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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
――mission 4 愛しき者と宵闇の魔女
34/196

32 決断



 ベッカー家との『決闘』から三日が経った。

 あの日以降、新たなちょっかい、もとい攻撃が来るということは無かった。『赤ん坊の面倒を見る為』という超独自名目で現界している水の精霊女王(ラ・メール)曰く、神族がこの近辺にいる可能性はほぼ無いということだ。随時アストラル・サイドを監視している彼女の言を信じるなら、やはり今回の『攻撃』は終わったのだろう。


 サリ・ユストゥスは騒動の事後処理を淡々とこなしていた。主にベッカー家とグランシャリオ家の調停に、元凶である『ノルン』関連の捜査から高濃度魔素を発生させた呪物に対しての研究まで、その業務は多岐に渡る。王都クレピュスキュールから飛空艇で人員を呼び寄せたとはいえ、しばらくこの地に留まる事になりそうだと苦笑していた。


 だが、この地に留まっているのは、サリだけでは無い。

 事態が収拾されるまで帰還出来ず、俺達もまた、今も決闘場近くに逗留しているのだ。

 『災厄の種(カラミテ・グレーヌ)』により汚染された大地は、大地の精霊王(テール)によって浄化されている。一応、仮設住居については完璧に整えたつもりだ。防衛も考慮してテールと共に魔法で小さめの屋敷をいくつか建設したし、食糧についてもかつてテールからもらった変異種ヴァリアント素材が大量にある。いい稼ぎ場だと付近の村から野菜を売りにくる民もいるので、生活環境そのものは悪くないと言えるだろう。

 何故か屋敷建立時、周囲一同に驚愕の眼差しで見られたが、サリはけろっとしているし、他の連中もしばらくすれば慣れるに違いない。


 ちなみにベッカー家用とグランシャリオ家用は、同じ間取りで別々に建てている。サリ用はちゃんとお城の形で作ったので、主至上主義と噂のオズワルドも満足そうだった。もっとも素材が土なので、どの建物も全て黒ずんだ灰色の壁と屋根なんだがな。


 俺とレイノルドの決闘は行われないままだったが、その後どうするかの話はまだ来ていなかった。今はベッカー家内部でも揉めていると聞くし、結論が出るまでにもうしばらくかかるだろう。いきなり二十八名もの赤ん坊を抱えたこともあって、それどころじゃなくなっている気もする。


 今回の騒動の犠牲者は、ベッカー家に死亡三十四名、赤ん坊になった者二十八名と、出場者のうち無事だったのは当主レイノルド以外には僅か六名しかいない。一緒に来ていた付き添いの三十名が奔走しているが、こっそり覗き見たレイノルド以下の面々は抜け殻のようになっていた。今まで信じていたものに裏切られ、沢山のものを失ったのだから思うことは多いだろう。もしかすると当主の代替わりすらあるかもしれない。


 赤ん坊に戻った二十八名は、ベッカー家で面倒を見ると言ってくれたのでそのままお願いしてある。何故か驚いた顔をされたが、元々の主家が面倒を見てくれるのならそれにこしたことは無いのだ。多少、赤ん坊軍団なる野望もあったりしたが、大人達の労苦が並大抵では無さそうなので断念する。いいのだ。俺にはルカがいるのだ。友達百人計画とか考えていたけど、我慢するのだ。……寂しくなんか、ないのだ……


 グランシャリオ家は、というか、父様と母様は今の所大人しくしていた。ベッカー家への攻勢もピタリと止まっている。今は優雅にお茶をしながら、父様は観客としてついて来ていた五名の執事と共に領地へ指示を飛ばし、母様は次の貿易戦略に勤しんでいた。出稼ぎ部隊、もというちの家人連中はといえば、今も同じ現地にいる魔族を相手に屋台で稼いでいる。うちの連中は、いつから全員「職業:商人」になったのだろうか……


 ちなみに、付き添いとして来ていたポムはといえば、父様のことは他の執事に任せて俺の傍にいる。時々貿易関係で母様と話し合っているが、それ以外の時はずっと俺の傍だ。いつのまにか、俺の専属のようになってしまっているが、父様も何も言わなかった。

 そして俺はといえば、ずっと寝込んでいた。

 筋肉痛である。


「……坊ちゃん。また子アザラシになってますよ」

「きゃう!」


 痛い! 変な声出た!

 おのれポムめ。俺の脚をつつくのはやめるんだ! 俺が筋肉痛で苦しんでいるの知ってるだろ!? 怒るぞ!? 泣くぞ!?


「あーあ……こんな姿は他に見せれませんよ……知ってますか、坊ちゃん。今、表じゃ坊ちゃんの雄姿がすーごく話題になってるんですよ。あのカッコイイひと、誰だったの!? 的な感じで」


 なんだと!? この俺にそんな話題が!?

 カッと目を輝かせた俺に、ポムはスーッと目線を逸らした。

 ……やだ……その反応、なんなの……?


「……まさか、こんな風に転がってる赤ん坊が本体だなんて……きっと信じないでしょうねぇ……夢が破れると可哀そうなので、我が家はずっと来客お断り中です。坊ちゃん、早く成長してくださいよ?」


 悪かったなこんな赤ん坊で。俺だって早く成長したいよ。特に歯とか髪とかそのあたりを重点的に!

 土鍋を置き、ひっそり涙している俺を抱き上げて、ポムは「はいはい」と俺の背をポンポンする。痛い! 痛い!! 筋肉痛だって言ってるだろ!?


「それにしても、こっそり無敵魔法をかけておくとか、坊ちゃんも抜け目ないですね」

「何が起こるかわからなかったからな」


 【無敵化インビンシブル】は名の通り一切のダメージを負わなくなる魔法である。だが、名に反して「全ての攻撃に対して」効果を発するわけでは無い。

 例えば魔法に対して、物理攻撃に対して、即死系に対して等、対象を指定して行使する魔法で、指定された対象以外のダメージは普通に負う。

 俺が使ったのは、アストラル・サイドからの攻撃に対する無敵の呪いだった。発動しなければ何もないが、発動すれば術者が後で強烈な筋肉痛を負うやつで、その代償がある為に複数の相手へ同時に行使できる魔法でもあった。

 ノルンの攻撃が父様に通じなかったのもこの為であり、俺が今筋肉痛で苦しんでるのも、このためである。

 ――最後のアレさえなければ、この痛みは無かったのだが……


「まぁ、普通の魔法や物理攻撃には耐性がありますし、旦那様達ぐらいの力量になると、もともと即死魔法は無効ですしねぇ。……まぁ、ということは、坊ちゃんは最初から『神族』の介入を見越していた、ということですけど」

「……」


 無言になった俺の前で、ポムは土鍋の蓋を取る。美味しそうな匂いが湯気とともに漂って来て、俺の健康な胃袋が「きゅー」と鳴き声を響かせ始めた。


「……なんで坊ちゃんは一歳になる前から固形物摂取してるんでしょうね……」


 今更な台詞を言いながら、ポムは一口大の具材をせっせと器に入れる。今日の鍋の素材は変異ドラゴンだ。どこで手に入れてきた素材かは、あえて口にするまでもないだろう。


「そうそう、坊ちゃん。魔王陛下が午後にお見えになるそうですよ。レイノルド氏も一緒とのことです」

「……そうか」

「まだ本調子じゃありませんから、後日にしてもらいます?」

「いや、会う」


 流石にそんな不敬はしたくない。それに、早めにケリをつけておきたいのも事実だ。ルカにも会いに帰りたいしな。


「そうですか~。では、しっかり食べて、歯磨きして、洋服を整えてお二人をお迎えしましょうか」


 熱々の鍋を適温に冷ましながら俺の口に具材を運ぶポムに、俺はチラッと視線を向ける。ポムはいつもの笑顔で眉をひょいと上げて見せた。


「ポム」

「なんでしょう?」

「サリ達と会った後で、話がある」


 俺の声に、ポムはただ微笑う。


「はい」





 サリはひとりでやって来た。

 レイノルドは先に父様達の方に挨拶があるとかで、調停者としてオズワルドがついた状態でそちらに赴いている。オズワルドがいるのなら、父様や母様がレイノルドを苛めても大事にはならないだろう。

 サリを迎えたのは、こういう時用にと作った貴賓室だ。調度品等は置かれていないが、壁や暖炉の造りにはこだわっている。色が暗灰色のみなのが少々難だがな!


「……最初見た時も驚いたが、赤ん坊なんだな」


 俺をじっと見つめて、サリは苦笑混じりにそう呟いた。

 俺は筋肉痛で痛む体を起こし、椅子の背に体を預ける形で立つ。


「生まれてまだ一年経っていないからな」

「……その受け答えを聞く限りは、詐欺にしか思えないが」


 まぁ、前世の記憶もあるからな。詐欺と言う言葉に反論は出来ない。


「体調が悪そうだが、大人になっていた反動か?」

「いや、【無敵化インビンシブル】のアレンジによる呪いだ。あと二日もすれば消えるだろう。時を渡る魔法だけなら、魔力は大量消費するが体に与える影響は少ない。魔力枯渇になるレベルの大魔法を併用して使うのは危ういが……」


 真性魔法クラスになると一発でアウトだしな。


「時渡りか……伝承で残っているのは知っているが、実際に使った者を見るのは初めてだな」

「普通の者には使いどころが無い魔法だろう。この手合いの魔法ともなれば、使う者はすでに完成された肉体を持っているのが通常だ。今の俺のように、『未成熟』という意味で体が能力についていかない者でなければ、用をなさない」

「……成程」


 俺をしみじみと見やって、サリは何かを考える顔になった。


「それでいくと、子供の状態で成長を止めてしまった者にも、有効か?」

「遠い未来にでも成長の希望があるのであれば、そうなるな」

「なるほど。魔法の伝授は可能だろうか? 国立病院の方に、症状を抱えている者達がいる。彼等の希望になる可能性は高い」


 サリの声に、俺は目を瞠った。そうだ。老化が止まってしまった結果、子供のまま成長できなくなった同胞もいたのだ!


「流石だな、サリ・ユストゥス。俺では思いつけなかった。早速、魔導書グリモワールを作成しよう! 技術補助用の魔法陣の作成もいるな。維持するのに相当な魔力が必要になるから、魔力増幅用の魔道具も作った方がいいか」

「……いいのか? 一財産だろう、それは」


 眼前に新たな魔族増強計画を提出された気持ちで意気揚々としている俺に、サリは目をぱちくりさせながら問うた。俺は思わず握り拳を作る。


「当然だ。魔族の問題を解決させるのに、何を躊躇う必要がある」


 そう、病院関係を考えれてなかったのは迂闊だった。まず最初に手を入れるべきだろうに、俺にはその着眼点が無かったのだ。後で資料を漁って、俺のもつ魔法で解決できそうな病状を網羅すべきだろう。

 あとは、やはり食べ物で体内から改善していく方法か。そういえば、人族の大陸では変異種がかなり活発化していると聞く。あちらで狩りをすれば、一石二鳥だろう。問題は、向こうの変異種はこちらの変異種と比べ、弱い分素材の効力も弱いということだが……


「……レディオン・グランシャリオ」


 ――ハッ!

 しまった。つい考えに没頭していた。

 慌てて顔を上げた俺に、サリは静かな表情で言葉を発した。


「魔王の位を継ぐ気は、あるか?」




 


 魔王(サリ)の目は本気に見えた。俺はただその目を真っ直ぐに見つめる。

 赤ん坊に言う台詞では無いだろう。だが、年齢や常識で考慮するところを、敢えて排除して告げられたのだと分かっていた。

 サリはそれ以上言葉を重ねない。

 俺は答えずに黙っている。

 俺の後ろにはポムが影のように控えているが、こちらも口を開かない。

 誰も口を開かない為、沈黙だけがしばしの時を数えた。


「……十年」


 ぽつりと、零す。


「せめて、十年、待ってほしい。俺はまだ、足りない」

「――それだけの資質があれば、年は関係無いと思うが」

「年だけじゃない」


 静かな眼差しに、慎重に言葉を探す。

 言うべきこと。

 言わざるべきこと。

 俺が知っていること。

 ――知られてはいけないこと。

 選び、口を開く。


「俺は、何もかも、まだ足りない。先の話のように、言われるまで気づけないことも多い。魔力があるだけでは足りない。魔法を沢山覚えるだけでも足りない。俺の力と知識だけじゃ、何も救えない」

「……」

「サリ・ユストゥス――俺は、生き残る術が欲しい」

「……どういう、意味だ?」


 眉を顰める相手に、俺はたった一つ揺るぎない事実を放る。


「『神族』が牙を剥き始めた」


 サリの眼差しが険しくなる。


「今回のことは始まりに過ぎない。一柱の気まぐれでは無い。全ての神族が関わるわけでは無くとも、害意をもって複数の神族が魔族を滅ぼしに来るだろう。俺は、魔族が生き延びる術が欲しい。それには、今の俺が魔王の座に就いては駄目なんだ。俺は、あまりにも足りない。思い出してくれ。情報を得なくてはいけないのに、俺は感情に負けて『ノルン』を殺してしまった。大局を見据えて心情を殺すことすら出来なかった。そんな俺では、これから先も間違いを犯すだろう。そんな者が魔王になってはいけないんだ。……今のままでは、誰も救えない」


 魔族という、一族全てを。

 それが出来なくて、何故、今この時に、俺という命は時を刻んでいるのか。


「……だから、『十年』か」

「せめて、それだけの年月の猶予は欲しい。十年でどれだけマシになれるかは分からない。けれど、今は力さえあればどうにかなるような、そんな状況では無いんだ。今、貴方が魔王でなくなれば、それだけで破綻するものも多くあるだろう。それを負ったまま、神族の罠を退けるのは今の俺には不可能だ」


 俺は無敵では無い。

 確かに、魔族の中では最強だろう。現在最強である魔王サリから譲位を申し出られる程度には。


 けれど、それが何だと言うのだろう。


 最強の魔力を持っていても、俺は死んだのだ。全てを奪われて。

 敗けたのだ。一つの種族を道連れに。


 ならば、自らの魔力すら満足に行使できない今の俺が、何故魔王の位に登れようか。


「七百年、魔族を支え続けた貴方の立ち位置には、まだ俺は到達出来ていない」


 餓死者をなくし、確かたる文明の基盤を築いた黄昏の魔王には。


「……惜しいな」


 ふと、サリは苦笑を零した。


「アロガン・グランシャリオがあれほど子煩悩でなければ、是非、後継者として城に連れて帰りたかった」


 それは魅力的な提案だな。


「俺も直に学びたいことは多い。……けれど、親子であれる時は、とても貴重なんだ。いずれ否応なく、時と共に過ぎ去ってしまうから」


 失ってしまったかつての父母が見る事の出来なかった『俺』を。もっともっとふたりに見て欲しい。見ていて欲しい。愛していると、言葉で伝えるのはひどく恥ずかしくて出来ないけれど、その言葉のかわりに、俺に出来る精一杯で父母に何かを与えたいのだ。

 今与えられている愛情の分も。

 かつて与えられた愛情の分も。

 そして――かつて出来なかったあらゆる全てを込めて。


「なら、アロガンが私の城に来る時には、一緒について来るといい。俺も時間が許す限り、顔を出そう。俺が知っていて、おまえの知らないものがあるのなら、その全てを伝えよう」

「それなら、王都に転移装置を作りに行こうか。グランシャリオ家の別宅があるのなら、そこに設置すれば移動の時間短縮になる」

「転移装置か……あれば楽だが、あれは特殊な技術がいるだろう。今の世に技術者がいるかどうかは……」


 言いかけ、サリは自分を指さす俺に気付いて一度口を閉ざした。


「……創れるのか」


 こっくり。


「……実は、中身が千年ぐらい生きた魔王とか魔神とか、言わないか?」

「……千年も生きてないぞ……」


 そうか、と苦笑して呟き、サリは俺に右手を伸ばした。

 咄嗟に手を伸ばしてその手を――厳密にはその指先を――握ると、何かを堪えきれなかったようにサリが噴出した。


「小さいな」


 そのまま左手も伸ばして俺を持ち上げる。


「そうだな……こうして持つと、実感出来るな。今はまだ早いか」

「早いとも」

「……会話する分には、不足は無いように思えるんだがな」

「自分の魔力にすら負けて、上手く使えないんだ。魔法で体を大きくしなければまともに戦えない男では、とても魔王の責など務まらない」

「……そうか」


 微笑し、サリは俺を不器用に抱っこした。父よりも不器用な抱き方だが、そこは俺もエキスパートだ。安定する態勢をとってすっぽり腕の中に収まってみる。

 そんな俺を見下ろして、サリは言葉を噛みしめるようにして言った。


「では、十年後を楽しみにしておこう」





 レイノルドが貴賓室にやって来たのは、俺とサリが【時渡エクセリクシ】の魔導書グリモワールについて検討し終えた頃だった。

 ……なんだかげっそりしているな……相当、うちの両親に苛められたと見える。


「魔王陛下、御前を失礼いたします。レディオン殿に話があるのですが、かまいませんでしょうか?」


 疲れた果てた顔のレイノルドに、サリは苦笑して頷く。感情の読めない表情をしたオズワルドが俺を見たが、何も言わずに扉の近くで控えた。

(……まぁ、心配になるよな)

 とある事情を知っている為、オズワルドの心中を思うとなんとも言えない気持ちになるが、俺は一旦オズワルドの事は置いてレイノルドに視線を向けた。


「お疲れ様だな、レイノルド」


 俺の声にレイノルドは顔を上げ――


「は?」


 ぽかんと大口を開けて固まった。

 なにかな。その、林檎を食べようと手を伸ばしたら蜜柑があった、みたいな顔は。


「レイノルド・ベッカー。そちらが、本来のグランシャリオ家次期当主、レディオンだ」

「は……あ? ああ、ええ」


 サリが苦笑を噛み殺しながら言い、レイノルドが目を白黒させながら俺とサリを見比べ、俺の後ろにいるポムを見て、天井を仰いだ。

 ――ああ、そうか。


「決闘場での記憶が強すぎたようだな。そもそも、俺が赤ん坊なことは知っていたんじゃないのか?」

「……ああ……後では聞いたが……そうか。……そうか」

「? 後で聞いた……?」


 ぴしゃりと顔の半分を手で覆い、レイノルドは僅かに呆然とした顔を歪める。

 サリが心もち後ろめたそうな顔で俺に言った。


「レディオン。先におまえに言っておくべきだったな……。言い訳に聞こえるかもしれないが、レイノルドはおまえが赤ん坊なことを直前まで知らなかったらしい。『グランシャリオ家から次の魔王が誕生する』『その魔王は魔族を滅ぼす運命にある』そう言われて計画を進めたのだそうだ。今までの魔王継承の記録からまさか本当に生命的な意味でも『誕生』したばかりとは思わなかったらしいな」

「ルカのことは?」

「次期魔王候補に近しい者を動かす為の人質をとった、という話は聞いていたが、どういう状況下でどういう風に扱われていたかまでは関与していないな。実行犯は、あの神族とその神族に選ばれた家人の幾人だ。報告書は先程オズワルドからおまえの両親に渡っている。後で読んでおいてくれ」


 いっそお前に先に渡したほうがよかったな、と述懐するサリに、俺はちょっと遠い目になった。

 まぁ、魔王位譲渡の話があったから、ベッカー家のことはうちの両親に渡すつもりだったんだろう。

 本来、一歳にもならない俺の所にこういう話が直接やってくることはまず無い。普通は保護者である両親のところで話が終わるからだ。

 俺と直接話しているサリは、赤ん坊でも会話が通じるならと直接俺の所に来たのだろう。

 レイノルドが俺に会おうと思ったのも、サリと同じ理由なのかもしれない。こちらは、俺が一歳にもなっていないことを失念してたっぽいけどな!


「本当に……その姿が、本当の姿なのか……」


 そうだとも。この姿が俺だとも。

 筋肉痛を我慢して胸を張ってみせた俺に、レイノルドはますます奇妙な表情をする。椅子の上に立っている俺をしみじみと見やり――そうして、意を決した顔で俺の前に進み出ると膝を折った。

 ……おお?


「レディオン・グランシャリオ」

「ああ」

「ベッカー家の総意として貴殿に伝える」

「?」


 首を傾げた俺の前で、レイノルドはこう告げた。



「ベッカー家当主、レイノルド・ベッカーの名の下に、我らベッカー家は、今日この日より、レディオン・グランシャリオ、貴殿の旗下に入り、貴殿への忠義に尽そう」





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