43 ダンジョンコアの最後の一撃
「ついに出たな、このての階層が」
サリが頭上を見上げてそう零す。先頭にいたロベルトの表情は見えないが、顔色は真っ青だろうと予想がつく。――あ。崩れ落ちた。
「上に登っていく階層とか……!」
そう、ダンジョンコアが新設したであろう層は、地上から上へと昇る巨木の層なのである。
「ロベルトの弱点をついてくるか……」
「俺、ここで待ってちゃ駄目か? 足手まといになる予感しかしないんだが」
「別にいいけど、ダンジョンがお前を狙って来たら大変だぞ?」
「不安定な足場を移動できずに中途半端な位置で身動きがとれなくなるより生存率は高いと思うんだ」
一気に言いきったな……まぁ、確かにそうなんだが……
「母様、ロベルトと一緒にいてくれる?」
「あら、レディオンはどうするの?」
「俺は子供版になっておくよ」
時渡りの魔法で大きくなって、地面に降り立つ。
「母様、ロベルトをよろしく」
「わかりました」
「すみません……お手数かけます」
恐縮しきってるロベルトに手を振り、サリと父様に前衛を任せてオズワルドと一緒に後ろについていく。木に絡んでいる巨大な蔦が道になっているので、そちらに足を踏み入れる。うわ、浮き沈みする。この足場で戦えと言われたらちょっと困るな。精霊銀甲冑は仕舞っておこう。
「炎系魔法は禁止だな。雷系も危険だ」
「風系で切り裂いても危ないな」
前の二人が思案気に語り合ってる。
「この足場で戦うのも危険じゃないか?」
「上になら枝があるから、そこからはマシになると思いたいな」
とか言ってたら上に反応が。まだ蔦エリアなのに!
「敵は待ってはくれないようだな」
サリが刀を抜きながらそう言う。
「浮遊魔法を唱えておくといい。踏ん張りはきかないが、この足場の影響を受けるよりはマシだ」
「なるほどな」
俺の声に頷いて、サリと父様が浮遊魔法を唱える。唱え終わったと同時に行く手から小型の何かが走り込んで来た。リスの群れだ。
「ちっ!」
比較的小さな標的でもサリと父様なら攻撃を当てるのは易い。だが、数がいるというのが問題だった。数匹が二人を抜けて俺達の方に来る。
【真死】
そこに標的を合わせて魔法を唱えた。中型犬ぐらいの大きさのあるリスが突進の勢いのままにゴロゴロと下に落ちていく。
「ああ……素材が……」
「この状況下でもその発言なあたりがレディオンだな……」
「だって、サリ。あのふわっふわの尻尾とか、いい襟巻になりそうだと思わないか?」
「否定はしないがこっちの残ってるので我慢しろ」
「はぁい……」
サリ達が連撃で倒した七匹ほどのリスを無限袋に入れる。処理班の解体後が楽しみです。
「とりあえず、コツを掴めば戦えないことも無いな」
「レディオンちゃんの【真死】は複数に効くのがいいな」
「父様のは一体のみなの?」
「本来は一体のみだな。私も時間があれば複数にかけれるが、瞬発的には無理だな」
そうだったのか……
「レディオンは魔法親和度が高いんだろう。魔法も即席で作成してるしな」
「ほ、褒められてもお菓子しか出せないぞ!?」
「そのお菓子はしまっておけ」
はい。
「コアがいるのは木の頂上だろうか? とりあえず、上に登ろう」
ロベルトという道先案内人がいないので、今回は当てを作って進んでいくしかない。ロベルトの重要性が分かるな。
「そういえば、サリ。聖王国の教皇、どうする?」
あえてぼやかせて問うた俺に、サリは苦笑した。
「どうしようかな……殺すことは確かだが」
「殺すのか」
「ああ。殺してやったほうがいいだろう。どんな理由で今の状況になったのかは知らないが、人として越えてはいけない一線を越えている。――終わらせてやらないとな……」
「……サリ……」
「心配するな。本当ならとうの昔に喪っていたはずの命だ。今更『生きています』と言われても、な」
サリの中では、実弟はずっと昔に亡くした家族だったらしい。今いる聖王国の教皇が実弟だとしても、人としての弟はとうの昔に亡くなっていると判断したのだろう。少し寂し気だが、言い切る言葉は強かった。
「言っておくが、レディオン。気を使って、会わせてやろうとか考えなくていいからな?」
ギクッ。
「自分が存在し続けるために赤子の命を啜るような化け物だ。その有様に相応しい最期を迎えるだろう。オレに遠慮する必要は無い」
「……そうか」
サリがそう言うのなら、俺も考えを改めよう。もともと教皇は殺すつもりだった。サリの実弟という正体がわかった今も、殺す以外の道はありえない。最後の会話ぐらいさせてやったほうがいいかもと思ったが、必要無いと言うのだからそっとしておくべきだろう。
「それに――ん? 何か来るな」
何かを言いかけたサリが口を噤む。足音は聞こえないが、確かに索敵に反応がある。
「スライムか?」
動きからそう予想したが、見えた敵はスライムではなかった。
「ナメクジ……!」
【乾燥!】
サリが嫌そうに言うのと同時に魔法を唱える。ぬめぬめと進んできていたナメクジが萎んで倒れた。
「まさかの変異種だな」
「不快害虫を選んでくるとか……」
「サリはナメクジ苦手か?」
「連中には食物の葉を食い荒らされたからな」
苦手というか、宿敵みたいなものか。まぁ、猿とかのほうが食害酷そうだけど。
「何に使えるかわからないけど、一応取っておくか」
案山子に命じて拾わせておく。ふわふわのリスならともかく、干からびたナメクジを触りたいとは思わなかった。
「とりあえず、枝の辺りまで急ぎ足で行くか」
「わかった」
サリの声に頷き、四人で不安定な足場を駆け抜ける。浮遊魔法のおかげで浮き沈みはしないが、足元が浮いてる形なので踏ん張りもきかない。突進などで押しきられたら蔦から落ちるだろう。――まぁ、浮くけど。
ダンジョンコアもそれを狙っているのか、今度襲ってきたのは猿の群れだった。襲うというより掴みかかりに来られたが、猿の一匹がサリに抱き着こうとしたのをきっかけに全員即死した。
……オズワルド……いや、いいんだけどね?
サリはといえば呆れ顔だ。
「二・三匹纏わりつかれたぐらいで動きは鈍らないぞ?」
「そういう問題ではありませんので」
そうだね。ジェラシー的な問題だよね。
俺と父様は慎ましく沈黙を守り、駆け足で蔦を登っていく。
次に出て来たのは猪で、俺達が何かをする前に不安定な足場に体勢を崩し、雪崩れるようにして地面に落ちていった。
「「…………」」
ダンジョン、何がしたかったんだろうか……
「もしかして、ダンジョンコア、混乱していないか?」
「してるかもしれない。焦燥しすぎてパニックなのかも」
木の幹を『見て』も情報を読み取れなかったので、蔦の端から地表を覗き込んで『見て』みると、状態を表すところに『恐慌』と出ていた。
「恐慌状態だって」
「そうか。そんな状態なら、何を呼び寄せされるか分からないな。気を引き締めていくとしよう」
「呼び寄せで思い出したけど、俺、一回呼び寄せされたことある」
「どういうことだ?」
「俺が先にご飯を終えて、皆のご飯が終わるのを待ってる時に、引っ張られるような感覚がしたんだ。で、アビゲイルの協力で試してみたんだが、どうやらその引っ張られる感覚が呼び寄せだったらしい」
「うん? なぜそこで妖魔の長の名前が出てくる?」
あ。詳しい話してなかった。
「アビゲイル、ダンジョンコアと同化してたんだ」
「は?」
「当時の勇者にコアに封印されたらしくて、乗っ取られそうだったから逆に乗っ取ったんだって。そしたら同化しちゃったらしい」
「妖魔の長は無事に帰還したと言って無かったか?」
それしか言わなかったんだよね、俺。
「解除魔法で同化を解いたから。ちなみにその時のコアは俺のポーチに入ってる」
「また非常識なことを……」
サリが頭が痛そうな顔をする。俺のせいじゃないと思うんだけどな。
「あと、お前はもう少し詳しく報告するように。後から知らなかった新事実がぼろぼろ出るのは勘弁だ」
「はぁい」
「で、言い忘れていたことはもう無いか?」
尋ねられて、思い出したそれを言うべきか迷った。
「なにかあるんだな。なんだ?」
「えー……先代の勇者と、ポーツァル領の当主が変態のドスケベだって」
「とてもどうでもいい話が出てきたな」
「あと、妖魔族の見た目ってフェイクなんだって。なんにでも化けれるらしい」
「妖魔の特性が『変化』だからな。その他には?」
「うーん……うーん……」
「思い出したら言ってくれ」
どれを言ってなかったか分からなくて唸っていたらサリが苦笑して切り上げた。
「あ。思い出した。アビゲイルと一緒にポーツァル領に医療団を派遣しようと思ってるんだ」
「それは聞いた覚えがあるな。当主代理が納得してなさそうだから、だったか?」
「うん。うちの主治医にジルベルトを診てもらうついでに、ちょっとポーツァル領まで出張してもらおうと思って」
「お前の所の主治医ともなると、上級魔族じゃないか?」
「上級魔族だな」
サリが苦笑を深めた。
「ポーツァル領の連中も、まさか上級魔族が派遣されてくるとは思わないだろうな」
「いきなりだと驚くだろうから、リベリオ経由で連絡してくれるよう伝えてある。とりあえず、呪われているっていう領主を診てもらって、出来るなら解呪してもらうつもりだ」
「お前自身は解呪してやろうとは思わなかったのか?」
言われて、俺は口の端を歪めた。
「女性に無理やり関係を迫るような奴だぞ? ついでに解呪してやる気にはなれなかったな」
「なのに医療団は派遣するわけか」
「法外な治療費を請求する予定です」
「それならいい。いい判断だ」
よくやった、と頭を撫でられた。俺が奉仕活動しなかったのが良かったらしい。
「なんでもただでやってくれると思われてはいけないからな。手は借りれるが多大な費用がかかる、と思ってもらったほうがいい」
「ジルベルトにはお金とらないけど」
「あの子供はお前の家族のようなものだろう? 家族と他人は違う」
言われて、ちょっと嬉しい気持ちになった。そう、ジルベルトは俺の家族なのである。
「サリから見たジルベルトはどんな感じだった?」
「利発そうだな。判断力にも優れている。良い領主になるだろう」
「だろ!?」
「流石親子というべきか、子を褒められたアロガンと同じ顔をするな」
何故か呆れられました。
「ジルベルトは俺の最初の友達で、俺にとって息子みたいな存在なんだ」
「実年齢はお前の方が下だがな」
サリが襲い掛かって来た猩々を切り飛ばしながら言う。俺は魔法を放ちながらそれを丁寧にスルーした。
そうこうしているうちに太い枝の所に辿り着く。
「さて。枝の部分に来たが、上に登る道はやっぱり蔦のままだな」
「いっそショートカットで直接上の枝に飛んで行くか?」
「試してみるか」
サリが闇翼を広げ、頭上にある次の枝に飛ぶ。普通にショートカットできるようだ。
【重撃力!】
あ。敵がいたもよう。
慌てて全員飛んで上の枝に行く。到着した時にはもう全匹倒されてたけど。
「ショートカットは可能だな」
「おつかれ。――じゃあ、道中の敵は案山子に任せて、全員飛ぶか」
転がっているリスを雑嚢袋に入れながら案山子が草刈り鎌をキラリと光らせる。うん。ヤる気満々だな。
「では、行こうか」
サリの言葉に頷き、闇翼を広げて枝から枝へショートカットしていく。時々枝の上に敵の集団がいて、それは魔法で蹴散らしておいた。死骸は案山子が後から拾ってくるだろう。
そうして次々に枝に移っていると、どんどん視界が明るくなってきた。頂上が近づいてきているのだ。
「上に階層主らしい生命反応は無いな?」
一度太めの枝の所に集まり、話し合う。
「階層主を用意する時間が無かった、とか?」
「先の階で狼男を複数用意してたのに?」
「そちらにかかりきりでこちらに用意する暇がなかったとか」
話し合うが、結論は出ない。預言者もいないしな。
「ひとまず、行くか。何か出たらその時に対処しよう」
「はい」
サリが言って先に進みだす。俺も魔法を放つ用意をしながら後に続いた。
闇翼はしまい、いざという時のために浮遊魔法だけかけておいて歩いて行く。
周囲がどんどん明るくなっていき、ついに頂上に辿り着いた。
「…………」
ダンジョンコアは頭上にあった。敵の姿は無い。
何かの罠かと身構えた時、突然周囲が大きく揺れた。
「な!?」
「全員、飛べ!」
サリの号令で闇翼を使って全員が浮いた。先程までいた木が大きく揺れ、枝を振り回している。
「この巨木が階層主か」
「母様! ロベルト! 大丈夫か!?」
地上にいる二人に無距離黒真珠で連絡を取る。
『こちらは大丈夫です。ロベルトさんが根っこと戦っています』
「わかった。――母様とロベルトは無事だ。今、下で根っこと戦ってる」
「了解した」
サリが上に伸びてきた枝を切り飛ばしながら頷く。父様がホッとした顔をしていた。
「さて。いよいよコアと対面したが、下の木が鬱陶しいな」
次々に枝が伸びてこちらを叩き落そうとするのを避けつつ、サリが頭上のコアに視線を向ける。コアの周囲には複雑な魔法陣が描かれつつあった。
「先にコアを叩くか?」
「そのほうがいいかもしれないが――邪魔だなこの木!」
魔法を放とうとしたら下から枝が突き上げてきたので雷を落す。
「レディオン。地上に人がいることを忘れるなよ」
「わかってる! だから大きな雷は落とせないんだ!」
木を倒すだけなら、魔力を込めた雷の一撃で可能だろう。だが、それでは下にいる二人にも被害がいく。
【暴騒!】
【鋭牙!】
俺とサリの魔法がコアに襲いかかる。だが、コアはそれらを躱してより上空へと逃げた。
「躱すか」
「あの魔法陣、何の魔法か分からないが、中断させたほうがいいだろうな」
「サリ、あのスピードについていけるか?」
「やってみよう」
サリがコアに向かい、そのサリに向かって妨害しようとする木の枝を俺と父様の魔法が切り裂く。
【重雷!】
【巨大風斬!】
サリはと見れば、高速で動いているコアとサリの姿があった。コア、めちゃくちゃ素早いな!?
「この……ちょこまかと!」
まるでサリの攻撃を先読みしているかのような動きに、俺は【全眼】をつかってみた。
「サリ! コアには未来予知と生存本能がある!」
「それでか!」
サリの一撃を回避し、コアが俺の方へと向かってきた。
「来るなら来い!」
回避されるかもしれないが、範囲魔法なら掠るぐらいはするだろう。そう思って待ち構えた俺の耳に切羽詰まったロベルトの声が聞こえた。
『駄目だ!』
無距離黒真珠からだ。
『避けろ! レディオン!!』
咄嗟に反応して避けたが、軌道修正して真正面から向かってきたコアと激突した。途端、周囲の光景が一変した。
「な……!」
体が捻じれる様な奇妙な感覚がして、体が落下する。思わず伸ばした手があまりにも小さい。赤ん坊に戻ってる!?
咄嗟に伸ばした掌は目の前にあるコアに届いた。夢中で張り付き、落下を免れる。
「なんだ!?」
「どういうことだよ!?」
「赤ん坊!?」
周囲から声があがる。
先程まで上空だったのに、周囲は洞窟のような光景だった。
俺は大きく目を見開く。
篝火の焚かれた洞内の広場。俺が張り付いているのは、木の上にあったコアとは大きさの違うダンジョンコア。そして、視界に冒険者らしい六人組。
「まさか……」
ダンジョンコアは獲物を呼び寄せで自身のフィールドに集める。
一種の転移魔法であるそれが、もし、どこかへ飛ばすことに使われたらどうなるか。
――俺は、別のダンジョンに飛ばされたのだ。