幕間 海路にて
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カーマイン(マリーウェザー)視点です。
利き腕を切り落とされ、痛みに歯を食いしばった。
聖王国、聖都、大神殿。
何人もの神騎士に待ち構えられていた部屋は、どこにも通じていないとされる転移の間だ。
魔法を封じる結界のせいで巧く魔法を使うことができず、残った左手で剣を振るう。剣術に関してだけで言えばこちらに分がある。だが、それは一対一の場合だ。一人と切り結んでいる間に、別の一人に槍で貫かれ、斧で切りつけられる。
流した血が足元に溜まり、滑りそうになる。
唱えていた回復魔法も、結界のせいでほとんど効果がない。
神騎士の一人をかろうじて倒したところで、腹部に強烈な熱が走った。槍で貫かれたのだと気づいたのはその一瞬後。槍を切り、穂先が体の中を貫いたまま出口へと走る。
その状況を、他人事のように見ている自分がいた。
――ああ。またこの夢か。
もう一人の自分が淡々とそう心の中で呟く。
出口から出たところで危機は去らない。出入口を守っていた神騎士の首を刎ね、飛び出した部屋の向こうにも神騎士の姿があった。
切り結び、押し切ったところに背中に熱。切りつけられたと察してさらに前へ進み、振り返って背後から追撃に来た剣を跳ね返す。神器の剣は両断できない。脇から鋭く切りつけられ、身を躱しながら相手の首を刎ねた。
――逃げられない。
結果は分かっている。いつだって逃げられなかった。これは決して変えられない未来の夢だ。
それでも諦めて足を止めることはしない。ひたすら剣を振るい、一人でも多くの神騎士を葬る。
――神騎士は補充がきかない。
一人失ったからといって、すぐに神騎士が作られるわけではない。
だから一人でも多くの神騎士を討ち取ることが重要だった。そうすればその分、レディオン様や民が生き永らえる確率が高くなる。
「なにをしている! 早く殺せ!」
神騎士の後ろで神官の姿をした男が叫んでいるのが見えた。金色の髪の、どこか豪華さを感じさせる男だ。
一瞥して、切り裂いた神騎士の体を後ろに蹴り飛ばす。突撃しかけていた神騎士がその遺体で後ろにこけそうになり、背後に空白が出来た。それを確認してから外に向かう方向へ足を進める。追いすがってくる剣を弾き、避け、切り返し、外へ、外へと。
――もうすぐた。
痛む腹部の熱を感じながら、頭の片隅で思う。
もうすぐ、自分は死ぬ。
そして、あの人に会える。
ほんのわずかの邂逅とはいえ、その瞬間が近づいていることに悲しみと喜びが同時に押し寄せる。
優しいあの人は、自分が死んだことを悲しんでくれるだろう。悲しませてしまうことは心苦しかったが、少しでも気をかけてもらえたことを喜ぶ気持ちは隠せなかった。ほんの少しでいい、寂しいと思ってもらえることが嬉しかった。
――死は怖くない。
自分の最期は最初から知っていた。幼い頃から何度も何度も見てきた。怖い気持ちが摩耗し、何事にも動じなくなるほどにずっと見てきたのだ。
だから死は怖くない。
その死によって契約の大魔法が発動し、レディオン様を守れるのならそれでよかった。
なのに――
「マリー!」
その、声が。
レディオンという人の存在が。
こんなにも魂を震わせるほどに、強い未練になる。
出来れば生きたかった。死にたくなかった。その傍でずっと剣を振るい、守ってあげたかった。
優しすぎるが故に傷つき、騙され、ボロボロになっていくその人を置いて逝きたくはなかった。
――ごめんなさい。
許さなくていい。憎んでくれていい。こんなこと望んでいなかったと罵倒してくれていい。
二柱の神族との契約をレディオン様が知れば、きっと「どうして!?」と怒るだろう。
――この人はとても優しい人だから。
捕縛され、ここぞとばかりに切りつけられて腹を裂かれ、地に倒れた私の前で、複数の神騎士が切り裂かれ、バラバラになって地面に落ちる。
呪いで大魔法のほとんどが使えないとはいえ、レディオン様の魔法は他と隔絶していた。その猛威を振るわれ、自分を追い詰めていた騎士達が倒れる。
視界の端で金色の髪の男が逃げるのが見えた。
何度夢の中の行動を変えてみても、絶対に殺せないのがあの男だ。せめて呪いの一つでもかけてやりたいが、そんなことをする余裕は私には残されていなかった。
「マリー!」
レディオン様の声がする。愛称を呼ばれ、喜んでいる自分がいる。
いつだって女性に対して礼儀正しいレディオン様は、私を愛称で呼ぶなんてことしなかった。この人のこの呼び方を聞けるのはこの夢の場面だけだ。
「生きて帰ると約束しただろう!?」
ごめんなさい。
ごめんなさい。
嘘をついてごめんなさい。
貴方を騙したかったわけじゃない。そんな顔をしてほしかったわけじゃない。
申し訳なさと、抱き起してくれる腕の熱に喜びを感じている自分がいる。愚かで浅ましく、みっともない自分が。
「レディ、オ……様……」
声を外に押し出すのすら辛かった。けれどこの痛みは、当然の報いだ。
死ぬことがわかっていてこの地に赴いた自分の罪だ。
この人に悲しみを与える自分の。
「――――」
抱き起したレディオン様に、自分が何かを言っているのを感じた。だが、いつもその言葉が何なのか聞こえなかった。レディオン様が驚きに目を瞠り、みるみるうちに泣きそうな顔になる。
ごめんなさい。何を言ったのかわからないけれど、貴方をそんな顔にさせるほどのことを言ってしまったのだろう。
体が重く、視界がどんどん暗くなる。見つめていたいのに、レディオン様の姿がおぼろげになる。
――最期が近づいている。
「逝くな! マリー!」
愛しい人の声が聞こえる。全ての五感が消えていく中、最後まで耳だけがその人の苦し気な声を拾う。
だから、私は――
「――ッ!」
胸に走った強い痛みに、思わず飛び起きた。
ゆらり、ゆらりと自分の体が揺れている。それが船の揺れだと思い出したのは、浅く荒い呼吸をいくつか数えた後だった。
「……また、あの夢か」
子供の頃から繰り返し見続けた自分の最期の夢。
最初の頃は怖くて父母に泣きついていた。父母を喪い、弱さを見せることが出来なくなり、大人になるにつれ諦めの境地に達した夢だ。
未来視、あるいは、予知夢、と呼ばれる能力。
それが自分にあることは、その繰り返し見る夢で分かっていた。だが、自分の死に様しか見せない予知夢に何の価値があるだろうか。ずっとそう思って生きてきた。
――あの二柱の神族に会うまでは。
「……また悪い夢を見たんザマス?」
広めの船室の向かい側、こちらのせいで起きてしまったであろう旅の連れに声をかけられた。
申し訳なくて頭を下げる。
「すまない、ザマス殿。またいつもの夢だ」
「最近、多いザマスね。夢違えの魔法でも使うザマス?」
「……いや、これはいい。何をしても変わらない夢だからな」
「だったらなおの事、夢違えの術を使った方がいいんじゃないザマス?」
「気持ちだけ受け取っておく。ありがとう。――この夢は、たぶん、変えてはいけないものだから」
「ほぉん?」
どこかどうでもよさそうな声をあげて、その実心配している心優しい旅の連れに笑いかける。
「ザマス殿。もし、悪い夢の先に、幸せな夢が待っているとしたら、その悪夢を消そうとするか?」
「……まぁ、希望があるのなら我慢するザマスね」
「そうだろう? これは、そういう夢なんだ」
「アンタはそれで幸せになれるんザマス?」
その問いには答えられなかった。
なぜなら、その夢の先に、自分は決していないからだ。
「少し、夜風に当たってくる」
「……つきあうザマスよ」
「寝ていなくていいのか? 私のせいで目が覚めたのだろう?」
「別に、この体は寝なくても大丈夫なんザマス。なってみてビックリザマスけど、この体、あほみたいに体力あるザマスよ。さすが化け物が宿っていた光る泥ザマスね」
「私は普通に疲れたり眠くなったりするが、もらった分量が多いとそうなるのか」
「ぜひ代わってほしいザマス。――まぁ、だから、気にする必要は無いザマス。ワタシはそれよりも、アンタがワタシと同室なのに全く平気にしていることのほうが、よっぽど気にすべき事だと思うザマス」
「何故だ?」
「……アンタにこの手の常識を解くのは不毛だとだんだん思ってきているザマスけど、普通、男女が同じ部屋に寝泊まりすることは無いザマスからね?」
「まぁ、用意してくれた方々は私を男だと思っていたようだからな」
「そこだけ残念そうな顔をするのはやめるザマス。もっと別の意味で文句言ってもいいザマス。あと、あのレイノルドとかいうのはアンタのことを女性だと見抜いていたようザマスけど?」
「あれは驚いた。レディオン様以外に見抜かれたことは無かったのにな」
「驚く部分、そこザマス? 求婚したレイノルドとかいう魔族が可哀想ザマスね……」
「あの求婚もなぁ、私のような女にするとは、レイノルド氏も変わった趣味をお持ちだな」
「……つくづく可哀想ザマスね……」
「告白は同性にされることのほうが多かったからな。異性にされると違和感というか、不思議な気持ちになる」
「なるほど。アンタ自身が可哀想な存在なんザマスね……」
「心底憐れむ視線はやめてもらおうか」
「ハイハイ」
服の上に外套を羽織り、部屋を出て深夜の船を歩く。
ゆっくりと揺れる船の動きに足をあわせるのも慣れた。船旅と聞いて、またあの大揺れを経験するのかと内心げんなりしていたが、この船は前に乗った船と違い、ほとんど揺れなかった。小型船と大型船の違いもあるだろうが、たぶん、それだけではない。船内を紹介してくれた船長によると、レディオン様と精霊王が船の開発の力を入れており、優れた船がいくつも誕生しているのだという。つくづく、この世界のレディオン様は異常だ。
そしてその異常は、おそらく、私が死んだ世界の先にあるのだろう。
あの二柱の神族の言葉が正しければ、の話ではあるが。
「深夜だというのに、働いている者が多いな」
「妙に揺れると思ったら、なんかデカさの異常なタコがいないザマス?」
「怪蛸だろう。ラザネイト大陸側にも出るんだな。セラド大陸側だとあの倍は大きいぞ」
「……あんたらの大陸ってどうなってるんザマス?」
「まぁ、生物が巨大なことが多い大陸だな。羊なんて、乗り合い馬車より大きいぞ」
「それもう魔物じゃないザマス?」
「セラド大陸では普通に牧羊なんだがな」
何故か呆れたような目を向けられた。羊の大きさのことで私を呆れられても困るのだが。
「ところで、なんで剣を抜き始めてるんザマス?」
「何故、って……普通、加勢するだろう?」
「アンタ、船の上でも戦えるんザマス?」
「不慣れではあるが、それならなおのこと戦って経験を積まなければ、な。魔族の嗜みだ」
「あんた達の種族は謎ばかりザマス……」
失礼なことを言うザマス殿は放っておいて、揺れる船の上を滑るように進んでいく。怪蛸一匹なら船員に任せておいてもかまわないだろうが、今回は三匹いる。なら、一匹ぐらい譲ってもらってもいいだろう。
「加勢する!」
「お客さん!? 船で戦えるのか!?」
「暴れる宝石亀の上でなら戦ったことがある!」
「ならいけそうだな!」
巻きつきにくる触腕を弾いていた魔族が頷いてくれたので、一匹もらうことにする。
「ほら、来い」
変異種は総じて元の生物より知能が高く、ある程度の意思表示は読み取れる。挑発に乗って来やすいのはそのためだ。
軽く手で招くと勢いよく触腕が飛んで来た。跳躍でかわし、吸盤のない裏側に着地。そのまま触腕を駆けて頭部へと走った。
「!」
触腕が大きく跳ね、こちらを落そうとしてくる。そこから飛び、別の触腕へ着地、すぐにまた別の触腕に飛んで距離を詰める。そのついでに邪魔な触腕を切り飛ばした。
「――――!」
怪蛸の体が大きく震え、その体が海へと逃げる。
「ちっ」
海の中までは追えない。一度船の縁に戻り、しばし待つ。
次の瞬間、巨大な水柱とともに怪蛸の巨体が船の上に飛んだ。私は即座に帆柱を駆けあがる。あの距離ならいける!
【巨人の力】
身体強化の魔法をとなえ、力をためて大きく剣を振るった。
「はぁあああっ!」
水を含んだ何かが大きく裂ける音がして、怪蛸の体が一度大きく震えた。その体が落下するより早く、もう一度跳躍して全力で蹴る。怪蛸の巨体が船を超えて向こう側の海に落ち、船員が慌てたように銛を投げてその体を船に引き寄せた。
「死骸は使い道あるから! 船から遠くに落さないでくださいね!」
「わかった! すまないな!」
一匹片づけたので、残る二匹のうちの一匹に次の狙いをつける。せっかくなので銛を貸してもらい、魔力の乗った状態で全力で投擲した。
「――――ッ!」
怪蛸が大きく震え、そのままずるずると海に沈み始める。……おや?
「一撃ザマスね」
「貫いたみたいだな」
「アンタ、もしかして魔族の中でも強い方ザマス?」
「まぁ、弱くはないつもりだが」
見ていたザマス殿の評に肩をすくめてみせる。規格外に強いレディオン様やルカがいたから、私程度の強さを誇るのは恥ずかしい。
「あっちのも終わったザマスね」
触腕の攻撃を周囲の船員に対応してもらい、雷撃を放った魔族の一撃に怪蛸が力を喪い、海に沈んでいく。
それにも銛を放って、計三匹のクラーケンを繋いだ船は前よりちょっとだけ海に沈んでいた。
「なかなかの魔法だったな」
「そちらの腕前も見事でした! もしかして、名のある方ですか!?」
「そんな立派な人間では無い。この怪蛸はどうするんだ?」
「吸盤はテープに加工して、身は食べます。骨は船を守る補強材になりますね」
「怪蛸は美味しいのか?」
「食べたこと無いですか? 美味しいですよ! 早速一匹調理しますね!」
船員が楽し気に怪蛸を引き上げる。私が倒した二匹が瞬時に消え、雷撃で美味しそうな匂いを漂わせている一匹だけが甲板上に引きずられた。
「いよぅ! 男前! いい腕だったな! あの二匹の討伐料、お金と現物と、どっちがいい?」
眺めていたらそんな風に声をかけられた。隣のザマス殿が「ぷっ」とか言って口を押えて震えだす。
「…………」
それに無言の一撃を叩き込んでから、声をかけてきた男に向き直った。
「現物とはどういうものだ?」
「さっきの怪蛸をまるまる二匹そのまま渡すことになる。解体とか面倒なら、金銭でもらった方が、まぁ、得と言えば得かな」
顎髭をごしごし擦りながら言われてしばし考えた。
一瞬、あれだけの大きさの怪蛸なら、持ち帰ったら食べる物に苦労している皆に分け与えられるのではないかと思い――自分が今いる場所がそこから遠く離れていることに気づいて唇を噛んだ。
現物でもらったところで、振る舞いたい相手はこの世界にはいないのだ。
「金銭でもらっておこう。そちらの好きな値をつけてくれ」
「あいよ。しっかし、いくらラザネイト大陸側の怪蛸だとはいえ、剣で倒す奴がいるとは思わなかった」
「…………」
ザマス殿から視線が飛んできたが、私は無視を決めこんだ。
「魔法は苦手でな」
「あんた、アレか、物理攻撃特化型か」
「そうだ」
「…………」
ザマス殿。そうジロジロ見つめないでくれないか。
「魔法にも長けてそうな外見してるんだがなぁ。なんでそんなに痩せてるんだ?」
「事情があってな。それより、この近隣は危険なのか? 三匹もの怪蛸が出るのでは、人族では漁にも出れないだろう」
「あ~……なんか、アヴァンツァーレ領だっけ? 人族の治めるその近隣はやたらと変異種が出るんだよ。海に関して言えば、最近はレイノルド殿達が魚肉目的で狩りをしてるからこれでも減ったほうなんだぜ」
あの求婚者殿は魚肉好きなのか。
「陸は、これからはだいぶ減るんじゃねぇかな。グランシャリオ家の腕利きが何人も討伐に出てるから」
「そうか」
「海で問題なのは、変異種より海人族かな」
「なに?」
聞き逃せない単語に、私は自分の顔が険しくなるのを感じた。
「海人族がどうした?」
「あん? あぁ、なーんかこっちの船を遠目にジーッと見つめてくるんだよ。この船は大型だからちょっかいをかけられたことはないが、小さめの船だと威嚇してくるらしい。あいつらの漁をしている海域からは離れてるのに、なんでなんだろうな?」
「…………」
私が幼い頃に両親を奪っていった海人族は、この時点から危険な動きをしていたのだ。本格的に攻撃に出てくるのは約九年――いや、八年後ぐらいだろう。
――なら、今なら?
もしかして、今ならまだ準備期間中で軍勢を作り上げれていないのではないか?
「その海人族の情報、詳しい者はいるか?」
「詳しいっていっても、ちょっかいかけられた連中がいるぐらいで、奴らのことはほとんど知らないぞ?」
「それだけでもいい。海人族がおかしな動きをしているなら、調べた方がいいからな」
「ほぉん?」
男は何故か面白そうな顔になった。
「レディオン様と同じようなことを言うんだな?」
「レディオン様が……?」
「ああ、アロガン様からの通達にあったんだが、海人族の動きに注意するように言われてるんだ。あんたみたいな猛者も気にするぐらいだ、連中には何かあるのかもしれないな」
「私は猛者と呼ばれるほどでは無いのだが」
「なぁに言ってやがる。銛の一撃で怪蛸を倒すようなのが猛者じゃなけりゃ、誰が猛者だってんだ」
「レディオン様とか」
「あの方は別格だろ」
「む。確かに」
違いない、と頷きあい、海人族のちょっかいに居合わせたことがあるという船員を紹介してもらう。
そばかすの散った顔をしたまだ若い魔族だ。
「さっきの一撃、どちらもお見事でした! 触腕を一撃で切り飛ばすのもかっこよかったですよ!」
「そうか。ところで、海人族が魔族の船にちょっかいをかけてきたと聞いたが」
「そうなんですよ! 連中の狩猟海域には入ってないっていうのに、通りたければ金目のものを寄越せ、とか、まるで海賊ですよ、海賊」
「で、払ったのか?」
「まさか! 船長が、あんまりしつこいようなら魔法をお見舞いするぞ、と威嚇したらあっさり引き下がりましたよ。あいつら、なんで喧嘩売って来てるんですかね」
「海人族の考えは分からないが、警戒したほうがいいだろうな」
「そうですね。あちこちで似たような目にあってる船が出てて、気が気じゃありませんよ。魔海峡を通過する時とかに邪魔してくる奴もいたらしいですし」
「危険なことをするものだ」
「ですよね! 海での難破が多いの、あいつらのせいじゃないか、って港町では噂してるんです。いちおう、それらのことも報告書にして上の人に渡してるんで、しばらくしたらアロガン様から何か通達がくるかもしれませんね」
「その前に、海人族を偵察してはいけないだろうか」
「う~ん。どうでしょうね? まだ実害こそないものの、嫌がらせや危険行為で腹を立ててる魔族も多くなってきましたし、偵察したい気持ちはよく分かります。上の人にかけあってみましょうか?」
「そうしてくれるとありがたい」
「……ちょっと、アンタ」
それまで黙って聞いていたザマス殿が声をあげた。
「会わなければいけない人がいるんじゃなかったザマス?」
「その方のためにも海人族を偵察しないといけないんだ。今ならタイミング的に間に合うだろうからな」
「あえて詳しくは聞かなかったザマスけど、それ、アンタの事情に関わってくるザマス?」
「おおいに関わってくる」
はぁ~、と盛大なため息をついて、ザマス殿は嫌々口を開いた。
「しょうがないザマス。ワタアシもつきあうザマス」
「ありがとう、ザマス殿」
「もしかして、当てにしていたザマス?」
「おおいにしていた」
「チッ!」
盛大に舌打ちされたが、前言は撤回されなかった。
「ザマス殿はいい男だな」
「絶対惚れたら駄目ザマスよ?」
いつもの台詞に、私は笑った。
「大丈夫だ。一分の隙もないほど愛している人がいるからな」