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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
三章 例え数多の苦難があろうとも
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12 裏切りの理由




 昼食をとりおえ、下に降りると沼地になっていた。


「……意外と陸地が狭い」


 階段付近は沼では無いだろうと思っていたのだが、その沼でないエリアは俺の足で数歩歩いたら終わった。とてもじゃないが家など建てれそうにない。


「これは……四層の初めに宿泊地を作ったほうがいいだろうな」


 周囲を見渡したサリも嘆息をつく。

 俺達も苦笑して頷いた。


「二層の終わりに宿泊所作っておいて正解だったな」

「四層って平野だっけ?」

「ああ。そう伝わってる」


 一層は岩窟、二層は森林、三層は沼地、四層は平野、五層は火山、六層は氷河、七層は雪山。それが今のところ分かっているアビスダンジョンの全てだ。


「階段の場所ぐらい伝わってて欲しかったんだが、そういうのは伝わってないんだよな。まぁ、口伝なんてそんなもんだろうけど」

「そういや不思議だったんだが、魔族喰いとも呼ばれるダンジョンなのに、七層までは内容が分かってるんだな?」

「そこまで到達した魔族で、無事に帰ってきたパターンもあった、ということだ。酒場での語りなどでおおまかな内容は伝わってるんだが、肝心の階段の場所はサッパリ分からないんだよな……」

「酔っ払いの語りが口伝の元ってだいぶ信憑性無さそうなんだが……?」

「それでも長く伝わっていて訂正が無いってことは、誰かしらが確認したんじゃないか? まぁ、発言者が有名なダンジョン踏破者だったから、それだけで皆信じただろうし」

「……魔族の純真さに全俺が恐怖で震える」

「分かるよ。騙されやすそうで怖くなるだろ」


 正直、変異種(ヴァリアント)よりも悪人のほうが遥かに脅威だからな、魔族にとっては。

 ――それにしても……


「沼地ってことは、出るよな、絶対に」

「出るだろうな。絶対に」


 俺の言葉に父様は頷く。

 ロベルトが「何が?」と問うより早く、近くの沼地からソレが飛び出して来た。


「やっぱり出た」

「蛙デケェよ!」


 猛毒大蛙ポワゾンモルテル・フロッグである。絶対いると思ったんだよ沼地だから。


真死(ヴェリタブル・モール)


 父様がさくっと即死魔法で全滅させた。あっ沼に沈んじゃう! 早く拾わなきゃ!


「こいつは即死魔法で殺さないといけないんだ」


 沼に沈んでいくのをポイポイポーチに入れながら言うと、ロベルトが首を傾げた。


「なんでだ?」

「素材が駄目になるから」

「……お前はそういう奴だよ……」


 げんなり顔をされてしまったが、これだけは譲れないのだ。貴重な素材がいっぱいだからな!


「そうだ。ここに来る軍の人達にも通知しておかなきゃ!」

「そうだな。毒袋は大事だからな」


 ヴェステン村の時に聞いている父様はそう賛同してくれた。

 母様は何故かポーチ型無限袋から立札を取り出している。……いつ作ったのそれ?


「こんなこともあろうかと思いまして」


 母様の予測能力が凄かった。ちなみに地面に突きたてるのは父様がやりました。母様の力だとダンジョンの地面貫けないもよう。


「そういえば、ヴェステン村の時のモンスタートラップ、仕掛けた人の新情報ってある?」


 蛙繋がりで思い出して問うと、サリは何とも言えない顔になった。


「新情報と言っていいかわからないが、どうも魔海峡で船が難破し、それ以降行方不明だったことがわかった。情報源は同じ船に乗っていたという者だ」

「海で難破、か……」


 そういえば、クロエの夫も海で難破したんだよな。まだ見つかって無いうえ、死亡扱いになってるけど。


「だが、それ以降の行方は誰も知らなかった。魔海峡で難破し、セラド大陸側に流れ着いたのなら地元に帰るだろうし、なんらかの事情で帰れなかったとしても、虱潰しに調べればどこかで発見報告があるはずなのに、それも無い」

「魔海峡で難破した場合、セラド大陸で流れ着くのならうちの領地の港が一番可能性高いはずだよな」

「ああ。それなのに誰もそんな遭難者を見ていない。もしかすると別の大陸に流れ着いたのかもしれないが、それならそれでどうやってセラド大陸に戻ってきたのかが分からない。飛んでくる可能性もあるが、ペーターはあまり飛行能力に長けていなかったらしい。それに、何故あそこにあんなものを仕掛けたのかも不明だ」

「名前はたしか、ペーター・キルステン、だったよな?」

「そうだ。破損した国民証が見つかったから分かったものの、そうでなければ今も名前すらわからなかっただろうな」

「なるほど。国民証があったから名前も分かったのか」

「破損していたが、な。ペーターの名前で行方不明なのはキルステン家の者だけだ。キルステン家は南方の家だな」


 サリの説明を聞いて、俺はふと思いついたことを口にした。


「もしかすると、ラザネイト大陸に流れ着いた魔族かもしれないな」

「ラザネイト大陸に着いた魔族、か……」


 サリが難しい顔をする。


「精査していないから確定情報では無いが、ラザネイト大陸にはオレ達が思っている以上に魔族が渡っているかもしれない」

「魔海峡で難破して?」

「それだけではなく、飛んで行った者や、あえて船で渡ろうとした者だな」


 魔族、自分で飛べるものな。あえて船で渡ろうとしたのはなんでだろう?


「昔の情報を洗っていた時に、妖魔の長が好奇心を抑えきれなくてラザネイト大陸に向かった、という記録を見つけた」


 ちょっと待って。

 なんかそれと合う符丁をどこかで聞いたぞ。


「旅好きな竜魔がセラド大陸中を巡った後、別大陸に旅立ったという情報もあった。一番多いのは船で海に出て戻らなかったケースだ。数百年前、あるいは数千年前からラザネイト大陸に魔族が降り立った可能性が出てきたな」

「七百年前にはその痕跡っぽいのあった?」


 七百年前にラザネイト大陸にいたサリは、「いや」と首を横に振った。


「それらしい人物には会ったことが無い。隠れ住んでいるのだろうな。――それと」

「それと……?」

「別大陸に向かった魔族の大半は、『下級』と呼ばれる魔族だった。好奇心で行ったのはそれなりに強い魔族だったが、それは少数派でな。行方不明リストに載っている魔族の大半は『下級』と呼ばれる魔族だ」

「…………」

「当時のセラド大陸では生きにくかったのかもしれない。力こそ正義な時代が長かったからな」

「……それが辛くて、別大陸に向かった魔族、か……」

「その可能性もある、というだけで、まだ憶測段階だ。確証はない」


 サリはそう言うが、多分サリも本当は気づいている。その確率が高いことを。

 俺達魔族は力が強い者を貴ぶ。魔王なんてその究極のようなものだ。

 では、その中で下級魔族と呼ばれるほどに能力の低い魔族は、どういう扱いをされるだろうか?

 サリの時代からは救貧院がフル活用されたし、農作業で食糧も増えたから餓死者も少なくなった。

 だがそれ以前の時代ではそうでなかった。餓死者も普通に出ていた。そんな時代での下級魔族だ。この大陸を出たいと思った者がいても不思議じゃない。


「サリ。俺は、全ての魔族は魔族であることを誇りにしている、と思っていたかった」

「……ああ」

「けど、実際はそうではないよな。俺は産まれた時から次期魔王と呼ばれていたぐらいの立ち位置だったから、分からなかっただけで」

「……そうだな」

「……魔族が嫌だっていう魔族も、いておかしくないんだよな」

「ああ」


 サリは静かに頷いている。七百年もの間魔族を守り育てていたサリは、俺が知らないこともいっぱい知っているのだろう。

 だから――


「昔は魔族が魔族を虐げることもあった。そもそも、『下級』魔族と呼んでいる時点で、差別意識は残っているだろう」

「……そうだな」


 上級魔族が能力の強い魔族であるように、下級魔族は能力の低い魔族を指す。すでにこの言葉がある時点で、差別はあるのだ。


「オレの時代では『下級』という言葉を取り外すことは出来なかった。長年使っていた言葉だし、難しいだろうが、レディオンにはそれを使わない時代を作って欲しいと思う。とても難しいことだが、な」

「……うん」


 母様も昔は下級魔族と呼ばれていた。意識して使っていた言葉では無かったけれど、その中にある差別は決して許してはいけないことだったのだ。


「頑張る」

「頑張りすぎないように、な」


 サリが頭をヨシヨシしてくれた。落ち込んでいた気持ちがそれで浮上するのだから、俺は単純に出来ているのだろう。


「魔族にも色々あるんだな……」


 魔族になる予定のロベルトが呟いた。

 色々あるとも。魔族を裏切る魔族だっているんだからな。


「とりあえず、立札は建てたし、進むか」


 サリの号令で俺達は広大な沼地を真っすぐ南に進む。三層への入口が真南だったので、今度も真南に向かうことにしたのだ。

 進む速度は速い。なにしろ前衛五人が強すぎる。サリだけでも過剰戦力なのに、ロベルトと父様とシンクレアがいるのだ。後ろで拾う俺達もちょっと本気出してきたぐらい死体が積み上がる速度も速い。


「そういえば――」


 サリが近くにいるうちに、前から訊ねたかったことを聞いてみよう。


「サリ。サリはアルヴィ・ハーパライネンという魔族を知っているか?」


 それは、かつて俺に切りかかり、俺に切られて死んだ男の名前だった。

 この男が起点となって、俺は神族の呪いにかかったのだ。忘れられない名前だ。

 俺自身にとっては知らない魔族だったが、七百年魔王をしていたサリなら知っているかもしれない。

 そしてサリの返答は、思いもよらないものだった。


「知っているもなにも、うちの城でずっと補佐官していた男だぞ」

「え゛っ」


 あの裏切者が!?


「すごい表情をしているぞ、レディオン」

「ほさかん!? ほさかん、って補佐官!? サリの!?」

「そうだ。――アルモニーもこの前会ったな?」


 沼から出て来た巨大サンショウウオのような変異種(ヴァリアント)を切り飛ばし、サリはこちらを振り返って母様に言った。死骸を拾っていた母様は頷く。


「ええ。クレプスキュールでお会いしました。最初はレディオンの魔王即位にぶつぶつ言ってましたが、サリ様を着せ替えて遊――楽しんでいたら、いつの間にか友達になっていましたね」


 今、遊んでって言いかけたな母様……言い直した内容も微妙だけどさ。

 そして着せ替えで仲良くなったのか……そいつ、絶対サリのこと大好きだろ。

 ――あ。


「もしかして、むちゃくちゃサリのこと好きな魔族なんじゃないか?」

「あら。よく分かりましたわね。言動をみるに、サリ様のことをとても愛していらっしゃるようにお見受けしましたよ」


 あ。母様の目元が波打ってる。

 そしてオズワルドは見たことのない仏頂面になっていた。


「あの慮外者とは、いつかきっちり話をつけないといけませんね」

「そんなに目くじらたてる必要はないだろう、オズ」


 サリは呆れ顔だ。

 けど、なんとなく前世であの男が俺を裏切り切りかかってきた理由がわかった気がする。

 ――アルヴィはサリを殺した俺を憎んでいたのだ。


「そうか……そういうことだったのか……」


 サリは偉大な魔王だ。

 サリによって救われた魔族はとても多い。例え魔王位をかけた戦いが神聖なものであり、結果が全てであろうとも、サリを愛していた人達が、サリを殺された怒りや悲しみを抑えなければならない法は無いのだ。

 サリのことで、沢山の人に恨まれているだろうとは思っていた。

 だが前世のあの時、それが、本当に刃を向けられるほどの憎悪だとは思わなかったのだ。

 それはまだ俺が全てを滅ぼしたいと思うほど絶望してなかったからだろう。

 今なら理解できる。ルカを喪い、妻を喪った俺だから理解できる。

 ただ一人の死が、世界が終わったほどの絶望と悲しみを齎すことを。全てを憎むほどの憎悪になることを。


「自業自得だったんだ……」


 俺だってサリを殺したくはなかった。結果的にサリは死んだだけで、俺が殺したくて殺したわけじゃなかった。

 だがそんな事情は、愛する人を喪った誰かにとって、許す理由にはならない。

 アルヴィは俺を憎んだのだろう。そして、おそらく神族の罠にかかったのだ。俺を殺す為の術式を完成させるパーツとして。


「レディオン?」


 サリが不思議そうに俺を見る。

 俺はゆっくりと首を振った。

 このことは誰にも話せない。だって、この世界は前世とは違いすぎている。

 サリが生きている以上、アルヴィが俺を憎むことはないだろう。そして、アルヴィが神族の罠にかかる可能性も大きく減ったはずだ。

 神族は諦めるだろうか?

 魔王である俺に呪いをかけることを諦めるだろうか?――俺にはとてもそうは思えない。


「サリ。俺が魔王になったことで、他に俺を憎みそうな者に心当たりはないか?」

「お前を? 魔王位をかけた戦いは神聖なものだ。勝者であるお前を憎むのは違うだろう」

「うん。サリならそう言うと思った。けど、幼い身で魔王になったのは俺が初めてだ。おまけに誰もに慕われていたサリを倒しての『魔王』だ。どこかで憎まれても仕方ない」

「そこまで狭量な魔族はいないと思いたいが……。レディオンの場合、魔王になったことを疑われる可能性はあるな。まだ小さいから」

「十歳ぐらいだもんなぁ」


 いえ、一歳とちょっとです。


「なんで皆して一斉に視線逸らすんだよ?」

「ゴホンッ……まぁ、一応気にしておこう」

「頼む。俺はどうもそういうの鈍いから」

「お前は愛情たっぷりに育ってるからな」


 いえ、前世はわりとクールな家庭でした。

 今世は暑いぐらいぬっくぬくな家庭だけどな!


「レディオンちゃんに害意をもつ輩など全部皆殺しにしてやるぞ?」

「皆殺しはやめて!?」

「親に頼まなかったのはこのせいか……アロガン、レディオンはそういうの望んでないから控えた方がいいぞ?」

「むぅ」


 父様は不本意そうだけど、それやったら逆に反発くるからやっちゃ駄目だぞ!


「ところで、あのあたりに黒い空間があるんだけどよ、アレ、四層目への階段じゃないか?」


 おっと。雑談しながら――ついでに討伐しながら――歩いてたら階段の所まで来たようだ。

 というか、えらく早いな?


「真南の端、ではなく、途中にある感じか」

「壁際にあるとは限らない、ということですね」


 サリとオズワルドが感想を述べ合う。


「ところで、気になってることがあるんだけど、訊ねていいか?」


 律儀に片手を軽く挙げながらロベルトが訊ねてきた。

 なになに?


「今まで一度も、階層主にあったことなくないか?」

「あ」


 そういや、一度も出現していなかった。

 サリが今気づいたとばかりに声をあげた。


「通常のダンジョンならいるはずだな、階層主が」

「俺が伝え聞いてるのもそうなんだけど、今まで一度も見なかったよな?」

「アビスダンジョンが異端なのか、そういうダンジョンもある、ということなのか……」

「どっかに階層主が集まって待ち構えてるとか無いよな」


 ちょ、おま。


「勇者のお前がそれ言ったら本当になるだろ!?」

「それ俺のせいか!? たんにありそうなケースを口にしただけだろ!?」

「お前の運命値が飛びぬけすぎててもう未来予測のレベルなんだから下手な事言うのはよして!?」

「無茶ぶりすんな!」


 わぁわぁ言い合ってる俺達を横目に、大人達は集まって何やら相談している。


「待ち構えている可能性はあるな」

「五層以降の火山や氷河や雪山では階層主といえど環境による能力下降(デバフ)がかかるだろうから、集まっているのは五層以降ではないだろう」

「平野部である四層が怪しいですわね」

「階層主はほとんどが『異常な化け物アノルマル・モンストル』のはずだ。沼地のは下手をすると

災厄の種(カラミテ・グレーヌ)』だぞ」

「森林に多かったのは猿型だから猿系の『異常な化け物アノルマル・モンストル』でしょうか? 敏捷性が高そうですわよね」

「岩窟の『異常な化け物アノルマル・モンストル』も心配ですわね。蜥蜴ならどうということはありませんが、スライムだったら面倒ですわ」


 一匹一匹が強大な力をもつ『異常な化け物アノルマル・モンストル』は、このメンバーだからといって安心できない。『災厄の種(カラミテ・グレーヌ)』には父様を殺されかけたこともある。気を引き締めていかないといけないだろう。


「もう逆手にとったほうがいいな。ロベルトにはこれからも先行きで不安になったことは口にしてもらおう」

「なんでだよ!?」

「先に何が待ち受けているのか、知ることができるだろう?」

「それ本当に俺が原因!?」

「原因っていうか、察知能力の高さと幸運値の高さで口にした疑問はフラグになりやすいと思う」

「とんだフラグ製造者になった気分……」

「間違ってないだろ」


 ロベルトががっくりと肩を落し、シンクレアによしよしされてる。リア充めー。

 俺は階段の近くに母様からもらった立札を建て、近くの沼地を魔法で加工して転移装置を設置する。……沈みませんように……

 立札には何を書こう? 休憩地は四層に作ってます、でいいかな?


「まぁ、必ずしもそうなるということはない。気にしつつ進むとしよう」


 サリの号令で俺達は階段を下りる。

 そして階段を降りきったところで全員がロベルトを見た。


「お見事」

「俺のせいかよ!?」


 四体の『異常な化け物アノルマル・モンストル』がそこにいた。







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