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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
三章 例え数多の苦難があろうとも
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15 “ポム・ド・テール”





 サリの声に、俺は喉の奥がひりつくのを感じた。


「それは……考えすぎじゃないか?」


 とっさに出した声が掠れている。動揺している自分に気づいて、何故か焦りを覚えた。

 サリは厳しい表情のままだ。


「本当にそう思うか? あの者の異常な能力を知っていても?」

「それは……」

「おそらく、アロガンが知覚した時点では、それはあくまで『何か』でしかなかったんだ。それを人の形をした――魔族の形をしたモノにしたのは、アロガンの誰何だ。『誰だ』に対する答えとして『誰か』になったんだ。このあたりの流れはオズのほうが詳しいだろう」

「我々神族も、光る泥と呼ばれるエーテル素をこねて人型を作り、そこに宿って魔族になります。おそらく、あのポムという男もそのようにしてこの世界に人の形をした『自分』を作り上げたのでしょう」

「常々不思議だったんだ。あれほどの化け物がどうしてグランシャリオ家にいるのか。これで謎が解けた。家に置く対価として子の養育を頼む。その契約であの男はグランシャリオ家――いや、この場合はアロガン個人だな。アロガンと契約で繋がったから、あの姿で働いていたんだ。自分を形成したきっかけもアロガンなのだから、縁は深いと言えるだろう」

「グランシャリオ家の魔力に似ていたのも、模写した対象がアロガン殿だったからでしょうか」

「おそらく、そうだろう。――アロガン、とんでもないものと縁づいたな」


 サリがしみじみとした声でそんなことを言う。

 父様は困り顔だ。


「そう言われても、ある種の偶然の産物だからな」

「だからこそ、だ。よく神族共に見つかる前に確保してくれた。善なのか悪なのか分からないが、おまえを模写して肉の殻を被ったのなら、今の性質は善に近いだろう。レディオンにやたらと甘かったのもおまえが基点だからともいえる。あとは単純にレディオンが可愛かったから可愛がってる可能性だ」

「レディオンちゃんは可愛いからな!」

「親馬鹿はおいておいて、レディオン、お前のほうで何か聞いて無いか?」


 サリの声が、どこか遠くから言ってるような風に聞こえる。

 俺はなんでこんなに動揺しているんだろう? ポムが何であってもポムであることに違いはないのに。


「広義の意味では、神族と似たようなもの、だと聞いたことがある……」

「決まりだな。あの男は、何かの事象を司る者だ。しかもおそらく別次元の存在だろう。この世界に迷い込み、グランシャリオ家に根を下ろした。レディオンが一人前になるまでの契約だ。契約が切れてしまった時にあの男がとる行動が分からないが……」


 言いかけ、サリが僅かに目を瞠った。


「レディオン?」


 名を呼び掛けられる意味がわからない。俺が何だというのだろう?


「レディオン、何故、泣いている?」


 言われて気づいた。自分が泣いていることに。

 けれど、先ほどまでのやりとりに泣ける要素は無いはずだ。ポムが何者であっても、ポムはポムなのだから。


「ポムは……」


 言おうとして、言葉が喉にひっかかる。


「……ポムは……ポムだ」


 なんとか喉の奥から押し出した。目の前がぼやけて、腕で拭う。


「ポムが何であったか知らないけど、ポムはポムなんだ」


 俺の傍にいて、俺を育ててくれていたポム。

 いつだってどこかにいて、困っていたら手を貸してくれたポム。

 抱き上げ、背中を優しく叩いてくれる、あの手が好きだった。

 例え神族と同じような存在であったとしても、ポムはポムであるだけで大好きだ。


「契約で傍にいてくれるだけの存在だって、俺に優しくしてくれたのも、大事にしてくれたのも、ただ契約だからじゃないはずなんだ」


 お腹が空いた時にすぐに食べられるよう、いくつものお菓子をポーチに入れてくれたポム。

 もっと人を頼っていいと言ってくれたポム。

 泣きたい時は小さな俺を抱きかかえて、泣いていいと態度で示してくれたポム。


「だから」


 父よりも母よりも俺の傍にいたポム。


「だから、ポムは……」


 存在しない兄や姉のように俺を守り育ててくれたポム。


「ポムは……」


 何者であってもよかった。ポムであってくれればそれでよかった。

 ポム・ド・テールという男は、そこに在ってくれるだけでよかったのだ。


「ポムは……」

「わかった。オレが悪かった。泣くな、レディオン」


 サリの手がゆっくりと俺の頭を撫で、優しい腕が抱きしめてくれた。

 この腕の中を俺は知らない。けれど同じ温もりの感覚は知っている。俺をあやしてくれたポムの腕の中と同じだ。


「お前の養育者を勝手に推測して悪かった。意地悪をしたかったんじゃないんだ」

「わか……てる」

「人であれ、人以外の何かであれ、お前のポムがお前に優しい理由は、あの男の中にあるはずだ。それは決して作り物じゃない。お前と接したことであの男の内に生まれた何らかの感情のはずだ」

「う……ん……」

「不安に思う必要はない。あの男は確かに、お前を愛してくれているはずだから」


 分かってる。

 ちゃんと知ってる。

 本人からも言われたことがある。

 大好きですよ、とか。愛していますよ、とか。

 大事な家族としてポムを愛している俺と同じように、愛情を返してくれていることを。

 それでも涙が出るのは、例えそうであっても、契約が終わればポムは去ってしまうと分かっているからだ。

 ポムには別に帰る場所がある。それはずっと前からなんとなく分かっていた。

 帰らない理由として契約があるのなら、それが果たされた後には彼はいなくなるだろう。

 どんなに悲しいと思っても、寂しいと思っても、別れは必ずやってくる。

 それを知っているから、こんなにも寂しくて悲しい。

 出来るだけ見ないふりをしている中で、その事実をつきつけられると涙が出るほどに。

 ――俺が、ポムという男に依存しているから。


「「「「サリ様……」」」」

「元魔王さん……」

「わかってる! オレのせいだ。まさか泣くとは思わなかった……」

「レディオンにとって、ポムは第二の父であり母なのですから」

「悔しいですが、私よりポムに懐いてるぐらいだから」

「流石に幼子につきつけるのは辛い事実であったかと」

「小さい子に話す内容ではなかったと思いますわ」

「レディオン、むちゃくちゃポムさんに懐いてるからなぁ……」

「わかってる! あとオズワルドは今晩話がある」

「喜んで!」


 スンスンしてたらサリが周りから集中砲火くらってた。あとオズワルド、たぶん正座させられると思うよ。


「大丈夫か? 涙はひっこんだか?」

「うん……」

「鼻かむか?」

「それはいい」


 綺麗なハンカチで目元を丁寧に拭われた。こういうところはサリもポムと同じなんだと思うとまた涙が出そうになった。


「おやつたべる」


 気分を浮上させようと、我ながら唐突にそう言ってポーチに手をつっこんだ。

 紙片に触れた。


「ポムからお手紙きてる」

「えっ」


 手を入れて一番に触れるよう設定して入れたのだろう。なぜかハート型に折りたたまれた紙に四苦八苦しながら解いていく。なんでこんな面倒な折り方したのかな……


「なんて書いてあるんだ?」

「すごいタイミングだな」


 興味津々の一同に取り囲まれて、開いてみせる。


『 がんば(/・ω・)/ 』


「「「「「「「…………」」」」」」」


 あいつぅうううううううっ!


「おちょくってくる!? おちょくってくるのかこのタイミングで!?」

「ポムさん、どっかでお前の様子、見てるんじゃねーか? コレ」

「知らん! あいつ絶対今度あったら尻叩く!」

「……まぁ、元気にはなったな」


 プリプリしてたらサリが半笑いになった。指摘された内容についてはノーコメントです。


「すまなかったな、レディオン」

「いいよ。サリは単に事実を指摘しただけなんだから」


 謝罪は受け入れるが、サリが気にするようなことじゃないんだ。

 ポムからの悪戯メールをポーチに戻して、かわりにオヤツを取り出す。

 あ。王冠乗ってる。ポムのとっておきのおやつだ。アップルパイですね。むふー!


「一発で機嫌よくなったな」

「その王冠のミニチュアは何でしょう?」

「んぐ。……ポムのとっておきのおやつの印なんだ。食べたら何かしら元気になる」

「魔法のおやつか」


 ロベルトが苦笑しながらそう評する。確かに、これは魔法のお菓子だ。

 ごくごくたまにしか作れないそうだから、大事に大事に食べるのである。


「さて、小休憩のようになってしまったが、外に出て境界線を大回りしていこう。他にもこのダンジョンに来ていた者の隠し部屋があるかもしれないしな」

「はい」


 サリの号令で部屋を後にする。扉を閉める時、黒い人影を見たような気がしたが気のせいだろう。


「しばらく行ったらおやつの時間になりそうですわね」


 今日も頭上でふわふわ浮いている砂時計を見ながらシンクレアが言う。


「鹿肉は久しぶりだな」


 ロベルトが嬉しそうにしている。好きなんだな、鹿肉。

 逆に父様は困り顔だ。


「本土の変異種(ヴァリアント)狩りの時に巣を討伐したことがあって、あの時はずっと鹿肉だったな……」


 討伐隊でも一部は解体するようになって、その都度食卓に並ぶようになったらしい。同じように討伐隊組んで遠征してたベッカー家から「肉、飽きた」の悲しい手紙が届いたぐらいだから、父様の方の部隊でも肉に辟易している者は多かっただろう。


「今度、魚の変異種(ヴァリアント)を討伐する?」

「魚か……それもいいな」


 レイノルドもロルカンに行って魚介料理に癒されたっぽいしな!


「そういえば、グランシャリオ家の屋台がかなり王都で人気になっていたぞ」


 サリから嬉しいお知らせが。


「屋台組が頑張ってくれてるんだな」

「魔族は大食漢だからな。たいていの店は午前中で店じまいしてしまうのに、深夜になるまでずっと営業しているだろう? うちの城にいた連中もだいぶお世話になったらしい」

「サリの所は部下にご飯出してないの?」

「食事は各自持参だな。休憩所はあるが、外で食べてくるケースが多い」

「サリ様は放っておくと食事抜きで仕事しますから、出来れば料理人を雇って食事時間を確保してほしかったのですが……」

「料理人を探して雇う手間が惜しい。腹がすいたら芋でもかじっていればいいわけだしな」

「サリ……」

「元魔王さん……」


 意外な食生活に俺とロベルトが遠い目になる。

 いや、俺は別に魔王に幻想とか抱いてないよ? 俺だって理想の魔王になんてなれないんだから。

 けど、七百年善政をしいてきた『黄昏の』と呼ばれる魔王様が、芋齧ってればいいって……


「サリ。もう仕事無いんだから、ご飯はちゃんと食べような?」

「レディオン。オレはお前に同じ言葉を言わなければならないと思っていたんだが?」

「ぅぐ」


 分かってます。俺も色々やってご飯後回しにすること多かったです。

 だがもうこれからはそんな不健康な生活はやめるとも。なぜなら我が体がまともな成長をしていないからな!


「大丈夫だ、サリ。俺は俺のためにも食事と睡眠はしっかりとることにしたから」

「ようやくか」


 言わないで。


「あとはまぁ、その魔法も気になるところだが」


 十歳児に変身している俺の魔法を示唆したサリに、俺は神妙な顔になって頷いた。


「できる限りは使わないようにする。……まぁ、今はちょっと障りが、な……」


 ロベルトにはまだ俺が一歳児だということを伝えて無いからな。それに、赤ん坊の姿でのダンジョン攻略だと、皆がハラハラするだろう。

 言葉に出さないそれらを察知したのだろう、サリは苦笑して頷いた。


「お前がきちんと気にかけているのなら、これ以上オレから言うことは無いな。体は大事に」

「うん。大事にする」


 成長のためにもな!


「周りに体調を心配される魔王二人って……」


 ロベルトが俺とサリを見て残念な子を見るような眼差しになっていた。オズワルドがうんうん大きく頷いているのが印象的だ。


「健康で思い出したんだが」


 ロベルトが俺に問いかける。


「領主さん、半分寝たきりになってるんだって?」

「その言いようだとベッドから離れられない病人に聞こえるな。いや、確かにあってるんだが」

「すごい時間爆睡するんだっけ? 大魔法を唱えたせいだろう、って話だったけど」

「人の身で、人の身には扱えないだろう魔法を使ったのなら、それなりの反動があるのは仕方がない。ただ、ジルベルトの場合はなんというか……俺を介して光の魔法を唱えてるから、そんなに影響ないはずなんだよな」

「どういうことだ?」


 不思議そうなロベルトに、俺は言葉を探しながら伝える。


「魔法は、高位生命体に力を借りて世界に影響を与えるものだ、という前提は分かるか?」

「ああ。精霊魔法だと精霊との契約で出来るようになるからな」

「そう。で、ジルベルトはあの時、俺の力を借りたんだ」

「げ」


 げ、って何!?


「規格外のお前に借りたらヤバイだろ!?」

「いや、それが、ジルベルトは俺の庇護下にあるから、代償ってほぼ無いはずなんだよ。俺自身がこの子を守る、と世界に刻んでるわけだから。最初の呼びかけで魔力を使った以外は、消費魔力もないはずだ。かなり変則的な使い方をした魔法だったらしいけど、一番の前提である俺の庇護下の人間、っていうのが無くならない限り、ジルベルトの心身が疲弊することはない。ジルベルトの睡眠の原因は魔法じゃないんだ」

「じゃあ、何が原因なんだ?」

「それが分れば苦労はない……【全眼】で見ても健康体なんだ。だから、たぶん問題は肉体には無い。精神、魂のほうに何かあるんだろう」

「魂のほうに?」

「ああ。俺は魂を直に見る目は持ってないからよく分からないんだが、シンクレアの竜眼なら、もしかしたら俺達が分からない『何か』を見つけれるんじゃないかな?」

「つまり、今度あの可愛らしい領主さんを視ればいいわけですね?」

「お願いできるか?」

「もちろんですわ!」


 有難い! シンクレアが快諾してくれた!


「レディオン様、そのかわりといってはなんですが……」


 すすす、と近づいて来たシンクレアが俺の耳にだけ小声で頼みごとをしてくる。やだ、耳がくすぐったい。俺は耳が弱いのだ。


「(緑猿の睾丸、いただけます?)」


 ははぁん。子宝アップですね。分かります。


「いいとも」

「俺ソレ食わせられるの!?」


 あ。ロベルトに聞こえてた。まぁ、いいか。


「奥さんの要望に応えるのも夫の務めだぞ」

「ぐぅ……」

「なんでしたら私が食べてみましょうか?」

「それはそれでなんか微妙なんで、俺が食うよ」


 がんばって早く父親になってね!


「……クレア様に先を越されてしまいましたね……」

「アルモニー!?」


 母様も欲しかったもよう。

 また猿の『異常な化け物アノルマル・モンストル』が見つかったら、今度は母様に渡そう。俺の弟か妹をお願いします!

 なんて思ってたら真顔で真正面を向いているおじいちゃんコンビと目があった。


「無いから」

「まだ何も言っていません」


 お互い顔を見て話して?


「そろそろおやつの時間ですね」


 嬉しそうなシンクレアの声に苦笑しつつ、落ちきった砂時計をクルリと回す。

 さて。快適なおやつ時間のために、邪魔な蛇の変異種(ヴァリアント)は倒してしまおうかな。






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