16 大切なもののために
おやつに鹿肉を食べて英気を養った俺達は、その後三時間ほど歩いて本日の探検を終了させた。
「とりあえず、仮設置としてここに転移装置を置くな」
軍がいるであろう二層に戻る為、さくっと転移装置を設定して皆で帰還する。行き先は二層の入口付近だ。いざ、転移!
「アロガン様!?」
瞬時に景色が切り替わる。
基地製作と父様の伝言を伝える役をしていた男がびっくりしてこちらを見た。まぁ、いきなり転移してきたらびっくりするよな。
「全員、二層に到達したか?」
「あ、はい。その後、それぞれが決めた方角に進みました。今は帰還を急いでいるところです」
「暗くなってきているからな」
そう。地下なのにダンジョン内が外と連動するように暗くなってきているのだ。魔族は夜目がきくが、やはり昼の時のようにはいかない。そのため、夜間は安全な場所に戻ったほうがいいのだ。
「三層への入口付近にもレディオンちゃんが宿泊地を作ってくれている。そちらに近いものはそっちに行った方がいいだろう」
「連絡してみます」
男はそう言って耳飾りに触れた。あ、『連絡真珠』だ。『連絡母貝』が頑張って量産してくれたのだろう。見れば各部隊に一人は『連絡真珠』を耳につけている。たぶん、リーダー格だろうな。
「奥までたどり着いていた者は三層の入口前に集まることにしたようです。なんでも村みたいな建物群があるとか」
うちのメンバー全員が俺を見た。やめろやめろ。俺は見つめられ慣れてないんだ。
「交代で夜警と休む者に別れるにしても、宿が足りてなかったので助かりました」
男達が作った建物は、前に俺が決闘場に作ったものに似ていた。リスペクトされてるみたいでちょっと照れる。
ついでに俺も宿数を増やしておこう。
「問題などは無かったか?」
「ありません。ただ、夜の間だけしか出ない変異種もいるかもしれないから、夜も戦い続けたいという者が何名もいます」
脳筋族めぇ……
「まぁ、部隊員全員が行きたいと望んでいるのなら、夜陰の討伐も行って良い。今のところ『異常な化け物』ぐらいしか強敵らしいものは出ていないからな」
「『異常な化け物』が出たのですか!?」
なんで目をキラッキラさせて問うているんだろう?
「四層で待ち構えていてな。各層の階層主だろうと見ている。すでに倒してから数時間は経っているな。もしかするとダンジョンが新手を呼び寄せしているかもしれない。夜の討伐を望む者に気を付けるよう伝えてくれ」
「かしこまりましたっ!」
あ。これは遭遇するのを楽しみにしている系だ。ということは、
「もしかして、おまえも夜の討伐に出るのか?」
俺の問いに、男は嬉しそうに頷く。
「はい。日中はここで連絡係してましたから、暴れたり無くて!」
「そ、そうか。気をつけてね」
「はいっ!」
なんとなく激励してたら周り中から視線を感じます。なに? なんなの?
「(レディオン、他の人達にもガンバレ言ってあげてくださいな)」
母様がこそっと耳打ちしてくる。耳は弱いんだって。
「みんなもがんばって!」
『はいっ!!!!』
すごい大合唱が返ってきた。え。俺の激励なんかで喜んでもらえるの?
「俺達は今日はお終いか?」
「ああ。ロベルトとシンクレアの宿はこれだ」
「嫌がらせ以外の何物でもない」
せっかくの力作なのに!
ちなみにハート型です。らぶらぶするといいよ!
「魔法で自動清掃機能つけてるから、いくらでもワッショイワッショイしていいんだぞ?」
「配慮が行き届きすぎて嫌がらせの極みにみえる」
「がんばったのに……」
「レディオン様、ありがとうございます」
薦める俺と渋るロベルトの攻防は、シンクレアの登場であっさり決着ついた。
「さ、参りましょうあなた」
「ほんとにここ入るの!? マジで!?――ちょ、ま」
きぃ~パッタン。
とたんに静かになる。防音機能も完璧だからな!
「一応、全部の宿に防衛機能と防音機能つけておこうかな」
「それだと宿の内部で何かが起こったとき、駆けつけられないことにならないか?」
「うーん。じゃあ、防衛機能だけつけておく。サリ達の宿には防音機能もつけとくから」
「そういう配慮はいらん。おまえの両親の宿につけておけ」
「サリ様!?」
「まぁ、ありがとうございます。でも今日はレディオンも一緒ですから」
父様が驚き、母様がにっこりこたえた。
俺が一緒じゃない時はワッショイしてるんだろうか? まぁ、俺も弟妹が欲しいから頑張ってくれると嬉しいけど。
「三人並んで寝ましょうね、レディオン」
真ん中が俺ですね。わかります。
早速俺を抱っこする父様とにこにこしている母様に、サリは微苦笑を浮かべて言った。
「では、また明日に」
おやすみなさい。
○
そこは白い空間だった。
どこか懐かしさを覚える。
それと同時に寂寥感も。
何故だろう?
何かが足りない気がした。
そして何かが自分の中で満たされている気も。
――ディンは君に溶けた。
誰かがそうため息を零すように呟く。
――運命に介入する力は君にある。
こぼれた涙のような声が。
――生きて。
●
なにか夢を見ていたような気がする。
父様と母様の両方に抱きしめられる形で寝ていた俺は、むちゃくちゃ温かい寝床で目を覚ました。ちなみに赤ん坊の姿である。ロベルトに会うまでは本来の姿でいるのだ。
なんとか二人の腕の中から抜け出そうとしたが、無理だった。うちの両親、俺のこと好きすぎだろ。俺も愛してるよ!
このまま二人が起きるのを待つのもいいが、せっかくなので自前で作った新しい魔法を試してみよう。
ポムにも推奨されていた個人転移の魔法だ。
「『転移』」
一瞬、景色がズレた感じがした。そして体が落下する。
「きゃむ!」
変な声出た!
下を見ると父様と母様の腕の上に落ちたようだ。ある意味成功か?
「レディオンちゃん?」
あ、父様が目を覚ました!
まぁ、それは何かが落下してきたら起きるよな。……母様熟睡しきってるけど……
「父様、おはよう」
「おはよう、レディオンちゃん。早起きですね~」
父様からおはようのキスをもらう。なんかこそばゆい。
「母様はまだ寝てるから、静かにね」
「アルモニーは戦闘に不慣れだからな。寝かしておいてあげよう」
「そうしよう」
父様が母様の髪の毛をそっと撫でて布団を綺麗にかけなおす。ふふふ。父様と母様がラブラブで俺は嬉しいよ!
「レディオンちゃんも、もう少し寝てていいんだぞ?」
「目がさめたんだ」
「そうか。山羊乳でも飲むか?」
「飲む」
父様が着替えの所に行き、置いてあったポーチ型無限袋からヤギ乳を取り出す。
あれ? 父様は飲まないの?
「私はこっちだな」
お酒ですか。朝っぱらだよ?
まぁ、魔族、解毒力高すぎてお酒で酔うのは難しい体してるけど。
「しかし、ヴェステン村の地下にダンジョン、か……」
椅子に俺を設置してから、父様は対面の椅子に座り、そう零す。
俺は山羊乳を飲みながら頷いた。
「テールが読み取れなかったのも、大地が変異してたからだろうな」
「テール殿はダンジョンには不慣れなのか?」
「たぶん? 知ってたらもっと早く断言してたんじゃないかな。テールは人族の世界では英雄とされている。人の地を襲う変異種を退治してきたからだ。逆に言えば、いつも地上部で戦っていたのであって、地下にあるダンジョンには出向いていないんじゃないかな」
「あえてそこに行かなければ出会わないのがダンジョンだものな。考えたらダンジョンに入る精霊って聞いたこと無いな」
「変異種の胃袋に入るようなもんだからな……無理やり連れてこられない限り入らないんじゃないかな」
「召喚も無理かな」
あ。父様が暖炉に向かって呪文を。
【来たれ】
ボッと音がしてそれはそれは綺麗な炎が暖炉に灯った。
あ。狭くて三角座り――
「「「…………」」」
フラムよ……
「呼んだ理由はなんだ?」
あ。ちょっと怒ってる。
「ダンジョンでも精霊を呼び出せるのかなと思って」
「……レディオン。おまえの発案か」
「ううん。父様」
「……アロガン……」
フラムが残念な子を見る様な眼差しを父様に。
「いや、精霊王が誰もこのダンジョンを感知できなかったから、もしかして遮断されているとかあるのかと思って、な?」
「ダンジョンか……どおりで息苦しいはずだ」
「え!? 息苦しいの!?」
「閉ざされた空間特有の息苦しさだな。この中では俺の力も少しばかり下がるだろう。――ところで、ここはどこのダンジョンだ?」
居心地悪そうに周囲を見るフラムに、俺は「暖炉から出て来たら?」と言ってから答えた。
「ヴェステン村の地下、アビスダンジョンだ」
「ヴェステン村? ……ああ、あの、『災厄の種』が出た村か」
「そう。その村の地下に、アビスダンジョンがあったんだ。テールでも見抜けなかったみたいだけど」
「流石のあの精霊もダンジョンは管轄外だろう。あいつは人の子を救うことを己に課しているが、ダンジョンのような危険地に自ら入る馬鹿者を救うのは違うからな。それに、精霊にとってダンジョンは鬼門だ」
「なんで?」
「高濃度魔素が満ちている変異種の腹の中だぞ? 入りたいと思うか?」
「思わないだろうな……」
暖炉から出て来た炎の塊さんは、周囲を探るように見つめてから呆れ顔で俺を見た。
「アロガンが俺を召喚できたのは、お前がいたからだろうな」
「なんで?」
「お前がいることでこの場に魔力が満ちている。それは俺達にとっては出入口になる。この建物もお前が作ったものだろう? だから簡単に俺が入ってこれたわけだ。外だとこうはいかないだろうが……それでもお前がいれば道は開くか……」
どうやら俺が何らかの出入口製造マンになってるようだ。
「フラムもダンジョンは初めてか?」
「呼び出されたのは初めてだな。ダンジョンの中が息苦しいのも初めて知った。テールも呼び出してみるといい。一度把握したら、次からはどこにダンジョンがあるか見つけることも出来るようになるだろう」
「やってみる!」
俺は大喜びでテールを呼び出した。
【来たれ!】
全身甲冑版のテールが出現した。
「おお、レディオン殿。何用か?」
「……なんでその恰好なの?」
「ちょっと一狩り行こうと思ってましてな。しかし、ここは何処ですかな。なにやら息苦しいですが」
テールも息苦しさを感じるのか。精霊独特の感覚なのかもしれないな。
「ヴェステン村の地下、アビスダンジョン」
「あの村の地下がここに繋がっているわけですか。なるほど、この気配がダンジョンの気配……」
お。覚えたっぽいぞ。
「今度からダンジョンがある場所分かったりする?」
「分かるでしょうな。なるほど、こういう感じのものがダンジョン……」
次から大陸のあちこちにあるだろうダンジョンを探してもらおうかな。
「ところで、呼び出したのは何用で?」
あっ。
フラムとテールを見送った後、俺と母様は早めの朝食をとった。父様はというと、軍が手に入れた情報を聞きに外に出ている。朝食を一緒に出来ないことに涙流してたけど……
「ほら、レディオン、こちらもお食べなさい」
「もむ」
母様がせっせと俺に「あ~ん」をしてくる。ちなみにまだ赤ん坊姿です。ロベルトと会ってないからな!
「ふふふ。実はこういう食事をしてみたかったのですよ」
俺への「あ~ん」が出来て満足そうに母様が言う。
すまん、母様。当時の俺の成長が爆速だったせいでこういうの出来なかったんだよね。
「私は嬉しいけれど、レディオンはどうしていきなり健康的な生活に目覚めたの? ポムから何か言われましたか?」
俺の行動にポムが常に関わっていると思われている件。
……いや、間違ってはないけど……
「母様。俺の成長、一歳前ぐらいで止まってるみたいなんだ」
「ああ……それでまだ小さいのですね」
「母様は分かってた?」
「いいえ。個人差があると聞いたので、そういうものなのかと思っていました」
「ルカはおれよりずっと大きくなってたんだ」
「成程。それで自覚したのですね」
そう。自覚したのだ。俺の成長が止まっているという恐ろしい現状を!
「それで食生活や睡眠を正しくしようと思い直したのですね?」
「魔王になったのに、成長が止まっているようじゃ周りが困るから」
「そうですね。これからあなたは魔王として魔族の前に立たなければならないから……」
そこまで言って、ふと気づいたように訊ねてきた。
「そういえば、他の魔族の子への祝福は、赤ん坊の姿でするの? それとも、魔法で大きくなった姿で?」
「決めて無かった。どうしよう?」
「いっそ直前までは赤ん坊でいて、祝福する時だけ大人になってはどう? わかりやすく規格外であると知らしめることが出来ますよ」
「そうしようかな」
「衣装は任せなさい! とびっきり綺麗にしてあげますからね!」
「……出来るだけシンプルでお願いします」
「い・や」
母様!!
「母様はどうして俺の服を性別不明にするの!?」
「だってこんなに綺麗で可愛いんですもの。着せて似合ううちは着せたいわ」
こんな顔面凶器な俺を綺麗とか可愛いとか言ってくれるのは嬉しいが、その情熱だけはおさえてほしい。
「綺麗な服は母様が着て欲しい。俺も母様が着飾った姿見たいから」
「あらあら。嬉しいことを言ってくれますね。今度自分の服も作ってみますね」
「うん!」
「あなたとお揃いで」
「……う゛う゛ん……」
どうしてもそこにいくのか。いってしまうのか……
「旦那様の服も一緒に作ろうかしら」
父様の服が母様に浸食される恐れが!!
「父様はかっこいいのが似合うと思う。かっこいいのが!」
「そうですね。旦那様はかっこいいから」
あ。照れポイント入ったみたいだ。母様、本当に父様のこと大好きなんだな。
「母様は父様のどんなところが好き?」
「全部好きよ」
父様! ベタ惚れされてるよ!!
「じゃあ、嫌いなところは?」
「ん~……無いかしら。前は冷たい感じでしたけど、それはそれでときめきましたし、今の優しくてちょっとお馬鹿なところも愛おしいですし」
父様!!
「レディオンは? マリーウェザーちゃんの好きなとこはどこ?」
「全部かな」
「あら。ベタ惚れね。嫌いなところは?」
「無いかな。ツンツンしてても好きだし、不器用なところも好きだし、意思が強いところも好きだし、俺よりカッコイイところも好きだし」
「マリーウェザーちゃんはカッコイイ系なのね」
「そうなんだ。多分、魔族で一番カッコいいと思う」
「あらあら。まぁまぁ」
母様、何故目元が波打っているのですか。
「会える日が楽しみだわ」
「俺も!」
例えあの日の妻とは違っていても、今世でまた会えることを願っている。決して同じではないけれど、生まれてくるマリーウェザーに俺はたぶんまた恋をするだろうから。
「でも、ルカのことも忘れないであげてね?」
「ルカは俺の右腕になる男だから」
「あらあら。まぁまぁ」
「俺お手製の魔法の書も渡してあるし、領地で実習もしてるみたいだから、きっと強くてクールな男になると思う」
前世はクール通り越してアブソリュートゼロ状態だったけど。
「つまり、レディオンちゃんの好みはクールでカッコいい人なのね」
「そう、なの、かな?」
考えたことなかったけど、そうなのかもしれない。
いや、ふわふわした可愛らしい子も好きだぞ? でもキリッとしてる妻のほうがもっと好きだけど。
「さて。真面目な話をしましょうか」
母様がそう言って表情を改めた。
俺も背筋を伸ばして聞く。
「これから先、あなたは自分を支えてくれる人を見つけていかなければなりません。グランシャリ家とベッカー家はあなたを支えてくれるでしょう。ですが、同年代の魔族も必要です。共にあり、共に支えあい、認めあう、そんな人が。これは魔王になった今も同じです。今、あなたの周りにいるのはずっと年上の人が多いでしょう? 同年代の中でしか育てられない感情というものもありますから」
俺の魂はオッサンなんだが、大丈夫だろうか……
「今度の恩赦で、ルカを手元に取り戻しなさい。クロエを戻すのは難しいですが、ルカなら大丈夫でしょう」
「クロエからルカを奪うのは可哀想だ」
「私もそう思います。けれど、ルカの将来を思えば、あなたの近く置いたほうがいいのです。あなたの専属従者として重用しなさい。あなたがルカを守るのです」
「俺が……」
「ルカは今、罪人の子供、というレッテルを貼られている状態です。そこから、あなたの従者として認識を変えるのです。出来ますね?」
「……うん」
「いずれはクロエも呼び戻したい。私もクロエと一緒にいたいのです」
母様はちょくちょく俺の直轄地に行ってクロエと会っているらしい。それは、クロエは今もグランシャリオ家にとって大事な存在だと知らしめるためでもあり、大好きなクロエに会いたいという理由からでもあるのだろう。
「あの子達を守ってやれるのは私達だけです。頑張りましょうね」
そう言う母様の瞳は、強い力を宿していた。