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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
三章 例え数多の苦難があろうとも
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58 On récolte ce qu'on a semé.

評価、いいね、感想、誤字報告ありがとうございます! いつも活力をいただいてます!

夏バテですが頑張ります(`・ω・´)ゞ





 

 ラ・メール経由で実家に連絡し、うちの関連宝物庫全部の警備を厳重にしてもらった。

 いつもなら無距離黒真珠(オクン・ジスタンス)でさくっと連絡するのだが、今の俺は喃語しか喋れないので通訳が必要なのだ。

 ……この喃語、いつになったら治るのかな……

 やらかし魔のラ・メール経由だということに若干の不安はあるが、仕方ない。『英雄』として俺を保護しているテールは動けないし、フラムは激おこモードが治まってないので動かせないのである。

 なお、宝物庫の警備についての伝言を聞いた時、ラ・メールが爆笑しまくったのは言うまでもない。

 いや、不安になるだろ!? あの短時間で根こそぎやりやがった奴なんだぞ!? 精霊だから物質界の鍵とか仕掛けとか全く役に立たないし!


「別に奴もお前の家に手出しはしないと思うがな」


 とは、フラムの言である。

 めちゃくちゃ呆れ顔をされたが、俺は油断しない。父様も母様も不在だが、うちの有能な執事達が断絶結界を駆使してくれることだろう。

 ――家宝が眠る宝物庫は元から断絶結界奥義で覆われてるけど。


「あ奴も手出ししてはならん領域は理解しておるからのぅ」

「だが警戒するのは良いことだ! 慢心と油断は破滅を招くからな!」

「なんで現れた!? ヴァン!」


 テールが苦笑して一言零した途端、巨大翠シマエナガがその真横にモフッと現れた。フラムがすかさず閃かせた前脚をスルッと避け、俺の真横にモフッと。あっ。


「…………」

「…………」


 このモフモフ感……良い!!


「――で、なんで現れた? ヴァン」


 モフさでは負けないモフモフの尻尾を床にバシンバシン叩きつけながらフラムが唸る。ヴァンは悪びれずに丸っこい胸を張った。


「ふふん。他の精霊王が現界しているのに、私だけが精霊界で大人しくしている道理もあるまい?」

「……そのココロは?」


 ものすっごい胡乱な目のフラム。

 ヴァンはカッとつぶらな瞳を見開いて言った。


「遊びに来た!!」


 ……ほんと悪びれないな、この精霊王……

 風鳥対炎狼の追いかけっこを眺めながら俺は遠い目になる。

 ちなみに場所はユスカ街の冒険者ギルドである。最近入り浸っている冒険者組合長の部屋なのだが、部屋の持ち主はこの騒動をまるっと無視して机の所で副ギルド長と真剣なお話をしていた。


「ロードリングの二人は予定通り教会に連絡を入れたようです。連絡鳥を持っていたのはヴァレリアンのほうですね」

「牢は離してあるだろうな?」

「はい。常に見張りがついていますが、悪だくみが出来るように時折わざと隙をみせています。見張りの交代時に少し雑談する、とかですね」

「アクサナも大人しいのか? ヴァレリアンはともかく、あいつは暴れそうなものだが」

「ぶつぶつ文句は言ってるようですが、暴れてはいないですね。奇妙なほど大人しいです」

「後で侯爵や教会が動いてくれると確信しているからだろうな……」


 ため息混じりのギルド長の声に、副ギルド長は困ったような苦笑を浮かべて言った。


「その教会ですが、今日、ギルドに依頼に来ましたよ」

「ん? ロードリングの釈放願いでなく、依頼なのか?」

「はい。どうやら教会で保管していた宝物が盗まれたそうです」


 俺達はいっせいに巨大翠シマエナガを見た。

 ヴァンは全力のドヤ顔をしている。


「…………神器については何か言ってなかったか?」

「言ってませんでしたね。ただ、ものすごく血相を変えて依頼してきていましたので――まぁ、そういうことかと」


 盗まれたことには気づいている、と。

 俺達の視線の先で翠シマエナガが羽根をパタパタさせた。


「で、犯人捜しの依頼か? 特徴とか分かってるようだったか?」

「それが、外見的特徴とかは全く情報が無くて、ただ昨日時点でこの街にいたシーフやアサシンなどの隠密系技能持ちや、透明系魔法を使える魔法使いを探しているそうです」

「おいおい、総当たりかよ……」

「向こうとしては犯人の情報が全く無いですからね。怪しい奴は片っ端から捕まえるつもりのようですよ」

「無茶苦茶だな……ギルドに寄ってない冒険者や旅人も多いだろうに……」

「そもそもアサシンなんて存在自体を把握してませんよ。無茶ぶりにもほどがありますね」


 視線の先の翠シマエナガは器用に片足でクルクル回っている。

 俺の傍に戻ったフラムが視線でヴァンを示し、喉の奥から唸り声をあげた。


「コヤツを突き出してかまわんぞ」

「売られた!?」

「いえ、その、ご勘弁願います……」


 言われたギルド長側のほうが青い顔してる。まぁ、精霊王を突き出すとか怖くて出来ないよな。


「で、誰か受けたのか? その依頼」


 ギルド長が今一番俺達が知りたい情報を副ギルド長に聞く。俺達の視線を一身に受けた副ギルド長が身を震わせてから頷いた。


「若手が何組か受けました。古参は様子見していますね。ロードリングがしでかした事と、教会に一度逃げ込んでいたことを知っていますから」

「自分の拠点(ホーム)でも気を抜かず情報収集することの大切さが分かる瞬間だな」

「手痛い教訓になりそうですね……。そもそも、教会の宝物庫に忍び込めるような技能持ちなら相当な実力者です。例え相手がソロでも若手には荷が重いはずなんですが――そこに気づかないから、まだまだ半人前なんですよね……」

「強い奴に突っかかっていって返り討ちにあうぐらいで済めばいいんだがな……。あー、だが、一つ気がかりがある」

「なんです?」

「初心者狩りみたいにならないか、ってな」

「あー……」


 ギルド長の言葉に副ギルド長が嫌そうな声をあげた。

 意味が分からなくて俺はテールを見上げた。

 視線に気づいたテールが俺を見下ろし、フラムの腹毛に埋もれていた俺を抱き上げてくれた。


「ギルド長達が気にしているのは、シーフなどの隠密技能所持者のなかで、まだ初心者の域を出ない新人や弱い立場にいる冒険者が捕まったり暴力を振るわれたりしないか、です」

「みゅ……」

「全くない、とは言い切れませんからな」


 テールの声にギルド長達が大きく頷いている。

 俺は思わず俯いた。

 こういう時に真っ先に犠牲になるのは弱い者だ。全く無関係なのに無理やり教会に引き渡されたりするのは止めてやりたい。

 だが、どうすればいい?

 犯人は精霊王だと突き出すことは出来ない。唆したのはラ・メールだが、その原因になったのは俺だからだ。

 ヴァンのことを密告する以外で弱い人族に波及しないよう立ち回るとなると、さて、どんな方法をとればいいものやら……


「うん? もしかして、ちびっこいのは人族への影響を懸念しているのか?」

「お前が捕まれば解決だ」

「だが、断る!」


 ジト目のフラムにキリッとした顔で言い放ち、次に俺に向き直ってヴァンは胸を張った。


「盗みの美学を追求するこの私が、何の手がかりも残さず盗んでくるだけ、なんてつまらないことをするわけがないだろう!?」


 え。手がかり残してきたの? なんで??


「ヴァンよ……盗みに入って手がかりをあえて残す意味は何だ?」

「簡単なことよ! 世に私という大泥棒がいることを知らしめるためだ!!」

「隠れろ。慎め。そして控えろ」


 テールに向かって胸を張ったヴァンに、地獄の底から響くようなツッコミを入れるのはフラムだ。問題児精霊王が増えて大変そう。

 そしてテールは何故か感心したように頷いていた。


「なるほどのぅ……儂も今度から、討伐時に何か儂とわかるものを残しておこうか」

「いいと思うぞ! テール参上! とか地面に刻んでおくとか!」


 それ、逆に偽物だと思われない……?


「ふむ。やってみようかのぅ」

「あの、『英雄テール』の印象がおかしくなってしまいますので、やめたほうがよいかと……」

「うん? そうか?」


 よかった。ギルド長が止めてくれた。偽物参上疑惑は発生前に消えました。


「ところで、ヴァンは何の手がかりを残している? ヴァン参上! とか現場に書いておるのか?」

「ふふふ。私参上! の文字を刻んだ葉っぱを現場に突き刺してある!」


 『私』誰だ!? ってならない? それ。

 色々とツッコミどころが満載なんだけど。


「ちなみに私の怪盗名はトゥールビヨンだ!」

「「ぶふぅッ!?」」


 旋風(トゥールビヨン)の名前にギルド長と副ギルド長が噴き出した。どしたの?

 そしてその名前、いつかその名の風の精霊が生まれたりしない? 大丈夫?


「怪盗トゥールビヨンとは、また懐かしい名前だのぅ」

「はっはっはー! ちょっと前に怪盗ブームがきていてな! せっかくなので特別な名前を作って名乗っていたのだよ!」


 嫌なブームだな……

 そして精霊の言う『ちょっと前』ってたぶんだいぶ前のことのはず。


「ま、ま、まさか、六百年前に大陸を騒がせた怪盗トゥールビヨンというのは……」

「なにを隠そう! この私だ!!」


 青い顔のギルド長に、欠片も隠す気のない精霊王がドヤる。

 副ギルド長とフラムが両手で顔を覆ってしまった。苦労性なのがわかるね、二人とも。


「当時も葉っぱに名前を刻んで現場に突き刺してきたものだ! ガランとした場所に緑の葉っぱだから目立つはずだぞ!」

「……いえ、教会からはそのあたりの説明はありませんでしたね……」

「なんだと!? 奴等の目は節穴か!?」

「さすがに六百年前の怪盗と同じとは思わなかったんじゃないか?」


 フラムが遠い目でとても現実的なことを言う。ヴァンがショックを受けたようによろめいた。


「くっ……葉っぱを発見した人間の『またやられた! おのれ怪盗トゥールビヨンめ!』というのが聞きたくてやってるのに……!」


 盗む理由がすごい酷い。


「ちなみに六百年前に盗んだ品はどこかに保管しておるのか?」

「うん? あれか。保管とか面倒だからなぁ……セラド大陸で地面の亀裂を見つけてな、そこに盗む都度全部放り込んだ。今どうなってるのかは知らん!」


 宝物のその後、雑!!


「セラド大陸のどこだ、その亀裂とやら」

「うーん……どこだったかな? 興味ないからあまり覚えていないな。盗品で亀裂がいっぱいになったから、怪盗遊びも終わりにしたんだが――その後どうなったかなんて気にしたこともなかったからな」

「なんのために盗んだんだか……いや、先に言っていたな。言わんでいい」


 テールが鉄仮面越しにこめかみを揉んでるような仕草をする。

 うん。ヴァンは『おのれ……!』が聞きたくてやったんだよね……

 なんというか、文字通りの宝の持ち腐れというか、もったいなさすぎて胃が痛い。


見つけたら(あぁーぅ)貰っていい(きゃーぁ)?」

「うん? 別にかまわんぞ! あ! お礼に呪いを解いてくれ!」

ごめんね(ちゃい)?」

「くそぉぉぉぉ早く呪い解けよぉぉぉぉ!」


 巨大シマエナガにピョンピョン跳ねられても、怖くないというかむしろかわいいだけなんだが。

 ……まぁ、大きさが大樽ぐらいあるから、それなりに迫力はあるが。


「ふむ……あの大陸の亀裂が出来ている場所をピックアップしましょうかな」

お願い(きゃぅ)


 大地の精霊王の申し出は有難く受けました。

 広大なセラド大陸全域を調べて周るのはしんどいからな!


風の精霊王(こいつ)が探した方が早くないか?」

「呪い」

「あぁ……要求がソレだからか……。もう呪いは受け入れたほうが早くないか? だいたいにして呪われているのは性格的に問題がある連中ばかりだろ?」

「確かに精神的な問題児ばかりだが、精霊王ともあろう者が配下が呪われたままなのを放置するなんて出来ないだろ!?」

「俺はもう諦めているぞ」

「儂も諦めておるのぅ」

「諦めるなよ!」


 全身甲冑と炎狼の言葉に翠鳥がジタバタする。あっ羽ばたきのせいでギルド長の机の上にあった羊皮紙が……!


「ヴァン、人族に迷惑をかけるな」


 フラムが半ば諦め顔で注意してる。

 すでに某侯爵とこの街の教会にはとんでもない迷惑をかけてるんだが、あいつらには遠慮する必要ないから、まぁいいかな。


「そう言えば、遊びに来たそうだが、ヴァンは次の標的を定めたのか?」


 散らかった羊皮紙を纏めるのを手伝いながら、テールは翠シマエナガを見つめる。ヴァンは「フフン」と嬉しそうに胸を張った。


「侯爵とやらの関連を巡っていた時に不愉快な書類を発見してな! そっちにも手を伸ばそうと思っている!」

「くっ……やっぱり味をしめやがった……!」

「ふふふん。事情を知ればフラムも反対しないと思うぞ? 悪党相手なら盗んでも良いだろう?」

「そもそも人族に関わりすぎることが問題だと知れ! この馬鹿者共が!」

「で、その事情とやらは何なんだ?」


 翠鳥対炎狼の追いかけっこが再発したのを見守りながら、纏めた羊皮紙をギルド長に渡したテールが首を傾げる。

 ヴァンはつぶらな瞳を煌めかせながらバサッと羽根を広げた。


「人身売買闇組織だ!」

「よし。やれ」

頑張って(んきゃ)

「なにを許可しとるんだ貴様等は!」


 即座にGOサインを出したテールと俺にフラムが物理的な湯気をあげる。

 いやだって、無辜の人族に迷惑かけてる悪党なら、裸にひんむいてもよくない? 駄目?


「待ってください。ドグラス侯爵の関連筋が人身売買をしていたのですか!?」

「俺にもそう聞こえたな……」


 副ギルド長とギルド長の声に、ヴァンは尾羽をピコッと動かした。


「うむ! 寄る辺ない子供や赤ん坊を攫っては教会に引き渡していたようだ! どうだ、フラム。これなら処してもかまわんと思わないか!?」

「まず物質界の連中と関わろうとするのをやめろ!」

「貴様とてそこのちびっこいのと親密に関わってるではないか。そのわりに契約してないようだが、その無意味なポーズに何の意味があるんだ??」

「ぶふっ」


 遠慮ないヴァンの追求にテールが噴き出した。

 まぁ、肉焼いたら精霊界から出てくるのがフラムだから、契約してるしてないはあんまり関係無い状態なんだよな。……いや、ワンコールで呼び出しが出来ないのはちょっと手間だけど。


「テールもオカシイと思うだろ?」

「まぁ、フラムもレディオン殿と契約すれば良い、とは常々思うが、な」

「私を無理やり引き合わせたんだ、貴様も腹をくくって契約するがいい!」

「俺の契約について貴様らにとやかく言われる筋合いは無い!」

「フラムは我儘だなぁー」


 あっ。また風鳥と炎狼の追いかけっこが始まった。お前ら絶対仲いいだろ。

 ――しかし、赤ん坊と幼子の誘拐をしての教会への引き渡し、か。

 教会との係わりが強いとは思っていたが、聖王国がやってる悪行とも絡んできているんだな……


よし(んっ)滅ぼそう(きゃっ)

「くそ! レディオンまでやる気になったではないか……!」

「お? なんだ? ちびっこも怪盗するか? ん?」

「そっちの道に誘うんじゃない!」

「まぁまぁ、フラムもそう即座に反対するでない。無辜の民を害する愚者ならば、これはもう天誅というものだと思わんか?」

「そうそう!」

「黙れ! 自分達を正当化するんじゃない! 人族に関わりすぎることが問題なんだといったい何度言わせるつもりだ!!」

「滅んでもよい輩にだけ関わるのならかまわなくないか? 悪影響が出て破滅しても自業自得だ。良心も痛まんしな!」

「ヴァンの言う通りだ。只人に関わって破滅させるような真似は出来んが、破滅しても人の世に良い影響しかない相手ならばよかろうよ」

「~~~っ!」


 ああ、フラムが激おこすぎて熱量アップしちゃってる。暑いから勘弁して。

 こっそり冷気魔法を駆使している俺の視界の端、ギルド長が決意を秘めた顔でヴァンに声をかけた。


「風の精霊王様、その人身売買とやらについて、詳しくお尋ねしてもかまいませんか?」

「いいぞ!」


 即答だった。

 フラムがジト目をしながら口を噤む。人族の手に委ねれるなら、と思ったのだろう。――そんな可愛い範囲に収まればいいけどな。


「ふむ。ギルドが動くのか?」

「はい。この街でも幼子や赤子がいつの間にか攫われるということが何度かありました。衛兵も未だに犯人を挙げられずに悔しがっています。冒険者ギルドに依頼にくる者もいるほどでしたので、その組織を潰せるのなら大変ありがたく」

「……フラム。これならヴァンが動いてもよくないか?」

「人族に全部任せるのならな」


 あ。ヴァンがそっと視線を逸らした。ヤル気だ。


「古来より『人は自分が蒔まいたものを収穫する』というだろう。連中の滅びは自業自得であるし、罰を与えるのは人族の手に委ねればよい。ヴァンは連中が逃げ出せないよう手足をもいでおくだけのことだ」

「そうそう!」

「…………」


 テールの説得にヴァンが勢いづいている。フラムは盛大な苦り顔だ。


「……レディオンが力を振るうよりはマシか……」


 待って? 不承不承頷く理由がソレなの? フラムは俺を何だと思ってるの??


「ではちょっと証拠文書とその他諸々を盗んで来る!」

「……絶対その他諸々の量の方が多いだろ……」

「ただいま!」

「早いわ!!」


 パッと姿を消して次の瞬間には大袋を幾つも脚にぶら下げたヴァンが現れた。咄嗟にフラムがツッコミをいれていたけど、確かに一瞬だったな……


「貴様! 絶対下準備していただろう!?」

「盗みを働く者として当然ではないか。下見した時にはすでに盗む段取りは出来ている!――ほら、これがその書類とかを放り込んだ袋だ」

「あ……ありがとうございます……」


 比較的小さめの袋を受け取ったギルド長の顔が引きつっている。袋の中から机の上に書類を移動させているのだが、羊皮紙であることを除いてもかなり分厚い束がいくつも出てきた。

 ……これ、絶対一か所に纏めて保管されていたやつじゃないだろ。さては先に纏めて袋に入れたやつをどこかに隠してたな?


「……それ以外の袋は何だ」


 無造作に床に放置されたその他枠の大袋を覗き込む。

 金貨でした。

 ――あ。フラムが顔を覆っちゃった。


「……聖王国の金貨だのぅ……」

そうなの(りゅ)?」

「はい。昔から聖王国が発行している一般的な金貨ですな。ここの教会との取引だとして、これだけの量の聖王国金貨のみで支払われているのは不自然です。教会が購入費用を聖王国から先に預かっていたとみるべきでしょうな」

「人族の金貨は色んな国が発行しているからな! 何種類も混在するのが普通だ!」

「……確かに。ギルドで預かる金貨も様々な国のものが混じっていますからね」


 副ギルド長も大袋を覗き込んで頷く。顔が引きつって見えるのは気のせいじゃ無いだろう。

 俺としても驚きの内容だった。金の含有量は気にしたことあるけど、発行元の国がどれだけあるのかなんて気にしたこと無かった。色んな絵柄があるなー、ぐらいにしか思ってなかったのだ。

 ……こういうところに俺の商才の無さが現れてるんだろうな……


「聖王国金貨は金の含有量が大陸金貨の中でもかなり上です。その信頼から辺境の国の金貨より価値は高い。大きな商戦の時に『支払いは聖王国金貨で』というのがこちらの大陸の常ですな」

「重さも硬さも六百年前から変わってないからなー。よほど巧く信徒から金を巻き上げているのか、あるいはよっぽど優秀な金鉱脈があるのかもしれないな!」

「……ちょっとひとっ走り行ってきましょうかな」

「テ・ー・ル?」

「フラムは即座に目くじらをたてるのをやめよ」


 フラムがストップをかけなければ、聖王国の鉱脈が移動していたんだろうな……


「ふふぅむ。これは次の標的は大元の聖王国かな!」

「……やめておいたほうがいいぞ。今、あそこは化け物が支配しているからな」


 目を煌めかせて言うヴァンにフラムが忠告している。テールも大きく頷いてるけど、そんな化け物がいるところに俺のポムがいるの? ポム大丈夫? ただでさえ誘拐と窃盗で忙しいのに、化け物の相手なんてしてる暇ないんじゃないかな?


うちのポムにも(りゃーた)気を付けるよう(うきゃ)言っておかないと(ぁーた)駄目かな(りゅ)

「…………」

「…………」


 なんでフラムとテールは揃って視線逸らすの??


「ふぅぅむ。確かにあの国は不吉で不気味で禍々しくて邪悪な気配に覆われていたが、余所者に襲い掛かってきそうな感じはしなかったぞ?」

「ほぅ? 臆病なほど心配性なおぬしが危機を感じんレベルなのか?」

「そうそう。危機は全く感じないんだよなぁー。私は最初、邪神でも生まれたのかと思ったんだが、どうもそういうレベルじゃなさそうなんだよな。あそこの怪異、相当位が高くないか? 渦巻いてる禍々しさも凄いが、それを完璧に制御しきっている精神力が控えめに言って化け物だぞ」

「ふむ……」

「……巻き込まれても知らんぞ」

「聖王国に味方せんかったら大丈夫じゃないかなぁー。情報収集にうちの連中が行き来してるが、何かされたことは一度も無いからな!」

「……力の制御は出来ているわけか。あれだけ不吉な気配を漂わせていながら、理性はあるわけだな」


 精霊王達の会話が不穏。うちのポムは大丈夫だろうか……


「確かに、あれだけ甚大な負のエネルギーに満ちていながら大地にも影響は無いな。人の子には恐怖が蔓延しているようだが」

「むしろあの地に満ちていた絶望や怨嗟や憎悪や悲嘆が吸収されて、未だかつてないぐらい清らかな場所になっているな!」

「……清らかな不吉な場所ってどんなんだ……」


 フラムが遠い目になっている。俺も想像しようとしてみたが無理だった。今度ポムにどんな様子か聞いてみよう。


「まぁ、あそこは怪異がどう変化するのかチェックしながら狙ってみよう! すでに大泥棒がいるらしくて私が怪盗する余地は無いかもしれないがな!」


 その大泥棒は金を盗むうちのポムですね。本土の細工師達が大喜びしてるぞ。


「お前が盗んでもその犯行も『大泥棒』の犯行だと思われるんじゃないか?」

「そんな! 私のアイデンティティが……!」

「お前のアイデンティティは風の精霊王だろうが!!」


 炸裂するフラムの前脚攻撃をヴァンがひらりひらりと躱してまわる。部屋が余波で滅茶苦茶になっていないから、これでも手加減はしているんだろうな。


「たっだいまー! ……なんか楽しそうね?」


 あ。ラ・メールが戻って来た!


おかえり(きゃあ)!」

「うふふふ~。この笑顔があるからやり甲斐があるわ~。――あ、伝言はちゃんと伝えたわよ」

ありがとう(きゃむ)!」

「どうせならついでにアロガンにレディオンの様子を伝えて来ればよいものを……」

「それは契約精霊であるフラムがすべきことじゃない? まぁ、一応、レディオンが居る場所については知らせておいたわよ。ユスカダンジョンのこと調べたらしくて、だいたいの場所は突き止めていたけど」

「ふむ」


 フラムが安心したように一息つく。

 まぁ、フラムはちゃんと対価が支払われたり呼び出しが無い限り自分から動くことはしないよな。

 ……ん? あれ? 俺はけっこう色んな事をしてもらってる気が……お肉で呼び出すからか?

 首を傾げていたら、テールから俺を預かったラ・メールが「そういえば」と思い出したように口を開いた。


「ねぇ、ギルドの一階が騒がしかったけど、何かあったの?」






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