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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
三章 例え数多の苦難があろうとも
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48 失えないもの




 エゴンの話をしている間中、周りは静かだった。

 フュルヒテゴットとアンゲーリカの目的は周知の事実だったらしく、皆がしんみりとした表情で二人を会話を聞いている。あのロードリングの二人も厳しい表情で無言を貫いていた。

 俺はほろりほろりと涙をこぼす二人を抱きしめたまま、前世のことを思った。

 もし、俺とマリーウェザーの間に子供が生まれていて、その子が禁忌に触れて魔族から追放されたらどうしただろう。

 もちろん愛する家族と離れ離れになりたくない。かといって、魔王である以上魔族のことを投げだしてしまうことも出来ない。

 たぶん悩みに悩むはずだ。

 きっと、妻ならそんな俺に「あなたはあなたのままでいてください」と言うだろう。自分が子供と一緒にいるから、王としての義務を果たしてください、とも言うだろう。俺の妻はそういう人だった。苛烈で行動力があり、即断即決の人であると同時に、とても優しくて気配りのできる人だったから。

 魔族をとるか、家族をとるか。

 俺はきっと、どちらを選んでも後悔するだろう。それぐらいなら暴君と呼ばれてもいいから、追放そのものを無しにさせるぐらいしそうだ。――そうしないと、俺の心が壊れてしまうから。

 フュルヒテゴットは国に残ったがために、エゴンと離れ離れになり、心の一部を壊してしまった。アンゲーリカもそうだ。二人の心の傷はとても深い。

 同じ状況を自身にあてはめて考えるだけで、こんなにも胸が痛いのだ。二人はどれだけ辛く悲しく苦しかったことだろう。それを思うだけで目から水が零れてしまう。俺なんかが共感して泣いていい話じゃないはずなのに。


「泣いてくれるのか? レディオンちゃん」


 あっ! フュルヒテゴットに見つかった!


「隠さんでもいい。ありがとうな。こんな爺婆のために泣いてくれて」


 あたたかい手が頭を撫でてくれる。エゴンが失ってしまった温もりが。

 うっ……思えば思うほど涙が出る。

 禁忌だからって親子を引き離したドワーフ族に物申したい。

 なにも追放しなくてもよかったじゃないか。俺には妻を喪いたくなかったエゴンの気持ちがよく分かるぞ。俺だって妻を喪う直前であったのなら、同じ過ちを犯していただろうから。

 だって、失いたくないんだ。

 傍にいてほしいんだ。

 それがどれほど愚かで身勝手な行為であっても、妻を喪わずにすむのなら俺だって剣に魂を込めるぐらいしただろう。

 それはもしかしたら、愛とは呼べないものなのかもしれない。妻の気持ちも事情も無視して自分の気持ちを優先する行為だ。ただのエゴと断じられても仕方がない。

 それでも、もし、あの妻の魂と共にいられるなら――俺だって禁忌を犯して実行していただろう。例えそのことで妻に怒られるとしても。


「レディオンちゃん。おいで」


 アンゲーリカが泣きながら俺へと両腕を広げてくれる。俺はその腕の中に飛び込んだ。

 エゴン。死者となってから会うことになったドワーフの人。

 例えドワーフ族がどれだけお前を否定したとしても、俺はお前を決して否定しないぞ。お前が誰かに蔑まれたら、全力で殴るぐらいするだろう。同情ではなく、妻を愛しすぎてしまった同志として。


「ありがとうね、レディオンちゃん」


 アンゲーリカの手が俺の頭を撫でてくれる。その温もりにまた涙をこぼして、俺はぎゅっと目を瞑った。








「……みゅ?」

「うん? 起きたか?」


 目を瞑って開けたらアンゲーリカに抱っこされて移動してました。

 えっ。


「おはよう、レディオンちゃん」

「泣き疲れて寝てたんじゃよ。……あぁ、目がちょっと腫れておるな」


 フュルヒテゴットの指が俺の目元あたりをさまよい、ポンと頭を撫でて離れた。

 えっ。俺、寝てたの!?

 確かに赤ん坊の体は寝落ちしやすいけど、こんなところで寝落ちるなんて生存本能さんは何してるの!?


「ありがとうな、レディオンちゃん。エゴンのことで泣いてくれて」

「あの子のことで泣いてくれたのは、レディオンちゃん、あなたが初めてよ」


 フュルヒテゴットとアンゲーリカの言葉にまた泣きそうになる。俺はそれをぐっと堪えた。


「ああ、目をこするのはやめたほうがいい。目元を冷やしておくか?」


 フュルヒテゴットがそう言って水筒を取り出そうとしていたので、俺はジェスチャーでそれを止めた。

 かわりに自分を中心として半径二メートルほどを指定して魔法を唱える。


祝福せよ(べねしょ)!】


 相変わらずちゃんと発音できませんでした!


「おお? 儂等もか?」

「まぁ……この年で範囲治癒魔法の使い手なの?」


 むふん。


褒めてくれていいのよ(きゃっふー)!?」

「何を言っているのかは分からんが、何が言いたいのかは分かった」


 言って、フュルヒテゴットがわしゃわしゃと俺の頭を撫でてくれる。


「偉いぞぉ」

「偉いわねぇ」


 むふー!


「相変わらず和むなぁ」


 あ。トールハンマーの人達が傍にいた。一緒に行動しているようだ。


褒めてくれていいのよ(きゃぅぁーん)?」

「くっ……くっそ可愛い……」


 小首を傾げて褒め言葉をおねだりしたらカワイイをいただきました。


「しかし、赤ん坊なのに範囲魔法使いとか、とんでもないな」

「将来が楽しみだなぁ」


 トールハンマーの面々がほっこりした顔でそう言ってくれる。

 将来は泣く子も黙る魔王になる予定です!


「それで、話を戻すんだけど、護衛は地上まででいいのか?」

「おう。さすがの儂も年には勝てんからな。ちょっと泣いたぐらいで疲れがドッときた。これではレディオンちゃんを引き渡すのに難儀しそうでな。お前さんらには迷惑をかけるが、よろしく頼む」

「俺達からすれば願ったりかなったりですよ。天下のフュルヒテゴットと一緒に動けるだけでなく、もしかしたら貴族に会えるかもしれないチャンスですからね」


 そう言ったのは休憩地に辿り着いた時、そこで入口を守っていた男だった。

 どうやらフュルヒテゴットはトールハンマーを道中の護衛に雇ったらしい。

 たぶんこれ、俺がいるからだよな?

 フュルヒテゴット達には本当に世話になってる。この恩は必ず返さねば。


「それにしても、攻略されたダンジョンとはいえ、帰路でこんなにモンスターが出ないのは不思議ですね」


 男の声に、フュルヒテゴットも頷く。


「普通、撃ち漏らしと鉢合わせるぐらいするもんじゃが、一匹も出会わんな」

「ユスカダンジョンはモンスターが多いことでも有名だったのに……」

「ダンジョンの洗脳が解けたのなら、出口に向かうぐらいするだろうにな」


 フュルヒテゴット達が首を傾げているのを横目に、俺は魔法で周辺を探査して首を傾げる。

 変異種らしき反応はあちこちにあるし、フュルヒテゴットの発言通り出口に向かおうとしている変異種もいる。普通ならその途中で鉢合わせるのだが、何故か俺達が近づくとそそくさと逃げはじめるのだ。なんでだろうか?


「モンスターが怯えて避けるほど怖いものが出入口近くにいるとか?」

「本能で逃げるわけか。だがなぁ、出入口の途中で出会わない理由にはならんじゃろ」

「それなんだよなぁ」


 二人の言葉になるほどと納得する。変異種が本能で畏れる何かがこのメンバーの中にいるようだ。フュルヒテゴットかな?

 そんな風に思っていると、フュルヒテゴット達が俺を見ていた。

 なになに?


「まぁ、可能性があるのはレディオンちゃんか」

「未来の勇者だとすれば、納得ですね」


 なにが納得なの?

 二人で分かり合ってないで、俺に教えてくれてもいいのよ?


「くっ……キョトンとした顔がまた可愛い……」

「これだけ可愛かったら、親も心配だろうなぁ。早く戻してやらんとな」

「西の果てから十日で迎えに来るって言ったんでしたっけ? 早馬を飛ばしても無理な距離でしょうに」

「それぐらい急いで来るってことじゃろ。本当に十日で来たら化け物だな」


 本当に十日で来ると思います。たぶん速度特化型の竜魔に助力願うんだろうな。

 ――それにしても、ここってどこの国なんだろう?

 父様達は把握してるんだろうか? 話の内容から東の国なのは分かるんだけど、どの位置にいる国なのかが分からない。グウェンダリアに加盟している連合国ってけっこうあったはずだしな。


「しかし、ダンジョンも酷いことするな。こんな赤ん坊を別のダンジョンに飛ばすなんて」

「ダンジョンがそんなことをするの初耳だけどな」


 トールハンマーの面々が首を傾げている。

 ちなみにトールハンマーのメンバーは全員男だ。

 ――お気づきだろうか。アンゲーリカ以外全員男だという現実に。

 なんで俺の周りには男ばかり集まるの? レディ率増えてくれてもいいのよ?


「動植物を引き寄せるのはよく聞くけど、『飛ばされる』のは初めてだな」

「ダンジョン同士がリンクしたんだろうか? 飛ばしと引き寄せがうまいぐあいに作用した的な」

「それならもっと報告例あってもいい気がするけどな。――それとも、今までもあったが全員死亡していて誰も気づけなかったとか」

「ありうる」

「一人でダンジョンボスの部屋に飛ばされたら、俺なら生きて帰れる自信ないな」

「俺もない」

「儂もないな」


 考察しているメンバーを見ていたら、アンゲーリカに頭を撫でられた。嬉しい。


「レディオンちゃんはうまい具合にダンジョンボスが倒された後に飛ばされたんじゃな。まぁ、ダンジョンコアを砕くぐらいだ。ボスが相手でも勝てた可能性はあるが」


 フュルヒテゴットの言葉に、俺は胸を張る。

 相手によるけど、赤ん坊の姿でもたいていのものは倒せるよ!


「くっ……自信満々な顔が可愛い」

「子供っていいもんだなぁ、って、この子を見てるとつくづく思うよ」

「可愛いよな」


 トールハンマーの面々からまたカワイイをいただきました。

 やっぱり俺、赤ん坊の姿が一番モテてるな……


「こんなに可愛いんじゃから、親御さんは本当に気が気じゃないだろうなぁ」

「フュルヒテゴットさん、その発言、二度目だぞ」

「やかましいわい。何度でも言うぐらい可愛いんじゃから仕方ないじゃろ」

「まぁ、否定は出来ないけどよ」


 トールハンマーの男の一人が俺の頭に手を伸ばし、ナデナデしてくれる。ゴツい手のわりに繊細な触り方だ。俺が赤ん坊だから力を加減しているんだろうな。


「俺も嫁さんもらって子供作ろうかな……」

「気を付けろよ、アマドル。その子供がこんなに可愛く生まれてくるとは限らないんだぞ」

「まぁ、そうなんだけどな。……つーか、これだけ可愛い子が生まれる親とか、絶対美形だろうな」

「綺麗な嫁さんもらえばワンチャンあるか……!?」

「無理だろ。片方が残念なんだからよ」

「残念言うな」


 トールハンマーの面々がわいわい騒いでいるのをアンゲーリカと一緒にほっこり眺める。冒険者達と行動を共にするのは久々だが、以前の時も今も縁に恵まれている気がする。

 ……まぁ、ロードリングのような連中にも出会ったけど。


「嫁といえば、ドラゴンファングのあの二人はいつになったらくっつくんだろうな」


 アマドルがそう言い、残りの面々が笑った。


「ニーナとカスペルはなぁ……カスペルの方は分かりやすいんだが、ニーナがどう思ってるのかが分らんな」


 どうやらカスペル氏の片思いは有名らしい。全員がニヤニヤ笑いになった。


「ニーナは天然だからな」

「悪くは思ってないだろ? 異性として惹かれてるかどうかはわからんが」

「子供好きだからいい嫁さんになりそうだけどな」

「この子にも興味津々だったし、カスペルは今が攻め時なんじゃねぇかな」

「進展あったらいいんだけどな」

「うまくいったら祝い酒をたかろうか」

「いいねぇ」


 他人の恋バナにニヤニヤしながら男達が語り合う。楽しそうだな。


(あぅ)顔見知りなの(あぷぁ)?」

「うーん。毎度思うが分からん」


 届け! この思い!


「ニーナちゃん達のドラゴンファングはここ、ユノス国で唯一のS級冒険者なのよ」


 うまく喋れなくてもなんとなく察してくれたらしい。アンゲーリカがそう教えてくれた。


S級(えぅ)?」

「そう。あの若さでね」


 アンゲーリカの声に、他一同がうんうん頷いていた。

 そうか。あのメンバー、S級なのか。

 あと、ようやく国の名前が知れました。ユノス国って聞いたことないけど、東の国の一つなんだろう。

 俺はアンゲーリカに寄りかかったままポーチを漁る。すぐに手に飛び込んで来た大きな羊皮紙を取り出して広げた。


「あら? 地図?」

「ほぅ! こんな詳細な地図は初めて見るな」


 バッと広げると、覗き込んでいたフュルヒテゴット達から感嘆の声があがった。

 俺は地図の右側をざっと眺める。あ、あった。ユノスってわりと大きい国なんだな。カルロッタからけっこう離れてる。


ここ(きゃ)?」

「おお、字も読めるのか。そう、そこがユノス王国じゃよ」

「というか、この地図すげぇな。こんな詳細な大陸地図、見たこと無いぞ」


 皆にしげしげと見られている。俺は地図を素早く丸めるとポーチに突っ込んだ。


「ああっ……もうちょっと見たかったんだがな」

駄目(ちゃい)

「くっ。ペチッが可愛い」


 地図は大事だからな。あんまり見せすぎるのはよくないのだ。


「てか、前から思ってたけど、その子のポーチ、マジックバックなんだな」


 トールハンマーの一人がそう言い、俺のポーチを皆が注視した。まぁ、水筒出したり色々してたから、見破られもするよな。


「フリフリが可愛いよな」


 ポムの趣味です。


「服もフリフリだからよく似合ってるよな」


 こっちは母様の趣味です。

 というか、大の男にフリル姿を「可愛い」と連呼される現状について。

 皆、乙女なの?


「赤ん坊にも専用のマジックバック渡す貴族かぁ……家門の当主一家って話だったけど、大金持ちの、という情報も追加しないといけねぇな」

「西の大貴族かぁ……あっちじゃ戦争に貴族の私兵を使うんだっけ? ここらへんの戦争とはまた違った戦い方をするって話だけど、どうなんだろ?」

「わかんね。戦争は傭兵の仕事だからなぁ……」

「そういや、アハヴォ王国との戦い、停戦になったんだっけ?」

「あー、そういやそんな話もあったな。傭兵達だいぶ困るんじゃねぇか?」

「かなりの数の傭兵が職にあぶれたらしいぞ」

「それって別の意味でヤバくねぇか? あいつら、雇い先がなかったら賊にならざるをえないだろ?」

「傭兵最大規模のボジェクは早々に西に立ち去ったらしいけどな」


 おん? どこかで聞いたことある名前だな。

 ――あ、ジルベルトと話した有名傭兵団か。


「一番良識的な傭兵団が立ち去った件について」

「まぁ、連中も国元の家族を養わないといけないし、戦争がなくなった東国に見切りつけねぇと厳しいだろうしな」

「商会の護衛任務について西の方に行ったって話だから、今頃西で商会の専属護衛兵にでもなってるんじゃねぇかな。稼ぎは少なくなるだろうけどよ」


 いや、ジルベルトの口ぶりからしてフリーの状態っぽかったぞ。

 しかし、そうか……ボジェク傭兵団は良識的な傭兵団としても有名なのか。

 俺は噂話に花を咲かせている冒険者達の話を聞きながら未来(さき)のことを思う。

 うちの商会で囲い込みしてみようかな。さすがに一日金貨一枚は無理だが、有事と平時で賃金を変える感じで相談してみてもいいかもしれない。

 ――まぁ、それもボジェク傭兵団が今もフリーでアヴァンツァーレ領にいることが前提だが。

 沢山やりたいことがあり、やらなければならないことも多くあるが、そのなかにボジェクの勧誘を入れた瞬間だった。






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