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メビウス・クラウン ~あなたに至る為の物語~  作者: 野久保 好乃
三章 例え数多の苦難があろうとも
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8 プロポーズとダンジョン




 衝撃的な事実に大泣きし、愛するルカに慰められてちょっと元気を出した後、傷心のまま実家に帰った。

 実家では、久しぶりに俺がいる、ということで盛大な晩餐会が開かれた。ロベルトがいるので十歳児の姿になったが、この魔法ももしかしたら成長阻害の原因になってるかもしれない。憂鬱だ。

 話し合う場を設けさせたロベルトとシンクレアは普段通りの姿で晩餐会に参加していた。ちゃんと話し合えたんだろうか疑問だ。

 それでもなにか、周囲は微笑ましそうな視線になってるし、よくよく見るとロベルトが照れてる感じがする。

 ロベルト、俺に報告があってもいいのよ?

 あと父様と母様、ロベルトを見てニヤニヤするのはおやめください。絶対これ何か進展あっただろ! なんで誰も俺に報告してくれないのかな!?

 夕食の席の話題はこれから行うヴェステン村の精査の話や、来月に行われる一歳児祝福会の話だった。

 ロベルトが珍しく護衛の話を申し出てこなかった。やはりもしかするともしかするかもしれない。報告は無いけど栄養剤は大量に渡しておこう。シンクレアが巣ごもりするなら、たぶんダース単位で渡しても足りないだろうけど。

 ちなみにその日の部屋割りではロベルトは客室だった。見張ってるのもはしたないので気にした素振りを見せずにスルーしておく。

 お赤飯の準備は万全かな?





 翌日、たっぷり睡眠をとって出立の準備を始めた俺は、フラフラになりながらやって来るロベルトと元気いっぱいのシンクレアを目敏く見つけてにんまり笑顔になった。


「おはよう、ロベルト。シンクレア。家で休んでなくてもいいのか?」

「俺は護衛としてついて行くって言ってたからな」


 搾り取れるだけ搾り取られただろうロベルトが青い顔で言う。お前、自分の顔見た方がいいぞ。


「昨夜はお楽しみだったんだろう?」

「そういう次元じゃなかった……ていうか、なんで分かるんだよ!? 言ってないのに!」

「ふふん。俺はそんなに鈍い男では無いからな!」


 妻にはよく「鈍いですね……」とため息つかれてたけども!


「報告してくれてもいいんだぞ?」


 上目遣いで追求すると、真っ赤になったロベルトが「あー」とか「うー」とかまごまごしはじめた。

 隣のシンクレアを見ると、満面笑顔が返って来る。


「プロポーズしていただきました!」

「クレアさん!」

「そして食べさせていただきました!」

「クレアさん……!!」


 ロベルト、報告すら女性に言われる有様。だから恋愛ヘタレって言われるんだよ。


「よくやったな……ロベルト」

「なんで幼子を見る様な優しい目を向けてくるんだよ!?」

「今日の昼の弁当、お赤飯にしておいたからな!」

「やめろ! 周知する機会を作るな!」

「いや、たぶんうちの屋敷の連中、全員気づいてるだろ」


 俺でさえ気づいたくらいなんだから。


「魔族、勘が良すぎだろ!?」

「いや、単にお前が分かりやすすぎるだけだと思うが……まぁいい、魔族にする準備も整えてるから、今月中に魔族になろうな」

「クレアさんと結婚するのと魔族になるのとは別問題だろ!?」

「何を言う。寿命の長さという弊害があるだろうが。魔族になるのは絶対必要なことだ。お前は勇者なんだし、早めに種族変更して魔族になっておかないと拙いだろ? もう二十歳に近そうだし」


 言った俺に、ロベルトは言葉につまる。

 そうして、疑問を顔に浮かべて問いかけて来た。


「……お前、『勇者』の寿命について、知ってたのか?」

「だいたいのところはな。勇者の能力が最大値になるのは十六から十九あたりだ。それ以降はどうしても下降気味になる。もともと『勇者』は神族が普通の人間では対応できない強敵に対する兵器として創り出していた存在だからな。最盛期を過ぎた勇者は廃棄され、新たな勇者が作成される。寿命という形でな」

「…………」

「魔族にとって、全ての勇者は敵ではない。それでも時々ちょっかいをかけられるから、一時調べていた頃があったんだ。その記録が参考書になって各家に配られていてな。それで、俺もお前と会った時から心配してた。そろそろ寿命がくるだろう? お前の中に設定された時限装置は、今もお前の残り時間を数えているはずだ」

「…………」

「シンクレアがお前を伴侶に求めてくれていることは、俺にとってもとてもありがたいことだった。だからずっとシンクレアを推してた。出来るだけ早くくっついて欲しかった。――ロベルト、俺は、お前を失いたくない。お前がいなくなるのは嫌だ。だから、神族の決めた運命から解き放ってやりたかった。なぁ、ロベルト、お前は、これから先を生きるのは嫌か?」


 なぜかすごく微妙な顔をしていたロベルトは、俺の問いに苦笑顔になった。


「……嫌じゃないな」

「なら、生きてくれ。俺達と一緒に生きてくれ。お前のいない世界を作らないでくれ。――ロベルト。俺達の家族になってくれ」

「……クソ……ずるいだろその言い方」


 ロベルトが頭をがしがし掻きながら言う。顔が真っ赤だ。


「私がいただいたプロポーズと同じぐらい情熱的ですわレディオン様」

「クレアさん!」


 ロベルトがあわあわしてる。

 しかし、そうか。俺のもある意味プロポーズみたいな台詞だったのか。いや、本心しか語ってないんだけど。


「レディオン。お前はもうちょっと自分の破壊力を自覚しような? あと、他の連中にもそういう風に言わないほうがいいと思うぞ。特に男には。絶対勘違いされるから」

「本心しか言っていないが」

「そういうのがまずいんだって! お前は男にモテそうな顔してるんだから、もうちょっと気を付けろよ」


 なに!? この俺の凶器的顔面は男にモテるのか!? いや、確かに男連中にはマッスルな相手が好きという性嗜好の者もいるし、男のほうが好きという者もいるだろう。だがしかし、顔面凶器な俺でさえモテるとか、男共の許容量って半端ないな!? 同じ男として尊敬するぞ!


「……絶対、伝わってない」

「……絶対、伝わってませんね」


 なんかロベルトとシンクレアが遠い目になってる。やだ。夫婦でそっくり。


「で、ロベルト。返事は?」

「ああ……まぁ、もう、俺も我儘から卒業しないといけないだろうからな……。うん。魔族になるよ」


 よっしゃああああああああああああああッ!!


「聞いたかノーラン!」

「はっ! しかとこの耳で!」

「いつからいたんだよ!?」

「大陸全土に発信しろ! ヴェステン村の精査が終わったらロベルトとシンクレアの結婚式だ!!」

「畏まりましたっ!」

「時間が早すぎて祝杯をあげられんのが口惜しい……!」


 あ。ノーランと一緒にこっそり近くに来ていた父様がものすごく悔しそうな顔してる。隣にいる母様はニッコニコだ。


「ようやくですわねぇ……」


 そこ。心底待ちかねてました的声はおやめください。

 ヘタレなロベルトからプロポーズ出来ただけでも万々歳なんだから。


「俺達のことはともかく! ヴェステン村ってところに行かないといけないんじゃないか!?」

「そうだな。ロベルト達の話は昼食会の時に蒸し返そう」

「蒸し返すな!」

「ロベルト。今日からは私のことを兄と思え!」

「アロガンさんはなんでそんなに嬉しそうなんスかね……」

「お前は我々の救世主だ。仲間にも声をかけておく。お前を害する者がいた時は私に言え。八つ裂きにしてやるからな!」

「レディオン! お前の親父さんがなんか暴走してるんだけど!?」

「まぁ、旦那様……うふふ」


 やだ。母様の目元が波打ってる。

 俺は見ざる言わざる聞かざるになろう。うん。


「嬉しい報告も聞けたことだし、ヴェステン村もさくっと片づけるとしよう! さ! 出発だ! ……ところで、ロベルトは馬乗れるのか?」

「乗れるけど、あんまり慣れてないから急がせすぎると危ういかもな」


 シンクレアの後ろに乗ってくれてもいいのよ?


「まぁ、ヴェステン村まではそんなに離れて無いから、駆け足ぐらいでいいだろう」

「そうですわね」


 父様と母様はロベルトに配慮してる。俺だと即座にシンクレアと絡めようとするのに、やはり大人は違うな。

 ……俺の三十余りを過ごした年齢さんは、いったいどこに雲隠れしてるんだろうな……

 雲隠れといえば、ディンが全然存在を主張してこない。幻聴のような声さえ聞こえていたあの一時は何だったのだろう。幻では無いと思うんだが……

 まぁいい。今は出来る事からやろう。


「ノーラン! 留守は任せた!」

「畏まりました」


 留守番するノーランに一声かけて、さぁ出発だ!

 俺にあてがわれた馬は可愛らしい目の白馬で、鞍はお子様仕様になっていた。用意してくれたのはノーランである。流石ノーラン。仕事が出来る男は違うな!

 乗る時に浮遊魔法を使ったのは秘密です。お馬さん、よろしくね!

 隊列は父様を先頭に、母様、俺、ロベルト、シンクレアの順。

 休憩なしにタッタカ馬を走らせると、いつか見た懐かしい光景が行く先に見えてきた。とはいえ、全部昔通りの景色では無い。畑があった場所に天幕が張られているし、急ごしらえで作っただろう家もある。調査隊の作ったものだろう。

 蛙騒動の時に来て以来だから、ヴェステン村とはだいぶ久しぶりだ。母様が一時肥溜めを作っちゃってたけど、今は臭い匂い一つしない。ちゃんと浄化されてるんだな。


「アロガン様! アルモニー様! れ、レディオン様まで!?」


 出迎えてくれた村人が俺を見て仰天していた。

 俺は周囲を見渡して――あ。いた。天幕から出て来た。


「レディオン達が来たのか」

「サリ。それにオズワルド。先に来ていたんだな」

「昨晩着いたところだ」

「サリ様、オズワルド様、お久しぶりです」

「サリ様、オズワルド様、少し前ぶりです」

「グランシャリオ夫妻も元気そうで何よりだ。アルモニーには随分世話になった」


 何やら意味深に「世話」と言われたが、何だろう?

 母様はニッコニコだ。


「大変、眼福にございました」

「オレを着せ替え人形にしても面白くないと思うのだがな」


 母様なにやってきたの!?


「いいえぇ。とてもとても眼福でございました。ね? オズワルド様」

「はい。とても素晴らしかったです」


 オズワルドが恍惚顔になってる。うっかり見ちゃったヴェステン村の村娘がポーッとなった。おじいちゃん! 顔戻して!!


「まぁ、オズが楽しそうだったから別にいいんだが……」

「「あら。まぁ。うふふ」」


 サリの発言に母様とシンクレアがニマニマしはじめる。

 変な風に話題がいかないよう、俺は声をあげた。


「まずは掘ったという地下への入口を見せてもらっていいだろうか?」

「そうだな。まずそこを見てもらったほうがいいだろう」


 サリが踵を返し、一際大きい天幕の方へと歩いていく。

 立礼して出迎えてくれるヴェステン村の人々に軽く手を振って、件の天幕の中へと入った。

 ……ぅぉ……


「思ったよりもデカイな」

「奇妙な魔素の流れを感じますわ」


 ロベルトとシンクレアが声をあげる。

 俺は険しい顔で入口を眺めた。

 大人が五人ぐらい並んで入れそうな入口がそこにあった。


「近くに魔素溜まりがあるな。おそらく地中だろう」

「それで変異種(ヴァリアント)が出て来たのですね」


 俺の声に母様が納得する。

 母様は魔力親和度が高いが、魔素の感知能力が高いわけではないようだ。魔力親和度の低い父様だと察せれないだろうし、どちらの能力も高いサリでもこれは断言できないだろう。

 たぶんだが、俺の予想が当たっていれば、これは――……


「……サリ、一度は下に降りたんだったよな?」

「ああ。高濃度魔素のたまり場がある可能性が高かったから、装備を整えに引き返したが、な」

「出たのは妖蚯蚓(ヴェールドゥテール)妖百足(ミル・バット)だったな?」

「ああ。地中にだいぶ魔素が浸透しているとみていいだろう」

「その魔素、大地を変異させれるほどだと思うか?」


 俺の問いに、サリは険しい表情をした。


「レディオンもそう思うか……。オレは可能性が高いと思う」

「やっぱり、そうか……」


 俺とサリが頷き合っていると、ロベルトが首を傾げた。


「大地の変異、って? 魔境みたいになってる、ってことか」

「広義においては同じ意味だな。おそらく、ダンジョンになっている」

「ダンジョン!?」


 ロベルトがギョッとした顔で入口を見た。


「ダンジョンってことは、モンスターがうようよしてるってことか?」

「そうなるだろうな。……それにしても、『自然領域型地下変異種(ダンジョン)』とは厄介だな……」

「そうだな」

「? なんでだ?」


 俺とサリの声に、また不思議そうにロベルトが首を傾げた。


「なんで、と言われてもな……。そもそもダンジョンは特殊条件下である一定範囲の『領域』が変異する変異種ヴァリアントだぞ? 主に二種類あって、『自然領域型地下変異種(ダンジョン)』あるいは『自然領域型地上変異種(ラビリンス)』と呼ばれている。自らの領域内に別の動物型変異種を『引き寄せ(アポート)』することにより住まわせて自身の心臓部を守る、ちょっと他とは一線を画する力と性質を持つのが自然領域型変異種ナチュール・テリトワール・ヴァリアントだ」

「ダンジョンってモンスター扱いなのかよ!」

「当然だろう。動植物だって変異するんだ。環境だって変異するもんだ。条件特化型で能力が強化される化け物が『自然領域型地下変異種(ダンジョン)』だろ? 他のものならともかく、厄介だ」

「ダンジョンがモンスター扱いなのにも困惑するけど、常に無敵な状態の魔王様に言われても、厄介というほどなのかと疑問になる」

「俺は別に無敵じゃないぞ」


 まだ神族に呪われてないから、前世よりはだいぶ強い状態をキープ出来てるけど。


「軽く説明しておこうか。ロベルトはどう思っているのか知らないが、ダンジョンというのはダンジョンコアの領域なんだ」

「いや、それは分かってるけどよ……」

「『本当に』か? 言っておくが、ダンジョンコアは通常の領域主(フィールド・ボス)とは違うぞ?」


 俺の疑問に、ロベルトは困ったように答える。


「階層主を従えてる王様みたいなもんだろ? お前達の言う『アノルマル・モンストル』とかいうのの一種じゃないのか?」

「その認識が違っているんだ。自然領域型変異種は、動植物の変異種とは異なる。動植物の変異種は個体ごとに強弱があり、その強さは得意な地形などで多少差異はあれどほぼ一定だ。そしてその中に、全ての能力が高い完全無欠の個体、というのは存在しない。そうだな?」

「まぁ……もとが普通の動植物が『変異』しただけの化け物だから、って考えたら、そうだよな」


 ロベルトがなんとなく納得したのを見て、俺は苦笑する。

 例えば、これまで戦ってきた馴染みの敵。

 蛙の変異種は敏捷性に優れるが、防御力は低く、それを補う為に特殊な粘液で体を覆っていた。

 逆の性質でいえば、豚の変異種であるオーク。防御力が高く体力もあるが、敏捷性に乏しく回避能力が低いため、奪った防具で身を守る術を身につけていた。

 それぞれに長所があり、短所がある。その短所を補う為に生体強化や工夫をしているが、それは変異という異常な進化を遂げたとしても、補わなければならない弱点をもっている、ということに他ならない。

 弱点の無い、全てが飛びぬけた能力を持つ完全無欠の最強の存在、というのはいないのだ。

 俺にしてもそうだ。

 俺の【全眼】ですら自身の能力値が見えないので詳細は不明だが、俺自身は完全に魔法特化型だ。敵に与える攻撃一つとってみても、魔法と武技では天と地ほどの差がある。

 魔族であり、基礎能力が高いせいで把握され辛いが、俺を殺した勇者のように、敏捷値の高い武技系攻撃力特化型の敵に対しては遅れをとり、深手を負うことだってある。

 ……まぁ、前世で俺が死ぬ目にあったのは、上級魔族程度の能力しか振るえない『呪い』のせいだが。


「得手、不得手があるのが普通の変異種(ヴァリアント)だが、自然領域型変異種は違う。やつらは己の領域外においては無力だが、その反面、領域内においては強大な力を有するんだ。その強さは、下手をすれば魔族や神族ですら贄になるほどだ」

「…………」

「大本である『(ダンジョン・コア)』を破壊すれば、ダンジョンは死ぬ。この場合の『死ぬ』というのは、領域が消えるのではなく、ごく普通の自然に戻るという意味になる。だがな、その『(ダンジョン・コア)』があるのは、『(ダンジョン・コア)』が絶大なる力を発揮する自らの領域、その最奥だ。分かるか? 討伐者は、必ず最も強い状態の敵の胃袋に入らなくてはならない」

「……つまり、常に最強な敵が相手、ってことか」

「おまけに、自然領域型変異種の内部には高濃度魔素が満ちている。変異種が発生し放題なうえ、そこで変異した変異種の意思には生存本能が植え付けられている。『(ダンジョン・コア)を守る』『侵入者を排除する』という形でな。さらに言うと、自然領域型変異種は自分を守らせるために変異種(ヴァリアント)呼び寄せ(アポート)する。強い自然領域型変異種の中にはドラゴンを内に従えているのもあるほどだ」

「ちなみに竜魔とドラゴンは遠い遠い遠い親戚ではありますけど、戦えば普通に倒して食しますから」


 ロベルトが視線を向けたので、シンクレアがそう説明を加える。

 ロベルト、共食いを心配したんだろうな。気持ちは分かるよ。


「一番やっかいなのは『(ダンジョン・コア)』の洗脳能力だ。魔法に耐性のあるドラゴンであってもあっさり洗脳されてしまうからな。ロベルト、このメンバーで戦闘中に敵に洗脳され、同士討ちさせられるとしたら、どう思う?』

「全力で逃げるわ」

「だよな」


 考えて欲しい。サリとか死神(オズワルド)が洗脳されちゃったらどうなるか。

 父様や母様、シンクレアが洗脳されても拙い。

 ちなみにロベルトならたぶん魔法で無力化できる。なにしろまだ覚醒してない勇者だし。

 ……洗脳で覚醒されちゃったら大惨事だけど……


「おそらく魔力障壁や結界も張ってあるだろうし、能力下降(デバフ)能力上昇(バフ)もガンガンに使うだろう敵だからな。道中も戦闘ばっかりだろうし、正直、予想は当たって欲しくない」

「諦めろ。魔素溜まりが地中に出来ている時点でダンジョンの可能性は高い」


 おじいちゃんが現実逃避させてくれない。

 というか、高い可能性を察知してたのなら先に教えてくれてもよかったんじゃないかな?


「オレの勘違いということもあるからな。確信のない情報は出せない」

「サリは真面目すぎると思う……」


 俺のぼやきにオズワルドが大きく頷いている。オズワルド、苦労してるんだろうな……愛があるからへっちゃらだろうけど。

 なんて思ってたら父様が爆弾発言を。


「『自然領域型地下変異種(ダンジョン)』は初めてだな。『自然領域型地上変異種(ラビリンス)』ならレディオンちゃんに頼まれて討伐したことがあるが」

「え゛っ!?」

「アロガンさん、レディオンが仰天してるんだが?」

「レディオンちゃん、覚えて無いかな!? ここの敵やっつけて、って地図に丸書いてたでしょ!?」

変異種(ヴァリアント)の巣があるのは分かってたけど、『自然領域型地上変異種(ラビリンス)』になってるのは知らなかった……」


 父様、ごめん。もし分かってたら注意したのに。


「入口を見て『自然領域型地上変異種(ラビリンス)』だとすぐに把握できたからな。問題ない。地表に出ている分、『自然領域型地下変異種(ダンジョン)』より分かりやすい」

「『自然領域型地下変異種(ダンジョン)』だと地下にあるから魔素漏れがなくて見分けにくいんだよな……」


 父様と俺の声に、そういうものか、という顔のロベルト。

 サリとオズワルドとシンクレアは苦笑してる。


「ひとまず、確認をかねて一度下に降りよう。先に精神攻撃耐性をあげる魔道具を付けておいてくれ」


 俺はポムお手製のフリフリポーチからアクセサリーを取り出す。全部で十六個あった。好きなデザインを選んでもらって、残りはポーチへ。


「行こう」


 ここでちょっとしたゴタゴタがあった。先に降りる順番で揉めたのである。結局は前衛三人として父様、ロベルト、サリが先に進み、その後ろを俺と母様とシンクレアとオズワルドが続く形になった。

 オズワルドが後方なのは出来るだけ力を借りないようにするためである。だってオズワルド、サリが関わると絶対掟とか無視して暴走するだろ……


「土魔法で固めてあるから、階段も降りやすいな」

「さくっと作っちまう魔族が異常なんだからな?」

「ロベルトは早くこっちの常識に慣れるといい。もう魔族になるんだから」

「そうなんだけどな……」


 俺とロベルトが呑気に話しているのは、他のメンバーが周囲の索敵をしているからである。特にサリの索敵範囲が広い。十歳児姿の俺より広いんじゃなかろうか。

 ちなみに索敵してるかどうかは肌で感じる感覚で分かる。なにかが通り過ぎた感触がするからな。

 あと母様、その殺虫剤は仕舞ってください。また肥溜めにしたら俺が泣くぞ!?


「前回降りたのはここまでだ」


 階段の途中でサリが立ち止まって言った。

 すでにだいぶ高濃度魔素が漂っている。


「……これは当たりだな」

「だな」


 遠い目の俺にサリが苦笑しつつ頷く。

 母様は周囲を感知しようと目を閉じて意識を研ぎ澄ましていた。


「これだけ濃ければ、変異が起きるのですね」

「一度経験すれば以降は察知できるだろう。アルモニーは今まで高濃度魔素の高い場所に行ったことはなかったのだろう?」


 サリの声に母様は頷く。


「はい」

「こんなのは所詮『慣れ』だ。落ち込むことはない」


 察知できなかったのを恥じている母様に、サリは丁寧にフォローいれてくれた。父様も頷いている。


「次からは察知してみせます」

「その意気だ」


 流石、七百年魔王だった男。出来る男は配慮も完璧だな。

 ……俺、サリより立派な魔王になれる気がしないんだけど、どうしよう。


「一番下まで降りてみようぜ」


 ロベルトの声に全員が頷き、足を進める。

 途中から階段がスロープのような道に変わったのは、前回降りながら土魔法で階段を作っていたからなんだろう。せっかくなので俺がちまちま階段にしていく。魔素が多いせいか魔力の伝わり方に波があるな。


「掘ったのはここまでだな」


 最深部まで到達したので、俺は探知の魔法を唱える。


「下に見えない部分があるな」

「大地の精霊王でも見えないといっていた部分か」

「おそらくは。一応、そこまで掘っておこう」


 軽く手を払って魔法を発動させる。途中で何かに遮られるような感覚を覚えた。おそらく、ダンジョンの壁にぶつかったのだろう。


「当たってほしくなかったんだがな……」


 降りて行った先にはいかにも頑強そうな岩盤があった。おそらくこの下にダンジョンの空間があるのだろう。


「ダンジョンを外側から見るのは初めてだ」


 父様がちょっと感慨深そうに言う。ロベルトは好奇心を抑えきれなかったのか壁をぺたぺた触りだした。

 ゴゴンッという鈍い音。


「「「「「「…………」」」」」」


 なんか、岩盤が動いて大穴が空いたんだけど?


「ロベルト、お前、何やった?」

「触っただけだぞ!?」


 勇者補正だろうか……


「まぁ、穴をあける必要がなくなったのは良いことだな。どうする? ここに入ってみるか?」

「ちょっと待ってくれ。一応、空間固定のための魔法を作って使っておく。入ったとたんに穴が塞がる、とかの罠がある可能性あるからな」

「魔法を今から作るのかよ……」

「レディオンちゃんの十八番だな!」


 ロベルトは呆れ顔だが、父様は嬉しそうだ。父様、俺が魔法作るの見るの好きなんだよな。なんでかは知らないけど。


「よし、固定できた。あと、位置を地図に記しておこう」


 俺はフリフリポーチから大陸図を取り出す。ヴェステン村の位置と歩いて来た距離を考えて印をつけた。かなり降りてきたから南に移動してるな。


「では、降りるぞ」

「サリ様!」


 何故か真っ先に降りようとするサリ。すかさずオズワルドが留めて自分が先に飛び降りた。

 ……オズワルド、本当にサリが関わると行動力が……


「少し高さがあるので浮遊魔法を使って降りる方がいいでしょう」


 あ。下の方からオズワルドの声が。けっこう遠そうだぞ?


「じゃあ、行くか」


 出鼻を挫かれて苦笑顔だったサリが降り、父様達も次々に降りて行く。俺としてはロベルトが心配だったんだが、青い顔のままシンクレアに抱えられて降りていった。途中で聞こえた悲鳴は聞かなかったことにしよう。

 さて、俺も降りようかな。

 そう思った瞬間――


 ――気を付けて。


 声が聞こえた。いつか、どこかで聞いたことのあるような声が。


「?」


 周囲を見渡しても誰もいない。だが、その声は確かに俺に聞こえていた。どこかディンを思い出すような声だ。何故か相手が泣いているような気がして胸が騒いだ。


「レディオン? どうしたー?」


 下からロベルトの声がする。

 行かなければ。

 飛び降り、ダンジョン内部に入った瞬間、ひどい胸騒ぎがした。

 こんなダンジョンは初めてなのに、知っている場所の感覚がする。

 強烈な高濃度魔素。暗い紫色の岩壁。強敵だろう変異種(ヴァリアント)の気配。ひやりとした空気。


「……あ」


 思い出した。

 この感覚を俺は知っている。

 このダンジョンを俺は知っているんだ。

 位置が全く違うから気づかなかった。ダンジョンの途中から横道を開けて入ったような形だから把握出来なかった。

 このダンジョンは、前世の俺が来たことのあるダンジョンだ。


「…………」


 着地した俺はすぐさまオズワルドを見る。オズワルドは視線を向けられて不思議そうな顔をしていた。

 俺はポーチから先程とは別の地図を取り出して見る。

 変異種(ヴァリアント)の分布図を記した地図の中、赤いバッテンで記した場所は南の大森林の中にある。ここからだいぶ離れている。

 けれど、このダンジョンはその赤印のダンジョンだ。どうして場所が違うのかは分からないけれど。


「……アビスだ」


 それは、前世でオズワルドが姿を消した因縁の『自然領域型地下変異種(ダンジョン)』だった。








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