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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
――mission 4 愛しき者と宵闇の魔女
29/196

27 決闘前 ―周辺準備―



 クロエ達の処罰が決まった。事件から三週間目のことである。

 与えられた罰は、終身労働刑。何かしらの恩赦が与えられるまでは、死ぬまで働き続けないといけない、という刑罰だ。寿命の長い魔族からすると場合によっては絶望的な刑罰だが、母様は握り拳になっていた。なぜなら、働き場所はグランシャリオ農園――つまり、俺の領地なのだ。父様の恩情だろう。


 距離的にはやや遠いが、あの農園なら色々と安心だ。なぜなら、俺のお手製ゴーレムが数十体、常時農園内外を巡回警備している。岩ゴーレムはドラゴンブレスぐらい耐えられるし、大量にいる『案山子エプヴァンタイユ』の一撃はドラゴンの鱗であっても切り裂くことが可能だ。任せろ。例えドラゴンの一匹や二匹、来たところで全て素材に変えてくれようとも。


 農園は広大だが、日頃管理するのはゴーレム達だ。種まきから収穫、加工まで全自動である。クロエ達の役割は品質チェックや不測の事態における緊急対応、全体の細かな報告等の簡易運営部分であり、肉体的な過労働は発生しない。朝は日の出とともに仕事が始まるが、昼食休みは二時間、最低でも日の入りと共に終了で、体のことを考え夜勤は禁止である。

 これを魔族の体力でやるから、むしろ仕事が楽すぎるとクロエの親族達に相談されてしまった。なので、彼等には時間の余っている時に周辺の森で薬草等の採取をお願いしている。ただし護衛にゴーレムが必須だ。森で出る変異種ヴァリアントもゴーレムに倒させ、素材を回収してもらっている。臨時収入、お互いにうまうま。


 そう、農園には先にクロエの親族が働いているのだ。彼等の担当は麦畑部門である。

 クロエには、これから大開拓が始まる薔薇部門を担当してもらうことになっている。農園の広さが広さなうえ、建物も別になるからあまり会う機会はないかもしれないが、時々は互いの様子を見てやってくれと伝えている。同じ派閥の者に罠に嵌められ苦しめられた者同士だ。お互いに思うことはあるかもしれないが、それなりに仲良くやってくれることだろう。


 そうそう、クロエの親族についてだが、特筆すべき追加情報がある。

 負債額が大幅に減ったのだ。現魔王経由でベッカー家から我が家に賠償金が支払われたのである。ベッカー家からすれば、領地の全没収に比べれば痛くない出費なのだろう。相当な額で、ヴェステン村の損害や我が家の補修工事を補填しても余るほどだった。


 ベッカー家の工作で被害をこうむったのはクロエ一家もだ。なので、その中からしっかりとクロエや親族に対する慰謝料も取り出しておいた。ただ、クロエとルカの分はクロエ本人が望まなかったので渡せなかった。なので、俺がこっそりクロエ貯金にまわしている。俺製のドラゴンが踏んでも大丈夫な陶器で作ったぶたさん貯金箱だ。ふふふ。金貨で満杯になったらプレゼントするのだ。反応が楽しみだな!

 ……あれ、これどうやって中身取り出そう……俺が砕くしか無いんだろうか……


 クロエの農園労働に関しては、外部に対する印象操作の意味合いもあるが、クロエ自身の気持ちのこともある。

 身を粉にして働くことで、自分で自分の罪をある程度まで許せるようにならないと、罪の意識で斃れてしまうのだ。どれだけ俺が言葉をつくしても、心の問題をすぐさまどうにか出来るわけでは無い。一番の薬は時間だ。いずれ、元通りとはいかなくても、またあの日々と同じような間柄になれることを祈っている。


 また、毒を盛ったクロエはやはり影で悪し様に言われていた。このあたりはポムと画策して噂を流すことにしている。

 曰く、


「子供を人質にとられ、虐待する様を見せられ無理やり言う事を聞かされたらしい。それでも堪えきれず、もった毒を自ら飲み干して守ろうとしたというじゃないか! 道を踏み外させられたとはいえ、その忠義、立派なものである」


 という噂である。無論、半分嘘である。

 が、正確なところを知るのは俺とポム、あとは実行犯のひとりだったメイドぐらいだ。嘘だなんて見抜けるはずもない。連中が真実を流そうと、当事者である俺が「こうだ!」と言えばそちらが信用されるだろうしな。

 

 また、罪を償うという業にはルカも含まれていた。

 クロエが毒をもる原因であり、クロエの息子でもあるルカは、クロエともども罪を償わないといけない。それが世間の見方であり、罪は連座制なので外すことも出来ない。

 で、どうなったのかというと、将来俺の力となるべく、ある程度成長した後は上級魔族の集う学園で研鑽を積むことになった。なんとなく、前世における毒事件の結末を少し違った形で知った感じだ。


 前世のルカも、学園を出て俺の側近になった。おそらく、母の罪を償わさせられていたのだろう。――俺は本当に、『ルカ』のことを何も知らなかったのだなと改めて思った。

 ただ、心配なことが一つある。魔眼だ。クロエの生存と同時、前世には無かったルカの右目喪失と魔眼取得。これがこの先どういう形で未来を変えるのか、全く予測がつかない。


 だが、不安なことばかりではない。魔眼を通じてルカとうすぼんやりとでも繋がっているのは、俺にとっては有難いことだった。ルカと離れ離れにされると聞いても、断固拒否! という強い反発は覚えなかったほどだ。

 会えなくなるのは寂しい。出来ればずっと一緒にいたい。

 けれど仕方ない。――そう思える程度には、孤独を感じずにすむ。

 意識をこらせば、俺の中にルカがいるし、ルカの中に俺がいるのだ。離れていても大丈夫、と言うにはまだ寂しさのほうが強いが、ルカのことを思えば耐えられる。

 そう、どうしても寂しくなったら、その時はおねだりすればいいのだ。

 遊びに行きたいなっ(ちらっ)とか、

 会いたいなっ(ちらっ)とか、今からしっかりと練習しておくのだ。ターゲットは勿論父様だ。その時にはぜひとも俺を普通に馬に乗せてくれることを願うよ。


 あとは、そうだな……いつも一緒にいられない分、手紙を書くのもいい。

 ルカはすでに言葉を覚えはじめている。文字を覚えるのだってすぐだろう。その時の為に、俺がお手製の本を作ってやろう。学園に行く前に、ルカに通信教育を施すのだ。薬学は毒薬から蘇生薬まで、魔法は初級から天災級まで、古今東西のありとあらゆる知識を詰め込んだ世界で唯一の秘伝書を作ってやろう。任せろ。タイトルは魔王の書だ。さすが未来の魔王の寵臣と呼ばれるぐらいの神童にしてみせるぞ!


 通信といえば、人族の街に根を下ろしている我が家の出稼ぎ部隊から、ほぼリアルタイムの通信が入ってきた。無限袋の共有能力を利用したお手紙信だ。収支報告と共に外貨も入っていたが、人族の金貨は魔族の金貨よりも質が良くない。いっそ人族独自の特産品などを購入して流通させるべきかもしれないな。


 それにしても、思った以上に貿易が好調だ。貿易王になる日を夢見てもいいのかしら。

 商いの種類はそれほど多くない。我がグランシャリオブランドの、現在の商品は以下の通りだ。

 

 まず、主力商品である薔薇商品として、『薔薇露ローズウォーター』。

 その高級品であり単価最高値の『薔薇精油ローズ・エッセンシャルオイル』。


 次に大量注文が発生しはじめているポーション類。

 地味に取引高を増やしている薬草と解毒薬。


 飢餓対策もかねた薄利多売品として、干し肉と小麦。

 干し肉は冒険者組合を中心に卸先を拡大中。小麦は行商人経由のままなので、まだ在庫に余裕がある。周囲との軋轢回避に現地売りを控えているのも、即時完売していない理由だな。


 ただ、うちの商品がある分、街の小麦は値上がりしにくくなっているらしい。なにしろ品切れにならないからな。小麦業者が破産しないよう、ちょっと気をつけておこう。

 ……やっぱり人族の街に魔族食堂を展開するべきだな。干し肉以外の食材も売れるし、港町なら客に事欠かないだろう。決闘が終わったら、父様とポムに相談しよう。


 最近始めた紅茶は、今のところそれほど売れていない。というのも、紅茶を飲む風習が町に無かった為、認知度が低いのだ。おいしい茶が揃っているので、上流家庭を中心に口コミで噂が広がりつつあるというから、売れ始めるのはこれからだろう。


 薔薇商品は、常時売り出して数日で完売している。遠方の組合からも発注の申し出がくるほどだ。人族は余程回復系消耗品に餓えていると見える……

 グランシャリオ農園の大幅拡大でどれだけ対応できるかが問題だな。畑はひたすら増やしまくっていいかもしれない。クロエも張り切っている。俺も張り切ってお手伝いゴーレムを山ほど作ろう。百ぐらい量産すれば大丈夫かね?


 約二週間ほど、そんな風にして俺的にはのんびりと過ごしていた。ゴーレムや水蒸気蒸留装置を量産してはいたが、俺にとっては毎日の訓練のようなものなので忙しいとはとても言えない。そう、前世のあのあらゆるものに謀殺されながら殺伐と生きていた時間にくらべれば……やだ、涙が……


 戦いといえば、ベッカー家との決闘が近づいてきていた。俺としてもその日の為の準備に余念がない。だが、決闘の日を心待ちにしている父様と母様のヤル気に比べるとお遊びのようなものだろう。少しばかり申し訳なくなるレベルだ。俺も背中から魍魎のオーラが出るぐらいのヤル気を迸らせたほうがいいのだろうか。


 ちなみに俺の準備は魔道具だ。

 それも、そこんじょそこらの魔道具では無い。俺にとっては必然且つ重要な対裸体対策――魔道具『天衣装』の作成である。


 この魔道具のいい所は、作成時に組み込んでおいた素材で出来る衣服を、いつでもどこでも任意で装着させてくれることにある。

 ただし、本人のイメージがとても大切で、例えば酔っぱらっている時に発動させると大変黒歴史な恰好になってしまうこともある。そう――俺はかつて見たのだ。見たくもなかったその黒歴史を。

 やらかしたのは、かつて部下の一人だ。あの黒歴史は悲惨だった。男のボンテージルックという、あらゆる意味で目に毒々しいものを見せられた俺達も悲惨だったが、そんな姿を晒してしまった部下はもっと悲惨だったろう。あの日の彼に何があったのかは、未だに謎だ。

 ……今生で出会ったら、それとなく調べてみるかな……


 俺としても黒い歴史が増える事故は避けたい。なので、父様と交渉して父様の子供の頃の服やもう着ない服をいくつか貰い受けることにした。それを魔道具に組み込むのだ。

 これで時空魔法で時渡りをしても大丈夫だ! なにがあっても俺は裸族ではない!!


 早速試作品を身に着け、俺は意気揚々と試しを行う。本番で「発動しませんでした」になると俺が可哀そうだからな!!

 首飾り型のそれを確認してから、すぱーん! と勢いよく服を脱ぎ飛ばした。よし! 発動!! ……おや、発動しない……俺の世界がフルオープンになっている……


 俺は涙を浮かべながらひっそりと衣服を再装着した。



 完成品が出来上がったのは、俺が裸族を三回体験した後だった。






 魔族の決闘は、荒野で行われる。

 他への被害を最小限に抑える為であり、間違っても民家の密集した市街地では行われない。下手すると周り一面更地になったりするからだ。

 一応、周囲には結界を張ることになっている。結界を張るのは審判を担当する家の者だ。決闘する両者と縁が深すぎない者が選ばれるのが通常だ。

 今回の結界師は、現魔王だった。


 なにやってるの!?





 落ち着こう。俺は平常だ。今日の為に整えた装備もある。今日の俺の服だって母様と闘って勝ち取ったシンプルなものだ。パンツもレースじゃない。こっそり後ろにひよこのアップリケがつけられたが脱がなければ問題ない。大丈夫だ。そして髪の量は考えるな。


 現魔王は、黒髪と真紅の瞳の青年だった。治世七百年と、歴代魔王の中でもかなりの傑物でもあるが、パッと見は静かな眼差しの美青年にしか見えない。

 そう、現魔王は美青年なのである。少しばかり成長した後のルカに似てる気がしないでもない。凛とした雰囲気なども前世のルカを髣髴ほうふつさせる。だが貫禄はさすが魔王、ルカにはないものだった。

 それにしても、相変わらずかっこいい……何故、彼はかっこいいのに、俺ときたら……いや、考えるまい。男は外見じゃない。中身だ。中身も勝てる気がしないけど。……あ、涙が。


 その魔王の隣には、小麦色の肌の青年がいた。魔王の腹心とされている男だ。鈍い銀にも似た不思議な色の髪をしており、左目に大きな一文字の傷がある。目が潰れているようには見えないが、隻眼であると周囲に認識されていた。俺も彼の左目が開いているのを見たことは無い。


 現魔王の名をサリ・ユストゥス。

 腹心の名をオズワルド・バートン。

 統治中において数々の秘術を世に広め、知能あるゴーレム等の高度魔術の樹立者であり、魔族の餓死者を無くした、俺の密かな憧れだ。きゃーん! 手を振ってもいいかな!?


「どうしたんですか? 坊ちゃん」


 ぴっこぴっこしている俺に、護衛としてついて来ていたポムが首を傾げる。いいえ、なんでもありませんよ。なんでもないから、しれっと気配消すのやめておこうね。不穏だからね。あと、屋台の準備はやめなさい。あんたうちの執事だろ! せめて今ぐらいはかっこつけておこうよ!!


 俺達のコーナー、グランシャリオチームは出場者が三名、観客が五名、付き添いが一名、出稼ぎが三十名の合計三十六名だ。

 ……出稼ぎ、ちょっと多すぎだろう……


 対する敵コーナー、ベッカーチームはレイノルドを除く出場者が六十八名、観客なし、付き添いが三十名の合計九十八名だ。

 ……出場者、ちょっと多くないか、あんた達……


 どんだけ関わってたんだ、と遠い目になったが、情報収集やら下準備やらで関わっている者が多かったのだろうと見当をつけた。ちなみに全員、太陽の光を乱反射しそうなほど輝く頭部をしていらっしゃる。未だに頭髪に悩んでいる俺への配慮だろうか。男性のみならず女性までもツルツルした頭部のため、ヤル気満載でいた父様と母様が微妙な顔を見合わせている。

 と、思ったら、俺を見た。

 なんですか? 何故俺を見るんですか? 俺のつつましい頭髪に何か言いたいことでもあるんですか? 

 短い腕を組んで雄々しく立っている俺の姿に何を思ったのか、ふたりは成程と言いたげな顔で頷いた。……やだ、ふたりだけで通じてないで、俺に説明してくれてもいいのよ? 何が言いたかったの? なんの目線?


 謎なふたりの態度はともかく、頭部を丸めて決闘に臨んだのだとすれば、ベッカー家もなかなかのものである。ちょっと手加減してあげてもいいんじゃなかろうか。半殺しを四コンマ五殺しレベルに。俺は頭部の資源が切ない者達には寛大なのだ。


 それにしても観客が多いな。だだっぴろい荒野に魔族がわらわら集まっている。現魔王が観戦かつ結界を担当するからだろうか。人気だからな、あのひと。俺も好きよ。まさか一歳になる前に会うとは思わなかったけど。

 ベッカー家も狼狽している。あまりの観客の多さに腰が引けているようだ。ポム達がせっせと屋台に精を出すほどだしな。あっ! プラリーヌ! 俺のおやつにくれてもいいのよ?


 なぜこんなに多いのか。――ポムが語ってくれたことによると「次代の魔王を決める決定的な戦いらしい」という噂がまことしやかに囁かれているからだそうだ。誰がそんな噂流したんだ。言っておくが、ここで勝っても魔王になれるわけじゃないぞ。俺の魔王就任予定は十歳です。

 噂の出所は、父様と現魔王の会見を見ていた者達らしい。

 現魔王が関わり、かつ、戦うのが魔王候補筆頭ふたり、というのも大きいのだろう。


 ちなみに俺が赤ん坊なことについては、知っている者のほうが少ないらしい。母様に抱かれた俺を見て微笑ましそうにしている女性の多いこと多いこと。これから戦う選手ですよ、と言ってあげたい気分だが、赤ん坊に何をさせる気なのかと怒られる未来しか見えないから黙っておこう。俺も立場が違っていれば怒るからな。

 あら、母様のお友達? 俺を撫でたいの? いいですとも! 存分に愛でるがよい。俺は貴婦人には優しいのだ。あっ髪を指で摘まむのはやめたまえ! 何故、女性は俺の髪を摘まみたがるのだ……そんなに俺の乏しい資源を抜きたいのか……


 それにしても、我が家の連中が余裕だ。最近めきめき上達した料理技術をつかって変異種ヴァリアント料理屋台まではじめている。素材は連結した『無限袋』から取り出しているようだ。……というか、屋台までそこに収納してやがった。何かごそごそしてたと思ったら、なにをやっているのか。


「では、始めようか」


 グランシャリオチームが選手三名を除き一糸乱れぬ出稼ぎ作業に従事している中、現魔王の声が響く。

 公正を期して、魔王はどちらの陣営にも特別な声掛けを行わない。俺達の側からもこの場であちらに申し出ることはない。人数の違いは誤差の範囲だ。向こうにとって、父様と母様の魔力は誤差の範囲じゃないかもしれないが。


 最初は俺とレイノルド以外が戦う。前哨戦のようなものだ。

 父様と母様が俺を振り返った。


「行ってきますよ、レディオン」

「パパもがんばってくるからね!」


 両頬にちっすをもらったので、こちらも父様と母様の口の端に祝福を贈る。俺のとっておき『無敵の呪い』をさしあげよう。あとで筋肉痛になるけどね!

 あ! 父様! 顔!! 顔を元に戻して!! デレてます!!

 なんか感極まった父様と母様に頬ずりされまくった。やーん!


「……始めてもいいか?」


 ああ! 現魔王が呆れてる!!

 俺の気のせいでなければ観客も唖然としているようだ。特に父様に。デレて顔が溶けてる父様に。……父様の威厳が果てしなくピンチだ。


 ひとしきり俺を頬ずりして英気を養ったらしい両親ふたりが、心なしか鼻息を荒くして結界内へと突入する。

 周囲がざわめいた。それはそうだろう。

 約七十名対、二名である。

 七十名の中には、上級魔族らしい者が何人もいる。俺が見たところ、かつての父様と肩を並べられそうな力量が三名ほど。それより劣るが魔力量の多いものが十七名ほど、といったところだろうか。ベッカー家のなかでも指折りの実力者達だろう。


 だが、どよめきの原因は人数差だけでは無いようだ。父様と母様を見ている観客が多い。

 父様は名の知れた上級魔族だ。魔力量もさることながら、持っている戦闘技術が恐ろしく高いことで有名だ。苛烈かつ冷酷な戦いぶりは領民の語り草になっているほど。

 そして、母様はその父様が高い魔力親和度を見込んで妻に迎えた女性だ。当代随一と呼ばれたほどの。ただ、魔力量は多くなかった。驚くべき美貌は特に有名だが、今まで見たことがなかった者も多くいただろう。そして今日見た者達は、母様の美貌と共に、ある認識を抱くだろう。


 魔王候補とは、このひとか、と。


 俺はどっしりと構えてふたりを見送る。人数差など、些細なことだった。

 ふたりが押さえていた魔力を解放する。

 大気が軋む。それほどの強さ、それほどの多さ。


 父様の魔力は、俺が知る前世の父様の倍以上に増えていた。理由は分からない。だが、その量はすでにレイノルドすら凌駕している。 

 母様も強い。父様同様理由は不明だが、母様の魔力総量は今や父様すら凌ぎかねないレベルに達している。


 父様が前に立ち、母様がその背後に控えるように立つ。

 迸るのは視覚化された高濃度の魔力。下手をすれば魔素すら誘発しかねない程の。


「謀略を尽くし、我が息子を殺めんとした全ての者よ」


 父様が静かに口を開く。落ち着いた冷徹な声。含まれる怒気。


「覚悟は――よいな」




 戦いの火蓋が切って落とされた。



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