52 ラブラブダンジョン?
感想、いいね! 誤字報告、ありがとうございます!(`・ω・´)ゞ 家族の病状が落ち着きましたので、投降再開いたします。
ユスカダンジョンの上層は遺跡らしく、岩窟の時と違い頑強な石を敷き詰めて作られていた。
一つ一つの通路は大きく、広い。ロードリングの二人組が引き連れているワンダリングモンスターも巨体なのだろうが、ダンジョンの通路はそれよりも大きいらしい。だからこそ鉢合わせても負傷だけですんでいる冒険者が大勢いるのだろう。
もっとも、ワンダリングモンスターにやられたと思しき傷はかなり深かったが。
「しっかりして! すぐに地上に連れて行くから!」
「……お、俺はもう駄目だ……最後に一つだけ、伝えたいことが……」
【祝福せよ!】
「俺、お前のこと……ん? なんか痛みが消えた……?」
知らない人の大事な告白を台無しにしつつ、爆走する同行者と一緒にスィーッと空飛ぶ絨毯で通り過ぎる。
今までの負傷者は抉ったような傷だったのに、さっきの男の傷は穴だった。刺突系の傷だろうか? 敵は角かランス持ちの変異種かもしれない。
空飛ぶ絨毯の上からあちこちに回復魔法を放ち、俺は視線を転じた。その視界の端を青い色が走り、地面に座り込んだ怪我人を襲おうとしていた雑魚変異種が吹っ飛ぶ。
「ほほほほ! この私にひれ伏しなさい!」
ラ・メール先生、絶好調である。
「楽しそうだな、ラ・メール」
「楽しいわよ~。暴れるのも久しぶりですからね!」
そうそう精霊王に暴れられたら世界は大変だろうに……
ラ・メールは姿を人型のそれに変えていた。アヴァンツァーレ領で冒険者やってた時の姿だ。つまり神官服に偃月刀である。回復魔法一切唱えないけど。……その神官服、何の為に着ているの?
「レディオンは回復だけでいいの? 赤ん坊の姿でも魔法で攻撃出来ちゃうでしょ?」
「出来るけど、傷を癒すほうが大事だからな」
「レディオンは人族に優しすぎると思うわ」
……ラ・メールが人族に厳しすぎじゃなかろうか……
遠い目になった俺の横、ラ・メールが軽く偃月刀を一振りすると、通路の端にいた変異種が真っ二つになった。襲われかけていた冒険者が這う這うの体でその場から逃げる。
「ああっ! ハニー! よく無事で!」
「ダーリン! あなたも無事でよかった!」
なんか脱出した先で男が腕開いてカモンしてる。そして女性はその腕の中に飛び込んだ。
ここでもラブシーンですか。そうですか。いや別にいいよ? 俺にだって最愛の妻がいるからな!
――とか思ってたら女性のほうがガシッと男の両肩を掴んだ。
「ところでダーリン」
「んっ?」
「襲われた時、即座に私を置いて逃げたわよね?」
え。
「え゛っ」
「守る気ゼロだっただろうがゴラァアアアアアア!」
「きゃああああやめてぇえええ!」
突然の修羅場。え。これスルーしてロードリングの二人を追いかけないといけないの? こっちのが気になるんだけど??
内心あわあわしていた俺に、ラ・メールがキリッとした顔で振り返った。
「レディオン!」
ごめんなさい! ちゃんとします!
「監視ゴーレムよ!」
天才か!!
素早くマイ亜空間収納から監視ゴーレムの予備を取り出して対象指定し、放流する。ド修羅場な二人の前にちょこんと座って眺めている小さなコウモリ型監視ゴーレムがちょっと可愛かった。
さ。お仕事お仕事!
「それにしても、レディオンの言ってた人間達、逃げ足だけは立派ねぇ」
本当それな。
俺の魔法の絨毯は移動力がかなりあるし、ラ・メールも素で足が早い。それなのにいまだにロードリングの二人を視界に捉えることが出来なかった。よほど高性能の魔法薬を飲んでいるのだろうか?
被害者が点在してるから、逃げてる方向はこっちであってると思うんだけど。
「まぁ、そろそろ追いつきそうだけどね」
「そうなの?」
「怪我の経過時間が短い、破壊音が近い、悲鳴が近い――少なくとも三つの理由で近づいてるのは確定よ。レディオンは索敵をしていないの?」
「してるんだが、生命反応が入り乱れててな」
「高性能すぎるのも考え物ね ――っと!」
ゾンッという音と同時に、ラ・メールの一撃で巨大なカマキリに似た変異種が両断された。
フュルヒテゴット達と移動していた時には現れなかった変異種だが、俺達が高速で移動しているせいか、魔法の絨毯で移動しはじめた途端、行く手に現れ始めた。――何故かこっちに気づいて涙目で逃げようとしてるけど。
主に出現するのは昆虫型で、たいていは人の背よりも高い。このダンジョン上層部の特徴だろうか? 昆虫型がメインで出てくるダンジョンって初めてなのでちょっと新鮮かもしれない。
……いや、妖魔族長がいたダンジョンは芋虫とか出てたけど。
「ま、何が出て来ても真っ二つにしてあげるから任せなさい!」
「人族は真っ二つにしないでね?」
「ほほほほほほ」
「しないでね?」
「ほほほほほほ」
ねぇ、返事返して? 不安になるから。もしもし?
「さぁ、新手はどこかしら!?」
もしもし!? ラ・メールさん!?
本当に不安になるんだけど!?
これはストッパーに他の誰かを呼ぶべき案件だろうか。フラムを呼んだらものすごい仏頂面だろうけど。――いや、その前にフラムを呼び出す方法が無かったな。肉でも焼いてみようか……
どうしようか迷っていると、行く手の方角から悲鳴が聞こえた。なるほど。確かに近くまで来ていたようだ。
「ラ・メール!」
「任せなさい!」
ラ・メールが嬉々として走っていく。これで大丈夫だろう。
「人族よ! 殺されたくなければ道を開けなさい!」
大丈夫じゃないかもしれない。
俺は絨毯に加える魔力量を増やし、速度をあげた。道の端っこに逃げていた負傷者に回復魔法を放ちながら前を見据える。あっ、ラ・メールが逃げる変異種を蹴っ飛ばした! そして流れるように両断して行った……強い。
「さぁ、やっとご対面かしらぁ~?」
楽しそうなラ・メールの声が響く。
服の裾を捌き、大股で通路を進むラ・メールの前に巨大な黒い塊が見えた。
ん? なんだあれ?
変異種は魔素で動植物が変異したもののため、その姿は必ず元となる動植物に近くなる。だが、通路を半ば塞いでいるような黒く丸い巨体は、後ろから見ると元の動植物が何なのかサッパリ分からないモノだった。丸い巨体は黒い毛で覆われ、全体の姿を分かりにくくしている。形はただただ丸い。
その丸い体がうねって伸びた。その瞬間、一瞬だが天井を削る鋭い角と特徴的な耳が後ろからも見えた。――一角兎だ! え。兎!?
……なんかものすっごいぽっちゃりしてるけど……
同じことに気づいたラ・メールが声を弾ませて言った。
「あらやだ、美味しそう」
精霊なのに肉食なの??
それはともかく、敵の正体が知れてよかった。
今まで見て来た負傷者は、切り裂いたような傷と突き破られたような傷ばかりだった。巨大な一角兎なら納得だ。その体型には納得いかないけど。
本来なら大型犬ぐらいの大きさしかない一角兎だが、目の前にいる黒い一角兎は大型馬車より大きい。後ろから見てると黒い毛玉が通路に詰まりかけているように見える。伸びをするように前進するから、角が壁や天井に当たって抉れた傷跡をつけていたようだ。
それにしても、よくここまで育ったな……
これで敏捷性も高いのだから不思議である。なお、耳は垂れ耳だった。
「ラ・メール。戦闘は任せたぞ」
「まっかせなさぁい! 血が滾るわぁ!」
即座に不安になるの、なんでだろう……
「周りに配慮してね?」
「ほほほほほほ」
お返事返して!?
「いっくわよー!」
目をキラッキラさせたラ・メールが偃月刀片手にぽっちゃり兎に接近する。そのまま力いっぱい突き出し――ちょ!? ま!? ラ・メールさん!?
「ピギィイイイイ!」
後ろからぶっすり刺されたぽっちゃり一角兎が悲鳴をあげた。そしてそのまま前に向かって爆走する。
うん! そうだよな! 後ろから刺されたらそうなるよな!
「ラ・メール!」
「わかってるわ! 追撃ね!」
違う! そうじゃない!
「足止めをして!」
「逃がさないようにして嬲るのねっ!?」
違う!!
「周りに被害いかないようにして!」
「えぇ~? んー、じゃあ、前の方に大きな空間あるっぽいから、そっちで束縛しましょうか?」
「うん。そうして」
偃月刀をくるくる回しながら言うラ・メールに、俺は大きく頷いた。
頼む。頼むから周りのか弱い人族のことを思いやってくれ。ぽっちゃり兎の突進に巻き込まれたら大怪我だろうし、精霊女王の攻撃の余波を受けたら大惨事だろうから!
「じゃあ、あの兎、大きな空間に吹っ飛ばすわね!」
「ま!?」
宣言するや否や、ラ・メールが凶器みたいな鋭いヒールの靴でぽっちゃり兎を蹴飛ばした!
「ピギィイイイイ!?」
ラ・メールぅうううううう!!
周りに被害いかないようにって言っただろ!? 吹っ飛ばされた兎に巻き込まれて通路上の人族も吹っ飛んでるぞ! あれ絶対骨折れてるだろ!? 大惨事だろ!?
「通路がスッキリしていいわね!」
「きゃあああん!!」
もう色々思うことがありすぎて言語にならない泣き声をあげてしまった。ラ・メールはいい仕事したみたいな顔してる。くっ……ポムがいなくてよかった。いたら絶対、指さしてプギャーされていただろう。なんか脳内のポムが『いえ、流石にこれは真顔になります』とかぼやいてるけど。
――まぁ、それ以前に、ポムがいたらこんなカオスなことにはならないだろう。うん。
「さーぁ、追い詰めるわよ~」
意気揚々と走るラ・メールを胡乱な目で眺めつつ、俺もまた魔法の絨毯の速度をあげた。
……どうか死人だけは出ていませんように……
兎が吹っ飛ばされた先にあった大きな空間では、これでもか、というほどの大騒ぎになっていた。
「いやぁあああ!」
「浅い層で、なんであんな化け物が出てくるんだよ!」
「でかすぎだろ兎!」
今まで通って来た階層にいたのは、ベテラン冒険者らしいオッサン達がメインだった。だが、ここにいるのは若手ばかりのようだ。剥ぎ取り途中だったらしい虫の残骸があちこちに置き去りにされており、逃げ惑う若者の手にも触覚や脚の一部などが握られている。
とっさに持ったまま逃げちゃったんだろうな……そういう瞬間的な判断や動きが下層と比べるとだいぶ甘い。それでも、呆然としているのがほとんどいないぶん、経験不足の若者とはいえ優秀だろう。鍛えたらきっといい冒険者になるに違いない。
そのためにも、戦いの余波から守ってやらないといけないな。
「さぁ! 止まりなさい!」
ラ・メールの声と同時に地面から噴き出した水がぽっちゃり兎の全身に絡んで束縛する。中空に持ち上げられ、短い手足をジタバタさせてるのはちょっと可愛かった。
【祝福せよ!】
その間に俺は広範囲を対象にして回復魔法を唱える。
突進に巻き込まれてボロボロになったまま倒れている冒険者達が光に包まれ、あらぬ方向に曲がっていた手足が正常な位置に戻った。……負傷部位が手足で良かった。首が曲がってたら助けられなかったぞ。
「大丈夫?」
「うぅ……いったい何が……ん? 赤ん坊?」
ふらつきながらも自力で体を起こす冒険者達を見守って、これなら大丈夫と他にも視線を向ける。なかには兎の突進による衝撃で体の中がぐちゃぐちゃになりかけていたのもいたが、なんとか命はとりとめたようだ。ぽっちゃり兎がモフモフのポヨポヨだったのが幸いしたな。これが硬い変異種だったら潰れたトマトみたいになっていただろう。
……今度から呼び出すのはラ・メールでなくテールにしよう。ラ・メールは俺には優しいし赤ん坊や子供にも優しいが、それ以外にはかなり厳しい。というか、一切配慮しない。
テールは人族の守護者を自称しているから、ラ・メールよりは他の人族に配慮してくれるだろう。なんで人族の守護者してるのかは謎だけど。
「ぅ……俺は、助かったのか……?」
「ダーリン!」
俺達が入って来た通路近くで、下半身が潰れかけてた男が女性に抱き起されていた。女性が男を抱きしめる。
「馬鹿よ、あなた。私を助けるために犠牲になって……!」
「……仕方ないだろ。とっさに動いちまったんだからよ」
「馬鹿……!」
またラブシーンが発生してる。なんなの? このダンジョンはカップル推奨なの??
「んん~? 目的の二人組はどこかしら~?」
胡乱な目になりつつ負傷者を見て回っていた俺だったが、ラ・メールの声にハッとなった。そうだ、第一目標はロードリングの確保だった!
「どこ行った!?」
「広間にはいないみたいねぇ」
ぽっちゃり兎の隣でラ・メールは周囲を見渡している。
広間は光源が無いのにうっすらと明るく、高い天井も付近もちゃんと見えた。さすがに広間が広すぎて視界の端のほうは見えにくいが、広間にいた大多数が逃げようとしている先は把握できる。
「人族がいっぱい逃げてる先に行ってみる? たぶん、出口だろうから」
「……そうだな」
「あっ! いた!」
「レディオンちゃん!」
思案していたら後のほうから声がした。振り向いた先にいたのは、途中で置いて来たフュルヒテゴット達だ。
ちなみにフュルヒテゴットはおんぶ状態のままである。ラ・メールの目がキラッと光った。
「ん~……七十四点!」
……なんの点数なの? ラ・メールさん……
「レディオンちゃん! いきなり一人で飛び出すなんて……すんごい美女がいる!!」
「このデッカイモフモフ何……女神が降臨してる!?」
「こりゃまたどえらい別嬪さんが……」
「人生で出会った女性で一番美しい……」
集まって来たエーリック達がラ・メールに見惚れている。……大丈夫だろうか。かつてアヴァンツァーレ領でジロジロ見てきた某オッサンに不機嫌になったことあったけど。ねぇ、怒ってない? 大丈夫?
恐々見ていると、ラ・メールがツンとそっぽ向いた。
「ふ……フン、なかなか見る目のある人間達じゃないの」
意外とチョロかった。
「レディオンちゃん、無事でよかったわ」
ヘイモに抱っこされたアンゲーリカが俺を見て優しく目を細める。俺はアンゲーリカに寄って頬ずりした。
「いきなり離れて、ごめんね?」
「無事ならそれでいいの。でも、心配したわ」
「きゃぅ」
ナデナデいただきました!
ほくほくしていると、ラ・メールが「ふぅん?」と面白そうな顔になる。
「レディオンを守ってくれた人族って、貴方達ね?」
「そう、じゃな。それで、貴女様は……?」
代表してフュルヒテゴットが戸惑い顔のまま答える。多分これ、フュルヒテゴットはラ・メールの正体にうすうす気づいてるな。ドワーフは炎の精霊や大地の精霊と親しいし、種類は違っても精霊の気配は察するだろうから。
ラ・メールはフュルヒテゴット達を見渡し、傲然と笑んで言った。
「私は水の精霊女王。愛し子たるレディオンと契約している精霊の一柱よ」