17 求められる資質
二日目のダンジョンは、四層平野に戻っての探索から始まった。
昨日、二層の森林地帯を調べ尽くした部隊は、今日は三層に降りて沼地を制覇する予定らしい。
父様が受けた二層の報告によれば、新たな『異常な化け物』は出なかったらしい。討伐した種類とかは簡単に纏めて教えてもらったが、ハンティング・クックにも乗ってる変異種のアビス版ばかりだったとのこと。
そういえば、『異常な化け物』はアビス種になってなかったな。何か法則があるんだろうか? それとも、『異常な化け物』になった時点で『異常な化け物』特有の種族変化が起こるとかかな?
「やっと兎型が出て来たな」
報告書片手にうんうん唸ってる俺の前、出て来た一角兎を即死魔法でさくっと殺しながら父様が言う。
その死骸を拾うのは俺の精霊銀甲冑だ。
死骸を拾っての単純作業は元より、俺が作った高性能精霊銀甲冑のため戦闘も普通にこなす。同士討ちが怖いので放出型魔法は禁止にしているが、剣に魔力を纏わせて切るぐらいは許可してある。さっきも死骸拾う途中で兎に突撃されかけ、身を翻してサクッと切り飛ばすという華麗な技を見せてくれた。よくやった!
そして暇になるのが俺達後衛だ。
拾うお仕事は精霊銀甲冑に任せてあるので、今は母様に見守られながら報告書を読んでオズワルドとお話するぐらいしかすることが無い。まぁ、死神と会話できる機会ってそうそうないと思うけど。
「このアビス種というのは、今までにない変異種ですね」
「オズワルドの知識にも無いか」
「ありませんね。見た目に変化が無いので、通常種のものと混合しそうです。強さ的にはアビス種のほうが一段階上のようですが」
「素材としての格も上のようだな。救貧院の上位技術者達が大喜びしてるそうだ」
送っておいた素材で上位技術者軍団が狂喜乱舞したみたいなんだよな。連結無限袋で移送は簡単だから、基地では今もせっせと死骸を救貧院の解体部に移送中だ。
ちなみに基地にいるのは、夜の変異種を倒したいと行って夜まで狩りに勤しんでいた連中だ。体力ありあまってるな……寝てればいいのに。
ちなみにアビス種の肉は美味かった。もしかしたらそのためかもしれない。死骸を救貧院の解体部に回したら、その分手に取れるお肉の量が増えるからな。
「主な違いは魔法をよく使うこと、か」
アビス種は通常種より耐久も敏捷さも上だったが、それより顕著な違いとして魔法の行使があげられている。俺達のパーティーだと瞬殺されてて分からなかったが、アビス種はよく魔法を使うそうなのだ。
……俺達は一度も見てないけど……
「同種個体が近くにいても敵への攻撃を優先する――これはダンジョンコアの意向が反映されているからでしょうか」
「おそらく、そうだろう。コアにとっては敵を早く倒したいだろうからな」
「それなら入口など作らなければ良いのに、と思ってしまいますね」
オズワルドが呆れ顔な気持ちはよくわかる。
ダンジョン、なんで入口開けてるんだろ?
「自分を守らせるための変異種は呼び寄せするし、入口なんて開けて無くてもいいだろうにな」
まぁ、俺達は横道から入ってきたわけだが。
「ダンジョンであるための必須要項としてあるのかもしれませんね。出入口をどこかに作っておく、とか」
「あと考えられるのは、単純に食事的な感じか? 獲物が入って来るのを待っている、とか」
「アビスも、まさか自分が禁域指定にされて、獲物がなかなか入って来ない状況になるとは思ってもいなかったでしょうね」
「だからあの時、ロベルトが触れただけで入口開けたのかな。お腹空いてて」
「その獲物に中の変異種を殲滅させられているのですから、アビスもある意味可哀想ですね」
その可哀想なアビスに前世のオズワルドは殺されたんだけどな……
「オズワルドはダンジョンに入るのはこれが初めてか?」
「いえ、昔、サリ様と一緒に入ったことがあります」
「七百年よりも前? 後?」
「前にも後にも入ったことがありますよ」
ということは、セラド大陸とラザネイト大陸のダンジョン、両方の経験があるわけか。
「ラザネイト大陸とこっちの大陸だと、強さは変わるか?」
「全く違いますね。セラド大陸のダンジョンの方が数倍手ごわいです」
「そうか……ラザネイト大陸のダンジョンにも興味があったんだが、あまり期待できないようだな」
「変異種の巣のほうが討伐しがいがあるかもしれませんね」
そっかー……
その変異種の巣も、オークの巣を殲滅したときみたいな感じなら、あんまり期待できないな……
「戦いに手応えを期待するあたり、レディオン殿も魔族ですね」
「む。脳筋族に片足突っ込んでるのは自覚してる」
「サリ様も七百年の間にすっかり頭まで浸かってしまいましたよ……」
「大変だな……」
「聞こえてるぞ!」
「聞こえるように言ってます」
サリ、わりと離れた場所で兎殲滅してるのに、聞こえたんだな……
「オズワルドは魔族に染まってないのか?」
「どうでしょう? 神族であった頃より色々と思いを巡らすことが増えましたし、そういう影響も『染まっている』に含まれるなら、染まっているのではないでしょうか」
「戦う敵に手応え求める?」
「いえ、そういうのは面倒なのでいりません」
「まだまだだな」
「安心していいのやら、悪いのやら……」
オズワルドが難しそうな顔をするのに思わず笑ってしまった。
「オズワルドらしくていいんじゃないか? 掟のこともあるし、魔族に染まりすぎると危険だろう」
「そうですね」
「オズワルドまで脳筋になったらサリのストッパーがいなくなるし」
「そうですね」
「聞こえてるぞ!」
「はい」
かなり遠くに行っちゃってるのに、地獄耳なの? サリはオズワルドのことを気にしすぎだと思う。
まぁ、どっちもどっちなんだろうけど。
「そういえば、一層で南に向かった連中の報告書も届いてたな」
二層の探索部隊達とは別に届いていた報告書を読む。やっぱり大森林に出入り口があったようだ。出て来た変異種はゴーレムが多かったのか。入口付近は石のゴーレムが多かったみたいだけど、出発したあの地点は鉄が出て来た、と。あと、金が――金!?
「一層に金のゴーレムが!?」
「レディオンの物欲がまた……」
「だって、ロベルト、金だぞ!? 純金のゴーレムだぞ!? え、父様、なんでこれ今朝報告してくれなかったの?」
そしたら三層を攻略している人達の何割かを一層に向かわせたのに!
「しましたよ? いろんな種類の鉱物系ゴーレムが出たようだ、と」
「ざっくり纏められてた! じゃあ他に銀とか精霊銀とかあったの?」
「銀はあったけれど、精霊銀は無かったかな。一番高価な鉱物は金だったと思う」
「そっか……」
「それに、道中の敵を全滅させていったはずだから、次に何かのゴーレムが出るとしても、どのぐらい経過してからなのか分からないからね。大森林側に行ったメンバーは入口付近に基地を作って、そこで寝泊まりしながら大森林側の変異種を狩る予定でいる。何度も出現するようなら再度探索に出てもらうけど、ダンジョンではなかなか新手の変異種は生まれないから」
「そういえば、そうだった」
俺達のやり取りに、ロベルトが苦笑した。
「レディオン、物欲に我を忘れてたな?」
「ロベルトは俺を把握しすぎてると思う。そっか……再度金のゴーレムと出会うことは稀か……」
「一匹分は手に入ったんだから、それでよしとしたほうがいいだろうな」
「そうなんだけどな……今、素材で金が枯渇しかかってるんだよ」
「なんでだよ?」
「彫金やってる人達が張り切りすぎて」
「素材くるまで違うの作れよ……」
「なんかポムからも金が送られてきてるらしいんだけど、それでも足りないみたいでさ」
「ポムさんどこから金なんて…………え、マジで?」
ロベルトが途端に真顔になった。
「そう。マジで足りないんだよ」
「いや、そっちじゃなく。ポムさんが金ぶんどってきてる相手のことなんだけどな?」
「聖王国の教会だろ、多分。貯めてそうだし」
あ。ロベルトが頭抱えた。
「いいんじゃないか? 相手、教会だし。軍資金奪ってるみたいなもんだし」
「いや、そうなんだろうけど、泥棒だよな? それ」
「いいんじゃないか? 相手、教会だし」
「二度言われた……」
いやだって、教会は敵だから。民が飢えるわけでもないんだから、良心も痛まんよ。
「敵には容赦しないって決めてるんだ」
「聖王国もまさか金を強奪されるとは思ってなかったろうよ……」
「命を奪わないだけマシじゃないか? ポムが現地で何してるのか知らないけどさ」
「知らないでいいのか? ポムさんのストッパーになれるの、お前だけだろ?」
「ポムが必要と思ってやってることなら、俺は反対しないから」
「謎の信頼」
ロベルトは呆れ顔になっているが、俺はポムのことならたいていは許してしまうのだ。
「たぶん、前に言ってた『一日に一人』というのが犠牲者の数のことだと思うし、赤ん坊のことで怒って出向いたっぽいから、犠牲者は聖職者だろうし。そう考えると、やっぱり良心が痛むことは無いな」
「まぁ、赤ん坊の命啜ってる奴がいる、って聞いた時は俺も眩暈がするぐらい腹立たしかったけどな」
「ポムはああ見えて無辜の民には優しいから、そっちが被害にあうようなことは極力しないだろ」
「お前は本当にポムさんを信頼してるな」
「当然だろう。ポムは俺の養育者だぞ」
俺は盛大に甘やかされて育ったしな!
「まぁ、仲良くてなによりだよ。ポムさん聖王国に行っちゃったから、だいぶ寂しいんじゃないか?」
「すごく寂しい」
「即、涙浮かべるほどかよ……」
「生まれてちょっとの頃からずっと一緒にいたんだぞ? 無辜の民さえいなければ、聖王国なんて滅ぼして帰って来てって言いたい」
「ちゃんと一般人の事考えられて偉い、というべきか……判断に迷うな」
頭をよしよしされた。このヨシヨシのためにも俺は我慢をするべきだろう。寂しいけど。
「それで、大森林とやらに到着した部隊は、そのままずっと大森林で狩りするのか?」
「父様はその予定みたいだけど、俺は二日に一度のペースで一層を回ってもらおうと思ってる。金のゴーレムがまた出るかもしれないしな!」
「金に目がくらんでやがる……お前はなんでそう守銭奴なんだよ?」
「お金なくてひもじいのは辛いだろ?」
「ひもじい思いなんてしたことなさそうなのにな……」
今世ではそうだけど、前世はひどかったんだぞ……
「肉はこの層でもだいぶ獲れそうだし、本土の解体部には引き続きがんばってもらおう。今頃沼地の変異種も大量に移送されてるだろうけどな」
「アヴァンツァーレ領や王都でもデカイ職業訓練所みたいな救貧院作ってたけど、こっちの大陸のも規模デカそうだな」
「大きさだけなら一つの町ぐらいはあるかな。各職業別にギルドを作ってるから」
「想像より大掛かりだった……じゃあ、カルロッタに作ったのは簡易版みたいな感じか?」
「ああ。うちの救貧院に布とか糸とかを卸してもらうための施設だからな。いずれカルロッタが借金分を納めきるだろうから、その時は貿易でもして買取を継続しようと思っている。うちの連中、作るの大好きみたいだからな」
「で、出来上がった品をまた誰かに売って儲ける、と」
「そういうことだ」
今はもう執事達に仕事を渡してあるけど、新しい商品を作った時は、俺が流通ルートに乗せるかどうか決めることになっている。万が一無限袋みたいなのが人族の手に渡っちゃったら面倒だしな。
「今のところ服飾関連や武器防具類関連は黒字だ。化粧品もな。小麦関係は儲け度外視してるから赤字でも別にかまわないし、飲食店が好調だからそっちから利益あがってくる。うちは全体的には黒字なんだ」
「まぁ、あの規模で商売して、赤字だったらそれこそトップ陣営総辞職しなきゃだろ」
「父様の商会とも連携してるから、そうそう赤字にはならないんだけどな」
俺の答えに、ロベルトが「あれ?」という顔になった。
「親父さんは自分の商会持ってるのか」
「ああ。ケフェウス商会だ」
「いずれお前が受け継ぐことになるんじゃないか?」
「父様が商会を手放したら、だな。それまではあくまで父様の商会だ」
「お前も自分自身の商会立ち上げる予定なんだろ?」
「出来るだけ早い目に商会を立ち上げた方がいいだろうな。本土の救貧院は父様の商会が経営してるから、俺のほうはラザネイト大陸との貿易がメインの商会にするべきだろう」
「それで名前がグランシャリオ商会なわけか」
「最初は俺の名前にされそうだったんだ……名前を売る為に、ってことでなんとかグランシャリオ商会に落ち着いたが、下手すればレディオン商会だったんだぞ」
「別によくないか? 人族の商会ってだいたい人名だぞ」
「人名は人名でも家名のほうが普通だろ?」
「それもそうだな」
まぁ、ロベルトは行商人として動いていたから、言うなれば「商人ロベルト」が名称になる感じだろうけど。
「ロルカンのヨーゼフ支部長がギルドを退職したら、うちの商会に引き抜きたいんだけどなぁ……」
「あの人もかなりの商売人だよな。冒険者ギルドの支部長って、もっと筋骨隆々としたオッサンのイメージがあったけど」
「ギルド経営に手腕をふるわないといけないんだから、筋骨隆々としている必要ないだろ? そういうのは冒険者側の人間であって、支部長に求められるのはどちらかというと他勢力との伝手や縁だろうし」
「第一線の冒険者が引退してギルド員になることもあるって聞いたけど」
「その冒険者が貴族との繋がりもある人なら長になる可能性もあるだろうけど、変異種退治を専門にしてた脳筋族がいきなりギルド経営できると思うか? ラザネイト大陸側の事情は分からんが、セラド大陸ではそんなおかしな人事はしないな。人には得手不得手があるんだし」
「こっちの大陸にも冒険者ギルドってあるのか?」
「冒険者ギルドは無いけど、色んな職業ギルドはある。ギルド長に求められるのは、職人としての名声と経営手腕だな。どんなに職人として優れていても、経営手腕が悪ければ長にはなれないし、なったとしてもすぐ引きずり降ろされる。大事なのは、ギルドを健全に運営し、ギルド員を守り、育てることだから」
「なるほどなぁ」
ヨーゼフのことを思い出しているっぽいロベルトに、ただ、と俺は続ける。
「荒事に慣れてないギルド長もある一面では役立たずになってしまうから、最低限の武力は必要になるだろうけどな。職人同士の喧嘩の仲裁とか。ラザネイト大陸だったら冒険者同士の喧嘩の仲裁とかか」
「確かにある一定の武力は必要そうだよな」
「ヨーゼフ、おとぼけた顔してるけど、人族にしてはけっこう強い部類っぽいしな」
「それは身のこなしでなんとなく分かる」
「それもあって、出来れば引き抜きたいんだけど……流石に無理だよな」
「無理だろうなぁ……あの人以外でロルカン支部を纏めれそうな人に心当たりが無い。魔族と平気で会話できるだけで相当有能だろ」
「だよな……」
正直、支部長がヨーゼフでなければ、今のロルカン支部の繁栄は無かっただろう。
「――ところで、ロベルトはもう戦わなくていいのか?」
他の三人はまだ兎相手に殲滅戦やってるけど。
「ちょい休憩。だいぶ盾の扱いにも慣れたし。おまえは戦わなくていいのか?」
「前に出ると父様達が、な……」
「あー……」
ロベルトの目が俺の斜め後ろでにこにこしている母様に向き、空のような天井に向いてから、俺を見た。
「まぁ、子供に前衛させたくはないよな」
「そういうことだな。――そろそろ休憩時間か。兎系を殲滅し終わったら皆で休憩をとろう。三層の連中の新規報告が無いかチェックしたいし」
「あいよ」
返事して、ロベルトはまた戦場に戻っていく。
さて。俺は休憩するための椅子でもさくっと作っておくかな。