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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
三章 例え数多の苦難があろうとも
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幕間 未来の為に






「襲撃の準備をしているのは確定だな」


 船長のイルデブランドは、そう言って映像装置を掌で転がした。

 私達が証言を集めてきた翌日、イルデブランドは変身草で船員を半人半魚の姿にし、証拠にするための映像装置を身につけさせて別の海人族の巣に向かわせた。

 そこでの会話も私達が集めてきた証言通りだったため、映像装置と報告書を纏めて連結無限袋とやらに入れる予定だという。


「私達の時も映像装置を持っていくべきだったな」

「完全な魚形態でどうやって映像装置を持っていくんザマス?」

「鱗を入れておいたみたいに、歯の間に挟んでおく、とか」

「嫌ザマス。下手すれば飲み込んでウンチザマス」


 まぁ、ザマス殿の懸念はもっともなのだが……


「あんたらが最初に偵察を買って出てくれなけりゃ、こんなに早く証拠集めは出来なかったんだ。礼を言うぜ、カーマイン殿、ザマス殿」

「レディオン様の為になるのなら、なんてことはない」


 私の言葉の後ろで、ザマス殿が肩を竦めてみせる。


「それで、上の立場の人に指示仰いで、あとは返事くるまで待機ザマス?」

「それは時間の無駄だろう。襲撃の準備が進められているのは確かなんだ。どこに最大戦力が集められているのか、あるいは集められていないのか、武器はどこに集められているのか……先に調べておけることは山とある」

「まぁ、カーマインの言が正しいな。出来るだけ見つからないようにしながら、連中の戦力や武器の場所を調べる必要がある」


 イルデブランドの言葉にザマス殿はため息をついた。


「儚い休暇だったザマス」

「ザマス殿は休んでいてくれてもかまわんぞ?」

「こんな物騒な爆発兵器みたいなのを放っておけるわけないザマス」

「それは私のことか?」

「アンタ以外の誰がいるっていうんザマス?」


 ザマス殿とは深く話し合う必要がありそうだな。


「ただ、これは特にカーマインに言うんだが、今の段階で海人族と揉めるのは拙い。連中を叩く時は一気に全力で叩き潰さないといけないからな。だから、よっぽどのことがない限り戦闘はしないで欲しい」

「正体がバレそうな時に、証拠を残さない形で殺すのは?」

「まぁ、ギリギリセーフだな」

「そんなセーフ与えたら調子に乗るザマスよ?」

「失礼だな、ザマス殿。私だってやっていい時と悪い時ぐらいは区別する」


 二人揃って懐疑的な表情になるのは何故かな?


「船を襲ってくる連中は倒してかまわんのだろう?」

「ああ、その場合はおおいに倒してやってくれ。連中の戦力も減らせて一石二鳥だからな」

「うわ。いいこと聞いた、みたいな顔してるザマス」

「ザマス殿は表情で内心を暴くのをやめてくれないか」

「やっぱ思ってたんザマスね?」

「カーマインは血の気が多いな」


 呆れられてしまったが、連中は未来で私達の大切な人を殺すのだ。手加減する気は全く無い。


「じゃあ、早速偵察に向かおう」

「言うと思ったザマス……」


 すぐに変身草を取り出す私に、ザマス殿が天を仰いでいる。イルデブランドが笑った。


「ザマスが嘆いているぞ、カーマイン。俺も少しは休むべきだと思うがな?」

「船員達が証拠を集めている時には休んでいたぞ?」

「襲撃やらなにやらで休んたうちに入らないと思うザマス」

「あんなのは鬱憤晴らしでしかない。戦闘に数えるのも馬鹿らしいぞ」

「なんだろうな、魔族はたいてい戦闘狂だが、お前さんのそれは群を抜いてるな?」

「連中は存在そのものが害悪だ。滅ぼせる時に滅ぼさないといけない」

「苛烈だなぁ、おい」


 家族の命がかかっていると知っている私と、知らない彼等では感覚が違うのだろう。実際、まだ襲撃までには時間があるのだから、急いでことを進める必要は無い。

 だが、私はいつ元の世界に戻るか分からない。

 この世界は私のいるべき世界ではないし、今の状態がいつまで続くのか誰にも分からないのだ。だから今のうちに、出来る限りの脅威を取り除かないといけない。この世界であの人に牙をむかないように。


「とりあえず、人と武器が集められている場所を探してくる。グランシャリオ家が侵攻する時はボスを優先するだろう? それ以外の連中が溜まっている場所も調べておく必要があるからな」

「お前さんの熱心さには頭が下がるな。――任せた。あまり無理するなよ」

「武運を祈っていてくれ」

「それは祈っちゃ駄目なヤツザマス」


 変身草片手に船の縁から海へ飛び降りる。手早く服を脱いで無限袋に放り込み、変身草を噛んで飲み込んだ。体が膜で覆われる様な不思議な感覚がして、体が鮫のそれに変わる。相変わらず完全な魚体だ。半人半魚にはどうやったらなるんだろうか?


「せめてご飯食べてから行きたかったザマス」


 私の変身が終わったあたりでザマス殿が飛び込んで来た。すでに魚形態だ。服は船の上で脱いできたんだろう。


「で、どっちに行くザマス?」

「以前行ったところとは別の場所がいいな。南にしよう」

「ボスのいるサンゴ礁の付近ザマス?」

「いや、そこに行くのは時期尚早だ。その手前辺りでしばらく情報を集めよう。何日か暮らすことになるから、まぁ、食事に関しては我慢してくれ」

「虫でさえなければいいザマス」

「あれは『とっておき』らしいぞ?」

「いらないザマス」


 頑なに断るザマス殿に笑って、私は泳ぎ始める。魚形態だからどんどん速度が出るのが楽しい。

 ――と、


「うん?」


 なにか、軽く引っ張られるような感覚がした。その奇妙な感覚に、速度を落とす。そして――


「アンタ――」

「ふんっ!」


 魔力を編んで、全力で引力に叩きつけてやった。引っ張る力が途切れ、あとは静かな海に戻る。


「……心配したワタシが馬鹿だったザマス」

「なんだったんだろうな? 今の」

「分からないで撃退したザマス!?」

「ザマス殿は分かるのか?」


 私の言葉に、ザマス殿は呆れた顔になって言った。

 魚の顔でも、呆れ顔って解るのだな。


「今のは『呼び寄せ(アポート)』ザマス。あの男の知識にあったザマス」

「ザマス殿はあの方の知識を引用できるのが羨ましいな」

「知らないはずなのに知ってる、っていう奇妙な体験がしたければいつでも代わるザマスよ?」

「代わり方もわからないだろう?」

「あの光る泥を沢山分ければ出来そうな気がするザマス」

「ザマス殿を構成するモノが足りなくなったら事だからな。やめておこう」

「遠慮しなくてもいいザマスのに……」


 ぶつぶつ言うザマス殿を見つつ、私は疑問を口にした。


「それより、さっきのが『呼び寄せ(アポート)』だとして、どこにあるダンジョンからなのだろうか?」

「あんたが旦那を殺す夢を見たっていう例のダンジョンだと思うザマス。魔力の波動が一緒だったザマスから」

「どこかは知らないが、また、か?」

「よっぽどアンタを呼び寄せたいんザマスね」

「レディオン様の敵として呼ばれるのは勘弁してほしいな」

「まぁ、アンタの方が生命体としての位階が上みたいザマスし、あえて応えない限り呼び寄せされることは無いザマショ」

「だといいがな」


 そこで話を切り上げて、二人して南へ泳いでいく。海の色がどんどん変わっていくのを見るのも、なかなかに楽しかった。ところどころにサンゴ礁も見られ、そういう場所には恋人同士だろう魚人の姿もあった。


「殺しちゃ駄目ザマスよ?」

「ザマス殿は私を何だと思っているんだ? こんな目立つ場所で暗殺なんてしないぞ?」

「……目立たなければ暗殺する気はあるんザマスね」


 ノーコメントだ。


「そろそろ速度緩めておくザマス」

「了解した」


 私より索敵能力の高いザマス殿が警告を発し、私達は速度を緩める。どんどん海の色が明るくなっていくのは、少しずつ海が浅くなっているからだろう。巣が近いのか、何人かの魚人とすれ違う。じろじろ見られるのは何故だろうか。


「何か視線を感じるな?」

「アレじゃないザマス? 魚人的には美人だとかいうやつ」

「魚の美醜は分からんな……」


 思わずぼやいてから、これは拙いのではないかと思い直した。


「目立つ真似は避けたいのに、こうも見られていては任務に支障をきたすのではないか?」

「どうしようもないザマス。文句は変身草に言うザマス」

「草に言っても仕方ないだろう。いっそ目立つのを逆手にとるか」


 ため息をついて、方針の転換を示唆する。ザマス殿がなんとも言えない表情になった。


「目立たないよう行動するのをやめるんザマス?」

「何もしてないのに目立ってしまっているんだ。逆手にとるほうがマシだろう?」

「まぁ、そうザマスけど……」


 止まって話していると、陸地側から来た二人の魚人が声をかけてきた。


「よぉ! 別嬪さん達、どこから来たんだ?」


 早くもチャンス到来だ。


「北の方からだ。魔族の船に追い払われてな」

「魔族の船に!? あれか、渡航料を支払わせに行っていたのか」

「直接には行っていない。俺の雄姿を見ていてくれ、と言われて、見学してたんだが……連中、支払うどころかバンバン魔法を放ってきてな」


 ザマス殿が私の話に乗る。


「なかでも赤い髪の奴が危険だったザマス。あんな狂暴な魔族は見たこと無いザマス」


 おい。


「その話は別の奴からも聞いたな。そうか……そんな狂暴な魔族が乗っているのか」

「船も早くてな。今でも西北を移動しているだろう。あれを沈めれる男なんていないんじゃないだろうか」


 私の怯えながらの一言に、男達は目の色を変えた。


「それならオレが沈めてやる!」

「ああ! そんな物騒な船は放置できねぇからな!」

「本当か!? 男らしいのだな」

「ま、まぁな!」

「朗報を待っていてくれよ!」


 上手く話に乗ってくれた男二人に声援をおくり、二人が西北に行くのを見届けて視線を返す。


「さて。次の標的を探すとするか」

「女って怖いザマス……」

「こんな女の声援に乗ってくれるのだから、気の良い連中だな」


 私が胸鰭をすくめて見せると、ザマス殿は呆れ顔で言った。


「で、船に向かわせた挙句、アルセニオ達に殺させるわけザマスね?」

「船に近づく奴には手加減しないと言っていたからな。逃げ帰って来て他の連中に吹聴し、同胞を巻き込んでくれてもいいし、倒されてもいい。どっちに転んでも損はないだろう」

「つくづく、女って怖いザマス……」

「そう言いながら、止めるつもりはないだろう?」

「まぁ、有効な手ではあるザマスからね。止める気はないザマス。けど、思った以上の魚人が船に向かったらどうするザマス? アルセニオ達も船を沈められたら困るザマスよ?」

「その時はこっそり後ろをついて行って、後ろから魔法を放つつもりだ」

「……女って……」


 ザマス殿が頭を振る。私は気にせず泳ぎ出した。


「アンタ、いつか刺されるザマスよ」

「刺されるくらい、別にいい。グランシャリオ家が襲撃を察知しているとバレるほうが問題だ。未来の為に魚人は滅ぼす。そのためならなんだってするさ」

「あんたのその思い切りの良さはなんなんザマスかね」

「ただのエゴだ。気にするな」

「……普通、そういうのを『愛のためだ』とかいうんじゃないザマス?」


 ザマス殿の言葉に、私は振り返った。


「違うな。こんなものは愛では無い」

「違うザマス?」

「違う。愛であってはいけないんだ」


 レディオン様を愛している。

 だが、自分の我を推し進めるなら、それは愛では無い。愛という言葉で誤魔化していいものではない。


「私は私が望む未来のために邁進しているだけだ。そんなものを愛だなどと呼ばない。ただのエゴだ」

「……そうザマスかねぇ……」


 ザマス殿は懐疑的だが、私は持論を曲げる気は無かった。

 あの人を愛していることと、これは別の話だ。

 全ての行為は自分で選んだものだし、自分の責任において完遂されるべきものだ。そして失敗もまた、自分の責任だ。レディオン様には一切関係無い。そうでなければならない。


「でも、旦那を愛しているのは確かなんザマショ?」

「もちろんだ」

「……愛だと思うんザマすけどねぇ……」


 ザマス殿のぼやきを無視して、私はゆっくりと海を泳いでいく。こちらを見る連中が声をかけたくなるように、出来るだけ優美なように。


「そこの綺麗なひと。どこに行くんだい?」


 新しい獲物に私はニッコリと笑った。







 一日で引っかかった魚人の数は五十を超えた。


「……流石にひっかけすぎた気がしないでもない」

「もっと早く気づいてほしかったザマス」

「応援に向かってはいるが、戦闘は終ってしまっただろうか?」

「終わってないことを期待する眼差しをやめるザマス。アルセニオ達も災難ザマスね」

「一時間に三人ぐらいのペースだったから、混戦状態にはなってないと思うのだが」

「アンタの物差しで考えちゃ駄目ザマスよ。見てて思ったザマスけど、アルセニオ達はアンタよりずっと弱いんザマスから」

「それでもグランシャリオ家の系統だからな。雷系魔法は得意なはずだ。雷撃を叩き込んで痺れたところを一突きすれば倒せるだろう?」

「だから、アンタの物差しで考えるなと……」


 言いながら最北に向かうと、途中でぷかぷか浮いている魚人に気づいた。こと切れているようだ。


「アンタの色仕掛けにひっかかった馬鹿な男の成れの果てザマス」

「成功してなによりだ」

「女って……って何やってるザマス?」

「何って、死体の持っている武器を押収している。別の魚人に渡ったら事だろう?」

「女って……」


 口の中に入れていた無限袋という名の雑嚢袋を取り出し、胸鰭や口を使って武器を入れていく。ある程度敵の装備も知っておいたほうがいいからな。


「さ、次に行くか」


 ザマス殿が頭を振りながら泳ぎ出す。

 死体から武器を押収しながら進むと、一時間ほどで船が見えてきた。まだ戦闘中のようだ。


「ふむ。十人ぐらいと戦ってるな」

「一応調べたザマスけど、周囲に他の魚人はいないザマス」

「では、遠慮なく」


雷よ(エクレール)!】


 唱えると、大きな雷が海に落ちた。深い場所で感電をやり過ごし、海上付近にいた魚人が腹を見せて浮くのを見守る。十人纏めて屠れたな。


「心は痛まないザマス?」

「この程度で痛めていたら心臓がもたないな」

「どんな地獄を経験してきたんザマスか……」


 ザマス殿が呆れたように零す。


「で、あの十人の装備は剥ぎ取らないんザマス?」

「船に近いからな。アルセニオ達に任せよう。下手に近づいて敵だと思われても困る」

「まぁ、今のワタシ達、喋る鮫でしかないザマスからね」

「次はイルカあたりに化けれないかな。いつも同じ鮫だと流石に不審に思われるだろう」

「変身草がどう反応するかザマスね」


 私は無限袋から変身草を取り出し、咥えて飲み込む。すぐに膜が張られるような感覚がした。


「どうだ?」

「シャチになったザマス」

「よし。ザマス殿も違う魚になっておいてくれ」

「どうやって違う魚に変身するのやら……」


 ぶつぶつ言いながら、付き合いよく変身草を飲み込む。ブワッと体積が増え、あやうく押しつぶされそうになった。


「どうザマス?」

「クジラになったな」

「それでアンタが小さく見えるんザマスか」

「そのようだな」

「嬉しそうザマスね?」


 言われ、破顔した。


「望んだとおりにはいかなかったが、姿が色々と変えられるのならやりやすい。情報を集めつつ、出来るだけ数を間引いていくとしよう」


 ザマス殿が頭を振る。

 そうして、ものすごくしみじみと言った。


「女性不信になりそうザマス……」


 私は丁寧にそれを無視した。







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