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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
三章 例え数多の苦難があろうとも
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19 元アリの巣ダンジョン





 コンスタンティナ領は、アヴァンツァーレ領の北東にある領地だ。

 王位継承者争いでは第二王子の陣営に属していたが、蟻の巣が元々あったのはコンスタンティナ家のため、なんとなく怪しいな、とは思っていた。

 そのコンスタンティナ家を注視するきっかけになったのは、フランツ・アゴスティの進言があったからだ。

 とはいえ、コンスタンティナ家はあくまで疑惑の家なだけで、何らかの証拠があるわけでもない。

 そのため、ちょっと顔でも見てやろう、という気持ちだったのだが――


「こ、この、たびはっ、我がりョうのたメにっ、わざわざノおこし、あ、ありがとうございますっ」


 ものすっごい動揺されている。

 ……ぁゃしぃ……


「貴殿からの要請を受けて冒険者を連れて来た。こちらが雇った冒険者からも、貴殿の所にあった蟻の巣がダンジョン化していると報告を受けている」


 対応するのはリベリオだ。

 ……そう、リベリオなんだよ。なんで王太子になろうっていう王子が直接出向いちゃってるの? これから件の巣跡兼ダンジョンに突入するんだけど、本当にそこまでついてくるの? 王家大丈夫?


「彼等が現在カルロッタ王国に在する中で最も強いパーティーだ」


 紹介されたので俺が一歩前へ出る。


「リベリオから連絡を受けた。『アステリズム』のレディオン・グランシャリオだ。我々のことは聞いているか?」

「は、はいっ、その、カルロッタで最もツヨい、冒険者達、だとうイうことはっ」

「魔族であることは?」

「そそ、それ、も。聞いておリますっ」


 リベリオからコンスタンティナ家のことを聞き、俺はアビスダンジョンの攻略を一時中断してカルロッタに来た。

 一時中断とはいっても、それは俺に限った話で、サリ達と軍の部隊は引き続きアビスダンジョンを攻略していく予定だ。

 今回、同行するのはロベルトと、王都で合流したノア、そして王城で参加表明をしたリベリオ、マリウス、神官長。俺を含めて総勢六人のメンバーである。

 本当ならテール達も連れて来るつもりだったのだが、フラムが猛反対したので不参加となった。

 うちのパーティーへの指名依頼なのに、メンバーの半数がカルロッタ王国民という不思議な状況に。

 まぁ、俺とロベルトとノアだけで過剰戦力だろうから、攻略は大丈夫だろう。

 なお、参加理由は「国民にいい恰好を見せれる!」というのがリベリオと神官長。「兄上に何かあったら大変だ!」がマリウスである。

 リベリオと神官長はちょっと自重して。


「そちらの要望通り、これから我々はダンジョンらしき巣跡に潜る」

「あっあのっ」

「なんだ?」

「で、殿下達も潜られるので……?」


 恐々とした当主の目がリベリオ達に向く。リベリオは頷いた。


「見届ける必要があるからね」

「兄上だけを危険に晒すわけにはいかないからな」


 当主の目が次に神官長に向いた。神官長は厳かな顔で言う。


「苦難の地を浄化するのに一役買えればと、馳せ参じた」


 口が上手いってズルいよな。


「彼等の安全は俺の名前にかけて約束しよう。そちらは報酬の用意をしておいてくれ。出来るだけ早く片付けるからな」

「か、かしこまり、ましたっ」

「ああ、それと」


 一度言葉をきって、俺はコンスタンティナ家の当主を見つめた。


「死の黒波を発生させた巣ということで、しばらくうちの家人達がこの近辺を調べることを了承してもらいたい。不審者のものだろう焚火跡も見つかったと聞く。そちらも調査や対応におわれているだろう。俺達の調査で少しでも負担を減らせれば幸いだ」

「は、え、いえ、あの」

「了承してくれるな?」

「…………はい」


 じーっと見つめてるとおろおろ視線を彷徨わせた後、頷いた。なんでか顔が赤いのだが、どうしてだろうか?


「では、行ってくる。朗報を待っていてくれ」

「い、いってらっしゃいませっ!」


 さぁ、ダンジョンだ!








 そんなこんなで、来ました、元アリの巣のダンジョン!

 流石、元アリの巣だけあって、あちこちに小部屋がある。


「また行き止まりか」

「宝箱の一つでもあればやる気が出るのにな」

「おまえはそういう奴だよ……」


 しみじみと本音を零したらロベルトに白い目向けられた。いいじゃないか、宝箱って浪漫だろ。


「それにしても、グランシャリオ家の手際の良さは流石だね」


 別の事をしみじみ言ってきたのはリベリオだ。その横ではマリウスが頷いている。


「すでにダンジョンの周囲を立ち入り禁止区域化して警備員まで配置してるとは思わなかった」

「昨日連絡受けた後、すぐにノアに連絡をしていたからな。すでに出向いていて色々こっそり調べていた連中もいたから、その連中を中心に調査と警護をかねたチームを作ってもらったんだ。今も不審者の足取りを調べている連中以外のチームメンバーで出入口を守っているから、変な小細工とかはされないだろう」

「コンスタンティナ家が何かする、と?」

「可能性はある。――というか、あんなに動揺するって、当主が元々肝の小さい人物なのか、後ろめたいことがあるのか、どっちなんだろうか……」

「ディーデリック・コンスタンティナは元々は大らかな性格の人物だ。サロンで会った時も、堂々としていたよ」

「怪しすぎだな、コンスタンティナ家」

「怪しいよな……」


 リベリオの評に俺とロベルトが遠い目になる。あまりにも怪しすぎて逆に白なんじゃないかと思うほどだ。


「さすがに王太子になる予定の王子が来るとは思ってなかったのだろうな」


 神官長がディーデリックの心情を代弁してみせる。

 まぁ、コンスタンティナ家が裏で聖王国と通じていた場合、元アリの巣の件でずっと戦々恐々としていただろうし、そこに王族二人に神官長までついた魔族が来たら普通にビビるよな。


「今回のことで焦って何かしてきたら、それを逆手にとれるんだけどね」

「リオとしては、何かしてきてほしい、というのが本音か?」

「うん。君達がいるからちょっとやそっとの武力行使じゃびくともしないし、隠れ続けられるよりは、ちょっかいをかけて捕まえられる、というほうが個人的にありがたいな」

「兄上……」

「マリちゃんが心配してるぞ? リオ」

「マリちゃん呼びは本当にどうにかしていただきたいっ!」

「すまん。もう脳内にマリちゃんの名称が刻印されてしまっていてな……」


 心底申し訳なさそうに言ったらこの世の終わりみたいな顔された。

 がっくり肩を落とすマリウスを神官長がポンポン叩いている。


「男なら呼び名ぐらいでいちいち騒ぐな」

「神官長殿!」


 マリちゃんが神官長にキーッてなってる。


「そういや、神官長ってなんて名前だっけ?」

「色々と名はあるが、親しいものはヘルブラントと呼ぶな」

「ヘルブラントか。いい名前だな」

「レディオンというのもいい名前だな。よく似合っている」


 むふー!


「しかし、元アリの巣、っていうからもっと狭いのかと思ったけど、かなり広いな。最初の入口と通路なんて、どんな大型の魔物が通ったんだよ、てぐらい広かったし」


 ロベルトが壁を触りながら言う。

 お前が触ってるとまた何か変な小部屋開いちゃうだろうに……


「ロベルト、よく考えろ。巨大な女王蟻が出て来た巣だぞ?」

「ああ、なるほど」

「まぁ、小径の部分はそこまでデカイ通路じゃないけどな」

「子アリが行き来してた通路なんだろうな。それでも成人男子の倍ぐらい大きいけど」

「アリの大きさ、色々あったからな……」


 女王アリの大きさは異常だったが、子アリも色んな大きさのがいた。壁の上から見たからおおよその大きさしか把握できなかったけれど。


「そしてまた行き止まり」

「またか……」


 ちなみに行き止まりの所にいたスライムは、俺とロベルトの攻撃魔法で一瞬で蒸発した。

 ロベルト、腰に下げてる俺が送った剣、どこかでは使ってね?


「もう、小径は無視して大きい道を一直線に進んでみないか? 元女王アリの部屋とかにコアがいる可能性もあるだろ?」

「そうだな……そっちに行ってみるか」


 ロベルトを先頭に、王子二人と神官長を守る配置で進んでいく。巨体の女王が通った場所は巨人でも暴れられそうな空間だった。


「すげぇよな。こんな穴が開くほどデカイ女王アリを倒したんだよな、お前」

「対個人戦なら俺もそれなりに強いからな。むしろ子アリの物量戦のほうがやっかいだ」

「謎の謙遜。物量戦はきついよな」

「魔法で自分と同じ陣営の連中を巻き込みかけるからな」

「やっかいってそっちかよ!?」

「ロベルト、俺の本気の殲滅魔法の隣で踊ってられるか?」

「全力で逃げるわ!」


 だよなぁ。


「久しぶりに暴れられると思ったが、出てくるモンスターが全部瞬殺されておるな」

「戦いたかったのか? 神官長」

「少しはメイスで殴りたい」


 ストレスたまってるんだろうか……


「じゃあ、次の敵は神官長の分おいておこう」

「何が出るか分からないってのに、大丈夫か?」

「お前がそんな不吉そうなこと言うとフラグになるだろ」

「それ本当に俺のせいか?」


 俺とロベルトの緊張感のない声に、王子達が苦笑している。

 一応、俺とロベルトとノアでそれぞれ索敵かけてるから、不意打ちとかも防げている。サリほど広範囲じゃないが、俺の索敵範囲もそれなりにデカイからな。

 ――と。


「右前方から、何か来るぞ」

「なんだか動きが変だな。ふよふよ浮いてるみたいな感じだ」


 俺とロベルトが察知した敵の内容を口にする。

 さっきまで出ていたのは兎とか犬とかわりとポピュラーな変異種(ヴァリアント)だったから、こんな変な動きの敵は初めてだ。


「ゴースト系か?」

「レイスとかかもしれないぞ?」

「さて正体は――……なんだあれ?」


 何が来るのかと内心で身構えていた俺の目に映ったのは、巨大な黒い靄のような何かだった。大きさとしては、大人が両腕を左右に広げたぐらいか。

 その数、三十。


「ナイトメア・トレーサーだ!」

「おもいっきり名は体を表す的な名称だな?」


 ロベルトの声に素直な感想を述べると、ロベルトが後ずさりながらげんなり顔で言った。

 え。ちょ。


「モンスターの名前なんて、一発で特徴分かる系に決まってるだろーが!」


 それ以前になんで逃げ腰なの!?


「言っとくが、俺でもアレはヤバイぞ。敵の思考を読み取って姿を変えてくる化け物のはずだ。千変万化なせいで戦い方も確立してない。しかもどこまで逃げてもとことん追跡してくる」

「レディオン様の『ぴよこちゃん』や『あひるちゃん』みたいな機能ですね」


 うちの『ぴよこちゃん』と『あひるちゃん』はそんな変身機能、付いてないぞ!!


「頭の中を真っ白にして戦わないと拙い相手だ……!」


 チーズタルトを思い浮かべながら戦ったらどうなるの?


「まぁ、こういうところでだと大抵は『最も恐ろしいもの』とか思い浮かべたりしますから、それはまぁ、悪夢が追いかけて来る感じでしょうね」

「ノアさん……思考がソレに誘導されるから口にするのはやめてくれ」


 見れば第二王子(マリウス)達は青い顔ながら「羊が一匹羊が二匹」とか呪文みたいに呟いて思考を切り替えようと必死だ。そして黒い靄がもごもご動き始めていた。……やだ……ひつじさんが出ちゃう……


「このメンバーで想像する悪夢とか、色々強そうですよね」

「ノアさんはそういうの想像するのやめような!? つーか、上級魔族が想像しちゃう『敵』とか相対したくねぇよ!」


 さくっと思い浮かぶのが『神族』な。


「レディオン様。とりあえず、変なものになる前にいったん後ろに引いて道を変えましょう。我々の想像で何が出てくるか分かりませんから。他の方々もそれでかまいませんでしょうか?」

「……そうだな。逃げた方がよさそうだ。下手に何かを爆誕させると、周囲の被害が尋常ではなくなる」

「……いや、もうなんつーか無理な気がする。完全にロックされてるって感じで……」


 ノアの提案に、ロベルトが引きつった顔で言った。

 じりじり後退する俺達にあわせるように、黒い靄もじりじり動いている。


「これ、完全にターゲットにされてるだろ? 絶対ターゲットにされてるだろ?」

「それにしては姿を変えるのが遅くないか? 儂が知るナイトメア・トレーサーは瞬時に姿を変えて襲い掛かってくるはずだが」

「レディオン様が皆にかけてた精神防御が邪魔してる感じですね。それに、変化先があまりにも強すぎる場合とか、流石に瞬時に変われないのではないでしょうか? 二つの意味で手間取ってる感じです」

「ふむ」

「……ノアさんも何気に詳しいよな……。いや、なら、変化前に一定距離離れればなんとかなるから、とりあえず全力で逃げよう! ――ほら! 神官長さんも!」


 一番手でロベルトが駆けだした。黒い靄を見つつ何かを考える顔の神官長を担いで、である。即座に反応したのが王子達で、俺達は最後だ。逃げる、という行為に対し、俺達魔族の反応が鈍いのは仕方あるまい。ナイトメア・トレーサーなどという変異種(ヴァリアント)(?)は未知の相手だしな。魔族、好奇心旺盛だから興味深々だしな。特に俺が。

 しかし――


「追いかけて来ますね」

「……我々についてこれる程度の速度、か」

「王子達を担いだほうがよさそうでしょうか?」


 勇者を先頭にした我々の速度について来るとか、なかなか戦いがいのありそうな敵である。……いや、内容的に戦うのは拙そうなのだが。


「む! 形が変わりそうだぞ!」

「マジで!?」

「うぅむ。強い敵など思い浮かべては難だ。ひとまず、殺傷力が低そうで、思い浮かべやすいものに変えれないか試してみるか」


 ロベルトに抱えられているせいでずっとついて来る敵を見続けて来た神官長が鋭い目つきになった。その瞬間、後ろで軽い爆発音のようなものが連続して響く。


「変化したぞ! 上手くいった!!」

「何に――!?」


 ガッツポーズな神官長に、全員が駆けながら後ろへ視線を向けた。

 巨大な空飛ぶ尻がそこにあった。


「「「神官長――ッ!!」」」

「なにを思い浮かべたんだあんたぁッ!」

「見て分からんか! 尻だ!」

「見て分かるが意味が分からん!!」

「アレなら怖くなかろうが!」

「デカイ尻が三十も追いかけて来るとか普通に怖いわ!!」


 通路を縦横無尽に跳ねまわる尻と尻と尻と尻。弾力がいいのか、さっきからデムデムとものすごい音をたてて迫って来ていた。――やだ。速度あがってる。


「ちくしょう! 浮いてた黒い靄の時よりずっと速ぇ!」

「お尻って空飛ぶと速度早くなるんですね……」

「ノアさん! 現実逃避はやめようか!! というかバウンドして追ってきてるとか何なの!?」

「良い弾力のようだな!」

「神官長は反省しようか!!」


 珍しくロベルトがキレている。

 王子達も頭を抱えていた。


「なんという破廉恥な! しかも一個として同じものがないではないか!」


 なんで分かるの?


「というか、どう見ても女神官や巫女のお尻なんだけど!」


 なんで分かるの!?


「なんで判別出来るんだよ王子さん達……!」

「カルロッタの男ならば当然だろう! むしろ王子達はひよっこだ!!」

「カルロッタの上層部は変態か……!」

「変態とは失礼な! 助平と言え!!」


 威勢よく言いあってるロベルトと神官長を見ながら、俺の隣でノアが口を押えてプルプルしてる。……お前絶対笑い堪えてるだろ……


「ちくしょう! こんなのに追われてるとか黒歴史半端ないだろ!? ノアさん! ちょっと神官長さん頼みます!」

「は、はい」


 神官長をノアに押し付け、ロベルトは一人、立ち止まった。

 即座に剣を抜き放ち、肉薄した尻に立ち向かう!


「はぁああああ!!」


 スパーンッ!

 剣が尻の割れ目に挟まった。


「俺の剣ーッ!!」

「ロベルト! 危ない!」

「勇者の力で切れないとかどうなってる!?」


 即座に首根っこひっつかんで走ったのだが、一瞬でも遅ければ弾力ありそうな尻にロベルトが吹っ飛ばされてそうなタイミングだった。マリウスが顔を引きつらせているが、神官長はひたすらガン見だ。

 ……神官長……ちょっと控えろ……


「嫌だ! こんなのに追いかけられてるとか嫌だ!」

「馬鹿者が! 少なくとも痛そうでは無い分、生存率は高そうだろうが!」

「あんなのに圧死させられたら伝説になるだろ!? 人様に見せれる姿か今ァッ!!」


 だんだんとロベルトが壊れてる。


「……仕方ありません。このままでは勇者さんの精神が危険です。レディオン様。神官長さんを頼みます」

「…………」


 何か思案顔なノアの声に、俺は頷いて神官長を受け取る。


「弾力があるのでしたら、一度跳ね飛ばしておきましょう。上手くいけば玉突きで全部纏めて奥へ飛ばせるかもしれません」


 そう言って、ノアは立ち止まると同時、鋭い動きで正拳突きを放った!

 パァーンッ!

 ノアの上半身が尻の割れ目に挟まった。


「ノアさぁああああんッ!?」

「おい! 上級魔族の突きが挟まるとかどうなってる!?」

「アレもうパックンするモンスターじゃねぇだろうな!?」

「衝撃吸収型軟体生命体か……物理無効と見るべきだろうな」

「レディオン! 真面目に考察してねぇでアレなんとかしてやってくれ! 尻の割れ目からノアさんの下半身が生えてる!!」


 頼むから状況説明はせんでくれ。


「なんと……! 自然にあのような極楽体勢とは……!」


 神官長は色々控えて。


「く……っ! こんな、斜め上な、事態は、想定、してなかった……!」

「…………」


 俺の隣でリベリオとマリウスが俯いている。その顔面は両手で覆われていた。

 ……お前達……全力で笑い堪えてるだろ……


「とりあえず、一度連中を即死させておくぞ」


 俺はさくっと【真死(ヴェリタブル・モール)】を唱えた。ボテッと音がしてノアが刺さっている尻が地面に落下する。……やだ、ノア挟まったままだわ……


「死んでもそのままの形を維持するのか?」

「触っても大丈夫か?」

「神官長、ウキウキしながら近づくのはちょっと待とうか」


 警戒している俺達の前、ウッキウキで近づく神官長の襟首をつかんで引き戻す。


「ノア、出てこれそうか」

「…………」


 あ。駄目ぽい。尻がぶるぶる震えてるんだが、ノアの体は埋もれたままだ。


「引っこ抜くか……」


 腕まくりしてノアの足をひっつかみ、デカイ桃みたいな尻を足蹴にして引っこ抜く。


「…………。お手数をおかけしました」


 虚無の目をしたノアに頭下げられた。

 うん。そういう表情になるよな。

 あと神官長、その巨大な尻をもみもみするのはやめるんだ。


「なぁ、レディオン、これ、素材として持ち帰るのか?」

「う、う~ん……」


 俺の気持ち的に、珍しい物体だから持って帰りたい気持ちが半分と、これを他人に見せる勇気が無いのが半分ある。


「まぁ、置いておくわけにもいかないし、一応、鑑定部に送ってから素材として使えないか検討してもらおう」

「レディオンよ。一つもらってもかまわんか?」

「神官長は控えて。こんなの持ってたら破戒神官扱い受けるぞ」

「この夢のような弾力を手放すのは惜しい!」

「似た弾力のクッションを俺が作ってやるから、諦めて」


 自分から割れ目に挟まって幸せそうにしてる神官長を引っこ抜く。まったく油断も隙も無いんだから……


「…………」

「ん?」


 マリウスが片手で顔を覆ってしまっているので、視線が向いていただろう場所を見る。


「…………リオ」

「はっ……!」


 いや、今我に返ったみたいな顔されても。尻の割れ目に挟まっていた事実は消せないからな?


「なんというか、リオも神官長と同類だよな」

「油断も隙もねぇな……」

「いや、リゼの尻がここにあったから」

「個人名出すのはやめてさしあげて」


 これだからスケベ民はいかんな!


「ほら、移送するぞ」

「ああっ……」

「ご無体な……」


 悲し気な二人を置いてきぼりにしてさっさと巨大尻を連結済みのポーチに放り込む。知ってたけどリベリオって普通にオープンスケベだよな。


「とりあえず、さっきの敵が現れた場所まで戻ろうか」

「連中がやってきた方向にコアとかありそうだよな」

「ワンチャン残りの敵が出て来たりしないものか」

「神官長は本当に控えて」


 むっちりした尻の感触を思い出しているだろう手つきはおやめください。

 それにしても、このダンジョン、あんまり敵がいないな。――いや、アビスが異常に変異種(ヴァリアント)が多い場所なのか。


「普通のダンジョンってこんな感じなんだな」


 俺の声に、王族二人は首を傾げ、神官長は首肯する。


「発生から時間がかなり経過したダンジョンならもう少し魔物がおるが、だいたいはこんな感じだな」

「なるほど」

「ダンジョンの中には何階層もあるものもある。そうなると層ごとに出てくる魔物の種類も違って難儀するな。このダンジョンは出来立てだろう。ナイトメア・トレーサーが一層目で出てきているのがその証拠だ。あれは本来最下層に出る魔物だからな」

「あの弱さで?」


 違う意味で逃げまどっちゃったけど、弱かったぞ?


「魔法一発で倒せるお前が異常なのだ。魔王と一般人を比べてはいかんぞ」

「そうか」

「もしお前が恐れる敵をアレ等が模倣していたら、一瞬で全滅したかもしれないぞ」

「そうだな。恨み骨髄な勇者とか神族とかに変わられたら脅威だよな」

「それなんて地獄だよ?」

「尻でよかっただろう?」


 神官長が鳩みたいに胸を張っている。褒めていいのか悪いのか……

 あとロベルト、俺の言う恨み節満載の勇者はお前じゃないから。


「まぁ、面倒な敵が出てくる前にさくっとコアを壊して帰ろうか」

「魔王が言うと本当にさくっと終わりそうな気がするな」


 任せて!


「レディオン、金目のものの無いダンジョンに飽きてきたんだろ」


 ロベルトは俺を把握するのをやめるんだ!


「べ、別にそんなことないぞ!?  さっきの尻も珍しい素体になるかもしれないし? 弱い敵しかいなくてつまらないなとか思ってないし?」

「自白してんじゃねーか」

「誘導尋問!?」

「誰も想定してない誘導尋問だな」

「……呑気な会話をかわしているのに、モンスターが出る度に一瞬で倒していくんだね……」

「流石、魔王と勇者。強さが桁違いだな」

「尻一つぐらい譲ってくれてもよかろうになぁ……」


 俺達の後ろで王子達が感心した声をあげてる。あと神官長、自重して。

 ナイトメア・トレーサーと会った場所まで戻り、そこから連中が来ただろう道を選んで進んでいくと、だだっ広い空間に出た。

 その中央に、光る水晶玉が浮いている。


「あ、綺麗な浮かぶ水晶玉発見」

「どう見てもダンジョン・コアだろ」

「え。これが?」


 もっとこう、力に満ちた禍々しいものだと思ってた。

 近づいていくと、ゴゴゴゴと地響きをたてて地面が盛り上がっていく。


「ゴーレムか!」


 ロベルトが真剣な顔をして何もない場所から光る剣を抜き放った。

 というか――


精霊銀(ミスリル)ゴーレム!!」


 ひゃっほぉおおおおおぅ!


「ちょ、レディオン!?」


 突撃し、ゴーレムの頭を回し蹴りで砕き、ポーチから取り出した刀を抜き放って胴体を真っ二つに切り裂いた。


「素材狩りの時間だ!」

「やべぇ……目がマジだ……」


 ダンジョンコアが用意していたのだろうゴーレムは、なんと鉱物系ゴーレムだった。

 金ゴーレムに、翡翠ゴーレムもいる! ああっ! なんて素敵な場所なんだ!


「皆様、ああなるとレディオン様の傍にいるのは危険ですので、こちらでしばらくご観戦ください」

「ノアさん、アレいいのかよ?」

「救貧院から求められる素材が枯渇していることがレディオン様にとってはストレスになっていたのです。ご覧ください、あの生き生きとした動きを。楽しんでいるようですので、どうかここは黙って見守ってあげてください」


 なんかノア達が言ってるけど、まぁいいか。

 裏拳で金ゴーレムの頭を吹き飛ばし、踵落しで体を粉砕する。右から掴みかかってきた鉄ゴーレムを逆に掴み、前から来ていた銀ゴーレムにぶつけた。金属音が響き渡り、両方のゴーレムの体に大きな亀裂が走る。銀ゴーレムの胴体に鉄ゴーレムが突き刺さっていた。


「ははっ!」


 楽しい!!


「声出して笑うレディオンって初めて見た気がする」

「イキイキしてるね」

「というか、素手でゴーレムが砕けてるんだが……」

「こういうところは、流石魔王、という感じか」

「…………」

「ノアさん何やってんだ?」

「レディオン様の雄姿を撮っております」


 あっ楽しんでたらゴーレム全部粉砕しちゃった……。どうしよう、おかわり欲しいんだけど。


「ダンジョンコアよ、さぁ! 次のゴーレムを出せ。ほら!」


 浮いてるダンジョンコアを鷲掴みして、がくがく揺すってみる。何故かダンジョンコアから水が滴ってる感じがする。欲しいのはそれじゃなくてゴーレムなんだが。


「ダンジョンコアって、泣くんだ?」

「冷汗かもしれないよ」


 ロベルトとリベリオが何か言ってる。俺としては金ゴーレムのおかわりが欲しいのだが。


「というか、ダンジョンコアって手づかみできるんだ?」


 言われて気づいた。手づかみ出来るんだな。


「おかわりは無いのか……」

「あ、レディオンが正気に戻った」

「俺はいつでも正気だぞ」

「はいはい」


 ダンジョンコアを片手にロベルト達の方に戻る。


「このコア、どうしようか」

「砕くんじゃねーの? それか、砕かずに外に持ち出してみるか?」

「それもいいな。どういう風になるんだろう。――俺のポーチには入るかな?」


 何故かガクガク震えているダンジョンコアをポーチの中に仕舞ってみる。


「仕舞えるんだ……」

「生き物扱いじゃないのか……」


 生きた物体は入らないのに、ダンジョンコアは入る不思議。


「取り出せるのか?」

「普通に取り出せるな」


 相変わらずブルブル震えてるけど。


「じゃあ、それ持って外出ようか」







 ちなみに外に出たらコアの光が消えた。どうやら外に出すと死んじゃうみたいだ。

 そして入口付近に縛られている複数の人間の姿が。


「立ち入り禁止だと言ったら襲ってきましたので、縛っておきました」


 よかったな、リベリオ。希望通りになりそうだぞ。









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