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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
三章 例え数多の苦難があろうとも
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幕間 海底洞窟の魚人





 海人族の住処は、海中洞窟に作られる。

 サンゴ礁のある綺麗な場所は地位の高い者が居を構えており、それ以外の一般人は、そこここに点在する武骨な洞窟に集団で住んでいた。

 その中の一つ、双子島の海中洞窟には百近い集団が暮らしているらしい。完全に魚形態の者や、上半身は人と似た姿をした者まで、その外見は様々だった。

 その中の一人、下半身が鮫形態の男が、紫の木の実を食べては苛立たし気に舌打ちをしているのを見つけて、私は狙いをその男に絞った。


「どうした、兄弟。荒れているな」

「あぁ? お、おぅ」


 苛立たし気に振り返った男は、こちらを見てちょっと頬を染める。


「あ、あんたらみたいな別嬪さんに聞かせるこっちゃねぇよ」


 変身草で化けた鮫は、魚人から見て美人らしい。ちなみに完全魚形態だ。


「まぁ、そう言うなよ。マスター、こっちの兄弟にとっておきを一つくれ」

「あいよー」


 魚人の通貨は綺麗な鱗や真珠、珊瑚の欠片等だと聞いていたので、無限袋に入っていた綺麗な魚の鱗をマスターらしき魚人に渡す。


「ほ。こりゃ上等な虹海魚の鱗じゃないか」

「ついでにその木の実と魚をくれ。腹が空いているんでね」

「まかせな、嬢ちゃん」


 面白いことに、魚形態になった私の性別を間違う魚人は一人もいなかった。それを言うと、隣のザマス殿は「魚にバストは無いからザマス」とか言っていたが。


「で、どうしてそんなに荒れてるんだ?」


 私の問いに、男は口を曲げて嫌そうに言った。


「仕事がうまくいかねぇんだよ。魔族の奴ら、お高くとまりやがって」


 私とザマス殿は目配せをしあう。ザマス殿が私と反対側の男の隣に移り、二人して同情の声をあげた。


「大変な仕事を負ったザマスね」

「連中は一筋縄ではいかないからな」

「だよな。それが上の連中には分かってもらえねェ……あ゛~、報酬につられてこんな依頼受けるんじゃなかったぜ」

「今からやめるわけにもいかないんだろう?」


 私の声に、男は頷く。


「ああ、引き受けたからにはやり遂げないとな。けどなぁ、いつ連中の魔法が降り注ぐことか……考えるとゾッとする」

「大変だな」

「へい、別嬪さんらの食事だ。あと、これは『とっておき』だ」


 マスターが私達の前に透明な壺を置く。中に入っているのは小魚のようだ。ちなみに、とっておきだ、と言って置いたのは虫だった。

 ……ザマス殿、すごい顔になってるぞ。


「ヤーヒム様の命令は絶対だからなぁ。確かに、魔族をこのままのさばらせておくのも業腹だし」

「一泡吹かせてやりたいよな」

「そうなんだよ。魔海峡で隔てられてるとはいえ、時々こっちの海にまで漁をしにくるからな、あいつら。魔海峡からこっちっていえば、俺等の漁のエリアじゃないか」

「その場所でいつも漁をしていたのか?」


 詳しく訊くと、ポカンとした顔で「いいや?」と答えられた。

 ……おい……


「漁をしてるのはもっと外海だけどよ、こっちの海は俺達のエリアだっつの」


 どうやらこの魚人は、魔海峡で隔てられた外海は全部自分達のものだと思っているらしい。おそらく、これは魚人の一般的な認識なのだろう。

 実際には魔海峡近辺は魔族の領土だ。昔の魔王と魚人達の長とで話し合い、決まったことなのでその事実は揺るがない。

 だが、おそらく若い世代の魚人はそんな歴史を知らないのだろう。誰かがもっともらしく吹聴している嘘の歴史を真実だと思い込んでいるのだ。


「最近じゃ我が物顔で船の行き来を増やしやがる。まったく、魔族ってのはろくなもんじゃねェ」

「そうだな」


 こめかみが引きつりそうになるが、適当に相槌をうつ。ついでに壺の中の小魚を鮫の口で吸い込んだ。噛むとバラバラになってしまうのでそのまま飲み込む。……胃に負担がかかりそうな食事だな。


「はいよ、ヤクプの実だ」


 マスターが紫の木の実を持って来てくれたので、それを一つ食べる。

 ……これ、魚人にとっての酒みたいなものか。毒抵抗力が強すぎて酔いはしないが、一般的な魚人だと酔っ払えるのだろう。標的にした男もほろ酔い状態だ。


「あんたらはヤーヒム様の依頼を受けないのか?」

「魔法で焼かれるのは勘弁してほしいな」

「確かにな。あんたらみたいな別嬪が焼かれでもしたら、魚人にとって大きな損失だ」


 これは外見を褒められているんだろうか。鮫の美醜はよくわからないな。


「けど、ヤーヒム様の思想は正しいだろ? あの邪魔な魔族の連中を血祭りにあげて、蓄えてる財宝を根こそぎ奪ってやるんだ」

「剛毅だな」

「今はまだ人を集めてる最中だが、いつか連中の巣に攻撃をしかける予定なんだ。報酬は思いのままらしいぜ!? そしたら、大金持ちじゃねぇか! 連中、真珠とかたんまり持ってるらしいからな!」


 なんとも分かりやすい物欲に、私は失笑したくなるのを堪えた。壺の中の小魚をあおってやりすごす。


「その決戦の日にはぜひ参加したいものだな」

「おお、ぜひ参加してくれ。俺の雄姿も見てくれよ!?」


 何故か鼻息のあらい男に「ああ」と適当に相槌をうち、ヤクプの実を食べる。いっそ酔えたらいいのだが……


「雄姿を見る為にも、いつ頃決行するのか知りたいんだが?」

「あ~……まだ人数集まってないらしいからなぁ……何年後になるか……。いっそ連中の船を襲うのも参加しねぇか!?」


 その話は数十秒前に答えた気がするのだが。


「連中、魔法を使うだろう? 魔法で焼かれるのは勘弁だな」

「確かに、あんたらみたいな別嬪が焼かれるのはもったいなさすぎるな」


 魚人、鳥頭なのだろうか。


「襲撃が大人数ならその確率も減るが」

「まだ人数少ないからな……ついこの前も連中の船を襲ったんだが、狂暴な魔族がいたせいですげぇ損害出したんだ」

「ほぅ?」

「赤い狂暴な魔族でな、雷をバンバン落しやがった」

「ぶふ」


 ザマス殿。噴き出すのはやめてくれ。食べてた小魚が逃げたぞ。


「今まで襲ってた魔族が可愛く思えるぐらい狂暴な魔族だったからなぁ。あんなのに当たると、大変だぜ」


 悪かったな、狂暴な魔族で。


「いつか私達も対峙するかもしれないな」


 『対峙』することは一生無いが。


「ああ。そうなったら一目散に逃げろよ。あんたらの綺麗な肌に火傷跡なんかついたらたまらねぇからな」


 鮫肌だがな。


「おいおいマチェイ、別嬪さん二人も侍らせていいご身分じゃねーか」

「おっ? ペトルじゃねェか」


 どうやら知り合いが来たらしい。

 頃合いと見て、私とザマス殿は場所を空けた。


「どうやら友人が来たようだな。私達は別の場所に行くとしよう」

「え」

「戦場で会ったらよろしくザマス」


 何か言いたげなマチェイとやらを置き去りにして、二人でスイスイ泳いで去る。後ろのほうで「あの尻尾がたまらねぇな」とか気持ち悪い感想を言われているが、気にするまい。


「モテモテだったザマスね」

「ザマス殿も別嬪さんだったらしいぞ」

「魚の美醜は分からないザマス」


 水中洞窟から海に出て、そのままぐんぐん沖へと泳いでいく。

 周囲に海人の姿が無いことを確認してから話し合った。


「さて。あっさりと情報が手に入ったが、どうするか」

「魚人、守秘義務も何も無いザマスね」

「もともと単細胞だからな、魚人」

「なるほど? ――で、鍵はヤーヒムとやらザマスか」

「長の名前だろうか……少なくとも、上位の存在なのは確かだな」


 あの男の話に数回出て来た「ヤーヒム」という名前。


「長かどうかはまだ分からないザマスか」

「……いや、ヤーヒムとやらの『思想』が正しい、と思っているということは、長の可能性が高い。魚人は長の思想が魚人全体の思想になるからな。今は人数集めをしているところだ、ということは、今、連中を瓦解させれば襲撃は無くなるな」

「どうやるんザマス?」

「一番簡単なのは上位陣を全員殺すことだな。まず、ヤーヒムとやらの近辺を探るか」

「どこにいるかも分からないのに?」

「それはこれから探ることだ」


 私の言葉に、ザマス殿は遠い目になる。


「さっきの奴みたいにベラベラ喋ってくれたらいいんザマスけど」

「なに。喋らない奴なら、喋りたくなるようにするだけだ」

「……まーた不穏な顔してるザマス……」


 ザマス殿に言われて、顔をつるりと撫で――撫でれないな、このヒレだと。


「とりあえず、一度グランシャリオ家に報告しよう。向こうの岩礁が身支度によさそうだな」

「先に行って変身解いて着替えておくといいザマス。終わったら合図くれればワタシも着替えるザマス」

「別に一緒に行ってもかまわなくないか?」

「アンタは自分が女だってことを時々忘れてないザマスか!?」

「お前はどうせ見やしないだろうが。私にだって人を見る目はあるんだ」

「そういう問題じゃないザマス! 見張りも必要なんザマスから、さっさと行くザマス!」

「はいはい」


 こうと決めたら絶対に譲らないザマス殿に従って、一人で岩礁に向かう。岩場に乗り上げ、人に戻って服を着る。変身草は確かに魚人に化けさせてくれるが、服は脱げてしまう。そもそも魚人は全員裸体だ。そう考えれば不思議ではない。

 問題は、人の姿に戻る度に自分の裸体を晒すことになることだ。

 ザマス殿が問題にしているのもそこなのだろうが、そう目くじらたてる必要は無いと思っている。見ても面白みのある体はしていないからな。


「終わったぞ」


 岩礁に裸足で立ち、海に向かって合図を送る。

 しばらくしてヌッと鮫の頭が岩礁に乗り上げ、次いでそれが人の姿に変じた。


「いつ見てもこの変身の瞬間は不思議だな」

「なんッッで凝視してるんザマスかこの痴女は」

「痴女とは失礼だな。観察していただけじゃないか」

「これから着替えるんザマスから視線は外すザマス!」


 ザマス殿はなかなかに厳しい。仕方なく後ろを向き、雑嚢袋を漁った。手に入れてすぐの場所に何かがある。


「うん?」


 取り出すと、角の無い一角獣(リコルヌ)の頭だった。

 何故、頭?

 というか、角はどこへ?


「アンタ、馬の頭を掲げてなにしてるんザマス? 軽くホラーザマスよ?」

「ああ、終わったのか、ザマス殿」

「まさかそれ、食べるんじゃないザマスよね?」

「さすがに馬の頭は食べないが……何故かこれが雑嚢袋に入ってたんだ。手を入れて一番最初に触れる位置に」

「伝言か何か無いんザマス?」

「無いな。……まぁ、この雑嚢袋もいろんな場所と繋がっていそうだから、どこかではこれを待っているのかもしれないな」

「中身が繋がってる袋とか、意味不明ザマス」

「連絡をとりあうのには重宝しそうだがな」

「今みたいに全然関係ない所で取り出される可能性もあるザマスけど?」

「そこが問題だろうな」


 頭を雑嚢袋に戻し、もう一度手を入れる。食べ物を探すと大きなサンドパンが出て来た。よしよし。


「さっきの小魚じゃ腹は膨れないからな」

「まぁ、食欲があるのは良いことザマス」


 同じくサンドパンを雑嚢袋から取り出し、ザマス殿は豪快にかぶりつく。


「船は確かここから西だったザマスね?」

「ああ。水上歩行の魔法で走っていけばすぐに合流できるだろう」

「魔族、船で移動するより海の上を走ったほうが速いんじゃないザマス?」

「それだと休憩場所が無いだろう? 魔力が続くならそれでもいいが、まぁ、普通の魔族には無理だな」

「アンタも無理なんザマス?」

「ふむ……岩礁の位置を覚えておいて、ところどころで休憩をはさめば、なんとかなる、かな?」

「アンタやっぱり魔族の中でも強い方ザマショ」

「弱いと言った覚えはないぞ?」


 二つ目のサンドパンも腹におさめ、私達はそれぞれ手足をブラブラさせて準備運動する。


「さて、行くか」

「だんだん魔族のやり方に慣れて来てる自分が嫌ザマス」

「ははっ」


 水上歩行の魔法を唱え、二人して海を走る。

 途中まで乗っていた大型船は、風と魔法の両方で進んでいる。だが、大きさに比例して重さもある為、そこまで速度は早くない。魔族が本気で走れば追いつけないこともない。

 事実、一時間ほど直進したところで行く手に大型船の姿が見えた。

 ――同時に敵の姿も。


「まーた襲われてないザマス?」

「目立つんだろうな、あの船は」


 何日間も過ごした場所だし、レディオン様達が尽力した船と聞いて、愛着を感じていた。その船が襲われているのを見ると、ふつふつと怒りが沸いてくる。


「さて。後ろから先制攻撃といこうじゃないか」

「まーた物騒な顔してるザマス……」


 私はまだ遠くにある船の近辺にいる魚人に向かって魔法を唱える。


雷よ(エクレール)!】


 範囲を拡大させたその雷で、何体もの魚人が腹を上にして海上に浮かぶ。

 新手の存在を脅威だと思ったのか、他の魚人達が慌てて逃げかけ、ついで海の上を走っている私達を指さして叫んだ。


「海にいるぞ!」

「引きずり込め!」

「出来るのならな!」


 声に言い返し、私は雷の魔法を連発する。


「ちょ!? こっちが感電したらどうするつもりザマス!?」

「対雷防御をしておいてくれ」

「巻き込み前提!?」


 激しい抗議がきたので、無限袋から矛を取り出し、近づく海人族を串刺しにする。伸びてきた手の上に乗り、突き刺し、次の標的に乗り直し、死体から得物を抜き、新たな犠牲者を貫く。


「踊るみたいに攻撃するザマスね」


 呆れた風に言っているが、ザマス殿も槍を片手に同じようにして海人族を串刺しにしている。


「カーマイン! ザマス!」


 アルセニオの声に、私は軽く手を振り、攻撃を諦めた海人族の後ろ頭を見送る。追いかけてやろうかとも思ったが、情報を渡す方が先だ。仕方なく矛を収める。


「今、縄梯子たらすから~!」


 船へと近づいていくと、アルセニオが縄梯子をたらしてくれた。それを登って船に上がり、布を受け取る。戦っている最中にびしょ濡れになっていたから、乾いた布は有難い。


「お疲れ! いいタイミングで帰って来てくれたなぁ」

「海人族には災難ザマスね」


 後から登ってきたザマス殿がそんな風に言い、乾いた布を受け取る。

 そういえば化粧の無い顔は初めて見たような気がする。


「なんザマス?」

「いや、そうしているとあの方と少し似ているのだな、と」

「あの男と似たせいで美人になったザマスからね」


 それは褒め言葉なのだろうか……


「で、なんか掴んできた?」


 ワクワクしながらアルセニオが身を乗り出す。

 私は笑った。


「ああ。仕入れてきたぞ」

「まーた悪い顔してるザマス」


 失礼な。闊達な笑みを浮かべただけだろうが。








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