37 ユルゲンとツェーザル
十五層への入り口付近に基地を作り、休憩をとっていると、無距離黒真珠に反応があった。
「どうしたんだ?」
『レディオン様の探していた領主と妖魔が見つかりました』
「見つかったのか!」
レイノルドからの一報に、俺は思わず立ち上がってしまった。
座っている皆が何事かと見上げてくる。
「それで、ポーツァル家の領主は無事か?」
『はい。ちょうど捕食しようとしていたところを捕らえましたので、ギリギリではありますが』
やっぱり捕食しようとしていたのか!
それにしても、なんで『今』捕食しようとしたんだろう?
最初に見てからすでにけっこうな日数がたっている。その間にいつでも捕食できただろうに……
「その妖魔と話はしてみたのか?」
『はい。封じられた妖魔の長を助けるためだ、と言われました』
「ポーツァル領の領主代行を捕食することが?」
『はい。どうも領主の血筋なら封印を解けると思い込んでいるようです。本人の癖や仕草、呼吸に至るまで模倣することが出来たので、捕食で成り代わろうとしていた、とのことです』
「妖魔って、そっくりそのまま変身することが出来たか?」
『高位の妖魔であれば出来るかと』
なるほど。
それで、『今』捕食しようとしたのか。
「こっちでも妖魔が船に密航しようとしてたりしたんだが、そのことについては何か言っていたか?」
『驚いていました。――喜んでもいましたね。本土にいる連中にも気概のある者がいたか、と』
気概の問題なんだろうか……
『捕らえた妖魔は、千年ほど前に鳥に変化して海を越えた者のようです。当時は妖魔の長と一緒に大陸を渡るのを妨害する勢力というのがいたそうで、こちらの大陸に渡った妖魔は少数であったとのことです』
興味本位で海を渡っちゃった長一行か……そりゃあ、反対勢力だっていただろうな……
「それで、妖魔の長が封印されたのはいつ頃なんだ? 動き出したのが今ってことは、最近なのか?」
『最近といえば最近かもしれません。ロベルト殿の前の勇者が封印したそうなので』
先代勇者か。
それ、下手したらカルロッタの国王や正妃も関連してるんじゃなかろうか。
『先代勇者にはだいぶ酷い目にあわされたようで、勇者をひどく憎んでいます。それ以上に憎んでいるのがポーツァル家の人間で、根絶やしにしてやると息巻いていました。あと、妖魔の長が封印されたことを連絡したのに、手を貸してくれない本土残留組への怒りもかなりあるかと』
「ものすごく不満を抱えてるのは分かった」
『なかなか強烈ですよ。よほど長を慕っていたのでしょうね』
レイノルドの声がちょっとお疲れモードだった。よっぽど強烈なんだろうな……その妖魔のひと。
「とりあえず、長のことはこちらでも封印を解く協力をすることを伝えておいてくれ。だから、先走って人間を害したりしないように、と」
『かしこまりました』
「領主代行の方はどうしている?」
『助けた当初は怯えていましたが、今は憤慨していますね。やはり妖魔王のせいだったか! とか叫んでました』
「『やはり妖魔王のせい』とは?」
『魔穴と呼ばれる場所から変異種の出てくる回数があがっていることと、本来の領主が呪いで寝込んでいるようなので、その二つのことでしょう』
「まぁ、封印されたら呪いの一つもかけたくなるだろうけど、封印された状態でも呪えるものなのか?」
俺の疑問に、レイノルドも「私も疑問です」と答え、言葉を続けた。
『千年前の妖魔の長でしたら、それなりに強い妖魔だったと記録されています。ただ、呪いに精通していたかは分かりません。捕まえた妖魔にも尋ねましたが、あの優しい方が誰かを呪うなどあるはずがない、と』
「なるほど。そのあたりのことはまだ未確定だな。――とりあえず、領主代行は賓客として扱ってくれ。面倒事になりそうならリベリオに力を借りよう」
『かしこまりました』
強めの視線を感じて顔をあげると、サリと目があった。
「レディオン、お前は一度ロルカンに行った方がいいだろう」
「今?」
「今」
サリはきっぱりと言う。
「人族との関係がこじれそうな案件は先に片づけておいたほうがいい」
「このダンジョンの制覇はどうする?」
「問題のコアは十六層、あるいはそれ以降なのだろう? なら、十六層の途中までは俺達で攻略しておく。今までの敵の力量なら、お前が欠けても十分対応できるだろう」
「それは……確かにそうなんだが……」
「問題が起きた時、自分以外の誰かに任せておくのも上に立つ者の役目だ。重要度的に手を抜けないのは妖魔の連中との対話や領主とのやり取りだろう? こっちは任せておけ」
「……わかった」
サリはそこでロベルトの方を見る。
「ロベルト。力の把握はできたか?」
「だいたいは把握できたと思う。いざとなったらレディオンから貰ったリングがある」
「では、レディオンの護衛兼見張り役で行ってくれるか」
「あいよ」
「護衛は分かるんだけど、見張り役ってどゆこと?」
俺の言葉に、サリは苦笑して言った。
「お前は損得抜きですぐに誰かを救おうとするだろう? 妖魔は奸計に長ける。騙されることは無いと思いたいが、利用されるだけ利用されるというのは避けたいからな」
確かに、俺を裏切った妖魔族も奸計に長ける奴だった。サリの心配はもっともな事だ。だからこれは、俺が騙されやすいと思われてるわけじゃない。……思われてないよね?
「わかった。ロベルト、いざというときはよろしくな!」
「俺に対する信頼があつすぎてプレッシャーなんだが」
「あと、ロルカンに行く前に子供になっておけよ」
おっと。忘れて赤ん坊のままで行きそうだった。
慌てて魔法を使い、子供の姿になっておく。すると、両側から父様と母様にそれぞれ抱きつかれた。
「レディオンちゃん。妖魔に何を言われようとグランシャリオ家は揺るがないから、強気で話をしていいからねっ」
「レディオン、頑張ってらっしゃい」
サリとオズワルドからも声をかけられる。
「魔王として強気でいくといい。連中は話がうまいから気をつけろ」
「無理しないよう、体には気をつけてください」
妖魔の信用度の低さが笑える。俺も前世で一部の妖魔に裏切られてるから、信用はしてないけども。
「じゃあ、行ってくる!」
「ロベルト、レディオンをよろしくな」
「ああ」
さて。ジルベルトへのお土産は何がいいかな。
●
転移装置を使いまくってやってきました、ロルカン、グランシャリオ支部。
すでに出向くことを伝えていたので、転移装置前にはレイノルドが待っていた。
「ご尊顔を――」
「挨拶はいいから。妖魔はどこだ?」
また跪拝されかかったので慌てて止める。お前はどうしてそこまで俺に礼をつくすの?
「妖魔は地下牢に入れてあります」
この支部、地下牢なんて作ってあったのか……
「地下牢は地下倉庫の一部を改装して作りました」
俺の疑問を素早く察知して答えてくれるレイノルド。優秀なんだが、心の声まで読まれてそうでちょっと怖い。
「ツェーザル・ベルント・パラディース」
地下に降り、頑丈な魔鉄の檻の中にいる人物をレイノルドが呼ぶ。
「魔王レディオン様の御前だ、失礼のないように」
「魔王……?」
ツェーザルと呼ばれた男は、痩せぎすの白い顔をした男だった。ちょっと病んでる感じの顔だな。
「オリヴィア様では無いのか……」
「それは二代前の魔王だな。お前達がこちらの大陸に渡ってから、代交代は二度あったんだ」
俺が魔王になったの、超最近だけどな。
「それで、今は御身が魔王であられる、と」
「レディオン・グランシャリオだ」
「ツェーザル・ベルント・パラディースと申します」
ツェーザルは居住まいを正し、丁寧に一礼してくる。何故かレイノルドがドヤ顔になっていた。
「それで、レディオン様も我が長の封印を解くのを邪魔されると?」
「邪魔というより、穏便な手段での解呪に協力しよう、という提案だな。わざわざ人族を喰って成り代わらなくても、封印そのものを解呪してしまえばいいだろう?」
「その協力をしていただける、と?」
「条件を飲めば、な」
本当を言えば条件を出さなくても解呪するつもりなんだが、あれからサリ達から安請け合いはするなとか色々言われたので、ちょっと条件をつけることにしてみた。――後ろでロベルトがほっとしたような顔してる。そんなに俺は安請け合いしまくってるの?
「条件ですか。お聞きしましょう」
「まず、妖魔の長が封印されることになった状況を詳しく話すこと、次に俺が許可しない限り人族に危害を与えない事、最後に、時間がかかるかもしれないが、早まって騒ぎを起こさない事、だ」
「まるで幼児に約束させるようなことを仰る」
「人に化けるために捕食しようとしたのはお前だろう? 俺から見れば行動が幼いぞ」
バツが悪いのか、ツェーザルはちょっと顔をゆがめた。まぁ、子供の姿の俺に幼いと言われればこたえるよな。
「全部守るなら、魔王である俺の力を貸そう。ただし、人族への危害は認めない。長を開放する予定だが、長が暴力を振るおうとしたら止めるからな」
「あの方がそんなことをするはずがない。あなたは長の為人を知らないようだ」
「知らんよ、千年も生きてないんだから。それに、不当に封印されたのなら普通は怒るものではないか?」
「あの方なら、怒っても『もーっ!』ぐらいしか言わないでしょう」
なんだろう。ロベルトとレイノルドからじっと見つめられている。何が言いたいの?
「そのあたりは実際に封印を解いて、本人を見ることにしよう。とりあえず、今のお前は人族の殺人未遂罪で捕まった罪人だ。それ相応の対応になるから覚えておいてくれ」
「わかりました。長を開放してもらえるなら、どんな罰でも受けましょう」
思ったよりすんなり話ができたので、続いてアヴァンツァーレ領主館に滞在しているというポーツァル家の当主代行に会いに行く。
領主館前に行くと、ジルベルトが飛んできた。
「レディオン様!」
「ジルベルト!」
「デヨっ」
何故かラクーン族まで飛んできた。
三人で同時にハグする。ジルベルト、ちょっと痩せてないか? あとラクーン族のふわふわが気持ちいい。
「またお力を借りることになり、申し訳ありません」
「ジルベルトが謝ることはない。むしろ、俺達のほうがジルベルトに余計な仕事を増やさせてしまって、申し訳なく思っている。ポーツァル領には連絡したのか?」
「はい。ユルゲン殿を保護しているという手紙を早馬で送りました。間にリベリオ殿下が入ってくださる予定になっています」
「そうか。リベリオが間に入ってくれるなら安心だな」
ホッとして言うと、ジルベルトも同じような顔で言った。
「正直、ポーツァル家ほどの名家に対応するのはうちではきついですからね」
「そうか?」
「ポーツァル領は北の要ですから。同じ辺境伯とはいえ、零落したうちと違い、ポーツァル領はずっと栄えている領地ですから」
「お前もこれから栄える予定だがな」
「それはレディオン様のおかげかと」
「デヨ」
ラクーン族が俺とジルベルトに体をこすりつけながら俺達を周りをくるくる回っている。というか、いつの間にか四匹に増えてる。
「ところで、ラクーン達はどうしたんだ? 何かあったのか?」
「キラキラ、会うの久しぶりデヨ」
「ジルベルト、最近元気ないデヨ」
「心配デヨ」
「キラキラも心配デヨ?」
すりすりされながら言われた。相変わらず可愛いな!
「お前達は元気か?」
「元気デヨ!」
「元気デヨ!」
「元気いっぱいデヨ!」
「あなたも元気デヨ?」
ああ~。
「俺は元気だぞ」
ぎゅー、と一人ずつ抱きしめる。次いで、ラクーン達はジルベルトに向かってバッと両手を広げた。ハグ待ちだ。
「ふふ」
ジルベルトがくすぐったそうにしながらラクーン族を抱きしめる。
なんだろう。すごく癒される。
「え? 俺も?」
バッと両手を広げられて、ロベルトが驚きながらハグする。これはこれで癒されるな。
「私も!?」
微笑ましそうに一歩下がって見ていたレイノルドが、目の前でバッと両手を広げられておそるおそるラクーン達とハグした。あ、身長差ありすぎてレイノルドが膝立ちになった。
ラクーン達はハグが終わるとテテテテッと綺麗な列になって走り去っていく。結局、何をしに来たのかは分からなかったが、可愛いからよしとしよう。
そのラクーンと入れ替わるように扉から一人の男が出てくる。どこかで見たことあるような……
「ユルゲン殿」
ジルベルトが声をあげ、なるほど、と俺は納得した。昔、ロルカンで一度見た男だ。
「相変わらず、ラクーン族に好かれておいでですね。ジルベルト殿」
「レディオン様ほどではありませんが」
ジルベルトが俺の名前をあげ、自然とユルゲンの視線を俺に向かわせる。
「なんと……」
絶句された。なんでだ? ――ああ! フード被って無かったからか!
俺はいそいそとフードを被る。何故かユルゲンから焦ったような声があがったが、凶器な顔面は封印しておくとも。
「ジルベルト殿、こちらは……?」
「レディオン・グランシャリオ様です」
「グランシャリオ……では、私を助けてくれたあの方々の?」
実際に助けたのはベッカー家や竜魔なんだろうけど、面倒なので頷いておく。というか、この反応、まだグランシャリオ家が魔族だということを明かしてないのだろうか?
「レディオン・グランシャリオだ。ずいぶんな目にあったようだな」
「ああ……ええ。命を救っていただいたこと、感謝する」
どう反応していいか分からないといった顔をしたまま、ユルゲンが俺に軽く礼をする。
途端、俺の後ろで番犬のように控えていたレイノルドが大きめの咳払いをした。
「ユルゲン殿。レディオン様は我らが王。西大陸を統べる身であられる」
「な……!? こ、これは大変な失礼を」
慌てたユルゲンが深く礼をする。
今度は俺がどういう反応すればいいか分からなくなったんだが。
「そこまで畏まらなくてもいい。レイノルドも、あまり脅かしてやるな」
「はっ!」
レイノルドがキラッキラした目で答える。そのツルツルの頭部が、もしかすると俺のせいかもしれないと思うと心が痛いんだが。
とりあえず、最優先はユルゲンとやらだ。
「さて、ユルゲン殿。我等のことはどれぐらい知っているだろうか?」
「……と、言いますと?」
「我々が魔族だということは知っているか?」
「な……!?」
やっぱり知らなかったか。
「我がグランシャリオ家、ならびにこっちのレイノルドのいるベッカー家は魔族十二大家にあたる。貴殿等で言うところの公爵ぐらいの地位だと思っておいてくれ。ちなみに、俺は先だって前の魔王を倒し、当代の魔王となった」
「は!? へ!? え!?」
「それを踏まえて貴殿に問う。貴殿を襲ったのは妖魔と呼ばれる魔族なのだが、貴殿はその妖魔の長の封印に関わりがある一族、ということでいいのか?」
俺の言葉に目を白黒させていたユルゲンは、口をパクパクさせていたがすぐに思案顔になり、頷いた。
「妖魔王の封印は、確かに我が領地にあり、その封印に父が関わっていたというのは聞いたことがあります」
言って、ものすごい不審げな目を向けられた。
「だが、それ以前に確認させてほしい。貴殿は、本当に魔族なのか?」
「そうだが?」
「なぜ魔族がこんな所に!? それに、魔王!? こんな子供が!?」
年齢はやっぱり引っかかるか……実際には一才だけど。
「ユルゲン殿。言葉は考えて発してもらいたい。レディオン様はれっきとした魔王であり、私の敬愛する主だ」
「しかし!……いや、そもそも、レイノルド殿も魔族なのだな!? なぜ、魔族が魔族を捕らえて私を助けたのだ!?」
「レディオン様から妖魔の捕縛と貴殿の救助を頼まれていたからだ」
ユルゲンがこちらを見たので、頷いてみせる。
「貴殿の一行に妖魔が混じっているのを感知して、な。何かあってはならんと思い通達しておいたんだ」
「ですから、何故……何故、魔族が私を?」
「人を助けることに、なにか特別な理由が必要なのか? 襲われそうだから助けただけだ」
俺の言葉にユルゲンはまた口をパクパクさせ、ややあって目頭に拳をあてて唸った。
頭が痛いのだろうか? 大丈夫?
「あまり深く考える必要はなかろう。そちらの一行にどのようにして妖魔が混じったのかは知らないが、見てしまった以上見て見ぬふりはできん。それで手を打たせてもらった。それだけの話だ。――話を進めてもかまわないか? それとも、少し時間をおこうか?」
俺の言葉に、ユルゲンは唸りながらも「進めましょう」と言った。
「で、魔族の王が私にどんな用なのでしょうか?」
あ。なんかやけっぱちになってる。
まぁ、いいか。
「二、三、答えてもらいたい。妖魔の長はどうして貴殿の父に封印されることになったんだ?」
「実際に封印したのは勇者だという話ですが、もともと、我が領で女子供を攫う人型の魔物が出た、ということで討伐した相手が妖魔王だったと伝え聞いています」
「ほぅ……」
なんかツェーザルの話から推測される人物像とかけ離れてるな?
「先代勇者が封じた、ということは、カルロッタ王や正妃も関連しているのか?」
「あのお二人が勇者一行から離れた後のことですから、二人は封印に関係していないはずです」
なるほど。王や正妃に状況を聞こうとしても意味が無いか。
「貴殿を襲った妖魔は、貴殿と入れ替われば妖魔の長が開放されると思っていたようだが、貴殿自身は封印を解くことができるのか?」
「なにを馬鹿なことを……勇者の封印を私が解けるはずがない!」
「なるほど……ツェーザルは無駄骨だったわけだな。実行する前に捕らえれてよかったよ」
意味もなく命を奪われたのでは、このユルゲンとやらもたまったものではないだろうからな。
「そういえば、ポーツァル領には魔穴と呼ばれる場所があるそうだな? そちらの封印を探しに旅立ったと伝え聞いていたのだが?」
「その魔穴が妖魔王の封印地です」
「なるほど? では、再封印あるいは封印を強めるための旅だったわけか」
「父を救える手段はそれしかないと思いましたので」
呪いを解くにはだいたい二通りの方法がある。
呪っている相手に解かせるか、より能力の高い者に解呪させるかだ。
だが、呪っている相手が強すぎ、さらに解呪しようにも力不足な場合、呪っている相手を封印で世界から切り離し、効力を弱める方法をとる。ユルゲン達が選んだのはこの三番目のパターンだ。
「もし妖魔の長が呪っているようなら、俺から呪いを解くよう伝えよう。ただ、別口の場合もあるから、それは承知しておいてくれ」
「……分かりました」
ユルゲンが頷いたので、俺は話を締めくくる。
「とりあえず、貴殿はポーツァル領に帰られたほうがよかろう。今、カルロッタの王宮に貴殿を探しに来た五男の一行がいる。心配していよう。早く無事な姿を見せてやるといい」
「……私に何かを請求しないので?」
「何をだ?」
「私を助けて、そちらに何の益がありましたか?」
「特に無いな。言っただろう? たいした理由などないと。強いて言えば、無駄な人死にを出したくなかったからだ。理由など、その程度のものだ」
ユルゲンはこめかみを指でもみながら唸る。
なんで唸ってるの? 威嚇なの? 俺も唸りかえしたほうがいい?
「……グランシャリオ殿」
「うん? レディオンでいいぞ」
「……レディオン殿」
考えすぎて考えることを放棄したような顔で、ユルゲンは俺を呼んだ。そのまま数秒沈黙するので、俺も沈黙して待つ。
「……レディオン殿達は、何故、ここに?」
「アヴァンツァーレ領に、ということか? ジルベルトが友達だからだが」
「…………」
なんか空を見上げられた。何があるのかと思って俺も空を見上げたが、白い雲以外空には何もない。
なんだろう、と思って視線を戻すと、呆れたような顔をしたユルゲンがいた。
俺は首を傾げる。
「どうした? やはり、時間を置こうか?」
「いえ……――いや、はい。時間を置いていただけると幸いです」
なんだか疲れたような声だな。後で何か差し入れをあげよう。
「ジルベルト、すまないが、ユルゲン殿を王都まで送るのを頼んでいいか?」
「はい」
「リベリオにもよろしく言っておいてくれ」
「かしこまりました」
微苦笑を浮かべて頷くジルベルトに、ポーチから取り出した小箱を渡す。
「あと、これはお土産だ」
「お土産、ですか?」
「さっきまで潜っていたダンジョンで拾った結晶で作った。護身用の護符だ。お前の身を守ってくれるだろう」
なお、俺とお揃いの首飾りです。
「これまでにも沢山いただいてるのに……」
「領主なんてしてると、厄介事の一つや二つあるだろう? お前が無事でないと俺も気が気じゃないから、頼むからもらってやってくれ」
「……はい」
ジルベルトが苦笑しながら小箱を抱える。俺は笑って言った。
「それは俺の首飾りとセットになっていて、なおかつ位置情報発信装置にもなっている。危険な目にあった時、俺を呼んでくれ。飛んで行くから」
ジルベルトがくすくす笑いながら頷く。信じてないな? 本当に飛んで行くんだからな?
「そうだ、ユルゲン殿」
「は、……はい?」
振り返り、何故か俺達を呆気にとられた顔で見ていたユルゲンに俺は言う。
「そちらは不服かもしれないが、捕らえた妖魔に関しては我々で対応させてもらいたい。また、そちらに封印されているという妖魔の長に関しても、我々で引き取りたいと思っている」
「それは……封印を解く、ということですか?」
「そうだ。無論、妖魔の長が何かしようとしたらこちらで止めるし、身柄は我々が確保する。捕まえた妖魔も、長が解放されるのならこれ以上の悪さはしないだろう。結局のところ、先代勇者が長を封印しなければ、こんなことにはならなかったんだ。それに、捕らえた妖魔が語る長の性質と、そちらから聞いた長の性質はずいぶんと違う。俺としては、そこの矛盾が気になる」
「私が嘘をついている、と?」
「貴殿では無いだろう。伝聞が間違っている可能性はある。まぁ、捕らえた妖魔の方が嘘をついている可能性もあるから、どちらにも対応できるようにするつもりだ。――そちらの領地で長を封印し続けるのも大変だろう? 俺達の手で故郷に連れて帰るよ」
ユルゲンは何かもの言いたげな顔をしていたが、一度大きく息をついて「わかりました」と答えた。
「そのように、家臣達には伝えておきます」
「そうか。よろしく頼む」
笑って頷くと、何故かまた空を見上げられた。
空に何かあるようには見えないのだが……
ジルベルトとロベルトを見ると、二人の顔には「しょうがないな」と言わんばかりの苦笑が。
そしてレイノルドは謎のドヤ顔だった。