46 探し物
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フュルヒテゴットが先を行き、アンゲーリカとその胸に抱かれた俺が後に続く。
洞窟型のダンジョンの道は広めで、中型ぐらいの変異種なら自由に動けそうな広さだった。
ここよりアビスダンジョンが広かったのは、変異種のほとんどが大型だからだろう。うちの大陸、たいていの生き物は巨大だからな。
「道中のモンスターは片づけられておるから、楽じゃな」
「人の多いダンジョンの特徴ですね」
フュルヒテゴットの声に笑いながらアンゲーリカが答える。確かに、動き出してから今まで一度も変異種の姿を見ていない。ダンジョンコアが死んで呼び寄せされないだけでなく、人が多くてすぐに倒されてしまうことも理由の一つなのだろう。
アビスダンジョンだと後から後から敵が沸いて出て来たものだが、あれはアビスが異常なだけなんだな。
「安全なのはいいことだ。レディオンちゃんもいるしな」
「本当ですね」
「きゃん」
自衛は出来るが道中は安全なのにこしたことはない。進む先には休憩地だろう場所があるようだし、そこまで行けば他の冒険者もいてより安全になるだろう。……あの二人組もいるようだが、考えるのはやめておこう。
「もう少し行ったら休憩ポイントがある。モンスターが入りづらい構造になっている場所をそう呼んでいてな。そこでまた少し休憩しようか」
「きゃう!」
俺は賛成して頷いた。
フュルヒテゴットはわりと頻繁に休憩をとる。それは老いた体をだましだまし使っているからだ。素早い動きは難しく、体力も無い。それでもこうしてダンジョンに潜っているのは何故だろう?
あと、フュルヒテゴットの名前になにか聞き覚えがあるんだが、なんだったっけな……
「体力が無いのが儂等の欠点じゃなぁ」
「仕方ありませんよ。年が年ですからね」
「何歳なの?」
俺が首を傾げると、アンゲーリカが微笑んで答えてくれた。
「おじいさんは千歳を超えているのですよ。ドワーフでは最長でしょうね」
「それはすごい」
ドワーフはアールヴ族同様長寿な種族だが、千年を超える者は少ない。そこまで生きれるのは王族など特別な血筋だろう。
「長く生きてるだけで、そんなに偉いわけでは無いがな」
「なにをおっしゃるやら。日頃は若い頃の武勇伝をしたりしてるくせに、かっこつけちゃって」
「うるさいわい。レディオンちゃんが目を丸くしておるじゃろ」
どんな武勇伝なのか気になるな。
まぁ、喃語のせいで伝わらないだろうけど。
「どんな武勇伝なの?」
「ほら、レディオンちゃんも興味深々ですよ」
ナイスだアンゲーリカ!
「べ、別にそんな誇るもんでもないのじゃよ? 二十歳になる前に一流の鍛冶師になったとか、炎の魔剣を作ったりとか、そんな程度じゃ」
「すごいじゃないか!」
「む、むほん! たいしたことないわい」
フュルヒテゴットが髭をもそもそさせながら照れる。アンゲーリカはニコニコだ。
「おじいさんはこう見えて国で一番の鍛冶師だったのですよ」
「そうなの?」
「事情あって国を出たのですが、随分と引き留められましたよ。最後は夜逃げに近い形で出国しました。あれはなかなかスリリングでしたね」
アンゲーリカはくすくす笑いながら言葉を続ける。
「国を出たあとは、色んな所を回りましたよ。あの子がどこに行ったのか誰も知らないから、手探りで。時々は情報のお礼に剣を作ってあげながら……。長い旅でした」
「ばあさん……すまんな、儂の身勝手につきあわせて」
「あら、おじいさん。いいんですよ。私もあの国には飽き飽きしていましたから。それに、おじいさんは危なっかしいですからね。残って送り出すほうが心配で倒れてしまいますよ」
「言うわい」
事情ありらしい二人はひそやかに笑う。
話を聞くに、どこかに行ってしまった誰かを探すための旅だったのだろう。そしてたぶん、まだ探し当ててはいないのだ。
探し人が誰なのか知りたいが、興味本位で尋ねるのも違う気がする。そして喃語なのでたぶん通じない。
……この喃語状態、いつになったら治るんだろうな……
「お、そろそろ休憩地に着くぞ」
「年をとるとこの距離でも疲れますね」
「本当にな」
休憩地と呼ばれる場所は大きな通路から横に逸れた位置にあった。見張りだろう冒険者が一人、外の様子を窺っている。
「あ、フュルヒテゴットさん!」
「おお、トールハンマーの。お前さんらのパーティも休憩中か」
顔見知りらしくフュルヒテゴットが親し気に答えた。相手は三十代ぐらいの男だ。
「そちらは今噂の的ですよ。その子が問題の赤ん坊ですか?」
「ちっ……あの馬鹿共、吹聴しまくっとるわけか」
「ダンジョンの新しいボスじゃないかと言われてますけど、こんな赤ん坊がねぇ……て、えらく可愛い顔してますね」
「そうじゃろ~」
「うわ、爺馬鹿っぽい顔してる」
「やかましいわい」
可愛いと言ってくれた男は、アンゲーリカに抱かれている俺をしげしげと見る。俺はサービス精神を発揮して手を振ってやった。
「うは、これは可愛いな。しっかし、どう見ても貴族の子でしょ、この子。かなり育ちが良さそうな姿をしてますね」
「着ている服もかなり良いものだしの」
褒めてくれてありがとう! 母様のお手製です。
母様の服はどれも一級品だからな。……フリルとレースは免れないけど……
「ま、なんにせよ、休憩地へようこそ。面倒を避けるならうちのパーティの横にどうぞ」
「ありがたく行かせてもらうわい」
言って、フュルヒテゴットは足を進めた。俺を抱えたアンゲーリカがそれに続く。
休憩地は小部屋のようになった場所だった。けっこうな人数がそこで休んでいる。気配察知でだいたい把握していたが、二十人を超える人数が小部屋にいるとけっこうな密度な気がするな。
あ。全員がこっち見た。手を振ってみよう。
「あれが?」
「かっわいいな、おい」
「普通の赤ん坊に見えるぞ」
あ。あの二人組がいた。こっち見んな。
休憩地の連中に俺のことを吹聴していたのだろうが、アンゲーリカに抱かれている俺をしげしげと眺めるだけで誰も動こうとはしなかった。
「フュルヒテゴットさん」
「おう、トールハンマーの。隣に失礼するぞ」
「どうぞどうぞ。その子が噂の子ですか」
「皆してそう言うな。誰かがよっぽど熱心に吹聴したとみえる」
フュルヒテゴットが皮肉気に言って、アンゲーリカの座る場所に布を敷いてやる。アンゲーリカがそこに座って、フュルヒテゴットがその隣に座った。
俺はまだアンゲーリカに抱っこされたままだけど、降りたほうがいい? 抱っこしたままだとしんどいよな?
「降りようか?」
「うん? どうしたの?」
「降りたいんじゃないか?」
「あら。……どこかにいっては駄目よ?」
「わかった!」
アンゲーリカがそっと俺を地面に降ろしてくれる。俺はその場でちょこんと座り、腰のポーチから水袋を取り出した。
「飲んで!」
「あら。くれるの? ありがとう」
アンゲーリカが受け取り、蓋をあけてちょっと驚いた顔をした。
「これ、上等のワインですよ、おじいさん」
「なんじゃと? お前さん、なんでこんなのを持ってたんじゃ。飲めんじゃろ?」
「お父さんの水筒かもしれませんよ。ほら、通信具に出てた」
「なるほど。飲んでしまってもいいのかの?」
「だっ!」
俺は大きく頷く。二人がほっこりした顔になった。
「では、ありがたくいただくとしよう。――ばあさん、どんな味だ?」
「ああ、美味しい。おじいさん、せっつかなくてもすぐに渡しますよ」
「別にせっついとらんわい。おお、いい匂いじゃの。……これはいい酒じゃ」
一口ずつ飲んだ二人が顔を綻ばせる。ドワーフは火と酒の神族の守護下にあるせいか、酒が大好きだ。贈り物としては合っていたようだな。
「しばらく世話をかけるが、よろしく頼む」
「何を言ってるのかは分からんが、ありがとうな」
「ありがとうね、レディオンちゃん」
「きゃう!」
アンゲーリカが頭を撫でてくれたので笑顔で答える。何故か隣にいた男達がほっこりした顔になった。
「可愛いなぁ」
「あの顔立ち、絶対に親も美形だろ」
「上品な顔をしてるよな」
なんと! 顔面兵器と言われている俺の顔立ちを褒めてくれるとは!
なんていい奴等なんだ! 俺のお礼をくらうがいい!
「きゃーぅ!」
「可愛いぞ! こいつ」
「うっわまじで可愛い」
笑顔で愛嬌を振りまいてやったらいい反応が返ってきた。
……俺、やっぱり赤ん坊の時が一番モテてないか?
「くっそ~、俺もそっち行きてぇ」
あ。入口守ってる男が悔しそうな顔してる。
「そろそろ交代の時間だろ。――ロードリングの! 次はあんたらでいいだろう? 変な噂広めた罰だ」
「変な噂とは失礼だな。怪しい赤ん坊の情報を提供しただけだろう」
「そうよ! それに、まだ来てそんなに休んでないのよ!?」
「けっこう時間経ってるだろうが。休んだ気してないのは噂広めるのに夢中になってたせいだろ」
「なんですって!?」
あの二人組はロードリングというパーティらしい。名誉がどうとか言ってたし、パトロンのいるパーティなのかな?
「行こう、アクサナ。どのみち順番は回ってくるんだ」
「もう! ヴァレリアンは人が良すぎるわ!」
男の方が先に立って交代に行ったため、女も慌てて後を追った。人が良いかどうかは別として、男の方が周囲の空気を読めるみたいだな。
「けどよ、ダンジョンに赤ん坊とか、確かに怪しいっちゃ怪しいよな」
誰かがそう言った。二人組の女の方が「そうでしょ! そうでしょ!」と言わんばかりの顔をしている。
「まぁ、普通なら親元でぬくぬくしている年じゃからな」
フュルヒテゴットがそれに乗っかるように言う。
「フュルヒテゴットさんもそう思ってるんだ?」
「一般論じゃよ。親御さんと連絡がつかなかったら、多少は疑問に思ったじゃろうからな」
「親と連絡ついてるのか」
「この子の耳飾りが通信具になっていて、な」
フュルヒテゴットが俺の耳に触れる。こちょばい。
「通信具まで身に着けてるってことは、やっぱ貴族か」
「親後さんは当主だと言っていたから、一族のトップのようじゃぞ」
「けど、このダンジョンに貴族って降りてたか?」
「別のダンジョンにいるらしい。罠にかかってレディオンちゃんだけここに飛ばされたらしいな」
「あ~、あれか。赤ん坊のうちからパワーレベリングか?」
「まぁ、たぶん、そうじゃろ。この子自身、すごい治癒師だからの」
「治癒師?」
「瀕死だった儂を癒してくれたんじゃ。儂の命の恩人なんじゃよ。こんなにちっこいのに、すごい術者じゃ」
フュルヒテゴットが俺の頭をヨシヨシしながら褒めてくれる。思わずくねくねしちゃうだろ!?
「仕草が可愛いな」
照れてたら見張りを交代してきた男が笑いながら俺の近くに座った。愛嬌を振りまいてやろうではないか!
「きゃぅ!」
「やっべ。めっちゃ可愛い」
可愛い、いただきました!
「治癒の能力者だからその年でダンジョンでパワーレベリングしてたわけか」
「だろうなぁ。罠にかかって飛ばされることは想定外だっただろうな。親御さん、かなり必死になっとったよ」
「フュルヒテゴットさん、お礼がっぽりだな!」
「命の恩人じゃっつっただろが。礼なんざいらんわい」
「もったいねぇ。俺にくれよ」
「やらんわ」
男とフュルヒテゴットは笑いながら軽いやりとりをしているが、入口にいる二人組は「それなら寄越せ」と真剣に言いたげな顔してる。
二人組はともかく、俺としてはフュルヒテゴット達にはお礼がしたい。俺が今こうしてのんびりしていられるのは、フュルヒテゴットとアンゲーリカのおかげだからな。
とりあえず酒が好きみたいなので酒はたっぷりあげよう。ドワーフは腎臓強くてすぐに酒気が抜けちゃうから、よっぽど強い酒じゃないと酔っ払わないし。
「あげる!」
先に渡しておいた酒袋が空になりそうだったので新しいのを取り出して差し出す。フュルヒテゴットがちょっと困り顔になった。
「そんなに気をつかわなくてもいいんじゃよ?」
「貰って!」
「うぅむ。無邪気に差し出されると受け取らざるをえん……。ありがたいが、これっきりじゃぞ? 儂こそお前さんに礼をせにゃならんのだから」
「守ってもらってるから、そのお礼はいいよ」
「うーん……何を言っているのか分からん」
俺とフュルヒテゴットがそんなやりとりをしていると、ザワリと周囲がざわめいた。全員が入口を見ている。
何かと思って入口を見ると、どこかで見た六人組がいた。
「なにかと思ったら、ドラゴンファングの連中か」
入口の二人組と何か話しているようだが、あまり友好的では無い感じだ。というか、ドラゴンファングとやらが嬉々としているのに対して、ロードリングの二人が嫌そうな顔してる。
ん? 入口から顔をのぞかせていた女性の一人と目があったぞ。
「あ! あの時の赤ちゃん!」
パァッと音がしそうなほど顔を輝かせた女性が、俺の方に駆けてくる。
「ニーナ!」
「よかった! 無事だったのね!」
後ろでリーダーらしい男が呼んでいるが、ニーナと呼ばれた女性は俺に夢中で知らん顔だ。そういえば、あの時も一人だけ俺を気にしていた女性がいたな。たぶん、同じ人だろう。
「心配をかけたな」
「可愛い~」
ニーナの腕が素早く俺を抱きしめる。おおう。胸が。胸が。シンクレアほどじゃないが、かなりの圧力が。
「ニーナよ。レディオンちゃんがあっぷあっぷしてるぞ」
「ニーナちゃんはお胸が大きいからねぇ」
二人とも知り合いらしく、ニーナは「えへへ」と笑って俺をアンゲーリカに渡した。
「レディオンちゃんっていうの?」
「親御さんがそう呼んでおったからな」
「親御さんと連絡がついたんだ!?」
ニーナの声にフュルヒテゴットが苦笑する。このやりとり、何度目だろうな。
詳しい話をしているうちに他のメンバーも入って来たらしく、ニーナの後ろに若い男女が五名ほど並んだ。
「ニーナ。いくら休憩地だからって、いきなり飛び出して行かないでくれ」
「ごめんなさい。カスペル。この子のことが気になってて」
「そうか。まぁ、そういうところも君の魅力だけど……」
後半は小さくごにょごにょ言ってたので耳の良い俺にしか聞き取れなかったようだ。ほほぉん、リーダーっぽいカスペル氏はニーナに御執心なわけか。ふふぅぅん?
「そこの三人、にやにやしないでくれないか」
おっと。微笑ましく思っていたのがバレてしまったようだ。あと、フュルヒテゴットとアンゲーリカにも発言は聞こえていたもよう。
「フュルヒテゴットさんがこの子の保護を?」
「そうなの。あのね……」
フュルヒテゴットが何度目かの説明をする前に、先に説明を受けていたニーナが素早く説明してくれた。ドラゴンファングの連中は俺を見下ろしながら呆れ顔だ。
「その子の年でパワーレベリングかぁ……」
「すごい治癒師らしいのも、その結果なんだろうな」
パワーレベリングの意味がよく分からないが、なんにしろ納得してくれたならなによりだ。
ちなみに魔法は治癒魔法が一番得意です。他のも使えるけどな!
「お前さんらはボスを倒したんじゃろ? どういう経緯でこの子が飛ばされて来たか、見てないのか?」
「う~ん。ボスを倒した後、いきなりコアの上にこの子が降ってきたんだよな。敵なのか何なのかわからないうちに、この子がコアをぶっ叩いて砕いたし」
「「コアを砕いた?」」
フュルヒテゴットとアンゲーリカが俺を見下ろす。
「この子が?」
「その子が」
「お前さん達がコアを壊したんでなく?」
「コアには一撃も入れてないよ。倒す前に倒されたし。な?」
な? は俺に向けてだったので、俺は大きく頷いた。
「倒したぞ」
「何を言っているのか分からないけど、何か言いたいのは分かった」
喃語がぁ……
「というか、会話が理解出来てるのね」
「頭いい~」
女性陣から称賛の眼差しが!
「むふー」
「得意げじゃの」
フュルヒテゴットからヨシヨシもいただきました!
「しかし、レディオンちゃんがコアを砕いたとはなぁ……」
「攻撃力もかなり強いの? 魔法かしら?」
「いや、素手で一発だったよ」
「「素手で!?」」
フュルヒテゴットとアンゲーリカが俺を驚嘆の目で見る。
俺は胸を張った。
「きゃむ!」
「さすがに俄かには信じがたいが……」
「よっぽどレベリングしたってことかしら? けど、素手って……」
俺のちっちゃな両手を見つめて、アンゲーリカは首を傾げる。
「このおててが?」
ちっちゃいけど、それなりに強いぞ!
とはいえ、あのコアの脆さは想定外だったけど。
「もしかしたら、普通の赤ん坊じゃないのかもね」
カスペルのその声に、周りの皆が一斉に俺を見るのを感じた。