俺に、ポムは苦笑を深めて俺の背をポンポンする。
妙にあったかくて眠くなるのだが、何か魔法でも使っているんだろうか。
「これは独り言なんですが。……坊ちゃんは、坊ちゃん自身のことをもっとよく知らないといけませんね。権能というのは、正しく理解しないと完全な力は使えませんから」
「?」
「例えるなら、大きな箱に入った力が二つ。坊ちゃんの中にあるのが、私にも分かります。鍵は時空魔法でしょう。けれど、まだ当分開きそうな感じはしません。……ただ、開く時にはきっと、大きな選択をしないといけなくなるでしょう。今ではない時、此処ではない場所で。それまで、余計なちょっかいが入らないよう目隠ししておきましょうか」
ふいに額が暖かくなった。おや、祝福ですか。ほぉん。目隠しの効果とは意味わからんが、もらったのならお返ししましょう。『無敵の呪い』でいいよね?
「おや」
額にもらったキスのかわりに這い上がってこめかみに贈ると、おかしそうに笑われた。
まぁ、不要かもしれんが、何かの役にたつかもしれないからな。
発動したら俺はまた筋肉痛だけどな!
「なぁ、ポム」
「なんです? 坊ちゃん」
「おまえが父様の誘いを受けたのって、なんでだ?」
あわよくばポム懐柔のコツを教わろうと密かに目を輝かせた俺に、ポムはちょっと困ったように首を傾げてから、懐かしむように言った。
「『行く場所が無いのなら、うちの屋敷に来い』と、そう言われたからですよ。何も持たず、何も分からないままにいた私に、居場所を申し出てくれたのは、旦那様が一番最初だった。――ただそれだけです」
●
ポムが仲間(仮)になった。
味方だとは言われなかったが、敵じゃないから仲間である。とりあえず俺はそう思うことにした。思いっきり期間限定だけどな!
いつか仲間(狩)しないといけないかもしれないが、その時はその時だろう。とりあえず俺はカリスマとラブ力を上げておくべきだろう。友好度の上げ方がサッパリ分からないが、魅力を上げておかないとそっぽ向かれる可能性が高いのは、誰相手でも同じだろう。がんばれ、俺! 前世では全くモテなかったけど、諦めるなよ、俺!!
しかし、ポム相手か……擽り力も上げておくべきかもしれない。最後の手段は脇腹だ。俺の技巧でヒィヒィ言わせるのだ。……しかし、克服されたらどうしよう……他の弱点も見つけておかないといけないな。
お互い秘密主義者ということで、ポムとは少しばかり連帯感がもてた気がする。気のせいかもしれないが、気にするな。気にしてもしょうがないことは、気にしないことにしたのだ。極力は。
そのポムと一緒に行った共同作業は、我が家とこの場所を繋ぐ転移装置の作成である。
そう、せっかく土地をもらったうえ、我が家より遙かにベッカー家とも王都とも近いということで、決闘地であったこの場所に栄えある転移装置第二号を作ることにしたのだ。
企画、俺。
制作、俺。
監修、俺。
準備はポムが連結無限袋でせっせと取り出し、足りないものは現地到達で走り回った。
観客は魔王に死神にわけわからん生物であるポムに父母と、微妙に豪華。というか、俺の後ろをちょこちょこついてきて手元を見続けるのでとてもやり辛い。集中したいんだから、もうちょっと離れてくれててもいいのよ?
初回の時には二週間ほどかけたが、二回目にはそんな時間をかける気は無い。なにしろ決闘に出発してから、ずっとルカに会っていないのだ。魔眼のおかげでほんのりそこはかとなく繋がっているが、俺はもう禁断症状である。早く作って会いに行って、ニコニコなルカに「れでぃお」と呼ばれるのだ!
というわけで、大人になった。
速攻で【時渡】を二回使って大人になった。
あらゆる能力が赤ん坊の頃とは桁違いに跳ね上がるからな!
「坊ちゃん……ちょっと全力過ぎでしょう……」
うるさいよ。俺は急いでるんだよ。返ったらニコニコなルカが待ってるんだぞ! 俺とルカの再会を邪魔する者は、皆ゼブラハゲになるといい。
ちなみに、大人になるだけなら体に悪影響は無いと先に説得したので、過保護な父母も反対せずに見守ってくれている。転移装置設置は、真性魔法みたいな大魔法じゃないからな。
……普通一般の基準については、藪蛇になるから決して語るまい。
「しかし、境界リングが素材になるとはな……」
「そういえば、原材料のレアメタル鉱山をグランシャリオ家が購入してましたな」
サリとオズワルドの視線を後頭部に感じる。やめろ。大人の俺の後頭部が、赤ん坊の俺の如く涼しくなったらどうしてくれる。そんな熱視線を送るのはやめるんだ!
ちなみに父様と母様はうっとりと俺を見つめるばかりだ。息子の成長した姿が嬉しいのだろう。
……なんで頬が上気してるのか気になるが……
……いや、よそう……考えないほうがいい気がしてきた……
……俺、ちゃんと服着てるんだよね……?
「さて。あとは空間を繋ぐだけだ」
裸族疑惑に内心怯えつつ、素材からの錬成と組み立てに半日、魔術を刻み込むのに二時間ほどかけて出来上がったうっすらと光を帯びた床、もとい転移装置を見つめて俺は宣言する。
空間を繋ぐ、と言うと難しく聞こえるが、既に転移先の装置は出来上がっているのでそれほど難しくは無い。
「位置の調整は大丈夫ですか?」
「ああ。阻害されている気配も無い」
「歪みも無さそうですね。ああ、これで坊ちゃんの作ったあの光るだけの床がついに本来の姿に……!」
うるさいよ! ひとの失敗を持ち出してくるんじゃないよ!!
しかし、考えたら感無量である。あの二週間かけたただの光る床が、ようやく本来の能力を発揮出来るようになったかと思うと……!
「くっ……長かった……」
「やりましたね! 坊ちゃん!」
「ああ! これでようやく、籠に積み込まれたり袋に入れられたりしなくても長距離を移動できるようになるんだ!」
がしぃ! とポムと抱き合う。この喜びは当時を知る者しか分かるまい。そして俺の移動手段はどうしてああもおかしいのか……
「帰ったら、まず農地改革の図案ですかね」
「それだけじゃないぞ」
脳内で計算しているらしい様子のポムを横目に、俺は告げる。
テールから聞いていた汚染されていたという土地の情報。
神族の気配探索。
貿易業の拡大。
貧困層の雇用拡大。
変異種素材による種族能力強化。
武技と魔法を学ぶための教育機関の支援強化。
各種職業技能の習得と向上。
他種族への積極的アプローチと、友好種族の獲得。
人族の大陸で増えているという変異種への対応。
全てだ。
神族との戦いに向けて、無駄に出来る時は無い。
何より、【時渡】の魔法を使えば、俺自身も外で活動できる。
いずれ生まれるはずの勇者にも会いに行きたい。未だ生まれていない未来の妻や、かつて共に在った仲間達にも。
俺はポムを見る。前世ではいなかった者を。
クロエも、
ベッカー家も、
前世ではすでに失われていた。
だが、今回は違う。
喪わずにすんだ命がある。歪みを正せた運命がある。
前世の記憶とあわせても、敵の全容は未だ見えない。最初の始点ですらまだ判明していない。
それでも、ここにこうして俺が存在する意味は、確かにあった。
運命は、変えられる。
途中で諦めたりしない限り。進む先に、必ず未来は存在する。
だから、始めるのだ。
生きる為の戦いを。――もう一度、この世界で。
「まずは、二大大陸掌握だ!」




