41 ダンジョンコア
「死にそう? お前自身はどうだ?」
「わかんないね~。なんか死にそう、っていう感覚しかない~」
「駄目じゃないか。解呪するぞ」
「は~い」
ツェーザルが待ってるのを知ったせいか、今度は嫌がらずにコアのくっついた手を俺に差し出してきた。
【解除!】
「む。コアちゃんが抵抗してる!」
パチンと音がして、俺の額に微々たるダメージが。
「失敗したな」
「えっ。お前でも失敗するのか?」
ロベルトが驚いている。
「炎精霊の時も一回失敗しただろ。【解除】の成功率は相手の位階の高さに反比例するからな」
言って、俺は【時渡】を使う。
「おっきくなった!」
「完全に本気で笑う」
【解除!】
めっちゃ魔力込めて唱えると、アビゲイルの手からポロリとコアが剥がれ落ちた。あ。アビゲイルの手に穴あいてる――と思ったら秒で塞がった。
「おー。取れた取れた。すごいわねー、魔王サマ」
「こんなに綺麗に取れるもんなんだな……手が塞がったのはそういう能力か?」
「そもそも妖魔の姿かたちってフェイクだからー」
「どゆこと?」
説明を求めると、アビゲイルはコアのとれた手をしげしげ見ながら言った。
「妖魔って、自由に姿変えれるのね? 言ってしまえば、姿かたちのさだまってない状態がデフォルトなわけ。だから自分で体に穴あけてみたり腕何本も生やしてみたりできるの」
言ってる最中に足に穴があいたり腕がにょきっと出たりしてロベルトが驚愕の声を上げていた。
「……なぁ、もしかして、解呪しなくてもポロッとコアを取り外せたんじゃないか?」
「それは無理―。私という個体とコアという個体が結びついちゃってたから、移動させることはできても体外に取り出すのは無理っぽかったのよね~」
「――で、この落っこちたコア、どうする?」
ロベルトが床に転がっているコアを見下ろして言う。
俺はコアを手に取り、しげしげと見つめた。
「このまま外に出したらコアは死ぬよな」
「アリの巣ダンジョンの二の舞だな」
「ああ。で、あの時、無限袋の中に入れれたんだよな、確か」
言って、自分のポーチの中にコアを入れる。
あ、入った。
「入ったねー」
「入ったな」
「生きてる認定じゃないのか……」
三者三様に呟いて、肉眼で見えてる出口に視線を向ける。
「じゃあ、この状態で外に出るか。あ、そうだ、アビゲイル。聞き損ねてたんだが、今、誰かを呪ってるか?」
「ん~? 呪ってないけど、どうしたの?」
「ポーツァル領の当主が呪いのせいで寝込んでるらしいんだ。お前の仕業だって思われてるみたいだから、実際のところどうなのかなと思ってな?」
言うと、アビゲイルはくすくす笑った。
「魔王サマ、それ最初の方に尋ねるべき案件だと思うわ~。で、答えはノーね。そりゃあ、勇者とポーツァル家の男には『もーっ!』って腹が立ってたけど、人を呪うほどの気持ちじゃ無かったからねー」
本当に『もーっ!』って言った……ツェーザル、アビゲイルのことよくわかってたんだな……
「人を呪うのにもけっこう力使うしね。そこまでしてやるほどの連中じゃなかったからー」
「そうか。なら、問題無いな」
言って、俺はさっさと出口へと出る。ここからまた地表に飛ぶか走るかして向かわないといけないけど、暗い洞窟ばかりのダンジョンとはおさらばだ。
――まぁ、今はお外も真っ暗なのだが。夜かな。
「アビゲイル、体調はどうだ?」
「バッチリよ~」
アビゲイルも調子良さそうだからこのまま外に行くか。
「にしても、長さんが呪って無いなら、なんでポーツァル家の当主は寝込んでるんだろうな?」
「他の誰かに呪われてるんじゃないかなー? 自分の領地内でけっこうやりたい放題やってたから、恨んでる人も多そうだったわよ~?」
ロベルトとアビゲイルが考察してる。俺としては魔族が関わってないなら放置してもいいかな、って思ってるんだが。
「まぁ、ユルゲンには妖魔は関係無かった、って話しておこう。信じるかどうかは不明だが」
「会おうか―?」
「……そうだな。会って話してみるといいかもしれないな」
当主は最低なドスケベらしいが、ユルゲンは真面目そうな青年だったからな。
「じゃあ、まずは地上に行って、ユルゲンに報告してくるか」
「あいあいー!」
「……なぁ、そろそろ降ろしていいか?」
「え! 抱っこしてくれててもかまわないのよ?」
「ずっと抱っこしたままってわけにもいかないだろ。歩けそうなら歩いてくれ」
「ざーんねーん」
ロベルトがアビゲイルを降ろす。お、もう千鳥足じゃない。やっぱりあれはコアを取り込んでいた結果の状態だったか。
「さーて。ツェーちゃんは開口一番に何て言って迎えてくれるかな~」
口調はたいして変わらないな。
道を走るロベルト以外が闇翼で空を飛び、次々に地表に着地する。アビゲイルは鳥に化けて空を飛んでいた。本当に千変万化だな。
「ユルゲン殿は――ああ、いたな」
「レディオン殿!」
ダンジョンから少し離れた場所に野営地があり、篝火が焚かれていた。その篝火の奥にユルゲンが座っている。
「ユルゲン殿、いい知らせと悪い知らせがあるんだが、どちらから聞きたい?」
「えっ」
俺の言葉に、駆け寄って来ていたユルゲンが困った顔になった。
が、すぐに表情を改めて口を開く。
「では、悪い知らせからお願いします」
お。覚悟完了の顔してる。じゃあ、知らせよう。
「悪い知らせは当主の呪いに関してだ。封じられていた妖魔の長は関係なかった」
「えっ!?」
「当主は最低な部類のドスケベらしいが、あってるか?」
なんかユルゲンの後ろの方にいる騎士達が「なんと無礼な!」とかざわめいてるけど、ユルゲンの顔はなんとも言い難い渋い顔だった。
「……明言は避けさせていただきたい」
否定されなかった。つまり、そういうことだろう。
「アビゲイルに言わせれば、他の誰かに呪われたんじゃないか、ってことだ」
「そゆことー」
人の姿に戻ったアビゲイルが俺の尻馬に乗る
「そちらの方は?」
「妖魔族の長、アビゲイルだ」
「えっ!?」
「よろしくねー?」
一見してたおやかな美女だが、喋りだすと残念だぞ。
「封印された経緯も聞いたが、ユルゲン殿から教えてもらった内容とは違っていたな」
「えっ」
「勇者と当主にエロいことされそうになって断ったら封じられたそうだ」
「あぁ……」
ユルゲンの顔が疑惑から納得に変わった。
……当主、息子に納得されるぐらいゲスいドスケベなのか……
「そっちがあのドスケベの息子さん?」
「そうなる」
「わぁ、お母さんが良かったんだろうねぇ、あの父親の種とは思えないぐらい真面目そー」
「一応、父にはラルツという名前があるのですが……」
「ごめんね~、ドスケベの名前を憶える気はないわぁ、ユルゲンちゃんの名前は憶えておくわね~」
「そ、そうですか……」
にこにこしているアビゲイルにユルゲンは困り顔。まさか封じられてた妖魔の長がこんなニコニコ美女だと思わなかったのだろう。どう対応していいのか分からない、と顔に書いてある。
「そのラルツ殿とやらを人族の呪術師や神官に見せたことはあるか?」
「あ、はい。父が体調を崩してすぐに診てもらいました」
「で、呪いだってことは分かったが、呪っている相手は分からなかった、と?」
「はい……」
ユルゲンの顔が曇る。絶対に妖魔の長が関わっているんだ、と思っていたみたいだから、当てが外れたようなものだろう。
「政敵やこれまでに手籠めにした女性の家族とかをあたってみたらどうだ?」
「呪術師をつれて犯人捜しをしていましたが、恨んでそうな人々をめぐっても、呪術の痕跡は見当たらなくて……」
すでに調べた後だったらしい。
まぁ、呪いであることが分れば、恨んでそうな人をあたるぐらいはするか。
「本当に、父を呪っていないのですか?」
まだ疑惑が残っているらしいユルゲンがアビゲイルに聞く。
アビゲイルはにこにこ笑いながら頷いた。
「呪うほどの奴でも無かったからねー。最初は驚いたけど、わりと快適だったからー」
「か、快適?」
「そー。外に出れないのだけは困りものだったけどねー? それなりに順応してたのよねー」
「本当に順応してたよな……」
到着したロベルトがアビゲイルの言葉に同意する。
うん。めちゃくちゃ順応してたよな。
「で、次がいい知らせなんだが、ダンジョンはもう機能してないと思うぞ」
「えっ」
「コアを外したからな。まだ高濃度魔素が下に溜まってるから、魔素散らししたほうがいいとは思うが、現段階ではダンジョンでなくなっている。変異種――モンスターもほとんど討伐した後だから、出てくるモンスターも少なくなって、そのうち何も出てこなくなるだろ」
「そ、そうですか……」
あ。この顔はまだ信じて無いな。
まぁ、こればっかりは自分で確認してもらうしかないだろう。
「とりあえず、俺からは以上だ。最初の話通り、このアビゲイルは俺が責任もって預かる。ポーツァル家とは関わらせないから、そのつもりで」
「お、お待ちください! 本当に父の呪いとは関係ないのですか!?」
「本人はそう言ってる。そもそも、封印されてるのにどうやって呪うんだ? 外界から隔絶された状態だぞ?」
実際は隔絶どころかコア乗っ取って健在してたけどな。
「そ、それはそうなのですが、しかし、彼女以外に呪ってそうな相手の手掛かりは無いのです!」
「だからといって、呪ってないという女性を無理やり呪術者に仕立て上げることはできんぞ。なにをどうやって証明するつもりだ?」
「そ、それは、うちで雇った呪術者に確認をとって……」
「それで『呪いとは無関係』と出たら、そのときはどうするつもりだ?」
「え……」
「嘘をついて呪術者に仕立て上げるか? それとも『隠しているだけで犯人はこいつに違いない!』とごねるか? 言っておくが、彼女は生命体としての位階が高い。位階の劣る呪術者では彼女の本来の力をほとんど読み取れないだろう。そんな相手がどうやって彼女の身の潔白を証明する?」
「そ、それでも、そちらの言葉を鵜呑みにするわけにはいかないのです!」
「それはそちらの勝手な言い分だな。俺達には関係ない」
俺が片手を挙げると、竜魔がいっせいにドラゴン形態になる。悲鳴とも驚嘆の声ともとれるどよめきがあがった。
その竜魔の背に魔族が次々乗っていく。
「ま、待ってください! このまま去られては困ります!」
「それはお前の都合だろう。俺は最初から言っていたはずだ。妖魔の長はこちらで確保すると。本人が呪ってない以上、そちらの当主の解呪は不可能だ。よってここに留まる意味はない。俺達の用事は済んだ。ダンジョンは踏破してやったんだ。せめてそれに関する礼を言うだけの分別を思い出したらリベリオ経由で連絡してくれ。後はお前達の仕事だ」
俺も闇翼で飛んで、竜魔の一人の背に乗る。アビゲイル達はもう先に騎乗済みだ。
……あ。ロベルトがもうすでに死にそうな顔になってる……
「ではな」
「レディオン殿!」
ユルゲンの声が竜魔の羽ばたきでかき消される。
さて。ツェーザルはまだ起きているかな。
夜のどの時間帯なのかは不明だったが、竜魔の翼で駆けること一時間ほど。眼下にロルカンの賑わいが見えてきて俺は安堵の息をついた。
やれやれ。これでロベルトを降ろしてやれる。もう虫の息状態だからな……
「ロベルト、あと少しだぞ」
「元勇者ちゃんは高い所駄目なのね~」
アビゲイルが掌を団扇みたいにしてロベルトを扇いでいる。ロベルトはもう返事も出来ない有様だった。
「高所恐怖症って、何か原因があったりしたのかしら?」
「どうだろうな? 生まれつきそうだという者もいるから、何かが原因、というわけでもないかもしれないな」
「意外な弱点よねー。敵対したら高い場所に登ればやり過ごせるわねー」
「魔法で攻撃してくるだろ? そういうときは」
「そうねぇ。じゃあ、足元に奈落のような大穴を開ける、とか」
「普通に落ちて死ぬだろ、それ」
ロベルトの対策を考えていると、俺達を運んでくれている竜魔が声をあげた。
「レディオン様、このまま旧市街地跡に降りますか?」
「そうだな。ジルベルトやレイノルドにも話しておきたいし、降りるか」
「ツェーちゃんに会うのも久しぶりだねー」
アビゲイルは嬉し気に言う。妖魔達は仲良しらしい。
――そういえば、本土で便所掃除させられてる妖魔達のこともあったな。後で話して合流させよう。
そんなことを考えながら降りると、屋敷からものすごい勢いで走ってくる妖魔の姿が。
「ツェーちゃん!」
「アビゲイル様!!」
ツェーザルが泣き笑いの表情でアビゲイルに抱き着く。おお、感動のシーンか! 邪魔しないようにそっとしておこう。
視線を外してもう一度屋敷を見ると、ジルベルトの姿が。
「ジルベルト」
「レディオン様! お帰りなさいませ」
「ただいま! 体の調子はどうだ? 無理してないか?」
「大丈夫です。もしかすると、レディオン様達からいただいたお薬が効いているのかもしれませんね」
「そうだといいんだが……無理はするなよ?」
「はい」
ジルベルトが笑って頷く。すると後ろからラクーン族がやって来た。
「ジルベルト、昼間寝たきりだったデヨ」
「大丈夫じゃなかったデヨ」
「嘘ついちゃ駄目デヨ」
「皆が困るデヨ?」
「……ジルベルト……」
ジルベルトが焦った顔で慌てる。
「今は平気ですから! 昼間はちょっと、寝ちゃってただけで……」
「ジルベルト……」
名前を呼ぶと、少しばかりばつが悪そうな顔になった。
「本当に、元気なんです。なんで寝てしまうのかは、分からないのですが……」
「うちの医療団にも伝えてある。俺の『目』で見ても病気では無いのは確かだから、あまり気にすることはない」
「はい……」
「ジルベルトは働きすぎだから、今のうちにうんと休んでおくといい」
言うと、ジルベルトは苦笑した。
「レディオン様こそ働きすぎですから、少しは休みをとってくださいね」
「最近はよく寝るようにしてるから、大丈夫だ。お互い、休める時はうんと休もうな」
「はい」
またラクーン族が周囲をくるくる回り始めたので、ハグをして屋敷の中に戻す。
ちょうど感動の再会が終わったのか、アビゲイルとツェーザルが俺の方に歩いて来ていた。
「もういいのか?」
「ふふふ。感動の再会は終ったわよ~」
「ツェーザルの第一声は名前だったな」
「それなのよねぇ。感動点でいうと三十点かな!」
「アビゲイル様……」
ツェーザルが困り顔で言う。最初に見た時は病んでそうな顔だったが、アビゲイルと再会したからか目の隈も消えて爽やかな美青年になっていた。
「ツェーザルもよかったな。長が無事で」
「これもレディオン様のおかげです。ありがとうございました」
ツェーザルが深々と頭を下げる。俺は苦笑した。
「たいしたことはしていない。――そうだ、本土の妖魔なんだが、長を助けに行くためにうちの船に密航しようとしていた馬鹿共も、ツェーザルの方で引き取ってくれ。手配はしておくから」
「何から何まで、ありがとうございます」
「しばらくは本土で大人しくしていてくれよ。こっちの大陸のことは俺の方でも気を配っておくから」
俺の言葉に、アビゲイルは口を開いた。
「そのことなんだけど、うちの医療団をユルゲンちゃんの所に派遣しようか? あれ、絶対納得してないでしょうから」
「それなんだよな……うちでも医療チームを組んで派遣しようかと思っている。一緒に出すか?」
「そうしましょ。もしかすると呪いの魔力回路を解析して解除できるかもしれないし、魔力回路を通して誰が呪ったのか分かるかもしれないし」
「そうだな。穏便にすませれる『答え』が出ればいいな」
「じゃあ、本土に帰ったらうちの医療団をグランシャリオ家に向かわせるわね」
そのまま海の方に歩いて行こうとするのに気づいて、俺は声をかけた。
「飛んで帰るつもりか?」
「そうよ~。ツェーちゃんも強い妖魔だから私と同じぐらい変化できるしね~」
「竜魔に力を仰ごうか?」
「ん~、速度的にたいして変わらないだろうから、自前で飛んで行くわ~」
「そうか。気をつけてな」
「あいあい~」
笑って手を振り、アビゲイルは黒い小さな鳥に化ける。燕かな。ツェーザルも同じ鳥に化けて夜空に飛んで行った。
「変わった魔族だったな……」
高所恐怖から蘇ったロベルトが感想を述べる。俺は苦笑した。
「魔族にも色々だからな」
「まぁ、そうだよな」
俺を見ながらしみじみ言うのはよして?
「さて。少し時間をとられたが、セラド大陸に戻るか」
「またダンジョン攻略だな。最近やたらとダンジョンと縁があるよな?」
「対応できているからいいものの、対応したくない類のダンジョンには当たりたくないな」
「例えば?」
「動く死体が出てくるダンジョンとか」
「……それは嫌だな……」
ロベルトが顔を顰める。連中と戦いたくないのは誰もが同じだな。
「まぁ、そうそうそんなダンジョンとは当たらないだろ。とりあえず、まずは目の前のアビスダンジョンの攻略からだ」
「あと少しでコアのいる場所だしな」
「そういうこと」
言って、俺は笑う。
――この時、俺は全く予想していなかった。
俺達が来るのを知ったダンジョンコアが何を企んでいるのか。ダンジョンコアと相対した時に何が待っているのか。
俺はまだ、気づいてすらいなかったのである。