表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
――mission 3 金策 ―貿易開始―
18/196

16 赤ん坊生活 ―六ヶ月目―



 ヴェステン村での騒動から約二ヶ月。

 俺はようやく生後六ヶ月を迎えた。


 世間では、この時点でようやく短時間のお座りが出来るようになるらしいが、俺がこの時点出来るようになったのは壁登りである。

 残念ながらまだ足だけで駆け上がるのは無理で、ついでに降りるのは苦手だ。

 一度、登ったのはいいものの降りられなくなって、玄関ホールの最上部で蝉のように壁に張り付いていたら父様が絶叫して飛んできた。

 俺も怖かったが、父様も相当怖かったろう。なにせ、帰宅して頭上を見たら息子が玄関ホールの屋根付近に張り付いているのだ。あんなに血の気を失った父は、ヴェステン村で死にかけた時以来だ。流石に飛行訓練を先にするべきだったと猛省したものだ。そして父よ、心底すまん。


 ヴェステン村の事件に関しては、父様が直々に調べることになった。なにやら当代の魔王にも連絡済みで、村には大掛かりな調査隊が来ているらしい。

 らしい、というのは、俺自身は目にしていないからだ。

 俺はといえば、あの日からずっと外出禁止をくらっている。自業自得なのだが、一度死にかけたというのが堪えたらしい。堪えたのは俺ではなく、父様だが。


 だが俺も反省したのだ。俺には外の世界はまだ早い、と。


 なにしろ、俺の体は脆弱だ。自分の力に負ける程度には弱い。しかも、知るべき現在の情報をあまりにも知らない。知識は夜に父様の布団に潜り込んで収集するとして、まずはなにより身体強化を優先しなくてはいけないだろう。せめて俺自身の力を自在に使える術を身につけなくては。外に出ても無為に死ぬだけだ。


 そんなわけで、俺は今、絶賛肉体強化中である。


 最近ではルカも軽く走れるようになってきて、俺と一緒に屋敷中を探検するのが日課になっていた。とてとて歩くルカはとても可愛らしい。俺の方が足腰しっかりしているからか、どうしても俺より少し遅れてついてくる形になるのだが、これがまたすこぶる可愛らしいのだ。

 なにせ小鴨のように後ろからついてくる。歩いて振り返ると、一生懸命追いかけてくるルカがいる。こんな可愛い生き物はそうそういないだろう。可愛らしすぎてスカートが違和感仕事しない。母様、ルカの魔生の為にもスカートだけは勘弁してやってくれないだろうか。階段の上り下りで大変可哀そうな状態になっているんだ。俺より立派なのに。何処のことかは口にしないがな!


 その階段の上り下りだが、俺はともかくルカはまだまだ苦手なようだった。一段一段、よじのぼったり怖々下りたりする。怖いのなら負ぶってやってもいいのだが、そこは自分の力で降りたいらしい。一生懸命な顔で上り下りをする。そして今日もパンツは総レースだ。俺は母の趣味が一番恐ろしい。


 そんな状態だから、俺が一緒の時以外は絶対に階段に近づかないよう、毎日言い聞かせている。理解しているのかどうか謎だが、一応、返事は良い。ルカも魔族らしく頑丈な体をしているが、万が一落ちたりしたら大変だからな。俺の愛する側近を泣かせるものは、我が家の階段であろうとも許さんのだ。

 ……しかし、もし俺がいない時に近づいたらどうしようか……やはり結界を張っておくべきか……

 そんなことを考えていたら父様が階段に守護者を配置してくれた。

 さすが父様! モテる男は気配りに長けているな! 愛してるぞ!!


 しかしどんなにヨイショしても俺の外出禁止が解けそうな気配は無い。

 ……いや、ちゃんと反省しているのだ。だから外に未練は無いのだ。村に行きたいとか思ってはいるが我慢するのだ。

 ……ところで父様、そろそろ俺のお披露目、いかがですか?



 そんな俺の日課は、最近ほぼスケジュール化されていた。


 夜明け前に起床して魔力操作訓練。

 父様が起きる頃に布団から出て朝食へ。

 朝御飯を食べてから領地の見回りにいく父を見送り、ルカと一緒に屋敷探検という名の走り込み。

 昼前にルカと俺とで共同魔力訓練。

 昼食を食べてからルカを連れて図書室で読書。

 御昼寝の時間になったらルカを部屋で寝させ、俺は父様の書斎で領地関係の書類を熟読。

 ルカが起きる時間に迎えに行って、夕食まで屋敷探索という名の階段筋肉トレーニング。

 父が帰って来たら夕食へ。

 夕食を食べた後はルカが眠くなるまで部屋で読書と魔力操作訓練。

 寝落ちしたルカがクロエに引き取られたら、他の者が来るまでこっそり魔法訓練。ただし大抵精霊王達に邪魔される。

 そろそろ父が寝室に行くだろう頃に部屋を出て父の寝室へ。ちなみに母がいたらとんぼ返りして自室で寝る。いなければ父の布団に潜り込み、いろんな昔話等を聞く。

 父が眠くなった頃に、部屋の消灯を行い、就寝。


 以上だ。

 

 特に重要なのは、身体能力向上と魔力操作だ。どちらも、俺が自分の魔法で死なないようにする為には必須。しかも魔力操作は感情に左右されることがあるので特に注意が必要だ。頭に血が上って体の限界以上の魔法を使ったら大変だからな。


 しかし、赤ん坊になったせいか、今の俺はかつての俺よりも感情の影響が魔力に出やすい。大人になればもっと落ち着くのだろうが、だからといって呑気に時間待ちするつもりはなかった。


 なにせ俺の敵は神だ。


 奴らがいつの時代から魔の手を伸ばしてきていたのか把握できていない分、用心に用心を重ねなければならない。

 ……まぁ、たまには息を抜きたいけどな。外に行ったり屋根に登ったり隠し通路で遊んだり落とし穴つくったら父様がひっかかってしこたま母様に怒られたり。

 そんな風にして毎日屋敷中を巡っているせいか、前以上に体がしっかりしてきた。相変わらず手足が短く胴と頭が大きいが、バランスを崩すことがほとんどなくなったのだ。いい感じだ。そろそろ次の命題、二段飛ばしにとりかかるべきかもしれない。……真似しないよう、ルカのいない時限定で。

 しかし、一つだけ悩みがある。筋肉がつかない。……何故だ。そろそろこの二の腕あたりがムキッとしてきてもいいと思うのだが。やはり腕立て伏せは千回しないといけないのだろうか……腹筋は毎日千回していても割れてこないが……いや、それ以前にもしかして俺は……いやいやまてまて、考えるな。まだ早い。せめて二次性徴がきた後でも駄目だったら悩もう。そうしよう。


 俺が非常に繊細な問題で密かに悩んでいるというのに、相変わらず炎と大地の精霊王はマッスルな姿を晒してくる。憎い。あの見事な上腕二頭筋に目が釣り上がりそうになる。何故、奴らは本来精神体のくせにムキムキムッキンな体をしているのか。悔しいので来るたびに体中よじ登ってやっているが、嫌そうなフラムと違い、むしろテールは嬉しそうで俺が困る。俺は同性に体をよじ登られても気味悪いだけだが、奴の心はどうなっているのだろうか。奴らの感性は俺にとって謎に満ちている。


 そのテールと同じ名前をもつポムはといえば、この度テールとはべつじんであることが正式に判明した。

 なにしろ、たまたま廊下に現れたテールによじ登っていたらポムがやって来たのだ。あれはビックリした。

 ……あいつ、なんであんなに気配がしないんだろうか……

 誰もいないつもりで現れていたテールも驚いていた。精霊にすら認識されないって相当……い、いや、ポム、すごい特技だと思うぞ? 思うから、ひっそり「私、そんなに存在感無いんですか……?」って黄昏れないでくれ! 俺もお前は得体が知れないと思ってるけど、嫌いじゃないぞ!


 そのポムはといえば、父の書斎に行くと高確率でそこにいた。

 今まで会った事が無かったのも道理で、ポムは貿易は貿易でも海経由の貿易に携わっている執事なのだという。海経由ということは、遠く人族が住む地区まで手を伸ばす外航部門だ。外貨獲得を目論む俺にとって、大変重要な部門だ。

 しばらくは別大陸へ外交に出ていたが、俺が初めて父様の書斎に行ったあの日の前日に屋敷に帰宅。父様に報告書を提出し、一日休暇をもらって、その翌日から屋敷での業務に戻ったのだとか。

 そしたら早朝から珍しい表情をしている当主と、初めて見る赤ん坊の俺を発見。興味津々でしれっと随従。結果、あの騒動に巻き込まれることになったという。

 ……もしかして巻き込まれ体質なんだろうか……自然と騒動の渦中にいそうだな、ポム……


 得意魔法は回復系全般。攻撃魔法は即死系が主体。そんな感じで、俺と似た魔法に長けているらしい。

 元はあちこちを旅していたが、博識で臨機応変な対応が出来ること、歯に衣着せぬ物言いが気に入られて父様に雇われたのだそうだ。うちの執事達の中でも相当な変わり種だと思うのだが、ポム曰く自分以上の変わり種がこの屋敷にいる、とか。

 ……知らなかった……うちの屋敷はとんだ伏魔殿だったんだな……


 正直、他の騎士や俺の知っている執事とは一線を画すうえ、父様への影響力もありそうな男だなんて、俺にとっては気味悪いことこのうえないのだが、確かに父様が重宝するだけあって能力は飛びぬけていた。気配は薄いけれど。傍にいてもいないような気がしてくるレベルで薄いけど。

 ……もしかして、俺が前世でこいつを覚えてないのって……いや、よそう……もし本当にそうだとしたら、ポムがあまりにも可哀そうすぎる……


 ポムの背景がわかったことで、俺の不信感も少しは薄れた。得体が知れない奴ではあるが、俺自身は命も救われている。さすがに恩人を疑い続けるのも心苦しい。悪い奴で無いのはなんとなく分かるから、これからは警戒せずにいられれば幸いだ。……神族の手先じゃ、ないよね……?

 今日も今日とて書斎で腕立て伏せしをつつ読書をしていた俺は、本を見る合間でチラチラとポムを見る。

 あ、目があった。


「……坊ちゃんは、時々妙に疑いの目を向けてきますね?」


 最近のポムは、俺の腕立て伏せ読書については何も言わないようになっていた。最初は父様ともども泡くって止めようとしていたが、俺が絶対止めないので諦めたらしい。ただ、せめて床でするのだけはやめてくれ、と言われたので、机の上にマットひいてやっている。机に登るのはマナー違反だが、折り合いをつけるためには仕方ない。筋肉がつくまで、俺の腕立て伏せ熱は冷めんぞ。

 それにしても、相変わらずポムは心眼を使用しまくっているな。どこでゲットしてきた能力なんだろうか。額に第三の目、開いてるの?


「目を見ればわかりますよ。坊ちゃんは目で物を言うタイプですからね。相当分かりやすいです」

「そうなのか?」

「そうなんです」


 他の連中にはあんまり把握されてない気もするんだけどな。あ、でも、フラムも俺は目で物を言うタイプだと言っていたか。奴も俺の目を見て心を読んでいるんだな。……目隠しして会話したほうがいいだろうか……


「それより、今日の旦那様は夕方になるまで帰宅されませんが……ここにいらっしゃるままでいいんですか?」


 ポムの声に、俺は本に視線を落としてからもう一度ポムを見上げた。


「ルカもいないから、ここにいる」


 俺の愛する未来の側近は、クロエと一緒に里帰りだ。


「ははぁ……あちらも今、色々大変のようですからねぇ」

「たいへん?」

「ああ、ご親族の事業が失敗したとかで、その関連でちょっとゴタゴタしているんですよ」


 ……なんだと。


「クロエの母親は奥様の乳母ですし、クロエ本人も奥様と懇意なので何かと融通してもらっています。さらに、こちらのお給料は相当いいですからね。金の無心に親族が両親の所に押しかけてくるそうです。儲けているんだから、融通してくれ、という感じでしょうか」


 ……馬鹿な。クロエの両親も、畜産を少しやっているだけで、そうたいして豊かな暮らしじゃないはずだ。

 父様の領地内の者は、他領よりずいぶんとマシな暮らしをしていると聞いている。領民が飢えてどうこうという話も聞いたことが無い。だが、生死には直接関わらないものの、裕福さとは程遠かったはずだ。額の大小はあるが、民のほとんどがそこそこの借金を抱えたまま、支出と収入でやりくりしているのが一般だ。

 豊かさ、とは遠く、けれど貧困とも離れている。

 そんな暮らしが普通なのだ。

 とてもじゃないが、他人の借金を背負えるはずがない。

 例え次期領主の乳母であってもだ。


「奥様は、クロエの両親ともども屋敷に移り住んではどうかと再三申し出てくださっているんですが、クロエとしてはご迷惑をおかけしたくないのでしょうね。それに、家畜を飼っているとどうしても世話の為に土地に残らなくてはならない。……親族はそれを売ってくれと言ってもきているようですが」

「そんなばかなはなしがあるか」

「まぁ、普通に考えればそうなんですけどね。ああなった人達には、もうまともな思考なんて無理ですよ。だからこそ、一旦お屋敷に避難したほうがいいと思うんですが……難しい問題ですね」


 嘆息をつくポムの声を聞きながら、俺は唇を噛んだ。

 俺が『今』大人であったなら、とれる手段はいくらでもあるだろう。

 だが、俺は今、ただの赤ん坊だ。この家の金銭だって、父のものであって俺のものではない。いずれ継ぐとはいえ、継ぐまでは勝手に手出しするべきものじゃないのだ。家の金は、俺の金じゃない。その判別がつけられなくなったら、俺はこの家の後継者ではなく寄生虫に成り下がる。


 では、俺自身の手持ちで、何が出来るか。

 大人であれば変異種ヴァリアントを狩り、素材を売ったり近隣の治安維持に努めて報酬を得たり出来る。一番簡単で手っ取り早い方法だ。これが使えない。外にルートをもっていれば、それこそ前から考えていたように外貨獲得を……


 ……ん? 外貨?


「ん?」


 俺の視線が向かった際で、ポムが目をぱちくりさせる。

 大人。

 外交済み。

 他国との貿易ルートを開いている。


「ポム」

「……あ、なんかすごい嫌な予感します坊ちゃん」


 じり、と後ろに下がったポムに、俺はとびっきりの笑顔を向ける。

 口の両端が裂けるように釣り上がるのが自分でもわかった。


「ちょっと、おれと、おはなししようか?」



 ポムの目に浮かんだ涙は、見なかったことにした。






●レディオン・グランシャリオ

年齢:生後約六ヶ月

身体能力:一人排泄可能。一人歩き可能。階段の一段飛ばし可能。

     ジャンプ可能。駆け足可能。壁登り可能(降りれない)。

     『気配遮断』『隠密』『魔道具作成能力(上級)』

     『錬成能力(中級)』

物理攻撃力:高

物理防御力:高

精神力:身内には弱い・外部には強い

魔法:精霊魔法(特級)・種族魔法(中級)・黒魔法(上級)

   白魔法(上級)・時空魔法 (マスタークラス)

   血統魔法・【光天】雷の章(??)

   魔力制御(上級)・魔力操作 (マスタークラス)

   魔力具現化(中級)

魔法攻撃力:高

魔法防御力:高

魔力:極上・膨大

魔力親和度:高

言語:喋れる(まるまっちぃ声限定)

称号:『呪いの子』『次代の魔王』『魔力の宰』『精霊の愛し子』

   『精霊王の同盟者』『変な魔法趣味』『日常が黒歴史』

   『変異種(ヴァリアント)博士』『■■■』『□□□』

   『フラグクラッシャー』『死を司る者』『料理人』

   『ラビットキラー』

備考:\髪の毛については言及するな/

   『幼馴染の絆』『友愛』『俺の幼馴染(♂)が可愛すぎる件』

   『大地の精霊王との絆』『水の精霊王との絆』『炎の精霊王との絆』

   『炎の縁』『俺の移動手段がオカシイ件』『変な男との絆』

   『炎鉄のナイフ』『炎の精霊王召喚石』

   マッチョは男の浪漫



(※上記はあくまでキャラクターデータとなります。実際の赤ん坊の成長速度とは違う旨、ご了承くださいますようよろしくお願いいたします)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ