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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
――mission 4 愛しき者と宵闇の魔女
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28 決闘 ―隠された罠―



 数十からなる魔法の光が場を照らしあげた。

 僅かな躊躇も命とりと判断したのだろう。速さを重視した面々が放つのは風の魔法。


突風刃ラム・フラファール!】

疾風刃ラム・クー・ド・ヴァン!】


 雷撃が無いのはグランシャリオ家の特徴をよく把握しているからだろう。雷系最高峰の血統魔法【光天】雷の章――その力を脈々と受け継ぐグランシャリオ家の血筋には、雷撃系魔法に対して圧倒的な耐性を持つ。俺や父様のような直系だと、ほぼ無効状態だ。

 母様は血を引いていないが、名を与えられた時点で『血統加護アサンダンス・ギヴィナ』としてやはり高位の対雷耐性を得ている。血統魔法を有する家には必ずつく現象だが、そうでなくとも主家の得意魔法が家人に加護として影響を与えるのは常識だった。

 光魔法を使用しないのは、雷ほどでは無いがやはり耐性対象になってしまうからだろうか。――いや、ベッカー家は風の血統魔法を有している家だとポムに教えられた。ならば、最速の光魔法でなく風魔法にしたのは威力重視だろう。


 父様は動かない。魔法を唱えている様子すら無かった。ただ見据える瞳は敵陣全体を見ている。かわりに母様が白い手を軽く前へと伸ばした。


乱天テュルビュランス

 

 全ての風の魔法があらぬ方向へと歪められた。だが向こうも最初から素直に一撃入れられるとは思っていない。入れ替わるように母様達のすぐ間近で魔力が膨れ上がった。


暴騒タバージュ!】

天盾ブゥクリイェ・アトモスフェール


 魔力を宿す大気の爆発が炸裂した。母様の呟きが聞こえたが、炸裂する魔力光が強すぎてその姿は見えない。


風災ヴァン・デザストル!】

暴風陣ミストラル!】


 畳み掛けるようにして同時に複数から同じ魔法が放たれた。

 複数人からなる同時詠唱は、通常よりも遥かに強力な術を発生させる。かつての父様に匹敵する上級魔族、数人がかりの詠唱だ。結界内の大地は凄まじい風の渦によって抉れ、巻き上げられ、結界に叩きつけられて粉微塵になり、遥か上空へと吹き飛ばされる。

 標的として暴風の中に閉じ込められた父様と母様の姿は全く確認出来なかった。強大な魔力を有する現魔王の力で張られた結界があるからこそこちら側は平穏だが、その威力の程は結界越しでもよく分かった。家人達が僅かに狼狽した程だ。

 けれど――


「……奥様、本当に強くなりましたねぇ……」

「やっぱり、ポムから見てもそう思うか」


 いつの間にか俺の隣でクラーケンの切身焼きを頬張っているポムに、流れるような動作で手の切身にかぶりつきながら確認する。


「ええ。だって私が雇われた時、奥様の魔力は正直、下級――坊ちゃんをご出産された後ですら、中級程度でしたから」


 俺の認識としてもそうだった。妊娠出産を経験した女性は、生んだ子供の能力に引き上げられるようにして力が増す傾向にあるが、前世においては魔王(おれ)を産んだ後ですら母様は中級止まりの魔力しか持っていなかった。

 おそらく、世間一般の母様への評価もその程度だったろう。

 その母様の魔力がどうしてこれ程に膨大なものになっているのか――それは分からない。だが、その結果が此処に在る。


「ばかな……!?」


 術による暴風が治まる前にベッカー陣営から驚愕の声があがった。父様と母様の気と魔力が微動だにしていないことに気付いたのだろう。傷を負えば当然発生する乱れが一切無いのだ。


「これで終わりでしょうか」


 徐々に治まる暴風の向こうから、優しげと言っていい美しい声が聞こえてきた。それを耳にしたベッカー家が蒼白になる。

 風の向こうから現れたのは、傷一つ負っていないふたり。その身は完全な球体状の光る膜によって守られている。

 大気系防御魔法【天盾ブゥクリイェ・アトモスフェール】の完成版ともいえる形態だ。


「では、こちらも反撃させていただきます。何分、私の方は戦闘は不慣れですので、無様な動きはご容赦くださいませ」


 母様は申し訳なさそうに告げると、父様にお願いするような眼差しを一度だけ向けた。もし何かあればお願いします、という眼差しだ。

 ベッカー家の面々が顔をひきつらせているが、母様の発言に偽りは無い。母様は元々、荒事とは無縁のひとだったのだ。あそこまで強固な防御魔法を使えることすら、俺は知らなかった。時々図書室や書斎で本を読んでいることは知っていたが――もしかして、魔力が増えたことで意欲的に魔法を覚え続けていたのだろうか。俺に隠れて――俺と同じように。

 そうして、父様が動き出した。





 一瞬で父様が先頭のグループに肉薄した。付与されている力は身体強化系魔法【巨人の力(リーゼン・マハト)】【魔力吸収ディツァバクラト・アートメン】に各種魔法耐性付与。それに、体技『神魔降臨』『光矢雷歩』『金剛防鎧』。


阻害陣イニヴィション!】


 初手攻撃にまわっていなかった者達が行動抑止系魔法を唱えるが、体技『光矢雷歩』はそれら全ての魔法効果を躱す神速の動きを可能にする。これを止めるには、同じ速度系の技か魔法で先手を打たなければならない。同系統を使えず、なおかつ後手で唱えた魔法で父様の動きを止めるのは不可能だ。


「疾く、落ちるがいい――【罪過制裁シュルト・シュトラーフェ】」


 具現するのは闇より深き色の禍々しい大鎌。巨人が振るうかの如き巨大なそれが一閃すると同時、絶叫があがった。範囲内の全員が夥しい血と共に倒れ、右目を押さえてのたうちまわる。


祝福せよ(ベネディクシヨン)!】

災いよ成れ(マルール)


 唱えられた上位回復魔法を母様の魔法が消滅させる。視線の端で次の攻撃魔法を唱え終えた男が指を母様へと向けて叫んだ。


始原の槍(プルミエ・ランス)!】


 凶悪な力を内包する純粋な魔力で作られた槍が光矢の如き速度で母様に迫った。


 パンッ!


 大気が弾くような音と共に、振り返り様に放った父様の一閃で魔力の槍が消し飛ばされる。体技『神魔降臨』発動中の技は全て物理と魔力両方の力を宿す。魔力の槍と父様の一撃、ぶつかった力のうち弱い方が砕けた。ただそれだけのことだ。

 父様に守られた母様は口元をほころばせて後、舞うように軽く手を振る。


 バキンッ


 空間に亀裂が走るような音と歪みと同時、父様達に向かって放たれていた無詠唱魔法の何かが発動する前に砕かれた。発動前に消えたが、一瞬見えた術式を見るに【魔槍豪雨アヴェルス・ランス】だろう。対抗魔法を唱えなかったが、高い魔力親和度を持った者であれば、相手の魔法に直接働きかけて効果を打ち消したり書き換えたりすることが出来る。母様がやったのはそれだ。

 思いっきり力技で砕いていたが――技術的に言うと魔技の中でも相当上位の技である。


 重傷を負った家人を庇うような位置に、蒼白になった青年が飛び出してくる。無謀ではあるが、仲間を見捨ず庇おうとする姿勢は好感がもてた。――もっとも、仲間以外に対して彼等が行った内容は許せないのだが。


「災いの魔女め……!」


 言うにことかいて、母に対して何を言うのか。自分達がしたことを思い出せ。

 クワッと目を見開いた俺の前で、母様はまるで気にしてない顔で微笑む。


「我が家に禍いを運んだのは、そちら」


 そうして厳かともいえる動作で両手を掲げる。


「せめて己の罪は償いなさい――」


 小さな手鎌のような漆黒の鎌が現れた。父様の巨大な鎌に比べれば遥かに小さい。だがベッカー家の驚愕と絶望の表情は父様の一撃を見た後でもなお深い。当然だろう。視界全てと言っても過言でも無い程の空間に、無数の闇の鎌が具現したのだから。 


冥府断罪アンフェール・コンダナスィヨン


 闇が躍った。蹂躙と言う名に相応しい力が雨のように降り注ぐ。死神の鎌を模したとされる【冥府断罪アンフェール・コンダナスィヨン】は先の【罪過制裁シュルト・シュトラーフェ】と同系統の報復魔法だ。

 悲鳴があがり、もはや戦意を喪失した何人かが右目を押さえて逃げ惑う。父様の魔法より一撃一撃の痛みは激しく無いようだ。だが断続的に何度も襲われれば、泣き叫びながら逃げたくもなるだろう。


「……」


 母様はそれを冷ややかに見据える。虫でも眺めるかのような冷徹な表情だ。俺は密かにポムのいるあたりに手を伸ばし――いない! ヤツめ、何処へ行った! ……いや、すがるまい。俺は誇り高い魔族なのだ。耐えるとも。怖くないとも。

 ひっそり恐怖に耐える俺の視線の先で、母様がちょっと息をつくように肩をおろした。もはや怪我人しかいない相手側を一瞥し、父様に目線を向け――アイコンタクトで何かを受け取ったらしく、パチンと指を鳴らした。

 即座に残っていた闇の鎌が消滅する。


「……戦いにすらならんではないか」


 父様のいやに苦々しい声が苦悶の響き渡る戦場に流れた。

 観客側の反応もまちまちだ。圧倒的な力に興奮する者、力の差に愕然として戸惑う者、ベッカー側が総じて右目を喪っていることに眉を顰める者や、何かを納得する者など。

 本気でやり返しに出たものの、どうあがいても蹂躙にしかなっていない状況に後味の悪いものを覚えたのだろう、父様が現魔王に向き直った。


「陛下。相手側の戦意はすでに喪失したと見なせますが」


 現魔王は眉一つ動かすことなく結界内を見渡し、頷いた。


「そうだな。お前達がそれで良しとするのならば、これで――」

「おまちください!」


 終わりにしよう、そう告げかけた現魔王の声を遮って、鋭い声が響いた。

 全員の視線がそちらへと向く。

 ひとり残って次の戦いを待っていたレイノルド――では無い。レイノルドはむしろ信じられないものを見るような目で相手を見ている。


「まだ終わるわけにはいきません!」

「なにを言っている、エフィ!」


 逆らっているのは母様を魔女と呼んだ青年だ。血に染まった右顔を――正確にはその右目を――押さえながらも必死に腕の力で上半身を起こす。


「レイノルド様! 我々がやらねば、誰がやるというのですか!」

「勝負は決している! おまえ達では彼等に勝てん!」

「例えそうであっても!!」


 震える腕で這いつくばるように足に体を乗せ、エフィは決意を固めた表情で言った。


「道連れに」

「――は?」


 レイノルドがぽかんとした顔になった。俺もぽかんとした顔になった。

 なんて言った?


「魔王様! 例え何があろうと、グランシャリオ家に魔王の位を与えてはなりません!」


 父様と母様が思いきり眉を顰める。俺は立ち上がった。ゾワリと全身を強烈な悪寒が包んだ。結界へと走る。万が一があったら危険だからと僅かに離されていた結界へと。


「魔族に滅びをもたらす災いは、我々が断つ!!」


 声に、俺は叫んだ。


「父様! 母様! 離れて!!」


 右目を抑えているのとは逆の手に何かが握られていた。歯を食いしばり、エフィは叫ぶ。その表情に俺は既視感を覚えた。ルカを救い出す時に見た――引き攣った顔に決意を閃かせた男の――あの時と同じ悲愴な決意の色。


「魔族に栄光を!」

「逃げて!!」


 エフィと俺の声が響く。




 何かが割れるか細い音と共に、高濃度魔素の颶風が結界内に荒れ狂った。



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