35 魔族へ
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赤ん坊の姿から大人になって、ナイフで自分の掌に深めの傷をつける。
暗灰色の床の上に俺の血が滴るのを見て、魔力操作で血の魔法陣を描き始めた。
東。西。南。北。魔女言語でそれぞれの方角を司る魔族の家名を描く。魔族は一級神の血を引く者。例えば北はグランシャリオ家の名を描く。西はベッカー家だ。
「見るからに痛そう……」
ロベルトが俺の傷口を見てそんなことを言う。
何か言ってやりたいが、魔法陣に込める呪文を唱えている最中なので何も言えない。傷口は見なくてもいいのよ?
「見事な魔法陣だな」
眺めていたサリがそう称賛してくれる。
空中に浮いている俺の下、魔法陣を最後の印まで描ききり、掌の傷を癒す。魔力を通すと、魔法陣が光りはじめた。
「ロベルト、中央へ」
「お、おぅ」
光る魔法陣に入る時、おっかなびっくりだったのは血を踏んでしまうからだろうか?
ロベルトが中央にきたところで、俺自身は魔法陣の外に出る。
そうして祈りを捧げた。
【光よ、光よ、光よ、この空櫃に満ちよ】
なにもない中空に雫のように金色の光が浮かぶ。
【脈々と受け継ぎたる血の系譜にかけて、我は汝の力を望む】
光の雫が集まり、ロベルトの上に降り注ぐ。
【魂の器よ、変革せよ】
光がロベルトの表面を覆っていく。
【汝よ、全ての母たる者よ】
魔法陣もゆっくりと金色に染め変えられていく。
【魔女の名を冠するひとよ】
赤く光っていた魔法陣が金色に変わる。
【この者の魂の器を我等の末席に加える】
足元が輝く中、ロベルトの全身も金色に覆われる。
【変革せよ、変革せよ、変革せよ、変革せよ】
魔法陣に変化が訪れた。
中央に吸い込まれるように渦を巻いて消えていく。その魔法陣が中央に立つロベルトの金色に吸い込まれ、ロベルトを覆っていた金色がゆっくりとロベルトの中に染みはじめた。
最後の光がロベルトの中に染みこんだ後、母様が魔法で灯りをつけてくれる。
部屋の中央に立っていたロベルトが目を開いた。瞬きし、自分の体をパタパタと叩き、ややあって俺の方を見た。
「終わり?」
「終わり」
「えっ!? これで!?」
「そうだぞ」
呆気にとられた風のロベルトに、俺は苦笑した。
「言ったろ? 簡単だって」
ロベルトが何故かサリの方に顔を向けた。
「レディオンはああ言ってるけど、実際に簡単な術なのか?」
「まさか。秘儀と呼ばれるものの部類だ」
「やっぱりな……」
あるぇ……?
「数人がかりでやる秘術を単体でやってのけてしまえるのも、レディオンだからだし、儀式そのものを短縮できるのも、レディオンだから、だからな」
「え。サリだって出来るだろ?」
「言っておくが、出来んからな?」
なん……だと……
「その術は、術者が真なる魔女の血を引く魔族であることが前提だからな?」
「あ、あー……そっか……」
元人族のサリだとそれが出来ないのか。
「まぁ、転変のオリヴィアの能力を継いだから、魔族以外のものに変えるのは出来るかもしれないが」
「そういや、オリヴィアの能力ってまるごとサリが継承してたんだっけ」
「継承したというか、無理やり渡されたというか……まぁ、自分に限ってであれば、どんな姿にも変われるな。他者を変えるのは条件がいるみたいだが」
ほぅほぅ。興味深いです。
「……レディオン殿。塔にいる魔法研究者みたいな目つきになってますよ」
おっと。サリ至上主義のオズワルドからお小言が。
塔というと、魔法使いの塔のことだろう。たしか前世の知りたがりメンバーが所属していた所だな。……そういや、あいつらそろそろ生まれてくる頃だな。
「これで、俺も魔族か……」
「あっさり変わるからあんまり実感ないだろ?」
「全く無いな。真なる勇者になった、って言われたあの時も思ったけどよ、もっとこう、沸き上がる力を感じるとか、全身が痛むとか、そういうの無いんだな」
「……痛かったほうがいいのか……?」
「おい。心の距離どころか立ち位置の距離すら後退るのはやめろ」
「いや、お前が変な性癖もってても、俺は気にしないぞ? でもそういうのはシンクレア先生にだけそっと教えるべきだと思うんだが?」
「性癖無ぇわ! 誤解だから帰ってこい!」
本当かな~?
あっ頭ぐりぐりの刑はおやめくださいっ。魔族になって力あがってるから、普通に痛い!
「まぁ、これで勇者も魔族だな」
あ。サリが嬉しそう。色んな意味で後輩だもんな。
「魔族になったから勇者ではなくなったんじゃないか?」
「そうなるな。勇者としての寿命の楔からも解き放たれたと思うが、体に何か違和感とかあるか?」
「今のところ無いかな。――あ。最近あった頭痛が消えてる」
「頭痛か。わりと末期だったんだな」
「え゛っ」
心配顔になったサリにロベルトがギョッとなる。
「そのまま放置していれば、脳が壊れて死んでいたはずだ。ギリギリに近いが、間に合ってよかったな」
「俺、そんなにギリギリだったのか……?」
「ギリギリだな」
サリに断言されてロベルトが青い顔になる。
俺は赤ん坊に戻って首を傾げた。
「ちなみに、ロベルトの誕生日って、いつ?」
「え。来月末だけど」
「……本当にギリギリだったんだな」
「二人しておどかすのはやめてくれ」
「いや、事実を言っているだけなんだが」
勇者、二十歳越えれないからな。
「間に合ってよかったよ」
心からそう言った俺に、ロベルトはなんともいえない微苦笑を浮かべた。
「そこでお前が涙目になるのかよ」
「間に合わなかってみろ、俺は全力で泣くぞ?」
「その姿で泣かれたら罪悪感が半端ないな……」
抱き上げてくれた腕の中でまるまると、ロベルトの手がぽんぽんと背中を叩いてくれた。む。ポムを思い出してしまう。あいつ早く帰ってこないかな……
「そっか……俺もこれで魔族か……」
感慨深げにロベルトが呟いた。
どんな気持ちがその胸中に満ちているのかは分からない。それでも、魔族になってよかったと、ちょっとでも思ってもらえたら嬉しい。
少なくとも、もうすぐで死んでしまう、という未来は回避できたはずだ。
あとはシンクレアと一緒に末永く幸せに暮らしてくれればいい。それだけで俺は報われるから。
「ありがとな、レディオン」
言われて、俺は破顔した。
「これからもよろしくな!」
ロベルトも無事魔族になったということで、俺としてはそのままの勢いで十四層に行きたかったのだが、ここで待ったがかかった。
「レディオンは平気そうにしているが、大事をとって、今日はここまでにしておこう。ロベルトも魔族になったばかりだしな」
そう言われて、設置したばかりの転移装置を使って帰還する。
ちょうど見つけたスライムにロベルトが突っ込んでいき、一撃で爆散させるというハプニングが。
「な、な、な」
「お前、相当、力上がったんだな」
「意識しないでコレってだいぶヤバくないか!?」
「能力把握するまで全力出すなよ?」
どうやら思った以上に強くなっているらしい。爆散したスライムまみれになってるロベルトを魔法で綺麗にして、安全用にとセーフティリングを最弱にして渡しておく。これは一定以上の力を出すのを防ぐリングで、普通は力の制御ができない赤ん坊とかにつけるものだ。俺が魔力暴走を起こした後にこっそりつけていた品でもある。
「明日はロベルトの能力把握から、だな」
見ていたサリが苦笑しながらそう言った。
その後は何事もなくヴェステン村へと戻り、物が入りすぎている無限袋を棚に置いて、新しい無限袋を手に入れておく。
いっぱいになっている棚の無限袋は、ヴェステン村の村人達が中身を取り出して所定の連結無限袋に入れることになっている。連結先は救貧院だ。解体後の馬刺し、待ってます。
馬でヴェステン村から実家に帰ると、玄関でノーランが待っていてくれた。相変わらず渋い佇まいだ。
「クレアさんに魔族になった報告に行ってくる」
「行ってらっしゃい」
ここでロベルトが新妻に会いに離脱する。仲が良くてなによりだよ。
「サリとオズワルドも疲れただろう? 夕食にはまだ早いが、先にとるのなら厨房に連絡しておくが」
「そうだな……先にとっておくか」
サリが言って、二人して食堂へと向かった。ノーランが控えていた執事に料理長へと連絡するよう手配する。
「父様と母様も休んで」
「まず休まないといけないのはレディオン、あなたですよ」
「父様達が休んだら俺も休むから」
「私は軍の報告書を読まないといけないから、少し遅くなる。アルモニーはゆっくり休むといい」
「そうですか……では、お先に失礼させていただきます。――レディオン、あなたもちゃんと休むのですよ?」
「はぁい」
父様と母様を見送って、俺は自分の部屋に行く。
そうだ。魔王にもなったし、あの額物に飾られた絵を暴きに行こう。未だに隠し通路とご対面していないのだ。俺も強くなってきたし、きっと今度こそ成功するに違いない。
「ふふーん♪」
意気揚々と廊下を闊歩し、扉前にいる守護者さんにドアを開けてもらって、いざ! 我が部屋へ!
待っていろよ額縁の絵よ! 今日こそお前の裏側を暴いてやるからな!
「んっきゅ」
赤ん坊の姿でソファを上り、背もたれによじ登って額に捕まる。さぁ! お前の真の姿を見せて見るといい!
「……! ……! ……!!」
駄目でした。
「んきゃんっ!!」
「どうかなさいましたか?」
「きゃう!?」
真後ろから声をかけられた。振り返るとノーランが立っている。え。もしかしてずっと後ろについてたの? ずっと??
――もしかしなくても、俺の奇行を全部見てましたか?
「この絵を動かしたいのですか?」
「う、ぅむ」
恥ずかしさに赤面しつつ頷くと、ノーランが思案顔になった。
「アロガン様に確認と許可をとってまいりましょう。少しお待ちいただけますか?」
どうやら我が部屋の絵は父様の許可がないと動かせない仕様だったらしい。頷いてソファに座って待つこと数分、忙しいはずの父様がノーランとともにやってきた。
「レディオンちゃん! 絵を動かしたいと聞いたよ! もしかして隠し通路のことも知ってたのかな?」
「うん」
前世で知りました。
もう前世のことも知っている父様は、なるほど、と頷いて額の前に立った。
「この秘密通路は、当主を継いだ者しか入れない仕組みになってるんだ。レディオンちゃんが入るためには、私が一緒にいないと駄目なんだよ」
「そうだったの……」
だから何度動かそうとしても動かなかったのか……
「一緒に入ってみようか。何か欲しいものでもあったのかな?」
「ん。今はもう外貨を稼いでるからいいんだけど、開くはずなのに開かないな、って思って、しつこくチャレンジしてたんだ」
「なるほど」
父様の手でスムーズに横にスライドした絵画の裏には、俺が知っている通りの通路があった。暗いそこに父様が光魔法で灯りをともし、俺を抱えて入る。
掃除がされてなくて埃っぽいかと思いきや、通路は綺麗な状態だった。俺は父様を見る。
「この通路の掃除、誰がしてるの?」
「定期的に【清潔】の魔法がかかるよう、魔法陣を刻んであるんだよ」
「なるほど」
「宝物庫も手前のものには【清潔】をかけてあるから、綺麗だぞ。後ろの宝物庫は絵画があるから、【清潔】をかけてないけどね」
絵画のある部屋に【清潔】をかけると、下手すると絵そのものが消えて真っ白なキャンバスになることがあるからな……
「さぁ、ここが我が家の家宝が眠る宝物庫だよ」
そう言って見せられた宝物庫は、俺の知っている以上に煌びやかな部屋だった。
山と積まれた金貨に、無造作に転がっている大粒の宝石。宝剣と思しき剣はいくつも壁にかけられ、盾や槍も同じぐらいの数が飾られている。ふかふかのクッションの上には巨大な水晶玉が鎮座し、ネックレスやイヤリングといった装身具もこれでもかというほど並んでいた。
「父様、これ、代々の当主が貯めてきた財宝なの?」
「そうだよ、レディオンちゃん。特別な魔法のかかった品というのは無いけど、綺麗だろう? それに、剣や槍はドワーフの作だ。業物だよ」
父様がそう言って片手にとったのは、華美な装飾がついていない武骨なファルシオンだった。顔が映りそうなほど綺麗な刃をしている。
「サリ様が使っている刀も、もとはうちの宝物庫にあったんだ」
「サリの刀が!?」
「先代当主――つまり、私の母でレディオンちゃんのおばあ様にあたる方が、魔王になったサリ様に献上したんだよ」
それは、グランシャリオ家はサリを認める、と公的に明言したようなものではないだろうか。
サリが魔王になった時、大勢の魔族が反発したと聞いた。そんな中で、グランシャリオ家はサリを認める側にまわったわけだ。――どのタイミングでそうしたのかは知らないけど。
「おばあ様は、サリをすぐに認めたの?」
「一番最初に何かを献上したのは母上だったと聞いている。あの人は武断の当主でね。相手に才能があると認めたらすぐに行動する人だった」
「そっか……」
一度も会ったことが無いが、伝え聞く話を聞くに豪快で即断即決の人だったようだ。……一度、会ってみたかったな。
「母上が今生きていたら、レディオンちゃんを溺愛しただろうね」
「……そっか……」
「私は母上の期待には応えられなかったからな」
その声は少し寂しそうで、俺は父様の頭を小さな手でヨシヨシする。父様が笑った。
「いいんだよ。その分商売のことにも手を伸ばして、今、レディオンちゃんのやろうとしていることの助けになれたんだ。私は私が歩んできた魔生を後悔しないよ」
「……うん」
「人はいくつになっても、自分の歩いてきた道を振り返っては悩み、無気力感に襲われるという。けれど、幸いなことに私は無気力感に襲われるような魔生とは無縁の生き方をしてこれた。アルモニーに出会えたこともそうだし、レディオンちゃんという宝を得れたこともそうだ。私は幸せ者だ。家族に恵まれたのだから。――……まぁ、ただ、アルモニーには、だいぶすまないことをしてしまっていたようなのだが」
父様に化けた魔人がボッコボコにされたのを見たせいか、父様の顔色がちょぴり悪い。こればかりは自業自得だから、下手に慰めもできやしない。
「母様にも、よく頑張ってくれた、ってヨシヨシしてあげるといいんじゃないかな」
「そうだな……アルモニーは本当によく頑張ってくれたな」
「そういえば、父様は母様のどんなところが好き?」
「ど、どんなところが!? そ、そうだな、あのあきれ返った顔が好きかな」
「え゛」
予想外の答え!
「あと、ツンツンしている時の顔も好きだな。実は豪胆な性格も好きだし、魔人を殴っていた時の狂気じみた笑みも見てるとドキドキしてくるな」
それ、恐怖じゃないの。
「何かに熱中している時の表情も好きだし、意外と頑固なところも良い。外見はたおやかな美女だろう? だが、ああみえて芯が通っているところも素敵だと思わないか?」
「そうだね」
どうしよう。父様の母様賛美が止まらない。
とりあえずうんうん頷きながら聞き流しておいて、一息ついた時に素早く別の話題を挟み込んだ。
「ところで、この宝物庫の中のもの、いくつか持って行っても大丈夫?」
「うん? なんでも持って行っていいぞ? いつかレディオンちゃんに渡すものだから」
「その『いつか』はずーっと後がいいな。――あそこの水晶玉をいくつか欲しいんだ」
「好きなだけ持って行くといい」
父様に許可をもらったので、フリフリポーチに水晶玉を入れていく。かなり大きく、一つが成人男性の頭ほどの大きさがある。水晶そのものもかなり質が良い。これだけ良いものなら、上位の魔法も込めることが可能だろう。
「これだけでいいのかい?」
「うん。今はこれだけでいい」
「宝石とかはいらないかい?」
「うーん。彫金の技能を向上させるために装身具を作ってもいい?」
「いいですとも」
笑顔で言われて、いくつか宝石もポーチに入れる。すでにもっている別の宝物庫の鍵で入れる宝の部屋と、この部屋は明らかにグレードが違う。きっととびっきり綺麗な装身具が作れるだろう。うんと頑張って、母様と妻にプレゼントするのだ。
「宝物庫に行きたくなったら、いつでも声をかけてくれ」
そう言い残して、しぶしぶ仕事に戻る父様を見送り、俺は先程手に入れた水晶玉を取り出す。
「さて。どの魔法を入れるかな」