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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
三章 例え数多の苦難があろうとも
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幕間 “夢”

カーマイン(マリーウェザー)視点です。






《魔女が介入に乗り出してくるのは時間の問題だ》


 そう言った神族は、黄金の髪に鮮やかな緑の瞳をしていた。

 その隣に立つ神族は、銀糸のような髪に青い瞳をしている。


《レディオンの呪いは破滅を招く》

《呪いは数多の世界に拡散され、それを消滅させるために魔女は動くだろう》


 それは数多の世界の崩壊を意味し、同時に愛する人の破滅を意味した。


「あの人がそうならないよう、出来ることは無いのか?」


 私の問いに二柱は首を横に振った。


《すでに未来は定まった》

《今のこの世界を救う術はない》


 運命と時空。その強大な力をやどす二柱からの予言。

 言葉を無くした私に、二柱は言う。


《だが、時とともにあるべき姿に戻すことなら、出来るだろう》

《覚悟と犠牲が前提になるけれど……》

「私は何をすればいい?」


 私の問いに、二柱は答える。


《僕達の権能だけでは世界を戻すことは出来ない》

《運命はオレが書き換える、時間はこいつが巻き戻す。けれど生命は戻れない》


 白い美しい指が私を指す。


《「生命の(・・・)」。てめぇの血の力が必要だ》


 金と銀の神は言葉を紡ぐ。

 世界の終わりを見据えた観察者の視点で。


《 《世界の贄になる覚悟は、あるか?》 》





 ●





 ふと視界が明るくなって、それで自分がうたた寝をしていたことにきづいた。

 顔を上げると、鮮やかなほどの青が視界に広がっている。その中を泳ぐ雲は淡く白く、様々な形になりながら西へ西へと向かっていた。


「上空は風が強いのだな……」

「ちょうどいい風が吹いてるみてぇだなぁ」


 なんとなく呟いた言葉に応えがあって、私は思わずそちらを見た。

 何かを獲っていたのか、船べりで網を引き揚げている男がいた。


「魚か?」

「魚の変異種(ヴァリアント)だ。いいのが入ってそうな予感がするんだよなぁ」


 嬉しそうにせっせと網を引き揚げるのは、船旅の間に仲良くなった船員だった。料理が得意らしく、よくこうやって漁をしてはその度に成果を振る舞ってくれる。


「いよぉし。太刀魚の変異種(ヴァリアント)だ」


 身の丈数メートルにもなる巨大魚が、もうどうにでもして、という風情で横たわっている。網を上げている最中は盛大に暴れていたような気がするのだが、疲れ果てたのかもしれない。


「それは焼くのか?」

「ああ、塩焼きが一番好きでな。食べるよな? カーマイン」

「いただこう」

「まーた餌付けされてるザマスね」


 寝ていたハンモックから起き上がり、いそいそと魚に寄っていく途中で声をかけられた。ちょうど船室から出て来た男だ。


「ザマスさんもどうだ?」

「アルセニオの料理は美味いぞ」

「……いただくザマス」


 二人して勧めると渋々という感じで返事が返ってくる。

 そうして、私が退いたばかりのハンモックに寝転がった。


「出来上がるまで寝て待つつもりか?」

「ここにいる間は休暇と思って満喫することにしたザマス。アンタこそ、体はちゃんと休めてるザマス?」

「私は未だかつてないぐらいに休んでいるぞ。さっきもウトウトしていたところだ」

「…………」


 私の返答にザマス殿は難しい顔になる。

 そうして、言い辛そうに口を開いた。


「さっき、またあんたの夢がこっちに流れてきたザマス」


 夢が流れてくる、というのは、私達の間で頻繁に行われるものだった。

 同じ人の光る泥が溶けこんでいるせいか、私が見た夢はザマス殿の夢に混じり、ザマス殿の見た夢は私の夢に混ざる。互いの昔の情報を夢を介して見ているような状態で、最初の頃は驚き、次に呆れ、今では慣れてしまった。


「アレ、神族ザマスね?」

「ああ。もう、この世界では名前も消えてしまっているようだがな」

「…………」


 ザマス殿は微妙な表情をしている。


「名前が消えるってことは、存在ごと消滅したってことザマスよね?」

「ああ。そうなるな」

「かなり高位の神族に見えたザマスけど?」

「ああ。一級神だな」

「そんな神族が消えるようなことって、そうそうないはずザマス。アンタ、いったい何に巻き込まれたんザマス?」

「巻き込まれたわけではないぞ。私は私の意志であの二柱と契約しただけだから」

「一級神が消滅するような契約を?」


 その問いに私は苦笑した。


「それは結果の話だな」

「結果の話であろうと、そうなるってもう分かってるんザマスよね? あの化け物の言っていた『破ってもいい契約』ってソレなんじゃないザマス?」

「あの御仁もなぁ、なんで知ってたんだろうな?」

「ちゃんと答えてほしいんザマスけど?」


 ザマス殿の言葉に私は苦笑する。それ以外の反応をとれそうにない。


「あれが未来に起こることではなく、過去のものだとすれば――」

「焼けたぞーっ」

「空気読めザマス!」

「はっはぁ! まーた内緒話かよー!」


 何か真面目なことを言おうとしていたザマス殿が怒鳴る。怒鳴られたアルセニオは快活に笑って巨大太刀魚の串焼きをこちらに渡して来た。


「ザマスもカーマインも、船にいる間ぐらいむずかしー顔やめろってー」

「あんたの能天気をこっちにうつさないで欲しいザマス!」

「この横っちょの部分が美味いんだよなぁ、ほら、ザマスさん」

「いただきます。――だからといって話を途中にした罪は消えないザマス!」

「あっはっはーっ」


 ハンモックから起き上がるザマス殿から離れ、アルセニオは別の船員に振る舞いに行く。中途半端な体勢だったザマス殿がため息をついてハンモックに戻った。


「まぁ、まずは食べ物を食べてから、だな」

「これだから魔族は……」


 ザマス殿がぶつぶつ言っている。たぶん、消えた後半部分は「脳筋」か「能天気」だろう。

 両端の骨のある部分の肉を歯をつかって上手いこと食べる。口に広がった極上の味に思わず相好が崩れた。絶妙な塩味が魚の旨味をひきあげている。


「美味いなぁ」


 これをレディオン様にも食べてもらいたい。そう思ってしまう気持ちは止められない。

 どうしようもない事情があるとはいえ、自分だけがこうしてゆったりと過ごしていることに罪悪感があった。おいてきてしまった過去の世界では、今も凄惨な殺戮が行われている事だろう。出来るだけ早く帰らなくてはならないが、帰る方法が分からない。

 それに、この世界でやらなければならないことがある。


「まーた気難しい顔してるザマスよ」

「む。また顔に出ていたか」

「アンタは気をつけて無いと表情固まって怖くなるんザマスから、ちゃんと意識してにこやかにしやがれザマス」

「難しいことを言うな。もうこの顔は生まれつきだ」

「そんな気難しい顔で生まれてくる赤ん坊なんていないザマス」


 串焼きから身を落さないよう四苦八苦しながら食べると、先に食べ終えていたザマス殿が残った串の棒を勢いよく空に投げた。一秒後、空から鳥が落ちてくる。


「ふふん?」


 挑発するようにこっちを見て笑うので、同じ笑みを浮かべて串を食べきる。

 そうして狙いをつけて空に投げ、もう一回り大きな鳥を撃ち落とした。


「ふふん」

「チィッ」


 ザマス殿は舌打ちするが、その顔は笑っている。そこへアルセニオがやってきた。


「鳥肉!」

「好きに焼いてくれ」

「任せろ!」


 二人して成果をアルセニオに託し、空を見上げる。

 撃ち落とされることを警戒したのか、船の周りに他の鳥の影はなかった。


「空の色ばかりは、過去も未来も変わらないな」


 話題を続けるつもりはなかったが、ちゃんと答えておくべきことはある。


「ザマス殿」

「なんザマス」

「私は『過去になった未来』から来たんだ」

「そのようザマスね」

「もう少し驚いてくれてもいいんだぞ?」

「あれだけ夢を見ればだいたい察せられるザマス」

「それもそうだな」


 お互いに淡々と言って、空を見続ける。

 この世界では、まだ私は生まれていない。

 けれど、私は私が生まれ、そして死ぬであろう世界の記憶がある。

 その世界はこの世界の前にはなく、後ろに存在する。

 私の未来は、この世界の過去だ。


「アンタの世界は、壊れたんザマス?」

「おそらく、一度そうなりかけたのだろうな」

「ほぉん?」

「ソレを防ぐために、あの二柱の神族は消えたんだ」


 その運命は、私にもある。

 けれどそれを言う必要はないだろう。


「…………」


 ザマス殿が何か言いたそうな顔で押し黙る。

 たぶん、先程の夢をザマス殿も見てしまったのなら、気づいているだろう。

 ――あの二柱の神族と同じように、私も『世界の贄』だということに。

 やがて世界から消えてなくなる身だということに。


「どの行動が正しくて、どの行動が正しくないのか――そんなことは、今の私には分からない。けれど、自分の行動の先にこの世界があるのなら、私はそれは幸せだと思う。少なくとも、そう思うからこそ、こうして平然としていられるんだ」

「…………」

「ザマス殿には、変えたいと思う過去は無いか?」

「…………はぁ……。無いわけないザマショ」

「変えられるとしたら、張り切るな?」

「そうザマスね」


 嫌々そう言うザマス殿に、私は静かに笑う。


「私の知る未来では、海人族が魔族を襲撃する。悲劇はそこから雪崩れるようにして起こる」

「…………」

「私はそれを止めたい」

「…………」

「だから、陸に降りたら海人族の偵察に行くつもりだ」


 すでに船の上の人には話をつけてある。

 船の関係者の間では、海人族の変化を不気味に思っている者も多かった。だが、それが問題に上がっていなかったのは、これという被害が無いからだ。

 魔海峡を渡る時に邪魔をされるのは危険だが、それによって難破した、と確実に言えるような船の被害はない。大渦に大型変異種(ヴァリアント)と、何もなくとも難破する可能性が高いのが魔海峡だ。そして、はっきりとした被害が出て無いかぎり、動かないのが魔族という種族だった。


「魔族は憶測で動かない。だから、確実な証拠をつかんでこなければならない」

「他の魔族は動きそうにないから、まずは自分で動くってことザマス?」

「それもある。だがなぁ、ザマス殿」


 私は人の悪い笑みを浮かべて言った。


「偵察には、威力偵察という種類のものもあって、な?」

「この魔族最悪ザマス。襲うつもりザマスか」

「なに。怪しくない海人を襲うつもりはない。怪しい海人族なら襲ってもかまわないと思わないか?――まぁ、それも、証拠を手に入れてから、の話ではあるが」

「それで戦争がおっぱじまるんじゃないザマス?」

「長い雌伏を許して襲撃されるぐらいなら、準備の整っていない今に戦争を起こしてしまったほうが良い。放っておけば向こうは侵略してくるのだからな」

「これだから魔族は……」

「断っておくが、このやり方は人族から学んだ方法だぞ」

「これだから人族は……」


 どっちの種族にも思う所があるのか、ザマス殿は深い深いため息をついた。


「それで、証拠を見つけるために偵察するとして、まずはどこへ行くつもりなんザマス?」

「どこ、とは?」

「目的地があるんザマショ? 情報を集めるための」

「特にこれといって無いな」

「はぁ!?」

「最初は酒場を回って、下々に広がる噂を集める予定でいるが」

「はぁあ!?」

「そんなに驚かないでもいいだろう。捜査の基本だろう?」

「仮想敵地でそんなのんびりできるザマス!?」


 目を剥いているザマス殿に、私は「そのことなんだがな」と断ってから預かっている無限袋を漁った。


「これ、何かわかるか?」

「葉っぱ」

「うん。変身草の葉なんだ」

「…………」

「これが大量に入っていた。たぶん、偵察部隊の誰かに渡すつもりの荷物だったのだろう。で、だ。これを使えば海人族になれるし、エラ呼吸も出来るようになる。つまり、魔法を使わなくても海人族の街にも入れるわけだ」

「…………」

「大人数で行けば目立つだろうが、一人二人程度なら紛れられると思わないか?」


 ザマス殿は嫌そうな顔をしてから、長い長いため息をついた。


「考えているようで考えてなくて、考えてないようで考えているのがアンタザマスね」

「褒められたと思っておこう」

「褒めてないザマス!」


 毛を逆立てた猫のように怒ってから、ザマス度のは頭をガシガシ掻いて言った。


「協力するなんて言わなければ良かったザマス。無鉄砲にも程があるザマス」

「変身草がなければ私も堂々と入ろうとは思わなかったぞ」

「その場合、こっそり隠れて入って隠れて諜報活動するつもりだったんじゃないザマス?」

「なんだ。バレていたのか」

「想像の範囲内ザマス!」

「ザマス殿は賢いなぁ」

「褒められている気が全くしないザマス!」


 失礼な。これでも最大限褒めているつもりなのだが。


「そんなに危険は無いと思うぞ。海人族もまだ戦争を起こす気は無いだろうから、そこまで警戒していないはずだ。少なくとも、あと八年は雌伏しているだろうからな」

「余所者が入っていっても警戒度は低いと見たわけザマスか」

「戦争中というわけではないからな。だが、戦争の準備をしていればそれなりに噂は回る。民にまわる噂というのは馬鹿にならないものがあるからな」

「アンタがそんな危険な真似をする必要あるザマス?」

「あるとも。とはいえ、私の事情だからな。ザマス殿はやめてくれてもかまわんぞ?」


 私の言葉にザマス殿はものすごい嫌な顔をした。


「一度行くといったものを撤回するほど、ワタシの根性は腐ってないザマス」

「こんなことで根性腐ってるとは思わないが?」

「ワタシの中では思うザマス。アンタの中では、これは危険のない任務なわけザマショ?」

「そうなる。私はこんな所で死ぬつもりはないからな」

「その自信はどこからくるのやら……」


 ザマス殿は呆れ顔になってため息をついた。


「まぁ、いいザマス。それと、さっき聞きそびれてたんザマスけど、あの夢がアンタの過去であるのなら――」

「鳥肉焼けたぞー!」

「く・う・き!!」


 ほかほかの串焼きを差し出され、ザマス殿がハンモックから飛び起きた。アルセニオは素早く私に二本渡すと、ザマス殿の手が届かない場所まで逃げていく。


「わざとやっているんじゃないザマスかね、あの男」

「ははっ。まぁ、そう怒らずにこれでも食べろ」

「いただきます。――いつも人が真面目な話をしようとすると出てくるんザマスから」

「だが、ああいう底抜けに明るい人物がいることが、救いになることもある。この世界は、いい世界だな」

「…………」


 肉にかぶりつくと、口いっぱいに鳥の旨味が広がった。

 あぁ――


「美味いなぁ」

 

 あの人に食べてほしいと、そう思った。








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