40 妖魔の長
ダンジョンコアと同化――
何故そんなことになっているのかは不明だが、祭壇の所で寛いでいるたおやかな美女の右手には、確かに水晶玉のようなものがくっついていた。
美女はドラゴンが倒される様子を見ても全く驚かない。
ただ、辺りを見渡して小首を傾げていた。
「あらぁ? 魔族じゃない? なんで魔族がここにいるのかしら?」
不思議そうにそう呟いて、美女はパチンと両手を合わせる、
「そっかぁ。救出に来てくれたのね?」
「……そうだが、そちらは妖魔の長で間違いないか?」
「は~い。私が長のアビゲイルで~す」
こちらの返事にもしっかり答えてくれるが、常に体がゆらゆら揺れていて、どこを見ているのかも定かではなかった。
まるで酩酊状態だ。
「今、そちらはどういう状態なんだ? お前の右手にコアが同化しているみたいなんだが」
「これぇ? あのね、これね、私、この玉の中に封印されてね?」
「コアの中に?」
「そー。でね、コアが私を乗っとろうとしてきたから、逆に乗っとってあげたの。そしたらこんな状態になっちゃってね?」
俺達の会話を聞いていたロベルトがぼやく。
「マジかよ……」
「びっくりでしょー。私もびっくりよ。エイヤーッて気合入れたら玉の外に出てこの状態なんだもの」
美女はけらけらと笑った。ドラゴンを倒した隊員達が困惑したようにそんな美女を見上げている。
「レディオン様……あの方が?」
「そうみたいなんだが、どういう状態なんだろうな、これ」
ダンジョンコアに封印されていたというのも凄い話だが、ダンジョンコアを乗っ取って外に出て来たというのも凄い話だ。
「それで、それでぇ、君達はどこの誰かな~?」
フラフラ揺れながらアビゲイルがそう問いかけてくる。
「俺はレディオン・グランシャリオ。現在の魔王だ」
「マジで!? えー!? オリヴィアちゃん負けちゃったの!? うけるー!」
「オリヴィアは先々代だな。先代はサリだ」
「代替わりしすぎぃ! めっちゃウケるんだけどー!」
「そうか……」
なんだろう……酔っ払いを相手にしているような気持ちになるんだが……
「レディオン様。ご希望でしたら黙らせますが」
で、なんでうちの隊員たちは殺気立ってるのかな?
「酔っ払い相手にムキになるな。相手は普通の状態じゃないんだ」
「えー。酔ってないけどぉ? てゆか、私達お酒じゃ酔わないよね~ぇ?」
「コアを乗っ取った反動かもしれないぞ?」
「そっかー。そういうのもあるかー」
うんうん頷いて、アビゲイルは「それで?」と前のめりになった。
「魔王サマがなんで人族の大陸に来てるの? え、マジ私の救出のため!?」
「いや、別件で来てたら、お前が封印されているという話を小耳に挟んでな?」
「ざーんねーん。ちょっとトキメイたのになー、あーあ」
前のめりの体勢から、思いっきり背をそらせて足をぷらぷらさせる。わりと丈の短いスカートをはいているので、綺麗な足が太腿まで見えていた。
「とりあえず、そのコアを破壊しないといけないから、お前の封印を解こうか」
「え。このコアちゃん破壊しちゃうの!?」
コアちゃん、ときた。
「コアがついたまま外に出たらお前がどうなるか分からんだろう? 取り外しておいたほうがいいと思うが?」
「えー。けっこう愛着わいてるんだけど、これぇ。ダンジョン内ならどこもかしこも見放題だし、お腹すいたなー、て思ったら変異種がご飯持って来てくれるしー」
「お前達妖魔は霞を食べるんじゃなかったか?」
「霞も食べるけど、生命力も食べるし、お肉も食べるわよ~?」
「それは知らなかったな。――で、そのコアを破壊するのに反対するのか?」
「ここ何年か――あー、封印されてからどれぐらい経ってるかわかんないや――まぁ、数年? 数十年? 一緒にいたから、コアはもう私の一部なのね? 取るのは嫌かな~」
「だが、取らないと外に出られないだろ?」
「そうかもだけどぉ、そうじゃないかもしれないしぃ。とりあえず、一緒に出口行ってみよっか!」
「は?」
アビゲイルはパチンと両手をあわせて、楽し気に立ち上がる。
「そーしよ、そーしよ。一緒に出口に行って、あ、コレだめだー、ってなったらその時に考えよ?」
「……まぁ、それでもいいが……」
なんとなくこめかみを揉みながら答える。チラリと横を見ると、ロベルトが唖然とした顔でアビゲイルと俺を見比べていた。
「ロベルトは何が言いたいのかな?」
「魔族も色々だな、と思ってな?」
「……そうか……」
俺もこの手のタイプは初めてだよ……
「じゃあ、レディオンちゃん! 私を外の一歩手前まで、そう! 一歩手前まで! 連れてって~」
「わかった。ちゃんとついて来いよ」
ふらふら千鳥足でやってきたアビゲイルの手を握る。コアと違う方の手はすべすべしていた。
「魔王サマとお手て繋いじゃった~」
何が嬉しいのか、アビゲイルがけらけら笑いながら歩く。どうしよう。千鳥足すぎて進めない。
見かねたロベルトが口を開いた。
「俺が抱きかかえて行こうか?」
「まっ! お姫様抱っこ希望!」
「……いいけどさ……」
ロベルトがアビゲイルをお姫様抱っこして進むことに。美女を抱っこしているのに羨ましく思えないのは何故だろうか。
「そーいやこっちのオニーサンは誰かな~?」
「アビゲイルを封じた勇者の後に勇者になった男で、現在魔族だ」
「えー!? ゆーしゃ!? あ、でも『元』なの? おめでとー! よく生き残ったねぇ」
「なんか頭撫でられてるんだけど!?」
「だって勇者って寿命短いじゃん? すぐ死ぬしぃ」
「あんた、その勇者に封じられたんじゃなかったか?」
「それよ。あのスケベ、やらしーことNGで断ったぐらいでキレて封印してくるとか、ほんとなんなの? 脳みそ逝ってるの? マジむかつくんだけど!」
「どういう状況で封印されたんだ?」
ぷんすこ怒りだしたアビゲイルに、俺は経緯を尋ねてみた。アビゲイルは鼻息荒く言う。
「それがね!? 聞いてよ! あいつらダンジョンコアを破壊するのに君の力が必要だから、って声かけて来てさ、当時の私はまだ純粋だったからさー、話に乗ったのね? そしたらダンジョン攻略の後半によ、私にキモチイイコトしよーって言いだしてきてさ、めっちゃキモいの!」
「そうか……」
「勇者の顔も好みじゃなかったし、たまに生命力くすねて食べてたけど、あんまり美味しくないわけよ。そんでもって一緒にいた騎士がまたドスケベでさー、そんな二人に狙われて私ってばピンチだったわけよね? 実は。当時の私は気づいてなかったけど! ウケる!」
いや、そこは笑いごとじゃないと思うんだが。
「で、断ってからギスギスしてたけど、まぁ、コアの部屋まではこれたわけよ。で、階層主倒して、コアを壊そうかってときに、まーたスケベ二人がこっちを襲ってきたわけね? で、面倒になってセーブしてた力開放してこてんぱんにのしたのよ。そしたら卑怯だとか本性を現したなとか言われてさー、も、ほんとキモい。しかも腹いせに封印してくるしさー」
「勇者は封印術に長けていたのか」
「うん。頭湧いてるけど封印術だけは一流だったわねー。まぁ、美女を手籠めにするために鍛えたって感じだったけどー」
先代勇者……聞きしに勝るなおい……
「で、コアに封じられちゃって、封印解いてほしかったらヤらせろとか言われたわけよ。わけわかんなくない? 当然、それも断ったのね? そしたら放置されちゃってさー。あとはさっき話した通りなのよ」
「乗っ取りにきたコアを乗っ取り返して今その状態、か」
「そゆことー」
明るく言うアビゲイルに苦笑しつつ、気になった点をあげてみる。
「お前が妖魔だってことは、どの段階で明かしたんだ?」
「うん? 勇者は最初から知ってたわよ? なんかそういうのが分かる魔法があるとかで、君の秘密を僕は知っている、とか言ってきちゃってさー」
俺の【全眼】みたいな魔法があるってことだろうか?
「勇者と一緒にいたドスケベっていうのが、もしかしてポーツァル家の当主か?」
「そー。あいつはねー、ホントにドスケベでねー、変態度なら勇者より上かもしんない~」
「そうか……」
詳しくは聞かないでおこう。いらん知識が増えそうだから。
「私からも質問~。私のこと、誰から聞いて来たの~?」
「うん? ツェーザルからだが」
「あー! はいはい、ツェーちゃんね! 封印されてから会えてないけど、コアの能力で色々やってるのは見てたのよね。お話もしたしー」
「コアと同化してることは伝えたのか?」
「ん~ん。だって話したらポーツァル領とか爆速で滅ぼすよ、ツェーちゃん」
「そうか……」
「だから、封印されちゃったー、ってことだけコアの能力で伝えたのね? それから見てないなー、とは思ってたけど、魔王サマん所に言いに行ってたのかー」
あ。アビゲイルが誤解してる。
「いや、ツェーザルはポーツァル家の当主代理に化ける為、人族のふりして生活してたぞ」
「え。謎すぎるんだけど、どゆこと?」
「詳しくは本人に尋ねてくれ。俺にも謎だ。――まぁ、お前の封印を解けるのはポーツァル家の直系だけだと思い込んでた感じがするな」
「ツェーちゃん思い込んだら真っすぐだからなー」
「ちゃんと舵取りしてやってくれ。俺に対してはそうでもなかったが、うちの部下が辟易してたから」
「おけまる」
レイノルドを部下って呼んでいいのか迷ったけど、ベッカー家の、とか言って区別したらそっちのほうが面倒そうだから部下ってことにしよう。うん。
「魔王サマはツェーちゃんとどうやって知り合ったの~?」
「ポーツァル家の一行に妖魔が混じっているのに気づいてな、行方を探させていたんだ。で、部下がポーツァル家の領主代理を捕食しようとしていたのを見つけて捕らえた」
「捕まってるとか! うける~ぅ」
「笑いごとじゃないぞ。封印解くのにポーツァル家の血統とか全く関係ないのに、一人殺されかけてるんだから」
「む・か・ん・け・い!」
爆笑するアビゲイルにロベルトが渋い表情になってる。腕の中でウネウネ動かれたらそんな顔にもなるよな……
「はー笑った~。あれだね。私も勇者やポーツァル家の連中にオコだったけどさー、ツェーちゃんが斜め上すぎて喜劇見てる感じ。怒る気持ちも萎えちゃったとゆーか、ねぇ?」
ねぇ、と言われてロベルトが困り顔になっていた。
「あー、じゃあ、ツェーちゃんも魔王サマん所にいるってこと~?」
「まぁ、一応そうなる」
「あー、んー、じゃあやっぱりダンジョンの外に出ないと駄目かー」
腕組みしてうんうん頷き、次いで周囲を見る。
「関係ないけどさー、足めっちゃ速いね? 君ら」
「急いでるからな」
「もう何回階段上がったっけ? 私けっこう階数増やしてたんだけどさ、君ら高速で変異種倒して駆け下りて来てたでしょ。ヤバイのキタって最初慄いてたんだよ私。そしたらそれが魔族で、おまけに魔王サマご一行とか、びっくりの二乗だよ」
「素朴な疑問なんだが、俺達がダンジョン攻略してたのは見てたのか?」
「見てたってゆーか、見るはしから視界から消えちゃっててまともに見えたのは目の前に来た時ぐらいかなー? 笑えるぐらい速かったよ、君ら」
まぁ、めちゃくちゃ急いで来たからな。正直全部移動時間で戦闘は鎧袖一触だった。
――しかし、やはりコアからダンジョン内の様子は見れるわけか。アビスダンジョンが俺達の動向を見ているのは確定だな。
「そういえば、コアは呼び寄せを使うだろう?」
「使うよー。コアと同化しちゃってから、丘の周囲の動物に使ってた」
「どんな感じなんだ?」
「そーだねー。こういう感じかしら?」
「ん?」
クイクイッと腕を引っ張られるような感じがした。あれ? どっかで似たような体験をしたような……
「位階高すぎて呼び寄せれないね~」
「今引っ張っているのが呼び寄せか?」
「そーそー。動物とかだと一発で呼び寄せできるんだけどねー」
あ。思い出した。アビスで体験したんだ。え。あの時俺呼び寄せされてたのか。
「ちょっとそのまま呼び寄せし続けてくれるか?」
「いーよー」
走りながら腕を引っ張る引力に注意を向ける。対象を任意の場所に召喚する能力がこれなら、ある意味転移魔法の一種と言えるだろう。【全眼】で見て、頭の中で幾つもの魔法陣を組み立てる。どれが最適化は【神眼】で選んでいった。時空魔法の構成は転移装置の魔法に似ている。これを展開させて――
「なにかゾワゾワしてくるんだけど、何してるのかしら~?」
「呼び寄せを参考に魔法の構築をしてる。呼び寄せを解剖してるから変な感じがするのかな?」
「能力の解剖ってだいぶヤバイ!」
アビゲイルがけらけら笑う。笑い上戸のようだ。
「あー、セラド大陸から離れてだいぶ経つけど、本土じゃ魔王サマみたいな面白い子も生まれてたのかー。そう考えるとこっちの大陸に長居したのは失敗だったかなー、とも思えるかも」
「ラザネイト大陸には興味があって渡ったんだろう?」
「そー。面白いことないかなー、とか、新しい歌ないかなー、で渡ったわけ。まぁ、面白いこともあったよ? 大陸統一もこっそり影から眺めてたし、その後の崩壊も見学してたからー」
「崩壊の様子も見てたのか?」
「見てたよー。いやぁ、人の執念って怖いね! あれ見てたら魔族のどつきあいなんて可愛く見えるよ」
アビゲイルの言葉に、俺は少しばかり衝撃を受ける。オズワルドが言ったことが正しかったのだ。
「人為的に行われた崩壊だったわけか」
「そー。あの当時さぁ、近くで見るために女官や文官に化けて宮中を動き回ってたわけ。そしたらさ、王様が――ん? 皇帝だったかな? まぁいいや――一番上の人がさ、自分を支えるはずの人達を丁寧に丁寧に殺していってるの! しかも自分は精霊の門くぐっちゃってさ、もう半分化け物になってたかしら。半人半妖って言うべきなのかな? そんな感じで、同族の命啜らないと存在できない化け物になってたわ~」
「あ~……普通の人間が精霊界に長期間留まると、そうなるよな」
「そうなのよね~。忠告してもよかったんだけど、もう頭もイッちゃってる感じだったから、眺めるだけに留めたのよ。下手に介入すると逆に国滅ぼしちゃうじゃない? 私達って」
「そうだな」
妖魔の長も『長』をやってるだけあって高位の生命体だ。そんな存在が只人に力を貸せば、因果律が捻じ曲がる。その結果、普通に滅ぶより遥かに悲惨な末路を遂げたりするのだ。
「統一国家のトップは、英雄の器では無かったわけか」
「違ったんだな、これが。せめて英雄だったなら、多少の力添えも出来たかもだけど~」
ジルベルトがそうであったように、相手が英雄以上の器をもっている場合は因果律の歪みが軽減される。アビゲイルが全く手を貸せなかったということは、統一国家のトップは英雄の器ですらなかったということだ。
――というか、統一国家のトップって、サリの双子の弟じゃなかったっけ?
「おっ? そろそろ地上が近くなってきたわ~」
ふとアビゲイルが首を伸ばすような動作をする。
「うん? そういうのが分かるのか?」
「コアと同化してるからね~。ダンジョン内の詳細なマップが私の脳の中にあるのよ~」
「それは便利だな」
「高速で攻略してくる人の姿は追えないけどねー」
それは俺達のことですね。分かります。
「地上が近くなって、同化しているコアの方に異変とかあるか?」
「今のところ無いわね~」
「何か異変を感じたらすぐに言ってくれ。外に出たとたんに死にました、ってなったらツェーザルにどう伝えていいか分からん」
「おけまる」
本当に伝わってるのか不安になる返事をした後、アビゲイルはフンフン鼻歌を歌い始める。どこかで聞いたような歌だなと思ったら、子守歌だった。
「アビゲイルは歌が好きなのか?」
「好き~。歌ってさー、文明が齎した一番の宝物だと思うわけ。種族や色んなものが違っててもさ、歌はどの歌であっても心を揺さぶる力があるわけじゃない? いいよね、そういうのって」
「そうだな」
「こっちの大陸に来たのもねー、最初はー、こっちにしかない歌を聞きたいと思ったからなんだよねー。いっぱいいろんな歌を集めたんだけど、困ったことに披露する場が無いのよねー。ツェーちゃん達も大きくなっちゃって、子守歌歌ってあげる必要もなくなっちゃってたし~」
「子守歌歌ってやってたのか?」
「ちっちゃい頃はね~。長なんて、みんなのお母さんみたいなものだから~」
「お母さんが旅立っちゃ駄目だろ、それ」
「仕方ないのよ、歌が私を呼んでたんだから~」
フンフン歌いながら合間合間で会話をする。相変わらず酩酊状態みたいにしか見えないが、話す内容はしっかりしていた。
「んー。いよいよ外が近いねー。あ、魔王サマ大変」
「どうした?」
俺の問いにアビゲイルはわりと真剣な顔でいった。
「コアが震えてる。外出たら死にそう」