20 コンスタンティナ家
元アリの巣ダンジョンの出入り口前に転がっていたのは、革の鎧を身につけた男達だった。
ぐるぐる巻きにされた姿は哀れを誘うが、そもそも縛られるようなことをしたのが悪い。
「身元が分かるようなものは持っていたか?」
「ありませんでした。冒険者では無いのか、あるいはどこかに隠してきたのか……」
「冒険者はそれぞれカードを持っているから、な」
身元の証明にもなるそれを持っていないってことは、冒険者じゃないか、後ろ暗いことをやるのでどこかに置いてあるかの二つに一つだ。
「まぁ、十中八九、コンスタンティナ家の雇った連中だろうな」
「ロルカンの冒険者組合に突き出しますか?」
「一応、尋問してからにしよう。一人起こしてくれ」
俺の声に、出入口を守ってくれていた魔族が転がっている一人に近づき、指で体の一部をちょいと押した。
「ぎゃあああああ!?」
あ。飛び起きた。よっぽど痛かったんだな。
「目が覚めたようだな」
せいぜい大物感がでるよう、頭上から見下ろすようにして声をかける。
男は俺を見上げてポカンとした顔になった。
「か、神よ……」
え。なんで祈られてるの?
あ。ノアが光景を撮り始めてる。
まぁいいや。このまま尋問しよう。
「お前の罪を告げるが良い」
「おお……神よ、私は罪など犯してはおりません。魔族に与する王子を弑することは、神の意に沿うことかと!」
おもいっきり罪犯してるじゃないか。
「コンスタンティナ家の者が命じたのか?」
「はい! 同志ディーデリックは忠実なる神の信徒です!」
つまり、聖王国の息ががっつりかかってるってことか。
「お前達の一番上の人間は誰だ?」
「神の声を聞くアルカンジュ様と、全ての租、教皇猊下のお二人にございます!」
最大の敵はその二人か。
前世でピンとくるのは教皇ぐらいだな。アルカンジュって誰だろう?
「アルカンジュとは?」
「神と人の間に生まれたお方です!」
え゛っ。
「人との間に子供が?」
「生母アリアは神のおわす世界に旅立たれましたが、アルカンジュ様は我等の元にお留まりくださり、我等を導いてくださっています!」
えぇと、神族と子供作った人がそのアリアさんで、もう亡くなってる、と。
アルカンジュが導いてくれてるってことは、教皇同様に俺達の敵なんだろうな。
なんか後ろでロベルトとノアが「ぼろぼろ情報出てくるな」「もういっそ神の代理を名乗ったらいいんじゃないでしょうか」とか言い合ってる。断固拒否だぞ!
「お前達は元々この地で何かをしていたのか?」
「はい。神の意に逆らう国を崩壊させるべく、聖務に勤しんでおりました!」
勤しんじゃダメな聖務だろ、それ。
「詳しく述べよ」
「はっ! 同志グリンダ王妃を通じて国の情報を抜き出し、王宮内に我々の同志諸兄を忍び込ませ、内政に干渉しておりました!」
なんか後ろの方で息を呑む音が聞こえた。
「聖王国への連絡はどうしていた?」
「同志グリンダ王妃と王室御用達の商会を介して行っております!」
カルロッタ王宮、大丈夫? だいぶ拙いことになってないかこれ?
「お前の同志を詳しく述べよ」
聞いて後悔した。なんかすごい人数の名前言われた。
え。こんなに潜り込んでるの? 本当にカルロッタ王宮、大丈夫? もしかしなくても、俺達がいなかったらクーデター成功してたんじゃない?
内心ぐったりしてたら男が目をキラキラさせて問いかけて来た。
「神よ。私はいつ神の御許へいけるでしょうか?」
それ逝ったら駄目なやつじゃないの?
なんて答えたらいいの、これ。
「……お前の知る全ての情報を明かしきった後に向かうことができるだろう」
「おお、神よ……!」
平伏させてしまった。色々疲れたので魔法でそのまま寝てもらう。
「……カルロッタ、大丈夫なのか……?」
「……私も衝撃を受けているよ」
振り返った先、青い顔のリベリオが俺の言葉にそう答える。マリちゃんも顔面蒼白だ。
「兄上……」
「言わなくていい。分かってる。……急ぎ王宮に戻り、父上と協議しなくてはならないね」
急ぎ、か。
俺はこの場所を守ってくれていた魔族達に、捕らえた者への見張りと、この場の警備を継続するように伝えてからリベリオに言った。
「急ぐなら背負って行こうか? 透明化魔法と飛行能力ですぐに王宮に帰れるぞ」
「おねがいしてもかまわないかな?」
「いいとも!」
まだ青い顔のリベリオを俺が、マリちゃんをロベルトが、神官長をノアが背負って出発した。ロベルトの飛行能力が個人的に気がかりだったが、低空飛行でなんとかがんばってるようだ。
……人の頭より上には飛べないのか……そうか……
ロベルトのためにルートを選んで王都まで飛び、門番さんに王への伝言を頼んで王宮へ向かう。お忍びなので再度透明化を使っておこう。
王は会議中だったらしいが、リベリオの伝言のおかげですぐに会えた。王が抜けるので会議は小休憩に入ったらしい。宰相も一緒だ。
「それで、危急の用らしいが、何を把握した」
「まずはノアさんが撮っていた映像をご覧ください」
たぶん父様達に見せる予定だっただろう映像を王に見せる。何故か俺が神様と間違われて問答してるアレだ。
「ぅぅむ」
王様の顔色も青くなった。
「ここまで聖王国に食い荒らされていたとはな……」
「要職についている者もいます。マリアベラ様が危険だと言った人物の名前も多数ありました」
「あやつは本当に人を見る目があるな……しかし、補佐官や料理長まで聖王国の信徒とは……」
料理長というと、以前、後ろにくっついて歩かせてもらった人だな。そういや、コルニオラ卿とかいう人への礼で、隠した顔がいやらしい笑みを浮かべていたっけ。今考えれば、あれは王の寵臣への侮蔑を込めた笑みだったわけか。
……王家の食事、何か一服盛られたりしてないだろうな……?
「ノア殿。その映像は借り受けることは可能だろうか?」
「後で返していただければ大丈夫です」
証拠として見せるのかな。あ、でもそれだと――
「父上。私達はこれからコンスタンティナ家を押さえる為に動く予定です。そのため、その映像を使いたいのですが」
「むぅ。そちらも急ぎだな。だが、映像が手元に無くても王命で捕らえることも可能だ。リベリオ。お前は私の代理としてコンスタンティナ家を押さえよ。ミケーレにも連絡して、王国軍を動かすといい」
「よろしいのですか?」
「かまわん。とやかく言う輩が出たら、その時こそこの映像を見せて黙らせる。――マリウス。お前はこちらを手伝え」
「しかし、兄上の護衛が――」
「ミケーレと王国軍が守る。今はリベリオを目立たせることが大事だ。お前まで同行しては色々と拙い。お前を旗頭にしようとする連中は未だに多いからな」
「……わかりました」
不承不承マリちゃんは頷いた。心配そうな目をリオに向けている。
「大丈夫だ。ちゃんと無事に帰って来るから」
「どうか気を付けてください。兄上は何かに夢中になると周囲を忘れがちになりますから」
あんまりにも心配そうにしているので、こちらも手を貸すことにする。どのみち、コンスタンティナ家には俺も同行する予定だったしな。
「アスタリスクのリーダーとして俺も一緒に行くつもりだ。マリちゃんは心配しなくていい」
「兄上をよろしくお願いします」
「任せろ」
どこまでも兄が心配なマリちゃんの肩をポンポンしてから、王に視線を向ける。
……王よ、そんなにすまなそうな顔しなくてもいいって。
「では、行こうか」
王が証拠映像を元に該当者の捕獲を計画する中、俺達は元来た道を辿ってダンジョン前に戻った。ちなみにリベリオは軍を率いてくるので遅れることになる。そのため、現地で落ち合う約束をして別れていた。
さて、ダンジョン前はさっきと変わらな……なんか転がってる人数、増えてない?
「第二弾が来たのか?」
「はい。こちらを遠くから伺っていましたので、接近して詰問しました。襲ってきたので捕縛しています」
まぁ、先に行った連中が地面に転がってれば、警戒して遠くから確認するよな。うちの連中、目がいいからバレバレだけど。
「こいつらを連れてコンスタンティナ家に行く。三人ほどここの警備に残り、後は俺達に同行してくれ」
「畏まりました!」
なんか嬉しそうな返事が返ってきた。あんまり楽しくないお仕事だぞ?
「何人かはコンスタンティナ家の屋敷の外で見張っていてくれ。屋敷から抜け出そうとする連中がいたら捕まえておくように」
「はっ」
「また、コンスタンティナ家ではリベリオを守るように。やぶれかぶれでこちらに襲い掛かって来る可能性もあるからな」
「はっ!」
「……出来るだけ殺さないように力加減してね?」
「……はい」
返事の勢いに心情漏れてるぞ!
「リベリオが軍を率いてくるのを待って突入するから、それまでは透明化したままコンスタンティナ家の前で待とう。荷車がいるな」
俺は自分の無限袋から頑丈な荷車を取り出す。そこに転がしておいた連中を積み上げた。引きずっていかないだけ温情だろう。
そうしてコンスタンティナ家の前で待つこと一刻余り。遠くに土煙が見えたので俺だけ飛行術でそちらに向かう。
土煙は思った通りリベリオ達だった。ミケーレもいる。
「リベリオ」
「うわ!?」
「すまん。驚かせたな。こちらは準備が出来ている。透明になってコンスタンティナ家前にいるからな」
「わ、わかった」
馬に平行して飛び、透明化をきって声をかけたら驚かれた。
ミケーレが片眉をあげる。
「馬に乗っている時には驚かせないでいただきたい。落馬の危険があります故」
「ごめん」
素直に謝っておく。落馬は危険だからな。
俺はリベリオに続く人々を見る。すぐ近くに王旗を掲げた騎士がいた。王の名代だからか。
「騎馬だけで来たのか?」
「ああ。速度優先だからね。すぐに発てる騎馬だけかき集めて来た。あとから遅れてくる人もいるだろうけど」
「迅速に行かねば、逃げられては困りますからな!」
それで後ろの方に置き去りにされてる騎馬がぽつぽついるわけか。リベリオ、実は乗馬技術そうとう高いんじゃないか?
そんなことを思っていたらあっという間にコンスタンティナ家前まで来た。
「門を開けよ!」
王旗を掲げた騎馬軍を呆気にとられた目で見ていた門兵が飛び上がった。慌てて門を開くのを突き飛ばすような勢いで馬を乗り入れる。
「ディーデリック・コンスタンティナ!」
ミケーレが大音声で呼ぶ。
「ただちに殿下の御前に参れ!」
その声は屋敷を飛び越えてその向こうまで響くようだった。屋敷の方に慌ただしい気配がしたから、ディーデリックがなにかしら動いているのだろう。大人しく来るか、逃げるか、襲い掛かってくるか。どれだろうかと思って待っていたら、ディーデリックが倒けつ転びつ出て来た。
「な、こ、これは、なにごとでしょうか!?」
「何事か、ではない! 貴様の所業! 全て王はご存じだ!」
ミケーレの声が響く響く。あ、ノアがちょっと渋い顔をしてる。魔族、耳もいいからな。
俺は隠れている魔族達に手で合図する。一部が荷車をひいてディーデリックの前まで行き、大多数が身を隠したまま屋敷の各所に散った。
「この連中に覚えがあるだろう? ディーデリック」
「な、なに、を」
ディーデリックの目が左右に揺れる。
逃げるでもなく出て来たから覚悟を決めて来たのかと思ったら、違ったようだ。
「おまえを同志と呼んでいたぞ。聖王国の狗が」
「ッ!」
「王命により、ディーデリック・コンスタンティナ、お前を捕らえる。一族の命運はお前の態度で決まる。大人しく縛につくがいい」
リベリオが言い放ち、騎士達が動いた。素早くディーデリックを取り押さえ、後続の騎士が屋敷へと走る。俺達がダンジョンに発ってからまだ数時間しか経ってないため、逃げる準備など出来ていないだろうが、万が一はある。屋敷の全員を捕らえる必要があるから、騎士達は走っているのだ。
【空間よ、閉じよ】
俺は大気の精霊に命じて結界を張る。リベリオが視線で問いかけてきたので口を開いた。
「結界を張った。これで誰も逃げられない」
「ありがとう」
「礼には及ばん」
友達のためだからな!
「ディーデリック、なぜ、聖王国などに膝を折った」
リベリオがディーデリックに問いかけていた。ディーデリックはキョドキョドしていた目をリベリオにひたと向け、口元に苦い笑みを浮かべた。
「……逆に問いましょう。聖王国に与せず、この世界で生きていられるのか、と」
「…………」
「人智を超えた神騎士を有し、魔物を討伐し、神の威を知らしめる聖王国に比べて、この国はどうですか! 増え続ける魔物は作物はおろか民までその牙にかけ、飢えと寒さで毎年人が死んでいく! この国に未来はありましたか!? 何故、聖王国の庇護下に入らなかったのですか!」
「……お前は、連中の企てを知っていたのだな」
「クーデターですか。知っていましたとも! その最初の手があなたの死であるはずだった! あの邪魔なアリがあなたと弟君を殺すはずだった!」
「…………」
「売国奴と言いたければそう呼べばいい! こんな未来のない国よりも、聖王国の方が余程に魅力的でした! なにより、あのアリへの恐怖を取り除いてくれた! それだけで、国を売る意味は十分にあった!」
「アリのことは理解できる。だが、おまえの領には、その分補助金を出していたはずだ! 決して誰もあのアリの巣に近づけないようにするための資金が!」
「あなたには凶悪な魔物の傍で生きなければならなかった者の恐怖など分かりますまい! 我々は、誰かがうっかり何かすれば、それだけで自分達が全滅する、そんな恐怖にずっと耐えて来たのです!!」
「…………」
「聖王国は約束してくださった。必ずアリを討伐してみせると! あなたにそれを約束する力がありましたか!? 安全な王都で暮らしているあなたに!!」
「戯言はそれだけか?」
黙って聞いているリベリオの横、ミケーレは低い声で言った。
「魔物への恐怖は理解できる。その苦労は労われるべきことだろう。だが、それが自らの国を売る理由になるはずがない。魔物の恐怖に怯えているのはお前だけではない。妖魔王の封印地であるポーツァル領はどうだ? 飛竜の巣が近くにあるエトホーフト領は? それらの領が皆して聖王国に膝を折ったとでも?」
ディーデリックは暗い笑いを口元にはいた。
「調べてみるがいい。きっと驚愕の事実が次々と出てくるだろう」
「…………」
「魔物のはびこるこの国に未来は無い。今からでも遅くはない、聖王国に膝を折るべきだ!」
「黙れ! 貴様は自分可愛さに国を売っただけではないか!」
「大局を見据えてのことだった! 恨むのなら、脆弱な王権しか作れなかった王族こそを恨めばいい! ――ッ」
スコン、とな。
「…………。レディオン」
「うん? 囀らせるなら裁判所でさせればいいだろう? お前の精神を削ってまでここで聴く必要はあるまい」
顎を軽く撫でる程度で気絶するんだから、人間の体って弱いよな。
「……ふぅ。そうだね。ここで自白させるより、裁判所で自白させたほうが良いね」
「その頃にはリベリオも覚悟が決まってるだろう」
「……覚悟、か」
小さく笑って、リベリオは頷いた。
「そうだね。あれだけ沢山の人がこの国を見限って聖王国に与した。そのことを私はもっと深く真摯にとらえないといけない」
「小国に嫌気がさし、大国におもねる者というのはいつの時代にもいるものだ。リベリオ、連中は膿だ。膿んだ場所を放置すればやがて腐ってしまう。大事なのは早く見つけて適切に処理することだ。国の運営というのは綺麗ごとで出来ているわけじゃない。完璧を求めすぎても駄目だ。それは自分を削る刃になるだろうから」
俺は一言一言、自分の経験を交えて言う。
そう、この言葉は自分にも返ってくる。かつて滅びの道を辿った自分に。
「理想を掲げても、現実が追い付かないことは間々ある。その度に挫けていては前に進めない。大切なのは、民が幸せに生きれているかどうか、だ。昨日より今日、今日より明日、彼等が小さくてもいいから幸せを噛みしめられる国に出来ていれば、それだけで王としては正しい。もちろん、民に負担を強いなければならないことも多いから、なかなか実現は難しいけれど、な」
前世の俺は、出来なかった。
絶望しか無い現実で必死に足掻いていても、どうにもならなかった。
支えてくれていたルカも、妻も、俺に未来を託して死んでいった。それなのに、俺はその願いすら叶えてやれなかった。
今でも二人に問いたいことがある。俺についてきてよかったのか、と。俺でよかったのか、と。
誰一人助けられない俺なんかのために、死んでしまってよかったのか、と。
分かっている。これはただのエゴだ。
会うことすらできない二人に、答えを返してもらえない二人に、いいよと言ってほしい俺の弱さだ。
リベリオに告げる言葉は、これからの俺に告げる言葉でもある。
今度こそ、あの日の二人が願ったように民を幸せに導けるようになるために。
「王になるということは、責任を負うということだ」
事業をすればその事業の責任を。
褒美や刑罰をすればその責任を。
そして、裏切られたのなら、その理由の責任を。
「根性いれておけよ。生半可な覚悟じゃすぐに折れるぞ。王様業なんてのは、死ぬまで殴られ続ける案山子みたいなものなんだから」
「案山子か……そうだね」
リベリオが力を抜くようにして笑みをこぼす。
「それじゃあ、ちょっと芯のある案山子になるよう頑張ろうか」
「ああ。折れそうな時は俺に連絡よこせ。助けてやるから」
「わかった。頼りにしてる」
「任せろ」
言って、俺は笑った。
「友達だからな」