53 誤解は解かないスタイルです
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「精霊女王!?」
「精霊の愛し子!?」
「愛し子って、レディオンちゃんが!?」
フュルヒテゴット達の視線が俺とラ・メールとを行き来する。アンゲーリカは「あらあら」って言いながら微笑ましそうな顔してるけど、他の連中の顔色が酷いことになっていた。
特にフュルヒテゴットの顔色が凄い。
「……まさか、精霊の愛し子だとは……」
精霊の愛し子というのは、文字通り精霊にめちゃくちゃ愛されてる生命体のことだ。対象は人に限らず、動植物だったり蝶やテントウムシのような虫だったりもする。
勇者も精霊から加護もらった存在だから、ある意味精霊に愛されてると言ってもいいだろう。だが、『愛し子』は愛情の深さが段違いで違っていた。愛し子が害されれば周囲ごと元凶を全滅させに向かうぐらい愛しちゃってるのが『愛し子』なのだ。
……というか、俺、そこまで愛されてたの? 本当に? 確かに可愛がられてはいたけれど、あまりピンとこないような……?
ちょっと遠い目で精霊達とのアレコレを思い出している俺を見ながら、フュルヒテゴットが感慨深そうに呟く。
「愛し子……それも、水の精霊女王の……」
ちなみにほぼ全ての精霊王と縁づいてます。風の精霊王は知らんけど。
「まぁ、それだけじゃないけれど、ねぇ?」
フフンッと上機嫌だったラ・メールがにんまり笑いながら俺を見た。
やめろ。やめろ。俺が魔王だってことは言うんじゃありません。
必死で首をフリフリしてたらパチンとウィンクされた。――楽しんでるな!?
「きゃん!」
「はいはい。分かってるってば~。やっぱりレディオンは可愛いわねぇ~」
魔法の絨毯からひょいと抱き寄せられ、こめかみや頬にキスをもらった。嬉しいけど誤魔化されてやらないんだからね!?
「ふふふ~。……あ、そういえば」
腕の中の俺に頬ずりしていたラ・メールだが、ふと思い出したように声をあげた。
「この兎を捕獲するのを優先したから、レディオンが追ってた二人組に逃げられちゃったんだけど――あの二人組、生かしておく必要あるの?」
なんか物騒な事言い始めた!
「どうなの?」
「いや、あの、その、生かしておいていただけると有り難く……」
「いらんことばかりする困った奴だが、人の世の刑罰を受けさせねばなりませんので……」
「精霊女王様のお手をわずらわせるわけにはまいりません」
視線を向けられたヘイモ、フュルヒテゴット、アンゲーリカが慌てて声をあげる。
ラ・メールが俺に視線を寄越した。
駄目だぞ?
「奴はいくつかの罪を犯した。人の世で罰するべきだ」
「ふぅん? まぁ、レディオンがそう言うのなら、潰さずにおいてあげましょ。正直、生け捕りなんてまどろっこしいと思うけど」
まぁ、精霊女王の一柱であるラ・メールならいつでもプチッと潰せるだろう。繊細な力加減が必要な分、生け捕りのほうが面倒だろうな。
「しかし、逃げてしまったということは、聖王国と連絡をつけられるのは防げんか……」
「あいつらのことだ、まずはドグラス侯爵に連絡をつけるだろう。侯爵の手勢がこっちに来るまでに、レディオンちゃんを逃したらどうだ?」
「その場合、レディオンちゃんを指名手配するんじゃないか? 聖王国が乗り出してきた場合、世界規模で探されるぞ」
「いやまて、さっき精霊女王様は『精霊の愛し子』だと仰ったぞ。勇者じゃないのなら、あいつらの企みは潰えるんじゃないか?」
「……勇者?」
ヘイモ達が真剣な表情で話し合ってる声を聞いて、ラ・メールがきょとんとした顔で俺を見た。
……うっ……
無言で近くに寄せた魔法の絨毯にそそくさと逃げる。だが、真顔のラ・メールにピタッと背後からくっつかれた。
「勇者と間違われたの?」
逃がす気は無いようだな!?
「……きゅ……」
しぶしぶと俺は渋い顔で頷く。
途端、ラ・メールが盛大に噴き出した。
「ぶっははははははは!? 嘘でしょ!? レディオンが勇者!? たまに間違われてたけど、またなの!? 傑作なんだけど!」
うーわ、腹かかえて笑われたわ。神秘的な精霊女王のイメージが木っ端微塵だぞ。
というか、脳内情報渡してたのに、ロードリングを追いかけてた理由にはピンときてなかったのか……
「ねぇ、ちょっとフラムとテールも呼び出してよ。これ一人で抱えるの辛いわぁ」
「笑うために呼び出せと?」
「このネタだけで三百年は笑えるわね!」
酷い!
「あ~、当代勇者にも教えてあげたいわぁ」
「当代勇者……!?」
「精霊女王様は当代勇者をご存じで!?」
ポロッと零したラ・メールにヘイモ達がざわめく。
ラ・メールはにやにや笑いながら俺を見た。
「知ってるわよぅ。レディオンと大の仲良しだもの。ねー?」
「レディオンちゃんと!?」
「本物の勇者と面識があったのか!?」
「待て、レディオンちゃんは赤ん坊だぞ。親御さんと旧知なのかもしれん!」
「それとも、もしや――親御さんが当代勇者とか……!」
「それだ!」
待って!?
「それなら納得がいく! なら、ドグラス侯爵が動く前に手を打たなければ、どのみち面倒なことになるんじゃないか!?」
「連絡がいくのはもう止められんとして、親御さんに迷惑がかからないようにせねば……!」
なんか巻き添えで父様が変な事になってる!
「ドグラス侯爵なら、聖王国に連絡する前に事実確認ぐらいするだろう。そこで止めればなんとかなるんじゃないか!?」
「連中はレディオンちゃん自身が勇者だと思っている。精霊の愛し子だという事実を告げて話を終わらせればなんとかなる……か?」
「待て。精霊の愛し子でも取り込もうとするかもしれんぞ。これほど強く美しい精霊女王が愛でてるんだ。奴等からすれば喉から手が出るほど欲しい逸材だろう」
「くっ……当代勇者に精霊の愛し子、どちらも手に入れようと画策されるか……!」
「…………」
深刻な顔で相談し合うヘイモ達の横で、囚われたままのぽっちゃり巨大黒兎がジタバタしてる。これも何とかしないといけないなー、と現実逃避しながら俺はラ・メールをジロリと睨んだ。
ラ・メールは腹を抱えてうずくまったままピクピクしている。
……全力で笑いこらえるのやめてくれないかな!?
「ラ・メール」
「ごめぇえん」
笑いながら謝らないで!?
「人の子の想像力は凄いわぁ……はー、笑った笑った。楽しませてくれたお礼に、ちょーっとだけサービスしてあげるわね」
ちょ!?
俺が止めるより早くラ・メールはフュルヒテゴット達に手を向けた。淡い水の膜のようなものが彼等を覆い、体の中に染みこむようにして消える。
「これは……?」
「精霊の力で生命力を強化してあげたわ。まぁ、多少だけどね?」
フュルヒテゴットとアンゲーリカが弾かれたようにラ・メールを見上げた。ラ・メールは慈愛を込めた眼差しで二人を見る。
「見届ける時間は欲しいでしょう?」
「……ありがとうございます」
二人が目礼するのに、ラ・メールはひらひらと手を振って応えた。ヘイモ達が戸惑った顔をして自分の体をパタパタ叩いている。
俺は思いっきり深いため息をついた。
「ラ・メール」
「これぐらいサービスしたっていいでしょ~? 大丈夫よ、因果律が歪むほどじゃないから~」
気を付けてね!? 高位生命体がちょっかいかけると色々物騒なことになるんだから!
あと、生命力の強化、ってなにしたの? 俺に説明してくれていいのよ?
「ふふふ。ねぇねぇねぇ、レディオン? 人の世で面倒なことが起きるのなら、テールがいてくれたら楽だって思わない?」
ラ・メールが何か企んでる系の笑みを浮かべて言った。
なんだろう。すごく怪しい。怪しいけど、何を企んでるのかが分からない。
「どぅ?」
「それは思うが……」
返事をした途端、ズン、と広間に圧倒的な気配が満ちた。
「…………」
「レディオン殿ッ!!」
「いらっしゃーい、テール!」
うああああああいきなりテールが召喚されてるぅううう!!
なんで!? 召喚魔法唱えてないよ!? 召喚者との縁を辿ってちょくちょく人の世にお邪魔してるとは聞いたことあるけど! タイミングと召喚場所がピンポイントすぎるだろ!? ……まさかさっきの会話がトリガーか!?
「ちなみに召喚主と召喚される精霊の合意があれば、さくっと召喚されるからね?」
ラ・メールが「しめしめ」みたいな顔で笑ってる!!
ラ・メールぅううう!! そういうのはもっと早く俺に言おうな!?
というか、世の中の召喚魔法はどうなってるの!? 俺の召喚魔法が特別オカシイだけ!?
そして俺は現れた冒険者仕様甲冑姿のテールにぎゅうぎゅうに抱きしめられてる真っ最中です。
「心配しましたぞ! このような遠くにお一人で飛ばされるとは……! せめて護衛を呼び出してくだされ!」
その呼び出した護衛のせいでこの有様だよ!
「えぇと……レディオンちゃん、この御仁は?」
目を丸くしているイルモ達に、テールは俺を片腕に抱きしめたまま、シャキッと背筋を伸ばして首元から何かを取り出した。
「儂はこういう者だ」
あ。冒険者カード。
「テール……英雄、SSSランク……!?」
「伝説の、英雄テール!?」
悲鳴に近い声をあげたイルモだけでなく、周囲も大きく騒めいた。
……そういや周囲にも人いたんだった。うちのメンバーが濃すぎて忘れかけてたけど。
ラ・メールが胸を張っているテールの腕から俺を奪取し、後は任せた! と言わんばかりにテールの斜め後ろに避難する。
そういえば、テールの姿は最初から冒険者仕様のものだった。精霊王としての姿と違うってことは、現地に配慮してくれたってことだろう。突然の英雄登場に、精霊王として現れてなくても大注目されてるけど。
「英雄テールが、どうしてここに……!?」
「そこのラ・メールよりレディオン殿が面倒事に巻き込まれていると聞きましてな。駆けつけさせていただきました」
「おぉ……」
しれっとしたテールの答えに、ヘイモが伝説を目の当たりにした興奮と感激に目を潤ませている。他のメンバーも似たり寄ったりの状態だ。
その斜め後ろで俺とラ・メールは慎ましく沈黙を守っていた。
いやだって、ツッコミどころ満載だろ?
いつラ・メールから連絡受けたんだ、とか。どこから現れたんだ、とか。
俺達が下手なことを言うと英雄然とした姿が台無しになりそうだから、ツッコミたいことがあっても無言を貫く。喋らないったら喋らないぞ! ラ・メールの口元がむずむずしてて気になるけど!
テール! 伝説の英雄ムーブで諸事情をスルーしてね!
「そして、レディオン殿、儂が関与してもかまいませんかな?」
「いいよ」
配慮の出来る男・テールの言葉に、俺は大きく頷く。
ラ・メールのニヤニヤ笑いは気になるが、正直、人の世で英雄として確固たる地位を築きあげているテールの存在は有難い。ロルカンならともかく、『レディオン・グランシャリオ』だとこの国の冒険者組合は動かせないからな。
「英雄テールが知己とか……」
「レディオンちゃんの周りが凄まじい……」
「……ロードリングの二人、終わったな……」
イルモ達がザワザワしてる。
幼気な俺を聖王国の手土産にしようとしていたんだから、ロードリングの二人がどうなろうと俺は知ったこっちゃありません。むしろガンガン攻めるよ! 攻め方わかんないけど!
「……テール殿、折り入ってご相談があるのですが……」
ふんす、と鼻で息をした俺の前、テールを見上げ、イルモが意を決した顔で話しかけた。テールが重々しく頷く。
「レディオン殿達が追っていた者達のことかな?」
「は、はい」
「儂は細かな事情を知らんのだが、そ奴らは何をしでかしたので?」
あ。そうか。精霊界から覗き見してたとしても、テールには俺達が追ってた理由は分からないか。追ってたことを知ってるってことは、覗き見はしてたんだろうけど。
……この調子だとフラムも覗き見してそうだな。いや、問題精霊王がまた人間界に行っちゃったから、連れ戻す為に召喚待ちしてるかもしれない。……お肉焼いたら来てくれるかな?
「その、レディオンちゃんを勇者だと誤解していて」
「ぶふっ」
テール……貴様もか!!
「テール殿?」
「い、いや、なんでもありませんぞ。なんでも。それで、ぷっ、勇者、と、誤解していて?」
微振動で鎧がカタカタ鳴ってるぞ!?
「聖王国に保護させようと、教会と自分の後援者である侯爵家に情報を流しに向かったようなのです。止めるために追いかけていたのですが、おそらく今はもうダンジョンの外に出ているでしょうから……」
止められませんでした、と言外に告げたイルモに、テールは「ふむ」と呟く。
「それならば儂がなんとか出来そうですな」
おお!
「まずは冒険者組合を動かしますかな。いかに勇者が特別な存在とはいえ、赤ん坊を無理やり親元から引き離そうとする外道に力を貸す組合は無いでしょう。あったとしたら潰します」
さらっととんでもないこと言い出したが、ラ・メールはうんうん頷いている。このあたりの感性は精霊ならではなのかな……
「まぁ、レディオン殿が勇者でないことは儂が証言しますので、どのみちそ奴らが何をしようと恥をかくだけですが」
「ですが、レディオンちゃんは『精霊の愛し子』なのですよね? それをあいつらが知ったら、愛し子だからということで聖王国に連れて行こうとするのでは……」
「…………」
テールが顔をラ・メールに向けた。顔面の見えないフル甲冑姿だが、ジト目で見ている気配はビシビシ感じられた。
「ま、まぁ、いざとなったらそこは話さなければいいだけだし? ね? ね?」
静かな「いらんことを話しおって!」の一瞥にラ・メールが上目遣いになる。テールがそれはそれは深いため息をついた。
「その話はよそではしないようお願いしますぞ。確かにレディオン殿は多くの精霊王の寵愛を得ておりますが、他者に知られれば面倒なことになりますゆえ」
「『多くの』!?」
「…………」
……ポロポロ零しちゃうのはテールもなんだよなぁ……
ジト目の俺の前で、テールが「ゴホンッ」とわざとらしい咳払いをする。
「他言無用でお願いいたす」
「あ、はい……」
無理じゃないかな……周り中めっちゃ注目ならぬ注耳してるから……
遠い目になっている俺を抱え直しながら、ラ・メールが何かを思い出した顔で声をあげた。
「あ、ねーぇ? テール。冒険者組合って、ここにいる子達もみんな所属しているのよね? 問題の連中、この変異種引き連れて逃げてたから周り中に怪我人出たんだけど、そういうのって何か罪になるの?」
ラ・メール。その怪我人をさらに大量発生させたのはお前だぞ?
「おお、罪になるぞ。モンスター・アタックだ。かなり悪質な行為になるからの。そ奴らの手足をもぐのに丁度良かろう。被害者が証言してくれればなお良い」
「証言します!」
「私も! 証言します!」
「俺も!」
テールの声にこっちを注目していた冒険者達が次々に声をあげた。ロードリングの二人組に思うことがあっただろうし、伝説の英雄と共に行動できるという付加価値も高かったのだろう。なんか目がギラッギラしてる。
――けどその手に握ってる虫型変異種の脚はどこかに捨ててくれないかな? それ持ったままで一緒に行動するの? いや、討伐した獲物の素材を捨てるのはもったいないのだろうとは思うけど。
そしてラ・メールがぽっちゃり兎を刺したり蹴ったりして被害者を増やした事実は口にしないでおこう。全部ロードリングのせいです。うん。間違いない。
……でもラ・メールには反省してもらいたい。そのうちとんでもない事件を起こしそうな気がするから!
「では」
テールが一拍おくようにして周囲を見渡し、覇気のある声で言った。
「まずはダンジョンを出て冒険者組合に参りましょうか」
「はいっ!」