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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
三章 例え数多の苦難があろうとも
159/196

28 起こるべくして起きたもの




 燃え盛る森林を見た瞬間、反射的にさっき吸い込んだばかりの水を放出させていた。


「ここまで早く出番がくるとは……」

「ダンジョンもさぞ不本意だろうよ」


 遠い目をした俺に、同じく遠い目をしたロベルトが応える。

 怒涛の勢いで放出された水が瞬く間に木々を鎮火させていく。あ。炭みたいな木に手足が生えた。


「炭化した樹木に手足生えてるの、なんでだ?」

変異種(ヴァリアント)化したから」

「なんでだよ!?」

「いや、この水、ただの水じゃなくて、高濃度魔素含んでるから」

「汚染した水ぶっかけんなよ……」


 がっくりと肩を落としたロベルトに、俺は肩を竦めてみせる。


「どのみちどこかでは使わないといけないからな。ここで使い切ってしまえと思っている俺がいる」

「あの手足生えた炭みたいな木々はどうすんだよ?」

「倒すしかないだろ」

「お前なぁ……。まぁ、森林火災の真っただ中を突っ切るよりマシか……」


 ロベルトが手足が生えた炭に向かっていく。――あ、逃げられてる。


「待てこの……足早ぇな!?」

「あんまり奥行くと消火出来てないエリアに出るぞ」

「あいつら一目散に奥に逃げやがる」

「また火が付くんじゃないか? それ」

「自殺かな……あ、火ついた状態でこっち戻って――来るのかよ!?」

「えい」


 再度火がついた状態でこっちに走り込んで来た炭人に水をぶっかける。じゅちゅん、という音がして鎮火した。


「ロベルト、今だ!」

「なんか気力が萎える敵だな……」


 呆然と突っ立つ炭人を一刀両断して、ロベルトはカランカランと音をたてる死骸を拾う。


「炭」

「うん。見るからに炭だな」


 炭火焼するときに重宝しそう。


「とりあえず、水が続くまでは放水しよう。炭は使い道があるから回収してくれ」

「……あいよ……」


 俺も採取部隊の案山子(エプヴァンタイユ)を――あ。


「燃えた」

「燃えましたね」

「燃えたな」

「あらあら」


 一瞬で炎上し、灰になって消えていく案山子(エプヴァンタイユ)


「あぁっ……」


 火の粉飛んでるフィールドに出しちゃ駄目な採取部隊だった。


「お前はなんでここで案山子を出そうと思ったよ?」

「つい、癖で」


 呆れ顔のロベルトに、精霊銀甲冑(ミスリルアーマー)を出しながら答える。こっちは金属製なので燃えません。


「とりあえず、この近隣にいる変異種(ヴァリアント)を確認したら、いったん戻ろうか」

「炭は」

「炭はダンジョンが用意してない変異種(ヴァリアント)だから……」

「敵を増やすなよ、もー……」


 ぶつくさ言いながらもさくさく倒していくロベルト。お前のそういうところ好きだぞ。


「消火活動するなら、いっそこの層もクリアしておくか?」

「ご飯の時間がズレてしまうぞ?」

「オレは別にかまわないが、お前はそうはいかないな」

「片手で食べれるものを食べてていいなら、やりながら食べるけど」

「なるほど? では、その間の敵は任せろ」


 サリが言って俺の前に立ってくれる。ちょうど向かって来ていた炭人を一閃して切り捨てた。


「しかし、火災が起きているということは、十層も基地を置きにくいな。どうする?」

「うーん……火耐性の砦を建てるにしても、暑がりの人には厳しい場所になるよな?」

「まぁ、魔族だとそのレベルの感覚になるな。過酷な環境で鍛えたいという人間にはいいんじゃないか?」

「人によりけりだな……」


 水没エリアよりはマシだろうけど。


「レディオン、食べる手が止まっていますよ」


 おっと。母様からご指摘が。ちゃんともぐもぐします。


「炭は燃えると分かっていてなぜ火の方に飛び込むのか……」

「元魔王さん。哲学っぽく考えないでくれ」

「そんなつもりは無かったんだが……」


 サリとロベルトが仲良く炭人を叩き切りながら会話してる。二人とも動きが早くて残像が見えそうな勢いだ。母様は父様に戦い方を学びながら動いていて、さっきから炭人の首を狙って切り捨てていた。近距離攻撃に慣れてきたかな?

 オズワルドはというと、サリの方に遠隔攻撃しようとした炭人や狼型の変異種(ヴァリアント)の命を刈りとっている。

 ――って、狼型の変異種(ヴァリアント)!?


「この狼、アビス固有種だ。この階層の敵か」


 燃える体毛をもつ狼に近づき、【全眼】を発動させる。名前は『炎狼(フラム・ルー)』とのこと。


「一定距離から炎を飛ばしてくるな」

「今までは近接攻撃の変異種(ヴァリアント)が多かったが、こいつは遠隔攻撃主体か」

「近づいたら牙でガブっとやるんじゃねーかな」

「どれ。どのぐらい近くならやるかな?」

「無防備に近寄ろうとするのはやめていただきたい」

「お前は少し過保護すぎだぞ」


 慌てて阻止しに行くオズワルドに、サリが苦笑する。俺としてはオズワルドの気持ちのほうがよく分かる。サリ、わりと無鉄砲なところがあるからな……


「もぐもぐ」

「レディオン。飲み込んでから喋りなさい」

「もぃ」


 ちょっと頬張りすぎました。


「ぷは。『炎狼(フラム・ルー)』みたいに、フィールドが燃えていることと関係した敵が出てくる可能性が高い。遠隔攻撃に気をつけて」

「手応えのある敵が出てくれるといいんだが」

「階層が深くなってくるし、これからはそういう敵も増えるんじゃないか?」

「俺としては手応えはいらないんだけどなぁ……」

「ロベルトは早く魔族になって戦闘狂になるといい」

「それ、なんの呪いだよ?」


 サリとロベルトの会話に時々口を挟みながら、手早く食事を終わらせる。たっぷり食べたからお腹がいっぱいです。


「食べ終わったから参戦するぞ」

「ずいぶん早いな? ちゃんと食べたか?」

「むしろ食べ過ぎた感がある」

「早食いは体に悪いからほどほどにな」

「はぁい」


 サリの言葉にオズワルドがなんとも言えない微苦笑を浮かべている。あれか。サリも早食いタイプか。


「火災エリアが森林から草原に変わったな」


 周りを水浸しにしながら進むこと一時間。ようやく森林の終わりについたようだ。


「今のところ、炭人が一番多い敵だったな」

「ダンジョンもさぞ不本意に違いない」


 ロベルトが呆れながら炭を拾う。悪かったって。


「動物型は狼と兎だな。わりと面倒だったのが昆虫型か」

「燃えながら突っ込んでこられるのが面倒だよな、あれ」

「的が小さいから倒すのも面倒だ」

「手応えはあった?」

「全く」


 ダンジョンもさぞ不本意に違いない……


「今までで一番手応えがあったのは狼男(ルー・ガルー)だな」

「あ~、あのめちゃくちゃ素早い奴」

「いい特訓相手になりそうだし、次に出たら一対一で戦ってもいいか?」

「俺は別にいいけど、レディオン達の意見は?」

「うん? 別にいいんじゃないかな? 危なくなればオズワルドが何かするだろうし、サリも手応えの無い敵ばかりじゃ暇だろうし」

「……お前達魔族の戦闘意欲はなんなんだろうな……?」

「ロベルトも早く魔族に染まるといい」

「だからなんの呪いなんだよ、それは……」


 戦闘脳の呪いかな?

 なお、解呪は出来ません。


「さすがに草は変異種(ヴァリアント)に変化しませんね」


 鎮火して黒くなった草原を見ながら母様が言う。樹木は変異種(ヴァリアント)になったのに、草はならないのは何故だろう?


「ロベルト、どう思う?」

「どうと言われてもな……変異する条件を満たす前に消滅するから、とかじゃねぇかな?」

「だ、そうだよ、母様」

「なるほど、納得しました」

「いや、予想だから! 正解の答えじゃないから!」

「お前の予測的中率を考えたら、たぶん合ってるんじゃないかな」


 正直、俺が手に入れた【全眼】よりロベルトの発言の方が信用性ある。


「そういや、レディオン、あの世界を読み解いちゃう目でこのダンジョンそのものを見ることは出来ねーの?」

「そういえば、見て無かったな」

「宝の持ち腐れじゃねーか」

「もともと持ってなかった能力だから忘れがちなんだよ」


 言い訳して、草が生えてない地面っぽいところに焦点をあてて『見る』。


「お?」

「どういう反応なんだよ」

「いや、どうやらこのダンジョン、成長中みたいでな。これから大きくなろうとしてるところに俺達が来たから悲鳴あげてるみたいだ」

「そんなことまで分かるのか?」

「状態が、恐怖、警戒、焦燥って出てるから、ちょっとしたパニックだろう。現在は十六階まであるらしい。たぶん、これから増えるんだろうけど」

「十六階か……広さや前評判から考えるとえらく少ない階数だな?」

「ラザネイト大陸のダンジョンみたいに、毎日のようにダンジョンアタックされてるわけじゃないからな。下手したら、生まれてから初めて感じる恐怖かもしれないぞ?」

「カンデラリオ達は脅威じゃなかったんだろうか……」

「途中のアイスドラゴンで半壊してるし、攻略が止まっちゃってるから、ダンジョンからすればいずれ洗脳してやろう予備軍みたいな感じだったんじゃないかな。強制変異させる素材扱いだった可能性もある」

「ダンジョン、あくどいな」

「向こうも生き残るのに必死だろうからな。まぁ、倒すけど。――それより、このダンジョンがヴェステン村の地下深くにあったことと、村の襲撃とが関連してるのかどうかが気になる」

「『災厄の種(カラミテ・グレーヌ)』が出たんだっけ?」

「そう。高濃度魔素を撒き散らす蛙が出たんだよ。モンスタートラップ付きだったから、ヴェステン村そのものを狙ったのか、土地の支配者である父様を狙ったのか、って最初は思ったんだが、どうも違うっぽいんだよな」

「なんで?」

「父様がちょうど居合わせたのって、俺の傍にいたからなんだけど、俺が生まれる以前の父様なら、あちこちの視察に行ってて傍にいなかった可能性が高いんだ。だから、父様を狙っての犯行とは思えない。あと、ヴェステン村って大豆の産地なんだけど、これといって特別重要な土地でもないし、特別な人がいる土地でもないんだよ。だから、狙われる理由が希薄でな?」

「地下深くにアビスダンジョンがあるから、そこに栄養というか、高濃度魔素を届ける意味で『災厄の種(カラミテ・グレーヌ)』を放ったとか?」

「なるほど」

「納得はやめろ! 憶測だっつってんだろ!?」


 ロベルトはこれまでのことがあるから信憑性ありすぎてな。


「だいたい、ダンジョンは地下深くにあっただろ!? 高濃度魔素ってどんだけ離れてても届くもんなのか!?」

「ダンジョンに到達するまでの土地はすでに高濃度魔素に侵されていた。地中のダンジョンからの魔素と、地上の『災厄の種(カラミテ・グレーヌ)』からの魔素の両方で汚染された可能性が高い。もしかすると、地脈の関係があったのかもしれんな」


 サリに言われてロベルトが頭を抱える。

 やっぱりロベルトは預言者を名乗っていいと思う。


「問題は、誰が、どうやって、『災厄の種(カラミテ・グレーヌ)』をあそこに運んだか、だ」

「そこなんだよな」


 俺とサリが唸る。こればっかりは解けない問題なんだよな。

 そうだ!


「ロベルト。『災厄の種(カラミテ・グレーヌ)』ないしその素体となった魔族の体をヴェステン村に誰にも見られずに運ぶなら、どうやって運ぶ?」

「お前、絶対何か期待してるだろ」

「おおいにしてる」


 俺には思いつかないしな!


「その魔族の体、ってのがよく分かんねーけどさ、それなりの大きさなんだろ?」

「成人男性だったからそれなりの大きさだな」

「じゃあ、夜か、透明になる魔法を使ったか、あるいはその両方なんじゃないか?」

「魔族、夜目もきくから、透明化の魔法使われた可能性あるか」

「それか、空から落とすか」


 言われて、思わずロベルトを見た。サリも立ち止まってロベルトを見る。


「空?」

「ああ。安全とかそういうの考えないなら、飛竜なり鷲頭獅子獣(グリフォン)なり、空飛ぶデケェ騎獣に持たせて空から落とせばいいんじゃねぇの?  毎日夜空見上げてる魔族がいたらアウトだろうけどよ」

「……空か……」

「……難破して、他大陸で種を植え付けられ、空路でヴェステン村に運ばれた、とすると……」

「……二人して真剣に考え込むのやめてくれねぇかな……ただの思いつきなんだからさ」


 お前の思いつきは預言レベルなんだって。


「一考の余地があるな」

「あの日、空を見ていた者がいないか調べよう」

「ああ。お前達が夜明け直後に騒動に巻き込まれたことを考えると、夜というのも一つの鍵だ。飛竜や鷲頭獅子獣(グリフォン)の飛行距離を考えて、夜の間にヴェステン村まで飛んでこれる場所を探そう。そこが出発点になる」

「問題は誰が、それを成したのか、だ」

「すぐに思いつくのは聖王国だが……」


 二人してロベルトを見ると、ロベルトがなんとも言えない表情になった。


「そこまではピンとこねぇって」

「駄目かー……」

「まぁ、すぐに思いついたのは俺も聖王国だけどよ」


 予言、いただきました!


「聖王国からだと距離がありすぎるな……中継点があるとみるのが妥当だろう」


 サリが考えながら言うと、それまで黙って聞いていた父様が声をあげた。


「魔族が変異する実験をしていなければ、『災厄の種(カラミテ・グレーヌ)』は作れない。聖王国に実験場がある可能性もあるのでは?」

「赤ん坊にあのような非道を行う連中だ。可能性はあるな」

「セラド大陸を出てラザネイト大陸に漂着した魔族のうち、何人かが犠牲になったってことだろうか……」

「七百年前にはそれらしい組織は無かった。そもそも、聖王国なんて国そのものが無かったけどな」

「統一されたもんね、七百年前に」


 俺が言うと、サリは苦笑して頷く。


「そうだ。あの当時、人の世界での『魔族』なんてものはおとぎ話でしかなかった。魔大陸にいる、という伝説はあっても、な。そして聖王国という国も無かった。統一後、バラバラになった国の一つが聖王国を名乗ったのだろう。魔族が捕らえられ何らかの実験をされたのも、それ以降だと思う。俺が気づけないぐらい巧妙に隠れていた可能性は否定できないが」

「勘のいいサリが気づかなかった時点で、バラバラになってからの可能性が高いと思うな」

「買いかぶってくれるなよ。俺にも抜けているところはあるんだから」

「はい。それはもう」

「……オズは後で話があるぞ」

「喜んで」


 つい言ってしまうぐらい、サリにも抜けているところがあるのか……


「七百年前、か……なんだか、あの統一と崩壊を境目にして、色んな事が起こっている感じだな」

「そもそも、そんなに簡単に崩壊するような国家では無かったはずなんだ。誰かがわざと崩壊させるように動かない限り、最低でも百年は続くよう手配していた。それがわずか数年で崩壊とはな……」


 俺の声にサリがため息交じりに述懐する。せっかく統一した国があっという間に崩れたのはサリにとってもショックだろう。

 と、そこでオズワルドが静かな表情で零した。


「カリスマ性の高い指導者が突如消えたのですから、崩壊しても仕方がないかと」

「……戦の中でしか存在しない指導者が、か?」

「戦中に感じたその人の存在と、統一国家が出来た後に会った人の存在がまるで違っていたのなら、各国の代表や将軍が不審を覚えても仕方はないと思いますが」

「だが、それだけで崩壊するだろうか? どの国も平和を享受できるのなら、多少の違和感ぐらいは無視するはずだろう?」

「多少の違和感程度では無かったかもしれませんが……私としては、あの崩壊はあるべくしてあった、と思います。また、その裏には誰かの思惑があったのでは、という気がいたします」

「勘か?」

「勘ですね。根拠はありません」


 トップクラスの神族の勘って、信憑性高すぎて笑えない。


「長く続くよう、作られた国の仕組みが、わずか数年で破綻するのです。何者かの意志が働いていないと無理でしょう」

「…………」


 サリが難しい顔で考え込む。

 ロベルトが不思議そうに首を傾げた。


「二人とも、やけに七百年前の統一国家とかに詳しいな?」


 おっと、その話題はまだタブーだぞ。


「サリは七百年前に魔王になったひとだからな。当時の情勢には詳しいんだ」

「なるほど」


 視線を彷徨わせていたサリが目線で礼を言ってきた。

 ロベルトにならいつかサリの正体を話していい気がするけど、決めるのはサリ自身だからな。今はまだ時期尚早だ。


「まぁ、聖王国には密偵を放ってある。あちらで得た情報でいくつかの疑問は解消できるだろう」


 そうであってほしい、という願望含みに言って、俺は「それより」と言葉を続ける。


「なにか向こうに階層主っぽい巨大な影が見えるんだけど、あれって人型だよな?」


 行くてに見える巨人の姿は、炎のように時折揺らめいている。すでにこちらに気づいているのか、顔の向きはこちら側だ。

 俺は【全眼】を発動させる。

 そして、その内容に眉をしかめた。


魔人(イフリート)だ」


 それは人の変異種(ヴァリアント)と魔族が融合した末の生物だった。






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