33 呪い
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皆が食べ終わるまでせっせと無限袋を製作し、出発の時にゴーレム達に余分に持たせた俺は、母様に抱っこされて十二層へと降りた。
「渓谷か……」
先に降りたロベルトが感嘆の声をあげる。
高い壁で囲まれたようなそこは、断崖絶壁に左右を塞がれた渓谷だった。ところどころに綺麗な花や、水晶のようなものが見える。採取魂を刺激されるが、あれらは軍が来た時に採取してもらったほうがいいだろう。
「オークの巣を思い出すな」
サリが少し懐かしそうに言う。
確かに、カルロッタ王国にあったオークの巣もこんな感じの渓谷だった。あの時はポムが敵の総数と位置を謎能力で把握していたが、今回は俺達の索敵能力で切り抜けないといけない。
……ポム、早く帰ってこないかな……
「敵と思しき気配は谷の上にはありませんね」
広域の索敵が出来る母様がそう告げる。一応俺も索敵してるけど、確かに谷の上には生命反応が無かった。
「上を気にしなくていいのは有難いな」
「上から狙われると困るもんな」
「念のために上空に一度行ってみます?」
母様の声に、高所恐怖症のロベルトの顔がひきつった。
俺は苦笑して言う。
「俺が飛んでいってみる」
「ちょい待て」
待たない。
言葉にした時にはささっと闇翼を使ってますとも。
上空に打ち上げられるように飛び、眼下に渓谷を見下ろす位置で止まる。淡く靄がところどころかかっているが、見事な景色が広がっていた。
谷の上、頑丈そうな岩にはところどころ木や草が生えているものの、動物などの生き物の姿は無い。かわりに、渓谷の中を徘徊する変異種の姿が見えた。山羊と羊だ。
「こら」
あ。サリが飛んできた。
「皆が心配するだろう。あまり先走って動くんじゃない」
「むきゅ」
腕の中に閉じ込められて、そのまま急降下される。母様が伸ばしていた両手に渡され、母様にもぎゅっとされた。
「きゅむ」
「心配するでしょう! レディオン。一人で動くのはおよしなさい」
「……! ……!」
父様は心配しすぎて声も無いよう。
「谷上には植物しか無かった。渓谷の中を山羊や羊の変異種がうろついてたよ」
「そうか。――けど、レディオン、おまえはちっちゃいんだから、一人で動くのはやめろよ?」
苦笑して見ていたロベルトにもお小言をくらってしまった。オズワルドも苦笑して頷いている。
赤ん坊の姿は楽だけど、皆が心配性になるのが難点だな。
「山羊や羊の変異種か……どれぐらいの大きさだろうか」
サリが渓谷の広さを見ながら独り言つ。
「たぶん、俺達が育ててる天魔羊より一回り以上大きいと思う」
遠目に見た時の感覚で話すと、なるほど、と頷かれた。
「レディオンは突撃喰らわないように母親にちゃんと抱かれていろよ?」
「はい」
前世のような目にあうのはこりごりだからな!
「母様は戦闘経験積まなくていいの?」
俺を抱っこするために後衛に戻った母様に問うと、母様は苦笑した。
「あなたの安全が大事ですからね」
「子供版になったほうがいい?」
「いいえ。あの魔法も成長の妨げになっているかもしれませんから、このままで」
きゅ、とやわらかく抱きしめられた。母様は胸が大きいから、やわらかいものがむにゅっときてとても気持ちいい。気持ち良すぎて寝そうになるから、頑張って起きておかなければ。
しばらく道なりに進んでいると、最初の分かれ道にきた。む。地理が無いからどっちに行けばいいのか分からない。
「ロベルト、どっちの道に進みたい?」
困った時の道標で尋ねると、呆れ顔のロベルトが「右」と言った。
「右に行こう」
誰も反対をしない、この圧倒的信頼感。
そのまま歩いていると山羊の群れが見えた。
「黒山羊だ」
「どう見ても悪魔なんだが……」
手に棍棒を持っている二足歩行の黒山羊に、ロベルトが遠い目でぼやいている。
「悪魔って山羊の姿しているの?」
「俺の『昔の』伝承では、一部がそうなんだ」
昔の、と強調したということは、前世異世界の記憶か。世界が違うと認識がだいぶ違うな。
「大きさもあんな感じ?」
「いや、見たこと無いから知らん。というか、デケェな、二足歩行の山羊」
「変異種だからな」
変異するとだいたい巨大化するんだよな。
「じゃ、ちょっくら群れを倒してくる」
ロベルト達が前方にいる山羊達に向かっていく。俺達はここで待機だ。もちろん、魔法の準備は万全だが。
ロベルト達が近づいていくと、山羊達は棍棒を振り上げて突撃してきた。好戦的なことこの上ないな!?
【獣爪】
ロベルト達から少し離れている個体を魔法で屠る。……なにか変な感じだったな?
ロベルト達は一体一体確実に倒していっているようだ。
「ヴェエエエエエッ!」
離れた所にいた黒山羊が一斉に鳴き、大気が軋む。魔法だ!
【天盾】
俺の張った巨大な結界が魔法を防ぐ。三人を守れるようにと大きめにしたのだが、思った以上に大きかった。
「むぅ」
「どうしたの?」
「使った魔法だけど、思った以上に範囲が大きかった。このところ、魔法の威力が想定以上になってるみたいなんだ……」
これは、能力の把握のために数をこなす必要がありそうだ。
「基礎能力が上がったか、魔力が増えた可能性もありますね」
「うん。ちょっと把握するために魔法頻繁に打つよ」
「分かりました。無理しないようにね」
「はい」
母様にことわりをいれてから、目安になりそうな簡単な魔法を編む。
【風よ】
スパッと黒山羊の首が切れた。その時の風の刃の大きさが思ったよりも大きい。
「魔法の範囲が二回りぐらい大きくなってる感じかな――【風よ】」
もう一度唱えると、これも同じぐらいの大きさの範囲で刃が発生した。やはり二回り大きくなっている。しかも鋭い。
「威力があがっているのですね?」
「みたい。魔力の減り方は前と変わらない気がする」
「魔力が増えているのは確実のようですが、威力があがっているのは魔力親和度も上昇しているから、とかかしら?」
「もしかしたらそうかも。でもアビスに入る前はこんなに顕著じゃなかった気がするんだけどな」
首を傾げる俺達に、戦場を観察していたオズワルドが「もしかすると」と声をあげた。
「神喰らいの能力で、魔法関連が強化される才能を取得したのかもしれませんね」
「それがあったか」
言われるまで自覚してなかったけど、俺、特殊な才能を手に入れられる変な能力を持ってたんだった。
「でも、そんなに強い敵倒してないよね? 俺」
「たまたま倒した敵が持っていた、という可能性もありますよ。『異常な化け物』だけが固有才能を持っているわけではありませんから」
「なるほど」
そう考えると、ちょくちょく色んな敵を倒していた。その中に固有才能持ちがいたのかもしれない。
「範囲と威力が上がっているのはいいんだけど、巻き添えにならないように気を付けて魔法使わないと駄目だな」
「しばらく練習されるとよいかと」
「ん。頑張る」
前線で黒山羊を倒しているロベルト達を見つつ、魔法で後ろの方にいる黒山羊をサクサク倒していく。数がいてよかった。それでも前衛陣の殲滅速度が速いものだからどんどん敵が減っていってしまうのだが。
「終わったぞー」
あぁー……終わっちゃった……
「レディオンが魔法の練習みたいなことしてたけど、何かあったのか?」
回収に向かうゴーレムと入れ違いに、戦い終わったロベルト達が帰ってくる。
「俺の魔法の威力がちょっと上がってたんだ。それで、ちゃんと威力や範囲を把握できるように、と思って練習してた。うっかり皆を巻き添えにしたら大変だから」
「なるほど」
「それでか」
父様とサリが苦笑している。前衛陣には後ろで色々やってた俺達の動きが筒抜けでした。
「練習は大事だものな」
父様が頭をヨシヨシしてくれる。むふー。
「とりあえず、道なりに進むとしよう。分かれ道がきたら、ロベルト、頼む」
「はいよー」
持っている全部のゴーレムを取り出しているから回収も早い。俺達に追従するゴーレムは、二種類あわせて百近くいる。俺達の後ろについているから、バックアタックを喰らっても大丈夫だ。
「うん? 次は羊か」
目のいいロベルトが前方を見て呟く。
「てゆか、山羊と違って四つ足なんだな?」
確かに、羊は四つ足のままだった。
出たな、俺の天敵! もう吹っ飛ばされないぞ!?
「突進があるだろうから、後方の三人も気をつけろ」
「はい」
サリの忠告に俺達はしっかり頷く。そう言ってる間にも羊が突進してきた。
「よっと。――あ」
ロベルトが避けて、羊はそのまま俺達の方に。
【風よ】
サクッと俺の魔法が首を切り離した。勢いのまま、首のない羊の胴体が進み、途中で倒れる。
……ちょっと怖かった……
「避けずに受けたほうがいいか?」
「いや、来たら魔法で倒すから、突進は受けないでいい。あれ、問答無用で吹っ飛ばされるから」
「お、おう。了解」
吹っ飛ばされた経験のある俺が言うのだから間違いない。
前衛としてロベルト達が奮闘しているのを横目に、俺は魔法を唱え続ける。
【風よ】【風よ】【風よ】
「……あれ?」
「どうしました?」
「なんか、また威力があがった気がする」
「固有才能かしら? それとも、熟練度?」
「分からない……また最初から把握のやり直しだ」
しょんぼりした俺に笑って、母様が俺の頭を撫でてくれる。
「頑張りなさい」
「はーい」
ナデナデで英気を養って、また繰り返し魔法を唱えだす。羊は山羊より数が少なかったのであっという間に倒してしまった。
「途中で魔法が強くなってたな?」
見抜かれている。
「うん。何故か途中で強くなった」
「いいことなんだが、威力把握中に変化があると大変だな」
「それだよ。せっかく把握しかけてたのに、また最初からやり直しだ」
「強くなるのはいいことだから、そこは頑張らないとな」
サリからもナデナデをいただきました。仕方ない。頑張ろう。
「とりあえず、練習相手を確保するためにも先に進むか」
歩き出し、支道に出る度にロベルトに行き先を決めてもらって、出てくる山羊や羊を相手に練習を重ねる。
「把握した!」
やっと把握した時には皆から拍手をもらいました。むふー。
「だいぶかかったな」
「範囲はわりと早く調整出来たんだけど、威力の調整が難しかった」
「もともと強いもんな、お前」
ロベルトにわしわしと頭を撫でられる。髪が! 髪が!! もうちょっと優しくお願いします!
「だいぶ進んだけど、まだ『異常な化け物』が出ていないな」
「それなんだけど、だんだん地響きっぽい音がしてきてないか?」
サリの声にロベルトが言い、全員で耳を澄ます。
「確かに、地響きっぽい音がしてるな」
「なるほど。『異常な化け物』に近づいてはいるわけか」
「どれだけ離れてるのかによるけど、相当デカイのがいそうだよな」
「確定したな」
「ロベルト……お前が言ったら予言になるだろ……」
「もうそろそろ外れてもいいと思うんだけどなぁ……」
ロベルトがげんなり顔になっているが、俺達としては前準備が出来るのでありがたい。
「とりあえず、巨大な敵がいるのは確定だろうから、レディオン達は少し離れておいてくれ」
「わかった。魔法でチクチクするのはかまわない?」
「お前の場合、チクチクなんて可愛らしい魔法じゃないと思うが……標的が移らない程度であればかまわないぞ」
サリにお許しをもらったので、階層主戦も魔法で参加しよう。
「山羊と羊、どちらかしら?」
母様がおっとりと予想する。今まで出て来た敵の傾向からどちらかなのは確定だろう。
「二足歩行の山羊なら頭が見えても不思議じゃないから、渓谷の上に頭が出てるか出てないかで分かるんじゃないかな?」
「なるほど」
ロベルトが歩きながら答える。羊の可能性がグッと上がった気がする。
歩き、出てくる敵を倒し、また歩いていると、渓谷の上の方に身じろぎする山のようなものが見えた。
「羊っぽいですね」
もうすぐそこにいるらしく、地響きはすごい轟音になってるし、地面も揺れている。下手するとアイスドラゴンぐらい大きいかもしれない。
「レディオン、あの眼で見ておいてくれるか?」
「わかった」
俺は【全眼】を発動させる。相変わらず脳みそに直接情報を書き込まれるような感覚が気持ち悪いが、見てよかった内容だった。
「大羊。固有才能に、堅牢、催眠、スリーピングソング、突撃がある」
「催眠とスリーピングソングがやっかいそうだな」
「とりあえず、寝ちゃったら魔法でチクッとやったらいい?」
「……お前の魔法でやられると、その時点で全滅しそうな気がするんだが……」
「ちゃんと威力セーブするよ!?」
「出来ればアルモニーに頼みたい。どれだけセーブしても、レディオンの場合、元の強さが強さだからな。うっかりがあるかもしれない」
酷い!
「私もそう思います。レディオン、そういうことだから、我慢なさいね?」
「はーい……」
しょんぼりして頷くと、父様とロベルトがヨシヨシしてくれた。むふー。
「さて、とりあえず戦ってくるか」
言って進んだ先、広大な広場になっているそこに、山のような赤い目の羊がいた。羊なのに禍々しさが半端ない。
その羊に向かって、サリ、ロベルト、父様が次々に襲い掛かった。
「チッ……毛が斬撃を弱める!」
もっさもさの毛が防御しているのか、サリが舌打ちして距離をとった。
【万有縛檻】
相手にあわせ、巨大な檻が羊の巨躯を閉じ込める。突撃し、弾かれ、中の大羊が苛立ったように咆哮をあげた。
「ん?」
その咆哮が途中で綺麗な旋律に変わる。デカイ羊の化け物の口から出てるとは思えないほど綺麗な歌で――……
「母様!」
「はい」
気づいて警告した時には、母様の術が発動していた。眠りかけていた三人があわてて姿勢を元の位置に戻し、大羊と対峙する。
「さっきのあれが、スリーピングソングなのですね」
「綺麗な歌でしたね」
母様とオズワルドに、俺は無言で頷く。
距離の離れている俺達にはあまり効果が無かったが、近い距離にいる三人には覿面に効果があったようだ。あの三人を眠らせるぐらいなのだから、よほど強力な能力なのだろう。
「まず、あの毛をなんとかしないといけないな」
三人は連携して同じ場所に斬撃を飛ばしている。そう、飛ばしているのだ。
至近距離だと長い毛にからめとられてしまうのかもしれない。
「どうやるのです?」
「毛剃り魔法なんてないからなぁ……」
いっそ呪ってみたらどうだろう。効くかどうかわからないけど。恨みならたっぷりある。未だにあの日羊に吹っ飛ばされた夢を見るのだ。そう、あの日――せっかく久々に妻と会えたということで散歩してたのに、突然突撃してきた羊に吹き飛ばされるという屈辱……!
妻に呆れた眼差しを向けられたあの日の……!!
あの日の羊が、戦場にいるデカイ大羊と重なる。
おお! 憎き羊よ!
「全身の毛が抜けてつるつるになるといい……!」
バサァッ、と音がした。
何かと思って見ると、檻に囚われたままの羊の毛が全部抜けてツルッツルになっている。
「え」
「効きましたね」
「呪えたようですね」
「あるぇ……?」
どこかの誰かさん達が思い浮かぶツルツルさ加減に、俺は首を横に傾げた。……もしかして、俺、ベッカー家の連中も呪ったんだろうか? そういえば、昔、ルカのことで呪ったような気がしなくもない。え。あのツルツル集団、俺のせいなの?
「レディオン? どうしました?」
「い、いえ、なんでもナイです」
「?」
気づいてしまった衝撃の事実に、俺はひっそりと「ベッカー家の呪いが解けますように」と祈る。頭部資源の確保に必死になっている俺が、他人様の頭部資源を奪ってはならんのだ。――敵以外。
「レディオン! 最後の一撃するか?」
大羊の毛がなくなったおかげで、持ち前の戦闘力を生かせるようになったのだろう。地面に沈んでいる大羊の前でサリが俺を呼んでいる。
「ここから魔法でする!」
「わかった」
三人が軽く離れた所で、少し強めに力を込めた魔法で羊の首を落す。
「ん?」
「何か手に入れた感じがしましたか?」
「多分? 何か変わった気がする。……何が変わったのか分からないけど」
俺の答えに、母様が俺の頬を指でぷにぷに押す。なに? なに?
「少し硬くなった気がしますね。『堅牢』かしら?」
「常時発動型な固有才能は大歓迎です」
「私としてはスリーピングソングが欲しい気がしますけれど。手に入れてないかしら?」
「歌えばいいの?」
「たぶん?」
母様が期待の眼差しをしていたので、軽く歌うことにする。ちなみに歌うのはラブソングである。もういない俺の妻に届きますように!
「――……」
「きゃう!?」
「アルモニー!?」
母様の体から力が抜けて、俺の体も落っこちかけた。父様がギリギリで母様ごと抱きとめてくれたからよかったものの、あのままだと頭から落ちてたな。
「オズ!? 何があった!?」
あ。オズワルドがサリに抱きとめられてる。
あれ。これって成功したんじゃなかろうか。
もしかしなくても俺のせいだよな?
「レディオン、何があったんだ?」
「あー……えー……」
顔色を変えたサリに、俺はとっさに言葉を濁し、誤魔化すわけにもいかずに告げた。
「たぶん、さっきの羊のスリーピングソングを手に入れたみたい」
「…………」
サリは呆れた顔になり、空を見上げ、オズワルドを見下ろしてため息をついた。
「そういうのを試す時は、座っている時にしろ」
「……はい」