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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
三章 例え数多の苦難があろうとも
182/196

47 エゴン




「普通の赤ん坊じゃない、って?」


 何気なく問い返すアンゲーリカの声に、俺はちょっと狼狽えた。

 拙い。なにが拙いって、俺が魔族だとバレるのがだいぶ拙い。

 今いる国がどんな国なのかは知らないが、魔族は大陸全土で人族の敵認定されている。

 そして俺は「魔族か?」と聞かれたら「はい」と答えてしまう魔王だ。

 ごまかせばいいんだろうが、俺は自分が魔族であることを誇りに思っている。だから嘘はつきたくないし、たぶんつけない。始祖と魔女の血統のせいで、偽りの言葉を述べることが出来ないのだ。


「詳しくは分からないけど、特別な血筋とか」


 ああっ! カスペルが考察している!

 頼む! 魔族だと見抜かないでくれ! 俺は愛嬌を振りまいた相手に嫌われたくないんだ! あと地味に生命の危機でもある。

 祈りながら見ている先で、カスペルの口が動いて告げた。


「あるいは勇者とか」

「勇者!」


 フュルヒテゴット達が目を瞠る。

 セーフ! 惜しいけどそっちじゃない。そして誤解してくれてありがとうございます!

 それにしても、俺、なんでか度々勇者と間違われるな……


「素手でコアを倒すとなると、確かに、勇者なのかもしれないな」

「今代の勇者はまだ出ていないだろう? この子がそうなのかもしれないね」

「先代が斃れてから長いこと空いてるからなぁ」


 フュルヒテゴット達が何故か納得してる。

 違うぞ? 魔王だぞ? いや、気づかれたら困るけど。

 そしてロベルトが一切表に出て無かったから誤解が加速してる。


「だとすると、親御さんがパワーレベリングしてたのも、勇者の素質を見抜いてのことかもしれないな」

「勇者だと身体能力に秀でてもおかしくないしな。それに――ここだけの話、西の地に魔族が出たっていう噂もある」

「魔族が?」


 フュルヒテゴットが訝し気な顔になり、俺は必死に無表情を貫く。


「オーケシュトレーム公から聞かされた情報だから、確かだと思う。なんでも富を手に勢力範囲を広げているらしい。骨抜きになった貴族もいるとかなんとか」


 う~~ん~~違ってるんだけど地味に合ってる部分もあるな。その勢力範囲はもしかしなくてもカルロッタ王国ですか。あと骨抜きになってる貴族ってジルベルトかな。心当たりしかないよ。


「あと、聖王国が内密で騎士団を派遣したって噂がある。西の地にいる魔族を討つためだって」


 それも心当たりがあります。


「そうなると、神敵が発動したわけか? 聖王国が大々的に軍を派遣するなら、発動させるじゃろ?」

「それが、神敵は発動してないんだ。おまけに各国に無断で騎士団を向かわせたらしい」

「そりゃあ拙いな。下手すれば周辺諸国と戦争だぞ」

「オーケシュトレーム公もそれを危惧してたよ。なんにせよ、ここ最近の聖王国の動きはいつもに増しておかしい。変な噂も聞くしね」

「ほぅ? 変な噂とな」


 フュルヒテゴットが心持身を乗り出す。カスペルは声をひそめて言った。


「なんでも、恐ろしい呪いが蔓延しているらしいんだ。これまでのことが祟って恐ろしいものを引き寄せたんじゃないか、って噂がある」


 やだ。心当たりしかない。


「ほぅほぅ。もちっと詳しくわからんか?」

「俺もよく知らないんだけど、人が毎日一人ずつ殺されていっているらしい。最初の方は神を畏れぬ不届きな輩が、って怒りの声をあげてた神官達が、今はもう全員震えあがっているらしいよ。だからほら、ここ最近の神官、ビクビクしてるだろう?」


 やらかしてるのは間違いなくうちのポムですね。わかります。


「うーん、ここ最近地上に上がっとらんかったから分からんかったが、あの偉そうにしてた神官どもがなぁ……」

「ちょっといい気味だよね」

「まぁの」


 カスペルとフュルヒテゴットが悪い笑みを浮かべてる。

 あれ? もしかして、聖王国って嫌われてる?

 なんていうか、敬われてない感じがひしひしとするんだが。


聖王国(るきゃぅ)嫌いなの(だたーぅ)?」

「うーん。何か言おうとしているのは分かるんだが、何を言っているのかが分からない」


 うん。通じないよね。知ってた。

 しょんぼり肩を落とした俺を見下ろして、カスペルが気がかりそうな顔になった。


「もし勇者がここにいると知られたら、親御さんの元に戻る前に横取りされてしまうのかな」


 え。ヤだよ。

 勇者と誤解されてるのも微妙に嫌だが、聖王国に身柄を引き渡されるのはもっと嫌だ。というか、普通に危機的状況になるんだが。

 大人になって全力で戦ってもいい? 主に生命の危機に対する対応として。


「まぁ、勇者と決まったわけじゃないしな。どこかの家門のトップの子供を聖王国に引き渡す馬鹿もおらんじゃろ。だいぶ溺愛されてるようだったしの」


 愛されてる自覚あります。

 俺も家族を愛してるぞ!


「とりあえず、親御さんと会うまでは気を付けたほうがいいよ。こんなに小さい子だから、何かあったら大変だし」

「ダンジョンは何があるかわからんからな」

「そういうこと」


 カスペルはそう言って笑った。フュルヒテゴットが苦笑する。


「そういや、まだ言ってなかったな。ダンジョン踏破、おめでとうさん」

「ありがとうございます。コアを砕いたのがこの子だから、踏破って言っていいのかわからないけどね」

「ボスを倒したのはお前さんらじゃろ。この子だってお前さんの手柄をとろうなんざ思って無いだろうし。な?」

「に!」

「ほぅらな」

「意思疎通出来てるのがすごいな。というか、この子賢いなぁ」

「そうじゃろ~」

「爺馬鹿っぽい顔になってるよ、フュルヒテゴットさん」

「やかましいわい」


 カスペルからもヨシヨシしてもらって、俺は上機嫌でアンゲーリカの元に戻った。アンゲーリカが両手を広げて待っていてくれる。


「むふー」

「あら、ご満悦ね」

「きゃう!」


 とりあえず危機は脱したし、聖王国のこともちょっと知れたし、俺は満足です。これであとは無事に父様達と合流できればいいんだけど、十日はかかるって言ってたからな……無事に切り抜けられるだろうか?


「ドラゴンファングの皆はボス部屋を踏破したのよね。そしたら、その先に何がありましたか?」


 アンゲーリカがちょっと緊張した顔で問いかける。


「宝部屋がありましたよ」


 カスペルがちょっと声をひそめて答えた。アンゲーリカだけでなくフュルヒテゴットも緊張した顔になる。


「それで、その中に――」

「魔剣はありませんでした」

「……そうか……」


 二人がそっと息を吐いた。カスペルが申し訳なさそうな顔になる。


「お役にたてず申し訳ない」

「いや、謝ることは無い。あるかどうかも分からんのだしな……」

「『エゴンの魔剣』ともなれば、世に出れば絶対に噂になります。世に出ていない今ですらすでに伝説の領域ですからね。だからきっと、いつかは巡り合えますよ」

「そうか……そうだな……」


 フュルヒテゴットが肩を落しながら頷く。

 俺は妙にひっかかるその言葉に首を傾げていた。

 フュルヒテゴットに、エゴン。絶対にどっかで聞いたことあるぞ?

 フュルヒテゴットはドワーフで――あ!


そうか(たぅ)! 隠し(だっ)部屋だ(たーぅ)!」

「うん? どうした? レディオンちゃん」


 俺は慌てて自分のポーチを漁った。確か手に入れたはずだ。肖像画の入った時計を!


見てくれ(ちゃぅ)!」


 俺は手に掴んだそれをフュルヒテゴットにつきつける。

 不思議そうに見ていたフュルヒテゴットとアンゲーリカの表情が凍りついた。


「この時計……!」

「間違いない……儂の印が彫ってある……エゴンのものだ!」


 震える手を伸ばしてこられたのでその手に懐中時計を渡す。蓋を開けたフュルヒテゴットの表情が崩れた。


「ああ……ゴットフリート……ヨッヘム……それに、エゴン……」

「鍛冶場を立ち上げた時のものですよ。あなたもいて……あぁ……エゴンもいますね」


 ぼろぼろと泣く二人を見ていると、俺まで胸がぎゅっと痛んだ。もっと早く思い出せなかったのが口惜しい。ボトヴィッドから著名なドワーフの話は聞いていたのに。


「レディオンちゃん、これを、いったいどこで!?」


 泣きながら問われたので、俺は精一杯顔を引き締めて告げた。


西の果て(あぅ)セラド大陸(るっきゃ)の村()に繋がってた(きゃあーん)アビスダンジョンだ(あぅぁぅあう)

「うん。分からん」


 ですよね!!


「だが、何かを伝えようとしてくれてるのは分かる。お前さんがいた西の果てのダンジョンに、これがあったのかの?」

「だっ!」


 俺は大きく頷いた。


「そうか……それで……それで、他には、なにか……いや、誰か、いなかったか?」


 俺は答えに窮した。

 フュルヒテゴットが問うているのは、おそらくエゴンの生死だろう。そしてそれに対する答えを俺は知っている。


「……そうか。いや、答えんでいい。分かるからの」


 俺の表情から何かを読み取ったのか、フュルヒテゴットが大きく息を吐いた。アンゲーリカがはらはらと涙をこぼしている。


「あの子は……西で一人……」

「ああ……西にまではまだ足を伸ばせていなかった……そうか……そこにいたのか……」


 フュルヒテゴットが深い後悔を滲ませた声で呟く。俺は胸を押さえてうずくまった。

 フュルヒテゴット達がどれだけ西に行っても、エゴンの遺体とは会えなかっただろう。エゴンがいたのはセラド大陸だ。魔海峡と岩礁で隔てられた大陸に、こちらの大陸の者が会いに行くのは容易ではない。

 そしてエゴンの遺体はオズワルドが預かっている。俺が預かっていれば二人に返せたのだろうが、それは言っても詮無き事だ。


どういう間柄(あーだぅ)の人なの(るぅぁ)?」


 伝わらないのを承知で尋ねてみた。

 懐中時計を愛おしむように見ていたフュルヒテゴットが俺の頭を撫でてくれる。


「すまんな。突然こんな爺婆に泣かれたら困るだろうにな」

いいよ(きゃぅ)

「ここに映ってる男、エゴンというのはな、儂とアンゲーリカの子なんじゃよ」


 懐中時計の写真の中、一番左端の鍛冶師を指さしてフュルヒテゴットは言う。

 小さな写真を一生懸命見ても、エゴンと現在の二人の姿は重ならなかった。


「似てないじゃろ。儂は長身な方じゃったし、アンゲーリカもそうだ。そのくせ、エゴンはドワーフらしい体格でな。儂等二人の子なのに小さいと、よくからかわれておった」


 フュルヒテゴットの指がエゴンの絵姿を撫でる。その指はどこまでも優しかった。


「エゴンは才能ある鍛冶師だった。儂が剣を打つところをよく見ておってな。見様見真似で鉄を打とうとするから叱りつけてやったよ。そこまでやりたいなら弟子になれ、と言ってな。儂の技術を全部叩き込んでやった。初めて打ったにしてはまぁまぁマシな剣を打ってな。それがこれだ」


 フュルヒテゴットはそう言って腰に下げていた長剣を叩く。


「あの子が打ったもので、砕かれなかったのはコレだけじゃ……」

「…………どうして(きゃぅ)砕かれたんだ(あーぅ)?」

「うん? 砕かれた理由かの?」


 あ。通じた。

 俺は大きくと頷く。


「あやつは一本の魔剣を打ったんじゃ」


 フュルヒテゴットはそう答え、しばし沈黙する。

 俺はボトヴィッドの言葉を思い出す。

 ――エゴンの魔剣が禁忌指定されたのは――


「死にゆく妻の魂を、剣に込めて、な」


 ――生きている人間の魂を剣に固定化しちまったからだって話だ。

 あれは、このことなのか。


「あいつの嫁さんは、そりゃあ綺麗な人でな。だが、病弱での。どんだけがんばっても二十歳は越えられないだろうと言われていた。子供も諦めろと、な。だが、嫁さんは子供を欲しがった。ドワーフとしては剣さえ満足に打てない自分だが、せめて子は残していきたい、と。あいつはそれに応えた。――だが、その結果として、嫁さんは死に、子供と一本の剣が残った」


 フュルヒテゴットは息を吐く。


「それは当時あいつの打ってた剣だった。嫁さんが死んで意気消沈しているあいつを見ていられなくてな、孫の守りをしながら工房を見に行った時、その剣が喋ったんだ――『お義父さん』とな」


 俺は黙ってその話を聞いた。ここではないどこかを見ながら話すフュルヒテゴットを見つめながら。


「思考する剣、知識ある剣、知恵もつ剣――そう言われるインテリジェンスソードはドワーフにとっては邪道も邪道でな。それでも若い連中を中心に作りたい欲にかられる連中は多い。かくゆう儂も若い頃は作ったものだ。だからエゴンがソレを打ったとしても儂等は驚かなかっただろう。だが、その剣ははっきりと儂を『お義父さん』と呼んだんだ。ひどく怯えた声で。『私はどうなっているのですか』と」

「…………」

「ソレが果たして本当にあの嫁さんなのか、嫁さんの記憶をもつ別のモノなのか、そんなことは儂等には分からなかった。分かったのは、エゴンが禁忌を犯したということだけだ。インテリジェンスソードはあくまで知恵をもち思考するだけの無機物でなければならない。生物としての領域に達してはならない。生きている者の魂を宿してはならない。――だが、エゴンの魔剣はその領域に達していた。だからあの子はドワーフの国を追放されたのだ」


 フュルヒテゴットはそこまで語って、少し息をついた。

 俺は何も言えなくて黙ってその体に寄り添う。


「エゴンは追放された時、禁忌に至ったその剣を持って行った。残された他の剣はみな破壊された。孫と儂の愛剣となっておったこの剣だけが、儂等に残されたエゴンの生きた証だった。その孫もドワーフの国を出国する時に別れることになったがな……」


 フュルヒテゴットの手が俺の頭を撫でる。

 俺はぴったりとフュルヒテゴットに張り付いて顔をこすりつけた。


「なぁ、レディオンちゃん。あいつの遺品の中に、魔剣はあったか?」

無かったよ(ちゃーた)

「……そうか……無かったか……」


 大きく首を横に振った俺に、フュルヒテゴットは小さなため息をつく。


「あいつがあの剣をどうしたのか、それがずっと気がかりだった。愛する妻と共に世界を巡っていると思えばいいのか、罪を抱いて放浪していると思えばいいのか……どちらにしてもエゴンには辛いことじゃ。鍛冶にしてもそうだ。普通の鍛冶場ではドワーフの秘技は使えない。剣を打つことが大好きだったあやつだが、ドワーフの国を出てからは満足に打つことも出来なかっただろう。そもそも打とうという気持ちになれたのかどうかすら怪しい。まだあの昏い目をしているのではないかと思うと、寝るに寝れなかった……」


 フュルヒテゴットの声には深い後悔が滲んでいた。


「あの時、儂等も一緒に国を出るべきだったと……後になって悔やんだ。そうすれば、あの子を独りにすることもなかったのに……」


 俺はフュルヒテゴットの体に一生懸命腕をまわし、ぽんぽんと背中を叩いてやった。ポムがよく俺にしてくれたように。気持ちが少しでも楽になるように。


「慰めてくれるのか……レディオンちゃんは優しいな……」


 皺だらけのごつごつとした手が俺を撫でてくれる。この手のぬくもりから遠ざけられてしまったエゴンは、どれだけ寂しい思いをしただろうか。

 エゴンの残した日記のようなものには、恨み言が書かれていたとあの時サリは言っていた。あの手帳は今もサリが持っている。

 恨み言が綴られているのなら、見せなくて正解だと思うべきだろうか。

 だが、恨み言でもいいからエゴンの思いを聞きたいと二人は思うだろうか。


「…………」


 分からない。いつまでたっても、人の心というのは分からない。

 ただ、胸が痛い。

 暖かなこのぬくもりから遠ざけられたエゴンのことを思う。

 ――何故だか、無性にポムに会いたかった。




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