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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
三章 例え数多の苦難があろうとも
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39 魔穴





 魔穴と呼ばれる場所は、小高い丘の先にあった。

 魔の穴と呼びたくなるのも納得で、そこにあるのは巨大な穴だ。大きな螺旋を描くようにして下に降りる道を作ってあるらしく、それとわかる下り道が底まで続いている。

 騎士達の説得をユルゲンに丸投げし、早々と現場にやってきた俺達は、その穴を覗き込んで苦笑した。


「デチルレダンジョンだな」


 ここまで近くに来れば分かる。

 思ったほど濃度は濃くないが魔素がそこら中に漂っているし、穴の奥から芋虫型の変異種(ヴァリアント)が道を登ってきている。人が下に降りるための道が、変異種(ヴァリアント)の通り道にもなっているのだ。


「資料にあった通り、虫型だな」

「数種類だけしか出てこないんだっけ?」

「ああ。芋虫型、蜘蛛型、狼型、兎型だ。だいたいこの近隣にいる種類の生き物だな」


 俺の声に、ロベルトは「なるほど」と頷く。


呼び寄せ(アポート)で引っ張って来て、中で変異させてるわけか」

「兎型以外は獲物を狩って巣に運びそうな奴等だな」

「なるほどな」


 ところでお前はもうちょっと穴の縁に寄ってこないか? 距離遠くない?


「とりあえず、下に降りてみるか?」


 ロベルトが下を見ないようにしながら言う。高所恐怖症ってのは厄介だな。


「ロベルトは途中で気を失いそうだから、俺が運ぼうか?」

「それもそれで遠慮したい……道なりに走って降りるよ」


 まぁ、元勇者現魔族の能力からすれば走っても相当早いだろうし、いいか。


「では、下に降りよう。全員、下降しろ」


 俺の号令にあわせ、上級魔族達が次々と穴に飛び込む。『闇翼』を発動させる者もいれば、道をショートカットしながら降りて行く者もいたりと、それぞれに個性が見て取れた。

 さて。俺も飛び降りようかな。


「おお……!」


 『闇翼』を使ったら騎士団から驚嘆の声があがった。

 あれか。白い翼だからか。というか、出してみて気づいたんだが、俺の魔力の翼、二倍ぐらいデカくなってる。こんなに大きな翼見たら、そりゃあ驚くよな。

 なんとも言えない気分で下を向くと、道なりに走るロベルトの姿があった。なんかちょっと安心する。

 魔力の翼で穴の中央に移動し、一気に下降する。穴はけっこう深かった。先に降りたメンバーの光魔法が底を照らしている。

 そこをめがけて着地し、周囲を見ると北側に伸びる坑道のような穴があった。


「一層目は岩窟タイプか」


 闇翼を仕舞って剣を抜き放つ。ちょうどそこに駆けこんで来たロベルトが合流した。抜き身の剣を持っているのは、道の途中で変異種(ヴァリアント)と遭遇したからだろう。


「一分隊ごとに纏まって行動してくれ。分かれ道がない限りは一緒に動くが、分かれ道に差しかかったら一分隊ずつ別れて動く。妖魔の長が封じられた場所も探さないといけない。皆、注意して動いてくれ」

「はっ!」

「ロベルトは長が封印されてそうな方向を意識して先導してくれ」

「それ、まだ続いてたのか? まぁいいけど……」


 ロベルトを先頭にして俺達は横穴に入る。ひんやりとした空気の中に、高濃度の魔素が含まれていて、俺は魔素散らしの魔法を唱えた。


「アビスより魔素の濃さは濃くないが、全体的に蔓延しているな」

「高濃度魔素ってモンスターに変異させるやつだよな?」

「そうだ」

「それってどれぐらい吸ってたら変異するもんなんだ?」

「人による、としか言えないな。位階の高い生命体なら余程濃い魔素を長期間吸わない限り変異しないが、位階の低い生命体だと一時間ぐらいで変異したりするだろう」

「うげ……」


 ロベルトが嫌そうに顔をしかめる。

 俺は苦笑した。


「魔族は位階が高いから、そうそう変異しないぞ」

「人族の一般人は?」

「人によりけりだが、健康な大人だと二、三日はもつんじゃないかな。幼い子供や病人はそれより早く変異する可能性がある。変異前に濃度の低い場所に避難できれば変異を回避できるが、魔素散らしを使った方が早いな。――まぁ、人族はそれほど頑丈じゃないから、魔素の濃い場所には行かないのが一番だ」


 俺の言葉に、ロベルトは後ろのほうを振り返って言う。


「あそこにいた騎士さん達、中に入ったりしてないよな?」

「あくまで外に出て来た変異種(ヴァリアント)を討伐していた部隊のようだし、入ってはいないんじゃないかな?」


 入ったとしても、長期間滞在しなければ変異しないし。


「なぁ、レディオン。例えば、二日ぐらいダンジョン内に閉じ込められていたとして、その人が変異前にダンジョンの外に連れ出された場合は助かるんだよな?」

「そうだな。魔素は体内に蓄積されるが、時間と共に自然と体内から抜け出していくものなんだ。高濃度の魔素にさらされていたとしても、変異前に魔素の薄い場所に行けばその時点から体内の魔素が抜けていって助かる。そういうケースは沢山ある」

「経験談?」

「そうだ。魔族の経験談だがな。耐えられる日数の違いこそあれど、助かるケースは人族も変わらないだろう。変異さえしてなければなんとかなる、というのが俺達の認識だ」

「アビスダンジョン、寝泊まりしてるけど大丈夫なのか?」

「上級魔族はかなり位階が高いからな。一年ぐらい中にいても平気だろ」

「そういうの聞くと、上級魔族って規格外だなって思うな」


 今のお前も上級魔族だろ。


「人族にも長期間耐える者がいるとテールから聞いたことがある。ダンジョンに潜るのを専門にしている冒険者とか、魔素散らしの魔道具を持っているにしても、平気で一月とか潜ってるらしいじゃないか。命をかけた綱渡りみたいな生活をよく平気で行えるな、って思うぞ」

「あ~、そういや、いたな。そういう連中……」

「テールも『あれは真似できませんな』って言ってた」

「精霊王さんからそう言われるなんて、よっぽどなんだろうな……」

「いくら報酬がよくても、健康が第一だからな」

「健康に気を遣う魔王ってお前ぐらいじゃねぇの?」

「何を言う。健康でないと決闘も出来ないじゃないか。歴代の魔王はたいてい健康優先な生活してるぞ。――サリはともかく」

「サリさん……」


 ロベルトが何とも言い難い表情になってる。サリは身を粉にして働く魔王だったからなぁ……


「今もなんだかんだで手伝ってくれるからな、サリ。のんびり隠居生活を満喫すればいいのにな」

「頭が下がるな」

「本当にな」


 まぁ、アヴァンツァーレ家の庭の一角を家庭菜園にしてみたり、それなりに色々楽しんでるみたいだけど。


「まぁ、いつかサリがのんびりしたいと言い出した時用に、くつろぎセットはもう作ってあるから、後はサリの意向次第だな」

「先に色々整えてやがる……お前はそういう奴だよ……」

「褒め言葉として受け取っておこう」


 そんな会話をしながら進んでいくと、五つの道に分かれる分岐点に来た。


「いきなり道が五つ」

「俺としては右から二番目に行きたいが、他はどうする?」

「一分隊ずつ行ってもらおう。さらに分岐があったら都度別れて探索してくれ」


 素早く隊列を組んだ分隊が、ロベルトが選んだ道以外の道へ進んでいく。俺達と残りの隊員は、ロベルトが選んだ道へと進んだ。


「行き先案内人がいると楽だな」

「俺の勘に頼るのはやめたほうがいいと思うんだがなぁ……」


 言いながら、その先にあった分岐もさくさく選んで進んでいく。どんどん引き連れていく隊員の数が減っていくが、もともと過剰戦力な状態だから気にしない。


「たぶんだけど、コアと妖魔の長さんが封じられてる場所って、同じ場所というか、ものすごく近い場所なんじゃないかなって思う」

「そうか。準備しておかないといけないな」

「どんな準備?」

「コア単体を指定して使う攻撃魔法の準備」


 言うと、ロベルトは露骨に嫌そうな顔になった。


「……お前が準備万端で放つ魔法ってどれだけの威力があるのか、想像するのも難しいんだが」

「実は俺も難しい。最近魔法の威力が上がってるから」

「おい……」


 仕方がないのです。戦えば戦うほど力が上がってるから。


「まぁ、アビスでだいぶ練習したから、それなりに予想の範囲内におさまってくれるんじゃないかと思ってる」

「強すぎるのも考え物だな」

「ロベルトは指輪外しておけよ? ここで力をセーブする必要ないから」

「そうだな」


 ロベルトが指につけていたリングを紐に通し、首からかけた。即席のネックレスだ。


「そういえば、ロベルトは下に降りる道中で敵と相対してたよな。どんな感じだった?」

「めちゃくちゃ弱かったな」

「リングつけてたのに?」

「ああ。びっくりするぐらい弱かったぞ」


 それ、お前が強くなりすぎただけじゃないのかな?

 ――と、また分岐だ。


「このダンジョン、分かれ道多いな? これはどっちに行く?」

「真っすぐ直進だな。あと、多分そろそろ下に行く階段に着くんじゃないかな」

「じゃあ、また目印たてておくか」


 一応、俺達が通っているメインルートは目印をつけてある。他の分岐の先に行った隊員達が俺達を追って来やすいようになっているのだ。

 なお、目印は槍である。


「えいっ!」


 目印用の槍をダンジョンの床に突き立てる。ロベルトが苦笑していた。


「ダンジョンの床や壁って、普通、砕けないものだって聞くけどなぁ」

「頑丈だが出来なくもないぞ?」

「これだから魔族は……」


 苦笑を深めて言ってるが、お前だって出来るだろ? 多分。


「さて。さくさく進むか」


 宣言して、ロベルトの先導に従ってひたすら進んでいく。それぞれの階段前には階層主が居座っていたが、ロベルトの一閃であっさり片付いた。一緒にいる隊員が戦えなくてしょんぼりするレベルのあっさりさで。


「何というか、歯ごたえの無いダンジョンだな」


 二十層目ぐらいになった時に、俺はため息をつきながら言った。ロベルトがなんとも言えない笑みを浮かべている。


「そりゃ、魔族も殺すアビスダンジョンと違い、こっちはラザネイト大陸の一般的なダンジョンだからな。お前にとって歯ごたえのある敵って出てこないだろ」

「わりと真面目に退屈なんだが」

「平和でいいじゃないか。面倒くさいギミックも無いし」


 ロベルトは笑っているが、俺達についてきている隊員は俺と同じように不満そうな表情をしていた。敵が弱すぎてつまらないのだ。


「早く進めていいじゃないか。とっとと終わらせてセラド大陸に戻ろうぜ」

「そうだな……」


 その先もひたすらロベルトの先導に従って進む。敵と会っても足を止めずに進めるレベルなので、行軍速度は非常に早かった。

 小腹が空いたので五十層ぐらいで一度休憩をとる。

 今日のおやつはベーグルサンドだ。ずっしりとした質感で、挟まってるハムとチーズの相性もよく、美味い。


「お前は本当に美味そうに食うよな」

「もむ」


 口の中のものを飲み込んで、俺はロベルトに問うた。


「けっこう下に進んで来たが、コアのある層にはまだまだかかりそうか?」

「ん~? どうだろう。そろそろな気がするんだけどな」

「じゃあ、多くても、あと一、二層ぐらいか」


 ロベルトの予想に見当をつけて、俺は二つ目のベーグルサンドに手を伸ばす。これは鳥肉を挟んであるみたいだ。うまうま。


「長の封印ってどんな感じなんだろうな。コアの近くにあるってことは、コアに呼び寄せ(アポート)されたってことだろうか?」

「いくらなんでも、妖魔の長ともあろう者が呼び寄せ(アポート)されたりしないだろ」

「そもそも、呼び寄せ(アポート)ってどんな感じなんだ?」

「知らん。俺も経験したことないし」

「だよなぁ……」


 ロベルトは呼び寄せ(アポート)に興味津々のようだ。


「そんなに気になるのか?」

「だってよ、それって一種の召喚魔法じゃね? あるいは、転移魔法か」

「なるほど。確かに、単体の転移魔法だな」


 言われて、俺も興味をもった。対象を無理やり転移させる能力なのだとすれば、それを解明することで魔法陣なしの転移の方式を導き出せるかもしれない。


「対象の選定はどうやっている……? 一定フィールド内のなかで選ぶとすれば、千里眼の能力に近いものも持っているということか? 呼び寄せが転移魔法だとして、どのようにして引き寄せるかが問題だが……」

「すまん。お前の興味をかきたたせておいてなんだが、そろそろ出発しようぜ」


 はーい。

 一先ず考えを置いて、隊員に号令をかけて出発する。

 歩きながら考えに没頭していると、ちょいちょいと腕を引かれた。


「ん? なんだ?」

「いや、たぶんだが、もうすぐコアの部屋に着くぞ?」


 あれ!? いつの間に!?


「熱心に考え込んでたみたいだから、そっとしておいたんだが……お前、階段を降りたことも気づいてなかっただろ」

「……全く記憶にありません……」

「だと思った。この道の奥のようだから、準備進めておこうぜ」


 言われて周囲を見渡すと、だいぶ数の減った隊員達が武器を片手にわくわくした顔になっている。……お前達……


「あまりにも退屈だから、階層主は皆で交代しながら倒すことにしたんだよ」

「それでわくわくしてるわけか」

「暇すぎるのも考えものだよな」


 言いながら、ロベルトも光の剣を抜く。相変わらずカッコいいな、その無形の剣。


「じゃあ、階層主とコアをさくっと倒して、妖魔の長の封印を解くか」


 魔法の準備をしながら道の奥へと進む。

 見えてくるのは巨大な空間と、祭壇のような石造りの台座。そしてその前にいるドラゴンだった。


「あら、可愛い」


 場違いな感想は、俺達の後ろにいる隊員から。たぶん、竜魔だろう。

 竜魔にとって、普通のドラゴンって「可愛い」分類なんだな……


「ドラゴンは適当に倒して構わない。コアの洗脳にだけ気を付けてくれ。耐性を上げる支援魔法を忘れるな」

「はっ!」


 告げるや否や、我先にと駆ける隊員達。ちょっと標的のドラゴンが可哀想になった。


「ロベルト、俺達はコアを――ロベルト?」

「やばい」

「え?」


 俺はロベルトの視線の先を見る。

 そこにたおやかな美女がいた。片手に綺麗な水晶玉のようなものを持っている。

 ――いや、『持って』か? なんだか違和感が……


「レディオン。あれ、たぶん妖魔の長って人だと思うんだが、右手にコアがくっついてる」

「は?」


 ロベルトの声に思わず変な声が出た。

 ロベルトは美女を見据えながら言う。


「コアと同化してるんだ。彼女が妖魔の長で、ダンジョンコアだ」





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