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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
三章 例え数多の苦難があろうとも
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57 風の精霊王





 風の精霊王、と聞いて思い出すのは、不遜な顔をした優男だった。


「馬鹿な側近をもったな! 魔王!! 最後は自爆か!? だが残念だな! この俺様を殺しきるには足らなかったようだな!」


 下劣な策をもちいて罠に嵌め、それでも大勢の同胞を殺された無能な精霊王のくせに、俺のルカを侮辱した男。

 こんなゲスに俺のルカが殺されたのかと、そう思うだけで脳が沸騰した。


「魔王よ! 別の場所に捕らえてある魔族を無事に生きて帰したいのなら――」


 その後の言葉は覚えていない。

 気がついた時には精霊界の一つを滅ぼし尽くしていた。

 あの時、死に物狂いで駆けつけたマリーが俺を止めてなければ、他の精霊界も滅ぼしていたかもしれない。破壊への衝動は容易で、理性を取り戻すのは難しかった。

 忘れない。

 精霊王の名前はラファル。

 精霊の姿は翡翠色の鷲。

 俺にとって、神族や神殿騎士と並んで怨敵のひとりでもある精霊の――


「離して! 離してぇええええ!! 無理やり物質界に連れてくるとか! そんな横暴が許されると思ってるのかばかぁああああ!!」


 しかし、目の前にいるのはどう見ても巨大なシマエナガである。


「うっさいわよ! あんたがいつまでもグズグズしてるから私達が骨折ってあげたんでしょ!?」

「別に望んでないですぅうううう!!」


 ラファルは声からして不遜だったんだが、このシマエナガ (仮)はどっちかっていうと柔らかい声をしている。

 ――というか、


「いい加減腹ぁくくりなさいよヴァン! 一回会っちゃえば怖さなんて吹き飛ぶから!」


 どう見ても別精霊です。


「無理に決まってるだろ!? 呪いの気配と同じじゃないか! なんかさっきまですっごい不穏な気配撒き散らしてたし!?」

「そーなの? レディオン」


 巨大シマエナガの上に乗り上げているラ・メールが俺に視線をよこす。俺は呆然としたままでふたりの精霊王を見つめて言った。


精霊違いしてたみたい(ぁあーうぅ)

「ほら! 大丈夫じゃない!」

精霊違(ひとちが)いじゃなかったら何されてたの私!?」


 震えあがるシマエナガの上で、ブルブル揺れながらラ・メールがシマエナガをポカポカ殴った。


「こんなに可愛いレディオンをいつまで怖がってるのよ! ちゃんとよく見なさい! こんなに無垢で愛らしくて綺麗で可愛くて魔力に満ちていて可愛くて可愛いのよ!?」


 沢山の可愛いをありがとうございます!


「見た目の問題じゃ無いだろぉおおお!? なんでこんなにあほみたいな量の魔力持ってんだよ!? 世界何度滅ぼせるんだよこの魔力!」

「レディオンはそんなことしないわよ! ホントいいかげんに目を覚ましなさいよ!」

「お前達こそ目を覚ませ! どう感じ取っても根底にあるのが『世界大規模呪詛』と同じ魔力だろ!?」

「まだそんなこと言ってるの!? あの時の呪詛の力はもっとドロドロした感じだったでしょ!?」

「確かにドロドロしてギスギスしてた感じは消えたけどな!? 根底にある魔力の波動が一緒なんだよばかぁああああ!!」


 大騒ぎである。

 なんとなく視線をテールとフラムに向けると、テールは腕組みしたまま彫像のようになってるし、フラムはとてもとても遠い目をしていた。

 ……もしかしなくても、精霊界ではけっこう頻繁にこんな大騒ぎしてたんだろうか、このふたり……

 あと、気になる単語があったぞ?


「『世界大規模呪詛(ぷりゅせぅ)って(あー)?」

「あー……」

「時期的にみてレディオン殿が生まれた頃ぐらいですかな? 世界中に放たれたとてつもない呪詛があったのです。人族や精霊、さらには神族も呪われた恐るべき呪詛でした。呪いの原因は今を以てなお不明ですが、今も解呪が出来ない、おそらく世界最強の呪いかと」

「…………」


 ……あれ。なんだろう。その呪い、ちょっと心当たりあるかもしれません……


「精霊族の中では特に風の精霊に被害が多くてな。そのせいでか知らないが、ヴァンがやたらと貴様を怖がっているのだ」


 テールの言葉の続きをフラムが引き取り、俺にそう説明してくれる。

 俺は冷汗が流れるのを止められなかった。

 俺が生まれた頃って、アレじゃないかな。前世で思いっきり世界呪った時の感覚。生まれなおし直後もその時の意識のままでいたような気がしないでもない。

 え。もしかして、俺、この世界も呪ったの? 風の精霊が特に呪いの被害酷いって、ルカの分の呪いのせい??


その犠牲者の中に(あーぁぅ)ラファルって精霊(だたーぁ)いる(きゃ)?」

「一番重篤なラファルを知ってる!? やっぱり呪った本人だろ貴様ぁああああ!!」


 いやぁあああああ本人かもしれないぃいいいいい!!


「なに馬鹿なこと言ってるのよ。赤ん坊に精霊を呪う理由なんて無いでしょ?」


 ポカッとラ・メールがヴァンを殴る。

 すみません。俺に関してはものすっごい理由あります。


「それに、レディオンが呪った本人なら、きっと呪うだけの理由があったに決まってるでしょ。ラファルって無能なくせに偉そうな馬鹿じゃない。無駄に精霊としての位階が高いせいで偉そうだし。呪われて大人しくなって清々したわよ」


 偉そう、って二回言った!

 そしてラ・メール先生の俺への信頼がとても厚い。どうしよう。申し訳ない気持ちと嬉しい気持ちでどういう顔していいのか分からない。にょにょ。


「確かにラファルは馬鹿で愚かで無駄に偉そうでイラッとする馬鹿だが、呪われるほどじゃないだろ!?」


 馬鹿って二回言った!?


「いや、あの性格じゃいずれ誰かに呪われるかなにかしただろ、あの馬鹿」

「あの馬鹿が精霊王(ヴァン)の次に位階が高いとか、ある意味悪夢だったからのぅ」


 フラムとテールまでラファルに対して駄目出ししてる。精霊の中でも不評なほど駄目駄目な精霊だったらしい。

 ――というか、この世界にもちゃんと存在してるんだな。俺の怨敵。なんかもうすでに俺が呪ってるっぽいけど。


どんな風に(うきゃ)呪われてるの(ーぁん)?」

「ほら! レディオンは呪いの内容、知らないわよ!?」

「知らなくても呪うことは可能ですぅうううう!!」

「確か体が炭化したように黒くなってボロボロ崩れるんじゃなかったか? 自己回復で回復しても崩れ続けるから今も治癒魔法をかけ続けてるはずだ」


 フラムが俺の問いに答えてくれる。

 どういう呪いだろう? 壊死ではなく、炭化したように黒くなって、というのが気になる。崩壊? それとも、死滅か?


「他にもあるぞ! 時折意識が飛んで仲間内で殺し合うようになるんだ!! 迷惑だ! おまけにあの自尊心のクソ高い馬鹿が時折自殺しそうなほどの絶望に落ちたりしている! そこは胸がスッとするからいいけどな!」


 精神攻撃の一種も加わってるのかな?

 ――というか風の精霊王、ちょくちょく酷いな?


「どうやって呪ったのかは知らないが! 早く解いてくれ!! 世界の風を正しく巡らさないと、いずれこの世界にも影響が出るんだからな!!」

と、言われてもな(あーだぅ)……」


 どうやって呪ったのかすら自覚してないのだから、解呪しようにもできる気がしない。あと、呪ったのが本当に俺だとすれば、相手は俺が前世で憎んだ相手だろう。となると、呪いを解く必要性すら感じない。むしろこのまま呪っておいて、出会ったら殺していくのがいいんじゃないかとすら思っている。


「ん~……諦めて(きゃ)?」

「可愛く言っても駄目だからなぁああああ!?」


 巨大シマエナガがつぶらな瞳から涙をこぼしながら叫ぶ。可愛い外見にちょっと心苦しいが、諦めてもらうしかないだろう。呪ったのが本当に俺なのかどうかはまだ分からないが、本人だとしても解く気は無いんだから。


「む?」


 ふと、フラムが頭を上げて扉の方を向いた。

 直後に扉が控えめにノックされる。

 賑やかな俺達を果てしなく遠い目で眺めていたダーヴィトがそのノックに反応した。


「……うん? 誰だ? 入れ」

「失礼いたします。――ぶぇええええ!?」


 あ。巨大炎狼や巨大翠シマエナガに度肝抜かれてる。

 そして入って来たのは副ギルド長でした。


「なんかすごい気配が増えてると気づいてましたけど、どうなってるんですかギルド長!」

「……俺ぁなんも知らん。知らんから聞くな……」

「ぐぅうう」


 虚無な眼差しのギルド長に何を察したのか、副ギルド長が断腸の思いを表情に浮かべて唸る。

 そうして、何も見なかったフリでギルド長に向き直った。

 ……意外と芯が太いな、この副ギルド長。


「ロードリングの二人が出頭してきました」

「あぁ……うん。そうか」

「軽!? 驚かないんですか!?」

「いや、うん。そういう風になるってことは教えてもらったから」


 ダーヴィトの目がラ・メールに向く。ラ・メールはにこやかに手を振ってやっていた。察した副ギルド長がラ・メールに一礼してからダーヴィトに視線を戻す。


「で、今、ギルドで被害者の補償について話し合ってます」

「まぁ、そうなるだろうな……」

「ギルドに預けてあるロードリングのお金を全部使っていいそうです。あと、罰が確定するまで牢に入ることも承諾しています」

「そんで教会から渡された魔法の通信鳥でギルドの動きを教会に知らせる予定なんだよな」

「え!? そうなんですか!? じゃあ、牢に入れないほうがいいですか?」

「いや、入れたほうがよかろう」


 テールが二人の会話に口を挟む。

 あ。フラムがものすごいジト目でテールを見てる……


「連中の動きは気づかないフリをしておくといい。侯爵の手勢も、教会の手勢も、まとめて処理しておきたいのでな」

「そうそう。連中の動きを阻んじゃ駄目よ~? 害虫は纏めて処分するのが大事なんだから~」

「……貴様等……」


 フラムが唸ってる。


(アミ)を泣かされたんだから、私達が動いたって問題無いでしょ? のべつ幕無しに人族の事情に関わったりはしないから、ね?」

「ちょっとした報復じゃよ。さて、フラムがいてくれるのだから、儂はちょっと出かけてくるとするか」

「待て! どこへ行く!?」

「ちょっとそこまで」


 慌てて立ち上がるフラムに軽く手を振って、テールは忽然と姿を消した。精霊界を渡ってドグラス侯爵の領地に行ったんだろうな。てことは、ドグラス侯爵の領地にある鉱山、今埋まってる鉱石類、全部消えるんだろうな……

 ギルド長達と同じく遠い目でそんなことを考えていたら、ラ・メールがシマエナガの上に寝そべりながら声をかけた。


「ねぇねぇ、ヴァンにも手伝ってほしいことがあるんだけどな~?」

「なんで私が!?」

「せっかく物質界に来たんだし、ちょっと派手に遊んでみるのもよくない? ね?」

「む!? 遊ぶのか。むむ。……派手に? だと?」

「そうそう。ちょーっと、綺麗な宝石とか金銀財宝をかっぱらってくる程度のお遊びなんだけどな~?」

「ほ、ほぅほぅ?」


 ……なんで乗り気なの? 風の精霊王。

 あ。風の精霊ってそういやこういうイタズラ大好きだったな。そのせいで盗賊達が信仰するのって風の神や風の精霊なんだよな。


「最近、一族のことがあって気晴らしもしてないでしょ~? このへんでちょっと息抜きがてら遊んでもいいと思わない~?」

「むむむ」


 うずうずしながら唸り、シマエナガがチラッと俺を見た。

 俺はとりあえず頷いておいた。


「し、仕方がないな! 多少の気晴らしは大事だからな!」


 うわ。風の精霊王、チョロい。


「ヴァン!!」

「も~。フラムは怒りっぽいのなんとかしなさいよ~。あ、レディオン。無限袋ある?」

あるぞ(んっ)


 マイポーチから新品の無限袋を取り出すと、ラ・メールが魔力でそれを受け取っていく。


「ちょろまかしたヤツ、この中に放り込んだらいいわ。いっぱい入るから、全部盗ってきちゃっていいわよ。気づいた時の反応が楽しみよね!」

「フフフ。ラ・メールもこの楽しみに気づいたか……仕方がない! 私が盗みの美学を見せてやろう!」

「がんばって~」


 無限袋はそのままシマエナガの脚に。そして消える風の精霊王。

 え。本当に盗みに行ったの? いいの? フラムさん激オコ状態なんだけど……


「……後でシバく……」


 ……またフラムの前脚が閃きそうだ。


「ギルド長……」

「ワタシハナニモキカナカッタ」

「あ、はい」


 副ギルド長とダーヴィトが明後日の方向に顔を向けて目を瞑る。色々と考えることを放棄したらしい。

 うん。人智を超えた存在が好き勝手してるんだから、考えるだけ無駄である。ちなみに俺にも彼等は止められない。止める気もないけどな!

 それにしても、風の精霊王は盗む先の場所を分かっているんだろうか?

 そう思ってラ・メールを見ると、ラ・メールがパチンとウィンクした。


「精霊界にいた間に教会と侯爵の情報は渡してあるわよぅ? 調べるのはヴァンの大得意だから、表向きの財宝から隠し財宝まで全部さらえてくるんじゃないかしら」


 ラ・メール、グッジョブだ!!


「ギルド長……」

「ワタシハナニモキカナカッタ」


 人族二人が両耳を塞いでいる。うん。ごめんね。聞かなかったことにしてください。


「ぅぅ……こんな時にトールハンマーの連中もフュルヒテゴット老もいないとは……!」


 席を外している人達の不在を嘆くギルド長に、副ギルド長が肩ポンする。

 まぁ、いたからといって何がどうなるわけでもないけど、少人数で精霊王達のやらかしを見守るのは辛いよな。道連れが欲しい気持ちはよく分かります。

 ちなみにトールハンマーの面々はダンジョン内で手に入れた物の売却と、武器防具の修繕のために席を外している。

 フュルヒテゴットとアンゲーリカはギルドの休憩室でお休み中だ。ちょっと具合がよくないらしく、大事を取って休んでもらっている。ちなみに俺も休む時は二人のベッドにもぐりこんで眠ることになっていた。部屋の出入り口はギルド員が見張っているし、俺が眠る時は精霊王達がついてくるので防衛面に不安は無い。……やらかし面には不安しかないけど。


「はぁ……」


 苦労性のフラムがため息を吐き、俺を腹に抱え込む形で床に寝ころび直した。俺はフラムのふわっふわの腹毛に飛び込む。


「おまえはどこにいても騒ぎの元だな」

「みゅ」


 そう言われても困る。俺は敵と会っている時以外は平穏に過ごしたい派だ。騒ぎを起こそうとして起こしているわけでもないしな!


「そもそも、親元に帰るだけなら俺に頼めばいいだろう? アロガンは契約者だ。いつでも親元に帰してやれるぞ?」

「!」


 そう言えば、そうでした。

 とはいえ、もう色々始まってるから、ここで一人だけ一抜けは出来ない。


毒を食らわば皿までだ(だったーぅ)

「……俺は毒など喰らいたくないがな」


 顰め面でフラムが嘆息をつく。

 その上空に突如翡翠色の影が落ちた。バサァッ! と羽ばたきの音が続く。


「フハーハハハハハハ! 見るが良いこの鮮やかかつ素早い手腕を! 全て盗みきってやったぞ! ハッハーハハハハハハ!」


 うわ、なんかめっちゃ目をキラッキラさせた巨大シマエナガ (翡翠色)が。ふんすふんす鼻息荒いけど、精神生命体なのに呼吸音にこだわりあるの?


「さっすが、早いわね~、ヴァン!」

「そうだろう! そうだろう!! 私ほど鮮やかに盗みきれる者はいないとも!」


 ラ・メールにヨイショされてふくふくした胸を張る風の精霊王。最初からまるっこい体すぎて違いが分からない。

 そして俺とフラムの上にものすごい勢いで金銀財宝が降ってきた。


「そら、なかでもとびっきり綺麗なやつだぞ! あとの残りは全部ここに入ってる」

「きゅ」


 袋を掴んだ脚が目の前にズイッと伸ばされてきたので受け取った。ちなみに財宝の雨をくらったフラムのジト目が凄いことになっている。俺の全身も首飾りやサークレットに埋もれているけど、俺はお宝大好きなので問題なしである。

 しかし、問題なブツがなかに混じってた。


「きゃぅ?」

「あら! 神器じゃない」

「「ぶふぅ!?」」


 ラ・メールの声に、諦めきった顔で茶を飲んでいたギルド長と副ギルド長が茶を吹いた。

 俺も嫌な予感がしたので【見て】みたのだが、確かに神器だった。

 ……をい、精霊王……


「神殿の奥に仕舞われていたからな! 封印解いて奪ってきてやったぞ!」


 この精霊王、悪びれないな!!


「へーぇ、水差しの形してる神器なのね~。何の効果があるのかしら?」

「知らん!」


 すがすがしいほどきっぱりと言い切る翠シマエナガ。

 ……フラムが前脚で顔を覆っちゃった。


「やりすぎだろう……貴様……」

「金無垢の神像とかも持ってきたぞ。重そうだったから袋の中に入れたままだがな!」

「やりすぎだろう! 貴様!!」


 二回言ったな。


「いいわぁ、ヴァン! 私、あんたのそういうとこ大好きよ!」

「フフン。この私にかかればこのくらい、朝飯前だ!」

「ちなみに行ったのは神殿だけ?」

「いや? 神殿関係者と侯爵とやらの屋敷と隠し屋敷と別荘と商業ギルド内の個人倉庫と所持商店の金庫と地下秘密宝物庫と愛人宅の金庫を巡って来たぞ?」


 この精霊王、根こそぎやりやがった……!!


「あっはっはっは! ヴァン! 最高!!」

「フハハハハ! もっと褒めるといい!」

「やりすぎだ貴様等ァッ!!」


 もうフラム先生は諦めたほうがいいんじゃないかな。知らなかったけど、風の精霊王、ノリがラ・メールと一緒だ。このふたり、混ぜたら危険なコンビだろ。

 あと、誰かと似てるよーな気がするんだけど、誰だっけ……


「賑やかだのぅ」


 あ。テールが戻って来た。


「テール……貴様は何をやらかしてきた」

「なぜ戻ったとたんに怒られとるんだ儂? あと、えらく綺麗なもので体を飾っておるが、なにをやっとるんだ?」


 ふわふわの赤い毛に絡んだ金銀財宝を見て首を傾げるテールに、フラムはギリギリと歯ぎしりをする。


「ヴァンがやらかしたんだ……!」

「ああ、ということは、根こそぎ盗んできたわけか。よくやったのぅ、ヴァン」

「フハハハハ!!」

「褒めるな! 馬鹿たれが!! ――で、貴様は何をやらかした」

「うむ。ちょっとな」


 全身甲冑だが視線がチラッと放心状態のギルド長達に向いたのが分かった。フラムが嫌そうに口を噤む。


「……やらかしたことは否定せんのだな」

「まぁの」


 言って、テールは俺の近くに座る。そして俺に体を寄せてひそひそ声をあげた。あ。ラ・メールと風の精霊王がテールの左右に陣取った。


「ドグラス侯爵の領地の鉱脈全てをカルロッタに移しましたぞ。ドグラス侯爵の領地では今後いかなる鉱石も石炭も岩塩も採れないでしょうな」

「あはははははは!」


 ラ・メールが腹を抱えて笑い転げる。


「あと、強化薬の材料と思しきモノの畑を見つけましてな。全部枯らしてきました。どうせ種は保管しておるだろうから、また再度植えましょうが……流石に作物を実らない大地にするのはやめておきました」

「きゅ」


 テールの報告に俺は頷く。再度植えても育たないようにしようと思ったら、大地に呪いをかけないといけなくなる。そうすると他の作物も育たなくなるのだ。精霊王の力は強すぎるからな。

 そう思って納得していたら、翠シマエナガが目を煌めかせた。


「その種とやら、探して盗って来ようか?」

「おお、それがいいな。頼めるかの?」

「フハハハハハ! すぐに終わらせてやろう! 待っていろ!」

「ヴァーンッ!!」


 ああ……フラムが張り倒す前に風の精霊王がまた消えた。流石に速さに関しては精霊随一だな……

 そして即座に現れた。


「いっぱいあったぞ!」


 なんかデカイ麻袋を三つ器用に掴んで来た!!


「貴様等そこへなおれ!!」

「フラム、怒らないでよ~」

「人死には出ておらんのだから、よいではないか」

「フラムも息抜きにどこか噴火させて来ればいいんじゃないか?」


 ラ・メールとテールが悪びれないのは予想の範囲内だが、さらっと怖いこと言う風の精霊王は予想外だった。フラムが前脚で頭を抱える。


「くそ……これがあるからこいつらを一緒にしたくないんだ……!」


 ……精霊界ではおなじみの問題児トリオらしい。


「これであとは呪いがとければ言うことなしなんだがな!」


 シマエナガにチラッチラッ見られたが、解けれません。


駄目(ちゃい)

「くっ……可愛い……!! いや、絆されんぞ! 私にも精霊王の意地があるからな! だが気晴らしができて気分がいい! だからこれから呼び出しぐらいには応じてやってもいいぞ!」


 ちょこんと前脚が差し出されたのでしっかりと両手で握った。あ。なんか経路(パス)が繋がった気配。


「ではな! さらばだ!!」


 バッサァッ! と羽ばたきの音だけ残して風の精霊王が消えた。その鮮やかな去りっぷりに誰かを思い出す。

 ああ! 誰に似てるかと思ったら、カルロッタの正妃に似てるんだ!!

 そういや正妃、風の精霊の加護もってたな。性格が似てるから好まれたのかもしれない。


「くそ……精霊界に戻ったら絶対シバく……!」


 フラムがひとりギリギリ歯ぎしりしているが、ラ・メールとテールは楽し気にハイタッチしていた。本当に精霊王って自由だな……


「悪い精霊(ヤツ)じゃなかったでしょ? レディオン」


 ラ・メールが俺を見ながら言う。

 俺は体にかかっている首飾りとサークレットを脱ぎながら頷いた。


なかなか愉快な奴だな(きゃあーぅ)

「ふっふーぅ。きっとレディオンなら気に入ると思ったのよ。ヴァンもねぇ、心配性すぎるところさえなければつきあいやすいのよ」

「ま、あの様子なら今後は大丈夫だろうて」

「それはいいんだが、別の意味で今後が心配になるな」


 満足げなふたりに反して、フラムは苦い顔をしている。


「別の意味って?」

「……味をしめて人族の宝を盗んで遊びそうな気がする」

「あははははは!」

「笑いごとではない!!」


 爆笑するラ・メールにフラムが怒る怒る。

 その全身に絡んだ財宝と床に散っちゃった財宝をてきぱきと集め、テールは俺が持っていた無限袋にそれらを放り込んだ。ついでに種の入ってる大麻袋三つも放り込まれる。


「まぁ、これで敵の財源は無くなった形ですな」

「うふふ。これからどう動くかしら? たっのしみー!」

「…………」


 ふたりの精霊王のほくほくとした顔と、暗雲背負ってそうなフラムの顔の対比が素晴らしい。俺はそっと目を泳がせた。そして色々入ってる無限袋を覗き込む。

 ……うん。金の神像やら魔法で何か封じてるっぽい魔導書やら神器やら入ってるな。本当に色々と根こそぎ盗んできたらしい。人族の宝物殿がどの程度の警備力なのか知らないが、風の精霊王にはいっさい通じなかったようだ。

 ……うちの警備力もあげておこう。そうしよう。


とりあえず(きゃぅ)相手の出方待ちだな(ぁあーん)

「そうですな」

「そうね」


 俺の言葉にテールとラ・メールが頷く。

 ……ねぇ、なんか俺よりふたりのほうが心待ちにしてない? 気のせい? フラムの全身から怒りの熱気が漏れてるのは気のせいじゃないみたいだけど。

 あと、フフフ笑いは怖いからおやめください。可哀想な人族が二人、デスクの所で無我の境地な顔してるから。


「……なんでもいいから、早く終わってくれねぇかな……」


 遠いどこかを見ながら呟くダーヴィトの台詞がとても印象深かった。













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