45 迫る『時』
追手は五人組の男達と、二人組の男女だった。
俺とアンゲーリカを庇うようにフュルヒテゴットが前に出る。
「なんじゃい。お前さんらは」
「フュルヒテゴットの爺さん、あんたがその赤ん坊を捕らえたのか?」
「捕らえた? 奇妙な言い方をしよる。この子は儂を助けてくれた恩人だ」
「は!?」
「そっちこそ、大の大人が七人も集まってどうした。この子を見て『いたぞ』とか言っておったが、まさか、こんなか弱い赤ん坊を追いかけまわしとったのか」
「い、いや、その……」
言い淀んだ男達のかわりに、二人組のほうの女性が口を開いた。
「その子はボス部屋から出て来たのよ。新手のモンスターかと思うのはおかしいこと?」
たぶんだが、女はフュルヒテゴットに疑念を抱かせたかったのだろう。だが、フュルヒテゴットの反応は違った。
「なんだと!? お前さん、ボス部屋に飛ばされたわけか」
「あい」
俺を見るフュルヒテゴットは驚きから憐れみの表情になり、俺をよしよししてくれる。
「よく無事だったものだ。そういえば、ドラゴンファングの連中がボスに挑戦すると言っておったな。倒された後に飛ばされてきたのか?」
「ん!」
多分ね!
「よく無事だったわね。ダンジョンコアも倒された後だったの?」
アンゲーリカが俺を抱き直しながら尋ねてくる。その手つきはどこまでも優しい。
望んだ展開にならなかったからだろう、女が嫌そうな顔になるのが見えた。それを横目に見てから、俺はアンゲーリカを見つめて言う。
「ううん」
「違うの? よくコアに洗脳されなかったわね……偉いわ」
ヨシヨシされました!
「むふー」
「……なぁ、なごんでるところ悪いんだけど、その赤ん坊、モンスターじゃねぇのか?」
男達の代表が口を開く。フュルヒテゴットは呆れ顔になった。
「こんな完全な人型のモンスターなんぞ、このダンジョンにおるわけなかろうが」
「いや、でもよ……」
「この子は別のダンジョンから吹っ飛ばされて来た子じゃよ。親御さんとも連絡がついとる」
「親がいるのか!」
「グランシャリオ家の当主、アロガンと言っておったな。かなり上流の貴族の子だろうよ」
男達の顔から血の気が引いた。
まぁ、上の階級の赤ん坊を追いかけまわしたのだから、血の気も引こうというものだ。人族の貴族階級がどんなのかよく分らんが。
「連絡がついてる、って、どうやって連絡をつけたの?」
二人組の方の女性がまた口を開いた。目には疑いが濃く浮かんでいる。
「この子の耳飾りが通信具になっとるようでな。親御さんは今、西の果てのダンジョンにいるらしい。そこで罠にかかってこの子だけがこっちに飛ばされたそうだ」
「その親、赤ん坊連れでダンジョンに行ってたの? 本当に?」
「貴族はたまにやっとるじゃろ」
「……ああ、パワーレベリングね……」
女性が呆れたような嘆息をつく。パワーレベリングの意味が分からないが、俺の存在を不審に思われないような行動を貴族の親はとっているらしい。
いや、普通に考えてダンジョンに赤ん坊連れて行かないよな? 俺はともかくとして。
「それで、その子を保護してくれって言われたわけ?」
「そうじゃ。それ以前に儂の命の恩人じゃからな。保護するのが道理じゃろ」
「命の恩人、って? 天下のフュルヒテゴットともあろう人が?」
「猿どものボスとやりあってな。相打ちだ」
「あのボス猿とやり合ったの!?」
「すげぇ……」
途端に尊敬の目を向けてくる冒険者達に、フュルヒテゴットはちょっと得意そうな顔になって俺を見た。うん。あの猿は強そうに見えたよ。わかってる。だからそんなチラッチラッと見なくてもいいのよ? 何かリアクションしたほうがいいの?
「偉いぞっ!」
「ふふふん」
対応は合ってたらしい。
「その時に深手を負ってな。死にかけていたところをこの子が治してくれたんだ。だからこの子は儂の命の恩人なんじゃよ」
頭をヨシヨシしてくれたのでゴツゴツした手に頬ずりする。もっとナデナデしてくれていいのよ?
「可愛いじゃろ~」
「……おじいさん……」
「いいじゃろ。ちょっと自慢しても。……ゴホンッ。じゃからな、追いかけまわすような奴にはこの子は渡せん! わかったな?」
「しょうがねぇな……」
五人組は仕方ないなという顔で引き下がった。かわりに前に出て来たのは二人組だ。
「ですが、フュルヒテゴットさん、その子が呼び寄せされ、洗脳されている敵という可能性もありますよね?」
二人組の男の方がそう言う。女がコクコク頷いて同意を示した。
「あのな。なんでダンジョンの敵が儂を癒すんじゃ? 普通に考えておかしいじゃろ」
「いや、それはそうですが……」
「ドラゴンファングの連中にボスを倒されて、他に名誉を得られそうな手ごろな敵がいなくなったからって、こんなか弱い小さな赤ん坊を狙うか?」
「ぐっ……」
痛いところを突かれたのか、男が嫌そうな顔になる。
なるほど。俺を追いかけていたのは名誉のためだったのか。ということは、討伐されたり捕獲されたりする可能性があったってことか? いやまぁ、実力で撥ね退けられるけどね?
「だいたいだ、こんな可愛い子がモンスターになるわけないじゃろうが。なー?」
「にゃー」
「ほら可愛い。――貴様らにはやらんからな!」
盛大にドヤ顔をするフュルヒテゴットを見て、二人組は渋々という顔で引き下がった。多分だが、諦めて無いだろう。フュルヒテゴットの手前引き下がっただけで、隙を見せれば狙われそうな予感がする。
「儂等はダンジョンを出るつもりだ。とりあえず、道を開けてもらおうかの」
言われて、七人がそれぞれの表情で道を開ける。俺はこっそりマーキングの魔法を使って七人を監視下においた。危険な相手の位置はチェックしておくに限るのだ。
「爺さん。爺さんの探し物は見つかったのか?」
五人組の一人がそう声をかけてきた。フュルヒテゴットは口の端を歪める。
「儂のことなぞどうでもいいじゃろうが」
「あんたがダンジョンに潜る目的はボスでも宝物でもないだろ? せっかくボス猿を倒したのに、上に戻っちまっていいのか?」
「そんなものは後じゃ、後。この子を親御さんに届けるのが先じゃろうが」
「なんなら、子供を送るのを手伝うけどよ?」
「駄目じゃ。儂が責任もって保護すると約束したからな」
「ちぇ……」
明らかに残念そうな顔をする男達に、フュルヒテゴットが呆れ顔だ。
「どうせ貴族の子と知って顔つなぎや謝礼を期待したんじゃろ。そんな奴等には死んでも渡せんな!」
「べ、別にそれだけじゃねぇよ。……あんたが行かないなら、ボス猿の先へ俺達は行くぞ? それでもいいのか?」
「おう。なんなら道中の敵を片づけといてくれ」
「ったく……後で文句言うような結果にならねぇよう祈ってろよ」
男達は苦笑して奥の道へと進んでいく。なんとなくそれを見送って、二人組の方を見た。ばっちり目があいました。
「お前さんらは行かんのか?」
「ボク達もいったん地上に戻ろうと思います」
「同行はせんぞ?」
「道が一緒なんですから道中一緒になっても仕方ないじゃないですか」
「儂等は休憩とりながら行くからな。お前さんらはさっさと行くといい」
「疲れたのでボク達も休み休み行きますよ」
フュルヒテゴットが嫌そうな顔をした。俺も嫌そうな顔をする。アンゲーリカがそれを見て噴き出した。
「まぁまぁ、よく似たお顔だこと。おじいさん、いいじゃありませんか。たまたま同じ場所に向かってたまたま傍にいただけの間柄ということで」
たまたま、を強調して言ったアンゲーリカに、二人組が微妙な表情になる。
気にせずアンゲーリカはフュルヒテゴットの背を押した。
「さ、行きましょ。一か所に集まっていて、彷徨えるモンスターに出会ったら大変ですから」
「……そうだな。行くか」
フュルヒテゴットが歩き出すと、少しだけ距離をおいて二人組も動き出す。同じ出口を目指してるのだから当然なのだが、道中一緒かと思うとげんなりするな。
「そういえば、レディオンちゃんは治癒魔法使いなのか?」
「どんな魔法も使えるぞ?」
「違うのかのぅ。儂のあの傷を癒したぐらいじゃ、聖人クラスじゃと思ったんじゃがな?」
「そうなの?」
「伝わっとるのは分かるんじゃが、伝えようとしている言葉が分らんなぁ」
喃語だからね!
「アンゲーリカは攻撃魔法が得意でな。特に土や木の魔法が得意だ。ここがダンジョンでなければ大きな魔法を撃てるんじゃが、ダンジョンでは土魔法は厳禁でな」
「そうなの?」
「ダンジョンで大きな土魔法を使うと、生き埋めになったり階層をぶち抜いてしまう可能性があるんじゃ。それであまり大きな魔法は撃てないのじゃよ」
「そうだったんだ」
「儂は火魔法を得意とする魔法戦士でな。得物はこいつじゃ」
そう言って、フュルヒテゴットが背中に負っていた巨大なハンマーを手に持った。
「分類としては魔法も使える重戦士、という感じじゃの。剣も使うが、どうもしっくりこなくてな」
言われて腰元を見れば、フュルヒテゴットの体躯にあわせた長剣があった。フュルヒテゴットはドワーフにしては体が大きいほうだろう。剣もそれに似合った大きさをしている。
「長年戦士をやっておったが、自分に合う得物というのはなかなか手に入らなくてな。結局自作したハンマーが一番性に合った。自分で作れるのは鍛冶師のいいところじゃな」
フュルヒテゴットのハンマーを撫でる手はとても優しい。長寿のドワーフで初老の外見ということは、数百年生きているということだ。それだけの年月を共にした武器ならば、相棒と呼ぶに相応しいだろう。
「私の杖もおじいさんに作ってもらったのですよ」
アンゲーリカがそう言って右手を軽く上げる。すると手に赤銅色の杖が現れた。魔法の武器だ。
「どこに持ってたんだ?」
「ふふふ。驚いた? おじいさんが作ってくれた指輪が、この杖なのよ。私にしか使えないユニーク武器でね。――ああ、言ってなかったわね。おじいさんは鍛冶師であり、魔道具技師でもあるのよ」
「ぉー」
俺が尊敬の目を向けると、フュルヒテゴットが胸を張った。
「ふふふん。驚いたか?」
「ああ!」
「せっかくじゃ。記念にお前さんにも杖を作ってやろうかの。武器は必要じゃろうて」
「あら、おじいさん。そういうのはもう少し大きくなってからでないと。赤ん坊の今渡されても、レディオンちゃんが困ってしまうでしょう」
「うぅむ。そうじゃのぅ。なら、ちょっと大きめに作って、将来に備えるとしようか」
フュルヒテゴットとアンゲーリカが盛り上がっているのを微笑ましい気持ちで眺めていると、二人組から声がかかった。
「フュルヒテゴットさん。あなたはもう武器は作らないと言いませんでしたか?」
「えぇい。偶然同じ道を行ってるだけの人間が無理やり話に入ってくるんじゃない」
「入ってもいきますよ! 作らないって言ってボクの依頼を断ったのはあなたじゃないですか!」
「作る作らないは儂の判断だ。おまえさんにどうこう言われる筋合いは無いわ」
「どうしてボクには武器を作ってくれないんですか!」
「お前さんには百年早いからじゃ」
「そんな!」
男が顔色を変え、俺を指で指し示す。
「こんな赤ん坊には作ってやろうとするのに!?」
「命を救ってくれた恩人の武器を作るのはおかしいことじゃなかろうが」
「じゃあ、フュルヒテゴットさんの危機をボクが助けたら、武器を作ってくれますか!?」
「そんな打算にまみれた要求なんぞに応えるわけなかろうが。この子は純粋な気持ちで、しかも無償で儂を助けてくれたんじゃ。一緒にはできんな!」
「フュルヒテゴットさん!!」
「えぇい。やかましいわ。つっかかってくるだけならさっさと先に行け。儂等はここで休憩する」
こめかみに青筋をたてたフュルヒテゴットがどっかと道に座り込む。アンゲーリカが苦笑してその隣に座った。俺はアンゲーリカの腕の中でふくふくと温もりを味わっている。
「ちょっと遅いが昼食にするか」
「いいですね。小腹が空いてきたところです。レディオンちゃんにはお酒は早いから、こっちの果実水でも飲みましょうか」
「ぁーぃ」
二人がそれぞれ持っているバッグから水筒を出す。バックの容量がおかしいのは、無限袋のようなものだからだろうか? マジックバックっていうんだったよな。
「食べるなら、ご飯だそうか」
俺は自分のポーチから大きなサンドパンを取り出す。とりあえず、一人二個ぐらいでいいかな?
「お前さんも、マジックバック持ちか」
フュルヒテゴットが驚いた顔で言う。ふふふん。
「まぁ、おいしそうなパン。くれるの?」
「きゃう!」
「おじいさん、いただきましょう。とても美味しそうですよ」
「確かに、えらく美味そうなパンだな。……二つも? ありがたくいただくとしよう」
「きゃう!」
二人に渡した俺も同じパンを掲げもつ。かぶりつくと口の中にパンとハムとレタスの味が広がった。美味い。
このパンを作ったのは何を隠そう俺である。今世の俺はご飯も作れるマイスターなのだ。いつか妻に食べさせたいから、研鑽には余念がない。妻よ! 待っていてくれ! 今世はたっぷり美味しいものを食べさせるからね!
「これは美味いな。パン自体の味もいい」
「本当に美味しいわ。レディオンちゃんのお家の方が作ったのかしら」
「むふー」
フュルヒテゴット達にも好評で何よりだ!
「――で、お前さんらはなんでまだここに留まっておるんじゃ?」
フュルヒテゴットが二人組に冷たい声をかける。二人がそれぞれしかめっ面になった。
「フュルヒテゴットさんが武器を作ってくれると約束してくれたらすぐにでも動きますよ」
「約束するわけなかろうが。そんな脅迫まがいなことしか出来ん青二才に儂の武器は渡せん」
「穏便に話しかけてても駄目だったじゃないですか!」
「それで断られたら今度は脅迫か? 近頃の若い人族はおっそろしいもんだのぅ」
「冒険者組合にもお話しないといけませんねぇ」
「な……!」
アンゲーリカがおっとりと声をあげ、二人組は覿面に狼狽えた。自分がカッコ悪いことをしているという自覚はあるようだ。
「だ、だいたい、こんなの脅迫ですらないじゃないですか!」
「それを決めるのは被害者側であって、加害者側では無いじゃろ」
「フュルヒテゴットさん!」
「やかましいわ。黙って立ち去れ。そしたら黙っておいてやる。ほら、行け」
しっしっと追い払う仕草をするフュルヒテゴットに、二人は顔をしかめながらその言葉に従った。冒険者組合に通報されるのだけは嫌だったらしい。
「じいさんも大変だな」
「よしよし。レディオンちゃんにも迷惑をかけたな。――名が知れるとああいう輩が一定数擦り寄ってきやがる。面倒なことじゃよ」
「本当にねぇ」
フュルヒテゴットとアンゲーリカが揃ってため息をつく。
俺は、二人組につけていたマーキングが少しずつ離れて行くのを注意深く探っていた。途中で合流しやすいよう、どこかに潜んでいかないか調べるためだ。
二人はしばらくぐずぐずしていたが、少ししたら留まることなく離れていった。俺は感覚を広げて気配を探る。たぶんここが目的地だろう、と思われる生命反応が多い場所を見つけた。休憩地か何かだろうか?
「さて、と。そろそろ動くか――ぐっ」
「おじいさん!」
フュルヒテゴットがそう言って立ち上がりかけ、苦痛の声をあげてよろけた。慌てたアンゲーリカがフュルヒテゴットを抱き留める。
「どうした!?」
「はぁっ……はぁっ……えぇい、この、朽ちかけの体が憎いわい」
「おじいさん……」
駆け寄った俺の頭を撫で、フュルヒテゴットは大きく息をつく。
「大丈夫じゃ。もう年だからな。あちこちガタがきておるんじゃよ」
「若い時分に無理をしたからですよ」
「そういうアンゲーリカも昔はヤンチャだったろうが」
「嫌ですよ、そんな大昔のこと」
「儂はいいんかい」
二人は笑いながら言葉をかけあう。その間に俺はフュルヒテゴットの体に触れ、触診の魔法を無詠唱で唱えた。病魔などに侵されていればそれでわかるはずが、何の反応も無かった。病気とかでは無いのだ。
「きゃぅ……」
「うん? 心配してくれるのか。レディオンちゃんは優しいのぅ」
「大丈夫ですよ。どこかが悪いというわけではありませんからね」
二人はそう言って笑う。
だが、俺は笑えなかった。
フュルヒテゴットは病気では無い。図らずも本人が言っていたように、年のせいなのだ。
俺は気づいてしまった残酷な未来に唇を噛む。
フュルヒテゴットは病気では無い。
ただ、寿命の尽きる時が、すぐそこまで迫っているだけなのだ。