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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
三章 例え数多の苦難があろうとも
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54  伝説





 ユノス国、ダンジョン街ユスカ、冒険者組合組合長室。

 頑丈な胡桃材で作られた椅子に座り、ダーヴィトは大きく息を吐いた。


「やーっと帰って来れたな」

「ふふ。お疲れ様です、ギルド長。アハヴォ王国との調整はうまくいったようですね」

「どーだかねぇ? 最後にどうなるのかは国のトップ陣のやり取りで決まるだろ。つーか、なんで一介の冒険者ギルド長があんな国同士の話し合いに出席させられるんだよ。職にあぶれた傭兵共の対策なんぞ、俺が分かるわけねぇだろ? 俺ぁ貴族でもなんでもないっつーの」


 厳つい顔をげんなりと歪めたダーヴィトに、組合で留守を守っていた副ギルド長は苦笑した。


「仕方ありませんよ。ギルド長はユノス国の最高戦力の一人なんですから。話し合いをする場で後ろに立っててほしかったんでしょう?」

「冒険者は国に帰属するモンじゃねーんだけどなぁ……」

「まぁまぁ、そう言わずに。稼ぎの場を失った傭兵が賊になったら、護衛任務についてる冒険者にだって被害がでますよ。それを未然に防ぐためだと思えば、ほら、職務内でしょう? それに、顔を繋いでおけば、いざという時にギルドのプラスにもなりますから」


 言われて、ダーヴィトは大柄な体をぐったりと椅子に預けた。天井を見上げて深いため息をつく。


「……ま、ダンジョンが『溢』なんて起こした日にゃ、領主軍どころか国軍動かしてもらわにゃならんから、その日の為の投資と思えばいっか……」

「そういうことです」


 くすくす笑う副ギルド長の姿に苦笑して、ダーヴィトは後ろに倒していた体を起こした。そうして机に山と積み上がっている書類に手を置く。


「……で、未来への投資をしてきた俺を待っていたのが、この書類の山か……」

「はい。こちらで処理できるものは出来る限り処理しましたが、ギルド長に決裁を仰がなくてはいけないものが多くて……」

「ちょうど面倒な案件がいくつも重なった時期だったもんなぁ……。そーいや、ユスカダンジョンで発生していた行方不明事件、どうなった?」

「進展ないままですね。転移トラップにしては冒険者が消える位置がランダムですし、同じ位置に立ってみるテストも何人かでしてみましたが、姿が消えるようなことはありませんでした。だから、たぶん転移トラップでは無いと思うのですが……確証がありません。唯一判明しているのは、『最下層でのみ発生する』ということですね」

「最下層までたどり着ける冒険者がバンバン消えると困るんだけどなー……」


 ダンジョン内で突然冒険者が消える――ここ最近の冒険者ギルドを最も悩ませていたその問題に、ダーヴィトはこめかみを揉む。


「猶予はねェな。国と領主の許可はもらっておいたが、俺が留守の間に誰かダンジョン踏破に乗り出したか?」

「はい。ドラゴンファングが攻略に乗り出しました。彼等で攻略できなければ、他国にいる冒険者を呼び込まないといけませんね。……念のため、最下層にまで行ける他のパーティーも複数同行しています。……ドラゴンファングのメンバーが消えないといいんですが……」

「そのへんは神頼みだなぁ……。しかし、ドラゴンファングもよく踏破を目指す気になったな? ここ最近はオーケシュトレーム公の依頼ばかり受けていただろう? ダンジョンには興味なさそうだったが」

「ニーナちゃんが行方不明事件のことを知って奮起しましたから」

「あー……なるほど? カスペルも相変わらずニーナに弱ぇなぁ……」


 ユノス国唯一のS級パーティーの内情を知っているダーヴィトは、ちょっと遠い目で苦笑した。


「まぁ、ユスカダンジョンはあいつらに任せておけばいっか。街のシンボルが消えちまうが、様子のおかしいダンジョンを抱え続けるのは怖ェからな」

「冒険者の狩場が減ってしまうのはだいぶ痛いですけどね」

「うちは街の周りに何個もダンジョンがあるから大丈夫だろ。ユスカダンジョンはちょっと長く放置されすぎた。年季のはいったダンジョンは怖ェぞ? 聖王国の最古のダンジョンがぶっ壊れた時にゃ、蛙の魔王がワラワラ出て来たらしいからな。神騎士連中がいなきゃ周辺もろとも滅んでただろ」

「教訓として伝わってる故事ですね。ユスカダンジョンもそうなる可能性があると思ったのですか?」

「可能性はゼロじゃねぇだろ? 『ユノス国最古』どころか、ここ周辺の国で最古のダンジョンだからな。だからさっさと国と領主に許可もらったんだ。何かが起こる前に危険の芽は摘んどかなきゃな」

「……この時期にあなたがギルド長でよかったですよ。そういう判断をさくっと出来る人って貴重ですから」

「褒めても何も出ねーぞ?」


 副ギルド長に笑って、ダーヴィトは書類の束をめくりはじめた。ざっと目を通し、採用するものと突き返すものとに分けていく。


「……ん?」


 その途中で手が止まった。

 周囲の気配を探るように意識を凝らし、ややあって素早く立ち上がる。


「ギルド長?」

「――何か来るぞ」

「『何か』?」

「ああ。何かは分からん。……尋常じゃない気配がする」


 椅子に座る前に外していた剣を掴み、ダーヴィトは部屋を出る。後に続いて出た副ギルド長は、その時になってダーヴィトの言う『気配』を感じ取り、息を呑んだ。


「な……なんですか、この、気配……!?」

「なんかヤバイのが出て来たっぽいな。しかも一つじゃない…………とんでもねぇなこりゃ……」


 圧力すら感じる強大な気配に、ダーヴィトは知らず流れていた汗を無意識に拭った。危険を察知した時特有の冷たさが全身を浸す。指先がピリピリする。


「これ、ユスカダンジョンの方角ですよね!?」

「ああ……。……騒ぎには、なってねぇな……」


 足早に廊下を進みながら、意識を街全体に広げる。

 感じられる巨大な気配は三つ。

 どれも無視できないほどの強大な気配だが、なかでもそのうちの一つがとんでもなかった。もし自分がギルド長という立場ではなく、自由な冒険者だったら全力で逃走していただろう。


「……敵意や殺意は感じないが、万が一暴れられでもすりゃ、街どころか国一つ滅ぶなこりゃ……」


 ダーヴィトの呟きに副ギルド長は飛び上がる。


「ま、まさか、『溢』ですか!?」

「ん~……そんな感じはしねーな。そもそも、『溢』ならそれこそ街中大騒ぎになってるだろ」

「そ、そうですね……」

「まぁ、ダンジョンから出て来たのは間違いないっぽいけどな。隠れていた古代種でも這い出て来たか、起こしちゃ駄目なモンでも起こしちまったか……なんにしても、どうやらこっちに向かってるみてぇだし、お出迎えするっきゃねーよな」

「ぅぅ……一歩遅かったんですかねぇ……?」

「さーな」


 震えながらついてくる副ギルド長を一瞥して、ダーヴィトは気を引き締めるように両手で自分の顔を軽く叩いた。そのまま勢いをつけて階段を駆け下りる。


「ギルド長!」


 気づいた職員が声をあげた。それに声をかける前にギルドの扉が勢いよく開かれる。走り込んで来た男は体勢を崩しかけていたのをなんとか踏ん張り、声を張り上げた。


「誰か! 副ギルド長かギルド長に連絡を!!」

「ヘイモか」

「ギルド長!? 帰ってきてたんすね!」


 呼ばれ、ユノス国の冒険者の中でも上位に入るトールハンマーの一人、リーダーのヘイモは顔を輝かせた。


「ナイスタイミング! 流石ギルド長、持ってますね!」

「……俺ぁ嫌な予感しかしねぇんだがなぁ……」

「俺は先触れです。それと、ロードリングの二人、こっちに来てませんか!?」

「あん?」


 状況を把握出来ないダーヴィトは一階にいた職員に目を向ける。職員は首を横に振った。


「いえ、今日はここに来ていません」

「チッ……あいつら、どこ行きやがった!?」


 どうやらトラブルのようだ、と察してダーヴィトはため息をついた。


「そいつら何やらかした?」

「『モンスターアタック』です! ワンダリングモンスターを上層に引き連れて逃走しました!」

「はぁっ!?」

「それと、ボス部屋に、別のダンジョンから飛ばされて来た赤ん坊が現れました。西の果てのダンジョンコアに転移させられたようです!」


 転移、と聞いてダーヴィト達の顔が引き締まった。


「『呼び寄せ(アポート)』じゃないのか?」

「その子の親御さんと連絡がついたんです。別のダンジョンでコアに飛ばされた、っと言っていたらしいですから、『呼び寄せ(アポート)』とはまた別かと。詳しいことはフュルヒテゴットさんに聞いてください」

「フュル爺さんも一緒なのか!」

「その赤ん坊を保護したのがフュルヒテゴットさんなんです。あと、飛ばされて来た時の状況はドラゴンファングの連中が見ていたようです。あいつらからも状況を詳しく聞いたほうがいいかと。それと、その赤ん坊を勇者と勘違いしてロードリングが聖王国に引き渡そうと画策しているみたいです! あと――」

「まだあんのかよ!?」


 次々に問題をまくしたてるヘイモに顔を引き攣らせ、ダーヴィトは思わず叫んだ。ヘイモは未だかつてないほど真面目な顔で重々しく告げる。


「英雄テールが、今、来てます」

「……は?」

「件の赤ん坊を守るためにダンジョンに飛んで来たんです。そして、精霊女王も現れてます。あと、ワンダリングモンスターも生け捕りにしてます」

「情報が! 多い!!」


 苦悶の表情で叫んだ後、ダーヴィトは気を落ち着かせるように二度三度大きく息を吐き、ややあって覚悟を決めた顔でイルモを見据えた。


「――で、英雄テール殿は、本物か」

「冒険者カードは確認しました。気配が段違いですから、本物だと思います」

「……この出鱈目な気配の一人は伝説の英雄かー……」


 呻きながら顔を覆う。少なくとも一人は人族の味方だと知って心底ホッとした。おそらく、もう一人の強大な気配は精霊女王だろう。……残りの一人も精霊なのだろうか? それとも、生け捕りにしたワンダリングモンスターとやらの気配だろうか?


「すぐにここに到着すると思います。俺は先触れとして先に来たんです」

「助かった。マジで助かった。すぐに対応の準備をする。あと、ロードリングの二人はとりあえず見つけ次第捕獲することにしよう。真偽は不明だが、当事者なんだろ。話聞くためにも確保する必要がある」

「頼みます」


 伝えきってホッとしたのか、イルモが表情を和らげた。対照的にダーヴィトの顔はどんどん険しくなっている。

 気配が、近づいてくるのだ。


「……ぐ……」


 ダーヴィトは呻いた。

 空気が違う。

 力の気配が違う。

 あまりの強さに、空が圧力をもって落ちてくるような錯覚すら覚える。

 気を抜けば倒れそうなほどの力の波動。生命の力。その、存在感。


(これが、英雄の気配……だと?)


 違う、と本能が否定する。

 これは人が到達できる領域のものではない。

 もしこれが英雄テールの気配だとすれば、それは人の枠組みを超えた存在だ。不老の伝説をもつ英雄は、すでに人としての存在を逸脱したことになる。


(……まぁ、逆に信憑性があるな)


 顎を伝う汗を拭い、ダーヴィトは逃げそうになる足を必死で前に進める。

 英雄テールが向かって来ていると知って、部屋でふんぞり返って待つことなど出来るわけがない。

 進み、ギルドの扉を開け、外に出ると同時に膝をつきそうになるのをなんとか堪えた。

 気配が、近い。

 巨大な山が迫ってくるような錯覚すら覚える。

 歯を噛みしめ、見据えた視線の先に――こちらへと向かって来る全身甲冑の偉丈夫の姿が見えた。


(あれが)


 英雄テール。

 数百年の時を渡り、数多の災禍を防いでは忽然と姿を消す、伝説の。


「――っ」


 全身に震えが走る。伝説に相対するというのが、これほど胸に迫るものだとは思わなかった。とうに無くした子供の頃の憧れが蘇る。まだ世の中の複雑さや柵を知らなかった頃、純粋に憧れた数多くの英雄譚が。

 息を吸い、ゆっくりと吐き出す。意を決して口を開こうとした瞬間、


「きゃぅ!?」


 全身甲冑の偉丈夫の後ろから何かが空高く跳ねあがった。

 巨大な気配が二つ、上空へと飛び、凄まじい勢いで落ちてくる。


「――え」

「ほらレディオン、コレがここの責任者っぽいわよーぅ!」

「きゃあああん!?」


 な ん か き た。




 ●





 賓客用の長椅子にドンと座ったテールの膝の上で、俺もチョコンと姿勢を正して座っていた。

 目の前にいるのは四十代ぐらいの巨漢で、厳つい顔を強張らせながらもビシッとした姿勢で対面の椅子に座っている。筋骨隆々とした偉丈夫なのだが、何故か顔が青白い。

 この男の名はダーヴィト。この街の冒険者組合組合長である。

 そのギルド長の前に座っているのは、ダンジョンで起こった事のあらましを話しているテール、膝の上の俺、フュルヒテゴット、アンゲーリカである。

 ちなみにトールハンマーの面々も同じ部屋にいる。椅子が足りなかったので俺達の椅子の後ろに立っている状態だが。

 同じようにギルド長の後ろにも副ギルド長という男が立っていた。ダーヴィトと比べると半分ぐらいの厚みしかない優男だが、筋肉はしっかりとついている。羨ましい。何故かこちらも顔色が悪いけど。

 そんな顔色の悪い二人を不思議そうに見つつ、ギルドの男性職員が俺達の前にお茶を置いていく。俺の前に置かれたのはクリームブリュレラテだった。美味しそう。

 ――ちなみに、お気づきだろうか。


 ……また男だよ……


 なんなの? 俺は男しか周りに現れない呪いにでもかかっているの?

 今のところ出会った主要な人間って九割男じゃない?

 ――いや、荒事も多い冒険者組合なんだから、普通に男率高いんだろうけど……

 ちなみにあの後、ユスカダンジョン上層からは爆速で脱出しました。テールを先頭にものすごい勢いで駆け抜けましたとも。

 ちなみに俺はラ・メールに抱っこされた状態で移動した。なお、魔法の絨毯はフュルヒテゴットとアンゲーリカに好評でした。


「……なるほど……『モンスターアタック』と『赤ん坊を聖王国に連れ去ろうとする』罪、と」


 ひとしきりテールの話を聞いたダーヴィトが、青い顔で唸りながら呟く。

 その渋い声を遠い眼差しで聞いていた俺だが、テールが身動きしたので慌ててバランスをとった。おっとっと。


「さよう。証言については一階にいるこの地の冒険者達がしてくれよう。詳細はここにいるフュルヒテゴット殿達に聞くほうがよかろうな。儂は先程この地に来たばかり故」

「……そのことなのですが……」


 言い辛そうにしながら、ダーヴィトはテールを見る。


「テール殿がこのユスカにおいでになったという話を、私は今この時まで知らなかったのですが、これはどういうことでしょうか」


 ん? ここ、街の名前もユスカっていうのかな?

 ユスカにあるから、ユスカダンジョンだったのか……

 そしてダーヴィトはなんでそんなに難しい顔をしているのだろうか?


「知らなんだのは道理だろう。儂は先程ユスカダンジョン内に転移してきたばかりだからのぅ」

「転移……ですか」

「ここにいる赤ん坊――レディオン殿とは浅からぬ縁があってな。危機には駆けつけることにしていたのだが……」


 言って、テールは視線を空中に浮いているラ・メールに向ける。

 ちなみにラ・メールはその姿を女神官姿から水で出来た美女姿に変えている。そのほうが精霊らしいからだろう。


「ここにいる水の精霊女王、ラ・メールから危急の報を受け取ってな。レディオン殿のいる場所に飛ばせてもらった」

「……単身の転移魔法とは……流石は伝説の英雄殿でいらっしゃる……」


 ダーヴィトが呻くようにして言う。

 魔法陣や特殊アイテムを使わない転移魔法は、まだこの世界には存在しない。魔法のエキスパートであるこの俺ですら未だテスト段階だ。ダーヴィトが神妙な顔をするのも当然だろう。

 ちなみにテール達の転移は精霊の『界渡り』である。物質界と精神界を行き来しているのだから、本当の意味での転移魔法では無い。

 ――それはともかく。


「それは、つまり――不法侵入かつ不法滞在、と」

「緊急だった故、目を瞑ってもらえると助かるな」


 テールがにっこり笑って堂々と答える。

 ……なるほど。こういう時、狼狽えてはいかんのだな。勉強になる。


「入街税やダンジョンの通行税などはあとで払おう」

「そうしていただけると助かります。……ちなみに、その赤ん坊は……」

「西の果てのダンジョンから、ダンジョンコアによってユスカダンジョンに飛ばされてしまった可哀想な犠牲者だ。そのせいで本来なら必要な手続きをとれなかったのだが……そこは配慮してもらいたい。必要な諸費用は儂が払おう」

「…………」


 ダーヴィトは押し黙り、目を瞑り、しばらく難しい顔で動きを止めていたが、深いため息をついて頷いた。


「……ダンジョンコアが誰かを別のダンジョンに飛ばすというのは初めて聞く事例ですが……英雄テール殿のお言葉ですからな……。……信じましょう」


 短い間にだいぶ葛藤したようだ。

 まぁ、普通、前例のないこと言われてもなかなか信じられないよな。俺だって実際に飛ばされなければ「嘘だろ」と言っただろうし。


「信用してもらえて有難い。こればかりは儂も未体験だからのぅ。レディオン殿が西の果てにおったのは知っておったし、一瞬でこんな東の端に移動したのも知覚したが……まさかダンジョンコアが、のぅ……」

「前例を誰も知らないだけで、実際には今までにもあったかもしれないけどねぇ?」


 苦笑含みのテールの言葉の後で、プカプカ空中に浮いてるラ・メールがそっと口を挟む。

 ダーヴィトがものすごく緊張した顔でラ・メールを見上げた。


「水の精霊女王様は、何かご存じでしょうか?」

「知らないわぁ。物質界のダンジョンコアがどういう生態をしているのかなんて、私達にはどうでもいいことだもの」

「そ、そうですか……」

「まぁ、『呼び寄せ(アポート)』が出来るんだから、吹っ飛ばすことだって出来そうなものではあるわよねぇ。西の果てのダンジョン、だいぶ位階が高かったみたいだし」


 過去形で言ってるってことは、アビスダンジョンは無事に踏破されたってことかな?


「その西の果てのダンジョンというのは……」

「すでに討伐されてるわぁ。レディオンの家族がブチ切れて大暴れしたから」


 ……父様と母様、なにやったんだろ……


「この子の両親が踏破したということですか……」


 ダーヴィトが俺を見てきたので、俺は渾身の笑みを返してやった。

 くらえ!

 俺の!

 健気に努力を続ける練習の成果を!!


「……く……っ」


 ……なんで顔覆って呻くの……?


「レディオン殿もそうだが、その周りにいる『家族』も世界でも有数の凄腕ばかりだからのぅ。あのパーティーに踏破できないダンジョンは無かろうて」

「ツヨツヨの『おじいちゃん』達もいるしねぇ~」


 元魔王と死神(おじいちゃん達)な。元勇者(おにいちゃん)も強いけど。


「西にそんなに強いパーティーがいるのですか?」

「おぬしが知らぬのも仕方あるまい。表に出てきたのは最近だからな。冒険者組合に登録したのもごくごく最近だ。西の地でもまださほど名は知られておらんよ」


 冒険者組合に入ってまだ一年も経って無いからな。


「なるほど。……西にとんでもなく強い正体不明の何者かがいる、というのは数年前から聞こえてきていましたが、もしかするとその方がこの子の親で?」

「いや、別人だろう。――ふむ、この付近には西に関するそういう噂があったのか?」

「はい。伝え聞く外見が違いますが、もしやテール殿では、という噂もありましたが」

「いや、違うな。儂も活動はごく最近始めたばかりだからな。いつもこの甲冑姿だから、見間違われることもあるまい。……どういう噂があったのかのぅ?」

「山里や街を問わず、道々で災害級のモンスターが出た時、風のように現れては倒して去っていくという話です。外套を深く被っているので顔を見た人はいないそうですが、服装的に街人や冒険者ではなく、行商人風の、たぶん若い男だ、という噂ですが」

「…………」


 ……どう考えてもロベルトです……


「若い行商人風、ねぇ……」

「…………」


 精霊王二人が遠い眼差しをしている。うん。ロベルトと俺が出会った時、ガン見してたもんね。気づくよね。

 ……あいつ、やっぱり自分が見知った場所の災いは片づけてまわってたんだな……


「しかし、そこまで強いパーティーが登録したということは、しばらく西国の冒険者組合は賑わいそうですね」

「賑わうだろうな。大量のモンスター素材が舞い込むことは確定しておる」


 強い冒険者パーティーはギルドの宝だ。遠い地の話とはいえ、嬉し気なダーヴィトに、テールも太鼓判を押すように頷く。

 うん。間違いないな。上級魔族(うちのれんちゅう)がやらかすだろうから、大量のモンスター素材は確定だし。


「人間を別のダンジョンに飛ばしたという西の果てのダンジョンには興味がありましたが、踏破されているということは実証試験も出来ませんね」

「無理であろうな。そもそも西の果てにあるダンジョンだからのぅ。東の端にあるこの国の冒険者組合が関与できるものでは無かろう」

「……確かに、そうですね」

「まぁ、西の果てにあるカルロッタ王国は儂もしばらく留まって狩りをしておったし、強力なパーティーもいるから、しばらくすればあの国中のダンジョンが網羅されるだろう」


 そのパーティー、お前も所属してるだろ、テール。


「そのうち危険なものは踏破されるだろうから、こんな東の端から心配する必要はあるまい。そもそも、西で同じ事例がまた発生するとは限らんし、吹き飛ばしを行うのが西のダンジョンだけとも限らんからな。この国はこの国のダンジョンを警戒しておけばよかろう」

「確かにそうですね。……一応、ダンジョンの深部に潜るパーティーには警告が必要、か……。報告書をあげるために必要なのですが、この子が両親と入っていたダンジョンの名前や、ダンジョン入りの記録はどこの街に請求すればいいのでしょうか?」

「え゛っ」

「ん?」


 おっと。思わず変な声が出てしまった。危ない危ない。

 しかし、これはマズい。アビスダンジョンがあったヴェステン村は魔族の村だから、人族の世界のような管理体制はとっていない。

 ダンジョンに入る為に必要なお金なんてないし、ダンジョン入りの記録なんてものもつけてない。……どうしよう。

 俺はチラッとテールを見上げた。

 テールは「ふむ……」と呟いてから、にこやかな声をあげた。


「それについては、カルロッタにいるロルカンのギルド長経由で提出させてもらおう。レディオン殿達のいたダンジョンは、最果てにあった未発見の古いダンジョンだからな。ギルドや街、領主の管理下にはなかったため、ユスカダンジョンに入る時のような詳細な記録は無い」


 ナイスだテール!


「未発見のダンジョンに、勝手に入ったということですか!?」

「『ダンジョン発見時には、最寄りの街の冒険者組合に届け出る』という冒険者の規則はあるが、その時に『入ってはならない』という規則は無い。溢を起こしているダンジョンとか、すぐにでも手を打たなくてはならないダンジョンというのもなかにはあるからのぅ。そもそも本当にダンジョンかどうかを確認するためにある程度潜るのは普通のこと。見つけた場所と危険度についてはその地の領主に連絡がいっておったし、連絡している間に中に入って出来る限りモンスターを減らしたとしても規則違反にはなるまい」


 さらっと答えるテールの膝の上で、俺はちょっと遠い目になった。

 テールの言葉の一つ一つは嘘じゃない。

 俺達が入ったのはアビスダンジョンの未発見の入口(?)だったし、ダンジョンの場所と危険度は領主に連絡がいっていた。なにせうちの領でうちの父様が領主だしな。

 うん。嘘はない。

 嘘は無いんだけど……精霊王、誤魔化し上手すぎだろ……!? どこで鍛えたんだその誤魔化しスキル! 真似するぞ? 俺が!


「……そしてそのままダンジョンを攻略してしまった、と」

「なにしろ儂の目から見ても(まが)(こと)なき世界最強のパーティーだからのぅ。階層もさくさく攻略してしまったのだろうな」

「せ、世界最強、ですか……」


 ダーヴィトが顔を引き攣らせている。ちなみにこっちの面々でもフュルヒテゴットとトールハンマーの連中が息を呑んでいた。

 まぁ、伝説になっちゃってる『英雄テール』が言う『世界最強』だからな。どんだけ強いんだろう、って思うよな。


「まぁ、西の果てのパーティーのことはともかく、今大事なのは『ロードリング』の二人組のことだな」


 横道に逸れていた話題をテールが戻す。

 ピリッとした空気が流れたのは、テールが纏う空気を変えたからだろう。

 ダーヴィトも姿勢を正し、頷く。


「モンスターアタックを行い、赤子を聖王国の手土産ににしょうとする冒険者を――冒険者ギルドは、どう裁く?」




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