33 その裡にあるもの
「俺……?」
「そうだ」
ぽかんとした俺に、レイノルドは強い眼差しで頷いた。
……何故、『俺』なのだろうか。
グランシャリオ家そのものの旗下に入るというのなら、分かるのだが。
「我が家では無く、俺個人なのか?」
重ねての問いに対する答えは、「是」だった。
「陛下の調査の元、我々は己がしたことの全てを知った。『誰の提案であったか』や『実際に誰がやったか』は問題では無い。我が家の方針として計画を練り、実行に移した限りは我が家全体が負うべき責であり、このことは家に残っている者達とも話済みだ」
そういえば、ベッカー家の領地はここから近いな。我が家なんて、大森林を隔ててるから飛竜に乗らないといけなかったのだが。
ちなみに俺は、安全の為ということで気圧調整機能付きのデカイ籠に入れられて運ばれた。
……俺だけ移動手段がいちいちおかしいな……
「ベッカー家は、グランシャリオ家に滅ぼされても文句は言えない立場にある」
「……」
「だが、貴殿はそうしなかった。貴殿の両親より、貴殿の考えや言葉は伝え聞いている。それをもって初めて、我が家が領地の没収も死罪も全面戦争も免れたのだということも」
……なにか大げさに伝わっている気がする。
俺は「やられたからやりかえすけど当事者だけで喧嘩するよ!」という方針を貫いたにすぎない。そもそも、魔族全体の増強計画を考えている俺が、魔族総数を減らすわけにはいかないのだ。
困った俺が口を開こうとするも、レイノルドの方が言葉を続ける方が早かった。
「おまけに、貴殿は変異した我が家の者達を救ってくれた」
「……――」
「犠牲は、全て俺の責だ。俺の命で贖えるのであれば、如何様にもしよう。失われたと聞く貴殿の幼馴染と同様に我が目も差し出そう。命とて惜しむものでは無い。そちらが望むのであれば、すぐにでもこの首を落とされるが良い。だがその前に、せめて、せめて恩は返したい。我々は貴殿を殺めんとし、なのに貴殿はそんな我々を救われた。その恩を返せぬまま、生を享受するのは魔族の恥だ」
じっと見つめてくる眼差しが熱い。
その目には覚えがある。――生前に向けられた幾多の眼差しだ。
俺は魔王として、何かを出来たわけでは無かった。死にもの狂いで出来る限りのことをしたが、結局負けて滅んだ程度の者だ。残せたものなど無いに等しいだろう。
そんな日々の中で、けれど向けられる眼差しがあった。
同じ目だ。
俺はまだ何も出来ていないのに。
レイノルドが口にするほど、大仰なことは何も出来ていないのに。
「俺は、お前がそうする程の何かを成したわけじゃない」
「そう思われるのならば、それでもいい。ただ、我らが我らの意思として、自らの行く道を決めたにすぎない」
「……」
真っ直ぐに。言葉も眼差しも揺るぎなく。
向けられる力が何であるか分かるから――口を閉ざした。
レイノルドが跪いたまま礼をとる。
「レディオン様」
最敬礼――魔族であるのならば、例え相手が魔王であろうとも、余程のことが無い限りとることのない礼を。
「我らの忠誠をお受け取りいただきたく」
脳裏に蘇る。
遥か昔のような、
すぐ昨日の事のような、
生まれ変わる前の光景。
全ての魔族の頂点に立ち続けていた――在りし日の。
「――受けよう」
目を瞑り、声を落とした。
浮かぶのはひとりの眼差し。
冷たくも真っ直ぐな、力ある眼差し。
――ルカ。
「だが、一つだけ約束をしろ」
覚えている。
忘れない。
例えどれだけ遠き時と空間の果てにあろうとも。二度と交わることの無い場所であろうとも。
――私達の屍の上に
その言葉と思いは。
「決して、命を散らす生き様はするな」
「!?」
俺の言葉に、レイノルドは虚をつかれたように目を見開いた。その瞳をじっと見つめる。
「誰かの為に。何かの為に。何かを賭さなくては成せない事もあるだろう。だが、その天秤に安易に命を乗せることだけはしてくれるな。死んだらそれで終わりだ。生き返らせる術は誰ももたない。――レイノルド。俺達は、まだ、始まったばかりだ」
生きて、生き続けて、奪われて死んだ。
そんな俺だからこそ、言わなくてはいけないことがある。
――願わずにいられないことがある。
「生きることは、苦しいものだ。これから先、もっと辛い事も多く経験するだろう。絶望的な戦場もあるだろう。だが決して、命を散らさなくてはならない選択をするな。生も死も、思い通りにはいかない。一か八かな時はおそらくいつか来る。けれど、選ぶのなら、僅か奇跡的な確率でもいい――『生き残る為に』選べ。無様でもいい。笑われようと構わない。生きてこそ、成せることがあり、果たせることがあり、紡げるものがある。今こうして、言葉をかわせれているように」
「…………」
「生きる為に生きろ。どのような時であろうとも。それが出来ないのなら、俺は誰もいらない」
レイノルドは何も言わない。
ただ眼差しだけが俺を捕らえている。
一秒か、二秒か。それとももっと長い時間か。
沈黙を挟み、レイノルドは深く深く頭を垂れた。
「御意のままに」
●
一旦家に帰らなければならない、というレイノルドが退室するのを見送って、俺は椅子に背を預けて座った。
ベッカー家。――そういう『繋がり』が出来る血統だったのか。
彼等の力は強い。風の血統魔法を有する上級魔族の大家。かつての俺が知らなかったということは、前世では潰されたのだ。そうして失った。
(これが、『最初』か……?)
ルカ。クロエ。ベッカー家。それに、もしかするとグランシャリオ家の土地の幾つか。
罠を仕掛け、同士討ちを仕掛け、呪いを仕掛け――魔族の力を削ごうとした。
ハジマリは、此処だろうか。
俺は俺が生まれてからのことしか分からない。俺が生まれる以前から画策されていたとみるべきだろう。そうでなければ、ノルン達がグランシャリオ家に潜入できているわけがない。では、いつからか。――どの時点が、始点だ?
……早く、報告書を読まないといけないな。
「ベッカー家が下についたってことは、もしかして農地改革予定地、南にも出来ちゃいますねぇ」
心臓の裏が冷えるような気分でいた俺の耳に、相変わらず呑気なポムの声が聞こえた。
「……。なぁ、ポム」
「なんでしょう?」
「……この場面で、まず、農地改革なのか……?」
「え。違うんですか? 坊ちゃんなら絶対そうだと思ったんですけど」
……こいつは、俺をどういう目で見ているんだろうか……
「なんと言っても、南は芋の育成に適した場所がありますからね~。グランシャリオ家の土地も悪くは無いんですけど、農地改革の予定地は出来る限り荒野を予定してるでしょう? 南の方の荒野は、荒野といっても土地の豊かさが違うんですよ。いい芋出来ますよ~」
俺は息を呑んだ。
そうだったな! それがあったな!!
「つまり、飢饉対策本格始動か!」
「そうです! 外貨獲得用と共に課題にあげていた飢饉対策です! 芋なら輸出も簡単ですし、万が一芽が出ちゃったら向こうで種イモにしちゃいましょう!」
「そうだな! そろそろ纏まった外貨がたまってるなら土地を購入して、向こうの本拠地を整備する必要もあるな!」
「転移装置と光速輸送用連結無限袋が欲しいですよ坊ちゃん! 大規模芋畑計画ですよ!!」
「分かった! 父様の義手が完成したらすぐに着手するぞ! 俺は玉蜀黍も欲しい! あと、大豆」
「坊ちゃん、大豆好きですねぇ……」
大豆を馬鹿にするんじゃないぞ!?
いろんな食べ物になるんだぞ! 調味料にもなるんだぞ! あと、未熟な状態でとっても枝豆になって美味しいんだぞ!!
「……レイノルドが退出した後でよかったな」
熱く語り合う俺達を見つめていたサリが、隣のオズワルドにしみじみした声で言っている。視線を向けると、なにやら楽しそうな眼差しを向けられた。
「やっぱり、魔王、継がないか?」
おじいちゃん! その話はさっきしたでしょ!?
「十年待ってくれる予定だろ」
「予定はあくまで予定だからな」
「言っておくが、例え十年後でも、約束をしてくれないと俺は魔王の位を譲り受けたりしないぞ」
「約束?」
サリが首を傾げる。
眼差しにだけ不安な色を滲ませたオズワルドに気付いていないサリに、俺は慎重に言葉を選んで言った。
「レイノルドに言った言葉だ」
「……?」
「『命を散らす生き様はするな』」
サリが口を噤んだ。動揺に、オズワルドが痛みを堪えるような目になる。
――やはり、『ソレ』は、今生も変わらないのか。
「サリ・ユストゥス。ひとりの魔族として、ひとりの魔族である貴殿に願いたい」
「……『何』を」
「『生きてくれ』」
「……」
「長い時を生きた相手に、俺がそう言うのは何かが違うのかもしれない。けれど、それだけは……本当に、それだけは、俺の偽らざる願いなんだ。『生きてくれ』。例え貴方の魔力と知識を貰ったとしても、それだけでは何も救えない。魔力だけなら、知識だけなら、俺が努力して培う。けれど、貴方という命は、貴方が手放してしまったらもう二度と手に入らない。だから、生きて、俺を導いてくれ」
サリ・ユストゥス。
七百年にわたり魔族の頂点に立っていた男。
最強の存在。――その膨大な魔力と知識。
俺は知っている。この後の歴史を。
――だからこそ。
「『神族』が牙を剥いた以上、ひとりでも多くの強い仲間が必要なんだ」
失うわけにはいかない。
「俺ひとりが強くなるよりも、強い者が複数いる方が種族全体としての力は強くなる。ひとりでは出来ることは少ない。誰も万能にはなれない。足りないところは補え合えばいい。支え合えばいい。けれどひとりでは、出来ないんだ」
「……」
サリはじっと俺を見つめる。
全てを見透かされるような、深く強い眼差しだった。凄まじい威圧を感じる。正直、あの神族の比では無い。
「レディオン・グランシャリオ」
「なんだ」
「……お前は『誰』だ?」
サリの声に、俺は小さく口を開き――苦笑した。
「サリ・ユストゥス。俺は、『あんた達』のことを問うことはしない」
オズワルドを視界に入れて、告げる。
「だから、俺のことは聞かないでくれ。俺も、今、どう説明していいのか……分からない」
サリが目を細める。
オズワルドは俺を見つめ――そっと目で礼をした。
それを察したわけでもないのだろうが、サリが嘆息をついて苦笑する。
「わかった。それも、十年待つことにしよう。今できずとも、その時には話してもらうぞ」
「わかった」
内心腰が引けそうなのを我慢して、俺はふてぶてしく頷いてみせた。筋肉痛で痛い。
「では、我々も退出しよう。――ああ、両家の問題がさっきので解決したから、おまえ達も領地に帰還しても大丈夫だ。あと、この地はお前の領土とした。調整はこちらで済ませておくから、好きに使うといい。転移装置が出来たら、オレにも見せてくれ」
さっくりとそう言ったサリに、初耳な事やら色々あって思わずポカンとしたが、一つだけ気になって声をかけた。
「待ってくれ。その前に――レイノルドがあんなことを言いだすの、もしかして知っていたのか?」
先のやり取りを全く驚かずに様子を見ていたふたりは、ふと口元に笑みを浮かべて言う。
「だからこそ、おまえに魔王になって欲しかったんだよ」
●
ふたりが退出して、貴賓室に沈黙が降りた。
俺はもう一度椅子にぺたんと座る。
「お疲れ様でした」
ポムがくすくす笑いながらそんな俺にお茶を用意してくれた。今日は俺の好きな香草茶だ。いい匂いに気持ちがスッとする。
「本当に疲れたぞ……今日一日で」
「未来の魔王位に、新しい部下ですか。幸先いいですねぇ、坊ちゃん」
「……どうだろうな……」
俺は遠い目になる。
戦力増強と未来の確約。良いことではある。だが同時に、不安もある。過去と未来に対して。
「……だが、まぁ、考えすぎても仕方ないし、な」
「そうですね。ところで、魔王様達の事情って何です? 坊ちゃんの得体の知れなさを不問にさせるようなもんなんですか?」
……こいつもしれっと訊いてくるな……
というか、おまえに言われたくないぞ! 『得体の知れなさ』選手権ぶっちぎり一位のくせに!!
俺はため息をつき、ポムをチラッと見て言った。
「……別に、サリもオズワルドも、もともとは魔族じゃないってだけの話だ」
「ははぁ」
……驚かないな。まぁ、そうだろうな。
「オズワルドさんはなんとなく分かりましたけど、魔王様もですか~」
「あれだけ魔族歴が長いと、分かる者のほうが少ないだろうな。今は正真正銘魔族だし。……まぁ、オズワルドの方は、ある意味まだ怪しいが」
「怪しいですかね?」
「存在が違いすぎるからな。俺自身、どうやってサリがあんな存在を傍に置けたのかは分からない。アレは誰かの手に収まる存在じゃない。数多の神族の中、血統の頂点に立つ第一級神族の一柱――『死神』だ」
「ほほぅ」
「おまえの同類だな」
俺の一言に、ポムはぴたりと動きを止めた。
俺はそれを見つめて言う。
「おまえも、神族だろう?」
のほほんとした仮面の中で、口が亀裂のような笑みを刻むのがわかった。




