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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
三章 例え数多の苦難があろうとも
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幕間 カーマインの容疑






 晴れ渡った空。遥か彼方の水平線で空と交わる海。ぷかぷかと浮き沈みする魚人の死体。

 それらを一望して、カーマインは爽やかに笑った。


「順調だな」

「順調じゃないよ!!」


 即座に後ろから悲鳴じみた声があがる。振り返った先にいるのは、船の甲板に倒れ伏しているアルセニオだ。


「なんで襲撃が止まないの!? もうカーマイン達は煽ってないのに!」

「魚人のお嬢さん達が頑張って煽っているからだろうな。敵が自滅していいじゃないか」

「自滅っていうか君が殲滅してるんだけどね!?」


 甲板にはいつものように船員達がへたりこんでいる。その様子を他人事のように眺めてザマスはため息をついた。


「アンタ達、そのやりとり、飽きないザマス?」


 同じやり取りをこれまでに何十回やったことだろうか。甲板に伸びている船員達の中には諦めきった表情の者も多い。なかには無我の境地に達した船員もいた。

 感情の抜け落ちた顔で船員達が呟く。


「俺、前より強くなったような気がする」

「きっと気のせいじゃないぞ。こんなに短期間に戦闘繰り返してたら……」

「そうだよな……」


 魔族は強さを貴ぶ。強くなれることは喜ぶべきことだ。だが流石に無邪気に喜ぶ気にはなれなかった。なにしろ連日地獄のような戦闘が繰り返されている。ここで喜ぶそぶりを見せれば、さらなる連戦を繰り返させられそうな気さえした。


「さて。連中の装備でも奪って来るか」

「君のその手腕もだんだん神がかってきたよね……」

「最近では戦っている相手の武器を奪うことも覚えたな」

「どっちが海賊なのか分からないよ……」


 アルセニオの言葉に甲板の面々が一様に頷く。カーマインは軽く笑って甲板を後にした。ザマスが海原を覗き込むと、カーマインが水上歩行の術で海面を移動しながら手早く死体の装備を回収している。


「立派な海賊になりそうザマスね」

「ザマスも余裕そうだね? 息も切らしてないし」

「この体は化け物の器ザマスから」

「どういう意味なの……?」

「特別製ってことザマス」


 すまし顔で言うザマスに、アルセニオは半笑いになりながら甲板に伏せる。疲れすぎていて、身を起こしているのも大変なのだ。


「二人が羨ましいよ。こっちはこのザマだよ」

「ちょっとずつ強くなっていってるザマスよ?」

「喜ばしいことなのに喜べない……」

「まぁ、あれだけ戦えばいやでも強くなるザマスけど」

「もうそろそろ打ち止めにしてほしい。これじゃ体がもたないよ……」


 アルセニオの嘆きに、ザマスは肩を竦めてみせた。


「魚人の間で襲撃がブームになっている間は無理じゃないザマス? あのおん……あー……カーマインが的確にリーダー格を見つけては挑発してきたザマスから」

「なんでカーマインはあんなに戦いたがってるの!?」

「戦いというか……たぶん、戦いの前準備ぐらいにしか思ってないザマスよ、あの戦闘狂。戦争と違って襲撃だと敵の人数も少ないザマスし」

「……あの連戦がただの前準備だなんて……」

「本当に手に負えないレベルの襲撃になればさすがに撤退するザマス。ああやって蹴散らしている間は準備運動みたいなもんザマショ」

「…………」


 ぱたり、と再度倒れたアルセニオに、ザマスは何とも言えない顔になる。

 戦闘狂揃いの魔族の、さらに荒っぽい性格が多い船乗りの中でも、カーマインは群を抜いて荒っぽい。それでいて粗野に見えないのは、所作が洗練されているからだろう。上流階級とも接することの多かったザマスから見ても、カーマインの動作は美しい。


(ちぐはぐザマスね)


 たたき上げの軍人のような気質と、高貴さを感じさせる立ち振る舞い。

 どちらが本当のカーマインなのかと疑問にも思ったが、どちらも本当なのだろうと結論付けた。たぶん、本来なら厳しく躾けられた令嬢だったのだ。それが途中から戦場を渡り歩く傭兵のような生活に変わったのだろう。


「……戦争さえ起こらなければ、深層のお嬢様だったのかもしれないザマスね」

「オジョウサマが何てー?」

「聞き間違いザマス。平和な今のうちに休んでおくザマスよ」

「ずっと平和でいいんだけどなぁ……」


 ぼやきながらも素直に体を休めるアルセニオを見下ろして、ザマスはふと気になったことを尋ねた。


「そういえば、海人族のこと、上の人達に連絡したザマスよね?」

「したよー」

「援軍とか来る予定ザマス?」

「たぶんー? この船目掛けて海人族が襲い掛かって来てるから、って連絡しておいたら、数日耐えてくれ、って返答来てたから」

「あの中身が繋がってる袋を介した手紙ザマス?」

「そー。……その数日が地獄だったわけだけど……」

「じゃあ、遠くに見えているあの船が援軍なんザマスね」


 ザマスの声に、へたりこんでいた船員達が跳ね起きた。我先にと船べりにかじりつき、目を凝らして遠くの船影を探す。見つけた者から歓声を上げた。


「援軍が来た!」

「あれ! 作ってた最新鋭の戦艦じゃねぇか!?」

「やっべ。テンション上がる!」


 先程までの死屍累々たる有様が嘘のように元気になっている。呆れて息をついたザマスは、物音に背後を振り返った。敵から装備を奪ってきたカーマインがびしょ濡れで船べりを乗り越えている。


「なんで濡れ鼠なんザマス?」

「大型の変異種(ヴァリアント)と鉢合わせてな。勢力図が変わるらしいから戦うわけにもいかんだろう? 穏便に別れるために攻撃を控えていたら水をひっかけられた」

「……よくキレなかったザマスね……」

「これぐらいでキレはしない。向こうもわざとじゃないしな」

「わざとだったら?」

「夕飯に追加メニューが並ぶことになっていただろうな」

「……アンタはそういう奴ザマス……」


 ため息をつくザマスに笑って、カーマインは反対側の船べりに鈴なりになっている船員達に苦笑した。


「グランシャリオからの援軍か」

「どうやらそうみたいザマスね。最新鋭の戦艦? らしいザマスよ」

「……昔は船の新調なぞほとんどなかったのだが、やはり今のレディオン様には記憶があるのだろうな。欲しいところに欲しい戦力が用意されている」

「嬉しそうザマスね?」

「ああ。あの方が幸せに生きるための準備が整いつつあるんだ。死んだかいがあったというものだろう」

「アンタはまだ生きてるんザマスけど?」


 やや強めの口調になったザマスに、カーマインは軽く苦笑を浮かべた。ザマスの肩を軽く叩いて話を終わらせる。


「さて。こちらも準備しておこうか」

「……なんの準備ザマス?」


 不機嫌そうに問いかけるザマスの声に、カーマインは背伸びをしながら言う。


「まず、敵から奪った装備の引き渡しかな。袋に入りきらなくて船室に積み上げたものもあるだろう? ――まぁ、あの戦艦がこの船の代わりに敵の攻撃を引き受ける艦になる可能性が高いが」

「その場合、荷物はそのまま積んで港に帰ることになりそうザマスね」

「そうなるだろうな。――あとは、まぁ、犯罪者の引き渡しかな」

「犯罪者?」


 ザマスは首を傾げる。


「そんなの乗っていたザマス?」

「いるだろう? 目の前に。一般船員達に強制的に戦闘を強いた犯人が」

「あ!」


 咄嗟にあがったザマスの声に、船べりにいた船員達が驚いて振り返る。

 なになに? と問いかけてくる視線を前に、カーマインは飄々とした顔で立っていた。


「これが戦時であれば不問に処させれることもあるだろうが、流石に平時だとなぁ。処罰しなきゃならないだろうな、上としては」

「アンタッ! この、なに、分かっていてやってたザマス!?」

「当然だろう。戦争の前準備だ。必要なことをしただけにすぎないが、まぁ、問題行動だな」

「この馬鹿……! アンタならもう少しうまくやれたザマショ!?」

「過大評価してくれるのは嬉しいが、短時間で成果をあげるような奇策は持ち合わせていないな。時間もないし、急務なのは『戦争に持ち込むための証拠』と『人減らし』だったからな。あれが精一杯だ」

「だからって自分を犯罪者に仕立て上げることは無かったザマショ!?」

「え。カーマインが犯罪者って、どゆこと?」


 アルセニオが船べりから離れてやって来る。カーマインは軽く笑った。


「そんなことより、出迎えの準備をしたほうがいいんじゃないか? あの船、尋常でなく早いようだから、すぐ着くぞ」

「いや、まぁ、そうなんだけどね? それより君が犯罪者に仕立て上げられるってどういうことなの?」

「すぐに分かるさ」


 カーマインは嘯いてアルセニオの肩を叩く。

 数十秒前まで遠くの海原に見えていた戦艦が、もうすぐそこまでやって来ていた。







 やって来た戦艦は、アルセニオ達が乗っている船より二回りほど大きかった。

 白く輝く船体に、純白の帆。甲板には大砲が座り、船の側面にも砲門が並ぶ。アルセニオ達が乗る速度重視型の船と違い、戦いにメインを置く戦艦はどっしりとしている。

 それでいて先程のような速度で航海できるのだから、どれだけ惜しみない金と技術をつぎ込んだのか、一船員であるアルセニオ達には想像もつかなかった。


「よく無事で耐えてくれた。『我が愛しのレディオン』号の諸君」

「……ネーミングセンス……」


 戦艦から渡って来た偉丈夫の言葉に、ザマスが絶望的な顔になって空を仰ぐ。

 最前列で敬礼していたイルデブランドが破顔した。


「非常に強力な助っ人がいましたから」

「……そうか」


 男は何かを考えるような顔で頷く。

 船員達の視線が自然とカーマインへと向かった。それを見て男の視線もカーマインに向く。


「君が問題の『助っ人』か」

「そうだ」

「一騎当千の戦いぶりだったそうだな」

「船上に守るべき者達がいたのでね」

「……分かっていての行動だった、と?」

「そういうことだ」


 どこか不穏な二人の会話に船員達が顔を見合わせる。説明を請う視線を受けて、ザマスがため息をついた。答えるかわりに偉丈夫に向かって声を放つ。


「言っておくザマスけど、偶然の産物で連戦になったとはいえ、無茶無謀の類はしてないザマスよ」

「君は?」

「……その無鉄砲の連れザマス」

「ああ、では、君がザマス・ザマスで、こちらがカーマイン・ザマスか」

「なんか変な名前に改名されてないザマス?」

「違うのか?」

「そもそも家族じゃないザマスよ!?」

「そうか? それにしては、何か似た雰囲気があるんだが」

「……!!」


 ザマスがこの世の終わりのような顔をして両手で顔を覆った。カーマインが真顔で言う。


「その反応は無いだろう、ザマス殿。これだけ長く共にいたのだ。もう兄弟のようなものだろう?」

「こんな物騒な兄弟いらないザマス!」

「物騒とは心外だな。これでも必要不可欠な戦闘以外してないんだぞ?」

「「「「「「えっ!?」」」」」」


 周り中の大合唱になった。

 カーマインは胸を張る。


「索敵、情報収集、戦争の理由に必要な戦闘記録、戦力の各個撃破。どうだ、必要なことしかしてないだろう?」

「違わないけどなんか違う!」


 アルセニオが切実な顔で叫ぶ。

 偉丈夫は船員達をしげしげと眺めてから、武骨な顔を撫でて呟いた。


「……確かに、怪我人らしい怪我人はいないな」


 その声は騒がしい船員達の声にかき消されたが、カーマインは肩を竦め、ザマスはため息をついて頷いた。


「そういえば、あなたは? てっきりラウレンツが来るかと思っていたんですが」

「ああ、名乗るのが遅れたな」


 気を取り直して尋ねたイルデブランドの声に、偉丈夫は腹にずっしりと響く声で答える。


「この度アロガン様より『我が愛しのエマ』号を託された、海上特別艦隊のネイサン・ナヴィガトリアだ」

「……絶対同じ人が名づけたザマショ……」


 げんなり顔のザマスの前、アルセニオが顔を輝かせる。


「ナヴィガトリア卿!? グランシャリオの家執事の!?」

「そうだ」

「軍事のトップであるナヴィガトリア卿が来てくれるなんて!」


 大喜びの船員達に、戦艦から渡って来た他の兵士も微笑ましそうな顔になった。それらを眺めて、ザマスは小声でカーマインに尋ねた。


「有名人ザマス?」

「有名人だ。グランシャリオにいる十二人の執事のうち、軍事を司る人だな」

「執事なのに?」

「グランシャリオ家では要職は全て執事だ」

「……ということは、軍の総大将みたいなもんザマス?」

「そうだ」


 カーマインの言葉に「なるほど」とザマスは納得する。軍の総大将が執事だというのは未だに謎だが、それが家門の拘りなら仕方がない。


「軍のトップが来るほど、海人族との戦争は重要ってことザマスか」

「そういうことだ」


 ザマスの呟きに頷きを返し、ネイサンはイルデブランドに向き直る。


「ラウレンツは後で部隊を率いてくる。本来、海は彼の管轄だからな」

「ああよかった。提督の姿が見えなかったから、何かあったのかと思いましたよ」

「ラウレンツはアロガン様の命令で海兵を鍛えていたからな。海軍を率いての戦争では彼が中心になる」

「ナヴィガトリア卿やこの船は?」

「我々は奇襲部隊だな。族長を逃がさず屠る必要があるだろう?」


 言って、ネイサンは『我が愛しのエマ』号を見上げる。


「あの船は特別製でな。隠密行動が出来る仕組みになっている。潜水も可能だし、大砲は全て魔力弾用だから水中での使用も可能だ」

「えらいモンを作りましたね……」

「仕組みや図面を引いたのはレディオン様とラ・メール殿らしい。製造を急がせたのはアロガン様だがね」

「えーと、俺達にそれを話してもいいんですかい?」


 イルデブランドの声に、ネイサンは頷く。


「アロガン様から許可は得ている。君達はこの戦争の立役者だ。作戦は話せないが、投入された軍の内容ぐらいは知らせても構わんとのことだ」

「アロガン様が……」

「アロガン様も今、手が離せない状態でな。それがなければ会って話がしたかったようだが……」

「何かあったんですか?」

「まぁ……事件がな」


 非常に口が重たいネイサンに、これは聞いてはいけない話だと察してイルデブランドは会話を切り替えた。


「ところで、ナヴィガトリア卿達がここに来られたということは、我々はこのまま港に戻ってもいいんですかね?」

「ああ。今後の襲撃は我々が引き受けよう。君達は戻るといい」


 その言葉に船員達が歓声をあげた。互いに抱きしめ合いここ数日の健闘をたたえ合う。

 それを眺めてから、ネイサンはカーマインへと視線を向けた。


「君達の身柄は私が預かることになるが、かまわないかね?」

「どうぞ」

「え!?」


 平然と頷くカーマインの声にアルセニオの声がかぶさった。イルデブランドがカーマインとネイサンを見比べて恐る恐る声をかける。


「えぇと、なんでカーマイン達を?」

「彼等には、一般人に対する集団殺害未遂の疑いがかけられている」

「ええ!?」


 仰天して飛び上がるアルセニオ達の前で、ネイサンはカーマインに静かな目を向けた。


「――カーマイン・ザマス。申し開きはあるか?」







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