34 敵より恐ろしいもの
十二層の大広場の手前に基地を作り、軽く休憩してから十三層へと降りる。
十三層は綺麗な湖がいくつもある草原で、遠くを一角獣の群れが移動していた。
「すげぇ幻想的な光景」
ロベルトが感動したように呟く。
その後ろで俺達も感嘆のため息交じりに呟いた。
「なんて竜魔の繁殖に良さそうな場所なんだ」
「喉が渇いた時用の湖もありますものね」
「俺の感動を返して」
ロベルトに苦言を呈された。
何が駄目だったの?
とりあえず階段近くに基地を作っていく。湖が点在しているが、階段周りには無いからそれなりの大きさの基地が出来た。むろん、砦仕様だとも。
「慣れてきてさらに手早く作れるようになったな」
ロベルトが呆れた顔をしている。
ふふん。俺の魔法技術の上達に恐れおののくといい! 頭撫でてくれてもかまわないのよ!?
「ところで、レディオン」
「うん?」
「向こうにいる一角獣も変異種なのか?」
「いや、一角獣は幻獣の一種だな。たぶん、呼び寄せされたんじゃないか?」
「じゃあ、近づいても大丈夫か?」
ロベルトがワクワクした顔で言う。一角獣は綺麗だから触ってみたいのかもしれない。おすすめはしないけど。
「あの角で突撃されると思うぞ?」
「変異種じゃないのに!?」
「一角獣は元々狂暴だからな。人攫いもするし」
「ユニコーンのイメージが……」
ショックを受けた風のロベルトに、俺は首を傾げる。一角獣って人攫いのイメージが強いと思うんだが、人族のイメージは違うのだろうか?
なんとなくサリに視線をやると、ちょうどこちらを見たらしいサリと目が合った。
「変異種以外の生物が出てくるは八層以来か?」
「そうかも」
「倒していくか? それとも、放置するか?」
「放置して後ろから突撃されても困るから、倒していこうか。いつ変異するかも分からないし、洗脳されてる可能性高いから」
「そうだな」
さくっと決めて、魔法で倒していく。あ。こっちに向かってきた。
「攻撃されたら、逃げるんじゃなくて向かってくるんだな」
「好戦的な性格だからな、一角獣」
「もっと楚々としたイメージあったんだけどなぁ……」
言いながら、すれ違いの一撃で首を刎ねるロベルト。なんだかんだで気持ちの切り替えが早いよな。
「そういえば、冒険者組合の募集内容に一角獣の角があったな」
「ロルカンか?」
「ああ。ついでに届けておくよう頼んでおこう」
手紙を書いて連結済みの無限袋に頭と一緒に放り込む。これで誰かが解体して届けてくれるだろう。
「手紙と一緒に生首が届くとか、ホラーだろ」
ロベルトからツッコミが。
「角だけのほうが良かったか?」
「そのほうがいいと思う」
一同に頷かれ、しぶしぶ生首を取り出す。角の部分だけ根本から切断し、頭部は胴体を入れたのと同じ無限袋に仕舞った。
「ロルカンの冒険者組合といえば、塩漬け依頼をグランシャリオ家の面々が片づけてくれるから助かる、とヨーゼフが言っていたな」
「助けになってるならなによりだ」
組合長と顔見知りになったらしいサリがそう言い、俺は思わず笑顔になる。サリは苦笑した。
「オレやレディオンの正体を知っても怯えないのだから、あの男も肝が据わっているな」
そうだろうそうだろう。
「オズの正体には気を失いそうになってたけど」
「あぁ……」
死神だからな……流石に度肝を抜かれたんじゃないかな。
「言葉がもつイメージってすごいよな」
「魔王はそうでもなかったみたいだけどな」
「……それ、本人見ちゃったからじゃないか?」
勇者が何か言ってる。
「湖が点在しているから水上歩行の術をかけておこうか。とりあえず、どこに向かう?」
「ロベルト、どっち行きたい?」
「俺を道標にするのやめような?」
言いながらも、こっち、と湖をつっきるルートを指さすロベルト。お前もだんだん動じなくなってきたよな。
「湖から何か出て来そうな予感」
「やめろ。俺が頷いちゃうようなこと言うのはやめろ」
「全員、足元注意!」
サリがかけてくれた魔法で湖を突っ切りながら足元を見る。あ。すごい巨大な何かの影が。
【鋭牙!】
とりあえず一撃放っておく。水の抵抗を考えて強めにしておいたおかげか、湖にパッと血の赤が散った。
「なにが来てたのかわからないけど、倒したな」
「レディオン、あの眼で見てみたらいいんじゃねぇか?」
そうでした。
「……本当に宝の持ち腐れすぎて……」
「しょうがないだろ。……水竜だったみたいだ」
「素材引きげなくていいのか?」
「とりあえず重力魔法使っておく」
「……またチートなことを……」
沈んでいく影を重力魔法で上に吊り上げていく。さすがドラゴン。けっこうデカイな。
「……竜魔じゃねぇよな?」
「違うって」
不安そうにするロベルトに答えつつ、そっともう一度【全眼】で見てみる。……大丈夫。竜魔じゃない。
無限袋に放り込むと、ロベルトが感嘆の声をあげた。
「これを保存できるあたり、お前のマジックバックはやっぱり規格外だよな」
「さすがにここまで大きいのはそんなに入らないけどな」
「複数入る時点で規格外だっつーの」
「湖の底のほうにまだ生命反応ありますが、どうします?」
湖の底を見ている母様の声に、俺はサリを見る。サリは軽く首を傾げた。
「引きずり出すか?」
「底に潜ってるのなら、別にいいかな?」
「では、行こうか」
「はーい」
サリを先頭に湖を踏破する。そのまま別の湖も直進ルートにそってどんどん踏破していくと、彼方に大きな影が見えた。
「階層主かな?」
「いや、違うっぽい」
「『見た』のか」
「そう。象の変異種だ」
「あ~……アレかぁ……」
象の変異種は前にも戦ったことがあるからな。デカさがすごかった。
「見晴らしのいい所で見るとまた格別にデカイよな」
「下手すると竜よりデカイしな」
ロベルトと力のない笑いを零す。ドラゴンとくれば巨体を彷彿とするのだが、象の変異種はそれより大きいのだ。巨体のせいで竜より小回りきかないけど。
「最近巨体が多かったから今回もかと思ったが、そうでもなさそうだな」
「大きいヤツが続いてたものな」
「そう。――そういや、九層はどれが階層主だったんだろうか?」
ロベルトが首を傾げている。九層というと……
「あれ? そういば、まとめて干上がらせたから、どれが階層主なのか見てなかったな」
「お前、途中から面倒くさくなって魔法で首刎ねてたもんな」
「うわ……変な固有才能持ってないといいんだけど……」
「お前の場合それがあるから、下手に階層主倒せないよな。鰓とか手とか臓器とか増えそうで」
「心臓ならもうすでに二つあるぞ」
「マジで!?」
振り返ったロベルトが俺の心臓の位置に耳をあててきた。お前ね……
「心音、一つしか聞こえないけどよ?」
「もう一つは予備みたいな状態らしい。ポムが言ってたから、そうなんだと思う」
俺の胸から離れながら、ロベルトが首を傾げる。
「ポムさんがついていたのに、そんな変な固有才能取得しちまったのか?」
「出会った最初の方だからな、入手したの。俺も自分のなかにこんな変な能力があるの知らなかったし」
あの時点のポムが知ってたかどうかは不明だけど。
「なるほどなぁ……」
「俺もポムに見てもらって、現時点で何を取得出来てるのか教えて欲しいよ」
「確かに。今回の冒険でどんな固有才能を取得したのか、気になるな」
「いい内容だったらいいんだけどな」
「スリーピングソングとか?」
「……どこで使えばいいの?」
使い道に困るんだけど。
「周囲を敵に囲まれた時とか?」
「味方を巻き込みそうなんだが」
「味方がいない時で」
なるほど。それなら有効かもしれない。
「まぁ、ちっこいお前が一人きりになることはないだろうから、そんな機会ないかもしれないけどな」
ロベルトからナデナデいただきました。むふー。
「あの影が階層主ではないとして、他にこの場所で階層主になりそうなのは何だろうか?」
「馬は別の層で出ていたが、今回もだろうか?」
「竜もいましたから、竜種の可能性もありますね」
なんとなく立ち止まってしまった俺達の前で、サリ達が真面目に検証してる。
「象の階層主だとすごい大きさになりそうですね」
母様もそれに参加する。
俺はロベルトをじっと見た。
「……いや、予測できねぇよ、流石に」
駄目か―。
「とりあえず、何が出て来ても大丈夫なように気を引き締めていこう」
「はい」
最近ちょっとのんびりした気配出てたから、気を引き締めるのは大事です。
シャキッと背筋を伸ばした俺に、なぜかサリ達が和んだ顔になる。何故。
「ゴホンッ……では、行くか」
気を取り直したみたいに号令をかけて歩き出された。
俺のせいなの?
「レディオンが可愛いということですよ」
母様を見ると、そんな風に誤魔化されてしまった。
か、可愛いって言われたって誤魔化されないんだからね!?
「むふー」
「ほら可愛い」
「そこ、なごみすぎないように」
「「はい」」
ちなみに象は遠方からの魔法の一撃で倒しました。
「マジックバック、容量大丈夫か?」
「……余分に作っておいてよかった」
象は一頭で無限袋一つ潰すからな……
「ロベルト、行く方向はこのままでいいのか?」
「いいんじゃないかな、って思ってる俺がいる」
「じゃあ、そのまま直進するか」
方角を確認し、ロベルトを先頭にして進んでいく。
「また一角獣が」
「馬刺しって美味いよな」
「肉呼びはやめてさしあげろ」
ロベルトからお小言をいただきつつ、風魔法でサクサク倒していく。群れがけっこうな規模だったので、お肉もいっぱいです。
「階層主って馬だろうか?」
「馬は前にも出ただろ」
「二体目が出てきても悪くないと思うんだ」
「……さては馬刺しが食べたいんだな?」
ギクッ。
「なんでお前は食い意地が張ってるんだろうな……。てゆか、今更だけど、赤ん坊なのに肉とか固形物食っても平気なのか? 離乳食のイメージがあるんだけど」
「本当に今更だな……。人族の赤ん坊はどうか知らないが、魔族だと歯が生えてきたあたりで普通の食事になるぞ」
「お前、歯全部生えそろってたっけ?」
あっ。口の中を覗こうとするのはおやめくださいっ。
魔力で代用してるのがバレちゃうっ。
「ビーバーじゃないか――痛ッ」
一言多いロベルトにペチッと一発ぶちかましておいて、母様にしがみつく。
「レディオンも気にしてますから……」
「う。悪い」
申し訳なさそうに頭撫でられた。ご、誤魔化されてなんかやらないんだからな!? むふー。
「魔族の赤ん坊は人族のとはだいぶ違うが、レディオンはその中でもさらに規格外だからな……」
サリが困ったような微苦笑で言う。
そう規格外なのだよ。だから俺の歯についてはもう忘れるように!
「ちなみに言うと、魔族の赤ん坊は蜂蜜も普通に食べる」
「え゛っ!?」
「俺の好物だぞ?」
「駄目だろ!? え、駄目じゃないのか!? 魔族」
「人族だと駄目なんだけどな。魔族では普通に食べる」
サリの説明にロベルトが挙動不審になってる。
「人族だと駄目なのか?」
「ああ。人族だと命にかかわるレベルだ」
ロベルトに言われて、俺と母様は顔を見合わせた。
そこまで危険なのか……赤ん坊に蜂蜜って。
「ところで、竜魔だとどうなるんだ?」
「うん? お前とシンクレアの間の子だと、どっちの体質を引き継ぐかで変わるんじゃないかな。まぁ、竜魔の性質のほうが強そうだから、大丈夫だと思うけど」
「う。心配だから蜂蜜はしばらくお預けにしておこう」
相変わらず、ロベルトは心配性だな。
とはいえ、俺も万が一があったらと思うと、ロベルトみたいに躊躇するだろうけど。
「一応、シンクレアにも言っておいたほうがいいぞ」
「そうする。……やっぱり、人族と魔族でだいぶ違うんだなぁ……」
「まぁ、ギャップがあるのは仕方がない。生物的に違うんだから」
「そうだよなぁ……」
「赤ん坊のためにも、はやく魔族になってね!」
「おぅ」
頷いて、ロベルトはふと気づいた顔になった。
「そういえば、魔族になるのって、どうやるんだ?」
「ん? 意外と簡単だぞ」
「そうなのか?」
「ああ。まず、魔王の生き血で魔法陣を描いて」
「まず最初が難関な件」
即座にツッコミがきた。
「厳密に魔王じゃなくてもいいんだぞ? 魔王に近い強さがあればいいから」
「まず魔王に近い強さの魔族と知り合うのが難関だからな?」
「お前の場合、俺がいるだろ?」
「俺以外の連中にとって難関じゃないか」
「マリちゃん達も俺が魔法陣描くから、そんなに難しくないだろ」
「……まぁ、まず、お前と知り合いかどうかで難易度は変わるな」
ロベルトがちょっと遠い目になってる。
「で、次に光る泥を体にかける」
「光る泥って?」
「高濃度のエーテル体だな。神族が肉の皮を被る時に使うやつ」
「……もうその時点で普通の人が魔族になるのは無理ってことだな」
お前は自分を「普通」のカテゴリから外していいの?
「その後呪文を唱えて、肉体を魔族にしていく。スムーズにいけば十分とかからず魔族になれるぞ」
「なるほど」
ロベルトは頷き、覚悟を決めた顔で言った。
「それなら、どこかのタイミングで魔族に変えてくれるか?」
「わかった」
ここの階層主を倒したら魔族にしてやろう。そうしよう。
「そうと決まれば、手早く階層主を見つけて倒さなきゃな!」
「レディオンがいつになくヤル気に満ちてる」
「今日はお前が魔族になる日だからな!」
「今日かよ!」
「速攻で魔族にするに決まってるだろ!? 今日を記念日にしような!」
「やめろ! 赤飯の時なみに恥ずかしいわ!」
「うふふ……」
わいわい言ってると母様が目元を波たたせていた。なにが好物だったの?
「そのためにも早く階層主を見つけないといけないんだが……どこにいるんだろうか?」
「あのへんの湖が怪しい」
「予言いただきました」
ロベルトが巨大な湖を指さしたので、俺達も戦闘態勢を整える。
「大きな生命反応がありますね」
索敵した母様が頷き、俺は重力魔法を唱えた。
【万有引力】
空に向かって落ちるイメージで使ったせいか、大量の水と一緒に巨大な影が湖から空へと落っこちた。
「氷花の蒸! 水竜の変異種だ! 氷と蒸気の魔法が使える! 固有才能は心話、彫刻、凍土の息吹、氷の花葬だ!」
「彫刻が謎すぎて気になる」
俺も気になるよ。
「範囲魔法を使いそうだな。レディオン達は少し離れていてくれ」
「はい」
刀を抜き放ち、向かいながらサリが風魔法で氷花の蒸の巨体を吹き飛ばす。湖の淵に落下した氷花の蒸が咆哮をあげた。周囲が一気に凍り付き、草原に氷の華が咲き乱れる。
「こんな時じゃなければ見惚れそうなほど綺麗だな」
「ええ。本当に」
俺と母様が嘆息をつきながら次の攻撃に備えて魔法を編む。
氷花の蒸が大きく息を吸い、勢いよく吐き出した。
【天盾】
【炎獄の虐宴】
母様の守護魔法の発動を見届けてから広範囲殲滅用魔法を唱える。
闇が舐めるように地面から螺旋状に立ち上がり、大地すら溶かす熱が放射線状に天地を駆け抜ける。幾筋もの極炎の竜巻がそれを追うようにして走った。それらに押され、凍土の息吹だろうブレスが掻き消える。
む。結界の中のロベルトがものすごくもの言いたげな顔でこっち見てる。結界があるから、お前達は大丈夫だぞ?
「サリ様!?」
オズワルドが突然声をあげた。見れば、サリが結界から出て氷花の蒸に一撃叩き込んでいる。魔法の竜巻を綺麗によけきっていた。
「さすがサリだな」
「私、思うのだけれど、敵の攻撃よりレディオンの攻撃のほうが脅威なのではないかしら」
ま、まさか~……?
さらに魔法を打つのちょっと躊躇っていたら、怒涛の連撃を叩き込んでいた前衛達が後ろに大きく飛び退った。その後を追うようにして氷花の蒸の巨体が倒れる。
「レディオン! 虫の息だ。とどめを頼む」
「はーい」
さくっと首を落す。なにか手に入ってたらいいんだけどな。
――と思っていたらロベルトがものすごい形相で駆け込んできた。なんかすごい汗だくだな。
「レディオン! お前はもう強力な範囲攻撃を放つな! くっそ暑かったぞ!」
「凍るよりいいかなと思って」
「敵よりお前の攻撃の方が怖いわ!」
もしかして、サリが無茶して突撃かましたのも、三人が怒涛の攻撃をしてたのも、俺のさらなる範囲攻撃から逃れるためだったんだろうか。
「とりあえず、しばらく範囲攻撃は禁止だ」
汗だくのサリがこっちに戻りながら呆れ顔で言う。オズワルドが甲斐甲斐しく汗を拭いてあげていた。
「レディオンちゃんの魔法は強力だからな」
母様に汗を拭いてもらいながらニッコニコの父様が言う。
「もう打っちゃ駄目?」
「上目遣いしたって駄目だぞ」
可愛くおねだりしてみたが、ロベルトからは強めのストップが。
「とりあえず、服を着替えて一休みするか。あれはさすがに肝が冷えた」
わりと無茶やったサリが言い、一同が首肯する。元凶である俺は、無限袋から三人分のドリンクを取り出して言った。
「その休憩で、ロベルトを魔族にする儀式を行うからな」