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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
三章 例え数多の苦難があろうとも
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55 ami




 テールの言葉に、ダーヴィトは言葉を慎重に選ぶようにして口を開いた。


「……『モンスターアタック』については他の冒険者達の調書で罪を確定出来るでしょう。どんな理由があろうと、下層のワンダリングモンスターを上層に連れて行く行為が正当化されることはない。どんなに軽くとも、被害者への賠償金の支払いに、個人及びパーティーの降格処分、被害者数とその負傷度に応じた期間の罰依頼での奉仕作業を与えられるでしょう。――重ければ、冒険者組合員の取り消しに、犯罪奴隷落ちですね」


 ダーヴィトはそこまで言ってから、苦い顔になった。


「この時期にこんな問題を起こすとは……あいつらは、いったい何を焦っているんだか……」

「『この時期に』、とは?」


 テールの問いかけに、ダーヴィトはため息をつく。


「もう踏破されたようなので大丈夫だとは思うのですが、ユスカダンジョンの最下層で『冒険者が突然姿を消す』という異変が起こっていたんです」


 ……それって……


「転移トラップの可能性もあったので組合で実験をしてみましたが、どうやら違うようだと結論付けられました。何か特殊な異変が発生している可能性を鑑み、国と領主に許可をもらって大々的にダンジョン踏破を呼び掛けていたのです。……ドラゴンファングがやってくれたようですね」


 少しだけホッとしたような顔をしているダーヴィトを見ながら、俺は唇を噛んだ。

 ――ダンジョン内で冒険者が姿を消す。

 それは、もしかして――俺がされたような『ダンジョンによる強制転移』ではないだろうか?


「…………」


 もしそうだとしたら、その冒険者が飛ばされた先は何処だったのだろう。

 近くのダンジョンか、全く見知らぬ場所か――それとも、俺を飛ばしたアビスダンジョンだろうか。

 アビスダンジョンには高濃度魔素で変異させられた人族が存在していた。どこから人族を攫ってきたのかと思っていたが、もしかするとこのダンジョンがその送り先だったのだろうか?

 ――こんな東の端のダンジョンから、西の果てのダンジョンに?


「? どうかしましたか?」


 考え込む俺の耳に、不思議そうな声が届く。顔を上げるとダーヴィトがテールを怪訝な顔で見ていた。そのテールは俺を見下ろしている。

 あ。思わず深く考えこんじゃった。もしかしたら考え込みすぎてアビスダンジョンへの敵意が漏れちゃったかもしれない。危ない危ない!

 俺は顔を引き締めるとテールを見上げて言った。


「きゃぅ。たったーぅ」

「……ふむ。確かに、レディオン殿がダンジョンコアにされた『強制転移』と似ておりますな」

「あーぁぅ」

「なるほど。魔力探査で痕跡を辿ってみるのはいいかもしれませんな」

「えぇと……赤ん坊の言葉がおわかりに?」


 あ。喃語のせいで精霊王にしか通じないんだった。ダーヴィトがものすごい困り顔でテールと俺を見ている。

 テールはにっこり笑顔だ。


「ええ。分かりますとも。縁が深いですからな」

「私にも分かるわよ! とっても縁が深いから!」


 何故か対抗するようにラ・メールも胸を張って言う。

 そんなところで張り合うんじゃないよ。ダーヴィトがめっちゃ困り顔になってるだろ。


「レディオン殿も気になっているようだし、その『異変』については儂等も調べてみよう。ダンジョンに何かが起こっているのかもしれないからな」

「! 本当ですか! ありがたい!」


 困惑顔から一転、パッと顔を輝かせたダーヴィトにテールは笑顔で頷く。


「ついでに、レディオン殿と風の精霊王との初顔合わせもすませたいしのぅ」


 ……それ、どっちが『ついで』なの……?

 あと、俺は別に風の精霊王に会わなくてもいいんだけど。もしかしたら前世の怨敵かもしれないし。顔合わせちゃったら俺の理性が吹っ飛ぶぞ?


「風の精霊王、ですか……」


 あ。ダーヴィトの顔が引きつっている。


「ああ、秘密にしておいてほしいのだが、レディオン殿は数多くの精霊の寵愛を受けていてな。ここにいるラ・メールのように深く深く愛している精霊も多い。そんなレディオン殿が誰かに害されれば、どうなるか――ギルド長には分かろう?」

「……簡単に国が滅びますな」

「そういうことだ。それゆえに、ロードリングの二人がレディオン殿を手にしようとするのを阻止せねばならん。レディオン殿の意志を無視してそんなことをしてみろ、精霊王達が配下の精霊を率いて滅ぼしに向かうぞ」

「ぐぅ……」


 ダーヴィトが呻く。俺は遠い目になった。

 他人事のように言ってるけど、その滅ぼしに向かう精霊王の筆頭、お前だろテール。あえて言われなくても分かるぞ、流石に。さっきから気配が怖いことになってるから。


「そういうわけだから、出来るだけ早くロードリングの二人を捕縛してほしい。なんなら儂からの依頼として出してもかまわん」

「……少し、お待ちいただきたい……」


 ダーヴィトは頭が痛いのを堪える顔で額に手をやり、呻くように声を絞り出した。


「ロードリングの二人に対し、出頭を命じるのはギルドでも出来ます。モンスターアタックの件もありますので。ただ……問題は、その赤ん坊を聖王国に連れて行こうとしている、という件です」

「ふむ?」

「実際に無理やり力づくで連れ去ろうとしたことは?」


 問われたテールの視線が俺に向く。

 俺は首を横に振った。


「つまり、今のところ『口で言っただけ』なわけですね?」

「……なるほどのぅ」


 テールが困った声をあげる。

 俺も肩を軽く落とした。

 確かに、ロードリングの連中は、キャンキャンと叫んでいたが、実際にやったことってただ叫んでいただけなんだよな。最初に追いかけまわされたりしたが、掴みかかって来たわけでもないし、無理やり体を奪おうとしてきたわけでもない。なんなら指一本触れられていないのだ。


「その段階では罪に問えない。為人の問題になるから、悪い噂はたつでしょうが、それだけです。そのロードリングが今どこにいるのか、というのも問題になります」


 ダーヴィトが視線を副ギルド長に向けると、副ギルド長は頷いた。


「今、職員に確認を急がせています。じきに報告がくるでしょう」

「たかが冒険者二人の居場所が、そこまで問題になるのかのぅ?」

「普通の冒険者であればさほど問題はないでしょう。ただ、ロードリングの二人は、この国の貴族派筆頭であるドグラス侯爵の息がかかった冒険者なんです。しかも教会との縁も深い。この二ヵ所のどちらに逃げ込まれても面倒になります」

「高位貴族と教会、か」


 テールが低い声で呟く。ダーヴィトは頷いた。


「はい。ユノス国は昔から国王派と貴族派で勢力争いをしているのですが、近年、教会と手を組んだ貴族派の台頭が目立ってきています。その貴族派の筆頭であるドグラス侯爵の権勢はこの国随一と言っていいでしょう。位だけならオーケシュトレーム公爵のほうが高いですが、権力という意味ではドグラス侯爵のほうに分があります。ドグラス侯爵は今や飛ぶ鳥を落とす勢いですから」

「相変わらず、人の子の世は面倒ねぇ」


 ラ・メールがつまらなそうに呟く。

 俺はテールの手甲をちょんちょんとつつき、顔を寄せて来たテールに耳打ちした。テールがちょっと面白そうな顔になった。


「なるほど?……ギルド長、ドグラス侯爵の財力の基盤はどこにあるのですかな?」

「……鉱山から採れる各種鉱石と、最近はやり出した薬ですね」

「ふむふむ。鉱石、と。――薬、とは?」


 前半を人の悪い笑みで呟き、テールは後半で首を傾げる。

 鉱石関係だとテールの独壇場だろうな。大地の精霊王だから。あと、精神生命体の精霊族に病って無いから、薬と聞いてもピンとこないのは分かる。

 そう思って聞いていたのだが、ダーヴィトの言葉は俺の予想とちょっと違っていた。


「ドグラス侯爵の領地で作られている、人の能力を数倍に引き上げるという薬です。冒険者を中心にかなりの数の服用者がいますね」


 薬って、治療薬じゃなくて強化薬だったのか……

 

「鉱石類もそうですが、その薬で教会とも取引をしているようです。教会は独自の軍隊を有していますからね。神騎士を筆頭に、神殿騎士達の集まりで出来たあの軍勢は他国にとっても脅威です。もっとも、ほとんどが魔物被害にあった国への派遣など、平和的な利用をされていますが……」


 どこか渋い顔で言うダーヴィトに、テールが深く考える顔になる。


「……そうでない場合もある、ということか」

「最も有名なのは『魔女狩り』と、『聖戦』でしょう。聖王国は、敵対した国に対して『神敵』を発動させ、国を落すことがあります。近年は周辺国家でも聖王国を危険視する動きが出ていますから、少しは大人しかったのですが……」

「その強化薬が新たな火種になる可能性があるのか?」

「ただでさえ強い神殿騎士にあの薬を使われれば、なみの軍では太刀打ちできないでしょう。聖王国を警戒し、監視の目を強めている『商業国家連合(グウェンダリア)』ですが、彼等が一致団結して対抗しようとしても、あの強化薬でどれだけ差が出るか……」


 ダーヴィトの苦い声を聞きながら、俺は嫌な動悸を感じていた。

 教会に提供される強化薬。

 強化された神殿騎士。

 それは、もしかして――かつて俺達魔族を追いつめた、あの軍勢の力の源の一つでは無いだろうか?


「ユノス国の鉱石を利用して神殿騎士達の新しい武器防具の類を整えているという噂もあります。ドグラス侯爵の財源の一つですね。国王派はそれを阻止しようとしていますが、関税をかけるにしても表立ってやりすぎると聖王国を刺激することになりますから、上手くいってはいないようです」


 何故だろう。ダーヴィトの声が遠い。

 息が苦しい。呼吸がおかしい。耳の奥に潮騒のようなノイズがうまれる。

 俺は痛む胸を押さえた。

 聖王国を強化させる動きが、この国にある。俺を殺した勇者はまだ生まれていないだろうが、俺の愛する魔族を殺し尽くそうとした軍勢の強化はもう始まっているのだ。


「……。レディオン殿?」


 テールの声が遠い。

 潮騒の音が煩い。

 この国が、俺の愛する魔族を殺す力を提供している?

 この国が、俺の愛した人達を殺す引き金の一つになっている?

 俺の愛した人々を。

 俺の愛した民達を。

 俺の愛した部下達を。

 俺の愛した――(マリーウェザー)を殺した、聖王国の……


「レディオン!」


 敵の中枢を叩いてくると、そう告げたあの(ひと)の決意を秘めた瞳を覚えている。

 強く、どこまでも真っすぐなあの眼差しを。

 去る細い体を、深紅の髪を、抱きしめて止めておけば、あの喪失は無かっただろうか?

 最後の最期まで共に在れただろうか?

 圧倒的強者であったはずの魔族を屠る神騎士と神殿騎士達。あの当時、その力の秘密は分からなかった。武器防具の類のせいだという憶測はあっても、それだけでは説明がつかない強さだったから。

 その本拠地に吶喊すれば、無事ではすまないことは分かっていた。

 それでも弱き者達を逃がす時間を稼ぐために、彼女は俺のかわりに立ち上がった。本当なら魔王である俺がしなければならなかったのに。俺こそが死地に向かわなければならなかったのに。


 ――貴方がいる限り、魔族は滅びない。


 珍しく微笑んでそう言ったマリーは、その心の内で何を思っていたのだろう?


 ――どうか、未来を諦めないで――


 俺が生きていれば魔族は滅びないと、そう言ったマリーに、俺は何と言葉を返してやれるだろうか?


 ――貴方がいる限り


 ……そんなことはない。そんなことはなかった。

 マリー。おまえがいなくなった世界で、俺は何も成し遂げられなかった。常に覚悟と強い意志をもって進んでいたおまえと違って、俺は迷い、欺かれ、導き守るはずの同胞の多くをこの手から取りこぼした。

 もし魔王の位にいたのがおまえだったなら、あんな無様はさらさなかっただろう。

 まるであらゆる未来を見据えたような強い瞳で、迷うことも躊躇うこともなく戦い抜き、勝利をもぎとっていただろう。

 今までそうであったように。

 ――ずっとそうであったように。


「レディオン! しっかりしなさい!!」


 そのマリー(おまえ)を殺した聖王国を、この国が強くしようとしているのなら、

 またおまえを奪う力をつけようとしているのなら、

 俺は――

 この国を――


「レディオン!! ――ッ!?」

「――……」


 ひたり、と、頬が何かに包まれた。

 遠くで聞こえていたラ・メールの声が驚きに揺らいだのを聞いた気がした。

 だがそれよりも、俺の頬を包む手の感触に俺は息を呑んだ。


「…………」


 知っている掌だった。優しい掌だった。いつだって辛い時には俺を抱きしめてくれる手の――

 俺は息を吸う。顔がくしゃくしゃになるのを感じた。ただでさえみっともない顔が、もっとみっともなくなったことだろう。だが、止まらない。零れた涙と同じように、俺の意志ではどうにもできない。

 俺は小さな両手で綺麗な掌を包み込む。

 俺の影から伸びてきた、俺のよく知る男の掌を。


「……ポム(ぽぅ)……」









 ポムは何も喋らなかった。

 俺の傍らに具現したのも影から伸びた両腕だけで、それ以上の何かが現れたわけでもなかった。

 ただ、俺の頬を包み込み、俺の涙を拭い、俺の頭をひとしきり撫で、俺の涙が止まると同時に影の中に沈んでいなくなった。

 はたから見れば怪異でしかなかっただろう。だが、その掌のおかげで俺の気持ちは落ち着いた。


「……レディオン」


 空中を泳いできたラ・メールが、俺の小さな体を抱き上げ、抱きしめる。

 俺はその胸に涙跡の残る頬をすり寄せてから、心配そうなその顔を見上げた。


もう大丈夫(きゃぅ)

「……それならいいけど」


 ラ・メールの唇が熱をもった俺の目元を冷やしてくれる。俺は鼻をすすりながら心配そうにこちらを見上げるテールに頷いてみせた。


大丈夫(きゃ)

「……そうですか」


 テールは微笑んで俺に手を伸ばした。ラ・メールがその頑丈そうな腕に俺を手渡す。テールは俺が泣き出した理由を問わず、ただ優しく俺の背を叩いてくれた。


「あの……?」


 ダーヴィトの困惑したような声が聞こえる。俺が顔を上げるより早く、テールが苦笑含みの声で言った。


「聖王国への忌避が強すぎて、肉体が感情に翻弄されてしまったようですな。レディオン殿は、西の地にいた時も、聖王国の手勢に大事な人々を害されかけたことがあるのでな」

「西で……。そういえば、聖王国が西の地に軍隊を派遣したという噂がありましたが、それでしょうか?」

「そうだ。その噂は正しい。おまけに、各国に許可をとらず、隠れて動いていたらしい。西の地は今、聖王国への怒りに燃えておるよ」


 なんかテールがうちの連中が流布してる噂と同じ内容を吹聴してる。

 あの騒乱時に精霊王達は直接関与しなかったけど、陰ながら軍隊を見張ったりしてくれてたみたいだから、俺達の様子はちょくちょく見てたのだろう。そりゃ、内容はよくわかってるよな。

 まったく……精霊王は優しくていけないな! 愛してるぞ!!


「なるほど。今後は西の動向に注意しないといけませんね」

「直接の影響がこの国に出るかどうかは未知数だったが……薬に鉱物と、聖王国と関わりが深いならかなりの余波に襲われるだろう。覚悟しておくことだ」

「うぅ……」


 滲む覇気をそのままに言い切ったテールに、ダーヴィトは青白い顔で呻いた。その様子にテールは軽く手を振る。


「まぁ、件のドグラス侯爵とやらには極力関わらないことだ。ソレは間違いなく今後破滅する。僅かでも関われば身の破滅と思った方がよかろう」

「そ、そうなのですか……?」

「もちろん」

「ええ。間違いなく破滅するわ」


 テールの言葉に太鼓判を押すように、ラ・メールも深く頷きながら言う。


「ドグラス侯爵とやらはあらゆる全てを失って果てるでしょう。死にたくなければ、その人間の関連筋には一切近づかないことね」

「そ、そ、そうですか……」


 ダーヴィトの顔色がいっそう青白い。

 これ、なんとなく理解しちゃってるだろうな……この精霊女王達がやらかすんだってこと。なんかテールもノリノリだし。大丈夫か? ドグラス侯爵とやらの領地民。頼むから無辜の民を巻き添えにはしないでくれよ?

 フラムがいたら、絶叫して二柱(ふたり)まとめて前脚で張り倒すんじゃなかろうか……

 まぁ、これ以上何かやらかさないならいいんだけど。


「レディオンを泣かしたんですもの。領地ごと沈めないだけでも温情だと思って欲しいわぁ」


 ラ・メールぅううううう!!

 ちょ、おま、口に出して言う!? 言っちゃうの!? これからやらかします宣言を!?

 人の世にあんまり関わり過ぎちゃ駄目だろお前達!!

 なんで呼吸するように問題発言するんだよ!?


「…………」


 あぁ、ダーヴィトが真っ青な顔を両手で覆っちゃった……副ギルド長は聞かなかったことにしたらしい。直立不動で目を閉じてる。

 ちなみにテールも目を瞑って黙ってました。

 コレ、黙認するってポーズだろ。止めろよ、大地の精霊王。ドグラス侯爵の領地にある鉱物という鉱物を根絶やしにするぐらいでいいだろ、報復は。あと、薬の材料を枯らしつくすとか。


直接命をとっちゃ(きゃぁーぅ)駄目だぞ(だっきゃ)?」

「え~……駄目なの?」

駄目(ちゃい)

「ぇえ~……しょーがないわねぇ……レディオンがそこまで言うのなら、九割と半殺しぐらいで堪えてあげるわ」


 ……それ、堪えてるんだろうか……


「まぁ、それはともかく」


 ゴホン、と咳ばらいをしてテールが声をあげた。


「ドグラス侯爵とやらの未来も定まったことだし、ロードリングの処遇に関してもギルドの思い通りに出来るようになるだろう」

「は、はぁ……」


 ……ラ・メールを止める気ないな、テール……


「……敢えて詳しくは問いませんが、ロードリングが後ろ盾の一つを失うのであれば、確かにこちらのやり方で捕縛できるようになるでしょう。もう一つの問題は……」


 言葉の途中で、扉の方からノックの音が聞こえた。副ギルド長が素早く扉を開け、そこにいた誰かと二、三言葉を交わす。扉を閉めたときには、受け取ったらしい書類を握っていた。それをダーヴィトに渡すのを俺達は眺める。

 書面に目を走らせたダーヴィトが苦虫を嚙み潰したような顔になった。


「……最悪だ……」

「何があった?」

「ロードリングの二人は、ダンジョンから出た後すぐに教会に走ったそうです」

「教会に、じゃと?」


 今までずっと黙っていたフュルヒテゴットが苦い顔になった。

 ダーヴィトは頷く。


「教会は治外法権だ。あそこに入り込まれたら無理やり引きずり出すのは難しい。うちの街の教会は聖王国との繋がりも強いからな。今のロードリングにとっては一番安全な場所だろう」

「くそっ……一番面倒な所に行きおって……!」

「街中にいたのなら、職員に命じてギルドに出頭させることも出来たんだが、教会に入られるとどうしようもない。おそらく、自分達に都合の良い準備が整うまで出てこないつもりだろう」

「……レディオンちゃんを引き渡せ、と強気で言える状況になるまでは、ってとこか」

「おそらくな。そういう計算ぐらいは出来るだろう」


 ダーヴィトとフュルヒテゴットの声の後ろで、バリバリッという空が裂けるような音が響いた。

 一瞬硬直し、全員の恐々とした視線が空中に向く。

 異様な気配が増している水の精霊女王に。


「……小者め……」


 ラ・メールさん。怒気ちょっと抑えて。


「……ご、ごほんっ……テール殿の話にあったように、あの二人がこの赤ん坊を『勇者』と決めつけて、教会と足並みを揃えてやって来る可能性はあるでしょう。ドグラス侯爵への連絡も教会にいる間に行うでしょうな。うちの領主様はドグラス侯爵の派閥では無いですが、侯爵の圧力に耐えるのは難しいでしょう」


 ちょっとラ・メールにビクビクしつつダーヴィトが言った。

 その言葉に、トールハンマーのリーダーであるヘイモが難しい顔で呟く。


「……ドラゴンファングの連中に頼んで、オーケシュトレーム公に渡りをつけられねぇだろうか? 国王派のオーケシュトレーム公ならドグラス侯爵を抑えれるだろ?」

「オーケシュトレーム公が動く理由が無いだろ? 確かにあの方は慈悲深いと評判だが、見ず知らずの赤ん坊を何の理由もなく庇うことはしないだろう。知り合いの子供だ、とかいうのならともかく」

「それはそうなんだが……」

「そもそも、オーケシュトレーム公も政敵だからこそ無暗に対立行動はとれないはずだ。ほんのちょっとでも隙を見せたらそこを突いて来るからな、ドグラス侯爵は。しかも今回は教会が絡んで来る。……ロードリングの二人とドグラス侯爵だけなら、英雄テール殿の威光でなんとかなった可能性高いが、最初から教会が絡んで来るのはヤバイ。背後に聖王国をチラつかされでもしたら、オーケシュトレーム公でもヤバイからな」


 難しい顔をしているヘイモ達の声を背後に聞きながら、フュルヒテゴットが苦い表情で口を開いた。


「レディオンちゃんのお父上は十日でこの地に来ると言っておった。……渡して、すぐに西に逃がすことも考えておいたほうがよさそうだな」


 誰もが苦々しい顔をしている中、バッサリと切る声が響いた。


「必要無いわよ、そんなの」

「考える必要の無いことだのぅ」


 ラ・メールとテールである。

 ラ・メールはつまらなそうな顔をしているし、テールは肩を軽くすくめている。


「何か考え違えをしていないかしら? 私達がいる以上、レディオンに手を出せる人間なんて一人もいないのよ」

「ロードリングの二人は処罰する。レディオン殿は渡さない。これは決定事項だからの」

「レディオンが人族に配慮してくれって言うから、人族の法や規則に沿った内容になるよう見守っているだけであって、レディオンに危害が加えられるようなら話が違ってくるのよ。というか、たかが人族の分際で、レディオンをどうこう出来るって思うこと自体が烏滸(おこ)がましいのよ」


 ラ・メールとテールの声に、俺以外の周囲全員が戸惑った顔になる。

 ラ・メールは傲然と顔を上げて言った。


「人族が何をどう言おうが、この私がそれに従ってやる必要なんてないでしょう? 私達精霊の(アミ)に手を出そうとするなら……地図上からこの国を消してあげるわ」

「そ、それは勘弁していただけるとありがたいのですが……」


 ダーヴィトの顔色がますます青白くなる。

 駄目だぞ、ラ・メール。それは大勢の無辜の民が犠牲になるってことなんだから。


駄目(ちゃい)

「も~……レディオンは優しすぎるんだから~……」


 不服そうな顔したって駄目なものは駄目だからな!


「まぁ、ドグラス侯爵の行く末は決まっておるのだ。抑える抑えないは考えなくともよい。……教会は、さて、どう調理しようかのぅ」

「処す? 処す?」

「あまりやすりぎるとフラムにどやされるぞ? まぁ、臨機応変に、だな。……ひとまずは様子見だ。連中が動き出した時が破滅の時よ」


 テールは整えられている顎髭を撫で、うっそりと覇気のある笑みを浮かべる。


「その時が楽しみではないか」









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